東京坂道さんぽ

タグ:港区赤坂
弾正坂 (NO.140)
丹後坂 (NO.138)
薬研坂 (NO.137)
新坂 (NO.136)
稲荷坂 (NO.135)
赤坂サカスをぶらり
円通寺坂 (NO.134)
三分坂 (NO.133)
乃木坂 (NO.132)
檜坂 (NO.131)
本氷川坂 (NO.130)
榎坂 (NO.123)
新榎坂 (NO.120) / 港区赤坂1丁目
鼓坂 (NO.115) /港区赤坂1丁目

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所在地:港区赤坂4と元赤坂1


だんじょう坂と呼ぶそうです。
場所は、牛鳴坂 (NO.139) のある道沿いをさらに坂上とつたつらと歩いていくと、弾正坂の坂上あたりにやってきます。


弾正坂 (NO.140) 1
坂上より

坂上からのものですが、見た感じはそれほど勾配具合もない感じでしたが、左側には建物がまるでないので、なんだか落ち着かない感じだったのですが、本来ここにあった赤坂署は、現在、建替えの真っ最中みたいで、なーにもないのっぺらな土地でした。
あと、正面には青山通りが見えていましたが、普通なら、今回の坂道は青山通りにぶつかった時点でおわり・・・、ということになりそうなものなのですが、今回の弾正坂は、写真でもすこし見えていますが、さらに通りの向こう側まで続いていたりするんですよ。


弾正坂 (NO.140) 2
坂の途中より

そんなこともあり、いっきに青山通りを渡り、そこから坂上のほうを眺めたものですが、やっぱり青山通りは幅が広い道路ですね。
しかも、歩いていると、ふと見つけてしまったのですが、なんと高級和菓子(僕の中ではようかんのイメージが強いですが)で有名なとらやの本店が、坂の途中にありましたよ。
いちおう、写真でも、左手に大きく「やらと」と書いてあるので、わかりやすいかもしれませんが。。


弾正坂 (NO.140) 3
坂の途中より2

今度は、2枚目の写真の位置あたりから、ふりかえり坂下の方をみたものですが、ちょうどこの道は、左側に赤坂御用地、右側に豊川稲荷にはさまれており、そこをぬけていく坂道だったりします。(実は、とらやのあたりから青山通りとあわせて坂下のほうを撮れば一番わかりやすくて印象的な感じだったのですが、どうやら、とらやに気をとられて、その一枚は撮り忘れたみたいです(汗)。なので、また機会があれば撮ってきますね。)


弾正坂 (NO.140) 4
坂の途中より3

そして、さらに坂道をくだり、坂上のほうを見たものですが、青山通りのあたりから見た時には、坂上と坂下でけっこうな高低差があるように思えたのですが、そのぶん道がけっこう長いようで、以外と勾配具合はゆったりしているようでした。
また、左側には、豊川稲荷の立派な石垣が見えていました。


弾正坂 (NO.140) 5
坂下より

そいでもって、やっと坂下までやってきました。
ここからみると、坂上から見たときは若干並び方がぱらぱらして見えていた感があった右側に見えている街路樹が赤坂御用地内の木々とまざりあってけっこう印象的な風景に見えたかもです。
また、途中でなんども見えていたミッドタウンのビルが、ここから見るとやたらと気になったりもしました。

ちなみに、ここにはいつもの坂の碑があり『西側に吉井藩松平氏の屋敷があり、代々弾正大弼(だいひつ)に任ぜられることが多かったため名づけられた。』とありました。



地図
港区赤坂4と元赤坂1

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所在地:港区赤坂4


たんご坂と呼ぶそうです。
場所は、ちょっと入りくんだ場所にあるのですが、わかりやすい地点で言うと、赤坂サカス前から一ツ木通りを北へと向かい、さらにその通りから左折してすこしばかり西へ歩くと今回の坂下あたりにくる階段坂です。


丹後坂 (NO.138) 1
坂上あたりより

坂上あたりの様子ですが、ここから見える感じではなにも坂道が見えていないのでなんですが、今回は(上の説明とは違うのですが・・・)坂上のほうからテクテクと歩いてきたこともあり、このあたりにくると、なにやら木がたくさん茂っていて、おっ、なんか抜け道があるぞ、という感じでした。
あと、正面に見えている高層ビルは、ちょっとぱっと見た目ではわかりにくいですが、地図で確認してみると赤坂サカス内にあるBIZタワーのようでした。


丹後坂 (NO.138) 2
坂上より

ここから見ると、坂道というか階段が一望できたのですが、まあなんというか、こんな路地がたくさんある地域にこのようなきれく整備された階段が忽然とあったことには、なんだか不思議な気分になったかもです。
それにしても、高低差もかなりある階段ですね。


