ケーゴの長いつぶやき

元非モテのバツイチ会社員がグローバル恋愛プレイヤーを目指して活動中。 サッカーを愛しすぎて、女性とのアポをサッカーに例えてしまう。 創刊号からの週刊金融日記読者。 グローバル恋愛プレイヤーとグローバルビジネスマンを目指しながら、恋愛市場のフィールドレポート、海外経験ゼロからスーパーナメック星人への道のり、長いつぶやきをなどをブログに掲載中。 モットーは仕事も恋愛も、「My passion is always on the pitchーー」 婚外恋愛について語り合う「シークレットラウンジ2.0」(https://secret-lounge.net/ )管理人。 主に恋愛とサッカーをつぶやくTwitterのアカウントはこちら。 @Kgo_Number10 日本語と英語で名言をつぶやく英語学習アカウントはこちら。 @Kgo_English

元非モテのバツイチ会社員がグローバル恋愛プレイヤーを目指して活動中。 サッカーを愛しすぎて、女性とのアポをサッカーに例えてしまう。 創刊号からの週刊金融日記読者。 グローバル恋愛プレイヤーとグローバルビジネスマンを目指しながら、恋愛市場のフィールドレポート、海外経験ゼロからスーパーナメック星人への道のり、長いつぶやきをなどをブログに掲載中。 モットーは仕事も恋愛も、「My passion is always on the pitchーー」 婚外恋愛について語り合う「シークレットラウンジ2.0」(https://secret-lounge.net/ )管理人。 主に恋愛とサッカーをつぶやくTwitterのアカウントはこちら。 @Kgo_Number10 日本語と英語で名言をつぶやく英語学習アカウントはこちら。 @Kgo_English



「愛を取り戻せ!」


地球へ戻るときのコミットメントが、この言葉だった。


ナメック星へ旅立つ少し前から、自分は愛という感情を失っていた。

そんな自分は愛を取り戻さなければならない。


愛を取り戻す過程においては様々な試練が生じている。


毎日、気持ちがくじけそうになるが、自分は愛を取り戻さなければならない。


たとえ何があろうとも、ケンシロウのような強い気持ちを持って、自分は愛を取り戻すのだ。

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先月まで必ずほぼ毎週更新していたブログも、愛を取り戻すためにまったく書く時間が取れない。


何かに時間を使うためには、他の時間を削らなければならない。

今の自分は、愛を取り戻すのが最優先事項だ。


そのため、なかなかブログを書く時間がないが、愛を取り戻し気持ちと時間に余裕ができたら、またブログを書いていきたいと思う。


ブログには書けない愛を取り戻す過程については、シークレットラウンジ2.0に掲載している。もし興味がある方がいれば、のぞいてみてもらえればと思う。

シークレットラウンジ2.0 ~ 誰にも言えない婚外恋愛について語り合う ~


ツイッター界隈も取り締まりがとても厳しくなってきているので、ケーゴとしての恋愛アクティビティの具体的な内容はほとんど、シークレットラウンジに投稿している。


ツイッターについては引き続き継続しているので、
ブログは愛を取り戻すまでは小休止して、思うことはツイッターで発信していきたい。



愛を取り戻せるかどうか、自分にもまだ分からない。でも、あきらめるわけにはいかない。自分には、愛する人がいるのだから。

どれだけ時間がかかっても、自分は愛を取り戻すのだ。

「愛をとりもどせ!」


ケーゴ







3年前の2016年。

異国の地に来たばかりの自分は当時、「ポケモン
GO」が流行っていたのに便乗し、歩きスマホをしている女子に手当たり次第、

Are you playing Pokémon Go?

