20151216


この日、最高裁にて夫婦別姓は認められず(http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG16HAN_W5A211C1EA2000/)、また、再婚禁止期間は6ヶ月から100日に短縮された( http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H7N_W5A211C1000000/)。


ここから読み取れる日本という国の結婚制度について、考えてみたい。


まず、夫婦別姓に関しては、


「夫婦同姓の制度は我が国の社会に定着してきたもので、家族の呼称として意義があり、その呼称を一つにするのは合理性がある」


という理由で訴えが退けられた。定着していても合理性がないことなど、いくらでもあるだろう。また、選択的に夫婦別姓を「選択することができる権利」を使用することを認めない理由としては、それこそ合理性に欠けるように思う。


夫婦の名字については、アメリカやイギリスなど欧米を中心に主要な世界各国で別姓が認められている。アジアではタイでも認められている。国連の女子差別撤回委員会は、日本の夫婦同姓については、「女性に対する差別的な法規制だ」と日本政府に是正を求めている。


これは、弁護士や研究者など、自分の名前で仕事をしている女性達だけ関わる問題ではない。自分の名字が変わることによる実利の有無の話ではなく、本件に関して日本は明らかに、世界のスタンダードから遅れているということなのだ。日本は世界第3位の経済大国なのにもかかわらず。



再婚禁止期間についてはどうだろう。


女性だけ再婚禁止期間があるのは、男女平等の観点から明らかにおかしいだろう。日本において、男女は平等ではないのだろうか。


オレとしては再婚禁止期間が撤廃されてほしかったが、そこまではいかなかった。ただそれでも、6ヶ月が100日になったのは改善ではあるだろう。


だが、ここから分かるのは、「嫡出推定の論理」だ。日本国政府が考えるこの論理は根底から揺らがないように思われる。


嫡出推定…結婚している妻が出産した子は夫の子(嫡出子)と推定する、と定めた民法の規定。父親を早期に決めて親子関係を安定させることが子の利益につながる、との考えにもとづく。1898(明治31)年に定められたものであるため、DNA鑑定などは当然想定していない(コトバンク)



妊娠から出産までは約280日。そして、離婚後、嫡出推定が有効となる期間は300日。離婚後300日以内に出産した子供は、法律上、前夫の子供と位置づけられるのだ。

 

この、20151217日に掲載された、日経新聞の図が分かりやすいだろう。


NIKKEI2

今回、再婚禁止期間は短くなったが、嫡出推定の期間(上記の図の、「前夫の子と推定」の期間)はまったく変わっていない。


これが意味することは何か?


「婚姻期間中に妊娠した子供は、たとえセックスした相手が夫ではなかったとしても、その夫の子供だと法律上位置付ける」


ということに、何ら変化はないということだ。たとえ、そのセックスした相手とこれまでの6ヶ月後より早く、離婚して100日後に再婚することができたとしても。


現在、2組に1組の夫婦がセックスレスだ(http://www.jfpa.or.jp/paper/main/000047.html)。


男は言うまでもなく性欲がある。そして女性も同様に、性的欲求がある。これは女性の立場から言いづらいだけで、性的欲求はある。女性の場合は、恋愛欲求の先にあるのかもしれない。


それにもかかわらず、2組の1組の夫婦はセックスレスなのだ。


勢いで結婚して、その後、その夫がどうしようもない男だと分かった。でも「結婚契約」は相手の同意がないと解約できない。


既に夫への愛が冷めている、でも相手が同意してくれないから離婚できない女性は、いったいどうすればいいのだろうか? その女性が素敵だと思う男と恋に落ちて、そしてセックスしては、いけないのだろうか?


そんなこと、あるわけないだろう。セックスを求めるのは多くの場合男だが、するかどうかを決定する権利は常に女性にある。セックスするかどうかなど、法律に縛られるべきことではない。それは常に男であろうが女であろうが、人間の本能に基づくことだ。


