東京坂道さんぽ

タグ:観察記
七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海
本氷川坂 (NO.130) その2 /港区
紀伊国坂(NO.306) / 港区
渋谷に神南坂という坂道はあるのか?
渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道
上甲東園石畳階段(NO.305) /兵庫県西宮市
鼓坂 (NO.115) その2 /港区赤坂1丁目
とある街の風景271(西宮の甲山森林公園をぶらりと)
紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304) /千代田区
いろは坂(NO.296)その2 /多摩市
へっぴり坂(NO.302)/ 多摩市
東京富士見坂(NO.301) / 目黒区+品川区
とある街の風景270(六本木坂道雪景)
とある街の風景269(大雪の日の乃木坂)
鐙坂(NO.292)、炭団坂(NO.293)、本妙寺坂(NO.294)/文京区
とある街の風景268(表参道ヒルズのクリスマスツリー2018)
とある街の風景267(西郷山公園で富士山)
山の婆坂(NO.291)/ 多摩市
とある街の風景266(ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩)
とある街の風景265(赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース)
菊坂(NO.288)、一葉坂(NO.289)、金魚坂(NO.290)/ 文京区
須賀神社男坂(NO.284)、東福院坂(NO.285)、円通寺坂(NO.286)、鉄砲坂(NO.287) / 新宿区
女坂(NO.283) / 千代田区
とある街の風景264(アートナイト2017の夜に六本木の坂道をぶらりと)
とある街の風景263(聖蹟桜ケ丘の眺めのいい階段)
山の上ホテルに行ってきました。
とある街の風景263(ひさびさに新宿高島屋からの国立)
聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道
聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道
とある街の風景262(代々木公園定期観測2017)

ここ最近は、無名坂もふくめて坂道の写真が増えるいっぽうで、なかなかブログのほうが追いついていない中、今回も、気がつけば一年ほど前になりそうですが、トラベルジェイピーで取り上げた鎌倉の日坂(NO.297)を歩いたときにみつけた、無名坂のことでも取り上げてみます。

とりあえずひとまわりしてちょうどいい季節でもありますし、テレビ(「半分、青い。」でですが、笑)でサザンの歌を聴いたこともあり、ドラマの趣旨とは違うかもですが、なんだか今の気分として、海に行きたいなあというところもあるので、気晴らしもかねてです。(笑)


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海1
写真1

場所は、日坂(NO.297)の坂下あたりと接しており、そこから東に上っている坂道です。(写真1)
ちなみに、ここはトラベルジェイピーの記事でもちらりとふれています。(ただし、写真は似てますけど違いますよ。なんかめでたい感じなのです。)

坂の名前はつけられていないようですが、とにかく、坂道の途中からの海の眺望がすばらしいんですよ。
写真1は、その一例ですね。


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海2
写真2

こちらは、日坂(NO.297)側からみた、坂下あたりの様子です。(写真2)
階段も併設されているとおり、かなりの急坂でした。
まさに切通しの崖の部分を削ってできた坂道という感じでしたね。


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海3
写真3

写真1とだいたい同じところまでのぼり、坂上方向をみたものです。(写真3)
ここから道路は二手にわかれていました。
よく見ると高低差もすごいですね。
当日は人がいたので、いいアングルからは撮れなかったのですが、なかなかしぶいY字路でもありましたかね。


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海4
写真4

写真3でもわかりますが、急坂になっている左側のほうを歩いてみると、さらに坂道が続いていました。(写真4)
どうやらこのあたりは、斜面地につくられた住宅街のようですね。(うらやましい)


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海5
写真5

写真4とだいたい同じ位置より、坂下方向をみると、これまたなんとも。(写真5)
海とともに、江ノ島まで。


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海6
写真6

ちなみに、写真6の右のほうにもちらりと見えていましたが、この坂道には「七里ヶ浜シーサイド通り」なる通り名がつけられていることを示す案内看板がありました。(写真6)
これはネットの記事でも取り上げられていて、地元の住民有志で作る「道路に名前をつける会」の方々が中心となって、海を望める場所にある七里ガ浜2丁目のメイン道路に命名し、看板が設置される許可がおりたとか。



七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海7
写真7

さらに傾斜のある坂をだいぶのぼり、ふりかえると左手には海が見えはじめました。(写真7)


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海8
写真8

写真7とだいたい同じ位置より、坂上方向をみると、まだまだ坂道は続いているようですね。(写真8)


七里ヶ浜シーサイド通りの坂道と海9
写真9

さらに坂のぼり、坂下方向をみると、坂道のカーブ具合と海の見え具合がすばらしいポイントがまたまたありましたよ。(写真9)
このあたりに住んでいる人はほんとうらやましいです。


ということで、坂道自体はもうすこし続いていたのですが、鑑賞ポイントとしてはこんな感じなので、今回はこれぐらいでおわります。


地図
神奈川県鎌倉市七里ガ浜2

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『勝海舟も暮らした東京・赤坂の「本氷川坂」と界隈坂道めぐり』と題して、3つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

今回取り上げた3つの坂道は、どれも過去にブログで取り上げており、内容的にはラストの部分をのぞいて焼き直しですが、現地での写真は撮りおろしです。


では、いつものおまけ写真でも。


本氷川坂 (NO.130) その2-1
写真1

本氷川坂の坂下にあった勝海舟邸跡地にたてられている木碑など。
ちなみに、トラベルジェイピーの記事の写真でも左の方にちらりと見えているのですよ。
なお、勝海舟邸跡地については過去にブログでも取り上げています。案内プレートの全文ものせていますので、気になる方はどうぞ。
→『とある街の風景(勝海舟邸跡)


本氷川坂 (NO.130) その2-2
写真2

こちらは氷川神社の入口です。
要は、氷川坂の途中にあるのですが、見てのとおり、意外にひっそりとした佇まいでしたね。


本氷川坂 (NO.130) その2-3
写真3

最後は、これも勝海舟邸跡地ですが、晩年暮らした場所のほうにもちゃんとあったんですよ。
トラベルジェイピーの記事でいえば、師弟像があった場所のすぐそばですね。
現地行けばすぐにわかると思いますよ。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『風光明媚な「紀伊国坂」は別名で赤坂。東京・赤坂との関係を探る坂と史跡めぐり』と題して、紀伊国坂を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

今回は、単純に、このブログでもまだ取り上げていなかったし、ドラマの西郷どんでも、紀伊徳川家に関わる話もちょうどでていたこともあり、なにげに関連している「紀伊国坂」を取り上げてみました。

そんなわけで、坂道自体のことは記事をみてもらうとして、ここではおまけ写真をいくつか。


紀伊国坂(NO.306)1
写真1

いちおう、紀伊国坂にもいつもの坂の碑はありました。(写真1)
ただ雨風がすごい場所なのか、坂の由来が書かれている部分は、色落ちしていてほとんど読めないほどになっていました。(残念。)
ただ、この坂の碑は平成8年(1996年)に建てられたものらしく、いうなれば22年間、雨風にさらされながらみたいなので、まあそうかもしれないですね。


紀伊国坂(NO.306)2
写真2

こちらは、坂下あたりを歩いていると、珍しいタイプの観光バスに遭遇したので、ぱちりと。(写真2)
紀伊国坂の坂下あたりの目玉といえば、高速道路の高架とのコラボですが、いちおう写真でもちらりと見えてはいますかね。


紀伊国坂(NO.306)3
写真3

ちなみに、記事ではふれなかったと思いますが、坂下あたりに隣接している弁慶堀には、こんな感じで貸しボート屋さんがやっているのですよ。(写真3)
しかも、釣具まで貸していて、釣りもできるんです。
いうなれば、ここは大きな釣り堀とも言えるかもですね。

あと、この弁慶堀の釣り堀(?)で思いだしたんですけど、都内の坂道には、なにげに坂の途中(しかも名前のある坂)に釣り堀があるところが何件かあるんですよね。
釣り堀と坂道、なんか関係あるんですかね。
またちょっと調べてみたくなってきました。(笑)


ということで、今回はこんな感じです。

今回は、無名坂といえばそうだし名前のある坂道というばそうかもしれないという渋谷の坂道について取り上げてみます。


渋谷のニトリの裏側の坂道
写真1

いきなりですが、これがその坂道です。(写真1)
タワレコから現在は工事中のパルコへと上る無名坂の途中からも見えていて、最近できたニトリの裏側というか西にあり、北へと上っている坂道ですかね。
前々から気になってはいたのですが、ブログでは取り上げずじまいの場所だったのですよ。

風景的には、やはりここは夜がいいかもですね。
坂上にはアパレル系の大型ショップが並ぶファッションストリート(言い方古いかな、笑)としても有名な場所ですかね。
そんなこともあり、この坂道沿いにもアパレル系の店が並んでいて、ファサードにも力を入れているので、坂道からの見栄えもいいんですよね。

そこで、やっとタイトルにもでてきた「神南坂」とはという話ですね。
写真を見てもらうと、左側のお店の看板に「jinnan-zaka」とあるんですよ。

じんなんざか??

神南といえば、この坂のあるあたりの地名なのですが、さすがに「神南坂」という坂がこのあたりにあるというのは聞いたことがないので、??と思い、ネットで調べてみてもそれらしきものがほぼない中で、ひとつだけ気になるサイトがあったのですよ。

それは「神南坂 | 渋谷文化プロジェクト」なる東急が運営するカルチャー紹介のサイトで、そこで神南坂という言葉がでてきていました。

ただサイトを読んでみても神南坂という坂道があるとは書いてないのですが、神南坂フレームという施設名はでてくるので、これは写真の左側の看板に書かれていた建物のことではないかと。

そんなわけで、神南坂フレーム(もしくはフレーム神南坂)という施設というかビルは、このビルに面した無名の坂道へのオマージュとしてつけたのではないかなという結論にいきついたわけなのですよ。

ただ、実は写真の左側にも道があって(撮り忘れましたけど・・・、というか歩いた時は人がけっこういて撮らなかったんですよね)、そこも坂道になっているんですよ。

なので、神南坂という坂道については、現状、この二つの可能性があるというしかないですし、ビルがなくなってしまえば、神南坂という名前は消えてしまうかもなので、ある意味貴重な存在のビルであり坂道かもです。

とにかく、今頃ですが、気がついてよかったです。
しかも調べた限りでは神南坂と坂道を結びつけているサイトはいまのところネット上にはない感じなので、このブログをきっかけに、さらに神南坂について調べてくれる方がでてくれるとうれしいかもです。


ということで、長くなりましたが、今回はこんな感じです。


地図
渋谷区神南1-18-2

ひさびさに無名坂でも取り上げてみます。

現在建替え中のパルコあたりを一眼カメラ持ってぶらぶらしてみたら、今の時期しか撮れない風景を見つけました。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道1
写真1

まずはこちらですね。(写真1)
パルコの建替風景というか工事現場が一望できる坂道で、位置的には坂下あたりの風景とも言えますかね。
ここは前から気になっていた坂道で、これまでブログで取り上げる機会を逃していたのですがやっと取り上げることができました。

しかも、写真右側にはUNIZOというホテルがあって、明るいうちは気が付きにくいのですが、暗くなってからくると階段がライトアップされているのですよ。
ちなみにこのUNIZOというホテル、建設中当時の看板にはホテル名に、南側に隣接するオルガン坂の名前が入っていたのですが、どうやら方針が変わり、今のホテル名になったみたいですね。
個人的にはホテル名に坂名が入っていてくれたら、ホテルだけでなく坂道自体も名所になったような気もするのですが、まあ仕方ないですね。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道2
写真2