とダウンタウン(繁華街)で声をかけていた。

関連エントリ
ー:

PokemonGO オープナーをやってみた ~そこに現れたのはーー ~



たとえ繁華街でもアメリカでは週末にしか人が歩いていないから、金曜と土曜は、ひたすら声をかけ続けていた。

その日の十何人目ぐらいだっただろうか、30代後半ぐらいのアジア系の女性がオープンした。


彼女は、

「I'm not playing PokemonGo ^^」

と笑いながら言った。

自分は、

「そうなんだね。でも、歩きスマホは落としたらモニターが割れるから危ないよ。ところで、どこに行くの?」

と返した。

彼女は友だちとの食事の場所に行く途中だった。

彼女が友だちと会うレストランの前に行くまで歩きながら話し、お店の前で連絡先を交換し、再会することを約束した。

その翌週末、前回のエントリーと同じレストランで食事をし、

アメリカでの思い出 ~ ゼロからのスタート ~

このときは幸運にも、ゴールすることができた。

それまでゴールは生まれなかったけれど、何度も使っているレストランだから、余裕がうまれていたのかもしれない。

彼女がアメリカで初めての、ストナンからのゴールだった。


その後しばらくして、彼女の生い立ちを聞いた。

彼女は、

I was a refugee

と言った。

このときの自分は「
refugee」の意味を知らなかったが、文脈からその単語の意味が分かった。

彼女はもともと、ベトナムから来た難民だったのだ。

最近では外国人がとても多くなってきている日本だが、彼らは「移民」だ。

日本はたくさんの移民を受け入れているが、難民はほとんど全くと言っていいほど、受け入れてない。

「難民」とは、こ
のような人たちのことを言う。

(戦争・天災、また人種や信条などでいためられて)困難におちいった人民。特に、戦禍・迫害等を避けて流浪(るろう)する人民。



まだ10代の頃にベトナムを抜け出し、ボートを使い難民としてアメリカに入国した彼女は生きていくために、好きでもないアメリカ人と
結婚した。

Vietnum

身体一つで異国の地に渡った彼女は好きでもないアメリカ人と結婚し、アメリカの永住権を手に入れた。

その後、彼女は離婚しても生活できるぐらいのお金を貯めるまでに10年以上ものあいだ、好きでもない男と暮らした。

相手の男はお金は持っていたけれど、どうしても好きにはなれなかったそうだ。

お金を貯めてアメリカでの永住権を手にした彼女は、その男と離婚した。


離婚した彼女はそこから、恋愛に目覚めたそうだ。

アラフォーという年齢にもかかわらず美しい彼女は、たまたま自分と出会った。

そんな彼女の様子は、自分にはまるで、これまで抑え込んでいた恋愛感情を一気に解放しているように感じた。


彼女は10年以上ものあいだ、生きていくために好きでもない男と生活していた。


自分には悩みや苦しみがあるし、きっと親愛なる読者の皆さまにもあると思う。

でも、自身が生まれた国では暮らすことができずに、異国の地へ移ることを余儀なくされ、
生活のために好きでもない男と結婚した彼女の悩みや苦しみに比べれば、
その悩みや苦しみはきっと、小さなものだろう。

関連エントリー:

人生を賭ける人達を見て思うこと ~ あなたの悩みや逆境とは ~



そして、たとえ悩みや苦しみがあっても、自分自身のゴールに向かって頑張り続ければ、
時間はかかるかもしれないけれど、きっと幸せになれる。


彼女のとても幸せそうな笑顔を見て、そんな風に思った。


ケーゴ






ここ最近、異国の地のど田舎に来た当初のことよく振り返る。


自分には彼女はもちろん、友だちも誰もいなかった。まったくのゼロからのスタートだった。


そんな自分は、ナンパに明け暮れた東京時代を思い出し、


「まずは女子をゲットしなければ!」


と強く思っていた。



アメリカのど田舎では基本的に、人が歩いていない。


ダウンタウン(繁華街)でも、平日に人が歩いていない。


平日に人が歩いているのは、ショッピングモールの中だけだ。


女子をゲットするために最初に行った場所は、ショッピングモールだった。

関連エントリー:
踏み出した第一歩 ~ 動かない身体 ~


ショッピングモールでのナンパで東京時代の感覚を取り戻したあと、土日なら昼間に人が歩いている、ダウンタウン(その通りにだけお店が並んでいる一本道)に繰り出した。


そこでは、幸せそうな家族連れの人たちが楽しそうに、ファーマーズマーケット(農産物の直売り)でにぎわっていた。


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そんな中でただひたすら、


Excuse me. I came here first time. Do you know a good cafe around here?