そして、女が、その女性自身が、「自分は結婚しているけどこの男性とセックスしたい」と思いセックスした。いや、愛し合った。そして、愛し合った結果、子供ができた。


その子供は、愛し合った、愛する男の子供ではなく、既に愛が冷めている夫の子供であると、「法律上」認定されてしまうのだ。



実際に起きた事例を見てみよう。これは以前のエントリーでも掲載した事例だ。


これは、結婚したものの夫への愛が冷めて、夫ではない、愛した男に抱かれ、2人が愛し合った結果、子供ができた女性の現実の話だ。


そして、その子供は「法律上」、セックスしていない夫の子供なのか、それとも、愛し合った男との子供なのか、という事例だ。


以前のエントリーと重複するが、この判決及び事案を要約すると以下の通りだ。


   セックスレスの夫婦が「いつの間にか」(夫談)、妻が妊娠。妻は実は、愛する男が別にいた。
 

   妻は愛する男の子供を出産することを決意し、(妻に愛されていないにもかかわらず、なぜか)夫はその妻の子供を「自分が育てる」と決意。
 

   しかしながら、出産後1~2年して妻子が出ていき(妻は愛する男の元へ向かった)、その夫婦は離婚。
 

   そして元妻は、その子供の血縁上の父親、つまり、彼女が愛した男("新旦那")とめでたく再婚。
 

   それから数年が経った後、元旦那は、新旦那と元妻の子供の写真を大切に持っていることなどの心情的な理由を携え、「法」(結婚している妻が妊娠した場合、子供の法律上の父親は夫であると推定した「嫡出推定」という民法の規定)に基づき、その子は自分の子供だと親権を主張。
 

   元妻とその新旦那は、当然にして親権を主張(なお、子供はDNA鑑定により、新旦那であることが確定)。結果裁判へ。
 

   一審・二審は元妻を支持。しかしながら、最高裁でひっくり返り、子供は法律上、血がつながらない男の子供として位置づけられた。


参考:日経新聞(http://www.nikkei.com/article/DGXNZO74199930T10C14A7CR8000/http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG17H0N_X10C14A7000000/

)。


つまり、最高裁は「血縁」より「法律」を優先したのだ。


これは最高裁が何と言おうと、その子供は愛し合う2人の、そして、新旦那の子供だ。つまり、明らかに法律が間違っている。

オレは、この事例は判決こそこうなったものの、そこで終わったと思っていた。この子供の「法律上の位置付け」は損なわれたものの、子供とその両親の「実生活」には影響が及んでいないと思っていた。


だが何と、この前夫は、この娘と会ったのだ。この娘は、血がつながる父親と、もう4年以上も暮らしているにもかかわらず。


NIKKEI

日経も何を言ってるんだ。

~昨年、最高裁判決で「父親」と認められたというのに~

だと。記事にこういう内容があると、日経新聞への信頼が揺らぐ。


これは法律の話ではない。男でも女でも、誰もが自分自身に置き換えてみれば、答えは明らかだ。


明らかに法律が間違っているのだ。

非モテ男の狂気の沙汰に、何も悪くない子供の法律上の地位が損なわれ、この子は誰なのか分からない、「おじさん」に会うことになったのだ。この非モテ男に、愛して愛される両想いの女性がいれば、絶対にこんな暴挙に出ないとオレは確信できる。

そしてこのとき子供は、最高裁の判決に基づき、会うことを義務付けられたのだろう。


このときのこの夫婦の心境を考えると、胸が痛い。痛すぎる。


男的には、愛する彼女が妻が、キモい男に、「法律上」抱きしめられる義務を課せられたと置き換えれば、理解できるだろうか。


女性的には、自分自身が、キモい男に、「法律上」抱きしめられる義務を課せられたと置き換えれば、理解できるだろうか。



この、夫婦別姓と嫡出推定から分かる日本国政府の「結婚制度」への執着はすさまじい。


「結婚制度」は決して崩さない。つまり、一度、結婚契約書にサインしたら、解約するまで(※繰り返すが、片方の意思だけでは決して解約できない)、他の異性とセックスするな、ましてや、子供など作ってはいけない、ということだ(「もし作ったら法律上の夫の子供になるぞ」と脅されている)。


もし、親愛なる読者でこれがおかしいと感じない方がいるなら、それは中国政府の感覚と同じだろう。


セックスして、子供を作る。


これは人間の本能だ。「自分の子孫を残したい」という、男女共に生まれ持った本能で、地球の人口は70億人超まで増えてきたのだから。


中国政府は、つい最近まで、「一人っ子政策」を行っていた。つまり、「セックスして子供を(もう1人)作る」ことを、政府が禁じていたのだ。これは明らかにおかしいことだろう。人間の本能に反しているのだから。


