寺本益英の日記

 関西学院大学で日本経済史を担当する寺本益英の身辺雑記です。経済、歴史、お茶、フードシステムの話題を中心に、思い立ったことを綴ります。受講生の質問にも答えます。

トランプ大統領の経済政策

 4月19日の経済コラムでは、日米経済対話について取り上げました。貿易交渉を二国間で進め、自国に有利になるようにしたいアメリカと、多国間の公正なルールづくりにこだわる日本の間で、大きなギャップを感じます。具体的な話し合いはこれからですが、日本はアメリカのペースに引き込まれないか、気になるところです。さて今日は、より大きな視点からトランプ大統領の経済政策(トランポノミクス)について整理したいと思います。
 トランプ大統領がまず目指すのは雇用拡大です。とりわけ選挙戦で自らを支持した白人労働者の雇用増を重視し、「今後10年間で2,500万人の雇用を生み出し、経済成長率の目標を年4%としました。ちなみに昨年の値は1.6%にとどまっており、かなり高い目標設定です。
 次に大型減税も重要な政策です。アメリカにおいて、現行の法人税率は35%で、先進国で最も高いとされます。これを、15〜20%に引き下げることを目指します。国内企業の流出が著しいため、これに歯止めをかける考えです。
 また10年間で1兆ドル(約110兆円)のインフラ投資を行うことも公約しました。
 規制緩和も重要なキーワードです。トランプ氏は政府の規制がのため、アメリカ経済に年2兆ドル(約220兆円)の負担が生じていると指摘します。オバマ前政権が進めた「金融規制強化法(ドッド・フランク法)」を見直し、環境規制の撤廃でエネルギー産業の活性化もはかります。
 貿易赤字の削減も重要な課題です。トランプ氏の主張は、安い輸入品が流入したため、国内産業が衰退し、雇用が奪われたというものです。そして標的にしているのは、最大の貿易赤字相手国の中国と、隣国のメキシコです。両国からの輸入品には高い税をかけると主張しています。
 今後の通商交渉の方針は冒頭でも述べたとおり二国間交渉です。多国間協議よりも二国間協議のほうが自国に有利な条件を引き出せるからです。日本など12カ国で合意した環太平洋経済連携協定(TPP)からは離脱を決定し、カナダとメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)も再交渉になります。
 トランプ大統領の念頭にあるのは、1980年代にアメリカ共和党のレーガン政権が掲げたレーガノミクスかも知れません。その骨子は、減税や規制緩和を通じて経済を刺激することでした。
 ただし上記の政策が成功するかどうかは不透明です。アメリカでは政府に予算案を出す権限がありません。したがって政策の実現には、議会との関係を良好に保ち、予算をスムーズに執行できる環境が重要です。しかし先般トランプ政権は医療保険制度改革(オバマケア)」の代替法案の採決でつまずきました。なおこの法案には、税の財源確保の狙いもありましたので、前述の大型減税の行方は不透明です。
 最後に保護主義強化政策の悪影響が懸念されます。輸入品への課税で商品の値段が上がるということは、アメリカの消費者がモノを買いづらくなり、アメリカ国内における消費や生産の落ち込みを招き、アメリカ経済が減速するでしょう。アメリカ経済の悪化は当然世界経済の悪化に波及してゆくでしょう。トランポノミクスは短期的にアメリカ経済を好転させても、中長期の視点でみれば、アメリカ経済のみならず、世界経済全体の後退を招く可能性があります。

緊迫する北朝鮮情勢

 北朝鮮の脅威が高まっています。いつ核実験や弾道ミサイル発射を行うかわからず、大変心配な毎日が続いています。この問題に日米はどう対応しようとしているのか、18日に行われた安倍晋三首相とペンス米副大統領との会談から読み取ることができます。両首脳の一致した認識は、北朝鮮は新たな段階の脅威」であり、圧力を強めて対応する必要があるというものです。ペンス氏はさらに、日本など同盟国との連携に加え、北朝鮮に影響力を持つ中国と共に外交と経済の両面で北朝鮮に圧力をかける姿勢を強調しています。
 一方安倍首相の考え方は、平和的解決を望むが、対話のための対話になっては意味がなく、圧力をかけることも必要というものです。軍事行動の可能性も排除しないというトランプ政権を支持しています。
 トランプ大統領はオバマ前政権が採った「戦略的忍耐」の政策を踏襲せず、「平和は力によってのみ初めて達成される」という考え方を持っています。なぜそのような強硬な姿勢をとるかというと、6者協議などの対話路線で北朝鮮の挑発行為を止められなかったからです。そして「すべての選択肢はテーブルの上にある」と、軍事力行使も辞さない強い態度を示しています。
 ところ先般、アメリカ軍はシリアのアサド政権の空軍施設やアフガニスタンにある過激派組織「イスラム国」(IS)の拠点を攻撃しています。より直接的には、原子力空母カールビンソンを朝鮮半島近海に派遣しました。こうした軍事力の誇示も、北朝鮮に暴挙を思いとどまらさせる狙いがあります。そして訪日の前に立ち寄った韓国においてペンス副大統領は、「北朝鮮はこの地域の米軍の力を試すようなことはしない方がよい」と警告しています。
 以上のようにトランプ大統領は軍事行動をほのめかし、北朝鮮をおさえこもうとしていますが、北朝鮮に強い影響力を持つ中国の役割も重視しています。すなわち中国が北朝鮮に対し、援助や取引を行わないように働きかけているのです。そして北朝鮮との取引をやめない中国企業に対しては、アメリカとの取引をできなくする措置も検討中です。
 しかし中国はどこまでそうしたアメリカの要請に応じるかは不透明です。習近平主席は対話と協議による解決を主張しています。
 それにしても挑発を続ける北朝鮮の本音はどこにあるのでしょうか。核戦争も恐れないと強硬な発言を繰り返していますが、体制維持のために何をしてくるかわかりません。反面、アメリカの本格的な攻撃を受ければ、壊滅的な打撃を受けることはわかっているはずです。対話のタイミングをさがしているよう気もします。
 結局国際社会、とくに中国がより強力な経済制裁=経済的圧力をかけ、ます北朝鮮を協議の場につかせることが重要です。(ただしトランプ大統領の手法で、軍事的圧力を高めるのは、偶発的衝突につながる可能性があり、危険だと思います。)そして「対話」を始め、核やミサイル開発を諦めるよう粘り強く説得する以外ありません。

「豊かさ」概念の移り変わり

 今日から新年度の講義が始まりました。春学期は月曜から金曜までのびっしりのスケジュールで忙しくなりそうですが、さしあたり夏休みを迎えるまで、日々の講義に全力投球したいと思います。
 さて毎週金曜日の夜間は、エコノミスト・コースの熱心な社会人2名を対象とした講義です。お2人の専攻が異なるため、何をテーマにするか迷ったのですが、「豊かさ」概念の移り変わりなら、共通性も高いと思い、取り上げることにしました。
 生活水準を高め、より一層豊かさを実感できる社会を築くことは、経済学の重要な課題です。具体的には、次の時期区分に従って、「豊かさ」概念について、検討するつもりです。
 まず戦前期については、日本経済史の講義で再三強調したように、明治以降第二次世界大戦に突入する前までは、実質GDPの成長がマイナスになることはなかったため、着実に豊かになっていったといえます。もっともマクロ経済指標はよくなりましたが、民主主義の浸透は不十分であったため、植民地拡大政策に乗り出し、侵略戦争を展開します。個人の自由や豊かさが制約され、国家の豊かさが優先されたのですが、結局失敗に終わってゆく経過をたどります。
 次に戦後復興期から高度成長が始まる前までは、食料や諸物資の欠乏をいかに克服するかが目標とされました。
 高度成長期は目覚ましい所得水準の上昇に歩調を合わせ、衣食住すべての面で生活水準が大きく上昇した時期です。高度成長のメカニズムは昨年度、現代日本経済史の講義で説明しましたが、さらに踏み込んで検討を加えたいと考えています。
 1970年代以降は経済の成熟期を迎え、物質的豊かさはほぼ達成されたといえます。その一方で環境破壊や長時間労働、人間関係の希薄化など、様々なひずみが目立つようになり、GDP拡大第一主義が疑問視されるようになりました。換言すると、経済データ的に測定できない、生活の質の面に焦点が当たるようになってきました。
 これまで日本経済史、現代日本経済史の講義では、政治・経済・外交の面からバランスよく日本の歩みをたどることに力を入れてきましたが、今年度の大学院の講義では、豊かさ」概念がどう移り変わっていったかに着眼して、近代史を見てゆきたいと思います。

2017年度のスケジュール

 2017年度は下記のスケジュールで講義を行います。(確定版)
 担当科目は大まかに言うと、経済史関係と医療問題です。下記の全科目において、受講生が深い関心を示し、講義を契機としてさらに研究を深めてほしいと願っています。講義内容が、卒業論文やレポート作成の手がかりとなり、質の高い研究成果が生まれることを期待しています。
 講義は単に単位を得るというだけではなく、各自の経済分析力に磨きをかけ、社会をよりよくするための方策を練る場であると考え、積極的に参加してください。

月曜日
2限 通年 学部・研究演習毅荏函。叩檻械娃粥
3限 春   学部・日本経済史機。臓檻隠娃
3限 秋   学部・日本経済史供 瓠‖膤惘 ζ本経済史A F−102
4限 秋   学部・研究演習入門  C−304

火曜日
2限 通年 大学院 研究演習 経済学部−9号
3限 秋  学部・経済史B F−102 
4限 通年 学部 研究演習供13組 C−304

水曜日
教授会、研究科委員会など会議日

木曜日
4限 春 学部・学際トピックス「医療をめぐる諸問題」 C−101 ← 4月20日より変更

金曜日
6・7限 春前半 大学院 社会経済史 院ー203
6・7限 春後半 大学院 現代経済史 院ー203

経済史Bの講義準備

 来年度、秋学期ですが、経済史Bという科目を担当することになりました。関学・経済学部において経済史というと、伝統的に外国史を指し、日本を対象としてきませんでした。そのため、私が担当することはなかったのですが、珍しく、来年度は受け持つことになりました。申し合わせにより、時期の守備範囲は、産業革命〜第二次世界大戦となっています。(ちなみに経済史Aの守備範囲は、封建制社会〜産業革命まで。)この間の世界経済の動きをどう描けばよいのか、知恵をしぼっているところです。
 2月8日の記事でも話題にしたように、外国史の講義でも従来の方法を改める必要があると考えています。すなわち年号と事実を結びつけるのではなく、長期的な変化の要因を明らかにしたり、歴史的意義を検討するなど、「理解」に重点を置くのが大原則です。
 さらに個別の国を分析対象とせず、大英帝国、 大東亜共栄圏といった具合に、より広域の経済構造に注目します。
 また経済のグローバル化が進むにつれ、ヒト、モノ、カネが国境を越えて活発に移動するようになりました。経済活動は一国で完結せず、相互依存を強めました。EU(欧州連合)、ASEAN(東南アジア諸国連合)などはその典型です。こうした経済統合の過程や貿易の動向、技術移転や分業体制、移民・労働力移動なども重要な研究対象となります。
 一時はTPP構想も順調に進展し、経済統合は一段と加速すると思われましたが、イギリスのEU離脱、トランプ大統領誕生によるアメリカ第一主義の提唱など、最近では経済のグローバル化が後退する兆しもあらわれてきました。経済のグローバル化が何をもたらしたのか、そのプラス面とマイナス面を検証し、世界経済が今後どのような方向に進むのかについても考えてみたいと思います。
 加えて覇権国(世界経済のリーダー国)の移り変わりにも注目したいと思います。大航海時代以来、世界の中心国は、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカと推移してきました。1960代まではアメリカの国力は圧倒的でしたが、その後日本やドイツが追い上げ、21世紀に入ってからは、中国の存在感が高まってきました。この先世界秩序はどうなるのでしょうか。未来の方向性をさぐるためにも、歴史の検証は欠かせません。
 根本論になりますが、歴史の講義も他教科と同様、受講生に役立つものでなければなりません。ここで「役立つ」とは、現代社会が直面する課題を明らかにし、解決の方向性をさぐり、望ましい将来展望を描くことです。大学入試までの歴史は、入試において合格者と不合格者をふるい分けるためのものであり、細かい知識を問わざるをえませんでした。しかし大学入学以降の学びは全く性格が異なります。人類が国境を越えて対処し、中長期的に解決すべき課題に挑戦するものです。こうした意識を忘れることなく、講義と研究に力を注ぎたいと思っています。 

2017年度 学際トピックス「医療をめぐる諸問題」 日程表

 経済学部開講の学際トピックス「医療をめぐる諸問題」、2017年度は下記の日程表にしたがって行います。(開講日時は毎週木曜日・4限です。)関学生は全学部・全学年の学生が受講でき、兵庫医科大の1年生20名あまりも加わります。
 本講座は、総合学として医療問題に取り組んでゆこうという取組です。医療界の最前線でご活躍の医師、法律家、経済学者を講師にお迎えします。
 各分野において実績豊富な講師が毎年新しいトピックスを取り入れながら、わかりやすく医療問題を解説してくださいます。医療発展の光と影、医療現場の動向、高齢化の進展にともなう財政的課題、テレビで取り上げられる救急医療、災害医療の実態、医療と法の問題、人材育成など、半年間の受講で医療の全体像が明快に把握できるカリキュラムを組んでいます。
 本講座は何といっても講師がウリです。知名度が抜群で、各分野で優れた実績をあげていらっしゃる方ばかりですが、みなさん快く引き受けてくださいました。有名大学の医学部でさえ、これだけのメンバーは揃いません。「健康で長生きしたい」という人間にとって究極の目標を実現する医療について、本格的に考える好機です。多数の受講を期待しています。

第1回  4 月13日 本講座のねらい 寺本益英 (経済学部教授)
第2回  4 月20日  医療の進歩 −光と影− 山中若樹 (明和病院院長・理事長)
第3回  4 月27日 わが国の医療をめぐる課題と対策   山中若樹
第4回  5月4日  危機管理と災害医療 小谷穣治 (兵庫医科大学教授)
第5回  5月11日  映像で学ぶ救急医療の現況と問題点 小谷穣治
第6回  5月18日  戦後日本経済の歩みと病気の傾向 −疫学調査による分析− 若林一郎 (兵庫医科大学教授)
第7回  5月25日 高齢化の進展と医療の方向性 長尾和宏 (長尾クリニック院長・東京医科大学客員教授)
第8回  6月1日  医療と法 /綸臂此平綸臻[Щ務所弁護士)
第9回  6月8日  良医の育成と医学教育 −兵庫医科大学の取組−  鈴木敬一郎 (兵庫医科大学教授)
第10回  6月15日  医療と法◆/綸臂
第11回  6月22日  公的医療保険制度の現状と課題 前田高志  (経済学部教授)
第12回  6月29日  公立病院の現状と課題  前田高志
第13回  7月6日   親や祖父母の穏やかな最期について考える 長尾和宏
第14回  7月13日  本講座のまとめ 寺本益英

経済学セミナー 「米価問題と鈴木商店」の記載内容と官公庁資料との照合 のご案内

 鈴木商店の経営史は、近代日本経済史研究の重要なテーマであり、私の日本経済史の講義でもかなりの時間を割いて取り上げてきました。さらに昨年12月1日の記事で、鈴木商店にゆかりある企業の方々が「鈴木商店記念館」という立派なインターネット上の博物館をつくっておられることもご紹介しました。
 ところで神戸市主催の神戸開港150年記念事業の一環として、1月25日から12月28日までKIITO(デザイン・クリエイティブセンター神戸)において、様々な催しが行われているのですが、そのひとつに「鈴木商店記念館」が出展しています。このように鈴木商店の再評価は今大きなブームになっています。
 今学期の講義では、日本経済史に強い関心を持つ学生との出会いがあり、熱心で研究意欲旺盛な大学院生や社会人の方とも一緒に研究を進めてきました。自然発生的に、日本経済史の研究を究めようというグループができました。一方で昨年9月、鈴木よねさんの設立した神戸市立神港高校のみなさんに講義し、その機会をお授けくださった島田融先生は、継続して様々な取組を検討されており、私にも声をかけてくださっています。
 以上の経過で、私のまわりの同じ志を持つ人で協力し、鈴木商店の研究を始めようと思います。まず手始めに、下記の要領で経済学セミナー(勉強会)を開催します。講師は「鈴木商店記念館」の運営にも携わっていらっしゃる双日総合研究所・前田勝先生です。演題は「米価問題と鈴木商店」(1919年)の再検証です。鈴木商店の経営が傾き始める1918年の焼き打ち事件について、様々な史料を駆使して、詳細に分析していただきます。