(「すみません。今日ここに初めて来たんですけど、この辺りにいいカフェってありますか?」)


と、声をかけている場所から徒歩2〜3分のところにスタバがあるエリアで、ひたすら声をかけていた。


アメリカに住んでいる人たちは仕事をしていないときは他人に親切なので、基本的にオープンする。
(コンシューマー向けの仕事をしている人たちは、仕事中はとても不親切で日本人がそれに慣れるのは、相応に時間がかかる。)


しかしながら、カフェについて聞いて教えてもらったあとに、そのカフェに一緒に行こうと申し出ると、とたんに怪訝な顔をされ、立ち去られる。

(その後、何度もストナンをしたが、アメリカにはストナンの文化がないことを理解した。PUA文化を日本に持ち込んだ『The Game』も基本的にバーナンがメインだった。)


そんな風に何人もの女性たち(多くは2人組だった)に厳しい反応をされたあと、後ろ姿が美しいアジア系の女子に反射的に声をかけた。


振り向いた彼女は、かなり残念な感じだった。年齢は20代後半ぐらいだった。

 
 Excuse me 」 と言ってその場を立ち去ろうとしたら、


 「日本人の方ですか?」


と、彼女から聞いてきた。


彼女は日本人だった。 「あ、はい」 と答えたら、なぜかランチをすることになった


物価が高いアメリカで、こぎれいなレストランで食べたランチは7〜8千円もした。


見た目は残念な彼女だったが、自分への食いつきはかなりあったように感じたので、話の流れで、次の週末に自宅の近くで再会することになった。


車がない彼女のために、彼女が住んでいる場所まで迎えに行き(ど田舎なので電車がない)、自宅から徒歩1分のレストランで彼女と晩ごはんを食べた。


会計は1万3千円ぐらいしただろうか。彼女は経済的に大変だったようで、自分がげんなりするぐらい、とてもよく食べた。

彼女は会社を辞めて、人生を変えるためにアメリカに渡っていた。

そんな彼女は女性にもかかわらず、男3人が住む部屋で1区画(5~6平米・3畳ぐらい)を借り、生活しているとのことだった。


久しぶりにおいしい食事をたらふく食べたら、彼女の気分もよくなったのか、ごく自然にに自宅に向かうことができた。


自分としては、見た目が残念な彼女との食事は正直、まったく楽しくなかった。


それでもゼロからスタートしている自分は、


「ゼロをイチにしなければならない」


と強く思っていた。


このとき、自分はアメリカに来て2ヶ月近く経っていたが、ゴールしていなかった。


そう思い、貴重なお金と時間を使い彼女と接した。


彼女は自分と食事をしていて、とても楽しく、そして何より、嬉しそうだった。


自宅DVDを見ながらしばらく和んで(見るのは当然、『BEFORE SUNRISE ~ 恋人までの距離 ~』だ)、ゴールを確信してシュートした。

関連エントリー:
BEFORE SUNRISE(恋人までの距離)を見て思うこと ~ 運命的な出会いの表と裏 ~


彼女の肩に手を回し、抱き寄せようとしたときの彼女の言葉はーー




























 「わたし、そんなつもりじゃないです」

 

