2010年05月

NO.639 平谷村諏訪神社御柱祭-5

7番目の休憩所が役場前。このころになると役場の隣にある温泉へ来た観光客も加わり、御柱を囲む人も増えて来ていた。最後の休憩所はこの温泉。ここでも温泉が提供した接待があり、餅撒きもあった。足元へもちが飛んできたので1個頂戴した。餅撒きの拾い方も上手い下手がある。飛んでくるほうを見て手を広げてみてもキャッチするのは難しい。手で受けるより地面に落ちる確率が多いわけで、群集の足元を見て、落ちてきたのを拾うほうが効率が格段に高い。人によってはエプロンに一杯抱えている人も結構何人かいた。

s-かわわたし2DSC04353温泉を過ぎたところに川が流れており、その川のむこの小高いところの林の中に諏訪神社がある。この川を渡るのが「川渡し」と言って、この祭りのクライマックスである。川自体はそんなに大きくなく、ざぶざぶと歩いて渡れるくらいの幅10mくらいの川である。
曳き下ろすのに比べ引き上げるのは大変苦労していた。酒の勢いもあってか、川の中で転ぶ人が沢山いて、祭りが終わったあとは寒さに震えていた。先回は水量が多く川に流される危険もあったとか。写真で見る限り今年はそんな心配をするような水量でもなかったが、接待所での酒で酔っ払った人もおり、片岸を流れる水量でもおぼれることは出来そうで、流される人がいることを想定して下流には消防隊員が待機していた。
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川からの引き上げ終わると今度は中腹の神社へ引き上げる。御柱は7年に1度立て替えられる。伊勢神宮は25年に1度、神殿そのものを建て替える遷宮なるものがおこなわれるが、氏子の少ないここの神社ではそれもかなわず、その代わりに柱を立てるかもしれない。天から神が降りてくるとき、この柱の上にまず降りるのだそうだ。
神社への石段の両脇の坂を、受かって右側から男木、左側の坂を女木の柱が引き上げられる。距離は短いが急斜面であり、曳き上げるのには結構大変である。
女木は途中、経路を間違えて少し引き戻された。坂ノ下にいる音頭とりが通り道を戻るよう声をからして叫んでも大勢で引っ張っているので、群集心理とは恐ろしいものでなかなか指示が届かず時間を費やしていた。

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柱近づく奉納幟は五月晴れ
清冽な谷川渡る御柱
御柱斜めに引けば動き出す
川風に幟はためき御柱
御柱傷だらけになり川渡る
源流の清冽渡る御柱
岩魚棲む川の橋行く御柱

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建御柱
宮の坂傷だらけなる御柱
ぬかるみを越えて宮入り御柱
御柱真っ直ぐ立つとき息止まる
御幣へ釘打つ音や御柱
神前に太ぶと柱二本立つ
夏入日柱の上に見栄を切る
夕風に御幣揺れる御柱
若葉風神の林に柱立つ
御柱立つ夕陽さす神の杜
御柱立つ歓声の村の衆
御柱立つとき信濃の山夕陽
御柱たちて信濃路静まれり

s-たておんばしらDSC04382引き上げられた御柱は本殿、と言っても小さいが、左右に建てられる。6年前に建てられた御柱はすでに掘り起こされ本殿わきに横たわっていた。まず右側の男木が先に立てられる。ウインチで引き上げ、先端を穴にあわせて立て、根元を土で固めて倒れないように固定する。柱には男が一人登り、真っ直ぐに立った御柱の先端に御幣を打ち付ける。この役を受け持つのはこの祭りの一番の花形だろう。狭い本殿前に集まった村民たちからやんやの喝采を受ける。男木が立つと次は女木でも同様に女木の天辺に御幣を打ち付ける。きっちり立ったところで山からひっぱて来た綱が男の鉈で御柱から切り離される。日本が立ち終わったところで朝から続いた御柱祭りが終る。村長さん、総代さんの挨拶のあと、小学校の校長さんの万歳三唱でめでたくお開きになる予定より早い進行だったが、解散する前から日暮れの早い山里は夕べの風が吹き始め薄ら寒くなってきた。




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NO.638 平谷村諏訪神社御柱祭-4

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第二休憩所は旧国道に入ったところである。近辺の住民がご馳走を並べ待ち構えているところへ到着する。個々でも接待が始まり、大勢の人がご馳走に群がる。スキー場からここまでそんなに時間がかかっていないが、柱を引く人は喉が渇き、腹が減るようだ。

全休憩所ではなかったが餅巻きやお菓子が撒かれて。2階に上がり、道に群がった群衆にお菓子やもちなどを投げる。こどものころ中学校が新築され週公式で餅投げがあり、親父が投げた大餅を拾ったことを懐かしく思い出した。