こちらは写真1とだいたい同じ場所から坂上方向を見たものです。(写真2)
右側のマンションがあったところも工事していますが、ここはなんといっても坂上に渋谷区役所があることがポイントですかね。
ちなみに現在は渋谷区役所も建替工事中なので、この坂道沿いは現在、工事だらけの建物ばかりという感じでした。
すべてが建て替わったらどんな感じになるのやら。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道3
写真3

いきなりですが、2年くらい前の写真で、パルコの建替が決まった時くらいのものです。(写真3)
ちょうど、写真1の奥に見えていた感じで、道的にもつながっている場所でした。
まあ、こんな機会でないと公開できないので、忘れないうちにということで。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道4
写真4

いちおう、旧・パルコ内にあった案内地図をちょっと加工してみました。(写真4)
左側に黄緑で描いている部分が、写真1と写真2の坂道部分で、紫色の線の部分が、写真3の場所です。
さらに右側にはスペイン坂とも接続していた場所なので、そういう意味ではなかなか興味深い感じはしなくもないですが、それが一体なんなのかとなるとまた詳しい説明がいりそうなので、ここでは軽くスルーしておきます。(笑)


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道5
写真5

最後は、写真3の道沿いにあった東京FMのスペイン坂スタジオの外観ですね。(写真5)
懐かしいです。
新しいパルコでは復活するのかな、それともなくなってしまうのか。

ということで今回はこんな感じです。


地図
渋谷区 宇田川町




追記:20180421
公開当初、オルガン坂のことをオランダ坂と書いておりました。。なので修正してオルガン坂にさらりとしております。とにかく、ここのオルガン坂については、スペイン坂が近くにあるからなのか、なぜかオランダ坂と思って勘違いしてしまうことが前から多々あるのですねよ。(汗)気をつけねば。

今年の年始に行ったところです。
というか、仁川百合野町地区地すべり資料館に行く途中で偶然見つけた階段坂です。

場所は、阪急の甲東園駅から、西へ徒歩4、5分くらいのところにある階段坂です。
歩いた時は、現地では特に坂名が記されたものは見つからなかったのですが、帰ってから確認してみると、なんとグーグルマップに「上甲東園石畳階段」と記されていたのですよ。
なので、もしかしたら詳しく現地を調べればなにか手がかりがあるのかもしれませんが、今回はグーグルマップさんを信じて、無名坂ではなく、名前のある坂道として記録しておくことにしました。


上甲東園石畳階段(NO.305) 1
写真1

まずは坂下あたりの様子など。(写真1)
比較的新しい感じのつくりでしたけど、高低差もあって雰囲気はなかなかいい感じ。
すぐ北側には頴川美術館が隣接しているので、この階段の意匠についてもなにかしら関係あるのかもしれないですしないかもしれないです。


上甲東園石畳階段(NO.305) 2
写真2

なお写真1の坂下はこんな具合の道路になっていました。(写真2)
こちらも坂道になっていましたが、階段の雰囲気に惹かれてそちらを選んだので、この上がどうなっているかはまたそのうちということで。


上甲東園石畳階段(NO.305)3
写真3

階段わきにはこのあたりらしいというか(と僕が思っている)水が流れていました。(写真3)
実はここだけでなく、途中の道路わきでも水が流れていたので、やはりこのあたりは都内などと違って山の地形と関係の深い階段なのだなあと実感。(そんなわけでパチリと。)


上甲東園石畳階段(NO.305) 4
写真4

写真1でも見えていた階段上まできて、坂下方向を眺めてみました。(写真4)
なかなかの眺望でしたね。


上甲東園石畳階段(NO.305) 5
写真5

ただ階段はさらに上に続いていました。(写真5)
地面を見ると石畳になっていたので、坂名はこの地面のつくりに由来するんでしょうね。


上甲東園石畳階段(NO.305) 6
写真6

さらに上に行くと、再び階段が見えてきました。(写真6)
けっこうな高低差がありそうでしたかね。
あとは坂下からここまで一貫した意匠になっているので、しっかりはじめから練られてつくられた階段だということはわかりますかね。

ちなみに、坂名にも記されている「上甲東園」とはこのあたりの町名です。
甲東園については、西宮市内にある他の甲陽園・苦楽園などの「園」の字を含む六つの地域と合わせて西宮七園と呼ばれる高級邸宅街の一つであるとのこと(ウィキペディア参考)。
なるほど。西宮七園については今知りました。(笑)


上甲東園石畳階段(NO.305) 7
写真7

そんなわけで、やっと階段上までやってきました。(写真7)
さすがにここまでくるとけっこうな高低差もあって眺めもいい感じでしたね。方角的には尼崎とか大阪市内のほうを見ている具合ですかね。

しかも、途中には地元の学生(中学くらい?)が階段で寛いでいてほっこり。
まわりは高級邸宅街とはいえ、このあたりは関西らしいのかなと思ってみたり。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
兵庫県西宮市上甲東園1あたり

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『六本木の隠れ花見スポット「桜坂」と旧霊南坂教会痕跡めぐり』と題して、2つ+αの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

今回は桜の時期はもう終わってしまいましたが、そうじゃない時期でも読めるようなネタも取り上げたので、そのあたりの補足もかねてです。
なお、今回の記事で取り上げた坂道は過去にブログでも取り上げているのですが、詳しく調べていくと、以前に取り上げた鼓坂 (NO.115)についてだけ、当時の仮説が違う可能性がでてきたので、そのあたりを取り上げるために今回のようなタイトルにしました。


まず、以前の鼓坂 (NO.115)のブログエントリーでは、現在の霊南坂教会の北側を東西に走っている坂道が鼓坂であるとしていたのですが、どうやらそこのところが違うかもしれないという話なのですよ。


115) その2-1
画像1

こちらは、「雑木林の中から」というブログの記事に掲載されていた霊南坂教会工事中の案内図なるものを拝借して、北を上向きにして加工してみたものです。
要はアークヒルズが出来る前の工事案内看板ですね。
図では、ありがたいことに旧霊南坂教会と今ある霊南坂教会がふたつ書かれていて、紫の三角で囲んだあたりが、建替前の旧霊南坂教会で、丸で囲んでいるところが今現在建っている霊南坂教会ということみたいです。

そして、以前の鼓坂 (NO.115)のエントリーでは、江戸東京坂道事典という本に『鼓坂とは霊南坂教会の北わきを西へ下る坂道』と書かれていたことから、現在の霊南坂教会の北わきの道を取り上げたわけなのですよ。
でもですね・・・。
よくよく考えてみたら、僕が参考にした江戸東京坂道事典という本は、昭和46年12月に出版されたものなのですよ。そして、今の霊南坂教会ができたのが、昭和60年。。
ということは、この本で書かれている”霊南坂教会の北わき”というのは、旧霊南坂教会の北わきということになりそうですよね。
そんなわけで、かつての鼓坂は、上の地図の黄緑の位置にあった可能性がきわめて高いのでは?となったわけですね。
そしてそして、現在の地図を見てみると、霊南坂教会の南側とアークヒルズの間にも道路があり、トラベルジェイピーの記事でも取り上げた旧霊南坂教会の石碑のある場所(=上の画像の三角で囲った場所)などからも、鼓坂は見た目や高低差感などは大幅に変わったかもしれないですが、やはりここであっているという結論に達したわけなのです。
ただ、これはかなりの極論で、実は「昭和毎日:昭和の地図」なるサイトで昭和31年の古地図が見れるのですが、それで確認してみると旧霊南坂教会のあるところから西にむかって道が伸びていることから、アークヒルズで土地が改良される前は旧霊南坂教会の北脇あたりが坂上だった可能性がきわめて高いんですよね。(画像1でいえば、赤くぬられている道。)
なので、その1で取り上げた場所は間違っている可能性大ですし、今の鼓坂 (NO.115)についても昔の鼓坂と場所がかぶっている場所は、陸橋のある部分(旧霊南坂教会の石碑のある場所)より坂下側(西側、わかりやすくいえばサントリーホールの北側の道路部分)だけということになるのかもしれないですね。


115) その2-2
写真2

ちなみに、記事が公開されてから数日後の夜に訪れてみると、鼓坂 (NO.115)沿いもライトアップされていましたよ。(写真2)
写真は坂道沿いにある陸橋からのもので、ちょうど陸橋側から坂下方向をみたものです。
なので、このあたりだけが昔の鼓坂と位置がかぶっている部分といえるかもです。

(あとは、最近気がついたんですが、どうやらトラベルジェイピーの記事は公開後でも編集部に相談すれば加筆してもOKということなので、またそのうちこのライトアップのことも加えるかも。)


115) その2-3
写真3

最後はおまけです。(写真3)
鼓坂 (NO.115)の坂下あたりから陸橋へとつながっている階段を下から見上げると、なんと現在の霊南坂教会の十字架と月(そして桜)がうまい具合にコラボしていたのでぱちりと。(^^)

ということで、今回はこんな感じです。


住所
港区赤坂1

年始の1月始めですかね、年始にこのブログで取り上げた兵庫県西宮市にある「仁川百合野町地区地すべり資料館」からもすぐの場所だったこともあり同日に歩いた場所なのですが、高低差もなにげに感じれるなかなか興味深いところ(今回の本題ではないのですが)だったので、あまり時間が経たないうちに書いておくことにしました。

場所で言えば、最初でもふれたとおり、仁川百合野町地区地すべり資料館や関西学院大学から近い場所でしたかね。
最寄り駅で言えば、阪急の仁川か甲東園あたりですが、そこからだとあまりに遠い場所なので、僕は歩きましたけど(おかげで途中にいい感じの坂にいくつか出会いました)、普通はバスを使って行くのがいいと思います。


西宮の甲山森林公園をぶらりと1
写真1

そんなわけでいきなりですが、今回はこんな場所だったのですよ。(写真1)
仁川百合野町地区地すべり資料館側から今回、行ったのですが、途中はふつうに土の見える登山道もあったりして、時間でいえば20分くらいでこれましたかね。
写真1は、レストハウスなる自販機だけの休憩所があるのですが、そこからの眺めです。
遠くにこんもりと見えているのが、甲山なる山で、その頂上あたりのものですかね。
かなり昔からある山で、こまかい説明はウィキペディアでも見てくださいな。
なので、このあたりは「甲山森林公園」と名付けられた公園になっています。

ちなみにこのあたりは僕も中学か小学校か忘れましたけど、とにかくその頃に学校の遠足やら家族でお弁当を持って来た覚えがありますが、ここ最近は訪れた覚えがないので、気がつけば30年以上ぶりくらいかもしれないですね。


西宮の甲山森林公園をぶらりと2
写真2

レストハウス内にあった案内図です。(写真2)
写真1で見えていた場所の説明ですかね。
図の左側が今いる場所で、右側が写真1でもはっきり見えていた甲山ですね。
とにかく甲山への軸線感がすごく、ある意味すごいリスペクト感のあるつくりになっていました。


西宮の甲山森林公園をぶらりと3
写真3

実際にシンボルゾーンの部分におりてみました。(写真3)
奥に見えているのが甲山の頂上部分ですね。
このひっそりかんもなかなかなものでした。(といっても地元では有名な場所なのですが)


