2016年05月

NO.837 今年の芍薬

5株に分かれて植えている。
20年以上も前、友人宅の改築に伴い
庭の芍薬を捨てるというのでもらい受けてきたもの。

花弁の数がとても多いのがこの芍薬の特徴。
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NO.836 長野県平谷村御柱祭り

御柱祭りといえば諏訪大社のそれが放映されているので有名だが
御柱祭りはそれだけではなく全国に散在する諏訪神社で行われる。
全国では諏訪神社と呼ばれるのは25,000もあるそうだ。

長野県平谷村は国道153号線沿いの人口480人という小さな村である。
この村にも諏訪神社があり、6年に一度、御柱祭りが行われる
2010年、この村へ移住したSさんに誘われて出かけ、
もう一度きたいと思っていた。
2010年は一人旅だったが
今年は合唱の仲間たち21人のバスツアーになった。
朝7時に千種駅前を出発、2時間強で平谷村のスキー場へ到着。

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(バスツアーのご一行様、平谷スキー場の広場へご到着)



御柱になる木はスキー場の頂上の奥の山から切り出される。
村人数十人が早朝から出かけて、切り倒し、枝を払い、皮をむき
寸法に切り、引っ張るための綱を通す穴をあけて、太綱で引き下ろしてくる。
ここまでが「山出し」と呼ばれる。
途中までスキー場の脇の道を上がって村人や観光客に交じってお出迎え。


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我々の前に現れる直前がV字型の谷になっており、
そこを引き上げるのが大変で
何回も綱が切れたりした。
上がり切るとあとは下り坂で国道わきに広場まではスムーズに下って行く。

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これがご神木である。
村の人に聞いたら、樅の木、樹齢は130年、重さは1トンはあると言っていた。
綱は藁でできている。村で藁を調達するのは難しく外部から買ってくるそうだ。
集落ごとに集まって、大勢で綱を綯うそうだ。
その中で6年後、次の祭りで綱を綯う人は何人いるだろうかと笑ったとS氏。

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天空で鳴る昼花火を合図にスキー場の脇を通って広場へ下る。

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第1休憩所のスキー場の広場。
480人の住民の数と同じくらいの人たちが集まっていた。
樽酒の鏡割りに始まり、村人たちが徹夜で作ったであろう料理がふるまわれた。
ビールも酒も好きなだけ飲み、押し合いへし合いしながらご馳走をいただいた。



予定より若干遅れて2卆茲凌柬神社へ向けて御柱の行進開始。
国道153号線の車を一時止めての行進である。「里曳き」の開始である。
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笑っているように見えませんか


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老若男女、大人も子供も酔っ払いも一緒になっての行進である。
途中、旧の153号に入ると第2休憩所でここでも酒と料理が待ち受けている。
こうした休憩所が合計8か所、設けられている。
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ご接待のごちそう。一か所でこの数倍はあった。
お酒はこの村でしか飲むことのできない地産地消のお酒だそうだ。

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6年前と同じ屋根から餅撒き。
お年寄りは密集の中へ入ると危険と思い、外側にいた。
密集の中へ投げるのでこちらにほとんど届かず、かろうじて1個だけ餅を拾った。

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Sさんがお昼は自宅で接待してくれるというので、御柱とはいったん離れて
神社近くの道の駅まで急ぎ、そこで待っていたバスに乗り込んで
Sさん宅へ。
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家の前を矢作川の源流が流れている。
数日前の雨で水量が多かった。本宅は専門の大工さんが作ったが、
工房やらベランダなどは自力で作ってしまうS氏。

名古屋の緑区に住んでいたので私は彼のことを「緑区のダヴィンチ」と呼んでいた。
軒下にバーベキューのできる炉が作られていて、
20人を超える御一行様用のベンチも。


各休憩所でお酒もご馳走も十分に頂いたはずだが、
バーベキューは別腹らしく瞬く間に
お肉やら野菜やらを平らげてしまった。

S氏宅前の河川敷に生えている朴の木の若葉に包んだおにぎりも供された。
お昼が済んだ後はS氏宅の中を見学したり、
川向うに迫っている若葉の山を眺めたり河川敷で若葉を楽しんだりした。

河川敷に10mを超す大きな木に白い花が真っ盛りだった。
何の花かわからなかったので帰ってから調べてみた。
「ウワミズザクラ」というそうだ。
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2時にバスに乗り込み、諏訪神社前の第8休憩所へ。
到着したころは人であふれ、接待のごちそうはちょうど終わったところだった。
御柱を引っ張る人たちも疲れか酔いか道路に座り込んでいた。
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神社前で御柱は川を渡る。「川渡り」とよばれる。

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諏訪大社から派遣されたてきた木遣り隊の木遣り歌で「川渡り」が始まる

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(国道153号線の橋の下流から撮影)

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(参加したS君の写真。神社側から撮影)

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神社前の橋で「川渡り」を待ち構える。
川の水量は2010年の時より多く、下手をすると流されてしまいそう。
橋の上流側を男木、下流側を女木が渡る。

国道側から川に入り神社側へ引っ張り上げられる。
川に入るのはケガをしないよう注意せねばならないが比較的容易に行く。
川から引っ張り上げるのは結構大変で苦労していた。

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川から引っ張り上げられて少し移動し、
今度は山の中腹にある神社への急な坂を引っ張り上げる。
神社の境内といっても数十人集まれば満員になってしまうくらいの広さ

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女木です。

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そこへ引っ張り上げられ御柱は向かって左側に女木、右に男木が建てられる。
初めは女木が建てられる。
神社前に木立の一本に巻き付けたロープと滑車を利用して建てようとするのだが
1トンの重さの木を操縦するのは大変で、難儀していた。
見物人の頭上でやるので、外れてしまったらけが人が出るのではないかとハラハラ。

建立が無事終わると、御柱のてっぺんに男が登り、
御幣を打ち立ててめでたく終わりとなる。

神社から帰るとき、集まった人に薄いピンクのお餅が配られたようだ。
終わる少し前に境内を抜けたので残念ながらご相伴にあずかれなかった。

この後、「ヒマワリの湯」で旅の疲れをいやし、一路名古屋へ向かった。
グリーロードを出たあたりで渋滞にあったが
それほどの渋滞にならず、途中何人かを降ろし無事、千種駅に到着。


次の御柱は6年後、2022年である。ツアー参加者も間違いなく6歳の歳を重ねる。
今回参加の仲間の大半のが80歳を超す。
元気に歌い続け、健康に次の御柱を見たいものだ。

平谷村も日本国の一部で、
御多分に漏れず、人口減、高齢化、少子化の波の真っただ中である。
2010年に行ったときは村の人口が600人と聞いた記憶があるが
2016年の人口は500人を切っているとか。
そのうえ高齢化が進んで、村の大半が65歳以上とのこと。

御柱を守り続けるには厳しい条件ばかりである。
村の主要産業は農業でなく観光業と村役場の資料は述べている。

1億総活躍社会とか絵空事のような題目を並べるのでなく、
もっと地に足の着いた農村対策を大事にする政治しないと
今回のような、小さな村の、
温かい人情に包まれたお祭りが消えてしまうのではなかろうか。
伝統的なお祭りなどの文化を大事にすることは
それに携わる人間を大事にすることであると思う。

素晴らしい御柱祭りを楽しませてくれた平谷村の皆さん、
Sさん、これからも頑張ってくださることを祈ります。


2016.5.20




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