とのことだった。


見た目が残念な彼女にシュートを阻まれた自分は、ディフェンスを突破することも何をする気にもなれなかった。

「そうなんだね。わかった」

と一言だけ言って、彼女に帰宅してもらった。


色々思うところがあり、自分がとてもみじめだった。

「オレはいったい、ここで何をしているんだろう。。。」

と強く思った。






今となってはただの思い出だが、このときはリアルにしんどかった。

今でこそ、心も見た目も美しい彼女たちとの別れをどうするかで悩んでいるが、これは男の恋愛面においては、ぜいたくな悩みだといえるだろう。


恋愛について思い悩むことがないような彼女たちと過ごす日々を構築するまで、ナンパしてアポってはシュートして、たまにはゴールできるけどなかなかゴールできない、たとえできてもキレイな女子とは長続きしないような生活が、1年ぐらい続いた。



女性関係をうまくやっているように見える男たちは、生まれつきのモテ男以外はきっとみんな、そこに至るまでに、地道で大変な努力をしている。

そこにあるのは、あえて
その過程を言うかどうかの違いがあるだけだ。


キレイな女はそこにいるだけでモテるけど、普通の男は努力なしにはモテ男になることはできない。


東京に戻ったら、またゼロからのスタートだ。

でもきっと、恋愛面では何の心配もないだろう。

自分はどこでも、モテるための努力ができるから。


ケーゴ






2月の最終週に、彼女に帰国することを告げた。


彼女が悲しむ様子を見るのは、とてもつらかった。自分自身も悲しかった。

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別れは悲しいがそれでも自分は、幸運にも彼女と出会えてとても幸せだ。

彼女も、

「東京に戻るのはとても悲しいけど、ケーゴと出会えてよかった」

と言ってくれた。


男と女の関係は結婚しない限り、いや、子供を作らない限りは必ず、別れの日が来る。


もしその2人のあいだに子供ができれば、たとえ男と女としての関係は終わっていたとしても、父親と母親として関係は続く。


男と女はたとえ結婚したとしても、3組に1組は離婚する。アメリカでは実に2組に1組だ。


そう考えると結婚してもしなくても、男と女は子供を作らない限り、いつの日か多くのカップルに別れの日が来る。


別れは悲しいが2人が過ごした時間(とき)はお互いの人生でかけがえのない、素敵なひとときだと思う。



男なら誰もが、大好きな彼女にフラれたことがあると思う。


自分は数え切れないほどある。


だが、自分から大好きな彼女に別れを告げる機会はこれまで、ほとんどなかった(アメリカに行くことになったときぐらいだ)。

これまでの人生ではずっと別れを告げられてばかりだったけど、いざ彼女に別れを告げる方になってみると、とても胸が痛い。心が張り裂けそうだった。

過去、自分を振ってきた女性たちに思いを馳せてみると、おそらく誰も、そんな気持ちは感じていなかっただろうと思う。


女の人が男を振る話は、とてもありふれている。

キレイな女性は男たちより恋愛市場での市場価値が高いため、恋人に別れを告げる機会は男よりはるかに多いだろう。


付き合っている男に別れを告げるとき、果たして女性たちはつらい気持ちを感じているのだろうか?