西宮の甲山森林公園をぶらりと4
写真4

写真3とだいたい同じ場所から、今度はレストハウス側を眺めたものです。(写真4)
奥の木々にまぎれて見えている白いシンプルなつくりの構造物がレストハウスで、写真1の感じからもわかったかと思いますけど、けっこう上のほうにあったんですよ。


西宮の甲山森林公園をぶらりと5
写真5

さらに甲山頂上側に歩いて、くすのき並木のあたりまでくると、両サイドにはオブジェがぽんぽんと置いてありました。(写真5)
今回は紹介しませんけど、作品名なども書かれてありましたね。
ここまでくると奥には甲山やらも見えていることもあり、なにか映画のセットみたい、もしくは映画の世界に迷い込んだみたいな気分になってしまいましたかね。

ただこのあたりは彫刻の道と名付けられていて、公式HPによると『道の両側に立ち並ぶ彫刻群は、開園を記念して行われた「石彫シンポジューム」によって造られたものです。 昭和48年7月、「兵庫県彫刻家連盟」会員14名が、約3ヶ月間にわたって世界各国の大理石に挑み、炎天下猛暑と闘いながら公開製作された作品です。』とありました。
どうやら後付のものみたいですね。


西宮の甲山森林公園をぶらりと6
写真6

そして、写真5の奥にもちらりと見えていた噴水とシンボリックな象がある場所まできて、奥に甲山が見える形でぱちりと。(写真6)
ここは「愛の泉」と名付けられて、目の前の像には「愛の象」なる名前がつけられているみたいです。
なお、愛の泉については、彫刻家の新谷秀夫によるものとのこと。


西宮の甲山森林公園をぶらりと7
画像7

最後は、これまでの説明ではちょっと位置関係がわかりづらかったかもということで、グーグル・マップを拝借してみました。(北が上です。)
写真6の泉のある場所が、画像中央左の丸で囲んだあたりで、これまでの写真で何度も遠くに見えていた甲山頂上が、左側の三角で囲んでいるところということになりますかね。
とにかくこの軸線感覚が壮大すぎて、東京で言えば、甲山を富士山と見立てるとこれまたいろんな妄想が広がってくるかもですね。
ちなみに、最初にでていた「仁川百合野町地区地すべり資料館」は、右側の赤いピンのところがそれです。
なおマピオンで海抜を測ってみると、地すべり資料館のあたりは海抜76m、泉のあるあたりが海抜159mなので、高低差83mくらいでしたかね。(ビルの階数でいえば21階くらい?)
なんとなく位置関係わかってもらえましたかね?


ということで、今回はこんな感じです。


地図
兵庫県西宮市甲山町(甲山森林公園)

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『ドラマ「西郷どん」でも登場!四ツ谷駅すぐ、歴史的舞台ともなった東京・紀尾井坂めぐり』と題して、2つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。
なお、記事で取り上げた紀尾井坂と清水谷坂はまだブログでは取り上げていませんのであしからず。

とにかく、2月の終わり頃から取材に行こうかなとのんびり準備していたところ、3月最初の西郷どん(第9話:江戸のヒー様)で紀尾井坂がどどんと大きく取り上げれたのを知った時はあせりましたね。(笑)
ドラマ内では、記事で取り上げた内容以外にも、ランドマークとして紀尾井坂が江戸の地図に記載される形でもでていましたよね。

なお余談ですが、主演の鈴木亮平さんはなにげに地元の芦屋つながりの人でもあるので、個人的にはそちらのほうでも大河ドラマ以前から関心を持っていたりしていまして、そんなこともあり今回も陰ながら応援していたりもするのですよ。(迷いましたけど、やっぱり書いておくことにしました。すっきり。笑)


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)1
写真1

そんなわけで、話はもどりまして、記事では軽く取り上げるだけでしたけど、取材時は、紀尾井坂の坂名の由来ともなった『紀伊徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、井伊家の「井」』のそれぞれの場所も巡っているのですよ。
写真1は、紀伊徳川家の「紀」にあたる場所ですね。
現地にはこんな具合に立派な石碑と案内板があったんですよ。
場所でいえば、東京ガーデンテラス紀尾井町とニューオータニを挟んだ道路沿いにありました。
要は弁慶橋のそばですね。


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)2
写真2

次は尾張徳川家の「尾」にあたる場所ですね。(写真2)
こちらも立派な石碑と案内看板が道路沿いに設置されていました。
なお詳しい場所については記事のほうでもふれていますので、そちらを読んでみてください。


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)3
写真3

そして、井伊家の「井」にあたる場所にも立派な石碑と案内板がありました。(写真3)
こちらは、ホテルニューオータニの敷地内にありました。今回でいえば、喰違見附側の場所といえばわかりやすいですかね。


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)4
写真4

あとは、紀尾井坂の坂上あたりにつくりはシンプルなのですが、なかなかしぶいつくりの建物があったのでぱちりと。(写真4)
「カトリックメリノール宣教会」なる施設の建物みたいでしたね。
いちおう調べてみたら、高垣建築総合計画なる建築設計事務所が設計した建物みたいでした。
竣工は1996年とのこと。
写真ではなんだか最近できたものみたいに見えてますけど意外と昔からあったんですね。


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)5
写真5

紀尾井坂にくるといつも気になる自販機があるのですが、これなんですよ。(写真5)
だしの自販機。(笑)
坂下にさらりと置かれてますので、気になる方は買ってみてはどうでしょうかね。


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)6
写真6

そして、清水谷坂の坂下あたりにある、村野藤吾設計による紀尾井町パークビル(旧・紀尾井町南部ビル)ですね。(写真6)
外観は昔とそれほど変わってないようですが、ビル名が紀尾井町パークビルに変わるときに(けっこう最近みたいです)中もリニューアルしたみたいですね。(これは受付の人に聴きました。)
とにかく、こちらも渋いビルですよね。


紀尾井坂(NO.303)、清水谷坂(NO.304)7
写真7

最後はこちらですね。(写真7)
清水谷坂の坂上あたりにあったビルです。
一風変わった感じの外観だったの、写真に撮っておいたのですが、帰ってから調べてみると「オークラヤ麹町ビル」と言って、大林組一級建築士事務所が設計したビルらしく、2013年にグッドデザイン賞を受賞しているビルみたいでした。
なるほどなるほど。
ちなみに道路のほうをみると坂道の傾斜具合もわかりやすいですよ。


ということで、坂道関連のことについていろいろ取り上げている長くなりそうですので、今回はこんな感じです。

トラベルジェイピーの記事(ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう)にて、いろは坂を取り上げたわけですが、今回はいろは坂の中でもちょっと気になっていた階段を写真自体はけっこう前(2017年の1月頃)になりますが、当時の写真を交えながらすこしばかりこまかく取り上げてみます。

なお、いろは坂(NO.296)その1にあたるブログの記事はこちら(今回は、耳をすませばの聖地でもある、いろは坂についてです。)です。
書いた時はお知らせがてらの記事だったのでナンバリングしていませんが、坂上の洋菓子店の写真など、今思えば貴重な写真も載せているので、ここにて再度。


いろは坂(NO.296)その2-1
写真1

こちらは映画「耳すませば」の劇中で、月島雫が自分で創作した物語を創造しながら一気に階段を駆け下りるシーンで登場する階段でもあり、現実のいろは坂でいえば、坂上あたりにある階段ですね。(写真1)
地図を見てもらうと一番わかりやすいのですが、いろは坂は京王の聖蹟桜ヶ丘駅の方向から北側のかなりの高低差のある台地に上る坂道のため、途中は急カーブの折り返しの道が連続していて(これを「つづら折り」やら「ヘアピンカーブ」と言います)、そのため、ヘアピンカーブをそのまま歩くとたいへんなので、横切る形で階段がつくられています。
それがこれですね。
時期がよければ緑に囲まれて気持ちいいんでしょうね。


いろは坂(NO.296)その2-2
写真2

ちなみに、写真1の背後を見下ろすとこんな感じでした。(写真2)
まあこれがヘアピンカーブのひとつですね。
いろは坂ではこういうわかりやすい急カーブの場所が2箇所みられます。


いろは坂(NO.296)その2-3
写真3

写真1の場所から階段ではなく、道路のほうをすこし坂上に歩き、坂下方向を見たものです。(写真3)
写真1でいえば、右側方向に歩いていったものですね。
なので、左側には坂下の聖蹟桜ヶ丘駅界隈の高層ビルも見えていたりします。

この部分だけ切り取ってみてもいい感じの坂道でしたね。


いろは坂(NO.296)その2-4
写真4

写真3からほんのすこしだけ坂を上ってみたものです。(写真4)
ちょうど急カーブの真ん中あたりから見たものなので、坂上と坂下に向かう道の両方が見えていましたね。
もうすこし広角のレンズがあれば全景撮れたかもですが、それでもなんとかこの急カーブを伝えることはできたかなと。(笑)
なので、写真1の階段は、この奥を左側から右側へと上っているというわけですね。


いろは坂(NO.296)その2-5
写真5

さらに坂を上り、坂上方向を見たものです。(写真5)
写真4からはほんのすこし移動した場所からですね。
もうこのあたりは坂上と言っていい場所なので、右側には丘の上の住宅がいくつか見えていましたね。


いろは坂(NO.296)その2-6
写真6

こちらはさらに坂を上り、坂上あたりからの景色です。(写真6)
単純に、坂道の景色がいい感じだったので、載せておきました。


いろは坂(NO.296)その2-7
写真7

そして、やっとここですね。(写真7)
写真1の階段の最上部でもある場所です。
左側の道を下って行くと、写真6の景色が味わえるという場所ですね。

今更ですが写真見ながら気がついたのは、バイク走行禁止標識ですかね。
やはりツーリング気分で走る人も多いのかな。


いろは坂(NO.296)その2-8
写真8

そんなわけでトラベルジェイピーの記事にも載せた坂上からの写真を再び。(写真8)
まあいろいろと妄想してみてくださいな。(笑)


いろは坂(NO.296)その2-9
写真9

おまけですが、階段の途中からのものです。(写真9)
坂上の家もなかなかおしゃれな雰囲気をかもしだしていて、階段下から上って行くときはなかなかの高揚感だったかもですね。
坂下からはけっこうな距離でバテバテでしたけど、この景色みるとなにか上にありそうということで元気でたので、歩いた当時はこの写真を撮ったのだと思います。


いろは坂(NO.296)その2-10
写真10

トラベルジェイピーの記事でもでてきましたけど、映画で同級生の杉村が月島雫に告白した神社のモデルになったと言われる金比羅宮の境内ですね。(写真10)
けっこう映画の描写そのままのところもあっていろいろ妄想が広がりました。(笑)

あ、そうそう。記事では書いておかなかったですが、このあたりにはかつて砦があり、新田義貞軍と北条泰家軍の戦いがあった場所とも言われているそうです。(金比羅宮の案内看板に書いてありました。)
それで、気になりちょっと調べてみたらありましたよ。


いろは坂(NO.296)その2-11
画像11

それがこちらですね。
江戸名所図会3巻に掲載されている「関戸天守台」という絵ですね。
「江戸・東京デジタルミュージアム」という東京都のサイトで紹介されていたのですが、そのページの解説によるとですね、
『元弘3年(1333)、新田義貞が鎌倉幕府を攻めた「関戸の戦い」と呼ばれる戦いにおいて、このあたり一帯は戦場となり、義貞軍が北条泰家軍を敗走させた後、本陣をここに置いたと伝えられています。これが「関戸天守台」という名前の由来で、現在の多摩市桜ヶ丘にある金比羅宮(琴平社)あたりが「天守台」と呼ばれ、一帯の山を「城山」とも呼んでいます。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる景勝の地でもありました。』
とあるのですよ。
なるほど、そういうことだったのかという感じでしたね。
記事では、「天守台(関戸城跡)」としても取り上げていますが、実はこのブログでも関連して過去記事で取り上げています。
→「聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道

