2015年11月

NO.831.北設楽郡豊根村の「花祭り」

北設楽郡豊根村の「花祭り」に出かけた。

祭りは五穀豊穣と悪霊祓いを祈念する「湯立て神楽」の一つで、国の重要無形民俗文化財。

前日の朝から夜を徹して翌日の夜明けまで、子どもから大人まで村人たちが舞処=まいどと呼ばれる場所に集まり歌い踊る。11~3月にかけて天竜川支流沿いの各地で繰り広げられる。

この地方は所属する合唱団の現音楽監督F氏や指揮者だったT氏たちが長年にわたって民謡の採集、調査を行った地域である。その成果をグリーンの演奏会でも歌い、出かけて行って演奏会をもった地域でもある。

私自身は1998年に合唱団の仲間たちと出かけて以来2度目の花祭りである。

11/28、夕食の後、宿から4km離れた舞処まで行き、結局、翌朝の6時まで見物した。


舞処の中央のかまどに大きな釜を載せ、湯を沸かす。その周りで踊り歌う。

踊りは小さな子どもたちの踊りから始まり大人達まで、いくつかの数人のグループが太鼓のリズムや横笛の音に乗って踊る。

歌の歌詞は「テーホヘ テーホヘ」という掛け声を基本に、幾つかのバージョンがあって繰り返す。20数分、ほとんど同じ歌詞を繰り返し繰り返し歌い、踊る人が増え、盛り上がって行く。

悪霊を鎮める赤鬼が出てきて大きな鉞(まさかり)を振り回する場面などでは祭りも最高潮に達し自分を忘れるような状態、この時は神が乗り移ったという人もいる。見ている側も掛け声をまね、体をゆすって踊った気になるうちにだんだん興奮状態に高まって行く。不思議な現象である。幾つかの舞いがあるが、「禰宜(ねぎ)・巫女(みこ)・翁」が出て来る舞では、すりこぎやごへいもちについた味噌を参加者の顔に塗りつけ、厄を払ってくれる。もちろんほっぺたを出し、塗ってもらった。「湯ばやし」では藁で作った「湯たぶさ」を手に持って舞い、見物人に釜の湯を振りかけて厄を払ってくれる。残念ながら、この舞いの前に宿からの迎えの車が来てしまい見ることはできなかった。

山村の過疎化の波が押し寄せている。いつまでも続いてほしい伝統芸のであるが状況は厳しいのではなかろうかと思った。

「地方活性化」「1億総なんとか」と言うんだったら、こうして何百年もの間、引き継がれてきた貴重な文化を保護策をとるべきであろう。残念ながら国家予算における文化に対する予算の割合は世界でも下から数えて方が早いそうである。

いちど滅んでしまった文化を取り戻すことは並みたいていの努力では無理であろう。いまこそ手を打ってほしいと思った。

http://www.hanamatsuri.jp/manners/manners.html


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NO.830「奥三河花祭り」

今日は、合唱団の仲間と「奥三河花祭り」へ出かける。
18年前、「中在家」と言うところの花祭りに出かけたが、
今回は、豊根村の「坂宇場」と言うところの花祭り。
豊橋からJR飯田線に乗って。名古屋から2時間半。
湯立て神楽と呼ばれる祭りで、朝から翌朝まで神事が執り行われる。
最高潮になった時、神が人に乗り移ると言われる。
「てーほへ、てーほへ」と掛け声をかけ参加者も踊る。

美味しい料理を食べ、ヘタな写真と沢山の俳句に出会いたいと思っている。
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musume
maido
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NO.829 皇帝ダリア

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皇帝ダリアがやっと咲きました。3年越しの努力が実りました。
毎年背丈は伸びるのに花がなかなかつきませんでした。
原因は庭を照らす庭の防犯灯だったようです。
2年間植えていた場所が庭の防犯灯の光が届く位置。
夜の時間帯は光が当たるのはよくないと今年初めに知って
位置を変えてみました。見事に的中し沢山の蕾を付けました。

NO.828 下赤坂の棚田


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大阪府の千早赤阪村の棚田を見に出かけた(9月17日)。
残念ながらかなりの棚田でもう刈り入れが済んでいたので
その壮観さは薄れていた。
日本の棚田100選に選ばれているそうである。
バリ島に旅行に行った時、ウブドという村の棚田を見て感激したが
日本にもこんなに美しい風景があるのを知って嬉しかった。
棚田なので、小さな一枚の田んぼでは200株くらいしか植わらないのもあるみたいで、
ほとんどが人力に頼っているのではと思われた。
入り口で借り入れをしていた畑も本当に小さかった。

水田なので水がきちんと供給されないと稲は育たない。
この棚田が標高どれくらいか調べていないのでわからないが結構ありそう。
一体どこから水を引いてきているのだろうと思って
帰る時に借り入れをしていたおばさんに聞いて見たら
金剛山から引いてきているとのこと。
棚田はたぶん百年のオーダーで作られてきたのだろうから
コンピュータもない時代に複雑な計算をして数キロメートルの水路を設計し
この棚田まで引いてきたと思われる。
営々として気づかれてきた棚田。残念な事に多くの棚田が放棄されていた。
1999年に日本の棚田100選が設定されたみたいだが、10数年でこの荒れようは
とても残念であり、この後10数年たったら棚田が亡くなってしまうのではないかと思われる。
TPPと言う政策で、守られる聖域のコメも守られずアメリカや豪州から入ってくるという。
米作農家の経営はますます苦しくなり、後継ぎも少ない農家は
続けることをあきらめざるを得ないのではないか
水田の水は保水能力も持っているわけで、棚田が荒れてしまうとその保水能力も失われ
現在の棚田の下方にある人が住む地域も大雨の時に洪水を心配せねばなりはしないか
と素人考えで心配してしまう。
もっとこうした日本の良さを大事にする政治にならないかかと考えてしまう。

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