東京坂道さんぽ

タグ:榎坂
榎坂 (NO.123)
榎坂 (NO.57) /:港区麻布台1丁目
永井坂(榎坂?) (NO.55) /港区芝公園3丁目

所在地:港区赤坂1

えのき坂とよぶそうです。

場所は、汐見坂 (NO.118) と一本道でつながっている坂道なのですが、汐見坂とは逆に西側へと下っている坂道です。



榎坂 (NO.123) 1
坂上あたり

坂上あたりの様子ですが、実は坂道をすこし下って、そこから坂上のほうを眺めたものですが、ご覧のとおり汐見坂 (NO.118) 方面というか坂上あたりは、この右側にアメリカ大使館があることもあり警備の警察官のかたがあまりにまじかにいたため、ここからの撮影となりました。

見た感じはあまり高低差はない(かなり平坦な)ように見えましたが、なにぶんこのような物々しい状況だったもので、落ち着いて観察するわけにもいかなかったのですが、写真でみえる感じでは勾配具合がそれなりにありそうにみえている気がしますがどうでしょ。



榎坂 (NO.123) 2
坂の途中より

今度は、一枚目の立ち位置とだいたい同じ場所からの坂下のほうの風景ですが、ここからみるかぎりは、ほとんど平坦なふつうの道という感じでした。

ただ、左の高層ビルが、この坂道の途中でつながっている新榎坂 (NO.120) のほうではそれなりに坂道になじんでいる感じがあったのですが、ここからみるとかなり浮いた存在になっているように思いました。

(しかし、写真ではたまたま人通りが多そうにみえますが、ほんとたまたまだったんですよ。この時間帯は。。)



榎坂 (NO.123) 3
坂下あたりより

どこまでが坂下なのかわからなかったので、とりあえずこのあたりから坂上のほうを見てみました。

ここからみると、坂上あたりのわずかばかりの勾配具合がわかりやすく見えていたかもです。

あと、右側にアメリカ大使館の建物も見えていたりします。


ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はありませんでしたが、江戸東京坂道事典には『同名の坂が多いが、むかしは街道の道しるべとして榎が植えられたことが多かった。一里塚のわきには必ず榎があり、芝の二本榎などの名もその一里塚の名残りの地名だといわれている。』とありました。
(いらぬお世話かもしれませんが、 ”一里塚”を辞書で調べてみると「主要な街道に1里(約3.927キロ)ごとに築かれた塚。榎・松などが植えられ、旅人のための里程標となった。」だそうです。)



地図
港区赤坂1

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区麻布台1あたり


えのきざかと呼ぶそうです。
まえにも、同名の榎坂がありましたが、ここも同じ名前のようですね。
前回の土器坂ともうひとつの榎坂とは、坂下でつながっています。


榎坂 (NO.57) 01
坂下より

なかなかいい感じでカーブしている坂でした。
ちょうどこの左手には、土器坂でも取り上げたノアビルがあったりします。
また、正面に、豪華な塀のむこうにモコモコと生い茂った木がたくさん見えていますが、ロシア大使館のようでした。
そのためか、警察の方もけっこうまわりにいましたよ。


榎坂 (NO.57) 02
坂の途中より

坂の途中より坂下を眺めたものです。
正面にS字を描くように榎坂とつながっており、またそのちょうど真ん中あたりに交差点がみえていますが、それが桜田通りです。
なので右手には土器坂があることになりますね。


ちなみにここには、坂の碑はありませんでしたが、例のごとく”江戸東京坂道辞典”に
『「続江戸砂子」は「榎坂 かはらけ町四辻より六本木へ上る坂なり、大木の榎ありしゆへとぞ、古江戸図に榎町とあり」とし、・・・(略)・・・』
とありました。(略の部分はあまりに長いし、かなり古い文体だったため省略してみました。)

また、このあたりは、島崎藤村の「大東京繁盛記・山手篇」という本でもでてくるそうですよ。


榎坂 (NO.57) 03
坂上あたり

左手には、ロシア大使館が見えています。
そして、いい忘れていましたがもうこのあたりの道は外苑東通となっているようです。
道路の両サイドに生い茂った木が印象的でした。


榎坂 (NO.57) 04
坂上より

坂上から坂下を眺めたものですが、この位置からならばっちり東京タワーが正面に見えていますね。
またノアビルもけっこう印象的にみえていますね。




地図
港区麻布台1あたり

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区芝公園3あたり



えのきざかと呼ぶそうです。(※下記の追伸参照。)
坂上をつらつらと歩くと東京タワーわきの道へとつながる坂で、前回の“東京タワーの坂”とは同じ道ともいえますね。


榎坂01
坂下より

坂下あたりは、かなり広々としていて、桜田通りと面していることもあり交差点と化していました。
また右手には東京タワーも見えているのがこの場所の特徴のひとつかもしれませんね。


榎坂02
坂の途中より

坂の途中には、写真のように、聖アンデレ教会や聖オルバン教会というのが立て続けにあり、坂の雰囲気を盛り立てているようでしたよ。

手前の建物が聖アンデレ教会で、その奥の茶色の建物が聖オルバン教会ということですね。


榎坂03
聖アンデレ教会

あとこの教会は、建築家の香山壽夫氏による設計なんだそうです。

ちなみにこのかた大学時代、僕の母校で先生をやっておられた方だったもので、直接の指導教員ではないのですが講義はまじめに受けた方なので、かなりなじみの深いかたでもあるんですよ。

HP:聖アンデレ教会  



榎坂04
聖オルバン教会

またこの建物も、なかなかおもしろい建物でアメリカ人建築家であるアントニン・レイモンド氏の設計による教会のようですね。

HP:聖オルバン教会  


また、この坂道のことについて“江戸東京坂道事典”によると、
『「紫の一本」に、「榎坂 増上寺裏門通り、切り通しより金地院の前を通り、牧野飛騨守殿屋敷前より下の坂を云ふ。此坂を下れば四辻あり」と書かれている。 ・・・(略)・・・   坂下の交差点、つまり飯倉の四つ辻を渡れば、さらに同名の榎坂があるが、こちら側の榎坂の名はいまでは忘れさられているようだ。』
とありました。


榎坂05
坂上より

坂上からみると、まあ坂下ほどのインパクトはありませんが、適度な道幅と微妙にカーブしている感じやほどよい勾配ぐあいにくわえて遠景にみえているビルの様子などが、うまくあいまって良い雰囲気をかもしだしいるように思いました。



地図
港区芝公園3あたり


追伸(2013/0324):はじめにまわった時は坂の碑はなかったので書籍からの引用でしたが、現在は坂の碑があり、ここは「永井坂」というのが正しい坂名らしいです。)

このページのトップヘ