おそらく絵にある階段が、ブログの記事「「聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道」」で取り上げた階段の可能性が高いですが、もしかしたら今回取り上げた階段という可能性もあるのですよ。
あとはもう、この金比羅宮との位置関係と奥に広がる景色などから調べていくしかないですが、ちょっとこの絵だけはわかりかねるというのが現在の状況といえるかもです。
ただ、金比羅宮の境内にあった案内文には、境内に「物見の松」といわれる老木があったとも書かれていて、絵を見ると巨木が階段上にも見られるので、もしかしたらもしかするかもしれませんし、奥に描かれている川らしきものが多摩川かもしれないですが真相は定かではありません。

ということで、今回はこんな感じですが、それにしてもおもしろい史実に出会ったかもですね。


地図
多摩市桜ケ丘

今回はトラベルジェイピー(なにやら、たびねすという言葉は今年の3月から、サイト名を統一するとのことで使わないようにとの連絡がひそかにきたので、今後はトラベルジェイピー=たびねすと思ってください)の記事(ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう)の取材ついでに行った聖蹟桜ヶ丘界隈の坂道なのですが、変わった名前の坂道なのでこのままお蔵入りしてしまうのもなんですので、現地を歩いてから1年以上は経ってしまってますが(正確には2017年の1月頃)、取り上げておこうかなと。


場所については、前に取り上げた山の婆坂(NO.291)の坂上からすぐのところにあります。


へっぴり坂(NO.302)1
写真1

坂上あたりから坂下方向を見たものです。(写真1)
写真1のように右側に気持のいい感じでカーブしながら静かな住宅街を北側に下っている坂道でした。

ちなみに坂名の「へっぴり坂」については、多摩市の郷土資料「歴史のさんぽ道」によれば、昔はこの坂道があまりに急坂だったため、荷車などを引いて上る時には、思わず力を入れてしまいですね、おしりにも力が入り・・・。
「へ!」という例の音が、静かな坂道でこだましたことから(笑)、「へっぴり坂」と地元の人の中でそう呼ばれるようになったそうですよ。
なお「へっぴり」という言葉は、コトバンクによると「1:屁をひること。また、その人。」「2:つまらぬ奴。人をののしっていう語。」という意味で使われているそうです。そして”屁をひること”とは、要は”おならをすること”ですね。(笑)
なんとなく僕の感想では「へっぴり」といえば、「へっぴり腰」のほうをイメージしてしまっていたんですが、どうやらその意味ではないみたいですね。

まあ、現地を歩いているだけではまったく予想のつかない坂名といえるかもですね。


へっぴり坂(NO.302)2
写真2

こちらは坂下あたりから坂上方向を見てみたものです。(写真2)
厳密に言えば、坂道自体はもうすこし下り続けているのですが、あえてこのポイントを選んでみました。
まずなんといっても坂上のほうに見える大木ですかね。
1年前のものなので今もあるかどうかはわかりませんが、歩いた時はかなりのインパクトでした。
もうひとつは、右側の擁壁ですかね。
ここからだと左側にきれいにカーブしながらその大きさを縮めていっているのがいい感じでした。

あと、坂名については追加のエピソードがありましてですね、地元のひとたちの間では以下のような坂道に関する歌も歌われていたようですね。
『へっぴり坂でへをしって 百草、倉沢暗やんで 耕地、落川粉が降る』

ということで、今回は写真が少なめですが、さらりとこんな感じです。


地図
多摩市東寺方510あたり

まずは、つい最近、たびねすの記事にて『都心部で唯一富士山が綺麗に見える坂道!東京・目黒の富士見坂』と題して、2つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

なお、今回の記事では、以前に取り上げた富士見坂(NO.237)とあわせて、なにげにブログできちんと取り上げていなかった東京富士見坂についても取り上げてみました。
東京富士見坂については、眺望ポイントとしての名称として、これまではなんとなく僕自身捉えていたのですが、よく考えてみえれば、これも平成という時代につけられた坂名だよなあということにして考え直してみることにしました。
そんなわけで、東京富士見坂についても坂名リストに加えるということでナンバリングしておくことにしました。


東京富士見坂(NO.301)1
写真1

そういえば、富士見坂(NO.237)と東京富士見坂(NO.301)の間で、大規模なマンション建設をやっているみたいでしたね。(写真1)
写真1は、富士見坂(NO.237)側の仮囲いにマンション募集の看板があったのでぱちりと。完成すると雰囲気よくなるんですかね。
ただ現在の街並みは、坂道側からみると仮囲いだらけという感じで、最悪でしたけど。。


東京富士見坂(NO.301)2
写真2

富士見坂(NO.237)側からは工事現場も見えましたね。(写真2)
一部は東京富士見坂(NO.301)にも接していて、かなり大きな現場でした。
まあ、特に深い意味はなく記録がてらの写真です。


東京富士見坂(NO.301)3
写真3

こちらは、今回の坂道の場所からちと離れた場所にある三田公園にあった地名を紹介する案内板ですが、どうやら同じような内容のものが、富士見坂(NO.237)の途中にもかつてあったみたいですが、今はないようですね。(写真3)
ただ、そんなことから歌川広重による浮世絵「目黒千代か池」の舞台がこのあたりだったのかもという推測ができたわけなのですよ。


東京富士見坂(NO.301)4
画像

ちなみに、歌川広重による浮世絵「目黒千代か池」とはこれですね。
以前にも紹介してますけど、再び。
さすがに歌川広重が描くだけあって景色やら雰囲気もよかったんでしょうね。


あ、そうそう。
記事の中でダイヤモンド富士のことをふれているのですが、実はこれ、この日を狙って富士見坂に訪れたわけではなかったのですよ。(汗)
当日は、恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館で気になるイベントがやっていたので、それも見がてら富士山も撮ろうという気軽な気持で訪れて、恵比寿ガーデンプレイスと富士見坂を行ったりきたりしていたら、地元の方が今日はダイヤモンド富士が見える日なので見るべし!と言ってくださって、やっと気がついたわけなのですね。(汗)
まあ、この坂から富士山が見えて、時期があえばダイヤモンド富士が見えるということは知ってはいましたけど、さすがにその日にちまでは知らなかったわけなのです。
なので、ダイヤモンド富士が見れる日についてはあたかも知っているかのごとく書いてますけど、実はこれ、後付なのですよ。(ああ、言ってしまった。でもすっきり。笑)
でもまあこういう偶然みたいなことが次々と起こるから坂道散歩もやめられないのですけどね。

ということで、今回はこんな感じです。

とりあえず、昨日の朝は都心部だけでいえば、前回ほどの雪ではなかったので、前の乃木坂に続いて、同じく1月22日夜の大雪の日に撮っておいた坂道写真が何枚かあるので、公開しておきます。
乃木坂の時とは違って、ライブが終わってからの雪のピークが過ぎたあとのものなので、インパクトは少ないですし、今回の分はスマホで撮ったものばかりですが、時事ネタというか記録として残しておくという意味でも取り上げておくことにしました。


六本木坂道雪景1
写真1 

まずは坂上すぐの場所にアマンドがある芋洗坂の坂上からの景色など。(写真1)
もう雪はほぼやんでいましたが、けっこうな雪が積もっていました。
左側に見えている坂の碑の雪のひっつき具合(文字が見えない)から見ても、さきほどまではこの場所でもけっこうな雪が降っていた模様ですね。

ちなみにこの時はここから坂下に向かって右側の歩道を歩いていたのですが、途中、目の前に雪の塊がばさりとビルの屋根?から落ちてきた時はあせりましたね。。
この坂は電線もないので上空のほうはほぼノーマークだったもので。(笑)


六本木坂道雪景2
写真2

こちらは、同じく芋洗坂で、坂下からの風景ですね。(写真2)
それにしてもこのあたりからの景色は坂上と違ってちょっとだけ哀愁感があるのでなぜでしょ。
どこぞの雪の街かと思うくらいの積り方ですが、ここは六本木でしかも芋洗坂なんですよね。
地面もかろうじてべちゃべちゃした雪になる直前のものですしね。


六本木坂道雪景3
写真3

饂飩坂ですね。(写真3)
芋洗坂の途中で合流している坂道です。
写真3は坂下あたりからのものです。
こちらは人も車も少なめで芋洗坂よりも風の抜けがあって気温が低めだったのか、芋洗坂と比べると地面はさくさくの雪でしたね。


六本木坂道雪景4
写真4

最後は、坂道ではないですが、今回取り上げた坂道からすぐの場所にある六本木ヒルズ内の東京タワーが見えるポイントにてぱちりと。(写真4)
ヒルズ近くの路上はところどころべちゃ雪になっていたのですが、このあたりはビル風のため気温が低いのかまだ見た目にもさらさらな雪が残っていました。
しかも、写真4で地面が光っているあたりは通常ならば左右に人が通れる通路なのですが、あまりに雪が積もっているため通行禁止のロープがはられていました。
いやはや。

ということで、ブログでお見せできそうな雪景色の坂道写真はだいたい上げてみましたので、今回はこんな感じです。


住所
港区六本木5と6あたり

1月22日の夜ですかね、都内でも大雪になったのですが、ちょうどその日の夜にbirdさんのライブが六本木のミッドタウンであったので、ちょうど吹雪いている中、六本木に向かうことになり、途中には乃木坂もあったので、時事ネタもかねてあまり時間が過ぎないうちに。


大雪の日の乃木坂1
写真1

メトロ乃木坂駅の出口あたりからこんな雪景色でしたよ。(写真1)
お決まりのアングルともいえますが、やはり雪化粧された乃木坂は新鮮でしたね。
時間的には雪がピークの時で、まわりにビルも多いためか、ビル風もあいまって軽く吹雪いていたのですが。。


大雪の日の乃木坂2
写真2

こちらは、陸橋あたりから坂下方向を見たものです。(写真2)
道路はもちろん乃木神社や公園の木々も真っ白でした。
いつもなら車通りの多い時間帯ですが、ご覧の通りで真夜中のような静けさでしたね。


大雪の日の乃木坂3
写真3

これだけスマホで急いで撮ったものです。(写真3)
坂上近くの場所ですが、なんと原付きに乗ったおっちゃんが時々地面に片足をつけながら器用に坂道を上って行きました。
チェーンらしき音も聞こえてこなかったので、さすがにこれにはびっくりでしたよ。


大雪の日の乃木坂4
写真4

乃木坂についてはこれくらいにして、これは東京ミッドタウンのビルを広場から眺めているものですね。(写真4)
こちらはさらに人通りが少ない場所だったのでかなりの積り具合でした。
しかも写真4左には仮設のスケートリンクが造られていたのですが、中では作業員が熱心に除雪作業をしていましたね。


大雪の日の乃木坂5
写真5

最後は、東京ミッドタウンの広場から北東側にある檜坂のほうへと下る無名坂の様子です。(写真5)
(以前にブログでも取り上げてます→ミッドタウンわきの名もなき坂
なかなかな雪景色であり、積り具合でしたね。
しかも僕が行った時は、外国人の若いカップルが、スノーボードを持ってきてまさに滑ろうとしていたんですよ。(笑)
たしかにこれなら滑れそうだと思って、僕としても写真撮れたら楽しいので待っていたら、向うが僕に注意されるかもと気をつかいだして、結局はそのまま滑るのではなく、ボードをソリ代わりにして斜面を二人で滑り始めましてですね。。
まあそんなわけでスノボ写真は撮れなかったわけなのですよ。(笑)
ちなみに写真5は彼らが滑る前なので、その滑走跡は写っていませんのであしからず。

あと、今回、いい経験になったのは、吹雪いていて写真撮った後の画面チェックがいい加減になっていて、ピントがきちんとあってない写真が何枚か撮れてしまったことですかね。いちおうOMDで防水仕様だったので、撮影後もカメラ自体は何の故障もなかったのですが、やはりあれくらいビル風がまじっていたこともあって風も強く気温もかなり低めでさらに夜景(しかも手持ち)だったのでカメラも対応できなかったのかな?

