東京坂道さんぽ

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とある街の風景233(明治神宮で気がついたこと)
子安八幡神社のスロープ
神田明神いろいろ
旧中山道をふらりと
新宿三越アルコットの三圍神社
妻恋坂(NO.170)

今年も、年始に明治神宮に行ってきたわけですが、気がつけばもう1月も終わりということで、まだすこし神戸のネタもあったのですが、それはまたのちほどということで、2月に変わらないうちに年始のことでも。


明治神宮で気がついたこと1
写真1

まずは、定点観測ならぬ、いつもの明治神宮のカットから。(写真1)
カメラを変えてからの初の明治神宮の写真ですかね。
ただ、なぜ正月なのに、これだけ写真のように空いているかといえばですね、これは勝手ながら関西というか地元での十日えびすにならって、遅めの時期にきてみたので、こんな感じだったのですよ。
まあ、十日えびすとは関係のない神社ではありますが。。

ちなみに、この場所、今までの散歩の時には触れていなかったのですが、明治神宮の中の内苑と呼ばれているところなのですよ。
公式サイトにもあるとおり、明治神宮といえば、内苑と外苑があり、この界隈の内苑に対して、今話題になっている国立競技場があるあたりは、知っている方も多いとは思いますが、明治神宮外苑と呼ばれているとおり、あのあたりが外苑ということになり、距離的にはすこし離れてますけど、実は関係があるのですよ。


明治神宮で気がついたこと2
写真2

で、散歩途中でちょっと気になったことの一つ目がこちらですね。(写真2)
たまに近くにきた時に立ち寄っていることもあって、いつもとは雰囲気が違いなにやら正月らしい飾り物が、やたらとぺたぺたと貼り付けられているのが気になってしまいました・・・。
やっぱり、多くの日本人が、シンプルな場所にやたらと案内板などをぺたぺた貼りたがる習慣みたいなものはこのあたりからもきているのかなあとか思ってみたり。


明治神宮で気がついたこと3
写真3

そして、もうひとつが、こちらですね。(写真3)
場所的には、神楽殿のすぐ向かい側(南側)にあるお守りなどが売られているところなのですが、この建物の写真手前部分が、なんと写真3のようになっていたのですよ。
始めにここを見たときは、前はこの手前の角の1階部分は休憩所だったのでは?(というか当日はここでひと休みしたかったのですよ。)
もしかして改築した?
なんてかなり驚きつつ呆然としているところに、たまたま神社の関係者らしき人が通りかかったので事情を聞いてみるとですね、なんと、この正月の忙しい時期だけ、写真のように変形して売り場を拡張しているとのお答えが。。
もう正月には何度もきているところなはずなのに、今頃になって気がつくという体たらく・・・。
とにかく、散歩した日くらいの人出なら大したことないかもしれないですが、正月三が日あたりならたいへんなことになってそうですもんね。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。

住所
渋谷区代々木神園町1

さてさて前に子安八幡神社の急階段の記事掲載した日からちょっと時間が空いてしまいましたが、今回は同じく子安八幡神社内に本殿に向かうためのスロープ(他の神社仏閣でいえば女坂にあたる坂道ですね。もちろんここは無名坂ですけど。)があったのでそちら話でも。


子安八幡神社のスロープ1
写真1

で、まず写真1は坂下からのものです。
位置てきには、この左側が男坂にあたる階段があります。


子安八幡神社のスロープ2
写真2

とりあえず坂をすこし上り、せっかくなので急階段(男坂)の右側にあった擁壁をスロープ(女坂)側からみてみました。
枠の中に石がいっぱい詰められている感じが渋いです。
どこかでみたよなーという既視感はあるものの、実際どこで見たっけと思い直すと、あれれ?という具合の擁壁のつくりともいえるかもですね。
またよくみると擁壁の上のほうでは、壁から生えでてきたように大木が・・・。