丹後坂 (NO.138) 3
坂の途中より

そいでもって、階段をゆっくりと下りつつ、その途中でなにげに見えたものです。
遠くにBIZタワーが見えるのですが、その手前に一般住宅の瓦屋根やらお寺の屋根などが見えたりしていて、そのあまりのコントラストが気になり、思わずぱちりと。。


丹後坂 (NO.138) 4
坂下より

そして、坂下まできてみました。
なんとも坂下にくるほど道幅が拡がっているというつくりになっていて、ここから撮るとなんとも絵になる階段といえるかもです。
しかも、真ん中の木もなかなかいい味だしているといえますし、この時期になると木に緑がたくさんついて、ほんと木が大きく感じてしまいますよ。(笑)


丹後坂 (NO.138) 5
坂下あたり

あと、これはおまけですが、ちょっと4枚目の写真の右側を見てみたのですが、となりの敷地にも緑がいっぱいあって、いい感じで住宅を覆っていて、その奥にはうまい具合に視線もぬけてビルが見えていたりと、階段の風景とあいまってなかなかいい感じでした。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり、『元禄(一六八八〜)初年に開かれたと推定される坂。その当時、東北側に米倉丹後守(西尾丹後守ともいう)の邸があった。』とありました。


追伸:だいぶ前にとりあげた”とある街の風景167(丹後坂かもしれない名もなき坂)”の丹後坂はこの坂のことですので、あしからず。




地図
港区赤坂4

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所在地:港区赤坂4

やげん坂とよぶそうで、別名、何右衛門坂ともいうそうです。

場所は、稲荷坂 (NO.135) や円通寺坂 (NO.134) の坂上の道を、TBSとは反対方向の北側へとすこし歩くとそのまま薬研坂の坂上あたりにやってくるという坂道です。



薬研坂 (NO.137) 1
坂上その1

TBSの方から歩いてくると、この場所にやってくるのですが、見てのとおり、この坂道はいったん下って、また上がるという、ちょっといままでにはないタイプの坂道でしたが、景色はなかなかいい感じでひらけていて、奥には赤坂御用地の木々もなにげに見えていました。

あと、ここには、いつものような坂の碑があり
『中央がくぼみ両側の高い形が薬を砕く薬研に似ているために名づけられた。付近住民の名で何右衛門坂とも呼んだ。』
とあり、昔から、こんな感じの地形になっているようですね。



薬研坂 (NO.137) 2
坂の途中

とりあえず、坂をすこしくだり、さっき歩いてきた、坂上のほうを眺めてみました。

まあ、この写真はすこし前のものなので、今はすこし変わっているのかもしれませんし、以前は道路脇に建物が建ちならんでいたため、おそらく、それほど気にはならないものだったのかもしれませんが、道路左側に建っている電柱と電線がやたらと気になったかもです。



薬研坂 (NO.137) 3
坂の途中2

そして、今度は、坂道をさらに北(赤坂御用地)のほうへ歩いていくと、一枚目の写真でも見えていたとおり、一転して登り坂となっていました。

ちなみに、この坂をのぼりきると、青山通りです。



薬研坂 (NO.137) 4
坂上その2

そんな感じで、もうひとつの坂上まできたところで、さっき歩いてきた坂下のほうを眺めてみました。

こうして、あらためて見ると道もいい具合にカーブしているし、道がのぼったり下ったりしていることもあり、歩くたびにいろいろな景色が楽しめて、そんなこともあり、坂上からはかなりダイナミックな風景が、坂下からみればふつうな感じの坂道の風景が楽しめるという具合に、いろんな見方で楽しめそうな坂道だったかもなあと思いました。


地図
港区赤坂4

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所在地:港区赤坂7あたり


しん坂とよぶそうで、”しんざか”という言い方と”しんさか”というふたつのよび方があるそうです。

場所は、稲荷坂 (NO.135) のすぐ近く(北西)にあり、地図でみると赤坂7丁目と8丁目のあいだを北西に上がり、そのまま道沿いに行くと、青山通りまで通じている坂道です。



新坂 (NO.136) 1
坂下より

坂下からの様子ですが、車一台がふつうに通れるくらいの道幅といった感じで、勾配具合も緩やかな坂道というのが、ここの第一印象でした。

それと、写真では、左側からせり出している立派な木々のおかげで、すこし暗い感じに見えていますが、実際に歩いている時には、あまりそんなことは感じず、それより周辺の落ちついた雰囲気が、気になったかもです。

ちなみに、ここには写真でも見えていますが、いつもの坂の碑があり
『できた当時は、新しい坂の意味だったが、開かれたのは古く元禄十二年(一六九九)である。しんさかとも発音する。』
とありました。