もちろんつらい気持ちを感じている女性もいるだろうが、自分自身の経験からはとてもそうは思えない。

悲しいかな、少なくとも自分がフラれたときは一度も、そんな風には感じられなかったのだ。


関連エントリー:
忘れられない思い出 ~ 苦い恋の記憶 ~


自分が上記のエントリーのあやちゃんにフラれたとき、自分は彼女と会っていないときでもいつも、あやちゃんのことを考えていた。


女の人は好きな男に対しては、

「わたしと会っていないときにどれぐらい、わたしのことを考えてるの?」

と、いつも思いを馳せている。


ある程度モテるようになった後、女子から何度もそんな風に聞かれたことがある。


一方で彼女と会っていないときでさえも、いつも彼女のことを考えているような男は例外なく、彼女にフラれてしまう。


女子が

「わたしのことを考えてほしい」

と思っているのに、それを男が実行するとほとんどの場合はうまくいかない。


これはあまりに悲しすぎる、男と女のすれ違いだ。



過去を振り返ると、非モテ時代は幸運にも付き合うことができた彼女や、そもそも、手さえもつなぐことができなかった女子のことを常に考えていた。


手もつなげないまま沖縄に行ったもえちゃんにフラれたときも、自分は彼女に会っていないときでもいつでも、もえちゃんのことを考えていた。


関連エントリー:
忘れられない思い出2 ~ 沖縄への旅行 ~



そんな非モテ時代を過ごしながら、非モテを脱却するために厳しい修行を積んだあとの今はどうだろう。


ある程度モテるようになったあとに出会った彼女たちは、自分のことをとても好きになってくれている。


彼女たちは

「もっとわたしのことを考えて」

と態度や実際の言葉で自分に伝えてくるが、今の自分は女子と会う直前や、会っているときにしか彼女のことを考えない。

これもまた、あまりに悲しすぎる男と女のすれ違いだ。


もし、見た目だけでなく心も美しい彼女たちと非モテの頃に会うことができていたらきっと、そのまま結婚していたのではないかとさえ思う。


もしそんな空想が仮に現実のものになり、非モテの時代に彼女たちと出会うことができても、決して彼女たちを魅了することができない。

なぜなら、非モテだからだ。非モテの男は女性を魅了することができない。これはあまりに悲しい、男のジレンマだ。



ある程度モテるようになるとどうしても、1人1人の女子への感情移入の度合いが下がってしまう。


非モテ時代に心がときめいていた、大好きな彼女と初めて手をつなげた喜びや、大好きな彼女を抱きしめることができたときに感じていた素敵な気持ちを、どうしても感じられなくなる。


そんな若かりし頃のときめく気持ちを失う代わりに、男は性的に困窮することがなくなる。

ときめきがあるのがいいのか、性的な困窮がないのがいいのか。

ときめき(ちなみに英語では「Spark Joy」という)が
あって性的にも満足しているのが一番いいことは言うまでもないが、そんな男たちになれるのは一握りだけだ。


悲しいかな、自分自身はその「一握り」の男にはなれなかった。

そうするとたとえ、ときめきや素敵な気持ちを失ったとしても、自分はある程度モテるようになった方が、男として幸せだと思う。


何よりもっとも幸せな男は、まだ恋愛市場の右も左も分からないうちに、ルックスのみならず心も美しい女性と出会い幸運にも結婚できた男が、恋愛市場において圧倒的な勝ち組だと思う。


そんな男たちのSNSはとてもまぶしい。


フェイスブックでたまに見る機会があるけれど、見ていて目が痛くなってくるぐらいだ。


そんな彼らは著名人の婚外恋愛のニュースが出るたびに、激しくその対象者を糾弾する。


彼らの言うことは100%正論だ。でも人間というものは、いつも公明正大ではいられない。


もし彼らが素敵な奥さまとセックスレスになったらどのように振る舞うかは、とても興味深い。


もしキラキラしている彼らがそうなったらきっと、匿名アカウントを作ってツイッターに投稿しているのだろう。



最後はやや話が冒頭からそれてしまった感があるが、男と女はいずれ別れが来る。


そこにはあまりに悲しい、男と女のすれ違いがある。


きっと男と女はすれ違うようにオスとメスが生まれたときから設計されていて、
でもそこにお互いの人生に残るような素敵な出会いがあるから、
今日も男は女を好きになり、女性は男に愛を感じて、恋愛が生まれているのだろう。



ケーゴ


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橘玲さんの新刊、『もっと言ってはいけない』を読んだ。


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『もっと言ってはいけない』は前作の『言ってはいけない ~ 残酷すぎる真実 ~』から、3年のときが経って出版された。



