東京坂道さんぽ

タグ:道
横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら
とある街の風景(キャットストリート)
新妻恋坂(NO.166)

今回もお知らせをかねてですが、衣紋坂(NO.282)を歩いたついでに、以前からなにげに気になっていた「日本大通り」なる大通りを歩いて調べてみたら意外と面白い場所だったので、たびねすにて取り上げることにしてみたのですよ。

→『日本初の西洋式街路!海へと続く並木道・横浜「日本大通り」を歩いてみよう

通りのだいたいの歴史やら人物と土地の関係なんかについては、たびねすの記事のほうにまとめていますので、そちらのほうをどうぞ。

数年前までは「日本大通り」というなんとも大袈裟な名前の駅があるなあくらいしか、実は関内あたりを訪れた時は思ってなかったんですが、やはり駅の名前になるだけあって、大阪の御堂筋みたいなほど地域以外の人に知られているような場所ではないかもですけど、この関内の日本大通り自体も調べてみると、なんていうかまちづくりの歴史まで知ることができて一石二鳥という感じでしたかね。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら1
写真1

ちなみに通り沿いには、これでもかというくらい「日本大通り」と書かれた案内板がありましたね。(写真1)
写真1は名称だけのものですが、近くをきょろきょろしてみると。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら2
写真2

こんな具合に、坂の碑のように通り自体の史実が書かれたものがあったり。(写真2)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら3
写真3

もうすこし新しめの通り沿いの有名な建物の由来が記された案内板と同じフォーマットのものもいくつかありましたね。(写真3)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら4
写真4

あと、びっくりしたのは、通り沿いにある横浜情報文化センター内にあったこちらですね。(写真4)
昔の輪転機らしんですけど、この大きさにはびっくりでした。(笑)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら5
写真5

ちなみに、同じ館内の1階によさげな階段もあったので、記念にぱちりと。(写真5)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら6
写真6

こちらは横浜情報文化センターの外観ですね。(写真6)
なんか上に新しいのが付け加えられているようですが、この建物自体は1929年(昭和4年)に建てられたもので、2000年に保存活用するため、今の横浜情報文化センターに生まれ変わったみたいです。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら7
写真7

最後はおまけです。(写真7)
これは「キングの塔」の愛称を持っていることでも知られる神奈川県庁本庁舎ですね。
ちょうど建物の上にある塔も見えるポイントがあったので、ぱちりと。


ということで、通り沿いの施設をすべて取り上げていたら、キリがなさですので、またなにか機会があればおいおい取り上げていければいいかなという感じにして、今回はこんな感じです。


地図
神奈川県横浜市中区日本大通

ブログネタ
路上探検 に参加中!
いやあ、気がつけば初登場だったんですね。(笑)
なので今回は表参道近くにあるをキャットストリートをたまたまぶらりとした時のことでも。



キャットストリート1

知っている方も多いかとは思いますが(あらためて言うと)、ここは、原宿近くというか表参道のそばというか、ちょっとマニアっぽくいえば裏原宿界隈にある裏道でもあり、旧渋谷川遊歩道路とも呼ぶそうです。
わかりやすく言えば、ここは、この道沿いにある渋谷川が暗渠化されてできた道ということで、以前にとりあげた“とある街の風景(目黒川緑道)”と同じつくりの道と言えますが、知名度は明らかにこちらのほうが高いといえますかね。

ちなみに、このまま道沿い(奥の緑がいっぱい見えているあたりです)に歩いて行くと、表参道と交差したりします。
ただ、このあたりからまとめて見る景色はあまり写真向きじゃないみたいで、どちらかというと若者観察に向いているかも。(笑)



キャットストリート2

そして、一枚目の写真と同じ立ち位置から、こんどは後ろを振り返ってみると・・・。
この通りではかなり目立っているというか、らしくない雰囲気を漂わしつつも、良くも悪くもすごく発信力のあるお店であり建築ともいえる、正面に見えている一面ガラスの外装のお店があると思えば、その奥には灰色でのっぺらりんとしていて横スリット窓だけが見えているすごく閉じられた感じの外装デザインのお店があったりと、なんとも印象的なデザインの建築が通りとともにいくつか見えていました。
(せっかくなので、一言加えておくと、手前のお店は妹島和世氏、奥の灰色のお店は安藤忠雄氏という有名建築家の両氏がそれぞれ設計したことでも知られている建築物だったします。)

そんな感じで、この写真のあたりは一風変わった風景になっていることは置いておいて、このキャットストリートは、各お店ごとでみれば、なかなか味のある個性的なつくりのものも多く、大型の土地開発から逃れていることもあり、まとめて見るとごちゃごちゃ感はありますが、よく郊外にありそうな整然とした商店通りとは、ひと味違った雰囲気がまたこの場所らしいのかなと思っていたりもしますよ。


ということで、このキャットストリートについてはまたそのうちに写真もいっぱい撮って、いろいろとりあげてみたいなあと思いつつも、今回はさらりとこんな感じです。



住所
東京都渋谷区神宮前5

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:文京区湯島3あたり

しんつまごい坂とよぶそうです。
場所は神田明神の北側にあり、この前取り上げた神田明神裏参道からも見えていた蔵前橋通り沿いにある坂道です。



新妻恋坂(NO.166)1
坂下より

坂下あたりより坂上のほうを眺めたものです。
道の両サイドには10階建てくらいのビルがずらりと軒をつらねていて、坂道自体もそれほどの勾配具合ではないため、なんだかふつうの幹線道路といった感じの坂道でした。
ただ、ちょっとわかりにくいのですが、写真の左側の消火栓とかかれた赤い標識の向こうあたりに神田明神裏参道の坂下あたりが見えていたりするんですよ。
(写真がかぶるので、今回は載せないですけどね。。)



新妻恋坂(NO.166)2
坂上より

そして、一気に坂上あたりにきてみました。
坂上から見るとなおさら勾配具合がわかりにくいですね。。
そんなこともあり、坂道周辺に目をむけてみると、なんというか、よくもまあビルごとに色がまったくちがうもんだなあと思いつつも(まあこれはそういうルールみたいなものはないはずなので、つくる側の自由選択(わるくいえばやりたい放題)になるので仕方がないのですけどね・・)、よくよくじっとみると、現地ではほとんど気にしなかったと言ってもいいかもしれないですが、街路樹もきちんと植えられていたんですね。
なので、すこしばかりの統一感みたいなものが感じられる道なのかもなあなんて思ってみたりしましたよ。

ちなみに、この坂道の通り名でもある蔵前橋通りは、ひさしぶりに登場の「歩いてみたい東京の坂/上」によると、
『関東大震災ののち、当時の東京市長後藤新平が、帝都復興院土木局長太田圓二に計画させた新道の一つであり、昭和四年に開通したものである。』
ということらしく、昭和四年といえば、1929年だからこの道はできてから今年でちょうど80年ということになるんですかね。
まあ、新しめの道といえば、そうなりますが、なかなかにきりがいいですな。。

ということで、今回は写真が少ないですが、こんな感じです。


地図
文京区湯島3あたり

このページのトップヘ