新坂 (NO.136) 2
坂上あたりより

いきなり、坂上まできてしまいましたが、もうこのあたりまでくると、勾配具合もほとんどなくなり、ほぼ平坦な道となっていましたが、やっぱりここからも、坂の途中あたりからちらちらと姿をあらわしていたミッドタウンが遠景に見えていました。

あと、坂下を歩いたときにも感じたこの坂道にただよう落ち着いた雰囲気は、ここまできてもそれほど変わらず、やはりこのあたりは閑静な住宅街なのだなということは、あらためて感じることができましたし、周辺の坂道と比べてもこの坂道はそういう雰囲気を持った場所なのかもと思いました。
(というか、あとで書きますがすこしばかり先入観もあったので、こう感じた部分も多かったかもしれません。。しかも、今回は写真を撮りそこねましたが、地図をみてもらうとわかりやすいのですけど、僕の立っている位置の左うしろのほうにカナダ大使館があったんですよ。。)


あと、余談ですが、この坂下あたりで生まれた三宅艶子の”赤坂新坂町”という回想記の一文に「私が生まれたのは、赤坂新坂町八二番地である。(略)私の家は新坂という坂の下にあった。何という名前か今は忘れたが、すぐそばにあと二つ坂があり、三つの坂の下のくぼみのようなところであった。 新坂町は、坂の途中から上にかけては屋敷町で、今でもそこは閑静な住宅地だが、昔は何候爵、誰子爵というような家が多く、華族でないまでも、大きな家が並んでいた。(略)」と、このあたりのかつての描写が書いてありました。ちなみにこれは、いつも参考にしている”江戸東京坂道事典”に書いてあったことで、なるほどー、と思ったので、書き留めておいたのですが、実際に歩いたあとで、この文をあらためて読むと、ああそうだったのか、うーん納得、という面も多かったです。



地図
港区赤坂7あたり

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所在地:港区赤坂7


いなり坂とよぶそうで、別名で掃除坂ともいうそうです。
場所は、円通寺坂 (NO.134) の坂上のすぐそばというか、坂上とつながっている道路をすこしだけ北のほうへ歩き、その途中で南西へとぬける道をつらつらと道沿いに歩くと稲荷坂の坂上あたりへとつながる坂道です。


稲荷坂 (NO.135) 1
坂上より

坂上あたりのようすですが、もう坂道を下る前から、なかなかの急勾配具合が感じとれていましたが、坂道自体は車一台くらいが通れるかなという感じの道幅で、ちょうどこのあたりから遠景に東京ミッドタウンと六本木ヒルズが見えていました。
あと、右側のマンションもいい具合に、上にいくほど、道路に対してセットバックしていたので、すこしだけ空もひろく感じれたかもです。


稲荷坂 (NO.135) 2
坂の途中より

こんどは、すこし坂道を下り、坂上のほうを眺めたものですが、ここからみると、かなりの急勾配な坂道というのがわかりやすいんじゃないですかね。
しかも、道自体がカーブしていたので歩くたびに景色が変化してくれて、なかなかよかったです。


稲荷坂 (NO.135) 3
坂の途中より2

そして、だいたい同じ立ち位置から、坂下をみたものですが、やはり、けっこうな勾配の坂道でうまいぐあいに坂下まで一直線の道になっていたこともあってか、遠景にみえる街の景色が以外と印象的でした。


稲荷坂 (NO.135) 4
坂下より

そんな感じで、坂下まできてしまいましたが、こうしてみてみると、2階か3階分くらいの高さを一気に下ってきていたのだなあと。
でも、そのわりには、道の舗装が赤茶色のざらざらしたもので、いつもの急勾配の坂道には定番のドーナツ型のすべり止め舗装ではないので、実はそんなには傾斜のない道なのかたまたまだったのか、よくわかりませんが、そのあたりはちょっと気になったりはしました。
あと、やっぱりここから見ていちばん気になるといえば、なんといっても正面にぽつねんと一本だけある立派な木(それにしても、うまく育っていますね〜)かもしれませんが・・・。
(それと坂道の左側にある幅のせまい歩道ですかね。電柱にじゃまをされてあんまり意味をなしていないような気が。。でもまあこんな感じのところはさがせばけっこうありそうなので、いちおうカッコ書きということで。)

ちなみに、ここには、写真でも見えていますが、いつもの坂の碑があり、
『坂下北側に円通院があり、その境内の稲荷への門があったための坂名。坂上に江戸城中清掃役の町があり掃除坂ともいう。』
とありました。




地図
港区赤坂7

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なんとなく予想はついていたかたもいたかもしれませんが、円通寺坂 (NO.134) などからもちらりと敷地内の高層ビルが見えていましたが、赤坂サカスをぶらりとしてみました。



赤坂サカスをぶらり1

今回は、地下鉄の赤坂駅から向かったのですが、その地下から赤坂サカスというか赤坂BLITZのほうへとあがる途中にあったMedia Stairsなる階段を利用した、ふつうに言えば電光掲示板みたいな役割をはたすものがこんなところに取りつけられていました。

