東京坂道さんぽ

タグ:港区元麻布3
内田坂 (NO.76) /港区元麻布3丁目
宮村坂 (NO.75) /港区元麻布3丁目
狐坂 (NO.74) /港区元麻布3丁目

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所在地:港区元麻布3あたり


うちだ坂と呼ぶそうです。
場所は、わかりやすくいえば六本木ヒルズのすぐ南にあり、ヒルズ内のけやき坂通り、その南隣のさくら坂、そして内田坂の順に坂道が並行にはしっており、いうなれば一番南側の坂道ということもできるかもしれません。


内田坂 (NO.76)01
坂上あたりより

この坂道は西から東方面へと下っている坂道なのですが、もしかしたらもうすこし西側までが、ここの坂道の坂上かもしれませんが、今回はこのあたりにしてみました。
道自体は古くせまめの道路でしたが、写真左側の建物が新しいためか、なんだか新しい道のように感じてしまいました。
あと、建物のあいだからひょっこりと東京タワーが見えていたのもなかなかよい感じかもです。


内田坂 (NO.76)02
六本木ルーテル教会

1枚目の写真のすぐ左側には、建物自体はやたらと新しい”六本木ルーテル教会”なる教会がありました。


内田坂 (NO.76)03

また、同じ場所から、ちらりと上を見るとこんな景色が・・・。
これで、ここがほんとに六本木ヒルズの隣ということがわかってもらえましたかな。(笑)


内田坂 (NO.76)04
坂の途中

そして、写真のようなちょうどいい感じの勾配の坂道がすこし続いていました。
ちなみに、この坂道には、いつものような坂の碑はありませんでした。


内田坂 (NO.76)05
坂下あたり

坂道がいい感じでカーブしていて、歩く先がなかなかみえてこなかったのは歩いていておもしろかったです。
また、写真右側には高校があり(あとで調べてみると六本木高校ということらしく、また左側には小学校もあるみたいでした。)、手前の落ち着いた雰囲気の学校と一番奥に見えるヒルズの建物群が一緒にみえていて、これまたこういう景色をみているとなんだか変な感じというか違和感というかなんというかはわかりませんが、ヒルズとお寺の関係を一緒にみているような・・・そんな気持ちになってしまいましたよ。



地図
港区元麻布3あたり

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ちょっと間があいてしまいましたね・・。(汗)

みやむら坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、前回の狐坂 (NO.74) の坂下ちかくで、実は狐坂の坂下写真から右側を見ると、今回の坂下がすぐみえる場所にあります。


宮村坂 (NO.75) 01
坂下より

写真を見て、え〜!、と思ったかたもいるかもしれませんが、この道だけがやけに計画された感じで周辺の道路とはかなりかけ離れており、どうも私道っぽい雰囲気でした・・。(近くに中国大使館の警備をされていた警察の方がいたので、ついでにこの道のことを聞いてみても、そんな感じの答えでしたよ。)
でも、坂道自体は、勾配はほとんど感じないくらいでしたが、かなりインパクトのある道というか両サイドの建物との一体感もなかなかのものでした。

あと、この坂はいろんなサイトをみさせてもらってもいくつかの説があるようなのですが、江戸東京坂道事典には”元麻布3丁目5番と6番の間を西北に上る坂で、もと宮村町の坂道なので、宮村坂とよぶ。”とあるようで、住所でみるとやっぱりこの道だったので、今回はこちらを参考にさせてもらいました。

ということで、もとからあった坂道のうえからこのような住宅開発がおこなわれたようですが、坂道の両サイドにあった主に3階建ての団地風というかマンション群自体は、なかなかすっきりとしたデザインというかこの場所にあった感じのなかなかな高級感を持ったものでしたよ。


宮村坂 (NO.75) 02
坂上より

坂上あたりから見たものですが、写真のようにいきなり道の途中で、舗装のつくりがいきなり変わっていました。
しかも、舗装が変わったとたんに、両サイドに電柱があるのもなんかおもしろいかもです。

ただ、ここにはいつものような坂の碑はなく、そんなことから、今回の再開発の様子とあわせて考えてみると、かっての宮村坂の坂下が狐坂 (NO.74) までのびていたかは、実は不明で江戸東京坂道事典の本文をみてもわからず、もしかしたらあとで坂下が狐坂 (NO.74)とつながった可能性もまったくないわけではないかもしれないのですが、今回はこんな感じにしてみました。

でも、やっぱり昔からこの道はあったと思いたいのですけどね。。



地図
港区元麻布3

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きつね坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、前回の狸坂 (NO.73) の坂下とつながっていて、別名、大隈坂ともいうそうで、さらに狸坂に対して狐坂と呼ぶようになったとも言われているそうです。


狐坂 (NO.74) 01
坂下あたりより

いちおう坂下あたりとしていますが、実際の坂下は、もうすこし下でほとんど狸坂 (NO.73) の坂下あたりらしいのですが、今回は、その予想地点よりすこしあがったところのものにしてみました。

ということで、道幅はちょうどいい感じでしたが、勾配のほうになるとちょっときついかなというくらいなのですが、なにせ坂道が長くずっとつづくのがなんといっても利いていて、写真でみてもわかるとおりなのですが、自転車に乗ってのぼるにはかなりきつい坂道でした。


狐坂 (NO.74) 02
坂の途中より

すこし坂道をあがった場所ですが、右側(ちょっと坂下ですが・・・)には本光寺という古くからあるお寺があり、そのためか立派な木が生い茂っているのが目につくのに、左側の建物がやけに新しいのがなんとも対照的でした。

あと、僕が行った時は、以外に車の通りが少なかったので、自転車でぶ〜んとかっ飛ばすには気持ち良さそうでしたよ。(笑)


狐坂 (NO.74) 03
本玄寺

また、2枚目の写真のすぐ左側をみると、本玄寺という、やたらと近代的なつくりのお寺があり、よくよく考えてみるとここも、坂道の途中にお寺が何度もでてきますね。
ついでに、左側に六本木ヒルズも見えているのですが、ここの建物がコンクリート仕上げの今っぽい建物のためか、同時に写してみても、けっこうふつうな感じにみえてしまいました。


狐坂 (NO.74) 04
坂上あたり

坂上あたりの様子ですが、このあたりにくると勾配もゆるくなりだしたのですが、なんと今度は左側に中国大使館があり、ここではうまいこと姿がほとんど見えていないのですが、まわりには警備の警察官のかたが何人もおり(汗)、写真が撮りづらい雰囲気でした。(なんとか警察管のかたがほとんど写らない場所がこのポイントということですよ・・。)
なので、中国大使館の門などもこの坂道沿いにあったのですが、上記のとおり、今回は撮れませんでした。

また、ここの坂道には、いつものような坂の碑は見当たりませんでした。

ただ、江戸東京坂道事典に当時のこのあたりのことがすこし書かれており、
『このあたりは藪下の地名が語るように藪原で、狸坂、狐坂、黒闇坂がいずれもその藪下にくだっており、大正初期まではたいへん寂しい場所であったという。』
とあり、以前は寂しい場所だったとのことですが、逆に今は、それがメリットになっている感じで六本木ヒルズなどがチラチラと横目に見えているほどすぐ近くの場所にもかかわらず落ち着いた閑静な住宅街になっているようでしたよ。



地図
港区元麻布3あたり

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