【経済学セミナーのご案内】

● 講師:前田勝氏(双日総合研究所 調査グループ サブリーダー)
● 日時:2017年 2月 27日(月) 16:00〜17:30(予定)
● テーマ:「米価問題と鈴木商店」の記載内容と官公庁資料との照合 ← テーマ変更になりました
● 主催:関西学院大学経済学部
● 会場:関西学院大学経済学部 2F会議室
     
【講演概要】
鈴木商店」及び「鈴木商店記念館」に関する説明と同商店発行の「米価問題と鈴木商店」(1919年)の再検証。

お問い合わせ
〒662-8501
西宮市上ヶ原一番町1-155
関西学院大学経済学部
寺本 益英研究室
e-mail:teramoto★kwansei.ac.jp ★を@に変更してください。
TEL:0798-54-6469(寺本研究室直通)
FAX:0798-51-0944(経済学部事務室)

日米首脳会談 親密ぶりをアピール

 安倍晋三首相とトランプ米大統領の日米首脳会談が、10日、11日と2日間にわたって行われました。およそ11時間時間をともにし、食事を4度と27ホールまわるゴルフを楽しみ、親密ぶりをアピールしました。トランプ大統領がこのように安倍首相を手厚くもてなしたのは、安倍首相が自身のよき理解者であることを誇示するとともに、仕手を取り込みやすくする狙いがあったと思われます。
 この会談で両首脳の信頼関係が深まったのは、望ましいことです。しかし山積するグローバルな課題とその解決策について、有意義な話し合いが行われたのかが気になります。とりわけ、これまで世界が共有していたj民主主義・自由・法の支配といった普遍的価値は、トランプ氏が強調する「アメリカ第一主義」と対立し、維持できるのかが心配です。
 中でもTPPは、多国間の枠組みでヒト、モノ、カネの自由な移動を促進し、貿易を拡大し、各国の産業発展を実現しようとするものでした。しかしトランプ氏は、アメリカのTPP離脱を表明し、二国間のディール(取引)に持ち込み、自国に有利に交渉を進めようという考えです。これに対し日本は何も抗議しませんでした。
 さらに1月27日の大統領令において、シリア、イラク、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンの中東・アフリカ7カ国の国民に入国禁止令を発しました。しかしこれは正当な理由に基づくものではなく、差別と偏見からであることは明らかです。特定の国や宗教を標的にすることは、かえって反発を招き、世界の分断と憎悪の連鎖に拍車をかけるでしょう。国際社会がそろって非難の声をあげる中、安倍首相は「入国管理はその国の内政問題なのでコメントを差し控える」と述べました。違和感を感じずにはいられません。
 安倍首相が成果を強調するのは日米同盟です。その背景にあるのは、中国の海洋進出に対する危機感です。安倍首相は日米同盟の強化こそが、東アジアの安定につながると確信し、そのためには、日本のアメリカに対する貢献(=防衛力強化)が必要と考えています。しかしこうした対米一辺倒の姿勢は、かえって中国や韓国を刺激しているのではないかと思います。
 反面、アメリカは絶えず日本と歩調を合わせ、中国に対抗してくれるかというと、疑問が残ります。トランプ大統領は、存外中国との関係を重視しているかも知れません。日本ももう少しうまく中国と付き合う方法を模索すべきだと思います。
 言うまでもありませんが、日米関係は対等の関係でなければなりません。両国は協力し、前述のような普遍的価値を追求する責任があります。そしてアメリカの考え方が誤っていると気づけば、それを指摘し、軌道修正を求めるべきです。トランプ大統領の打ち出す政策が、長期の視点でみた場合、アメリカの国益ばかりではなく、世界経済の利益にもならないことをしっかり説明しなければなりません。

日本近代史研究の意義と講義の進め方

 来年度も経済史関係の科目を中心に担当することになります。経済学部の科目の中で理論や統計系列の科目は、大学に入ってからはじめて接することになりますが、私が担当している日本経済史(近代史)は、高等学校で学んだ日本史の上に成り立っています。したがって高校と大学の接続をうまく行うことが大切な目標になります。
 すでに言い尽くされたことですが、高等学校で学んだ歴史は暗記中心で年号と事項を結びつけるだけのものでした。しかし私の講義では、様々な事象がなぜ起きたのか、その結果どうなったのかと問い、それに対する解答をさがすというスタイルで進めてゆきます。
 次に強調したいのは、日本史と世界史の融合です。高校までは日本史と世界史は別々の科目として取り扱われてきました。しかし明治以降の日本は、必然的にグローバル経済の中に組み込まれ、近代化を促進するために貿易を行い、欧米列強と対等の地位を獲得するため、侵略戦争や植民地化政策を展開してゆきました。
 こうした過去から目をそむけてはならず、世界史の大きな流れに対し、日本はどのような行動をとり、どのような結果を招いたのか明らかにしなければならないと思います。とりわけ明治・大正・昭和戦前期に日本が関わった戦争については、看過できません。ほぼ50年のうちに、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、4つもの大戦争を経験したのですから。
 いまひとつ、理論系の経済学は一般性・法則性を導こうとするのに対し、歴史(日本史)の場合は、日本の特殊性に強い関心を寄せています。例えば日本はアジアの他の後進国と異なり、なぜ急速な近代化に成功したのかというテーマは、定番の研究課題といえます。この課題を解明するため、日本特有の経済政策や制度、政治家や企業家の役割、国民性、文化など、多様な観点からのアプローチが行われてきました。
 あらためて歴史とは何でしょうか?よかったことも悪かったことも含め、「人類の経験の蓄積」といえます。よい結論が得られたことは、次の機会にはよりよくなるよう改善を加え、失敗は教訓として同じ誤りを繰り返さないよう努めなければなりません。こうして考えてみると、過去を知らず、現在起こっている問題、あるいは将来起こるであろう問題に対処することは不可能でしょう。
 以上の意味で、歴史的思考力や分析力を鍛えるのは、大学教育における優先順位の高い仕事です。日本経済史の講義では、こうした重要性を念頭に置いて、進めてゆきたいと思います。

マティス国防長官が来日

 4日、アメリカのマティス米国防長官が韓国に続いて日本を訪れ、安倍首相や稲田防衛相らと会談しました。会談内容でまず驚いたのは、アメリカが駐留経費の負担増を要求しなかったことです。振り返るとトランプ氏は大統領選中、日本が駐留経費を全額負担しなければ米軍撤退もありうると示唆。しました新政権がどんな要求を突きつけるのか、日本政府内には懸念していたので、ひと安心というところでしょう。
 それどころかマティス氏は、「経費と負担の分担について、日本はお手本になってきた」と称賛しました。実際、国防総省の2004年報告書によると、米軍の駐留経費負担は9カ国中、日本が最高の74.5%。ドイツの32.6%や韓国の40.0%と比べると、ずば抜けて高い値です。なおこの称賛は、日本以外の同盟国も日本並みに引き上げてほしいというメッセージにもなっているようです。
 稲田朋美防衛相は、安倍政権になって日本の防衛費は毎年伸びていることを強調しました。具体的には日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を改定し、集団的自衛権行使を容認した安全保障関連法を制定した実績を指摘しました。これに対しマティス氏も日本は正しい路線を進んでいると評価しました。
 なおマティス氏は、同盟関係において現状に満足してはいけないとも言っています。日米両国は、安全保障環境の変化に対応しなければならないとも述べ、日本側に一層の努力を求めました。
 安倍首相はマティス氏の意向に沿うよう今後も自主的に防衛費を増やし、自衛隊の役割を拡大させていく見込みです。アメリカからの圧力が強まれば強まるほど、自衛隊を強化する予算は増額されるでしょう。
 中国の東シナ海や南シナ海での海洋進出について懸念を共有し、尖閣諸島は「日本の施政下にあり、日米安保条約第5条の適用範囲だ」と明言しました。そしてマティス氏は、日本のような長年の同盟国が最優先とも語っています。従来の立場は基本的に継続するというアメリカの意思は確認できたといえます。
 やや気がかりなのは、上記のマティス氏の姿勢がトランプ政権全体で共有されているかどうかという点です。トランプ氏が通商と安全保障をからめる「ディール(取引)外交」を打ち出し、政権の方針が大きく変わる可能性も否定できません。
 さて、国際社会が心配しているのは、アメリカと中国との関係が不透明なことです。トランプ氏は昨年12月、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統との電話会談に続き、中国と台湾の「一つの中国」の原則を疑問視する発言を行っています。米中間には潜在的に対立関係にありますが、貿易や投資では強い補完関係をとっています。両国はこれまで慎重に行動し安定を図ってきました。トランプ氏はその伝統を引き継ぐことができるでしょうか。
 最後に沖縄の問題を取り上げておきます。稲田防衛相とマティス長官は、沖縄県宜野湾市米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を「唯一の解決策」であると確認しました。こてに対し翁長雄志知事は、大変失礼なやり方であると不快感を示しました。沖縄県には、選挙期間中日米同盟の見直しに言及したトランプ氏にむしろ期待感を持っており、この決定は納得しがたいようです。
 あらためて述べるまでもありませんが、良好な日米関係はアジア太平洋地域の、ひいては世界の平和と安定に重要な役割を果たします。トランプ大統領は選挙期間中の同盟軽視発言を撤回し、北朝鮮の脅威を抑え、中国が東シナ海や南シナ海で暴走しないよう目を光らせてほしいものです。

2016年度 成績評価が完了しました

1月も今日で終わりです。学生のみなさんは、正月休み明けからすぐにテスト期間に入り、大変だったと思います。お疲れさまでした。
 言うまでもありませんが、試験があれば必ず採点し、成績評価を行わなければなりません。私のあまり得意な作業ではありませんが、今回は枚数が少なかったこともあり、ずいぶん早く片付きました。結果を簡単にコメントしておきます。
 まず現代日本経済史ですが、ふだんきちんと出席している人とそうでない人ではっきり明暗が分かれました。高得点の人は政治・外交の問題は要点を簡潔に整理し、経済の問題はある程度詳しく述べてありました。反面欠席がちだった人は、答案のツボがおさえられておらず、白紙部分が目立ち、得点の与えようがありませんでした。
 次に総合コース「仕事のやりがいと幸福」は、経済学部と国際学部の数名の学生が、非の打ちどころがない見事な答案を書いてくれました。【1】の経営の提案は、講義内容を反映しつつ、オリジナルの発想を取り入れたものが見受けられました。【2】の業界動向を問う問題についても、資料内容を要領よくまとめてありました。
 一方C評価や不合格の答案は、当たり前すぎる主張で分量が少ないという特徴があります。例えばJRの赤字路線の再建に関しては、「人がたくさん集まるようにする」、高齢者の多い地域での病院経営に関しては、「高齢者が喜ぶ医療サービスを提供する」といった調子です。答案では具体的な事例を挙げながら、なぜその結論に至ったのか、過程を筋道を立てて説明することが求められます。そのトレーニングができているか、いないかで、評価に差がついたと考えられます。
 最後に日本経済史兇蓮⊂人数でしたが出席率が高く、講義中に質問をしながら進めてゆきましたので、よくできていました。特に金融恐慌の経過は、それほど詳しい説明を求めたつもりではなかったのですが、片面びっしり書かれ、1枚では足りず、2枚にわたる力作もありました。年、人物、事実関係が正確で、私の講義ノートや板書を正確に把握したものがほとんどだったので、嬉しかったです。
 これで2016年度の仕事がすべて終わり、肩の荷がおりた気持ちです。新学期まで少し余裕ができますので、シラバスを練りつつ、来年度の講義準備を進めてゆきたいと思います。今学期は学部生の中にも、かなり熱心に経済史研究に取り組んでくれた人がいました。大学院生や社会人とも交流し、関学・経済史の研究者の層が一気に厚くなりました。関学・経済史の存在感を高める好機到来です。来年度はさらなる発展を目指します。

2016年度 日本経済史供…蟯試験を行いました

 厳しい寒さが続いています。今日も晴れていたかと思ったら急に暗くなり、みぞれが降ってきました。テスト期間は一番コンディションを整えておきたい時期なのに、春学期は真夏、秋学期は真冬と重なるのがつらいです。
 さて本日日本経済史兇猟蟯試験を行い、下記のような問題を出しました。重量級の問題で、途中退席者はゼロでした。2枚目の答案用紙を要求した学生もおり、よくできているのではと期待しています。
 今学期は戦間期の経済に重点を置いて講義を進めてきました。金本位制のメカニズム、バブル経済の発生と崩壊、不況期の経済政策など、経済の論理と実体経済の関係を詳しく解説しました。しかし現実の経済は、経済の論理だけで動くのではなく、そのときどきの国際環境、予期せぬショック、政治的な駆け引きなど、様々な非経済的要因に左右されることも強調しました。
 激動の戦間期を経済、政治、外交に注目してたどる作業を通じ、いつの時代にも通用する「社会情勢を分析する眼」が鍛えられたと思います。

【 2016年度 「日本経済史供廖…蟯試験問題 】

【1】 大正期から昭和初期にかけての日本経済をめぐり、以下の設問に答えなさい。

(1) 第一次世界大戦により、当時の経済はどのように変化したか。要点をとりまとめなさい。15点
(2) 1920年恐慌の発生と、それが後の経済に与えた影響について、資産デフレとデフレの悪循環をキーワードに論じなさい。10点
(3) 1927年の金融恐慌の発生から終息までの経過を次の論点に留意して述べなさい。25点
 【論点】
 /椋匱蠏舛僚萢問題
◆‖耋儷箙圓販詭攵ε垢隆愀
 片岡直温蔵相の失言事件
ぁ〃政会と政友会の対立
ァ々盒鏡Ю饗∩蠅砲茲觧態の収拾
(4) 1929年から30年にかけて展開された浜口雄幸内閣の政策は昭和恐慌を引き起こした。金本位制の行き詰まりと、経済の論理に反する諸政策に焦点を当て、その展開を論じなさい。20点
(5) 犬養毅内閣の高橋是清蔵相は、(4)で論じた昭和恐慌から日本経済をどのように立て直したか。「高橋財政」に注目して説明しなさい。20点

【2】 次の(1)〜(3)の設問より1問選択して答えなさい。10点

(1) 第1次山本権兵衛内閣の政治改革
(2) 原敬内閣の経済政策
(3) 加藤高明内閣の政治・外交政策

2016年度 総合コース528 「仕事のやりがいと幸福」 定期試験を行いました

 本日、総合コース528 「仕事のやりがいと幸福」の定期試験を実施し、下記の出題を行いました。私以外の講師は全員学外からお招きしたため、他の講義とはやや異なる雰囲気だったと思います。
 各先生が携わっていらっしゃる業界の動向を、日本経済、世界経済の動きと重ね合わせ、明快にお話しいただきました。加えてそれぞれの先生の経営哲学や仕事に対する情熱を語っていただき、鼓舞されるシーンも多かったのではないかと思います。
 この講義を受講したみなさんは、納得のゆく進路を決定し、その仕事に対して自身がやりがいを感じると同時に、社会の幸福につなげてほしいと思います。それが私たち関西学院大学のスクールモットーである“Mastery for Service ”の実践だと考えています。

