2010年02月

NO.623 相生山の梅

DSC03295午前中、相生山へ歩きに行く。
入り口の紅梅も咲き始めているが、大きな梅畑の白梅は開き始めたもののまだまだ咲きそろうところまではいっていない。
畑の奥にある白梅は、萼が薄緑なので、開き始めるとうす緑が広がる。
もうすぐそのうす緑も広がる。楽しみである。

雲ひとつ無き青空へ咲く白梅

NO.622 蕗の薹

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玄関に活けられ光へ蕗の薹
活けられて光りへ伸びる蕗の薹
鮮やかに活けられ伸びる蕗の薹

節分に笠寺観音へ出かけた。昔の東海道が通った道筋にある。
近くには一里塚となった榎が残っている。
観音さまに隣接する寺も解放されており覗いてみた。
玄関に大きな活花が飾られており、二つの蕗の薹が活けられ、
一つは大きく伸び、緑を鮮やかにしていた。

NO.621.節分会

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節分句会で「花冠」名誉主宰の高橋信之先生の特選/7句のうちの2句に選ばれた。

★柊を振って人呼ぶ節分会/古田敬二
この句の「柊」は、季語ではない。「柊挿す」、「柊の花」が季語で、「柊挿す」は、節分の行事としての、柊の枝に焼いた鰯の頭を挿す風習によるものだが、疫除のまじないである。松山の郊外に住んでいたときの家の入口に植えていた柊も、同じような疫除のまじないで、植木屋さんがそう言って植えてくれたのが懐かしい。この句は、自然を詠んだものではなく、人事を詠んで、川柳に近い句であるが、作者の思いが伝わってくる。(高橋信之)

2/3、節分会。今年の恵方は荒子観音であるので先般二人して出かけた。
今日は恵方ではないが、笠寺観音の節分会に一人で出かけた。
すごい人出で、参道や本殿は歩くのも大変なくらいであった。
魔よけの柊を持って歩く人も多く見受けられ、その樋の風景である。

子どものころ、節分となると、短冊に鬼の絵を書き、その下に12の☆を書き柊に刺して、自分の家の雨戸に何本かを差した。
他人の家も同じような事をするが、その他人の家の柊を翌日になって取りに行ったものだった。
ラジオでも「柊はがし」といってこの風習を紹介していた。


★蝋梅へその香の中を近づけり/古田敬二
この句は、「蝋梅」よりは、「近づけり」という人間の行為が印象的で、俳句の写生から離れた句である。(高橋信之)

1/30、二人して名古屋市農業センターへ出かけた折の句である。
農業センターは、名古屋コーチンを始め幾種類かの鶏、豚、牛など飼育され、家庭菜園もある。
春に先駆けて咲くのは、蝋梅。丁度八分咲きくらいで見ごろだった。近づくといい香りが拡がっていた。
透けるような黄色がとても美しかった。
あまり無理せずに浮かんできた句である。(敬二)
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