たしかこんな感じで階段にとりつけられている例はあまり見たことがありませんが、ここの場合、地下からあがってくるすこし暗めの場所であり、よく考えてみるとあまりに明るい場所でのこのような階段掲示板はわかりにくかもしれないので、似たようなものが増えるという可能性は少ないのかもしれませんが、やはり僕的にはこのような感じでどこの階段でも、これと同じようなものを広めてはほしくないかなと思いつつも、なんというか、道においてある永久に電源の消せないテレビというか(笑)、よく休みの日に走っているリサイクル回収車のようにこちらが望んでないのに道から一方的に流されるスピーカー音のように音楽なりが町中にながされたり、ということになったら、やっぱり僕的にはう〜んとなるわけで、街をあるくとこれ見なさいという感じで、でーんとあるのもある意味同じ要素があるわけで、そのあたりのことからいろいろ思ってしまったわけです。

でも、なんだかんだといって、ここでのこの階段の使われ方は、個人的には興味をもっていたので写真に撮っておきましたよ。



赤坂サカスをぶらり2

今度は、地上に出て、BizタワーとアネックスのあたりからTBSが見えていたので、パチリと。

やっぱり写真におさめやすい場所なのかどうかわかりませんが、他のかたもいれかわり立ちかわり写真を撮っていましたよ。



赤坂サカスをぶらり3

さらに、奥へいくとTBSの建物もこんな感じで見えていました。

ビックハットという愛称(らしいです)の屋上の円盤のようにもみえるパラボラアンテナがこの建物のらしさをだしているようにも思いますが、さらに実際にたしかめたわけではありませんが、他のいくつかのサイト(レッツエンジョイ東京など)によると、夜にこのビックハットはライトアップされ、明日の天気によって、その色を変えているらしいですよ。



赤坂サカスをぶらり4

そして、さくら坂なる道も敷地内にあり、けっこうぶらぶらと歩いているかたもいましたが、坂道自体の話は、まだ道ができたばかりで整備しているところもあったので、また今度ということで。

ちなみに、正面の高層ビルは円通寺坂 (NO.134) からも見えていましたよ。

あと、坂道で思い出したのですが、赤坂サカスのサカスは、このあたりにあるたくさんの坂道=坂S=サカス(しかも、右からよむとSACA・saka・SAKA=坂・坂・坂でだそうですよ。)とエリア内の100本の桜を咲かすという2つの意味をこめてネーミングされたものらしいですよ。

どうりで。
でも、ネーミングの由来のひとつにつけるくらいだから、よほど生活に密着した坂道がまわりに多いのか、ただ開発者の下調べと語呂合わせでそうなっただけなのかわかりませんが、この周辺には坂道がおおいということだけは、再確認できたわけで、しかもあらたな坂道がふたつも増えたわけで。。

ということで、とりあえず、外回りを中心にぶらぶらしてみましたが、この周辺の坂道については、おいおい書き加えていきますので、気長におつきあいください。


地図
港区赤坂5

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所在地:港区赤坂4あたり


えんつうじ坂と呼ぶそうで、別名、円通坂とも言うそうです。

場所は、三分坂 (NO.133) の坂上の道をさらに北西へと進み、その途中で右折すると、円通寺坂の坂上あたりとなり、そこから北東へと下っている坂道です。



円通寺坂 (NO.134)1
坂上より

TBSのあたりから、このあたりまで高台になっているのかもしれませんが、この坂道もけっこうな高低差があり、写真で見えている以上に景色がひらけている感じで、道幅といい勾配具合といいなかなかバランスのいい坂道だったかもです。

また、すぐ右手には、この坂の名前の由来にもなったであろう円通寺がありました。

あとは、遠くに見えている、あまりにも孤立して建っている一棟の高層ビルがかなり印象的というかなんというか、そういうまわりの風景とあわせてみていると、なんだか映画のワンシーンに迷い込んだような気にさせてくれたかも、なんておおげさに思ったりもしました。



円通寺坂 (NO.134)2
坂の途中より

そして、坂道をすこしくだり、坂上の方をみたものですが、今回はいつもと感じが違い坂上から見たときはかなりの急坂のイメージだったのですが、以外とゆるやかに下っているなあという感じもしました。



円通寺坂 (NO.134)3
坂下より

そんな感じで、あっというまに坂下まできてみましたが、やはり高低差はけっこうあるようでしたが、道自体が長いため、さっきいったように思っていたよりは緩やかな坂道だったなあという感じでした。