【 2016年度 総合コース528 「仕事のやりがいと幸福」 定期試験問題 】

【1】 あなたが次の(1)〜(3)の仕事に携わることになった場合、どのような目標を設定し、具体的にどういった手段を用いてそれを達成しようとしますか。講義内容に即して述べなさい。なお解答は、3つのテーマから2つ選択して作成してください。30×2=60点

(1) JRで赤字の地方路線の存廃を検討することになった場合。
(2) 飲食施設をともなった遊園地を運営することになった場合。
(3) 高齢者の多い地域で病院経営を任された場合。

【2】 次の設問から2問選択し、10行程度で説明しなさい。20×2=40点

(1) 原油価格はどのような要因によって変動しますか。最近の国際情勢をまじえて説明しなさい。
(2) 中小企業が抱える課題を指摘し、その解決策について述べなさい。
(3) 日本の鉄鋼業の現状と今後の発展戦略について論じなさい。
(4) 景気の現状と消費者信用産業の果たす役割について述べなさい。

2016年度 「現代日本経済史」 定期試験を行いました

 本日現代日本経済史の定期試験を行い、下記のような問題を出しました。経済、政治、外交とバランスよく出題したつもりです。
 講義では、終戦直後の復興期から、高度成長期までを扱いました。現代社会のホットなテーマを考える上でも、有意義なトピックスが多かったと思います。例えば高度成長期の経済からは、経済の好循環のメカニズムを学ぶことができました。経済の現状に照らし合わせると、デフレ脱却に向けてどのような政策が必要か、様々なヒントが得られます。 
 日米関係についてもある程度詳しく見てきました。トランプ大統領の誕生により、日米同盟はこれまでどおり機能するのでしょうか。
 日露関係にも時間を割きました。昨年末の安倍・プーチン会談が注目を集めましたが、北方領土問題の解決は容易ではありません。北方領土をめぐり、日露両国の主張の違いも明らかにしました。
 私たちは政治・経済の現状を正確に把握しなければいけません。しかしそのためには、歴史的な経過の理解が不可欠です。いつまで遡るかは様々な意見があると思いますが、最低限、戦後70年の歩みはしっかりおさえておきたいところです。

【 2016年度 「現代日本経済史」 定期試験問題 】

【1】 終戦直後に行われた民主化政策のうち、財閥解体・独占禁止政策の概要と意義について述べなさい。15点

【2】 自由民主党成立の経緯と、1955年体制の概要について述べなさい。10点

【3】 日ソ共同宣言について、次の設問に答えなさい。20点

(1) その意義について、1〜2行で説明しなさい。5点
(2) 現在に至るまで、なぜ日ソ平和条約が結ばれていないのか。両国の主張の違いを明らかにしなさい。15点

【4】 日米安全保障条約について、次の設問に答えなさい。25点

(1) 調印時の時代背景に関し、アメリカの対日政策にどのような変化がみられたか説明しなさい。10点
(2) この条約で問題視された片務性・不平等性について述べなさい。15点

【5】 次の設問のうち、どちらか一方を選択して解答しなさい。30点

(1) 岩戸景気の特徴を当時の消費生活の変化にも留意しながら説明しなさい。
(2) 「転型期論」克服によるいざなぎ景気の展開を、当時の社会・生活の変貌を交えて述べなさい。

2017年 元旦

 みなさん明けましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお願いいたします。
 お正月の楽しみは、何といっても年賀状をみることです。ふだんなかなかお会いできない人の近況がわかり、いつもお会いしている人から激励の言葉をかけていただけるのは嬉しいことです。
 さて今年も「研究ファースト」で、後悔のない1年を過ごしたいと思います。まずメインの日本経済史ですが、昨年からの継続研究に力を入れたいと思います。特に第一次世界大戦ブームとその崩壊、関東大震災、金融恐慌、昭和恐慌、そして高橋財政による目覚ましい回復の過程を、様々な文献を再吟味しながら検証したいと思います。ちなみに私の祖父母は大正生まれで、私が小さい頃、激動の時代であった戦間期の話をよくしていました。日本経済史の研究を始め、ようやくその時代背景などがわかってきましたが、できるだけ多くの文献に当たりながら、祖父母の生きた時代を再現できればと考えています。
 いまひとつ、百貨店の経済史も重要なテーマです。私の大学院のゼミで学ばれている方が、修士論文を書かれますので、とても緊張しています。もっとも昨年1年熱心に研究を進められ、基本的なストーリーは出来上がっています。そこに史料やデータをうまく組み込んで、完成度を高めることが目標です。
 さらに佐賀の産業史の研究も、多少は前進させたいところです。農業全体の中のお茶の位置づけ、工業や商業と比較した場合の農業の地位の変遷などを明らかにしたいと思います。
 それから来年度は久しぶりで経済史を担当します。これまでたまに担当したことがありましたが、天川先生との共著書をもとに、封建制社会から産業革命期を取り上げました。しかし来年度はイギリス産業革命以降に初チャレンジです。産業革命の展開を簡単に復習して、アダムスミス流の自由主義経済、帝国主義、現代資本主義の成立、第一次世界大戦、世界恐慌と経済のブロック化などを話題にしようと考えています。ここ数年のうちに、世界経済史のすぐれた文献がたくさん出版されていますので、それらを参考にしながら、世界史の視点から近代経済成長の経過をたどりたいと思います。
 最後に講演活動もできる限りがんばるつもりです。拙い話でも、熱心に聞いてくださる方がいるのは嬉しいことです。研究生活の励みになり、研究の守備範囲も広がります。対外的な講演の成果は、関学生対象の講義にも反映できればと思います。

2016年の研究生活をふりかえって

 今年2016年は関学へ勤めて20年目(学部入学から30年目)の節目の年になります。現在の経済学部のスタッフをみると、私が習っていた頃の先生はほとんど退職され、顔ぶれが大きく変わっています。その事実ひとつをとってみても、ずいぶん時間が経過したのだと思わざるをえません。関学生活の残り期間も20年を切り、あれもこれもしなければという焦りばかりが先行しています。いつまで経っても満足のゆく実績が残せず、忸怩たる思いで越年します。
 私の努力不足で漫然と過ぎてしまった1年でしたが、いくつかの小さな前進はありました。まず第一は、近代史研究の幅が広がったことです。4月以降、社会人大学院生とともに、百貨店の経済史を学び、流通史の理解が深まりました。呉服店をルーツとする三越と、電鉄系の阪急百貨店の社史を読み、付随して、都市化の進展や生活水準の向上といった日本経済史研究の重要テーマにも取り組むことになり、貴重な体験ができました。
 また秋に神戸市立神港高校のみなさんに戦間期の経済についてお話しする機会をいただけたのも幸運でした。鈴木商店と金融恐慌、昭和恐慌、高橋財政による景気回復などは近代史で最もドラマチックなテーマと言っても過言ではなく、高校時代から興味を持っていました。もちろん大学に入ってからも、色々調べてきましたが、『日本銀行百年史』や高橋亀吉の著作をあらためて読み直すと、当時は気付かなかった新たな発見がありました。今度文章化する機会があれば、叙述の密度を高めることができそうです。
 戦後史に目を向けると、阪神シニアカレッジの講演を機に、これまで未開拓だった国際政治にチャレンジすることができました。外交史や内閣・首相に関する文献を数多く読み、経済と政治・外交は表裏一体の関係にあることを再確認しました。最近の経済学は抽象化され過ぎて、経済の本質が見えなくなってきています。しかし経済を動かしているのは人間であり、その時々の時代背景を抜きに語ることはできません。政策担当者や企業経営者の決断、市民の思いが経済に反映されていることを見過ごしてはいけません。その意味で、経済と政治・外交を一体として捉えることが重要だと考えます。戦後70年の歩みを、脚本家になったつもりで経済と政治・外交の要素を取り入つつドラマ化してみました。まだまだ完成度を高めねばなりませんが、私なりの下書き(構想)はある程度固まったかも知れません。
 尼崎市の市民大学では、4回も講演の機会をいただき、経済の現状把握を継続できたのもよかったと思います。そのおかげで、閑があれば新聞記事検索システムを活用し、記事を拾う習慣がつきました。新聞記事多読の効用は、色々な考え方が身につくばかりではなく、言葉の使い方や表現力が高まることです。これはという表現にはどんどん赤線を引いて、文章の書き方を訓練しました。
 最後に政治・経済と文化研究会は、会員のみなさんのおかげで、年6回研究会を開催することができました。今年の特記事項は、私の担当科目の熱心な受講生が3名、メンバーに加わってくれたことです。これまで会員全員が社会人だったのですが、若い学生メンバーの参加により、会が一段と活気づきました。最近は報告者を1名とし、すべての参加者に発言していただくよう運営方式を改めました。その結果、時間を気にせず踏み込んだ意見交換が可能になり、充実度が高まった気がしています。
 年末に後悔しなくて済むよう、来年こそはがんばりたいと思います。みなさんのご支援、どうかよろしくお願いいたします。

2016年 講演の記録

 2016年は3月から12月まで、全部で9件、講演の機会をいただきました。関学の講義の休講を避けるため、夏休み期間に集中させたので大変でしたが、やりがいがあり、私の研究生活の重要な原動力になっています。
 今年も尼崎市の各公民館ではお世話になりました。準備段階ではなかなか原稿が進まず、苦労しましたが、必死で新聞記事を読み、視野が広がったのはありがたいことです。そのほかレストランひさ家と立花公民館「ひかり学級」ではライフワークのお茶、神戸市立神港高校では金融恐慌を中心とした戦間期の日本経済史、阪神シニアカレッジでは、私にとって初チャレンジとなる、日米関係を中心とした国際政治について学ぶ機会を作っていただき、感謝しています。
 来年も校務と重ならないかぎり、講演活動を続けたいと思います。いつも直前にしんどい思いをしますので、引き出しにふだんから原稿を蓄積しておくのが、来年の目標です。

2016年に行った講演一覧

2016年3月26日(土)
明和病院レストラン「無糖派ダイニング ひさ家」 第1回 いきいき・ワクワク雑学講座 「日本人の心と緑茶文化」
2016年4月28日(木)
阪神シニアカレッジマイスターゼミナール 「戦後日米関係史」
2016年8月25日(木)
尼崎市立武庫公民館市民大学講座 「豊かさを求めて バブルとその崩壊 「失われた20 年」何が起きていたのか?」
2016年8月30日(火)
尼崎市立園田公民館市民大学講座 「世界経済の動向と黒田・日銀の金融政策 〜マイナス金利導入の衝撃〜」
2016年9月8日(木)
神戸市立神港高校市民専門講師 「大正・昭和初期の日本経済の特色」
2016年9月13日(火)
尼崎市立園田公民館市民大学講座 (公開講座(選挙・政治講座)「経済・社会の幸福の条件について考える 〜GDP至上主義の再検討〜」
2016年9月23日(金)
阪神シニアカレッジマイスターゼミナール 「冷戦終結後の日米関係」
2016年9月30日(金)
尼崎市立立花公民館「ひかり学級」 「お茶の魅力と健康文化」
2016年12月16日(金)
尼崎市立大庄公民館市民大学講座  (公開講座(選挙・政治講座)
「2017年 日本経済の展望」

2017年 日本経済の展望 (尼崎市立大庄公民館市民大学講座)

 今日は尼崎市立大庄公民館に出かけ、「2017年 日本経済の展望」というテーマで講演を行いました。今年最後の講演になります。一年の経済を振り返り、来年の展望を述べました。
  講演は概ね次の組み立てで行いました。まずGDP統計による景気の現状の確認です。内閣府が2016年12月8日発表した2016年7−9月期のGDP改定値によれば、物価の変動の影響を除いた実質で前期比0.3%増、年率換算で1.3%増となりました。11月14日発表された速報値では、年率2.2%増であったので、下方修正です。住宅投資と輸出頼み景気はゆるやかに回復していることを述べました。さらにアメリカ大統領選後の予期せぬ円安・株高で景気浮揚に弾みがつきつつあることにもふれました。
 続いて異次元緩和について、ここ1年の動向を詳述しました。とくにマイナス金利と長短金利操作付き量的・質的金融緩和の導入に焦点を当てました。金融政策は様々な手法が打ち出されたものの、デフレ脱却は容易ではないことも明らかにしました。
 最後に今年最大のニュースといっても過言ではないトランプ大統領誕生の背景を検証しました。そして今回の選挙結果から、アメリカ社会の分断がこれまで想像していた以上に進み、深刻なことを述べました。超大国アメリカがひとつにまとまるのは決して容易ではないことを指摘しました。
 トランプ次期米大統領の掲げる政策はインフラ投資や大規模減税です。アメリカの景気拡大への期待から、投資マネーが株式などリスク資産に流れ込み、世界景気の追い風になっています。
 トランプ政策のリスクについても論じました。トランプ氏の唱える「アメリカ第一主義」により、世界経済に様々な懸念が生じています。とりわけアメリカのTPPからの離脱は、巨大な自由貿易圏創設を消滅に導きます。アメリカが保護貿易の道を進めば、いずれ世界経済は低迷するに違いありません。
 ヨーロッパでは2017年春にフランスで大統領選、続いて秋にはドイツで総選挙と注目の時期を迎えます。トランプ現象が波及し、保護主義色の強いポピュリスト政党が勢いづくと、世界経済は一気に不安定さを増すのではないかと気がかりです。
 日本経済は先行きにも明るさが出ています。想定外の円安で輸出に弾みがつくでしょう。年明けからは事業規模28兆円の経済対策の効果が表れ、公共投資が成長を牽引しそうです。さらなる成長促進には個人消費の増加が不可欠と思われます。重要なカギは、実質賃金がどこまで上昇するか、注目したいところです。

2016年度 日本経済史供…蟯試験対策

 日本経済史兇旅峙舛發曚椽了です。今学期は第一次世界大戦から高橋財政までの短い期間を経済面を重視して取り上げました。パックブリターニカからアメリカーナへの過渡期の激動の時代であり、伝えたいことがたくさんありました。
 講義は少人数でしたが、ほとんどが春学期からの継続受講生です。経済の論理や政策の難しさ、歴史からの教訓などを、時代背景とともに理解してもらえたと思います。
 さてこの講義の定期試験は、2017年1月24日(火)の第3限に行います。学習のポイントは下記のとおりです。高得点を目指し、十分な準備をして臨んでください。

テーマ機‘本経済史 第一次世界大戦から高橋財政までの経済状況を問います。 
(1) 第一次世界大戦により、当時の経済はどのように変化したか。
(2) 1920年恐慌の経過。またそれが後の経済に与えた影響は? 資産デフレ、デフレの悪循環。
(3)  1927年の金融恐慌の発生から終息までの経過。 留意すべき事項は、震災手形の処理問題、台湾銀行と鈴木商店の関係、片岡直温蔵相の失言事件、憲政会と政友会の対立、高橋是清蔵相による事態の収拾 など。
(4) 浜口雄幸内閣の経済政策の内容。なぜ深刻な不況を引き起こしたか。金本位制のしくみ、限界にも注意。
(5) 高橋財政期の景気回復メカニズム。

テーマ供‘盂佞砲弔い
 それぞれの内閣のときの重要な出来事を取りまとめておいてください。(用語集レベルの簡単な説明でよい。)
(1) 第1次山本権兵衛内閣
(2) 第2次大隈重信内閣
(3) 原敬内閣
(4) 寺内正毅内閣
(5) 加藤高明内閣
(6) 田中義一内閣 (金融恐慌を除く)

2016年度 現代日本経済史 定期試験対策

 現代日本経済史の講義では終戦直後の復興期から高度成長期までを取り上げました。分野的には政治・外交史と経済史のウエイトがちょうど半々だったと思います。前者に関しては、日米安保や日ソ共同宣言、1955年体制など、日頃からニュースで頻繁に耳にするテーマのルーツをさぐり、後者については、高度成長のメカニズムを詳しく説明しました。
  さて本講義の定期試験は、2017年1月16日(月)の第3限に行います。概ね次の事項について、配付資料と補足の板書を参考に、重要ポイントをまとめておいてください。

テーマ1 戦後復興期
(1) 寄生地主制と農地改革
(2) 傾斜生産方式
(3) 財閥解体・独占禁止政策・過度経済力集中排除法
(4) 金融緊急措置令

テーマ2 日米安全保障条約
(1) 冷戦の展開、アメリカの対日政策の変化について
(2) サンフランシスコ平和条約の意義
(3) 日米安全保障条約の片務性・不平等性と新安保条約

テーマ3 日ソ共同宣言について
(1) その意義は?
(2) 現在まで日ソ平和条約が結ばれていない理由は?。両国の主張の違いは?