ということで、今回はこんな感じですが、とにかくライブの日が重なったこともあり、夜とはいえ雪景色の乃木坂を含めて、なかなかレアな六本木の坂道写真が何枚か撮れたのは大収穫だったかもです。


住所
港区赤坂9あたり

すこし時間が空いてしまいましたが、たびねすの記事にて『樋口一葉の聖地、東京・本郷の樋口一葉旧居跡と鐙坂めぐり』および『近代文学発祥の坂道、東京・本郷の炭団坂と界隈坂道めぐり』と題して、2つの記事にわけて、本郷界隈にある3つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

で、ここからは各坂道をまわった時に気になったことでも。


本妙寺坂(NO.294)1
写真1

まずは前半の記事で取り上げた鐙坂の途中にあった金田一京助・晴彦旧居跡の外観ですかね。(写真1)
最初に歩いた時になぜか撮っていなかったので、もう一度訪れた時に撮ってみたものです。
他の用事ついでだったので、周りは暗くなっていてちょっとあやしい感じの写真になってしまいましたが。(笑)


本妙寺坂(NO.294)2
写真2

そして、鐙坂をとりあげた記事でさらりと取り上げた「右京山」ですが、実は鐙坂の西側にある清和公園内に写真2のような看板があったのですよ。(写真2)
これにはちょっとびっくりしてしまいましたかね。


本妙寺坂(NO.294)3
写真3

なお、右京山とセットで取り上げた東京市営真砂住宅地が写真2の公園に隣接して存在していたんですけど、界隈をブラブラ歩いてみたら、なんと当時の東京市営真砂住宅地に建っていた住宅がそのままの形で残っているところが一軒ありました。(写真3)
暗い中だったので、あやしい人物と見られていたかもしれませんが、たまらずカメラを向けてぱちりと。(笑)


本妙寺坂(NO.294)4
写真4

あとは、後半の記事で取り上げた本妙寺坂の坂の途中には、写真の看板に書いてあるような遺跡もあったんですよ。(写真4)
ただ、今回のたびねすの記事では、本妙寺のエピソードのほうをメインにしたため取り上げませんでしたけど。

ということで、今回も、この界隈の歩いたところをくまなく取り上げていると長くなりそうなので、また気になったところはブログで個別に取り上げるかもしれませんので、今回はさらりとこんな感じです。

12月のはじめの頃に、撮っておいたものなのですがちょうどいい機会なのでちょっこっと紹介。


表参道ヒルズのクリスマスツリー2018-1
写真1

いきなりですが、こちらですね。(写真1)
表参道ヒルズの吹き抜け空間でもあり大階段上にクリスマスツリーが置かれていたのでぱちりと。
ただ今回も散歩日記というよりは、どちらかというとこのクリスマスツリーを紹介したくて書いてみたので、このツリー自体にも着目しておくとですね、なにやらこれは「100色のクリスマスツリーの森」なるタイトルがつけられていて、しかも建築家・デザイナーのエマニュエル・ムホーさんがデザインしたものとのこと。なのでクリスマスツリーではあるけれどインスタレーション作品でもあるようなものみたいですね。なお現地の説明には、アートを取り入れたクリスマスツリーと書かれてありました。

正面の高さ7mのメインツリーに加えて、天井からは100色に塗り分けられた1500本のカラフルなミニツリーがつるされあざやかな空間が演出されていました。

そして、忘れてはいけないのが大階段とのコラボ。(笑)


表参道ヒルズのクリスマスツリー2018-2
写真2


いちおうメインツリーがよく見える位置からも。(写真2)
なるほどなるほど。
ここからだとメインツリーの高さ具合がわかりやすいですね。
しかもミニツリーのほうにも照明が埋め込まれているのもよく見えますね。

そういえば、つい最近、色を音に換える方法を編み出して、それを自分の表現方法として使ってるという色盲のアーティストのことを取り上げているニュースを見たんですけど、まさにこの空間にある色の組み合わせを音で表現したらどんな音になるんですかね。

ちなみに、この展示、実は25日いっぱいで終わるらしいので、このブログ見た方は、今日の夜か明日しか実物見れるチャンスはないので、気になる方はお早めに。

ということで、今回は個人的にもなんだか好きな感じのクリスマスツリーでもありインスタレーションでもあったので、さらりと取り上げてみました。

ではまた。


住所
渋谷区神宮前4-12

数日前のことですが、代官山からもほど近い西郷山公園にふらりと寄ってみたらなんと園内から富士山が見えたので、今回は忘れないうちにここにて記録がてらです。


西郷山公園で富士山1
写真1

西郷山公園内には、富士山がうまくいけば見えると書かれた看板もあるのですが、まさにそこから富士山が見えましたよ。(写真1)
僕自身、この公園で富士山が見れたのは初のことです。
いつもは、ここにくると富士山が見えるかもと、看板のある位置から今は見えないけど富士山のあるだろう方向(と思っていた)に向かってシャッターを切っていたのですが、実際の富士山は、もうちょい右側にあったみたいですね。(汗)


西郷山公園で富士山2
写真2

もうすこし引き気味の場所から。(写真2)
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、写真中央に見えていますよね。
このあたりは丘のようなつくりになっていて、さらに写真1の場所より高い位置にあり、さっきの場所(ちょうど写真左側に見えるゴミ箱があるあたり)よりは富士山が大きく見えていましたね。
ただそうは言っても手前のマンションでかなり削られてはいますけど。

ちなみにさっき書いた富士山が見えるだろうと思っていた方向とは、写真2でいえば左側のゴミ箱のある場所の向うに見えているマンションの向こうにあると思っていたんですよね。。
いやはや。


ということで、今回は最近、富士山ネタが少なかったこともあったので、さらりとですが取り上げてみました。


地図
目黒区青葉台2-10-7あたり

今回はたびねすの取材ついでに行った坂道なのですが、そろそろ公開しないと歩いてから1年が過ぎてしまいそうですので、かなり前(今年の1月頃です)のこと(=写真)でなんですが、聖蹟桜ヶ丘界隈の坂道を取り上げておこうと思います。


やまのばば坂というそうで、別名で「おばけ坂」や「グミの坂」ともいうそうです。
場所的には、いろは坂(そういえばナンバリングしていませんね。またそのうちリンク記事でも書きますかね)の東側を大栗川沿いにすこし歩いたところに今回の山の婆坂の坂下があります。


山の婆坂(NO.291)1
写真1

まずは坂下からの風景など。(写真1)
左側が背の高い擁壁になっている通り、崖地になっているのですが、これは駅側からみると山のような高台になっているため、ここからいきなり急勾配で左手には崖地がひろがっているんですよ。(あとでわかりやすい写真でてきますけど。)


山の婆坂(NO.291)2
写真2

さらに坂上方向に行くと、傾斜具合がきつくなってきました。(写真2)
坂下のほうでもわかりましたが、道もなにやらくねくねしている感じ。


山の婆坂(NO.291)3
写真3

写真2とだいた同じ場所から坂下方向を見てみたものです。(写真3)
こうしてみると、坂の右側はかなりの崖地ということがわかりやすいかもですね。

そこで、この坂道の名前の由来についてなのですが、ここには坂名を記すいつものような坂の碑はありませんでした。
しかも、多摩市の坂道については、本でまとめているものは今のところほとんどない状況なのですよ。
ただいろいろ調べてみるといくつかのサイトさんの情報で、多摩市の資料「子どものための歴史のさんぽみち」に、坂の由来が書かれているそうで、要約すると以下のような内容になるみたいです。
写真3でいえば、右側は山になっており、左側には今の大栗川が流れていて一面竹藪だったため、この坂道は昼間でも薄暗い道だったそうです。そして右側の山の中には老女が住んでいて、その姿は歯を真っ黒に染め、口は耳まで裂けていて、身の丈六尺(約2m)近くもあり、なんとも不気味な姿をしていた。しかも、その老女はいつもざるに小豆をいれて磨いており、人が通るとその大きなざるを頭からかぶせ捕らえては食べてしまったという。そんなこともあり部落の人たちは「山の婆坂」と呼んで怖がったという。
まあ、こんな具合の話らしいですね。


山の婆坂(NO.291)4
写真4

あと、写真3の右中央あたりに階段が見えてますけど、全景を写すとこんな感じでした。(写真4)
まさに崖地の階段で、長い。
しかもこの時は上りませんでしたが(汗)、地図で確認してみると階段はさらに続いていて階段上の住宅地にも行けるみたいですね。


山の婆坂(NO.291)5
写真5

もうすこし坂を上り、写真2で坂上に見えていた住宅のあるあたりまでやってきて、坂上方向を眺めてみたものなど。(写真5)
なかなかな急勾配具合ですかね。
なんというか風景的になにか気持ちいい感じ。


山の婆坂(NO.291)6
写真6

だいたい同じ場所からの坂下方向の風景など。(写真6)
ここから見ると道のうねり具合もよくわかりますかね。
左側もそれなりに崖地になっていて、その向うが小学校なので、景色もすこし開けているのですが、この位置からだとわかりにくいですね。


山の婆坂(NO.291)7
写真7

ちなみに写真5の左側には、またもや崖地を上る階段がありました。(写真7)
普通の抜道階段ぽいですが、途中に物置があったり、手摺の形状があまりみたことないタイプのものでしたかね。


山の婆坂(NO.291)8
写真8

そんなこんなで、坂上あたりまでやってきて坂下方向を見てみました。(写真8)
坂下中央左側の樹木がなければもうすこし遠景の景色も見える開けた感じの風景になりそうな場所でしたかね。


山の婆坂(NO.291)9
写真9

あとは、写真8の左側に宝泉院なるお寺が隣接しとりましたよ。(写真9)
写真9はちょうど入口前の様子です。
入口右側には地蔵さまがたくさん見えてますけど、これはまとめて「地蔵菩薩」と呼んでいるみたいですね。またこれらは通称「百地蔵」と呼ばれ、、横の案内板には、『旅の道中安全・子育て・足の痛みを直すためお百度参りをする人が沢山有ります。』と書かれてありました。
また、この奥にある宝泉院は、公式HPによると江戸時代初期に 開創されたとのことで、弘法大師多摩の札所九十四番所、多摩十三仏第三番札所にもなっているそうですよ。