オレは仕事で何人も中国人と話したことがある。無事に取引がクローズした後の打ち上げのとき、「この人とは仕事を通じて信頼関係が築けた」と感じた、子持ちの取引先の相手に、一人っ子政策について思い切って聞いたことがある。答えは、


「明らかに政府がおかしい。でも、それが共産党の中国なんだ」

「The government is obviously wrong. However, it's China of Communist Party of China.」


と言っていた。


オレはこれを聞いて、とても悲しく感じた。


政府が「人間の本能」を禁じる権利など、オレは断じてないと思う。


 

話を日本に戻すと、今回の夫婦別姓、女性の再婚禁止期間の最高裁の判断から、日本の「結婚制度」への執着を感じた。


これは、世界の婚外子の比率と比べても明らかだろう。


厚生労働省の調査によれば、世界各国の婚外子の比率は、女性の社会進出が進む北欧のスウェーデンの55%を筆頭に、フランスは53%、デンマークは46%、イギリスは44%、世界一の経済大国アメリカは41%となっている(http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/13/dl/1-02-2.pdf


つまり、欧米の先進国の2人に1人は婚外子なのだ。


これに対し、日本の婚外子率はわずかに2%。



この厚労省の調査で比較されるこの20年間の各国の変化を見ても、経済大国第3位の我が国の「結婚制度」は、明らかに制度疲労を起こしている。


日本という国はつい最近まで、そう、わずか2年前まで、「結婚して生まれた子供」と「結婚しないで生まれた子供」を、子供には何の罪がないのにも拘わらず、区別、いや、"差別"していた国でもある(法務省:『平成25年12月5日,民法の一部を改正する法律が成立し,嫡出でない子の相続分が嫡出子の相続分と同等になりました(同月11日公布・施行)。』http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00143.html)。



この昔から変わらない日本という国の結婚制度への執着から、子供のころからきっと女性は、「結婚」という単語を両親にささやかれ、「大きくなったら誰と結婚するの?」と言われて、夢は「お嫁さんになる」と言うようになり、そして、同じように育てられた周りの友達の女子達に囲まれ、いつの間にか、「結婚」が人生の目標にさえなってしまったのではないかと思う。

そう、それはまるで、宗教的な目標のようにさえ感じる。



その宗教的な目標を達成して、そのまま幸せになれればいい。そういう夫婦もいる。それは本当に尊いことだ。


だがそれは、10組結婚したカップルがいたら2~3組ぐらいだ(10組いたら3組は離婚して、残った7組の内3~4組はセックスレスで、残る夫婦も何らかの問題を抱えている)。


勢いで結婚契約書にサインして、でも、目の前の配偶者に愛を失った人達は、いったいどうすればいいのだろうか?


お互いの同意がないと決して解約できない「結婚契約書」に縛られたまま、一生「恋愛したい」という欲求を我慢して生きていかなければならないのだろうか?



日本国政府はこの問いに対して、「ただひたすら我慢しろ」という答えしか出していない。


だがオレはこう思う。


「たとえ社会規範に反していても、我慢する必要などないと」


人間は決して、「紙切れ1枚で縛ることはできない」のだから(http://blog.livedoor.jp/kgo_number10/archives/2015-11-09.html


我慢する人生など、面白くもなんともない。我慢しないことによりリスクが生じるかもしれないが、それでも、我慢する必要などないだろう。



自分の子供を、「法律により」、非モテ男の狂気の沙汰に巻き込まれ、抱きしめさせなければならなかった女性は、そのリスクの一部が顕在化してしまった。リスクを取った結果、自分の子供がそんな目にあっているのだから。そのときのこの女性の心境を想像すると、胸が痛い。目に涙がにじむ。



でもきっと、それでも彼女は、それ以上に大きなリターンを得ていると思う。そして、そのリスクを取ったことに、何も後悔していないだろう。


自分の子供が非モテ男に抱きしめられているときは辛かったと思う。でも今は、きっとこの瞬間も、自分の子供と、その子供の本当の父親、そう、愛する男と一緒に暮らしているのだから。


リスクがあるところには、リターンもある。一生忘れられない、ときには一生、ずっと続く程のリターンがーー

 

 

ケーゴ