ただ道の両サイドにそれほど高い建物がなかったので、空がひろいです。



円通寺坂 (NO.134)4

しかし、すぐ左手には写真では見えていませんでしたが、こんな感じで高層ビルがそびえ建っていましたよ。

ちなみに、ここにはいつものように坂の碑があり、『元禄八年(一六九五)に付近から坂上南側に移転してきた寺院の名称をとった。それ以前に同名の別寺があったともいう。』
とありました。



地図
港区赤坂4あたり

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所在地:港区赤坂5あたり


さんぷん坂と呼ぶそうです。
場所は、東京メトロ赤坂駅のすぐそばにあるTBSの裏手(南側)にあり、そこから南東にくだっている坂道です。


三分坂 (NO.133)1
坂下より

坂下からの様子ですが、ドーナツ型のすべり止めが見えていることからもわかるかもしれませんが、かなりの急坂で、坂上は直角に左にカーブしているため見えていませんが、ここから見えている坂上がほぼ坂上と見ていいと思うので、かなり距離の短かい坂道でした。
また、ちょうど正面の坂上にTBSの近未来的な外観の建物がで〜んと見えており、そのコンストラストがなかなか印象的だったかもです。


三分坂 (NO.133)2
坂下あたりより

せっかくなので、今度はすこしひいた位置から坂道全体を眺めてみました。
ここから見ると、坂の碑があったあたりからみるより、なだらかにS字を描いて途中まではゆったりと上がっており、道の右側の工事中のものさえなければ、けっこういい感じに見えていたかもしれません。
なんでも、江戸東京坂道事典によると、あまりに急坂だったため、四十数年前に改修して傾斜をゆるめて延長した経緯があるらしいですよ。
あっ、そうそう、あとこの工事中の場所なんですけど、過去の坂道の写真(これは”三分坂”で検索するといくつかでてきますよ)をみると、かつてはかなり立派な石垣が坂道に沿ってあったみたいなのですが、現在は写真のようになくなっているみたいでした。
どうせ、坂下のほうとのつながりばかり考えて、坂道のことなんかてんで、無視されたのかもしれませんが、やはり、ちょっと、ショックかもです。。


三分坂 (NO.133)3
坂の途中より

そして、てくてくと坂道をのぼっています。
坂の延長線上にちょうどみえているTBSはもちろん、その手前に見えている木がすこし気になりました。


三分坂 (NO.133)4
坂上あたり

さらに坂道をのぼり、今度は坂下のほうを見てみました。
さすがに高低差のある坂道ということもあり、視界がかなりひらけていました。
ただ以前は、石垣がありその上に木々もあったようなので、今のように視界はひらけていなかったかもしれませんね。


三分坂 (NO.133)5
坂上より

そして、さらに坂上まできてみると、直角に右にカーブして坂道が下っていました。
なので、この左側に、TBS放送センターがあることになります。
ただここからみると、道を曲がったあとにあんな風景がひらけているとは想像しにくいかもしれませんね。

あと、よくみると正面に石垣が見えていますね。
(あれれ?)もしかしたら、まだ石垣部分だけ残しているんですかね。
う〜ん、わからなくなってきました。
まあ、こればかりは、できてからのお楽しみということで。。
(もし、残っていたら、上記のショックのことは撤回ということでお願いします。(笑))

ちなみに、ここには、写真にも見えていますが、いつものように坂の碑があり、
『急坂のため通る車賃を銀三分(さんぷん:百円余)増したためという。坂下の渡し賃一分に対していったとの説もある。さんぶでは四分の三両になるので誤り。』
とありました。
どうでもいいことなのですが、昔あった坂の碑には「さんぶでは四分の三両になるので誤り。」という項がないみたいで、なんだか後でつっこみの文がはいったようで、ちょっとおもしろいなあ、なんて思ってしまいましたがどうでしょ。



地図
港区赤坂5あたり

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所在地:港区赤坂8あたり


のぎ坂と呼ぶそうで、別名で、なだれ坂、行合坂、膝折坂、幽霊坂など、いろいろとよびかたがあるそうです。
場所は、東京メトロ乃木坂駅のすぐそばというか真上あたりにあり、北東へ下る坂道です。


乃木坂 (NO.132) 1
坂上あたりより

坂上あたりの乃木坂駅のほうから坂下のほうを眺めたものです。
ゆったりとしたカーブになだらかな勾配が印象的で、道幅の具合や建物の高さのバランスもなかなか悪くない感じでした。
いちおう、この通りは赤坂通りというらしく、この道をまっすぐにいくと赤坂のほうへ行くことができます。
なので、遠くのほうには赤坂の高層ビル群も見えていたりします。


乃木坂 (NO.132) 2
坂上より

こんどは、ふり返り、さらに坂上のほうを見たものです。
もしかしたら、坂道はこの左にカーブしているので、外苑東通りに合流するあたりまでかもしれませんが、今回は、とりあえずこのあたりを坂上あたりということにしてみました。
あと、正面にみえているトンネルは、乃木坂トンネルというそうです。