『言ってはいけない』では、人間の知能は遺伝的に決まる割合がかなり高いことを明らかにした。


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その前作では、


「子供がどう成長していくかは、生まれたときにすでに決まっている遺伝的な資質と、親が関与することができない子供の友だちとの人間関係でほとんど決まってしまう」

という内容が、特に印象に残った。


自分自身の遺伝的な資質について考えると、父親からの遺伝については考えたくもないが、母親や祖父母からの遺伝については、幸いにも悪くはないのではないかと思っている。


人間の成長に関して、遺伝ともう1つの大きな要因、「親が関与することができない子供の友だちとの人間関係」、つまり、学校の環境についてはどうだったのだろうか。


自分は中学受験とは無縁で、公立のしょぼい中学校に進んだ。


いま振り返ると、「ボンタン」* という今では死語になっていると思われる、変形したズボンを履いたヤンキーが幅を利かす、あまりにイマイチすぎる環境だった。

(*「ボンタン」とは、2018年の冬に放映されたテレビドラマ、『今日から俺は!』の伊藤が履いているようなズボンのことを言う。
自分が卒業した中学校は、伊藤のようなボンタンを履いたヤンキーがいるような学校だった。三橋のような金髪こそいなかったが。)

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自分の身体は大きくなかったため、そんなヤンキー(彼らはたいていガタイがよかった)にはできるだけ近づかないようにしながら、ひっそりと日々を過ごしていた。


部活はサッカー部に入っていたが、悲しいかな、今も大好きなサッカーの才能には恵まれなかったため、まったく上手くなかった。


ヤンキーでもなくスポーツができるわけでもない中学生は当然にしてモテるはずもなく(ヤンキーはモテていた。いま彼らは何をしてるだろうか)、自分が何か能力を発揮できるのは、勉強だけだった。


この頃から英語は苦手だったものの、数学と理科はよくできた。


サッカー部の顧問が数学の先生で、部活のときは褒められないけど(今では信じられないかもしれないが、試合に負けて殴られたことさえある)、数学のテストでいい点を取ると褒めてくれるから、それが嬉しくてよく勉強した。


「このイマイチすぎる環境から抜け出すためにはとにかく勉強して、いい高校に入るんだ!」


みたいな気持ちで根性を出しながら勉強して、そこそこの進学校の高校に入学した。


これもおそらく、置かれた環境で最大限に自分の遺伝的な能力(根性があり数学ができた)を活かした結果なのだと思う。


(ちなみに、親は教育熱心ではまったくなく、親から「勉強しろ」と言われたことは一度もなかった。)


自分自身のことはただの1つの事例でしかないが、『言ってはいけない』で説明されている、


「子供がどう成長していくかは、生まれたときにすでに決まっている遺伝的な資質と、親が関与することができない子供の友だちとの人間関係でほとんど決まってしまう」


ということは、自分自身を振り返っても、よくあてはまっているように感じた。



さて、前作の話が長くなったが、新刊の『もっと言ってはいけない』では知能について、男女の違いや人種間の違いについて論じている。

『もっと言ってはいけない』を読んでいた日に、アジア系アメリカ人で弁護士をしている女友達と会う機会が会った。


彼女に『もっと言ってはいけない』で知ったこの「図表5」のことを、

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実際に図を書いて、
「標準偏差」を英語でどう言うか調べながら説明してみたところ、

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ほとんど感情的になることがない、普段の聡明な彼女からは想像できない、感情的な反発があった。


* 標準偏差とは、データや確率変数の散らばり具合(ばらつき)を表す数値の一つ。例えばある試験でクラス全員が同じ点数、すなわち全員が平均値の場合、データにはばらつきがないので、標準偏差は 0 になる。英語では、「standard diviation」という)



自分が彼女に説明したこととは、


  スティーブ・ジョブズやイーロン・マスク、マーク • ザッガーバーグのような世の中を変える起業家のほとんどが男であると同時に、連続殺人を起こすような凶悪な犯罪者もほとんどが男であること(IQが極端に高いのも極端に低いのも、どちらも男)、


  平均的な知能を持つのは女性の方が多く、そもそも男と比べて言語をつかさどる知能が高いことから、難関大学では(得点の調整をしなければ)男より女性の方が合格者が多いこと(簡潔に言うと、平均的な男女を比べると女の人の方がアホな男より賢い)