テーマ4 自由民主党成立の経緯と、1955年体制の概要について

テーマ5 高度成長
(1) 神武景気
(2) 岩戸景気
(3) オリンピック景気・40年不況・転型期論
(4) いざなぎ景気

関西学院大学 政治・経済と文化研究会第9回研究会 のご案内

 関西学院大学 政治・経済と文化研究会第9回研究会を12月11日(日)、午後1時半より、関西学院大学上ヶ原キャンパス池内記念館第2研究会室で行います。すでに10月31日の記事で予告しましたように、今回は牧瀬充幸さんが「我が国における観光立国の役割」と題して話題提供してくださいます。
  牧瀬さんは2015年10月17日に実施された第2回の本研究会において、「本当のゆたかさ」について 〜私たちの未来からみえるもの〜」と題し、「足ることの大切さ」を力説されました。今回も牧瀬さんの「豊かさ追求」研究の続編として、観光振興について述べてくださいます。
 さて牧瀬さんは、地域活性化こそが日本経済再生 に最も有効な手段というお考えで、「観光立国化」をいかに進めるかについて様々な角度から検討していただきます。図表や事例を多用しながら、綿密に議論を進めてくださる予定です。また後半では、観光立国の必要性を牧瀬さんが各地へ出向いて感じられた体験をもとに語っていただけるそうです。
 なお議論の視点として次の3点を提示してくださっています。
  「観光立国」の必要性はあるか?或は観光立国と同等に日本の経済を成長させる施策は他にあるか?
◆ 〇簔に、外国人を受け入れる態勢(感情面を含む)はあると思われるか?またそのために、インフラの充実や国民の語学力向上などのほか何が必要か?
  来日観光客についての直すべき行動・問題点は何か?
 以上に関し、参加者のみなさんのご意見をいただきたいと思います。さらに時間に余裕があれば、観光にこだわらず、より広範な見地から、日本経済の活性化策についてご議論いただきたいということです。今回も実り多い研究会になりそうです。

【プログラム】

13:30〜17:00   牧瀬充幸氏 「我が国における観光立国の役割」 
総合討論

※ 途中適宜休憩をはさみます。
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2016年度 総合コース528「仕事のやりがいと幸福」定期試験対策

 総合コース528「仕事のやりがいと幸福」の定期試験は2017年1月19日(木)の第4限に実施します。
 定期試験の目的は、講義内容をきちんと理解しているかどうかの確認です。休まず講義に出席し、各講師の話をきちんと聞いていたら、確実に高得点をとってもらえます。
 なお今回の試験は、最終回にまとめを行う余裕がありません。予告どおりの問題を出しますので、あらかじめ詳しい解答を準備して臨んでください。

テーマ1 経営課題の洗い出し・目標の設定・実現のための方策
 あなたが講義で紹介のあった仕事を任せられた場合、どのように対応するかという問題です。私(寺本)の講義では鉄道事業を取り上げ、少子・高齢化が進む中、鉄道の地方路線が抱える課題を明らかにしました。具体的にどのような問題に直面しているでしょうか。また地方経済活性化のため、どのような政策が考えられるでしょうか。
 次に金銅先生(ワイン)、谷本先生(お茶)、山田先生(遊園地)が経営されている企業は、私たちの生活にゆとり・潤いを与えるという性質のものです。どのようなポリシーで、どのような取組をされているか、しっかり復習しておいてください。
 明和病院の山中先生のお話しは、超高齢化社会と病院の役割についてです。年々高齢者の比率が高まる社会を前提に、あなたが病院経営を行うとしたら、どのような点に注意しますか。超高齢社会の特徴を整理し、経営の方向性を打ち出せるようにしておいてください。

テーマ2 経済情勢と産業の動向
 本講座では、テーマ1で取り上げた産業のほか、石油、鉄鋼、消費者信用、中小企業を取り上げました。いずれの産業も、国内、海外の経済情勢の影響を受けて、事業を展開しています。そこでまず、最近の経済動向を把握し、それぞれの産業が抱える課題解決のため、どのような取組を行っているかまとめておいてください。
 石油産業に関しては、OPECの減産合意のニュースを新聞記事検索システムで確認しておきましょう。

 14コマの講義で取り上げることができたのは、ほんの一部の産業、仕事にすぎません。しかし共通していえるのは、すべての産業・仕事は経済・社会のマクロ的な動向に影響を受け、人々のニーズを反映した事業展開が求められているということです。 
 また本講座の講師を務めてくださった先生方は、その道のプロフェッショナルばかりです。プロの仕事ぶり、仕事にかける情熱、生き方、考え方を学び、みなさんの今後の指針となることを願っています。
 最後になりますが、本講座の受講を契機に、各自が 関西学院大学のスクールモットーは“Mastery for Service ”の具体的な形を見出すことができれば、開講責任者としてこれに勝る喜びはありません。

鈴木商店の研究

 今年もいよいよ12月を迎えました。ついこの間新年度が始まったばかりと思っていましたが、慌ただしく毎日を過ごしているうちに、どの科目も残り4回ほどで全日程が終了です。あっという間です。
 さて9月の記事で取り上げましたように、鈴木よねさんが設立した神戸市立神港高校の生徒に、鈴木商店の話をさせていただく機会がありました。その後関学の日本経済史の講義でも詳しく取り上げました。こうした体験を通じて鈴木商店への関心が一段と深まり、折をみて関連文献を読んでいます。桂芳男『関西系総合商社の原像』啓文社,1987年、高橋亀吉・森垣淑『昭和金融恐慌史』講談社,1993年 はすぐれた文献です。また鈴木商店にゆかりある企業の方々が「鈴木商店記念館」という立派なインターネット上の博物館をつくっておられます。
 鈴木商店の研究はこれまで私が関心を持って進めてきた戦前の景気循環の研究につながります。第一次世界大戦の好況と、1920年恐慌を引き金とする戦間期の停滞は、鈴木商店の業況とぴったり重なります。どのような取引を行って業績を拡大し、なぜつまずいたのか、明らかにする必要があります。
 いまひとつ、鈴木商店といえば昭和金融恐慌を想起します。歴史を振り返ると、バブルとバブル崩壊・金融システム不安は何度も繰り返されています。歴史からの教訓を得、同じ失敗を繰り返さないことも重要です。
 手がかりとなる文献が限られているのが難点ですが、ねばり強く研究を継続してゆきたいと思っています。 

鈴木商店記念館

オプジーボ50%値下げ

 みなさんは小野薬品が開発したがん免疫薬「オプジーボ」をご存知でしょうか。これはがん細胞が持つ特殊な免疫抑制機能を解除し、がんへの攻撃力を高める画期的な新薬です。日本では、皮膚がんの治療薬として2014年7月に発売されました。その後2015年12月には、肺がんの約8割を占める小細胞がんへの適用も認められました。
 オプジーボの最大の問題点は、その高価な薬価です。患者一人年間約3,500万円もかかるのです。もっともこの薬価は年470名程度の皮膚がんの患者で採算がとれるよう定めたものですが、肺がんにも適用されるようになり、対象者が1万5,000人に拡大したため、薬価が高すぎるという批判が出てきたのです。
 患者一人当たり年間3,500万円かかる薬剤費も、自己負担額で見たら少額です。一般的所得のある70歳以上の上限は約4万4,000円にとどまります。ようするにこの差額が公費や保険料でまかなわれていますので、現状が続けば、医療財政は破綻しかねません。
 そこで厚生労働相の諮問機関中央社会保険医療協議会(中医協)は、オプジーボの薬価を2017年2月より、半額に引き下げることを決めました。
 ところで薬価は2年に1度見直され、次の見直しは2018年4月のはずですが、オプジーボはそれを待たずに緊急的に引き下げられます。 厚労省は市場規模拡大に応じて随時薬価を引き下げるルールを作ろうとしています。年間1,000億〜1,500億円の販売額増大であれば、最大25%、1,500億円以上なら最大50%といった具合です。オプジーボの場合メーカーの見込み出荷額は1,260億円ですが、厚労省は流通経費などを上乗せすると1,500億円を超えると判断したようです。
 高額薬価の値下げは、医療費節減や医療保険制度維持の観点からは望ましいことです。その一方で、企業かの立場に立つと、新薬から十分な収益が得られないと、次の新薬開発に支障をきたすことになります。副作用が見つかった場合の訴訟リスクや、他社との激しい競合を考えると、製薬会社は強固な経営基盤を整えておく必要があります。
 難しい課題ですが、医療サービスの需要側(患者)と供給側(製薬会社)双方が納得できる薬価をどのように設定すればよいか、適切な制度設計が要請されています。

北方領土問題はどうなるか 

 現代日本経済史の講義では、鳩山一郎内閣と1955年体制の成立について述べたところです。さて鳩山一郎内閣といえば、1956(昭和31)年10月19日、ソビエトのブルガーニン首相との間で日ソ共同宣言に調印したことを忘れてはなりません。この条約によって日本とソビエトの戦争状態は終結し、国交回復を果たしたのです。しかしそのとき日ソ両国間の領土問題は解決されませんでした。
 さて日ソ共同宣言の第9項には、領土問題が取り上げられています。、そこでは、\犠錣奮宛魎愀犬回復された後、平和条約の交渉を継続すること、∧刃他鯡鵑猟結後に歯舞と色丹の2島を日本に引き渡すことなどが明記されているのです。
 ところが当時日ソ平和条約が結ばれなかったのは、領土の解釈をめぐり、日ソ間に食い違いがあったからです。まず日本の立場は北方4島(歯舞・色丹・国後・択捉)は日本固有の領土であり、ロシアの不法占拠が続いているというものです。とういうのも1945年8月9日、ソ連は1941年に署名され、当時有効であった日ソ中立条約を破り、4島を占領したからです。
 これに対しロシアは北方4島は第二次世界大戦で合法的に自国の領土の一部になったと言って譲りません。1945年2月、ソビエトのクリミア半島のヤルタでアメリカのルーズベルト、ソビエトのスターリン、イギリスのチャーチルが会談し、戦後の世界秩序が話し合われました。その席で米ソは、ドイツ降伏後、ソビエトは日本に参戦し、その代償として千島列島などをソビエトに引き渡すという密約を結んでいたのです。そして4島の日本帰属を認めると、日本が主張する「不法占拠」を受け入れることになるので返還には応じられないとしてきました。もし日本がヤルタからソビエト参戦の前までに戦争を終わらせていたら、北方領土問題は生じなかったかも知れません。
 このように領土問題を含む平和条約交渉は、平行線のまま今日に至っています。しかし冷戦終結後の1991年4月、やや前進の兆しが見えました。冷戦時代日本は4島一括即時返還を求めていたのですが、当時の海部首相とゴルバチョフ大統領との間で、北方四島が平和条約において解決されるべき領土問題の対象であることを、初めて文書で明記した「日ソ共同声明」に署名しました。そして「北方4島の日本の主権が確認されれば、返還の実際の時期や態様については柔軟に対処する」という姿勢を示すようになりました。
 ソ連崩壊後の1993年、当時の細川首相とロシアのエリツィン大統領が、「東京宣言」を発表しています。ロシアは日ソ共同宣言の有効性を認め、「北方四島の帰属の問題を法と正義の原則を基礎として解決し平和条約を早期に締結する」という交渉指針を確認しました。
 1997年には、橋本首相とエリツィン大統領は、ロシアのクラスノヤルスクで会談しました。そこでは「東京宣言に基づき2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす」ことで合意しました。この合意の重要な意義は、北方領土問題解決の具体的な期限を定めた点です。日本政府には、エリツィン大統領との間で領土交渉が加速するという期待が高まりました。

トランプ大統領が誕生

 アメリカ大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏が、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官を破り、当選しました。メキシコからの不法移民を強制送還するとか、イスラム教徒の一時入国を禁止するといった具合に差別的な発言が目立ち、女性蔑視の姿勢に対する批判も絶えなかったので、「資質」が問題視され、事前調査ではヒラリー・クリントン氏の優位が伝えられていました。ところがふたを開けてみると、全く想定外の結果が出たので、世界中に衝撃が走りました。さらに驚いたのは、政治家経験がない人が超大国アメリカの頂点に立ったことです。
 それにしても、トランプ氏を勝利に導いた背景は何だったのでしょうか。それは現政権あるいは既成の政治が、多くのアメリカ国民が抱く不満や憤りを解消できなかったことだと思います。グローバル化の進展に起因する格差が拡大し、中南米からの移民増加のために、白人の低所得層の人々の地位が脅かされているにもかかわらず、政策担当者は有効な処方箋を示すことができませんでした。
 そうした中、偉大なアメリカの復活、アメリカ第一主義(=国を閉ざすこと)を訴え、一貫して既成勢力を批判するトランプ氏の姿勢に共感し、変化を求めたに違いありません。
 今後のことで気になるのは、トランプ氏が公約どおりの政策をどこまで本気で実行しようとしているかです。自由貿易が格差を生み出してきたので保護貿易が好ましいというのなら、輸入品に高率の関税をかけて、自国産業を保護するはずです。その結果世界貿易は縮小均衡に向かわざるをえません。TPPも振り出しに戻ります。ただしTPPに関しては、理念は正しいですが、交渉の過程や日本に十分なメリットがあるのかどうかの説明が不十分だったので、慌てて成立させる必要もないかと感じました。また減税と財政支出拡大の同時実施は、いかにも大衆迎合的だと思いました。財政危機の引き金を引き、世界経済に混乱をもたらす懸念があります。
 ここで国防に目を向けます。在日米軍の費用を全額負担せよと言われたら日本政府はどうするつもりでしょうか。北朝鮮に対抗するため、自前で核兵器を持てとも言っており、日米同盟の再考が求められています。 
 今回の選挙結果から明らかになったのは、アメリカ社会の分断がこれまで想像していた以上に進み、深刻であるということです。超大国アメリカがひとつにまとまるのは決して容易ではありません。これまで日本はアメリカ流のやり方を手本としてきましたが、それが豊かで幸福な社会の実現には結びつかなかったということです。それならばアメリカとある程度の距離をおき、協調を重視する日本独自の経済・社会システムを開拓すべきです。トランプ大統領の誕生を、新しい日本の姿を描き、実現する好機ととらえたいものです。