最後に、宝泉院のこともでたので、「おばけ坂」という別名についてもふれておくとですね、どうやら多摩市史の民俗編の項によると、この坂はもともと大きなグミの木があったから「グミの坂」と呼ばれていたそうですが、宝泉院の下の坂はおばけがでるといううわさがでるようになり、そのことからおばけ坂と呼ばれるようにもなったということです。
なので、これだけ読むと、この坂道は「おばけ坂」でいいんじゃないかという気もするんですが、いろいろ資料(特に参考になったサイト:失なわれゆく風景)を追っていくと、はじめにでてきた老女が、おっかない坂だといいふらしたことで「おばけ坂」と呼ばれるようにもなったようにもとれるので、それならばやはり老女の名前をもじった「山の婆坂」のほうがこの坂道らしい名前だろうということにしてみたのですよ。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
多摩市東寺方495あたり

今月は、あまりに更新ペースが少ないので、はたまたちょっと前(とはいってもまだ1ヶ月も経ってないのですが)の定点観測した時のことでも。

とりあえず、タイトルにもあるとおり、先月終わりのハロウィンの日に渋谷をうろうろしたんですけど、当日はやはりここは坂道に絞ってまわってみようと思い、今回はその時にであった坂道風景などについて紹介してみたいと思います。


ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩1
写真1

まずは、渋谷の駅前ともいえる道玄坂の坂下の様子ですね。(写真1)
ニュースでも取り上げられていましたけど、ハロウィンということで完全に歩行者天国となっていました。
ただ、この日というか時間帯は歩行者天国になってからまだ時間が経っていなくて、さらに平日でもあったので、ハロウィンのコスプレしている人はかなり少なかったかもですね。


ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩2
写真2

こちらは、道玄坂の中腹あたりから坂下方向を見たものですね。(写真2)
時間軸的にはすこし前のものですが、ちょうど道路が歩行者天国になった直後のものです。なかなかのレア風景かも。


ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩3
写真3

場所は変わり、スペイン坂の坂上あたりの風景ですね。(写真3)
道玄坂のあとに行ったのですが、ここもまだ時間帯が早いのか、道玄坂のほうに人が集まっているのか、人通りだけ見ればいつもの夜の渋谷スペイン坂といった感じでした。


ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩4
写真4

ただですね、2回目にスペイン坂を訪れると、坂の途中にあるムラサキスポーツの前になにやら人だかりが。(写真4)


ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩5
写真5

輪に入ってみてみると、なんとサンバダンスをしている女性3人が。(笑)(写真5)
なぜに?という感じもありましたが、見ている観客はみな楽しそうな感じ。
まあ、それが答えかもしれないですね。
なので、こちらもなかなかのレア風景ということで、取り上げてみました。


ハロウィンの日に渋谷で坂道散歩6
写真6

最後は、井の頭通りから現在、建替え中のパルコへと上る無名坂の様子です。(写真6)
こちらはけっこう後の時間帯に寄ったと思うのですが、ご覧のとおりでしたね。
以前までの雰囲気を知っているものとしては寂しい限りですが、完全な抜道といった感じでした。

ということで、今回はハロウィン当日に定点観測するという、このブログでは初(個人的にはたまにブラブラしていたはずですが、記事にするのは、という意味で)の試みになり、はたまた僕自身やはりこのブログでなんてことない日常のことも含めてさらりと書くことは気分転換にもなり、やはりもうちっと更新頻度をあげたいなあと再確認した記事でもありましたかね。



住所
渋谷区道玄坂+宇田川町など

先月に赤坂サカスで「RED BULL BOX CART RACE TOKYO 2017」なるイベントが行われたのですが、なんと会場が、サカス内のさくら坂で開催されるということで、ふらりとみてきましたよ。
なんというか、坂道の日常風景を定点観測的に記録するというのも、このブログのコンセプトのひとつということは開始当初から変わっていないので、これまでの経緯を知らない方にとっては単にイベント日記みたいな感じに(まあ、実際そうなのですが、笑)見えてしまうかもですが、当日はカメラをぱちぱちと撮っておいたこともあり、今回、記事にしておくことにしました。(長い、笑)


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース1
写真1

ではまず、会場で見つけたイベントの案内看板など。(写真1)
当日は雨がけっこう降っていて、人くるのかなと思っていましたけど、やはりそこはレッドブル。けっこうなひとだかりでしたかね。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース2
写真2

コースの地図です。(写真2)
こちらも看板形式で会場内にありました。
わかる人はわかるかもですが、まさに赤坂サカス内のさくら坂がコースになっていますね。ちなみにさくら坂については、前にこのブログでも取り上げています。(→さくら坂(NO.149)

なので、コースは坂道になっているのでだいてい予想はつきそうですが、当日は坂道をいわゆるコスプレした人と動力はなにもつけられていないカートが、坂上から坂下に下り、そのタイムを競うというのがこのレースの表向きの内容みたいでしたね。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース3
写真3

そんなわけで、コースというかさくら坂の様子など。(写真3)
写真3は、ちょうど坂上あたりにあるスタート地点のものですね。
人だかりもできていて、けっこう本格的なコースでしたよ。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース4
写真4

こちらは写真3でもちらりと見えていたスタート地点のアップですね。(写真4)
ちょっとわかりにくいですが、コスプレした参加者やカートも見えてますね。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース5
写真5

コースの途中で撮ってみたものなど。(写真5)
見てのとおり、ちょうどカートがコース上につくられた段差を走り抜けようとする瞬間ですね。
こんな感じの段差にも写真1で登場した看板の絵が描かれているあたりは、海外のセンス(いい意味で)なのかなと思ってみたり。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース6
写真6

こちらは橋ですかね。(写真6)
写真5の段差の橋バージョンといったところでしょうかね。
なかなかおちゃめなつくりでしたかね。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース7
写真7

坂下あたりには、コース横に大型スクリーンもあったりとかなり本格的。(写真7)


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース8
写真8

そして、ここがゴール地点でもありさくら坂の坂下でもある場所ですね。(写真8)
こちらは意外とあっさりという感じ。
まあ、このさくら坂の場所柄からみてもこっちに人が大勢いるのは問題ありそうなのと、実際見た感じでもスタートこそこのレースは見どころなので、これは正解かもしれないですね。


赤坂サカスのさくら坂でRED BULLのカートレース9
写真9

そんなわけで最後は、レース中の写真はたくさん撮ったのですが、これ以上あげていてもきりがないので、同じく赤坂サカス内にあるsacas坂など。(→Sacas坂(NO.150))(写真9)
同じ坂道でもこの状況。(笑)
人も歩ける道なのですが、当日はレース関連のお客はほとんど歩いておらず、なぜか写真9左側にある赤坂ブリッツ(今は名前変わったはずですが)前の階段ばかり使っていましたかね。
まあ、sacas坂横のsacas広場でもレース関連のブースやイベントがあったからかもしれませんが。(笑)

ということで、当日のような都内での坂道レースは今後、なかなかお目にかかれることも少ないのではということで、書き始めたらなんだか絞れなくてけっこう写真の枚数が多くなってしまいましたが、今回はこんな感じです。


住所
港区赤坂5

またまた変なタイトルとなってしまいましたが、つい最近、たびねすの記事にて『樋口一葉に宮沢賢治など文学者とも縁深い東京・本郷の菊坂めぐり』と題して、3つの坂道(プラス無名坂)を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。


菊坂1
写真1

これらの坂道、これまではブログに載せる場合、ある程度地域の坂道をまとめてまわることが多かったこともあり、取り上げるタイミングがなかなか難しかったのですが、ようやくウェブ上(ブログではありませんが)にて公開することができましたかね。

あとはたびねすでは紹介しませんでしたが、界隈にはおもしろそうな無名坂もいくつかありましたので、そのあたりはこのブログでそのうち紹介できればなと思っています。
ただ、今回の坂道以外にも、過去にブログにのせるためにまわった坂道(無名坂含む)や取材ついでに歩いた坂道の写真もまだまだたくさんあるのでどのタイミングになるかはこれから考えます。(汗)

また、たびねすの記事では旅行喚起も大事な一面もあると思うのであまり深掘りしてませんが、取材しているとやはりこの菊坂界隈は歴史的なことや地形的なことについてもそれなりにネタがありますし、今回、取材したことで新たに気がついたこともありますので、そのあたりのこともどこかのタイミングで書ければなと。


菊坂2
写真2

しかし、今回の菊坂。都営大江戸線・本郷三丁目駅側というか東大側から歩いてくるとほんと写真2のようなような場所に出くわすわけですが、この風景見ると、いつも「え?ここ坂道?」と思ってしまいますよね。


菊坂3
写真3

でも、坂下の旧伊勢谷質店の建物あたりまでくると、視覚的にもけっこうな具合の勾配具合になりますし、さらに坂下のほうにいくと「菊坂下」なる交差点もあるので、ああここが坂下なんだと実感できるかもですね。
ちなみに写真3は、旧伊勢谷質店の外観を撮ったものですね。
京都なんかを歩いているとよく見かけるタイプの町屋ですが、やはり戦災や地震が多発した東京でこのタイプが残っているのは珍しいかもですね。


菊坂4
写真4

こちらは菊坂と平行して走っている菊坂下道ですね。場所的には宮沢賢治旧居跡のある坂下あたりです。取材時に古地図を確認してみたら、古地図にも当時の菊坂と並行して道らしきものが南側に描かれているので、この道も江戸時代からあった可能性はありそうですかね。
とりあえず僕の語れる部分はここくらいで、あとの詳しいことは暗渠マニアの方々におまかせします。(笑)


ということで、この界隈は歩いたところをくまなく取り上げていると長くなりそうなので、今回はさらりとこんな感じです。

なんだか変なタイトルとなってしまいましたが、まず始めに、つい最近、たびねすの記事にて『映画「君の名は。」の聖地、東京・四谷の須賀神社階段と界隈の坂道めぐり』と題して、タイトルに上げた4つの坂道を含めた「君の名は。」の聖地を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。


須賀神社男坂(NO.284)など1
写真1

ちなみに、記事では映画のキービジュアルと似た景色の須賀神社男坂(NO.284)の坂上からの写真もあげようかなと思いましたが、いろいろ考えた末にやめたので、こちらにてちらりと。(写真1)
ただこうしてじっくり見ると、キービジュアルのほうは遠景が現実とはけっこう違っていて、監督さんも含む映画スタッフさんのこうなったらいいなあという願望みたいなものがかなり入っている風景に変わっているかもなあと思ってみたり。
あとは、写真みると、東福院坂(NO.285)の坂上からの景色より須賀神社男坂(NO.284)の坂上からの景色のほうが高低差具合の関係がわかりやすいかもですね。


須賀神社男坂(NO.284)など2
写真2

あと、ここにきていつもびっくりするのは、須賀神社境内に「須賀の社hare terrace」なるなんとも現代的な集合住宅が建っていることですかね。(写真2)
写真2は須賀神社男坂(NO.284)の坂上あたりから境内方向をみているものです。


須賀神社男坂(NO.284)など3
写真3

「須賀の社hare terrace」を崖下から見るとこんな感じ。(写真3)
どうみても境内にある建物ですよね。


須賀神社男坂(NO.284)など4
写真4

あとはこれですかね。(写真4)
東福院坂(NO.285)の坂下あたりから須賀神社のほうを見ているものですが、たびねすの記事では須賀神社男坂(NO.284)の写真とアングルがかぶるので載せなかった写真ですね。
実は、映画で登場する東福院坂(NO.285)はまさにこのアングルからのもので、三葉がこの坂下から走ってくるシーンとして描かれていましたね。


そんなわけで、たびねすの記事では、4つの坂道を一気に紹介してみたわけですが、これらの坂道については、いずれもまだブログでは取り上げていない坂道ばかりなので、そのうち映画の聖地視点だけでなく、いつもの感じでも紹介できればなあと考えていますので、少々お待ちを。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。