乃木坂 (NO.132) 3
乃木坂トンネル

さらに奥にはいりパチリと。
そういえば、このトンネルはテレビなどのロケ地としてもよく使われていると聞いたような気がします。(あくまで、うる覚えなので確実ではありませんけど。)

それにしても、いつきてもここのトンネルのオレンジの照明やトンネルそのものの雰囲気が印象に残る場所だなあ、なんて思ったりしますがどうでしょ。

それと、写真の向こう側というかトンネルをぬけると青山霊園というのもなんだか気になりつつも、そのせいで幽霊坂なんて名前がついているのではないかと思ってしまったのですが、いつもお世話になっている東京23区の坂道のサイトによると、僕は見のがしてしまったのですが、坂の途中に東京赤坂ライオンズクラブ設置の看板があるらしく、そこに「乃木大将の殉死された大正元年九月以来幽霊坂が乃木坂と改名された。」とあり、もともとは幽霊坂の名のほうが古いみたいなので、ますますその考えを深めてしまったりしてしまいました。
ただ、その他にもいろいろな別名があるみたいなので、なんともいえませんが。。


乃木坂 (NO.132) 4
坂下より

そんな感じで、坂下あたりまできてみましたが、道がカーブしているからなのかどうかわかりませんが、坂上からの風景とはまた違った雰囲気のように感じてしまいました。

ということで、坂道名が駅名になっているくらいだから、ここも神楽坂くらいのポテンシャルがある場所なのかもしれないなあと思いきてみたのですが、たしかに、なんとなくそういう風な雰囲気もなくはないような気がするのですが、いかんせん坂道の名前の由来にひっかかるものがあるのか、はたまた、たまたまなのかわかりませんが、思っていたよりは周辺も落ち着いた感じの坂道だったかもです。


乃木坂 (NO.132) 5
乃木神社

あ、そうそう4枚目の写真の右側にもすこし見えていましたが、この坂道の名前の由来にもなったであろう乃木神社がありました。
ちなみに、僕が行った時は、境内で骨董市もやっていましたよ。


地図
港区赤坂8あたり

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所在地:港区赤坂6あたり


ひのき坂と呼ぶそうで、別名で清水坂ともいうそうです。
場所は、どこどこの坂のそばというより、東京ミッドタウンに隣接しており、詳しくいうと檜町公園の北側を北西へ下る坂道です。
また、勝手に坂道と決めつけ歩いてみた”ミッドタウンわきの名もなき坂 (NO.105)”の坂下と今回の檜坂の坂下はつながっていたりします。


檜坂 (NO.131) 1
坂上より

坂上からの風景ですが、一直線な坂なため、すでに坂下の様子もうかがいしれますが、道幅や勾配具合もなかなかいい感じの坂道でしたが、僕の行った時間帯だけだったのか、いつもそうなのかわかりませんが、車の行き来がかなり激しかったです。
あと、みた感じでもわかると思いますが、左側が檜町公園ということになります。


檜坂 (NO.131) 2
檜町公園

このアングルからミッドタウンを眺めてみるのは、はじめてだったのでかなり新鮮に見えたこともあり、せっかくなので坂道から見える檜町公園とミッドタウンを撮ってみました。
それにしても、ここからこんなに景色がひらけていたとは、すこし驚きでしたが、昔はもっと六本木全域が眺められたのかもしれませんね。


檜坂 (NO.131) 3
坂上あたり

いちおう僕の立っているあたりに坂の碑があったので、檜坂の坂上はこのあたりということにして、今度は、さらに坂上のほうも見てみると、さらに坂道が続いており、ここから見えるマンションは、歩いていてもちょっと緊張感ただよう感じの高級感満載な建物ばかりが連なっていたように思いましたよ。
ただ、坂道だけを見てみても、ここから見ると、けっこうな勾配具合だということがわかりやすいんじゃないですかね。


檜坂 (NO.131) 4
坂の途中

坂をすこし下り坂下のほうを見ていたのですが、ほんと僕が行ったときは車の通行が多く、しかも、この左側のすぐそばに檜町公園のトイレがあり、ここを運転手が使うためにタクシーが一時駐車をしているパターンが多いみたいで、写真のようなことになっていましたよ。。
おかげで、なかなかシャッターチャンスが得られずけっこう坂道でじっと待っていることが多かったかもです。(といってもたいした時間ではないのですが、こんなところでなにすることもなく立っていると不審人物と間違われないかという不安があったもので・・。(笑))


檜坂 (NO.131) 5
坂下より

そして、いっきに坂下まできてみました。
写真をみて、おやっ?と思ったかたもいたかもしれませんが、ちょうど坂上のさらに遠くのほうをみると、なんと東京タワーの上の部分がひょっこりと見えていました。
あと、ここには写真でも見えているとおり、いつものような坂の碑があり『江戸時代には、檜の木が多いため檜屋敷と呼ばれた山口藩毛利邸に添う坂であった。』とありました。