訪日外国人、2,000万人を突破

 12月11日(日)実施予定の政治経済と文化研究会では、牧瀬充幸さんが「我が国における観光立国の役割」と題してご報告くださることになっています。そうした折、今日の『朝日新聞・夕刊』に、10月30日までの速報値ですが、2016年日本を訪れた外国人が、年間ではじめて2,000万人を突破したという記事がありました。年末までには2,400万人に達する見込みです。
 顧みると、ビジット・ジャパンキャンペーンを始めた2003年は512万人にすぎなかったのが、観光庁が発足した2008年には835万人に増え、2013年には1,000万人の大台を突破しました。その後3年足らずのうちにさらに倍増して、今年2,000万人を超えたのは驚きです。政府は一段と高い目標を掲げ、2020年には4,000万人を目指すといいます。
 しかしこの目標を達成するには、いくつかの課題を解決しなければいけません。まず第一は、幅を広げることです。現状では訪日客の約4分の3が中国・韓国・台湾・香港からの訪問者です。これはアジア諸国の所得水準の上昇を反映しています。ただし、アジア諸国への高依存は、リスクもともないます。アジア景気の減速や、反日感情を高める事件が起これば、訪日客は大幅に落ち込むでしょう。欧米からの観光客も、もっと呼び込む必要があります。
 次に重要なのは、外国人にあまり知られていない観光地のPRです。京都や富士山など有名な観光地を除き、まだまだ外国人の認知度が低い名所は数多くあります。外国人が美しい自然や、日本独特の歴史や文化に触れることができるスポットを洗い出し、より積極的にその魅力を発信する努力も大切です。
 三番目に留意しなければならないのは、「爆買い」に依存した観光振興はそろそろ限界にさしかかっていることです。大型クルーズ船に乗ってやってくる外国人観光客は、ランドオペレーターと呼ばれる仲介業者が選んだ免税店によって「爆買い」するのですが、仲介業者の店舗選定基準は、自分たちに高額の手数料を払ってくれるかどうかだといいます。仲介業者に高額の手数料を求められるので、立ち寄り先となる店舗では、割高な商品を売りつけられるというトラブルも多発しているようです。また地域の商店街では買い物をしないため、地域消費拡大効果はあまり見られないのが現状です。今後は研修や体験、治療といった特定の目的を持った滞在型の旅行を増やしてゆくべきです。、
 日本経済は今、少子高齢化、人口減少、地域経済の衰退など、数多くの難問に直面しています。この苦境を、訪日外国人の増加によってどこまで打開できるでしょうか。牧瀬さんのご報告をベースに、みなさんと活発な議論ができるのを楽しみにしています。

関西学院大学 政治・経済と文化研究会第8回研究会 を行いました 

 日本とアメリカは同盟関係にあるといいますが、本当にそうでしょうか。実際はアメリカの従属国というのが適当かも知れません。というのも、日本の戦後は敗戦国、被占領国とし始まったからです。終戦後間もなくの頃は、対米従属の姿勢を示し、まず国際社会に復帰し、その後徐々に自立してゆこうという国家戦略だったと思われます。1951(昭和26)年吉田茂内閣のときのサンフランシスコ平和条約で占領政策を終わらせた意義は大きかったといえます。しかしこれと同時に結ばれた日米安全保障条約は、日本国内にアメリカ軍の駐留を認める一方で、アメリカの日本防衛義務は定められておらず、片務的なものでした。
 その後も冷戦の中で、日本はアジアにおける共産主義陣営進出に対抗するための拠点として、重要な役割を果たしました。1972(昭和47)年の沖縄返還は、その見返りといえます。ところが沖縄返還以降は、日本の負担は増えるばかりで、日本にとってのメリットは見当たりません。政治家は対米自立の精神を忘れ、経済、軍事、外交などすべての面で自己判断を行わず、アメリカの意向を重視してきたように感じます。沖縄の基地はもちろん、横田や厚木基地の返還の話は出てきません。
 さて中国は経済規模が世界2位の大国となり、軍事的にも大きな存在感を示しています。日本やアメリカとは政治体制が異なって共産党一党独裁であり、国防費も継続的に増大させているところです。日本の尖閣諸島周辺には中国の船や航空機が頻繁に侵入してきており、警戒が必要です。また北朝鮮は核兵器開発を進めており、日本にとっては脅威です。
 以上のような国際情勢に照らし合わせてみると、日米同盟がなくなれば、東アジアの安定と平和は崩壊するかもを知れません。アジアの経済成長は日米両国にメリットがあり、平和と安定の維持は不可欠です。
 とはいえ同盟強化のために日本の負担は急速に拡大して「平和国家」のイメージがなくなりつつあり、自衛隊のあり方も根本から変わることに危惧を覚えます。日米同盟の強化が、アメリカの世界戦略に沿って、海外での軍事行動も辞さないという日本の政策変更の表明になっていないでしょうか。
 安倍政権は「中国の脅威」や「安全保障環境の変化」を強調するあまり、中国との関係改善をはかる努力をしていないように感じられます。これはロシアのプーチン大統領とは良好な関係であるのに、習近平・中国国家主席との日中首脳会談は緊密ではないことにも反映されています。中国との対決姿勢を示すことで、支持率を高め、政権基盤の安定をはかっている感もあります。
 私は米中2大国で国際政治が動いている現在、アメリカ一辺倒になるのは好ましくないと思います。中国とも様々な分野で対話を進めていくことが重要です。

関西学院大学 政治・経済と文化研究会第8回研究会 を行いました 

 次に日米同盟と密接な関連がある普天間基地の辺野古移設問題に焦点を当てました。この件では、安倍政権と沖縄県民が激しく対立しています。
 周知のように、普天間はオスプレイなどを収容する海兵隊の基地です。そもそもどうして沖縄に海兵隊がいて、なぜ海兵隊の基地が必要なのかという議論から始めなければいけません。
 沖縄の海兵隊は、補給や医療の後方支援、司令部機能が主流です。戦闘部隊としては「MEU:Marine Expeditionary Unit」と呼ばれる2,000人規模の第31海兵遠征隊が駐留するのみで、その中の基幹となる歩兵は、1個大隊800人程度しかいません。その第31海兵遠征隊の兵員もアメリカ本土から6ヶ月交代で派遣されてくるだけです。戦車も持っていませんから、戦争はできません。中国や韓国、台湾などの在留米国人の救助を行うのがやっとです。
 沖縄との関係は深く、黒船で来航したペリーは、海兵隊を連れて沖縄に上陸しました。第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争で主力を担ったのも海兵隊でした。こうしたいきさつから、沖縄には多くの海兵隊員が駐在しているかと思われますが、定員1万8,000人のうち、イラク戦争で駆り出された部隊はそのまま戻らず、一部部隊の移転もあり、現在、実際に沖縄にいるのは1万2,000〜3,000人程度とみられています。今後も米軍再編によって規模が縮小され、2020年ごろまでに定員は1万人になる見込みです。
 さて現在、日本の防衛政策は中国の海洋進出を強く意識しています。そのため、沖縄の地理的重要性がしばしば指摘されます。
 ところで海兵隊というと海上活動のイメージが先行しますが、実際は上陸作戦を得意とする陸戦隊です。上陸には海兵隊員を運ぶ船、空中援護を行う航空隊といった具合に、陸海空の総合力が求められます。そうすると、オスプレイとヘリの部隊は普天間、戦闘機や給油機などは岩国、揚陸艦などの船舶は佐世保と、陸海空の部隊が日本各地に分散している状態は非効率的です。普天間飛行場を辺野古に移設するより、佐世保に近い自衛隊基地に移すほうがずっと効率的であるという専門家もいます。
 日本政府は「普天間の代替施設は抑止力の維持に不可欠」と主張しますが、海兵隊は強い「抑止力」ではありません。嘉手納空軍基地のF15戦闘機と横須賀海軍の第7艦隊こそが「抑止力」というのが一般的な見方です。
 私は海兵隊は戦力として決定的な力はないのにどうして必要なのかと疑問に思います。政府見解は、沖縄に海兵隊が存在していることが抑止力と言っているにすぎず、より効果のある抑止力について検討する必要があると思います。
 冷静に考えると、沖縄における基地の維持を望んでいるのは海兵隊自身であって、日本の防衛には大きな影響がありません。政府は「辺野古移転が唯一の解決策」と言う前に、海兵隊の存在意義を再考すべきです。

関西学院大学 政治・経済と文化研究会第8回研究会 を行いました 

 本日、関西学院大学 政治・経済と文化研究会第8回研究会を行いました。今回はご都合が悪く、出席できなかった会員がやや多かったのは残念でしたが、現在私の担当科目を受講中の現役学生が3名参加し、会に新風を吹き込んでくれました。世代を越えて活発な意見交換を行うことこそが私たちの会が目指すところです。これからの日本を担う若い世代のメンバー加入は嬉しいかぎりです。
 さて今日の私の話題提供は、「アジアを取り巻く安全保障環境と日米同盟」に関してです。まず最初に、2015年4月27日、18年ぶりに改定された日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を取り上げました。自衛隊の米軍への協力内容が質量とも大きく拡大したのが特徴です。日本はやはり中国の軍備増強や、東シナ海、南シナ海への海洋進出、北朝鮮の核開発などを意識し、アメリカの支援を得るために、自衛隊に実行可能なすべてのメニューを出し切った感があります。他方アメリカの立場に立てば、財政難で軍事費の削減を余儀なくされています。アメリカは中国に対抗するため、自衛隊ができることや活動範囲を広げ、米軍の肩代わりを望んでいます。ガイドライン改定は、両国の思惑が一致した結果にほかなりません。
 その後2016年3月29日、安全保障関連法が施行されたことを述べました。安倍内閣が憲法解釈を変えて成立させた安全保障関連法が動き出すことで、変わる点、これまでと変わらない点を検討しました。私がどうにも納得しがたいのが、憲法や従来の政府見解と整合性がとれていない点です。詳細は省きますが、安倍政権が集団的自衛権を「行使できる」と主張する根拠としたのは、1972年、田中角栄内閣のときに出された政府見解です。しかしこの政府見解の結論は、「わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されないと言わざるを得ない」というものです。安倍政権は、従来の見解と全く逆の解釈を行っているのですが、その理由を国民に説明していません。
 議論の際焦点になったのは、自衛隊に憲法で認められている「自衛のための武力行使」の範囲を超えて、米軍に協力すべきかどうか、という点です。多くの会員は武力行使は自衛の場合に限るべきだ、集団的自衛権の行使は日本の能力を超えている、いったん戦争に巻き込まれると、決着がつくまで戦わなければならず、リスクが大きすぎるというものでした。

関西学院大学 政治・経済と文化研究会第8回研究会 のご案内

 関西学院大学 政治・経済と文化研究会第8回研究会を10月16日(日)、午後1時半より、関西学院大学上ヶ原キャンパス池内記念館第2研究会室で行います。
 今回は私が2つ話題提供を行います。まずひとつめは、外交・国際政治に関してです。中国の海洋進出や北朝鮮の核開発に象徴されるように、アジアを取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。
 こうした中安倍政権は2015年4月、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を改定し、今年(2016年)3月29日より、従来の憲法解釈を変えて安全保障法制が施行されました。
 本日の報告では、中国の岩礁埋め立てや中国船の尖閣周辺海域への侵入、国際社会の制裁を無視して核実験を行う北朝鮮の実態をみます。またそれに対抗する形で、自衛隊の米軍への協力が質量ともに大きく拡大していることを述べます。
 その上で、中国や北朝鮮に国際ルールを守らせるにはどうすればよいのか、国際社会において自衛隊はどこまでの任務を果たすべきか、参加者のみなさんと一緒に考えます。
 時間に余裕があれば、歴史教育のあり方についても話し合いたいと思います。『日本経済新聞』を注意深く読んでいると、2020年より必修化される「歴史総合」に関する記事がしばしば目にとまります。日本経済史の講義の際にも配付した新聞記事を手がかりに、年と事項を結びつけるだけの単調な歴史教育を脱し、思考力・判断力を育成するためのテーマ設定や学習法はどうあるべきか、意見交換を行います。

【プログラム】

13:30〜17:00  寺本益英氏(関西学院大学経済学部) 
 
テーマ1:「アジアを取り巻く安全保障環境と日米同盟」
テーマ2:「歴史教育のあり方について考える」
総合討論

※ 途中適宜休憩をはさみます。

大正・昭和初期の日本経済の特色 (神戸市立神港高校3年生の生徒に授業ぁ

 鈴木商店の経営失敗は、最大商社になってからも、個人商店時と同じ金子によるワンマン経営が行われ、組織経営に移行できていなかった点に求められます。。前述のように金子は私利私欲で事業を行っていたわけではないのですが、そのためにかえってリスクに鈍感になり、過剰な事業拡大と負債の膨張を生み出したといえます。さらに鈴木商店は自前の銀行を持たず、資金調達を台湾銀行一行に強く依存していたことが致命的でした。
 さて、台湾銀行と鈴木商店の関係が明らかになるにつれ、震災手形の処理はますます困難になってゆきました。そこへ歴史に残る片岡蔵相の失言事件が起こり、事態はいよいよ泥沼に入り込みます。1927(昭和2)年3月14日の衆議院予算委員会で野党は片岡に対し、不良銀行の名前を挙げよと強く迫りました。この答弁で、彼は次のように述べたのです。
 「いやしくも大蔵大臣の地位にある者が、財界において破綻を惹起したときは、 これを整理救済することに努めなければならぬことはあたりまえである。………げんに今日正午ごろにおいて渡辺銀行がとうとう破綻いたしました。これもまことに遺憾千万に存じますが ………… 。」
 不良銀行の名前がわかれば、預金者はたちまちそこに殺到し、取り付け騒ぎになることは明白でした。にもかかわらず片岡はうっかり口をすべらせてしまったのです。
 実際はどうだったのでしょうか。渡辺銀行は確かに一時支払停止に追い込まれました。しかしその後どうにか金策がつき、営業を再開していたにもかかわらず、それは政府に報告されず、大蔵大臣の公言が飛び出すことになったのです。この事件が引き金となって銀行の信用は失墜し、預金は一挙に引き出されることとなりました。渡辺銀行は翌日から本格的な休業の羽目に陥ります。姉妹銀行のあかぢ貯蓄銀行も同様でした。この2銀行の休業が、金融恐慌の発端になりました。

大正・昭和初期の日本経済の特色 (神戸市立神港高校3年生の生徒に授業)

 しかしこの焼き打ち事件に遭遇した頃から、鈴木商店の経営は衰勢に傾き始めます。そのきっかけとなったのは、1920(大正9)年のバブル崩壊(株式や商品相場の急落)でした。加えて第一次世界大戦終結によって、1920年代には輸出が著しく後退したことも看過できません。当時の日本経済は輸出依存度が高く、国内市場が十分成熟していませんでした。そのため第一次世界大戦が終わって「特需」がなくなると、日本経済たちまち苦境に陥ってしまったのです。
 その後1923(大正12)年には、関東大震災が勃発し、当時のGNPの約4割に達する甚大な被害が経済に及びます。震災の影響で銀行の手持ちの手形が大量に決済不能となり、経済をマヒさせることになります。そこで政府は、決済不能となった震災手形に対し、震災手形割引損失補償令を出して、日銀から特別融資を行い、決済の促進をはかりました。
 ところがその努力にもかかわらず、1926(昭和元)年時点で未決済のままの手形は2億700万円にのぼりました。そこで憲政会・若槻礼次郎内閣は、その処理策を打ち出します。すなわち、支払不能手形のうち1億円は政府から日銀に公債で保証した上、残り1億700万円に関しては、同額の公債を政府から手形所有銀行に貸し付け、10年年賦で返済させようとしたのです。つまり2億700万円の支払不能手形を全部公債で穴埋めしようと考えたのです。
 しかし上記の解決策は、2つの点で各方面から批判を浴びることになりました。何よりも不良銀行・不良企業の救済を、なぜ国民の負担である公債で肩代わりしなければならないのかという反発が強く、また憲政会と結び付きの強い鈴木商店を救済しようとするのは党利・党略のためではないかとの世論も高まったのです。
 野党や国民がこうした非難の声をあげるのは当然でした。なぜなら当時多くの企業が直面していた業績不振は、放漫経営によるものであったし、銀行も企業が資金繰りに困っているのを承知で無理な貸付を行っていたからです。
台湾銀行と鈴木商店の関係は、その頃の銀行と企業の不健全なかかわりを示す典型例でした。鈴木商店の金子直吉は、憲政会系の政治家、例えば台湾民政長官の後藤新平や、浜口雄幸(金子と同じ土佐の出身)と密接な関係を持ち、強力なバックアップを受けていました。そして台湾銀行は設立以来、鈴木商店の借金による事業拡張を支援してきたのです。鈴木商店の事業は第一次世界大戦ブームまでは順調でした。しかしそもそも新興企業である鈴木商店は、反動恐慌を乗り切るほど堅実な経営は行っておらず、大戦後経営悪化は日増しに悪化してゆきました。鈴木商店は次々と手形を乱発し、台湾銀行はコール・ローンの取り入れで辛うじてこれに対応するという状況であったのです。しかしこのような綱渡り的経営は長続きするはずはなく、両者の破綻は時間の問題となっていました。