つい最近、たびねすの記事にて「都内屈指の崖地のユニークな坂道!御茶ノ水・駿河台の男坂と女坂」と題して、御茶ノ水・駿河台の男坂と女坂を取り上げたわけなのですが、なんとこれまでにブログでは男坂(NO.218)は取り上げていたのですが、女坂のほうについてはすでにみちくさ学会の記事にて取り上げていたこともあり、ブログで取り上げておらず、坂道カウントもしていなかったのですよ。(長い、笑)
そんなわけで、今回は坂道ナンバリングとお知らせもかねて書いておくことにします。

以前から、このブログを読んでくださってる方には、またあそこかなどと思われるかたもいたかもしれませんが、やはりたびねすのフォーマットの中では初めての場所ですし、今後もなにか別の場所で書くことでもあれば、同じように紹介するかもです。

それにしても、なぜ神社の境内でもない場所にあんな男坂&女坂が存在するのか。
謎ですね。
僕の予想はたびねすの記事でもちらりとふれてますけど、やはりオマージュみたいなものなのかなと。
ただそれはあくまで僕の推測なので、もっとなにかの理由があったかもしれないですよね。
なのでそういうことを、これまでもそしてこれからも訪れるであろう坂道調査の結果や経験の中から予測していけるかもしれないと思うことはやはり楽しみのひとつかもですね。


そんなわけで、ここからは取材時に撮った気になる場所の写真をいくつかあげておきますね。


女坂(NO.283)1
写真1

すぐ隣に坂の碑があるのですが、こちらはあえて古そうな坂の名前が書かれた石碑のほうをぱちりと。


女坂(NO.283)2
写真2

こちらは女坂の途中にあった隣接するビルの非常階段ですね。
意外といい感じだったもので。


女坂(NO.283)3
写真3

こちらは女坂の坂上すぐの場所にあるアテネ・フランセの外観ですね。


女坂(NO.283)4
写真4

そしてこちらが、同じアテネ・フランセなのですが、坂下側の崖下から撮ってみたものです。
アテネ・フランセの写真はよくみかけるのですが、こちら側からの写真はなかなか珍しいんじゃないですかね。


女坂(NO.283)5
写真5

最後は、たびねすの記事では取り上げませんでしたけど、女坂の坂下側からほんのすこし歩いた場所にある住友不動産猿楽町ビルですね。いちおう芦原建築設計研究所が設計した高層ビルとのことです。


ということで、今回はこんな感じです。


住所
千代田区神田駿河台2あたり

一昨日から昨日にかけて開催された六本木アートナイト2017なのですが、実は僕もちょっと見てきました。
実はここ数年は毎年見にいっているわりにはブログでとりあげることも少なくなっていたのですが、今回は、坂道とコラボした写真がけっこう撮れたので、時事ネタとして時間が経たないうちに公開しておこうかなと思い、記事にしておくことにしました。


アートナイト2017の夜1
写真1

まずはメトロ乃木坂駅の入口にて。(写真1)
これは、アートナイトとは関係ないですけど、例のかわった坂道というか橋の下の部分ですね。
当日は、ライトアップされた階段と月が見えていたので思わずぱちりと。


アートナイト2017の夜2
写真2

こちらは国立新美術館の中にある坂道ですね。(写真2)
以前にも取り上げましたけど、すこし違うのは、国立新美術館の建物の中でアートナイト関連の上映会をやっている様子も見えていたことですかね。


アートナイト2017の夜3
写真3

あと、写真2と同じ場所なのですが、今度は坂上方向を見てみたものです。(写真3)
ちょうど正面に蜷川実花さんによる「Tokyo Followers 1」なる作品が見えていました。
しかも、その奥には東京タワーも見えていたのですよ。
なので、この写真2の敷地内の坂道というか道のほう、実は東京タワーがみえる軸線で計画されたのではという考えを歩いていてふと思いついたのですが、どうでしょうかね。


アートナイト2017の夜4
写真4

こちらはミッドタウンの地下にあったもので、山根英治さんによる「四つの階段」なる作品ですね。(写真4)
まさにタイトルにひかれてぱちりと。
現地でははしご?と一瞬思ってしまったわけですが、よく見るとタイトルどおり急階段が4つありますね。


アートナイト2017の夜5
写真5

お馴染みのけやき坂ですね。(写真5)
今回のアートナイトでは坂道上になにかあるわけではなかったのですが、なんとなく気になったもので。
まあ普段の夜のけやき坂という感じでしたかね。


アートナイト2017の夜6
写真6

そいでもって、こちらは見たままですが、芋洗坂坂上あたりのものですね。(写真6)
世間的には六本木の有名なアマンドがある交差点でも知られている場所ですよね。
そして、ここにも山本洋子さんによる「アジアの花」なるカラフルな作品がありました。


アートナイト2017の夜7
写真7

写真6だけではわかりにくいかもなので、近くから見てみたものなども。(写真7)


アートナイト2017の夜8
写真8

こちらも同じく芋洗坂なのですが、坂の途中にアートナイト関連の作品があったので、坂道風景とあわせて撮ってみました。(写真8)
左側の駐車場隣のビルに投影されているのがそれで、リム・ソクチャンリナ、ナット・スワディーさんの映像作品が流れている「アジア映像集」というプログラムとのことみたいでした。
まあ、事前に知ってないとちょっとわかりにくいので、そのまま素通りしている人も多々いるみたいでしたね。


アートナイト2017の夜9
写真9

最後は、アートナイトとは関係ないのですが、芋洗坂の途中と合流している饂飩坂の坂下からの様子でも。(なので写真9は芋洗坂からのものともいえますかね。)
坂上はタクシーが列をなして渋滞状態になっていましたね。
まさに夜独特の景色という感じだったので、こちらも載せておくことにしました。


ということで、気がつけばけっこうな写真の量となってしまいましたが、今回はこんな感じです。


住所
港区六本木

今回も、「ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう」の記事で同じ日にまわった時にみつけたよさげな階段をみつけたのでその時のことです。


聖蹟桜ケ丘の眺めのいい階段1
写真1

前に書いた記事「聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道」の坂道からほぼ坂上でつながっているところにあり、いろは坂からローターリーのある場所にいく途中の道(たぶん、いろは坂通りという名前がついていたと思います)からでも見える場所にありましたよ。(写真1)

さすがに写真に納めておいたのに、この階段と景色を紹介しないのは今までの流れから言ってもありえないなということで、今回取り上げておくことにしました。
ただ、この時は階段下まで行くことはしなかったので(汗)、とある街の風景カテゴリーにてとりあえず紹介ということにしてみたのですよ。

地図で方向を確認してみると、南東側に景色が開けているようで、多摩市や川崎市、横浜市(の山エリア)のあたりが見えていたみたいですね。
ただこのあたりは丘陵地帯なので、横浜市の街並みまで見えているかは要確認なのですが。。

でもまあ、これだけ階段上から景色が開けているところはなかなか珍しいので、一見の価値はあるかもですね。
あとは、前に取り上げた記事「聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道」にて登場した天守台がこのすぐ北東側にあることから、ここも丘陵地帯の一部というより、かつての武蔵野台地を一望できたという城山の一部のため、このような街並みが一望できる景色が堪能できるのかもしれないのかなと思ってみたり。


聖蹟桜ケ丘の眺めのいい階段2
写真2

こちらも同じく、坂上からのものですが、見てのとおりもうすこし引き気味で撮ってみたものですね。(写真2)
この背後を通っている通り(いろは坂通り?)からみる感じはだいたいこのアングルと同じですかね。
こういう風に景色が広がっていれば、たいていの人は「お!」という風になるんじゃないですかね。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
多摩市桜ケ丘1-3あたり

つい最近、御茶ノ水の山の上ホテルで「山の上ホテル作家展2017 ヴォーリズ建築としての山の上ホテル」という展覧会がやっていたので見てきましたよ。


山の上ホテルに行ってきました。1
写真1

会場内にはこんな具合に、ヴォーリズ建築事務所所蔵の山の上ホテルの設計図の原図やら当時の写真をはじめ貴重な資料が展示されていました。(写真1)
要は、このホテルの建物を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏に焦点をあてた展覧会ということみたいでしたね。


山の上ホテルに行ってきました。2
写真2

あと帰りには山の上ホテル特製の栞と鉛筆までおみやげにいただきました。(^o^) (写真2)
写真は、その鉛筆です。
「山の上ホテル」という文字にちょっと感動すら覚えましたかね。

なお展覧会自体は、最初に公式HPにリンクしておいたように、8月31日までやっているみたいなので、山の上ホテル(=ヴォーリズ建築)とあわせて体験できる貴重な機会だと思いますし、無料なので気になる方はおすすめですよ。


山の上ホテルに行ってきました。3

写真3

あとはなんといっても山の上ホテルの一室(宴会会場とのことですが)が会場の展覧会ということで、(しかも)写真撮影もOKということだったので、あわせて階段の写真も記念に撮っておきましたよ。(写真3)
写真では細かなディテールがみえにくいですが、かなり工夫こらされていましたよ。


山の上ホテルに行ってきました。4
写真4

階段以外にも何枚か撮らせてもらいましたが、今回はこの一枚だけ公開してみます。(写真4)
受付横にもラウンジがありましたが、こちらは階段を隔てて受付とは遠い側にあったラウンジのほうをパチリと。
このクラシックな感じ、たまらんですね。
公式HPのによると川端康成、三島由紀夫、池波正太郎をはじめ数多くの作家の定宿になっているとのことで、そういう意味では僕の好きな作家の一人でもある川端康成も生前ここでくつろいでいたのかなと思うとドキドキしてしまいましたかね。
あとは、このブログでも過去にホテルのことをふれている記事があったので読み直してみたら、村上春樹さんも以前はよく仕事で使っていたとのことみたいですね。


山の上ホテルに行ってきました。5
写真5

いろいろ書き留めたいこともありますが、今回はこれくらいにして、帰りにホテルの外観も一枚、記念に。(写真5)
雨模様の中に佇むホテルもいいですねえ。
行った時期は、梅雨明けしたのにもかかわらず、雨が降り続いた時期でしたかね。
ちなみにこのホテルは、1954年(昭和29年)の開業とのこと。
ちゃんと手入れして使っていれば、全然問題ないんですよね。というかこのホテル独特の空気感もちゃんとあって、いつかここに泊まることを夢見て頑張ろうという気になりました。(^o^)


山の上ホテルに行ってきました。6
写真6

そして、最後は、山の上ホテルから明大リバティ前の大通り(明大通り、というらしいですが)へと下る坂道が、前にも記事にしたことがある吉郎坂だったので、忘れずに一枚。(笑)(写真6)
太陽の位置と勾配具合がほどよいためか、雨のため路面が光っている具合が印象的でしたね。


ただこのあと、ひさびさに母校でもある明治のリバティー内にある図書館やら展望食堂なんかもついでに寄ろうと思ったんですが、盆休みで中に入れませんでした。。
できれば、展望食堂あたりからの山の上ホテルの風景も見れたらなあと思っていたんですけどね。
でもまあ、この時期らしいエピソードといえば、そうなのですが。(^o^)


