東京坂道さんぽ

タグ:港区南麻布
薬園坂 (NO.104) /港区南麻布3丁目
奴坂 (NO.103) /港区南麻布3丁目
南部坂 (NO.101) / 港区南麻布4丁目

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布3


やくえん坂と呼ぶそうです。
別名で、御薬園坂、相模殿坂、御役人坂、役人坂、役員坂といろいろな呼び名もあるみたいです。。
場所は、奴坂 (NO.103) の坂上から南へすこし歩くと、薬園坂の坂上あたりにきて、明治通りにつきあたるまで下る坂道です。


薬園坂 (NO.104)1
坂上より

坂上あたりの様子ですが、まわりは閑静な住宅街といった感じで、かなり長い坂道で高低差もあるようで、坂上からの遠景のみえ具合ももなかなかな感じでした。


薬園坂 (NO.104)2
坂の途中より

坂道をすこしくだるとこんな感じの風景でした。
坂上からでは、わかりにくかった坂道のこまかな雰囲気が、ここからだとわかりやすいのではないですかね。
車は以外と通る道なのですが、みてのとおり落ち着いた雰囲気のある坂道でした。


薬園坂 (NO.104)3
坂の途中より2

今度は、坂上の方を眺めてみました。
こうしてみると、けっこうな高低差のある坂道だったのですが、距離が長い坂だったので、道自体は思ったよりは勾配具合がないようでした。


薬園坂 (NO.104)4
坂下より

そして、ほとんど坂下あたりにきてみると、左側にモダンな建物のイラン大使館が見えていました。

ちなみに、この坂道には写真でも見えているとおり、いつものような坂の碑があり、
『江戸時代前期、坂上の西部に幕府の御薬園(薬草栽培所、小石川植物園の前身)があった。なまって役人坂、役員坂と呼ぶ。』
とありました。
そして、江戸東京坂道事典に”寛永15年(1638)にこの地にこの地にもうけられた薬園は正徳三年(1913)に廃されて、小石川御薬園(現・小石川植物園)に移った。”とあり、坂の碑とあわせてみてみると、以前にとりあげた御殿坂 (NO.17) でもすこしはなしている小石川植物園とゆかりのある場所だったんですね。


薬園坂 (NO.104)5
坂下あたり

最後に坂下の様子ですが、坂下までくるとこれまた坂上とは一味ちがった雰囲気になっていました。
また、正面にみえている高速道路の高架らしきものが見えているあたりが、明治通りということになります。



地図
港区南麻布3

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布3


やっこ坂と呼ぶそうです。
場所は、新坂 (NO.102) の坂上あたりのフィンランド大使館の横を東へすこし歩くと、奴坂につながっています。


奴坂 (NO.103)1
坂下あたり

坂下あたりと書いているので、あれ?と思うかもしれませんが、たしかに見た目では、下り坂なのですが、下ってさらにまたあがる坂道で、江戸東京坂道事典にも西へ下る坂道(ということは東へとあがる坂道)と書いてあったので、こうしてみました。

ちなみにここには、写真でも見えているとおり、いつもの坂の碑があり、
『竹ヶ谷の小谷で谷小坂、薬王坂のなまりでやつこう坂、奴が付近に多く住んでいた坂の三説がある。』
とありました。
(奴をネットで調べてみると、Wikipediaに説明がありました。また竹ヶ谷とは、麻布区史に古来ここを竹ヶ谷と称し、別にねくるみ村といい、古くは鶯の名所であったということが書いてあり、かってのこの地域の呼び名のようです。)


奴坂 (NO.103)2
坂の途中より

もうすこし坂をのぼるというか東側へ歩くと、こんな感じでした。
道自体は、イボイボの舗装になっていることからも、見た目以上にけっこうな勾配の坂道のようですね。
また、左側は幼稚園と小学校があり、そのためかいい感じで木々が生い茂っていました。


奴坂 (NO.103)3
坂の途中より2

そして、こんどは2枚目の写真と反対方向を眺めたものです。
ここからは、見た目にもわかりやすい住宅街という雰囲気になり、目の前にはカーブしていて先が見えませんが、さらなる急坂が見えていました。
なので、2枚目の写真とあわせて、このあたりは、坂道の途中でちょっとした谷になっている部分となっているようです。


奴坂 (NO.103)4
坂の途中より3

そして、急坂をテクテクと。。
ここはなかなかの勾配具合でした。


奴坂 (NO.103)5
坂上より

そんでもって、やっと坂上にやってきました。
急勾配の坂でしたが、特に景色がひらけているというわけではありませんでしたが、右側には、よく街でみかける小さな児童公園があり、そのためか、これまた立派な木々が生い茂り、坂道にもとびだしていました。
また、江戸東京坂道事典に、この坂道のことを、5枚目の写真の坂上あたりより”西に入り、さらに折れて南へ下る小阪”と書いてあり、もしかしたら2枚目の写真を左へいくと下っていたので、そこも奴坂の一部なのかもしれませんし、かってあった道なのかもしれませんが、今回は一枚目の写真に坂の碑があることもあり、それにしたがって歩いてみました。



地図
港区南麻布3

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布4あたり



なんぶ坂とよぶそうです。
場所は、有栖川宮記念公園の南側にあり、木下坂 (NO.100) とは坂下でつながっており、その坂下から東にあがる坂道です。

南部坂 (NO.101) 1
坂下より

坂下よりですが、左側の有栖川宮記念公園の立派な木々が印象的で、右側はナショナル麻布スーパーマーケットというこの地域らしいインターナショナルなスーパーがあり、買い物客と公園への散歩の人たちでけっこう人がいました。


南部坂 (NO.101) 2
坂の途中より

すこし坂道をのぼってみると、公園の緑が坂道へせりだすような感じで生い茂っていました。


南部坂 (NO.101) 3
ドイツ大使館

2枚目の写真の右側にちらりとみえていましたが、なかなかモダンなつくりのドイツ大使館が坂の途中にありました。


南部坂 (NO.101) 4
坂の途中より2

さらに坂をのぼり、坂下のほうをみてみました。
予想以上に公園の木々がせりだし、ドイツ大使館の背の高い塀のためか、ある程度はまわりの景色も見えましたが、あまりひらけた感じはしなかったです。
でも、そのぶん坂道のほうにじっくり集中できる感じでした。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり、
『有栖川宮記念公園の場所が、赤坂からうつってきた盛岡城主南部家の屋敷であったために名づけられた。(忠臣蔵の南部坂は赤坂)』
とありました。

また、江戸東京坂道事典に、”南部氏邸後は明治以降再三代替わりし、明治二十九年に有栖川宮の御用地となり、おいて大正二年には高松宮邸となったが、宮家の好意によって昭和九年、東京市へ下賜され、有栖川宮記念公園と称することになった。”とあり、有栖川宮記念公園の名前の由来についても書いてあり、坂道の名前と公園の名前が直接てきではないにしろ、密接にむすびついていることがわかりました。


南部坂 (NO.101) 5
坂上より

そして、坂上まできてみましたが、坂道自体はいいかんじでカーブしていたのですが、そのアイストップの方向に、ドイツ大使館の建物がちょうど見えていたので、坂の途中の雰囲気とは、なんだか違っているというか、いっきに住宅街といった雰囲気になっていました。



地図
港区南麻布4あたり

このページのトップヘ