地図
港区赤坂6あたり

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所在地:港区赤坂6


もとひかわ坂とよぶそうで、元氷川坂とも書くそうです。
場所は、氷川坂 (NO.127) に隣接する氷川神社の南側を北西へ下る坂道です。


本氷川坂 (NO.130) 1
坂上より

坂上から坂下を眺めた様子ですが、車が一台とおれるかなあというぐらいのちょっとした広めの路地という感じで、さすがに2台同時にすれ違うにはすこし厳しい道幅のようでした。
ただ、道の両側に立派な石垣があったり、立派な木があったりとなかなかで、氷川坂 (NO.127)とはうってかわって赴きのある坂道のように感じました。


本氷川坂 (NO.130) 2
坂上あたり

せっかくなので、坂上のほうを見てみると、左側に氷川神社の敷地があり、その境内の立派な木々が道まではみだし、なんともいえないまるで地面から生えてきたような色合いの塀が両サイドに見え、不思議な雰囲気をつくりだしていたかもです。


本氷川坂 (NO.130) 3
坂の途中より

そして、すこし坂道を下り、坂下のほうをみたものですが、すこしカーブして、坂上からは予想できなかった展開で、道自体も急勾配に下っていました。


本氷川坂 (NO.130) 4
坂の途中より2

すこし下り、今度は坂上のほうを見てみると、これまた違う場所なのではないかと思えるくらい雰囲気が違っていて、写真だけ見ているとちょっと違う時代にきたんじゃないかと思ったりもして・・。


本氷川坂 (NO.130) 5
坂の途中より3

そんでもって、さらに坂道をくだり、坂下の方を見てみると、異様に高い塀(おそらく3階分くらい)が左側にそびえたっていました。
元々から、ここはこういう崖だったのか、あとで開発してこうなってしまったのかどうかわかりませんが、3枚目の写真の左側にも、この塀の坂上あたりの様子が写っていますので、この塀の上にあるものはなんとなくそこから想像してもらってもいいかもしれません。


本氷川坂 (NO.130) 6
坂の途中より4

さらに坂道をくだり坂上をみると、またまた違った風景に。。
それにしても、正面に見えている壁(?)は、建物なのか塀なのか??、とりあえず、小さな窓や入口が見えるので、建物なのかもしれませんが、あの高い塀との一体感がものすごく気になります。


本氷川坂 (NO.130) 7
坂の途中より5

とりあえず異次元の世界をぬけて、6枚目の写真の立ち位置から、坂下のほうを眺めたものですが、歩いているときは、ここで道が二手に分かれていて、どっちなんだろう?という感じでしたが、これは6枚目の写真のちょうど左側をみたものです。
ちなみに、正面にみえている白いマンション(地図で見るとソフトタウン赤坂とあります)のあるあたりは、かつて勝海舟の邸宅があったそうですよ。(詳しくは、”勝海舟邸跡”などで検索するといろいろでてくるみたいなので、ここでは書きませんが。)


本氷川坂 (NO.130) 8
坂下あたり

そして、やっとこ、坂下あたりにやってきました。
ということで、かなりうねうねした長い坂道でしたが、いちおう写真にもちらりと見えていますが、ここにはいつものような坂の碑があり
『坂途中の東側に本氷川明神があって坂の名になった。社は明治十六年四月、氷川神社に合祀された。元氷川坂とも書いた。』
とありました。



地図
港区赤坂6

所在地:港区赤坂1

えのき坂とよぶそうです。

場所は、汐見坂 (NO.118) と一本道でつながっている坂道なのですが、汐見坂とは逆に西側へと下っている坂道です。



榎坂 (NO.123) 1
坂上あたり

坂上あたりの様子ですが、実は坂道をすこし下って、そこから坂上のほうを眺めたものですが、ご覧のとおり汐見坂 (NO.118) 方面というか坂上あたりは、この右側にアメリカ大使館があることもあり警備の警察官のかたがあまりにまじかにいたため、ここからの撮影となりました。

見た感じはあまり高低差はない(かなり平坦な)ように見えましたが、なにぶんこのような物々しい状況だったもので、落ち着いて観察するわけにもいかなかったのですが、写真でみえる感じでは勾配具合がそれなりにありそうにみえている気がしますがどうでしょ。



榎坂 (NO.123) 2
坂の途中より

今度は、一枚目の立ち位置とだいたい同じ場所からの坂下のほうの風景ですが、ここからみるかぎりは、ほとんど平坦なふつうの道という感じでした。

ただ、左の高層ビルが、この坂道の途中でつながっている新榎坂 (NO.120) のほうではそれなりに坂道になじんでいる感じがあったのですが、ここからみるとかなり浮いた存在になっているように思いました。