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木を引く綱は魔除けのご利益もあるのか、新築された家や、お願いされた家の中に入って行く。入って行くというより、ものすごいスピードで、歓声を上げて突入して行くといったほうがいい。綱に巻き込まれてひっくり返る人もいた。玄関からそのまた奥に、土足のまま入って行く。家の人もそんなことは承知の上でのこととて、シートなどを敷いて準備をしているようだ。お礼に一升瓶のお酒を二、三本くくったのを用意していて渡すのが習いのようであった。
2つ目だったか、三つ目の休憩所だったか忘れたが、広場に停まっていたコンテあのドアが開いて無数のゴム風船が解き放たれて、雲ひとつ無い青空へ上がっていった。そこへ、また、一つだけ近くの山から飛び出したハングライダーが飛んできて、風船の色と相俟って美しかった。


s-もやいむすびDSC04272御柱はそれぞれ2本の綱で曳かれて行く。綱は大勢で引けるように何本かをつなぐ。縄と縄をつなぐ結び方が独特で、舫い結びと言い、King of knotとも呼ばれる結び方である。
以前、目の前で老人が若者に教えていたが、なかなか飲み込むことが出来なかったようだ。こんなこと一つとっても伝統を引き継いで行くことは難しいものだと思った。


いくつかの休憩所でアルコールが入るにしたがって綱を引く人もにぎやかになり、5つ目を過ぎたころには、プロ野球の優勝祝賀会みたいにビールの掛け合いが始まった。モッタイナイ話ではある。

NO.637.平谷村諏訪神社御柱祭-3

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誰でも戴くことができ、老若男女が集まって楽しんでいた。
よそ者なので遠慮していたが、どうぞどうぞという事で少し戴くことにした。
地元の銘酒が樽ごと据え付けられ、枡酒となる。
枡の淵に塩を載せての振る舞いであった。
こうしたご馳走は神社までの計8箇所出、その近くの人たち総出で準備し、並べて接待する。
祭りの後の評判を気にしてどこの地域も一生懸命作り接待するとのことであった。
ここの御柱、直径30cm弱、長さ4m、それでも重さは1トンということだった。
「山出し」された御柱はこのスキー場から村人に曳かれて、153号線から旧153号線に入り、3km先の諏訪神社まで「里引き」される。
柱の先端に四角く穴がくりぬかれて、そこへ藤の蔓、その蔓に、村民が事前に準備した太い縄が2本繋がれ曳かれて行く。

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里引き
木遣り唄信濃の五月を吹く風に
御柱御幣(おんべ)なびかす若葉風
石楠花は満開苔むす道祖神
背なの子も法被鉢巻御柱
御柱カーブミラーに人の群れ
青空と淡き若葉の村の賑わい
御柱曳かれ行く空飛行雲
厄払う縄が飛び込むむつつじ門
飛行雲若葉の山から突き出て来
木遣り唄五月の風に胸を張る
竹の子の煮物は美味し信濃路は
餅撒きに老いも若きも掌を拡げ
御柱曳く太縄の光りけり
がっしりと縄の結び目御柱
御幣を高く掲げて風光る
開かれしどの手もしろし餅を撒く
御柱揃わぬラッパも楽しけれ
御柱少し日焼けの子も曳けり
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女性三人の木遣り隊の「山の神様、お願いじゃー」で始まる木遣り唄を合図にスキー場から国道へ引っ張り出される。村ただ一人の御巡りさんが国道を走る車を止めて里引きが始まる。男木が最初、そのあとに女木が続く。綱を引く人を見ても、上り坂以外はそんなに力を入れているようには見えないが、大勢の小さな力が集まると1トンの木がするする動いて行くから不思議である。

NO.636 平谷村諏訪神社御柱祭-2

s-DSC04183平谷村は国道153号線沿いにあるものの、過疎の村。村民全部で512人とか。
153号はその昔、その昔、中馬街道とよばれ、『三河湾でつくられた塩を山間部へ運ぶための「塩の道」でした。 矢作川を川舟で上り、古鼠(ふっそ=現豊田市)で荷揚げされた塩は、足助の塩問屋で荷直しされ、信州方面へ中馬によって運ばれていました。中馬とは、江戸時代の中ごろ、信州でつくられた馬の背で荷物を運ぶ人々の組合のことです。
 現在、中馬街道は国道153号となり、地域の骨格をなす幹線道路として、生活、産業、観光を支える役割を担っています。この国道153号の豊田市中心市街地から長野県の県境までのエリアが、風景街道として登録された「塩の道・中馬街道」です。』(http://www.cbr.mlit.go.jp/road/chubu-fukei/route/04.html)
祭りの警備担当のS氏は10時にスキー場へ集合という事で軽トラにのって出かける。153号線沿いに大勢の村民がスキー場に向かって歩いていた。