子安八幡神社のスロープ3
写真3

スロープは写真2の右側へとこんな具合に続いておりました。
とりあえず正面のあたりまではあまり高低差もないもよう。


子安八幡神社のスロープ4
写真4

で、写真3で奥に見えていた突き当りのところまで歩き、坂下のほうを眺めてみました。
なんかうまく説明できないですけど良い感じ。


子安八幡神社のスロープ5
写真5

そして、写真4と同じ位置より坂上のほうをみてみると、この女坂自体は左にくいっと曲がる形をしているのですが、現地ではそのむこうにも別の場所へと向かう階段があり、それがまたなんともいいつくりというか雰囲気というかかんというか。


子安八幡神社のスロープ6
写真6

そして、写真5の坂を左に曲がるとこんな景色になってました。
坂の途中になにやら気になるつくりの神社の施設が見えていたり、この勾配具合といい、たまに通る車や人のための道としてだけ使うにはなんかもったいないつくりだなーと思ってしまったんでけど、どうでしょ。


子安八幡神社のスロープ7
写真7

また写真6の位置より坂下のほうをみてみると、こんな感じでした。
これは車で通るのもなかなか一苦労しそうな高低差のあるヘアピンカーブですかね。


子安八幡神社のスロープ8
写真8

次は一気に坂を上り、坂上近くの場所までやってきて坂下のほうを眺めてみました。
かなりの急坂でしたよ。
ふつうに建物3階ぶんくらいの高低差はあるんじゃないですかね。


子安八幡神社のスロープ9
写真9

そして、写真8の左には基礎のつくりがそのまま見えている神社のとある施設がありました。
なかなかしぶいつくりですね。


子安八幡神社のスロープ10
写真10

ちょうどこの写真10の左右を男坂が横切っているという場所なのですが、女坂はまだ続いているようでした。


子安八幡神社のスロープ11
写真11

道(女坂)がちょうど上空からみるとs字の形をしていて、そのため写真の枚数も多くなっていてなんですけど、こちらは写真10の場所からさらに坂を上ったところから坂下方向を見たものです。

そしてそして、写真11の正面方向はちょうど南西方向に向いていたりします。
なので、ここからも男坂と同様、まわりの樹々が枝だけになるころなら、もしかしたら富士山がここからも見えるかもしれないんですよ。(ただし、ここから富士山見えた!という情報はネットなどを見た限りでは今のところありませんが・・・。)


子安八幡神社のスロープ12
写真12

で、写真11の背後にはこんな具合に子安八幡神社の本殿が見えているというわけですね。
というわけでやっと坂上の頂上に到着です。



住所
大田区仲池上1-14

今日も息抜きエントリーです。。

とりあえず前回に引き続き、神田明神をぶらりとしていると、


神田明神いろいろ1

こんな風景を見つけました。

もうだいたいお分かりかと思います。

でもこれだと本殿がメインといった感じですね。


神田明神いろいろ2

そんなわけでやっぱりもう一枚。

はい、これでどっちがメインかわからなくなりましたね。(笑)

でもなぜか東京タワーと違い、スカイツリーは上海あたりにポンと建ってそうな高層ビルのデザインしているせいか、個人的にはこういう風景撮ってみても東京タワーの時ほどの情緒感やコントラスト感がわいてこないというかなんというか。。

でもこの神田明神とはけっこう距離が離れているにもかかわらず、これだけ大きく見えているのはやっぱりすごいですよね。


神田明神いろいろ3

それから次は、けっこう何度かここに来てたわりに、今回はじめてこんなものがあることを知りました。
ちょっとわかりにくいかもしれないですけど、神社の駐車場の屋上部分に屋上庭園なるものがありました。
いつからあったんですかね?