大正・昭和初期の日本経済の特色 (神戸市立神港高校3年生の生徒に授業◆

 第一次世界大戦が勃発すると金子直吉は戦争の長期化を予期し、一斉に買い出動の指令を出し、その後価格が暴騰し巨額の利益を得ました。そして1917(大正6)年、鈴木商店はGNPの1割相当の売上を計上し、日本一の総合商社となります。鈴木商店は輸出を通じ、膨大な外貨を獲得しました。日本は1914(大正3)年末には約11億円の債務国であったが、1920(大正9)年には約27億円の債権国になりました。
 次に米騒動の話をしました。第一次世界大戦のブームによって成金が生まれ、労働者の賃金も上昇します。その一方で農村の過剰人口が都市に流れ込み、人口の都市集中が起こりました。その結果、都市においては、米の消費量が増大してゆきました。
 しかし当時地主制のもとで農業生産は停滞していたところに、大戦の長期化で軍用米の需要が増え、1917(大正6)年頃から米価が高騰し始めました。翌年にはさらに急上昇し、庶民の生活を直撃します。米価高騰の背景として、シベリア出兵を当て込んで、米商人が買占め、売り惜しみを行っているのではと噂されました。
 1918(大正7)年7月、富山県の漁村の主婦たちが米価の高騰を阻止する運動を始め、全国に広がりました。8月中旬以降、米の安売りを求めるデモや、群衆が米商人や精米会社襲撃し、警官隊と衝突しました。こうした中、鈴木商店に米を買い占めている悪徳商人という風評が広がり、同年8月12日、焼き打ちに遭遇します。
 金子直吉は私財を一切蓄えず、「国がやるべきことを鈴木がやる」という強い公共心を持っていました。したがって米の買い占めなど行っていなかったのですが、並外れた成功が各方面からの嫉妬を招くことになったのです。


大正・昭和初期の日本経済の特色 (神戸市立神港高校3年生の生徒に授業 

 本日は島田融先生の授業を受けている神戸市立神港高校3年生の生徒が関学に来られ、「大正・昭和初期の日本経済の特色」というテーマで1時間ほど近代日本経済史のお話しをしました。神港高校は、1917(大正6)年、当時日本一の総合商社であった鈴木商店の女店主鈴木よねの寄付によって設立された、わが国初の公立女子商業学校神戸女子商業を起源としています。来年で創立100周年を迎える素晴らしい伝統を持っていますが、授業では、創立者鈴木よねと鈴木商店の時代(大正・昭和初期)がどのような時代であったか、経済面を中心に見てゆきました。
 今年4月12日の記事で述べたように、2022年より高校の歴史教育が変わります。そのコンセプトは、「暗記中心からの脱却し、思考力を育成する、日本史と世界史を融合し近現代史を重視する、地域史にも関心を持つ」というものです。島田先生の取組は、将来の新しい歴史教育を先取りした画期的なものです。神港橘高校の生徒にしてみたら、母校の創立者である鈴木よねや鈴木商店をめぐるエピソードを軸に、第一次世界大戦〜金融恐慌期の経済史を学べば、年号と事項を結びつけるだけの受験向け日本史とは違った展望が開けてくるのではないかと思いました。
  鈴木商店は、1874(明治7)年、鈴木岩治郎が大阪の有力な輸入砂糖商・辰巳屋ののれんを譲り受けて、「カネ辰鈴木商店」として神戸・弁天浜に創業した砂糖商です。1894(明治27)年、岩治郎の急死後店主となった鈴木よね(1852〜1938)は、経営を柳田富士松(1867〜1928)と金子直吉(1866〜1944)に全面的に任せました。以後鈴木商店は柳田・金子体制で運営され、柳田は砂糖部門、金子は樟脳部門を担うことになります。また柳田は金子の手腕を高く評価し、金子を主役とし自身は脇役に徹しました。
 鈴木商店は第一次世界大戦時には三井物産を凌ぐまでに急成長しますが、それは金子の類まれな商才によるところが大きいと思います。1898(明治31)年台湾に渡り、初代民政長官後藤新平と面会しました。後藤が台湾樟脳を専売制にしようとしていることを知って協力し、翌年には樟脳油の65%の販売権を獲得しました。当時台湾産樟脳は世界需要の8〜9割を占めていたため、これが躍進の足がかりとなりました。
 1903(明治36)年には住友樟脳製造を買収して樟脳精製事業に進出するとともに、福岡県大里に精糖所を設立し、精糖事業にも着手しました。さらに1905(明治38)年小林製鋼所を買収し、神戸製鋼所を立ち上げます。
 日清戦争から日露戦争にかけての時期、わが国の産業構造は軽工業から重工業へ比重を移してゆきますが、鈴木商店もこれに歩調を合わせ、多角化を推進していきました。具体的には、製糖、樟脳、薄荷からセルロイド、鉄鋼、造船、人絹と、事業を拡大していったのです。
 現在につながる企業としては、日本商業(現在の双日)、播磨造船所(IHI)、帝国人造絹糸(同帝人)、大日本セルロイド(同ダイセル)、日本樟脳(同日本精化)、日本冶金(同東邦金属)など、枚挙にいとまがありません。

豊かさを求めて  バブルとその崩壊  ― 失われた20 年 何が起きていたのか? ― (尼崎市立武庫公民館市民大学講座◆

 しかし1980年代末になると地価の異常な上昇により、一生真面目に働いても大都市圏で住宅を購入するのは不可能な状況になり、バブル経済に対する批判が高まってきました。そこで政府は、バブルを潰す政策に乗り出すことになります。具体的なバブル潰しの政策を紹介し、その政策が様々な悪影響を及ぼす結果となったことを述べました。ようするに高すぎる地価と株価が、どの水準まで下がれば妥当かという明確な目標を持っていたわけではないし、暴落時にどのような政策を打ち出すべきかに関しても全く考えていなかったことが、不況を長引かせる結果を招いたといえます。
 その後、バブル崩壊による悪影響として特に重要な、資産デフレとデフレの悪循環について解説しました。さらに1990年代後半は、金融システム不安が大きな問題となりました。拓銀、山一証券、長銀の破綻、金融システムを安定化させるために打ち出された政策、公的の資金投入の重要性、BIS規制等についてもなるべく丁寧にお話ししました。
 いつもの悪いクセで、だんだん残り時間が少なくなると焦りを感じます。それでもこれだけは言いたいと思い、1990年以降の日本経済・世界経済で何が起こったかと題して、花形産業であった家電メーカーの凋落、新資本主義時代の到来、財政・金融政策の有効性低下を指摘しました。まずかつては自動車とともに日本経済を牽引してきた家電産業の弱体化に関して、アナログ家電時代には、ハイエンド(技術をふんだんに採用した高機能・高性能)性があり、日本企業は優位に立つことができたのですが、コモディティ化した商品は、価格競争という消耗戦を招き、だんだん競争力を失っていったことを論じました。
 次に日本経済に存在感のあった「工業化の時代」には、多額の資金、大規模な設備、大量の労働力を持った企業が優位を保っていましたが、21世紀はすぐれた頭脳が価値を生み出す新資本主義時代に移行したのですが、「日本型経済システム」の成功体験を信じ、日本の経済・社会が新しい時代に十分適応できていないことも述べました。
 さらに経済政策の発想転換も必要です。従来の財政政策ではビルトイン・スタビライザー(自動安定化装置)機能が働きました。すなわち 不況 → 借金をして公共事業 → 好況 → 税収増 → 借金返済 というシナリオが描けたのですが、今はそれが通用しません。さらに先般、事業規模28兆円もの経済対策が発表され驚きましたが、いくら公共事業を増やしても、一時的効果しか期待できないことも強調しておきました。
 また異次元緩和の限界についても言及しました。デフレの原因は、途上国からの安価な輸入品の流入、人口減少による需要減退、企業の生産性向上にともなう製品価格の下落等に求められます。したがって、金融でいくら経済を膨らましても根本的な解決にはならず、構造改革によって実体経済を強固にすることが重要だと、日頃の思いを吐露しました。
 今年度の武庫市民大学は、戦後日本の回顧が大テーマになっています。戦後71年のうち、49年は同時代史になります。バブル経済の発生と崩壊は、身をもって体験した昭和・平成史の忘れられないシーンです。今回の講演を契機にあらためて勉強し、様々な教訓を得ることができたのは大きな収穫でした。

豊かさを求めて  バブルとその崩壊  ― 失われた20 年 何が起きていたのか? ― (尼崎市立武庫公民館市民大学講座 法

 本日、尼崎市立武庫公民館において、「豊かさを求めて  バブルとその崩壊 ― 「失われた20 年」何が起きていたのか? ―」 というテーマでお話しいたしました。会場は用意された椅子が全部埋まり、たくさんの方が熱心に耳を傾けてくださいました。
 以前にも述べましたように、1980年代後半のバブル期は、私の学部生の時期とぴったり重なります。当時日本経済論という講義があり、日本経済の好調のメカニズムを詳しく教わりました。しかしそのときはバブルという言葉は使われていませんでした。バブルの只中にいるときはバブルという認識がなく、崩壊してはじめてあのときはバブルだったと気づくものなのです。
 当日はまずバブル経済の引き金となったプラザ合意を説明するため、日米貿易摩擦の話から入りました。日米貿易摩擦は日本経済の発展とともに対象品目も移り変わり、繊維製品→鉄鋼→カラーテレビ・VTRなどの家電製品、半導体、自動車と変化してゆきました。
 繊維製品の場合は労働集約型産業であり、後発国が先進国に追いつき、追い越すのは経済発展の段階からみて当然といえます。しかし1980年代に日本が競争力を高めてきた産業は、先端的で製造業の中核をなすものでした。そうした分野で劣勢となったアメリカは、政治力を行使しながら対日圧力を強めていったのです。
 アメリカの深刻な貿易赤字の解消は本来なら、アメリカが安くてよい製品を作り、競争力を高めることによって実現すべきです。しかしそれには時間がかかります。一方でアメリカの競争力低下の放任は世界経済全体に悪影響を及ぼし、保護主義の台頭につながることが懸念されました。そこで主要国はこの問題をドル高是正(円高・ドル安)によって解決することで合意しました。これがプラザ合意です。
 プラザ合意による急激な円高進行により、日本の輸出産業は大きなダメージを受けます。そこで円高不況対策として、政府・日銀は財政支出拡大と、金融緩和を推進し、バブル経済に結び付いたことは、8月12日の記事で述べたとおりです。
 その後バブル経済の展開を詳しくお話ししました。1989(平成元)年12月29日の日経平均株価が3万8,915円をつけたこと、都市部でマイホームを持とう思えば最低でも年収の20倍は必要とか、東京23区を売ればアメリカ全土が買えるほど地価が急騰したこと、1987(昭和62)年3月、安田火災海上保険(現損保ジャパン)ゴッホの「ひまわり」を約58億円で落札したこと、東京都小平市の小金井カントリー倶楽部の会員権の価格が一時4億4,000万円をつけたことなどをご紹介しました。みなさん信じられますか?

マイナス金利政策の効果は出ているでしょうか?

 25日の講演準備がようやく整いました。色々調べながら14ページほどの原稿を作りましたが、締切日直前の数日は徹夜状態で苦しい思いをしました。それだけに原稿が完成し、公民館の担当者宛てのメールで「送信」ボタンを押すときの爽快感は何ともいえません。しかし喜んでいられるのも束の間で、30日には尼崎市立園田公民館において、「世界経済の動向と黒田・日銀の金融政策 〜マイナス金利導入の衝撃〜」というテーマでの講演が控えています。もっと早くから準備しておけば、こんなにつらい思いをして原稿を書く必要がないのですが、ギリギリになって追い詰められないとエンジンがかからないのが、私の悪いクセです。
 さて今日はマイナス金利政策のプラス面とマイナス面について考えてみます。1月29日付の経済コラムで取り上げましたように、日銀は今年1月29日の金融政策決定会合でマイナス金利導入を決めました。(実施は2月16日から)それから早くも半年以上が経過していますので、この政策の有効性を判断する時期が来ていると思います。
 最初に導入にあたり、日銀が描いたシナリオを確認しておきましょう。日銀はマイナス金利政策を採用することによって、市場金利が大幅に低下し、家計の消費や企業の投資を刺激し、インフレ期待が高まって、消費者物価の2%目標が達成されると考えました。
 実際、その狙い通り、市場金利急低下してゆきました。長期金利の指標になる10年物国債利回りは年0.04%からマイナス0.1%に低下したほか、住宅ローン金利(10年固定型の最優遇金利)も0.5%前後に下がり、借り換えが活発になっています。大企業の資金調達は、これまで」以上に容易になったといえます。
 しかし経済全体に好影響を与えているかというと、そうとも言えません。何よりも、消費者物価が上昇する兆しが一向に見られないのです。
 その原因として考えられるのは、円安・株高の好循環が起こっていないことです。これまでは金融緩和緩和政策が発表されると、反射的に大幅な円安・株高となり、輸出企業の業績改善や家計の資産拡大による消費喚起につながりました。理論的に考えると、マイナス金利は海外との金利差を広げ、円安が進行してゆくはずです。しかし現実は、円相場は円高方向に動き、1ドル=100円を切って円高が進みそうな気配です。タイミングの問題もあるかも知れませんが、マイナス金利が決まったのは、中国の景気減速リスクが広がっていたときです。世界的にリスク回避ムードが強く、外貨や株式に投資資金が向かわなかったのです。
 予期せぬ円高により、多くの製造業の4〜6月期は減益決算を余儀なくされました。円安・株高が進まない中、家計は国債や預金の金利低下に不安を強め、消費行動を萎縮させてしまいました。
 いまひとつ、金融機関の利益の源泉である預金と融資の利ざや縮小も見過ごせません。3メガ銀行はマイナス金利が2017年3月期決算で少なくとも合計3,000億円程度の減益要因になると金融庁に報告しています。景気は決してよい状態ではありませので、企業や家計が不安を持っており、そうした中で貸出金利を下げても融資が伸びないという状況です。
 7月29日の経済コラムで述べましたが、日銀は9月の金融政策決定会合までに、これまでの金融緩和政策の総括を行うということです。その際、マイナス金利政策の有効性をどのように判断するか、注目したいと思います。

関西学院大学 政治・経済と文化研究会第7回研究会 のご案内

 関西学院大学 政治・経済と文化研究会第7回研究会を8月21日(日)、午後1時半より、関西学院大学上ヶ原キャンパス池内記念館第2研究会室で行います。
 本研究会、8月より政治・経済と文化研究会としては2年目に入りますが、ネーミングを変更する前の社会再生学会は2012年より活動を始めていますので、5年目を迎えることになります。会員10名あまりの小さなグループですが、全会員が原則年1回、関心ある政治。経済、文化にまつわるテーマについて話題提供し、活発な意見交換が行われています。
 会の目的は、高い専門性やオリジナル性を追求することではありません。市民の目線で、個々人と社会全体の幸福度を高めるためのアイディアを出し合うのが基本コンセプトです。
 さて今回の報告者は、元京都府立茶業研究所・所長の杉本則雄先生で、「お茶と女性」をテーマにお話しくださいます。先生が京都府茶生産協議会の参与として情報誌に執筆・掲載された論稿と、先生が論文指導された台湾出身の留学生が執筆したお茶に関する論文の紹介、さらに岡本かよ子氏の「第九回紫式部市民文化賞受賞作品」を再編し、大正期から最近に至るまでの経済・社会の変貌と関連付けながら、お茶の位置づけがどのように移り変わっていったかについて、分析していただく予定です。
 なお今回杉本先生は長編の原稿を準備してくださっています。1コマ(90分)では時間不足になりそうですので、例外的に2コマ使って、十分な意見交換も行いたいと思います。
 それから、新しいメンバーも募集しています。関心ある方は下記までご連絡ください。