山出し
下り来るラッパの音と御柱    
ゆっくりと青空降り来る御柱  
御柱光るラッパに導かれ
信濃路に夏呼ぶ山からご神木  
御柱光る樹齢百三十



当日の祭りは早朝から始まっている。早朝8時、「才の神」と呼ばれる、国道から1km上がったところで柱となる木が伐り出される。樹齢130年くらいのつがの木を切り倒し、4mの長さに切り、樹皮を剥き、引っ張る縄を差し込むや、姿勢制御?用の穴を開けるなどの準備をする。御柱は、ここ平谷では男木、女木の2本である。大社では4本らしい。木の種類は樅ノ木だったり、栂の木だったり松の木だったりするみたいである。
10時ころ、ラッパの音が聞こえ、大勢の村人に引っ張られて御柱がスキー場を降りてきた。ラッパ隊は男女10人くらいで編成。あとから聞いた話では急ごしらえで、2週間前から練習。まともにふける人は消防隊長さんともう一人くらいで、あとは村役場の女性たちらしい。メロディーを吹く人は数少なく、あとは、プッ、プっと単音を吹くだけみたいだった。御柱が見えたときは、感動的だった。豊ではないであろう村人たちが、伝統を守り続け、今日の日を迎えたということに思いが及んだとき、涙腺から零れそうになってしまった。

s-柱頭DSC04194諏訪神社は全国に12000〜13000箇所、物の本では20000ともあるが、分社がある。この日は諏訪大社から3人の応援団が来ていた。3人とも女性で、木遣り唄をいい声で歌ってくれるのが役割のようであった。伐り出しから、山おろし、里引き、川渡り、引き上げ、建御柱の各場面や里引きの各休憩所から出発する時も歌ってくれる。
スキー場ではテントが張られ、どっさりと酒やご馳走が用意され、接待がおこなわれる。

NO635.平谷村諏訪神社御柱祭-1

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前回の御柱祭りの時、開催後に聞いたので次の時はぜひ見に来たいとS氏(平谷在)にお願いしてあって、諏訪大社の御柱のニュースが流れたので問い合わせたところ5/15にやるよという事で3月ころお邪魔する約束をしてあった。5/15(金)、100km先の平谷村へ出発。途中、足助でS氏と落ち合い、153号線を制限速度オーバーぎりぎりのスピードで走る。12時前に到着、この日は1時から7時ころまで、御柱が渡る川でアマゴを狙って釣り。前日の最低気温が氷点下と聞いたので、村の人も、釣れないよといったが、せっかくきたので釣れないこと覚悟で釣りに入る。去年釣りに来たとき大物(多分、鱒)が掛かり一瞬にして糸を切られた淵で期待に胸膨らませてリベンジの第1投。魚信なし。2,3回チャレンジするも魚信なし。今回はダメかと思ったその時、確かな当たり。竿を立てて見ると25cmくらいの立派な岩魚が上がってきた。
魚篭にごつごつ暴れる岩魚を背中に釣りあがる。川の水も冷たいので、瀬には出ていないだろうと思い、ちょっとゆっくりした流れの対岸のポイントを狙う。姿を見られるとつれないので、姿勢を低くしたり、なるべく遠くを狙った。そのあと、1匹はバラしたが、アマゴ4匹と岩魚1匹、期待以上の釣果。
計算すると1時間に1匹しかつれなかった勘定だが、新緑の清流を楽しみながらの釣りなので、まったく退屈などはしない。

岩魚釣る
対岸の渦から太き岩魚釣る  
岩魚棲む淵は朝日のいまだ来ず
対岸の若葉めがけて竿を振る 
ごつごつと魚篭のの背中打つ

近くの温泉、「ひまわりの湯」で疲れを取り、湯で出合ったS氏の友人も一緒にS氏宅へ帰り夕食となる。家のそばで採れた独活。太いところは皮を剥いて薄切りにし、酢味噌で、柔らかいところはてんぷらに、町で買ってきたトゲナシタラノメもてんぷらにした。女手がないのでてんぷらは一手に引き受けるも、やり方がわからないので、名古屋の女房殿に何度も電話してご教授してもらって、まあまあ上手く上がる。一番の評判は独活の酢味噌だった。アマゴは一人一匹、しょうがいいので焼きあがる前に肉が盛り上がり、爆ぜそうになるが、最高の酒のつまみだった。

s-asanotaniDSC04169祭り当日、8時前に起床。いつもなら釣りに行くのだが、めでたい祭りの日に殺生もないだろうとあきらめる。快晴の朝、青空はどこを探しても雲が見つからず最高の祭り日和。S氏の手馴 なれた料理で朝食。

祭りの朝
快晴に夏の祭りの朝が来る
清冽に若葉の谷縫う矢作川
ゆっくりと明け来る祭りの夏の川
楽天市場
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