「お豆さん」「お日さん」「おはようさん」。関西では食べ物や自然、果てはあいさつまで幅広く、まるで人を呼ぶかのように「さん」を付けて丁寧に呼ぶ。温かみのあるやさしい言葉だが、どんな歴史や背景があるのだろうか。


関西に限らず全国のスーパーでよく見かけるパック入り総菜「おまめさん」。神戸市に本社を置くフジッコが1976年に発売した人気商品だ。広報担当者によると、当初は関西限定の商品だったという。「広く親しまれるよう『さん』を付けました。関西弁という認識です」

 関西では神仏や社寺も「さん」付け。「神さん」「仏さん」「住吉(すみよ)っさん(住吉大社)」「天神さん(各地の天満宮)」と、フレンドリーな呼び方だ。

パンフレットや商品名も、親しみを感じる「さん」付けで表記

古い文献では「えびすさま」としていたが…(西宮市内の酒造会社が販売する純米酒)
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古い文献では「えびすさま」としていたが…(西宮市内の酒造会社が販売する純米酒)

 毎年1月に催される「十日えびす」が約100万人の参拝客でにぎわう西宮神社(兵庫県西宮市)。祭っているのは福の神「えべっさん(えびす大神)」だ。同神社文化課の田辺竹雄さん(62)に聞くと「古い文献は『えびすさま』と記しています。いつからさん付けで呼ばれるようになったかは分かりません」とのこと。「神様は別世界の存在ではなく、自分たちの先祖につながる近しい存在という意識の表れでは」と話す。


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 関西弁を研究する北海道大学の山下好孝教授(56、日本語教育学)に聞くと「『御所ことば』を基に上方の女性らが新しい丁寧語を創ったのが始まり、との説が有力」と教えてくれた。

 御所ことばとは宮中や公家に仕えた女官や侍女(女房)らが用いた言葉。「女房ことば」ともいう。「お○○」という丁寧語も、御所ことばが由来とされる。出入りの商人らが「宮中ではこんな言葉を使う」と話題にし、市中に広まったようだ。

人物ではないものを「○○様」と呼ぶ表現は御所ことばとして古い文献に登場。「実際は『さん』と読まれた可能性が高い」と山下教授は話す。現代に残る話し言葉の多くが使われ始めた戦国時代(15~16世紀)には、すでに定着していたようだ。


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 山下教授は「最初にさん付けしたのは食物」と推察する。「女房らは、皇族や公家が『召し上がる』ものを自分らの食物と区別し、敬意を示し別の呼び方をしたはず。これが庶民にも広まったのでは」

 食物以外に「さん」を付けるのも、敬意の表れという。例えば「お馬さん」とは言うが「お牛さん」とは言わない。馬上の武士や公家への敬意から、馬もさん付けで呼ぶようになった可能性がある。社寺をさん付けで呼ぶのもこのパターンだ。

 一方、山下教授は「さん付けする食物は、丸くてかわいい共通点があります」とも指摘する。豆や芋は丸い。おかゆやつゆも丸い椀(わん)に入っている。「愛着のある食物を上品に言いたいという女性の気持ちの表れでは」


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 大阪で「あめちゃん」と呼ぶアメも、丸くてかわいい。実は京都や滋賀では「あめさん」とも呼ぶ。3年前から「あめちゃん」というアメを販売している製菓会社「パイン」(大阪市天王寺区)の木下堅太・開発部次長(44)は「他人に薦める際、押しつけがましくないよう配慮して食物に『ちゃん』や『さん』を付けるようになった、との説もあります」と話す。

 関東では「神さま」「お天道さま」など「さま」を付ける傾向がある。「武士が町人を支配した関東と、対等な町人同士の文化が発達した関西の気質の違いかも」と山下教授はにらむ。

 ただ大阪弁の保全や継承を目的とする市民団体「なにわことばのつどい」の代表世話人の梅田徹さん(55)は「最近、さん付け言葉を使うのは中高年層。若い世代はめっきり話さなくなった」と嘆く。「親しみやすく、相手への敬意がにじみ出る象徴的な言葉遣い。もっと広い世代に使ってほしい」と話している。