 【プログラム】

13:30〜17:00  杉本則雄氏(元京都府立茶業研究所・所長) 
「お茶と女性」 

【関西学院大学 政治・経済と文化研究会 お問い合わせ】

〒662-8501 西宮市上ヶ原一番町 1−155
関西学院大学 寺本益英研究室
E-mail: teramoto★@kwansei.ac.jp  ← ★をカットしてください。

プラザ合意からの教訓

 定期試験の採点から解放され、ようやく腰を落ち着けて本や新聞記事を読めるようになりました。手掛けたいテーマはたくさんありますが、まずは目前に迫った市民大学の原稿作成が最優先です。月末25日には、尼崎市立武庫公民館において、「豊かさを求めて  バブルとその崩壊 ― 「失われた20 年」何が起きていたのか? ―」 というテーマでお話しすることになっています。
 政治・経済にまつわる私の最近の講演テーマはほとんどがアベノミクスですので、いささか戸惑いを感じていますが、1980年代後半の日本経済をたどる仕事は、自身が大学生として過ごした時期と重なり、感慨深いものがあります。
 さて1980年代後半のバブル経済を語る上で見過ごすことができないのはプラザ合意です。プラザ合意とは、1985(昭和60)年9月22日、アメリカニューヨークのプラザホテルに米・日・西独・英・仏の先進5ヶ国(G5)の蔵相が集まり、アメリカの深刻な貿易赤字をドル高是正(円高・ドル安)によって解決することで合意したものです。その背景には、アメリカの競争力低下の放任は世界経済全体に悪影響を及ぼし、保護主義の台頭につながるため、これをどうにか避けたいというG5の認識がありました。
 1985(昭和60)年9月以降日本銀行は継続的な円買い・ドル売り介入を行い、急速な円高が進みます。プラザ合意前の為替相場は、1ドル=240円前後でしたが、年末には1ドル=200円となりました。その後、1986年7月には1ドル=150円に達し、1987年には1ドル=120円まで上昇しました。
 このような急激な円高進行により、日本の輸出産業は大きなダメージを受けます。そこで円高不況対策として、政府・日銀は財政支出拡大と、金融緩和を推進します。それがバブル経済を引き起こしたことはあらためて述べるまでもありません。
 ところで、あの衝撃的なプラザ合意から今年で31年が経過したことになります。31年目の年にせっかく講演で取り上げることになりましたので、今日はその意義や教訓について考えてみます。
 プラザ合意にともなう急激な円高で、わが国の輸出産業は大きなダメージを受けたに違いありません。しかしそのショックを克服するため、生産拠点を海外に分散し、為替変動に強い経営を実現しました。
 もうひとつ印象深いのは、主要国の中央銀行が一致結束して行動したことです。普通は自国の利益が優先し、なかなか一致した行動はとれないものです。現状に照らし合わせるなら、この異常な金融緩和から、主要国が足並みを揃えて脱却することが重要ではないでしょうか。景気停滞の根本治療にはなっておらず、むしろ弊害のほうが目立つようになりました。少しずつでも金融を正常化してゆくべきです。小さなハンカチは簡単にたためても、大きく広げた風呂敷をたたむのは大仕事です。
 プラザ合意は私が高校3年生のときの出来事です。このニュースで、為替の変動が経済に大きな影響を与えることを知りました。複雑な経済の動きを少しでもわかるようになりたいと思ったのが、経済学部を選ぶ決め手となりました。

2016年度 春学期 定期試験採点が終わりました

 7月19日以降、定期試験の採点ラッシュで生きた心地がしませんでしたが、本日、ようやく500枚を超える成績処理が完了し、肩の荷が下りた気持ちです。これで待ちに待った夏休みを迎えることができます。
 今回は担当科目3科目とも大変できがよく、1つ1つ丁寧に解答を読んでいたら、なかなか採点が進みませんでした。白紙部分が多かったり、出だしから的外れなことが書かれた答案が多いときは、採点はスムーズにゆきます。ところが今回は解答用紙の表裏ぎっしり詰まった答案ばかりで、1枚読むだけでも、ずいぶんと時間を要しました。もちろんこうしたよくできた答案に恵まれたことは、担当者としては、この上なく嬉しいことでもあります。
 日本経済史気亡悗靴討蓮⊆由民権運動の展開、明治期における諸産業の発展、日清戦争開戦に至るまでの状況、金本位制導入の影響など、明治期の重要トピックスが確実に理解できていることが判明しました。特に自由民権運動の展開のところで、多くの学生が「讒謗律」の漢字を正確に表記していたことには驚きました。重要事項の年号も含め、一般にはなかなか頭に入りにくい史実とその意味をきちんと把握していたことに、確かな手ごたえを感じました。
 次に「医療をめぐる諸問題」もできは概ね良好ですが、詳しさの点で、「日本経済史機廖◆峽从僂領鮖砲隼彖曄廚鉾罎戞△笋篶瑤辰討い覺兇ありました。答案は総じて短く、箇条書き形式になっていました。これはおそらく講師の先生方の配付資料が、パワーポイントの要点列挙方式になっていたからだと考えられます。要点をうまくつなぎ合わせ、文章化する訓練がもう少し必要と思いました。もっとも「守破離」の「守」の段階はクリアーできていますので、「破」、「離」への発展が今後の課題です。
 「経済の歴史と思想」は受講生が300名を超えており、答案の分厚さに、採点前から足がすくみました。最近若者の「歴史離れ」が顕著で、歴史的ストーリーの把握が苦手な学生が多いので出来はあまりよくないだろうという予想する一方で、任天堂株の活況に歩調を合わせ、ブログのアクセス数が急増したのだから、もしかしてよく勉強して臨んでくれているかもという期待感が錯綜する中、こわごわ採点を始めました。
 30枚ほどつけたらだいたいの傾向がつかめますが、80点台、90点台が続出する好結果で、その傾向は、学生番号の最後のほうの学生まで続きました。重要事項の年号を記しながら、歴史的ストーリー展開を正確に述べ、その政治的・経済的意味づけも、きちんとできていました。テキストを熟読し、事前にしっかり解答を準備して臨んだことが十分に窺えました。講義の目標が達成できたことに、大きな満足感を感じています。
 イントロダクションに時間をかけ過ぎ、ちょっとまずかったかなという気もしましたが、実は私が最も強調したかった「学びの心構え」について述べたつもりです。それが多くの学生の答案に確実に反映されていることを知って、大きな喜びを感じました。「当初経済学ではお金の流れを勉強するものだと思っていたが、個人と社会の幸福追求を目指すものであることを知った。そのような姿勢を貫きたい」、「医師が重病患者を治療するように、私は日本経済の名ドクターを目指して4年間しっかり勉強したい」といった頼もしいコメントが相次ぎました。この講義を通し、経済学を学ぶ姿勢を多くの学生に伝えることができたので、感慨一入です。
 、さて明日から待望の夏休みです。私にとっては、大切な書き入れ時です。後悔のないよう、過ごしたいものです。大部分の時間を市民大学の準備に費やすことになると思います。わざわざ私の講演を聴きに来てくださる方々のご期待にお応えできるよう、全力を尽くさなければと、決意を新たにしています。

2016年度 「経済の歴史と思想」3組 定期試験を行いました

 今日から日本でも「ポケモンGO」の配信が始まりました。早速テストを受けて帰る学生がスマートフォンの画面を見せてくれましたが、機械に疎い私は、遊び方も、何が面白いかもわからない有様です。
 そういえばここ1週間ほどの任天堂株の活況はすさまじいですね。連日売買代金が7,000億円を超え、とトヨタやソフトバンクをはるかに上回る勢いです。また売買代金では、東証1部の約3割を占めるそうですから、唯々驚くばかりです。
 さて私のブログのアクセス数も任天堂にあやかり、昨日は369を記録しました。ブログを始めて10年以上が経過していますが、ふだんは閑古鳥が鳴いており、政治・経済と文化研究会のメンバーやお茶の関係者を中心に20〜30アクセス程度に過ぎません。さすがに試験前だけ一時的閲覧数が増えますが、それでも100を越えるのが精一杯でした。それが昨日は200どころか300を越えましたので、「前代未聞」、「空前絶後」の奇跡というほかありません。
 今年度春学期、私の科目を受講してくれた学生は、それだけ熱心に予想問題や過去問を研究し、高得点をとろうと頑張ってくれたのでしょう。大変嬉しいことです。
  本日5限に実施した 「経済の歴史と思想」の定期試験、下記のような問題を出しました。記号やカッコ埋めの問題は1つも出さず、「思考力・判断力・表現力を問う」のが私の意図です。当初からこの点を強調していましたので、ほとんどの学生は、制限時間いっぱいまで、一生懸命取り組んでいたようです。

【 2016年度 「経済の歴史と思想」3組 定期試験問題 】

. 次の(1)〜(4)の設問より3問選択し、各問15行程度で論じなさい。  22×3=66点

(1) 前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカの思想について言及し、講義全般で強調した内容も考慮し、経済学(経済史学)を学ぶ意義について述べなさい。22点

(2)スペインの興亡について、次のキーワードを用いて論じなさい。
  <キーワード> 大航海時代、「太陽の沈まぬ国」、価格革命、ネーデルラント独立戦争 22点

(3) 17世紀に焦点を当て、絶対王政が崩壊し、近代市民社会が成立するまでの経過を論じなさい。22点

(4) 17世紀半ばから18世紀半ばにかけて、イギリスの農業と貿易には大きな構造変化が起こった。(農業革命と商業革命)同期間における農業と貿易にどのような変化がみられたか、説明しなさい。22点 

. 次の(1)〜(4)の設問より、2問選択し、各問5〜10行程度で解答しなさい。17×2=34点

(1) 伝統社会の特色 17点
(2) 産業構造の高度化 17点
(3) プロト工業化の展開過程 17点
(4) 重商主義 17点

2016年度 学際トピックス「医療をめぐる諸問題」 定期試験を行いました

 連日たまらない暑さが続いています。先日昼間、屋内にあるエスカレーターの手すりを握ったら、「あっつい!」と思わず手を引っ込めてしまいました。外はとても歩けません。この厳しい環境でいくつもの試験を受けなければいけない学生は気の毒ですが、残りの科目も後悔のないようがんばってください。
 さて本日第4限、学際トピックス「医療をめぐる諸問題」の定期試験を行い、下記のような問題を出しました。問題を予告しておいただけに、ほとんどの学生が制限時間いっぱいまで解答用紙に向かい、紙面にぎっしり書いている感じがしました。
 再三強調しているように、医療問題はとても重要です。講義はひとまず終了ですが、新聞記事検索システムを活用して、医療関連記事をチェックする習慣をつけてほしいと願っています。

【 2016年度  学際トピックス「医療をめぐる諸問題」 定期試験問題 】

【1】 超高齢化社会における医療問題について、(1)〜(4)の設問に5行程度で答えなさい。
10×4=40点

(1) 日本の平均寿命はなぜ延びたか。考えられる理由を述べなさい。
(2) (1)の結果、医療費も著しく増大しました。医療費増大の原因を、疾病構造や医療サービスの提供面に注目して論じなさい。
(3) 医療費節減のための対策について論じなさい。
(4) あなた自身や親族にとっての「穏やかな最期」とはどのようなものですか。有岡富子さんの事例もふまえ、論じなさい。

【2】 次の設問のうち、どちらか一方を選択し、10行程度で解答しなさい。15点

(1) 医療の安全を確保するため、現在どのような取組が行われているか論じなさい。
(2) 医師の職業倫理指針について言及しつつ、社会に貢献できる良医を育成するためには、どのような医学教育が必要か論じなさい。

【3】 あなたが大規模震災または大規模な列車事故に遭遇したとします。幸いあなた自身は軽傷で済みましたが、まわりには多数の負傷者がいます。この際、あなたはどのようにふるまいますか。関学生は一般市民の立場から、兵庫医大生は医療者の立場に立って10行程度で述べなさい。15点

【4】 次の(1)〜(4)のテーマより2問選択し、10行程度で答えなさい。15×2=30点

(1) 遺伝子治療、再生医療に焦点を当て、先端医療の果たす役割について論じなさい。
(2) 薬品の功罪について論じなさい。
(3) 日本における公的医療保険制度の概要と意義について述べなさい。
(4) 財政面に焦点を当て、阪神間の市立病院の現状と課題について述べなさい。

2016年度 日本経済史機…蟯試験を行いました

 近畿地方はようやく梅雨が明けましたが、あまりの暑さにうんざりです。猛暑のなか、関学では定期試験が本格的に始まり、今日3限は私の担当科目日本経済史気了邯各でした。小さなクラスでしたが、大変熱心に受講し、ゼミに入ってさらに研究を深めたいという学生や、わざわざ他学部から無欠席で受講してくれた学生もいたのは嬉しいことです。
 最近高等学校で日本史を学ばないので、明治維新以降、わが国がどのような道を歩んできたか知らない学生も多いようです。しかし新聞報道等で、これだけ近代史の諸問題がクローズアップされているのに、近代史を何も知らないというのでは困ります。本講座では高等学校レベルの知識を復習しながら、「大学らしさ」、「経済学部らしさ」も意識したややl高度な議論も取り入れて明治時代を振り返りました。
 さて理解度確認のため実施した本日のテストでは下記のような問題を出しました。

【 2016年度 日本経済史機…蟯試験問題 】

.次の1〜4の設問より3問選択し、各問15行程度で論じなさい。30×3=90点

1.自由民権運動の展開について、次の設問に答えなさい。30点
(1) 民権派の動きが活発化するのを見て、1875(明治8)年、政府はどのような対応をとったか述べなさい。10点
(2) 1881年の明治十四年の政変の概要と意義について論じなさい。10点
(3) 1886(明治19)年の大同団結運動、および翌年の三大事件建白運動の経過を説明しなさい。10点

2.明治期における産業発展の要因について、茶業および綿糸紡績業に焦点を当て、論じなさい。30点

3.1880年代前半における朝鮮をめぐる日本と清国の対立について論じ、日清戦争開戦までの経過を取りまとめなさい。30点

4.1897(明治30)年の金本位制導入をめぐり、次の設問に答えなさい。30点
(1) 導入前、賛成派と反対派の意見対立が見られました。どのような点が争点になったか、論じなさい。15点
(2) 導入は当時の日本経済にどのような影響を与えましたか。貿易、物価、景気動向の変化について、説明しなさい。15点

.次の1または2の設問より、どちらか一方を選択して解答しなさい。10点

1.内閣制度制定時における宮中と府中の別 10点
2.大日本帝国憲法における神権学派と立憲学派の論争 10点

病院経営について考える

 学際トピックス「医療をめぐる諸問題」、全日程が終了しましたが、医療問題を総合学として捉え、各分野の第一線でご活躍の先生方のご講義が聴けたのは、画期的だったと思います。
 兵庫医大生はともかく、関学生は医療や病院について、これまであまり考えることはなかったかも知れません。しかし急速に高齢化が進む一方で、深刻な財政赤字を抱える日本において、我々は、これまでどおりの医療サービスを受けられるかという重大な問題に直面しています。これからの医療のあり方は、すべての国民が真剣に考えなければならない緊急課題といえます。
 講義を通じ様々な角度から医療をみてきましたが、さらに理解を深めるため、みなさんに是非ご覧いただきたい番組があります。「未来ビジョン」という番組で、You Tube で視聴できます。
 下記のリンクひとつ目は、前田先生のご講義でご紹介があった公立病院の経営立て直しがテーマです。公立病院の役割は何か、赤字経営立て直すため、どのような対策を講じるべきか、復習しておきましょう。また番組の中で出てくるDPCについては、2番目のリンクを参照してください。
 リンク3つめは、亀田総合病院の紹介です。高級ホテルを想起させる豪華な設備がウリのひとつで、これまでの病院のイメージが塗り替えられた感じがします。もしみなさんが、難しい病気にかかり、入院しなければならないとき、どのような環境を望みますか。未来の病院の姿を考える際の参考にしてみてください。