ということで、今回は気がつけば、近くて遠い場所だった山の上ホテルの中に初めて入ることができたこともあり、ここにてさらりと書いておくことにしました。

ではまた。


地図
千代田区神田駿河台1-1

今回は、ひさびさに、少し前に新宿高島屋の屋上が開いている時間に行けたので、定点観測もかねての話でも。


ひさびさに新宿高島屋の屋上からの国立1
写真1

新宿高島屋の屋上から、現在建設中の国立競技場方面を撮ってみたものです。(写真1)
いちおう知らない方のために説明を追加しておくとですね、場所はちょうど写真正面あたり、赤と白のクレーンがたくさん見えているところが、国立競技場の建設現場ですね。(東京タワーもなにげにみえているんですけどね。)

時期的には、7月半ばに訪れた時の写真ですね。
7月半ばといえば、まだ晴れ間が続いて暑い時期でしたよね。

そして、今日(8月20日ですね)の時点で、東京では20日連続で雨が続き、40年ぶりの出来事になったという天気ニュースを読んで、ちょっと懐かしくなり、スカッと晴れていた時の青空写真を上げたくなったというのが、この記事書きたくなった動機ですかね。(笑)

しかも、昨日は世田谷でも雷雨になって花火大会も中止になったり。。
(せっかくなので、昨日の様子を伝えている動画ニュースにリンクしておきますよ。ちなみに選んだ動画は、長いことyoutube上に残っているANN系さんの動画ニュースにしてみました。)
たしか、世田谷以外にも、要は写真1でも写っている国立界隈でも雨降ったみたいですし、そういう意味では、この連日の雨模様、40年ぶりということは、競技場工事の進捗にも影響しているのかなあと思ってみたり。
大丈夫なのですかねえ。(汗)


ひさびさに新宿高島屋の屋上からの国立2
写真2

こちらは、おまけです。(写真2)
同じく屋上テラスにあった神社ですね。
なんかまわりの樹木にあたっている太陽の日差しが懐かしいような気もしますかね。(笑)
現地では由来を示す看板もなく、ただ熊鷹社と小さな鳥居に書かれていただけだったので、帰ってから調べてみると、ここは京都伏見稲荷大社の末社として鎮座しているとのこと。
簡単に言うと商売繁盛の神様みたいですね。
まあ、やはりという感じでした。

あとは、前から言ってますけど(汗)、今回のようなデパートやら商業施設ビルの屋上にある神社めぐりしたいなあと思っているんですけど、いつになることやら。(笑)
ただ、こうしてちょくちょく書くことで、思い出しますし、別に一気に回らなくても気がついた時(出会った時)に、写真撮っておいて、今日みたいに記事にしておくというのもありなのかなと思ってみたり。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷5-24-2 (いつもここが渋谷区ということに違和感がぬけないのは僕だけですかね。)

今回も、「ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう」の記事で取材した時に一緒にまわった時の話です。
名前はついていないようでしたが、なかなかの坂道だったので、取り上げておくことにしましたよ。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道1
写真1

ではいきなりですが。(写真1)
ここは、いろは坂の坂上にあたる場所(さらに前回の天守台(関戸城跡)よりすこしだけ坂上)でもあり、道の左側には桜ヶ丘浄水所がある場所です。
写真でも見えているとおり、左側には浄水所の給水塔が見えていて、奥の方に向かって下っている坂道です。
なんといっても給水塔とのコラボですかね。
なかなかいい感じだと思います。
さらに遠くのほうを眺めると、この地独特の高低差具合からくる景色もいい感じでした。
地図で見ると北東側に下っているので日野市あたりの街なみが見えていたのかもしれないですね。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道2
写真2

さらに坂を下り、坂下方向を見てみたものです。(写真2)
ここからもさらに下っているようで、遠景の街並みを確認すれば、その高低差具合もすこしばかりですが想像でそうでしたかね。
なお、この道路は坂上あたりの場所から「桜ヶ丘西通り」という通り名もついているため、ここからさらに坂下のほうへと道路は続いているようでした。

ちなみにこの浄水所、映画「耳をすませば」のラストシーンで、二人が景色を眺めていた場所なのかもしれないなどと、アニメの検証サイトで唱えている人も実はいたのですよ。たしかに雰囲気といい、いちおう多摩川の方向も向いているし、写真2の左の擁壁の上からならばそれっぽいところもあるのですが、僕の調べた限りではちょっと違う場所なのかなというのが正直な感想です。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道3
写真3

それはさておき、こちらは坂の途中から給水塔を見てみたものです。(写真3)
よく見ると、給水塔の壁面になにやら壁画が見えていますよね。
実はこれ、僕も現地ではほほーと思っていながら、どこにも説明らしきものがなかったので、帰ってから調べてみたら、多摩市のHPに説明があってですね、どうやら「輪華」という作品名で木版画家、河内成幸氏デザインのものらしいですよ。HPの説明によると『太陽を表す大きな円に、花弁が流れ飛ぶ様子が描かれています』とのこと。
ふむふむ。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道4
写真4

そして、これですよ。(写真4)
ここは坂上からの景気もいいですが、この坂下からの勾配具合やら途中から道が分かれてY字路になっている真ん中に、例の給水塔があるという具合がなんともよかったです。
給水塔と左側の坂道だけでもなかなかですが、加えてのこのアングルからの景色も印象的で、無名坂にしておくのはもったいない坂道だなあなんて思ってみたり。


ということで、今回はこんな感じです。



地図
多摩市桜ケ丘4-10あたり

今回は、けっこう前のことですが、たびねすの記事『ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう』の取材とあわせてまわった階段の話でも。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道1
写真1

いきなりですがばばんと。(写真1)
たびねすの記事でもすこし取り上げましたが、京王の聖蹟桜ケ丘駅からいろは坂をのぼった高台のところに「天守台(関戸城跡)」なる案内板というか天守台の碑(標柱?)があり、その奥がかなりの高低差のある階段になっている場所があるんですよ。
そんなわけで、耳をすませばとの関連についてはたびねすのほうを見てもらうとしてですね、今回は階段自体についてクローズアップしてみたいと思うのです。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道2
写真2

天守台の碑のアップ写真など。(写真2)
せっかくなので、天守台の碑にも説明が書かれていましたので、いつものように抜粋させていただくとですね、
『桜ヶ丘一丁目の金比羅宮(琴平社)付近を「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見的城砦として敵を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったとも考えられる。一帯は関戸城跡とされているが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。(多摩市教育委員会)』
ということだそうです。
地図で確認してみると、多摩川も武蔵野台地もここからなら北東側を眺めれば一望できた場所だったみたいですね。
まあ、この地の北側にいろは坂があることからも、史実のようですね。

じゃあ、目の前に見えている南東側(多摩川方向とは反対側)に下る階段は?ということになりそうですが、これはおそらく、『、一帯の山を「城山」ともいう』という一文があることからも、このあたりがちょっとした山でもあったことを示す階段なんじゃないですかね。(あくまで仮定の話ですが。)


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道3
写真3

ではまず、階段上から坂下方向を見てみたものなど。(写真3)
こうしてみるとかなり高低差のある階段でした。
坂下あたりの様子も見えないし。。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道4
写真4

こちらは坂上からはまわりの樹木がじゃまして見えなかったので、階段を下り、写真3でもみえていた踊り場のあたりからの街並みですね。(写真4)
なかなかいい感じでしたね。
かつてのほどの高さはないとはいえ、やはりここがちょっとした山だった感じはわかるかもですね。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道5
写真5

一気に階段下までやってきて坂上方向を見てみました。(写真5)
なかなかの高低差ですね。
見た感じは抜道階段みたいにもみえそうですが、天守台の碑があることからも、けっこう昔からある階段なのかもしれないですね。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道6
写真6

そして、写真5の右側をみるとなんともいい感じの坂道が。(写真6)
おそらくこの小山を車で上るために後からつくられた道路のようでしたね。
訪れた時期が真冬だったので、こんな感じの見え方ですが、今の時期ならもっと緑にあふれていて、さらにいい感じになっていそうな坂道でしたかね。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道7
写真7

坂の途中から見えた街並みなど。(写真7)
この景色もなんかいいですねえ。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道8
写真8

そんでもって、写真6からも見えていた、折り返し地点でもある180度カーブのあるところまでやってきて、ぱちりと。(写真8)
ここからの景色もいい感じでした。
正面の木々にY字路のように見えている道、そして180度カーブ。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道9
写真9

最後は、写真8の右側に見えていた坂上あたりからの様子など。(写真9)
なので写真は、天守台の碑のあたりから坂下方向を眺めてみたものですね。
なお坂道自体は、今回、180度カーブのあるところからのみ取り上げましたが、このまままっすぐ東方向に下っていく道もあるようでしたね。(要は写真8の背後方向ですね。)

そしてここも今の時期に訪れたら緑でいっぱいの風景っぽいですね。

しかも、ここは階段→坂道→階段→坂道・・・という具合にループで坂道散歩できる場所ということを書いている今、気が付きました。(笑)
そういう意味ではなかなかこういう場所ないかも。(天守台跡でもありますしね。)


ということで、今回はこんな感じです。


地図
東京都多摩市桜ケ丘1-4あたり

ひさびさに定点観測ネタでも。
前は、2016年8月に書いたので一年ぶりですかね。
ただ、写真撮ったのは6月も終わりの時期ですのであしからず。


代々木公園定期観測2017-1
写真1

ではいつもの歩道橋の展望デッキと名付けられた場所からの夜景でも。(写真1)
今回はこれだけ正方形アングルで。
風景的には特に変わった様子はないですね。(ほ、笑)


代々木公園定期観測2017-2
写真2

写真1からもちらりと見えている噴水のある場所にてぱちりと。(写真2)
こちらも特に変わった感じもなく、当日はぼんやりと噴水の色が変わるのを眺めていましたかね。しかも、まだ蚊がいないぎりぎりの時期だったので、ここを離れるときも快適でした。(笑)


代々木公園定期観測2017-3
写真3

ただですね、公園を訪れた日は、さっきの場所から南側(渋谷駅側)にあるイベント広場にて、アイドルグループのライブやっていたのですよ。(写真3)
グループ名はちょっと忘れましたけど、けっこう盛り上がってて、人もけっこういましたかね。
写真3はちょっと離れた歩道橋からのものです。
おかげで、当日は噴水のある場所にいるときもライブの音が聞こえてきていましたよ。

しかも、ここ最近不穏な情報が流れてきていて、この場所にスタジアムができるかもとかなんとかいううわさがあり今後どうなるかわからない場所でもあるんですよね。



動画

そして、今回は定点観測初の動画なども公開してみようと思います。
場所は写真1と同じところですね。
このあたりだと、すぐ背後にイベント広場があるのでかなりライブの音が聞こえていて、おかげで動画でもけっこう音拾うことできましたよ。
(画質面ではちと物足りないところもあるかなとは思いますが、それはおいおい勉強していくということでご勘弁を。)
とりあえず公園の日常と非日常をちょうど記録できたかもですね。


ということで、今回は音にも着目して定点観測してみました。
ではまた。


追記:20170913
記事を書いた時は、失念していたのですが、記事公開後に気になりちょっと調べてみたら、動画で流れているグループは、BISHというグループだということがわかったんですよ。ただ、そうは言っても、記事を修正するわけでもなくそのままにしていたのですが、今日ちょっとしたきっかけがあり、忘れないうちにこちらに追記しておくことにしました。
また、僕が偶然出くわしたフリーライブの様子も記事になっていましたね。これも今、調べてみたら見つかったのでリンクがてらです。
それにしても3000人もいたんですね。



住所
渋谷区代々木神園町2



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