の2点だけなのだが、とても感情的な反論にあってしまった。



弁護士ゆえに女性の凶悪犯罪も見ているし、彼女いわく、男でも賢くて言葉を話すのがうまい人たちはたくさんいる、というものだった。


自分としては具体的な事例の有無ではなく、男女の知能のばらつきの割合について論じたつもりだったが、いまいちうまく伝わらなかった。


やはり、このことは本のタイトル通り、言ってはいけなかったのだ。


彼女とのせっかくの楽しいひとときのムードを悪くしてしまった、自分の安易な行動をとても後悔した(前作にも、「この本の内容を気安く口外しないで下さい」と書いてあったのに)。



しかしながら一方で、ハーバード大学などの入学試験においてアジア系の受験生たちが逆差別を受けていること、人種によるIQの違いはとても興味深く聞いてもらえた。

* 学生の人種のバランスを保つために、アジア系の人たちはアフリカ系アメリカ人(いわゆる黒人)はもとより、白人よりも高い点数を取らなければ難関大学に入学できなくなっている。)


『もっと言ってはいけない』に掲載されている、国別のIQはこうなっている。

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(「データ数」とは、IQを測定するために行った試験の数。知能指数を測るためのテストを受けた被験者は子供から学生、成人まで多岐にわたる。)



『もっと言ってはいけない』の中でも人種に基づくIQの違いは、 「言ってもよかった」 のだ。
なぜなら、自分と彼女は同じアジア系の人種だから。


やはり、女子と話すときは常に、共感を得られる話をしなければならない。




ここで今さらだがあらためて思ったことは、女性は「共感」をとても大切にするということだ。


それは人類の歴史を振り返ると、メスはもし共感を大切にしなければ石器時代にオスが狩りに出かけているあいだ、

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他のメスたちとうまくやりながら、子供たちを守れなかったからだ。

他のメスたちとうまく共感し合えないと、オスがいないあいだ、赤ん坊をかかえたまま他のメスたちから村八分にされてしまう。

そうするとメス自身も赤ん坊も、生きていくことができない。

石器時代にメス同士で共感しあいながら子供たちを守ってきた、偉大なメスという性が持つ「共感」という本能があるから、そこから何万年ものときが経った現代に今の自分がいて、親愛なる読者の皆さまもいる。



そんな人類の歴史の真実に思いを馳せながら『もっと言ってはいけない』を読んでみると、楽しめると思う。



最後に、個人的には前作の『言ってはいけない』に記載されていた、「女性はなぜエクスタシーで叫ぶのか」という部分も、進化生物学の観点からとても興味深かった。


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本の中ではその理由として、「いちどに複数の男と効率的に性交し、多数の精子を膣内で競争させること 」だという仮説が提唱されている。

関心がある人はぜひ実際に手にとって、本書を読んでもらえればと思う。


『もっと言ってはいけない』

『言ってはいけない』~ 残酷すぎる真実 ~


ケーゴ



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最後の晩餐が終わった。



BANSAN


美しく聡明な彼女と会うたびに思うことがある。

彼女はおそらく、自分のことを最も愛してくれた女性だと思う(まだ関係が続いているので、正確には過去形ではない)。


好きになった女は数えきれないほどいる。悲しいことにだいたい振られたけど、運良く両思いになることができて、愛し合うことができた女性もいる。


色々あってうまくはいかなかったけど、その中には結婚した女性もいれば、彼女の方からプロポーズしてきた女性もいた。


自分は過去に愛した女性たちを決して「上書き保存」せず、「名前をつけて保存」しているので、いつでもすべての女性を思い出すことができる。


自分のことを愛してくれた女性たちをすべて思い出しても、今の彼女が自分のことを最も愛してくれていると思う。

彼女の言葉だけではなく行動から、とてもそう感じる。


1年ぐらい前、彼女と出会ってから3ヶ月か4ヶ月ぐらい経ったときだろうか。


自分は過去に結婚に失敗したことがあるので、もう誰とも結婚することはないということを伝えた。


彼女は職業柄、アメリカの市民権を持つ女性(または男)と結婚することによってアメリカに住む権利(永住権)を得ようとする男たち(または女性たち)をたくさん見てきたためか、とくに気に留めることはない様子だった。