ちなみに公式HP見ると、神田明神の鎮守の森の変りとして、もとからあった立体駐車場を縮小して回遊式・屋上緑園を造ったとの記述がありました。
(ということはけっこう最近できたものなのかもしれないですね。)

今年9月の新宿散歩の時にもすこしふれましたけど、なんていうか日本の神様も今の日本人と同様、高く浮揚する感覚がお好きなのかもしれないですね。


神田明神いろいろ4

ということで、最後は同じく屋上庭園の入口あたりにあったおみくじなんかに書いてそうなもの(神様の言葉?)が、さらりと設置してあったので、思わずぱちりと。


住所
千代田区外神田2

ヒルズの話ばかり続いたので今回はひとやすみです。

でも散歩の話、です。


旧中山道をふらりと1

神田の古本まつりのついでに寄ってみた神田明神でのことです。
ちょうど境内に入るための大きな鳥居の横に「旧中山道」なる案内板を発見。
(中山道については今回説明する気力ありませんので、wikipediaのページ見てください。
中山道 )


旧中山道をふらりと2

それで矢印に従って歩いてみると、路地に入りました。
おそらく、中山道は今の日本橋から埼玉方面へぬける道なので、この道がかつての中山道みたいですね。

それはさておき。

正面の古めかしい記号のような文字で書かれた看板に目をとられているかたも多いかとは思います。
でも、今回はそちらではないんですよ。

なので、念のためもう一度、2枚目のじっと写真みておいてください。


旧中山道をふらりと3

じゃーん。(書いてて虚しいですけど・・・。)

というわけで、2枚目の写真の右の壁のほうにもちらりと見えていたんですけど、なんとこんな具合に、おそらく瓦でつくられた鍾馗の人形が、微妙なセキュリティーのもと、設置されてました。

(ちなみにこちらも、鍾馗って何?というかた、「鍾馗」で検索するか、いつもお世話になぅている、みちくさ学会の鍾馗さんの記事などをいくつか見てみるとちょっと理解できるかもです。)

とりあえず、鍾馗の人形と中山道がどう関係しているかは不明ですけど、こういう古い神社のまわりをふらりと歩いてみると以外な発見もできるかもしれないので、今後も気が向いたときには歩いてみたいと思います。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
文京区湯島1-3

知ってました?
新宿駅から徒歩5分もかからない場所にある新宿三越アルコットというビル(ジュンク堂が入っているビルです)の屋上に神社があることを。

というわけで、このまえ新宿をぶらりとしたときにふと気になる場所をみつけてしまいました。


新宿三越アルコットの神社1

このビルの屋上にはフットサルコートもあります。
というかこっちのほうを知ってる方多いかもですね。

でも実は、その向こうにちらりと見えているのですけど、なんとビルの屋上に小さな鳥居が見えています。
なのであそこが三圍神社ということみたいです。
僕もそういえばあったかなあというぐらいの感覚で、ここにきてみてなんとなく思い出したくらいの神社だったかもです。


新宿三越アルコットの神社2

とりあえず近寄ってみました。
いちおう正面のが本殿ということになるんですかね。。
かなりこじんまりとしてます。


新宿三越アルコットの神社3

社務所らしき建物も隣にありました。
しかも本殿より大きいなつくりかも。。
ということは僕が立っている場所は境内ということですか・・・・。(汗)


新宿三越アルコットの神社4

そして、左隣にはおみくじを結ぶ場所がありました。
ということは(しつこい・・・)、隣の社務所に人がいる時があるということですかね。


新宿三越アルコットの神社5
それはさておき、さらにその後ろには、木製の案内板もありました。
でもあまりに傷んでいて読めません・・・。(汗)
屋根が上に架かっているのにもかかわらず。。
(これはせめて直しておいてほしかったかも。運気下がりそうですもんね。)

でも、検索してみると・・・・。
今回は情報ありませんでした。(泣)

ただ日本橋三越のほうのHPに「三圍神社(みめぐりじんじゃ)」という記述を見つけました。
それで、HPの説明文を新宿の案内板と見比べてみるとすこしだけ解読できました。
『今から六二五年前の文和年間(1352年〜1356年)の頃、近江三井寺の僧源慶が東国を巡錫中、墨田川牛島のほとりの弘法大師建立になる、荒れはてた小堂に立ち寄った際、その床下より現れた壷をあけると、その中より忽然と白狐が現れ、壷の中の宇迦之御魂命の神像のまわりを、三度めぐっていずこともなく消え去ったので、爾今この社を「みめぐり」(三圍)とよばれるようになったと伝えられております。(あとの文は解読不能) 』
という感じで、ここの案内板は下のほうがかなりかすれていたので、幾分推測入ってますけど、こんな具合の内容でした。
案内板のほうはさらに説明が続いているんですけど、さすがにこれ以上はちょっと判別不能でした。