未来ビジョン・公立病院改革

DPC制度

未来ビジョン・亀田総合病院

2016年度 総合コース528 「仕事のやりがいと幸福」 受講のススメ

 少し気が早いですが、春学期私の担当科目を受講してくださったみなさんに、秋学期に受講をおすすめしたい科目があります。総合コース528 「仕事のやりがいと幸福」です。毎週木曜日、第4限の開講で、全学部・全学年の学生が受講対象です。教室はB号館202号です。
 外部からたくさんの立派な先生をお招きして開講するという方式は春学期の医療講座と同じです。ただ、医療講座では、私自身が本質的なお話をする機会がほとんどありませんでしたが、本講座では、私自身も4コマとって、色々なメッセージをみなさんにお伝えしたいと思います。それはひとことで言うと、大学時代にどのような学びを行うべきか、そのためには日々どのようなトレーニングを重ねなければならないかということです。つまり、大学生活を有意義にし、就職力を磨くことにつながるコツを伝授します。これまで多くの学生と接してきて感じるのは、学ぼうという姿勢に乏しい学生ほど、単位取得に失敗し、企業選びの素地もできていないということです。受講者には、日々の大学生活が将来設計と直結しているという認識を深めてほしいのです。
 加えて、日経テレコンなど、新聞記事検索システムを自由自在に使いこなし、独力でどんどん企業研究が進めてゆけるよう、手がかりを与えるつもりです。経済・社会問題に精通することが、みなさんが求める「役に立つ知識」といえるでしょう。
 他の先生方のお話は、私のイントロダクションをベースに聞いていただけるとわかりやすいはずです。講師は全員、社会において多岐にわたる分野で「現役」で活躍され、重責を担い、難しい意思決定をこなしながら事業の発展に尽力されている方々です。そうした方たちのお話しを聞く際のポイントは2点あります。まず第1に、業界や市仕事の多様性を知ること、2番目は、各先生の考え方や経営哲学から学び、各自に後悔のない未来予想図を描いてもらうことです。
 本講義は、みなさんが受講している他の科目と少し異なるコンセプトですが、毎回豊かな人生を送ってもらうための重要なメッセージを発信してゆくことになります。日程表は下記とおりです。ひとりでも多くの学生の受講を期待しています。

【 2016年度 総合コース528 「仕事のやりがいと幸福」 日程表 】

第1回  9月22日  本講座のねらい −仕事のやりがいと幸福− 寺本益英 (経済学部教授)
第2回  9月29日  エンプロイヤビリティを高めるための大学生活の送り方 寺本益英
第3回  10 月6日 景気と産業・雇用の動向 寺本益英
第4回  10 月13日 新聞記事を活用した企業研究の方法 寺本益英
第5回  10 月20日 激動する国際情勢と石油産業 木暮英樹 ((株)大阪国際石油精製取締役経営企画部長)
第6回  10月27日 ワインの魅力と楽しみ方 金銅真代 ((株)河内ワイン専務)
第7回  11月10日  つぼ市のブランディング (株)つぼ市製茶本舗の経営を語る− 谷本順一 ((株)つぼ市製茶本舗代表取締役)
第8回  11月17日 「遊」産業の新たな挑戦 −泉陽興業の事例− ゲスト・山田三郎 泉陽興業取締役会長
第9回  11月24日 事例で学ぶ中小企業のイノベーション 村田哲也(中小企業診断士・村田哲也事務所 (株)神戸製鋼所・元取締役)
第10回  12月1日 経済環境の変化と鉄鋼業の経営 村田哲也
第11回  12月8日  超高齢化時代における医療機関の役割 山中若樹  (明和病院院長・理事長)
第12回  12月15日 多様化する医療ニーズと病院経営  − 明和病院の事例を中心に− 山中若樹
第13回  12月22日 社会・経済の動きと消費者信用産業の役割 齋藤聡 (株)オリエント総合研究所代表取締役会長
第14回  1月12日 消費者信用産業の現状と今後の展望 齋藤聡

答案作成の際の留意点

 春学期の講義はいよいよ終盤を迎え、定期試験が近づいてきました。今学期私の担当科目は3科目で、総計500枚くらいの採点になりそうです。全科目とも問題を予告し、予告通りに出題します。あらかじめ解答を作成し、それを徹底的に頭に入れて試験に臨んでください。
 試験は誰もが嫌なものですが、高得点で乗り越えると、不思議と展望が開けます。少し話は飛びますが、茶道、華道、書道、武道など、日本の伝統文化は、「型」の体得に重点を置いてきました。「型」とは基本スタイルを指します。関連して、「守・破・離」という言葉もよく耳にします。弟子は師匠からまず基本形を教わり(=守)、やがて枠を飛び出し(=破)、自分なりの境地を得る(=離)というのがその内容です。私は大学の試験は、「型」の実行であり、「守」の部分をきちんとおさえることだと考えます。まずは14コマの講義で学んだことをしっかりマスターすると、自然と「破」、「離」の段階に進み、オリジナル性の強い研究成果を残せる気がします。せっかく大学で学ぶ以上は、学びの上で、「守・破・離」を実行し、卒業してほしいと思います。
 定期試験において出題・採点者は「型」=基本スタイルのできを見ます。一番のチェックポイントは、講義内容に即した内容になっているかどうかです。時折、講義で全く話した覚えのないことや、インターネットの丸写しと思われる文章に出会うことがありますが、講義を聞いていないことが明らかな答案は、よい評価はできません。
 次に当然ながら正確さが求められます。歴史の場合なら、いつ、誰が、何をして、どのような結果になったのか、正しく述べられていることが重要です。人物や時期の誤りは致命的ですから、正確に把握するようにしましょう。
 さらに、史実の意味づけを明確に行うことが重要です。その出来事の結果、何がどう変わったかということを強調することが大切です。何年に何があったかを問うだけなら、高校までの暗記力テストですが、その出来事の歴史的、経済的意味づけをしっかりできているかどうかが大学の試験らしいところです。
 大学入試までは、マーク式やカッコ埋め問題に慣れてきたかも知れませんが、大学の試験では記述力が求められます。単に事実を覚えるだけでなく、その事実の経過の説明や、与えた影響について、ある程度詳しく述べられるようにすることが大切です。
 あらかじめ準備した答案と同じことがスラスラ書ける(あるいは言える)ようになれば、その知識は完璧です。そのレベルに到達するまでしっかりトレーニングを重ね、高得点がとれるようにしてください。前日だけのにわか勉強で合格点をとるのは不可能です。

2016年度 学際トピックス「医療をめぐる諸問題」 定期試験対策

 学際トピックス「医療をめぐる諸問題」の試験は、7月21日(木)の第4限に実施します。
 私はすべての講義に出席しましたが、各先生の見識の深さと、組立の見事さ、解説の的確さに感銘を受けました。
 かねてから私は、医療は「人類の幸福に直結する」と述べてきました。急速な高齢化が進む中、医療の現状はどうなっており、今後の課題は何かについて考えることは、全国民にとって、最も優先順位の高い課題であると考えます。本当は全関学生に履修してほしいと思うくらいですが、せめて自分の意志で受講を決めたみなさんには、次のテーマに関する認識を深め、医療問題に精通してほしいと願っています。

1.超高齢化社会と医療 
 講座を担当してくださったすべての先生が強調されたのは、「高齢化社会と医療」です。そこでこれを第一のテーマとします。
 高齢化社会とは、言い換えると長寿社会です。まずどのような背景で長寿社会が実現したか、説明できるようにしておきましょう。
 長寿社会は望ましいものですが、医療費の増大が深刻な課題になっています。医療費増大の要因を、様々な面から把握しておいてください。さらに医療費の削減についても、方策が述べられるようにしておきましょう。
 そしてどれだけ長寿社会になっても、人生のエンディングは必ずやってきます。あなたにとっての「穏やかな最期」はどのようなものですか。講義内容に即して、とりまとめておいてください。

2.医療と法 
 医療と法の問題を考える際、避けて通ることができないのは医療事故です。具体的にどのような事故が起こりましたか。さらに、医療事故の類型、法的処理についても確認しておきましょう。
 医療サービスの提供において、最も重要なのは安全が確保されることです。現在、医療の安全を確保するため、どのような取組が行われていますか。説明できるようにしておいてください。

3.医学教育論
 医師は人の命を預かる仕事ですから、高い倫理性が求められます。医師の職業倫理指針についてふれ、良医を育成するための医学教育のあり方について、具体的に述べられるようにしておきましょう。

4.災害医療・救急医療
 このテーマでお話しくださった小谷先生は、私たちの想像を絶する過酷な災害医療・救急医療の現場を経験されていることがわかりました。特に、尼崎のJR脱線事故と東日本大震災の映像は、強く心に刻まれているはずです。
 我々は長い一生のなかで、どんな不慮の事故に遭遇するかわかりません。講義では、その際一般市民であろうと医療者であろうと、それぞれの立場に応じた対処法や注意点があることを学びました。その内容を明確にしておいてください。

5.医療と経済
 講義全体を通じ、医療問題は財政と密接な関係があることがわかったと思います。
 前田先生の回では特に、公的医療保険制度と阪神間の公立病院の経営が取り上げられました。前者については、その機能と役割、持続可能性等について、基本をおさえておきましょう。後者については、経営の現状と課題について、手堅く整理しておいてください。

6.医療の課題
 最近の医療や薬品の進歩は目覚ましいものがあります。難病の治療にも、明るい兆しが見えてきたといえます。しかし万事OKかというとそうではなく、今後解決しなければならない課題もあります。医療発展の「光と影」について、論じられるようにしておきましょう。 

2016年度 「日本経済史機廖…蟯試験対策

 「日本経済史機廖,猟蟯試験は7月19日(火)の第3限に実施されます。今学期は明治期までしか進めませんでしたが、日本の基礎がどのように形づくられてきたか、政治・経済両面から総合的に解説してきました。
 さて肝心の試験対策ですが、今年度はこれまで「定番」であった正誤判定問題の出題をやめ、すべて記述式とします。次のテーマに注意して、あらかじめ解答を作成しておいてください。

★ 政治史

(1)自由民権運動
 講義の中で強調してきましたが、戦前の日本において、完全な民主主義は定着しなかったと思います。それは為政者が自らの支配を脅かすものとして、民主化の動きを抑圧してきたからです。
 明治期の自由民権運動の流れを振り返ると、その事実が明白に浮かび上がります。1874(明治7)年、板垣退助らによる民撰議院設立の建白書提出から、1887(明治20)年の三大事件建白運動までの出来事や政府の対応について、要領よくまとめておきましょう。

(2)内閣制度・大日本帝国憲法
 日本が近代国家としての体裁を整える目印となる出来事は、1885(明治18)年の内閣制度創設と、1889(明治22)年の大日本帝国憲法の発布です。どちらも非常に重要な出来事ですから、きちんと経過をとりまとめておいてください。
 なお内閣制度につては試験とは直接関係ありませんが、伊藤博文内閣から出発して、現在の安倍晋三内閣に至るまで、内閣を手ががりに、近代史をたどることが有益です。画面一番下の首相官邸のホームページを参照してください。
 一方大日本帝国憲法は、その特徴を整理し、解釈をめぐる神権学派と立憲学派の論争についても述べられるようにしておいてください。

(3)日清戦争
 戦前の日本は、とにかく欧米列強に負けないよう、富国強兵政策を推進しました。軍事力を高め、植民地を獲得し、アジアにおける影響力・支配力拡大を目指したと言えます。
 その手始めとなったのが日清戦争です。歴史用語としては誰もが知っていますが、朝鮮をめぐる日本と清国の対立に端を発する開戦までの経過は複雑です。壬午事変、甲申事変、天津条約、東学党の乱など、重要事件を軸に、開戦に至るまでの流れを整理しておいてください。

★ 経済史

(1)産業化
 戦前の日本は、民主主義の定着に失敗しましたが、経済的には順調に発展したといえます。それぞれの時期にどのような産業が中心的な役割を果たしたかは、重要なテーマですが、とりあえず本講義では、第一次企業勃興期の綿糸紡績業、生糸製糸業、鉄道業について言及しました。加えて私が重点的に研究してきた茶業も取り上げました。これらの産業の発展のメカニズムについて、述べられるようにしておいてください。

(2)日清戦後経営
 日清戦争に勝利し、巨額の賠償金を獲得した日本経済は、ブームを迎えることになります。賠償金がもたらした様々な経済効果を中心に、日清戦争後のブームの要因を論じられるようにしておいてください。

(3)金本位制の導入とその影響
 欧米諸国と同じ通貨システム(金本位制)を採用することは、欧米諸国と肩を並べるために、どうしても実現したい目標でした。反面、金本位制への移行は、従来の銀本位制下における様々なメリットを失うことにもなります。
 こうした事情から金本位制採用をめぐり、激しい論争が起こりました。賛成派、反対派はそれぞれどのような主張をしたか、整理しておきましょう。
 最終的に松方正義首相の強い意向により、1897(明治30)年、日本は金本位制を採用することになります。その結果経済はどのように変化しますか。貿易、物価、景気動向に注目して説明できるようにしておきましょう。

首相官邸・歴代内閣

2016年度 「経済の歴史と思想」3組 定期試験対策

 先日、定期試験の日程が発表されました。4月以来夢中になって講義を進めてきましたが、あと少しで全日程を終了しなければなりません。
 さて私が担当する3組の「経済の歴史と思想」の試験は、7月22日(金)の第5限に実施します。範囲はテキスト天川潤次郎・寺本益英『社会経済史講義』学文社,2004年 の第1章〜第5章とします。
 折を見て絶えず強調してきたことですが、大学の試験で要請されるのは、講義内容の再現力です。選抜試験である大学入試とは異なり、特別のテクニックや、細かい知識を必要としません。すでに取組を始めている熱心な受講生もいますが、昨年の問題や以下の今年の予想問題について、スムーズに解答できるよう、あらかじめ答案を作成しておくことが、最善の勉強法です。
 以下では、当初の約束どおり、試験のポイントを述べます。やや長めの記述問題(15行程度)と、簡潔に述べてもらう問題(5〜10行程度)を想定しています。

★ やや長めの記述問題(15行程度)

1.ホセ・ムヒカの政治思想 
 講義の最初のほうで、前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカの思想を紹介しました。(合わせて新聞記事検索システムの使い方も説明しました。『聞蔵』で「清貧の政治思想」2016年4月1日)を参照のこと。)
 ムヒカの思想の中には、我々が経済学(経済史学)を学ぶ意義や、そこで取り上げるべき課題が凝縮されています。そこであらためて、ムヒカの思想について整理し、この講義の中でふれてきたトピックスもまじえ、受講生のみなさんにとって、経済学(経済史学)を学ぶとはどういうことか、述べられるようにしておいてください。

2.覇権国の移り変わり
 経済史研究の重要課題として、覇権国の移り変わりが挙げられます。そこで今回の試験では、スペインに焦点を当てます。コロンブスによる西インド諸島の開拓、メキシコやペルーの銀山の開発、レパント海戦やポルトガル併合を経て、国力を強化してゆきます。しかしその後、ネーデルラント独立戦争で苦戦を余儀なくされ、次第に国力が衰えてゆきます。
 以上の経過に加え、価格革命についても説明できるようにしておきましょう。

3.近代市民社会の成立
 本講義では、民主主義が定着するまでの道のりが決して平坦なものではなかったことを強調しました。その確認のため、ピューリタン革命からクロムウエルの時代を経て、名誉革命に至るまでの経過を確認し、整理しておいてください。

4.農業革命・商業革命
 18世紀後半、イギリスにおいて産業革命がスタートする前の1世紀のうちに、農業と貿易の構造が大きく変化します。その変化の概要を、とりまとめておいてください。

★ 簡潔に答える問題(5〜10行程度)

1. 伝統社会の特色
2. 産業構造の高度化
3. プロト工業化の展開過程
4. 重商主義
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