そのことを伝えてから今日まで、1年ぐらいのときが流れた。


自分はいずれ、地球に帰還しなければいけない身だ。そのことは自分で分かりすぎるほど分かっている。


だから、特定の女性と1年以上も関係を続けるべきではなかった。



地球時代のように、いずれ終わることが分かっている関係であるのなら、2~3ヶ月ごとに次から次へと新しい女性と関係を作っていく方がいいと、頭では分かっていた。


でも、頭では分かっていても、彼女と過ごす時間はとても楽しくて、新しい女性を探す気持ちには全くならなかった。


そんな彼女との、最後の晩餐が終わった。最後だと思うと、いつも以上に飲んでしまったかもしれない。


次に彼女に会ったとき、自分は帰国することを告げなければならない。



彼女の愛に思いを馳せると、そのことを告げるのはとてもつらい。


そんな風に感じるぐらいならそもそも、こんなに長く関係を続けるべきではなかった。


それはとてもよく分かっている。

自分は弱い人間だ。誰もが1人では生きていけない。


いま、自分が住んでいる街に日本人の友達はいない。


アメリカ人の男友達とは3~4ヶ月に一回ぐらい会って、ビールを飲めばそれで十分だ。


今は東京時代のように、次から次へとキレイな新しい女性と知り合えるような環境でもない。


そもそも本当の自分は、次から次へと女性と知り合っていくのが好きなタイプではない。

(東京時代の一時期はおそらく、ナンパ中毒にかかっていたと思う。)


もしかしたら自分は、どこかで孤独を恐れて恐れていたのかもしれない。

自分の弱い部分については、いくらでも理由が思い浮かぶ。

 

自分は弱い人間なのだ。それゆえ、本来は長く続けるべきではなかった関係を1年以上も続けてしまった。


でも、もう終わらせなければならない。自分に遠距離恋愛はできないからだ。


2人の関係が終わることを伝えなければいけないときが、ついに来たのだ。



ケーゴ


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男とは、とても弱い生き物だ。

どれだけ修行を積んでも、最終的には性的欲求に抗うことができない。


このエントリーを書いているこの日、自分には彼女に伝えなければならないことがあった。


でも、いつも通り彼女と会って飲みながら楽しく話していたら、気がついたら彼女から迫られていて、伝えなければならないことを伝えることができなかった。


この日、彼女に伝えようと思っていた。

でも、彼女の気持ちと自分の本能的な感情に流されてしまった。



人間という生き物は本能的に心地いいことを見つけると、そのためには、あらゆる合理的な理由を思いつく。


「たとえ1ヶ月後には別れるとしても、別れるまでのあいだ、お互いに楽しく過ごした方がいいんじゃないか?」


「残り少ない時間を楽しく過ごすのが、お互いにとって幸せなんじゃなないか?」


人間とは男とは、あまりに弱い生き物だ。



そんな人間の心について思いを馳せると、一方で人は、「突然の変化」を嫌う。


もし彼女から突然、

「今週末、祖国に帰国することになった」

と言われたら、やはり、


「えっ、、、そうなんだ。でも何で、もう少し早く教えてくれなかったの?」


と思うだろう。



だが、もし彼女から、


「わたしは来月末に、祖国に帰国することになった」


と伝えられれば、彼女の帰国は悲しいけれど、一ヶ月間の“心の準備”ができる。



そう考えるとやはり、一ヶ月前には必ず伝える必要があるだろう。


この日は本能に流されてしまい伝えられなかったが、2月が終わる翌週には必ず伝えなければならない。



男は本能に流される弱い生き物ではあるが、自分を好きになってくれた女子の前では常に、強い男であるべきだ。

考えるととても悲しいが、確実に別れのときが近づいてきている。




WAKARE


ケーゴ


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