そんなわけで、案内板のはじめにある「今から六二五年前」という記述から想像するに、この案内板はおそらく1980年前後に作成されたもので、それ以来ほとんど修理されてないものなのかもしれないですね。


新宿三越アルコットの神社6

最後はなんとなく屋上からの包帯ビルの眺めなど。

というわけで、なぜこんなところに神社があるのかはわからずじまいだったので、またそのうち調べるという宿題にしておくこととして、今日はさらりとこんな感じです。


住所
新宿区新宿3-29

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:文京区湯島3と千代田区外神田6


つまごい坂と呼ぶそうで、別名で、大超坂または大潮坂、大長坂、大帳坂とも言われていたそうです。
場所は、蔵前橋通りの北側に位置し、前回の清水坂(NO.169)の坂の途中より東へと下っていく坂道です。



妻恋坂(NO.170)1
坂上より

坂上から坂下のほうを眺めたものです。
いちおう写真でも、ドーナツ型のすべり止めの舗装(かなり雑な道路工事の跡もみられますけど・・・)が見えているとおり、けっこうな勾配具合の坂道で、このあたりは完全に裏道っぽい感じで車の行き来も少なくこのあたりから坂道を眺める分には悪くない感じでした。

ただ・・・。



妻恋坂(NO.170)2
坂上あたり

一枚目の写真と同じ位置から、今度は坂上のほうを眺めてみると・・・・。
まあ、こまかいことはあえて言いませんが(笑)、いちおうひとこと加えておくと、正面のつきあたりの道路が、清水坂(NO.169)ということになりますかね。


妻恋坂(NO.170)3
妻恋神社

あと二枚目の写真にもちらりと見えていたのですが、実は妻恋神社なる神社の入口もあったんですよ。(この写真は鳥居ですけどね。。)
妻恋神社についての詳しいことは公式HPもあるみたいなので、そちらをどうぞ。
妻恋神社のHP




妻恋坂(NO.170)4
坂の途中より

そして、もうすこし坂を下り、坂上のほうを見たものです。
なんていうか、このあたりは住宅街なのか、都内の駅前によくあるビル路地(?)のような道なのかわかりませんが、この坂道を歩いていると、どちらかというと、後者のような印象があったかもです。

ちなみにこの坂道にはいつものような坂の案内板はなかったです。
ただ、いつもお世話になっている江戸東京坂道事典に、
『「新撰東京名所図会」に、「妻恋坂は妻恋神社の前なる坂なり、大超坂ともいふ。本所霊山寺開基の地にて、開山大超和尚道徳高かりしを以て一にかく唱ふといふ」と記している。大超が開基した霊山寺が明暦の大火で類焼して浅草へ移転し、その跡に湯島天神町にあった妻恋稲荷社が移ってきて、以後、妻恋坂と呼ぶようになったのである。』
とありました。



妻恋坂(NO.170)5

最後は、坂の途中から以前にもとりあげた神田明神の裏参道がなにげに見えてたりしたので、ぱちりと一枚。

ということで、いちおう今回はこんなところですが、実は坂道自体はもうすこし続いているみたいで、このまま坂下のほうへ、道沿いに歩いていくと、途中から(地図で見ると)文京区から千代田区になり(これはこれで興味深いですね)、そこをさらに下っていくと、ちょっと大きめの通りにでて、そこのすぐそばの蔵前橋通り沿いにある交差点が“妻恋坂”という名になっており、おそらく、そのあたりまでが妻恋坂ということになるのかもしれませんが、今回は坂の途中までの分しか撮ってなかったので、また機会があれば、坂下あたりの風景も取り上げてみることにしますよ。



地図
文京区湯島3と千代田区外神田6(けっこう境界がややこしいです。。)

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