(しかし、写真ではたまたま人通りが多そうにみえますが、ほんとたまたまだったんですよ。この時間帯は。。)



榎坂 (NO.123) 3
坂下あたりより

どこまでが坂下なのかわからなかったので、とりあえずこのあたりから坂上のほうを見てみました。

ここからみると、坂上あたりのわずかばかりの勾配具合がわかりやすく見えていたかもです。

あと、右側にアメリカ大使館の建物も見えていたりします。


ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はありませんでしたが、江戸東京坂道事典には『同名の坂が多いが、むかしは街道の道しるべとして榎が植えられたことが多かった。一里塚のわきには必ず榎があり、芝の二本榎などの名もその一里塚の名残りの地名だといわれている。』とありました。
(いらぬお世話かもしれませんが、 ”一里塚”を辞書で調べてみると「主要な街道に1里(約3.927キロ)ごとに築かれた塚。榎・松などが植えられ、旅人のための里程標となった。」だそうです。)



地図
港区赤坂1

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しんえのき坂と呼ぶそうです。

この坂道は、桜坂 (NO.114) の坂上から北へとぬけることができる坂道なのですが、どうやら軽く調べてみるとつい最近命名されたあたらしい坂(しかも家にある2002年発行の地図にはこの道はありませんでした)のようで、この近くにある以前にとりあげたスペイン坂 (NO.66) と同じようにこのあたりの再開発によりできたものらしく、この坂下が榎坂(写真の日付の都合上で今度とりあげます・・)という坂道とつながっているということから新榎坂となっているみたいです。

なら、なぜ新桜坂ではないのでしょう?ということは聞かないでくださいね。。(笑)



新榎坂 (NO.120) 1
坂上より

見てのとおりかなり新しい道という感じで、きれいに整備されていましたよ。



新榎坂 (NO.120) 2
標識

また、このすぐそばにこんな坂道名をしるした標識がありました。

これは、”坂道コレクション”というサイトで説明されていたのですが、どうやらこの標識は港区が設置したものではないらしく、一枚目の写真の右側に見えている赤坂インターシティの敷地内の案内標識と同じデザインらしく、そんなことからビルオーナーが設置したものだろうとのことみたいで、実際に僕は赤坂インターシティの中を確認していないのでなんともいえませんが、そういうことみたいです。

まあなんというか森ビルに対抗(これは僕の中ではスペイン坂 (NO.66)のことですが )してうちもつけるぞ〜という感じで名前をつけたのかもしれませんが、どうなんでしょうかね?



新榎坂 (NO.120) 3
坂下より

そんな感じでさらりと坂下まできてみました。

さすがに後から計画された坂道だけあって、歴史的な深みはないように見える(といってもかつてこの道のうえにあったであろう建物などのことを思うとすこし切なくはなりますが)この坂道に名前をつけて親しみをかもしだそうとしている点には好感がもてますし、もともとの地形的な特性もあってか勾配具合もよく、カーブの具合といい道幅といいなかなか散歩するには悪くない坂道だったかもです。



地図
港区赤坂1

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つづみ坂と呼ぶそうです。
場所は、桜坂 (NO.114) の坂上をさらにあがり坂道をのぼりきったあたりに、今回の鼓坂の坂下があります。


鼓坂 (NO.115) 1
坂下より

ちょうど、左側の土地が工事中だったのですこし無表情な感じにも見えなくもないのですが、右側のマンションと見比べてみるとわかるかもしれませんが、いっきに2階レベルの高さまで短い区間をだあだあっと(笑)登る感じの坂道で、しかも道幅もせまいようでした。


鼓坂 (NO.115) 2
坂上より

なかなかの急勾配の坂道をあがり、坂上から見たものですが、まさにとなりのマンションの2階レベルから、まわりの景色を眺めている感覚でしたが、ここも地面というか道なんですよね。(笑)
ただ、まわりは高層マンションばかりだったので、唯一正面にみえている以外は、あまり景色はひらけていませんでした。


鼓坂 (NO.115) 3
坂上あたり

そして、さらに坂上の方向へ歩いていくと、見てのとおり平坦な道になっていましたが、右側には、近代的な雰囲気のコンクリートの塀に囲われた陽泉寺(だと思います。地図でみたところですが・・・)が見えていました。

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はなかったです。
ただ、この鼓坂というのは、今はなくなったという説などもあるみたいなのですが、とりあえず僕が参考にした江戸東京坂道事典には、霊南坂教会の北わきを西へ下る坂道とあり、ちょうど写真では見えていませんが、僕が立っているちょうど左手(=南側)に霊南坂教会の入口があったので、ここなんだろうなあと思っています。




地図
港区赤坂1

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