寺本益英の日記

 関西学院大学で日本経済史を担当する寺本益英の身辺雑記です。経済、歴史、お茶、フードシステムの話題を中心に、思い立ったことを綴ります。受講生の質問にも答えます。

2008年11月

豊かさ・幸福からみた近代日本(2)

 今回の講演では、「経済的豊かさ」、「民主主義思想の浸透」をキーワードに、経済と政治の面から戦前の日本がどの程度豊かで幸福であったのか考えることにしました。以下では講演の概要を何回かに分けてご紹介します。
 まず、戦前の日本は経済的にどの程度豊かであったのか、データを調べてみました。(アンガス・マディソン『経済統計でみる世界経済2000年史』柏書房,2004年 を参照)1人当たり実質GDPで国際比較を行うと、1820年頃(文政期)は669ドルで、世界平均(667ドル)並み、明治維新期(1870年)は世界平均(867ドル)を下回る水準の737ドルでした。ちなみに同年のイギリスは3,191ドル、アメリカは2,445ドルでしたから、日本の後進性は明白です。
 その後大正期に入った1913年の日本の水準は、1,387ドルと著しく伸びています。それでも同年のイギリスは4,921ドル、アメリカは5,301ドルであり、経済的豊かさは、欧米にははるかに及びませんでした。日本が国際的に見て「豊かな国」と呼べるようになったのは、戦後、高度成長を経た1970年代以降のことです。1973年、世界平均は4,104ドルに対し、日本は1万1,439ドルとなり、欧米諸国と遜色ない水準に到達しています。
 ところでGDPには水準で見る見方と、成長率で見る見方があります。上述のとおり戦前における日本の所得水準は、国際平均以下でしたが、成長率ではトップグループに属していました。特に大正期はじめの1913年から第二次世界大戦前の時期にスポットを当てると、総額で4.6%、一人当たりで3.6%を示し、群を抜いて高率だったのです。
 色々な考え方があると思いますが、戦前期を通じ、成長率が順調に推移したという点で、戦前期の日本は経済的には成功したといえます。

OP2

豊かさ・幸福からみた近代日本(1)

 時間が飛ぶように経っていって、11月も残り2日となりました。オープンセミナー、今日はいよいよ私の番がまわってきました。一流の先生をお招きし、文化や医療と幸福の関係についてお話を聞いていたときは、私自身とても幸福な気持ちになれたのですが、2回の講演が終わり、ついに自分が話さなければならない状況に追い込まれると、事態は一変です。本はたくさん読んでいたものの、思ったように考えがまとまらず、最近2週間ほどは寝るのが朝6時で、2時間目に間に合うよう、10時ごろ起きて学校へ行くという、壮絶な毎日を送ってきました。
 さて私の報告テーマは、「豊かさ・幸福からみた近代日本」です。私は2つの理由があって、この課題に取り組み始めました。まず第一に、かねてからこのブログでも話題にしたように、「幸福」という人類にとっての究極の目標に対する関心からです。そしてもうひとつは、現在総合教育研究室で進めているプロジェクト「日本史教育の再構築」に関し、さしあたりの研究成果を発表する日を今日に設定していました。
 以下でご紹介するように、今日の講演内容は、基本的に高等学校の日本史教科書の知識をベースに組み立てています。よく知られた史実でも、明確な分析視角を持ち、それに基づいてストーリーを組み立てれば、これまでとは違った意味を持たせることができるのではと考えました。
 高等学校の日本史は、政治・経済・文化、全部一緒にして時代順につなげても、あまり得るところはありません。しかし「民主主義の浸透度と幸福」という視点で再構成を試みると、簡単な知識で幸福の本質にアプローチできるような気がしてきました。

OP1

2008年度 秋季オープンセミナーのご案内

 何度かこのブログでも取り上げましたが、私が企画いたしました秋季オープンセミナー「経済発展と豊かさ・幸福について考える」の募集が始まっています。関学関係者以外の方は、往復はがきで申し込んでいただかなければいけませんが、一応定員400名の先着順ということになっていますので、下記のリンクの詳細をご覧いただき、お早めにお申込みください。(なおこの案内記事は、最終回の前日にあたる11月28日まで、トップへ置いておきます。)
 プログラムは下記のとおりです。

10月18日 10:00〜12:00  B号館101号教室
テーマ:芸術と人間 −江戸絵画の楽しみ−
講師:冷泉家時雨亭文庫理事長 冷泉為人
11月 8日 10:00〜12:00  B号館101号教室
テーマ:国際的にみた我が国の医療と福祉
講師:兵庫医療大学学長 松田暉
11月29日 10:00〜12:00  B号館101号教室
テーマ:豊かさ・幸福からみた近代日本
講師:関西学院大学経済学部教授 寺本益英

 余談になりますが、みなさんはGNH(Gross National Happiness・国民総幸福)という概念をご存知でしょうか。1972年、ブータンにおいてワンチュク国王が就任した際、人類の究極の目標である幸福を追求するため提唱した考え方です。ブータンではGNHを最大化するため、〃从兩長と開発、∧顕衆篁困諒欷遒氾租文化の継承・振興、Kかな自然環境の保全と持続可能な利用、い茲統治 の4つが政策目標に掲げられています。
 私たちの一生で、物質的な富よりも一層大切なものは何かということを、みなさんと一緒に考えることができれば嬉しく思います。
 
秋季オープンセミナーのご案内

総合コース 冨田圭子先生の課題

 今月7日、14日と2回にわたって総合コースの担当をしていただいた冨田圭子先生からレポート課題が出ています。テーマは下記のとおりです。
 形式的な注意ですが、用紙はA4サイズを使用し、一番上に学部、学年、学生番号、氏名を忘れないよう記入してください。字数は2つの課題を合わせて1000〜2000字程度を想定していますが、用紙が2枚以上になる場合は、左上を必ずホッチキスでとめてください。文書はワープロで作成するのが望ましいですが、やむを得ず手書きとする場合は、レポート用紙を1行おきに使用し、はっきりとした字で書いてください。提出は12月5日または12日の講義時間とします。
<課題>
1.今後、食育が果たせる役割について聞かせてください。
2.授業の感想を聞かせて下さい。

高橋正郎先生 講義とミニ講演会レポート(1)

 昨日は日本フードシステム学会初代会長の高橋正郎先生に講義と講演をしていただきました。

2008_11210003

わかるテレビ3時間スペシャル 「モンドセレクションがわかる」

 今日は11月21日。わかるテレビ3時間スペシャルが放送され、「モンドセレクションがわかる」のところで、監修者として紹介していただきました。

わかるテレビ3時間スペシャル

「わかるテレビ」モンドセレクションの監修をします

 11月21日の午後7時57分より、フジテレビで「わかるテレビ」という番組が放送されます。不定期の番組なのですが、テレビや新聞でよく耳にする用語を、専門家の監修によってわかりやすくまとめたVTRを使い、コンパクトに解説する番組です。
 全体的にどのような用語が扱われるのか知りませんが、食の世界のノーベル賞とか、食品のオリンピックとか言われている「モンドセレクション」が取り上げられ、その監修を私がお引き受けすることになりました。監修者として、ほんの短時間ですが、写真出演します。当日自宅にいらっしゃる方に見ていただけると嬉しいです。

モンドセレクション

吉田泰治先生 総合コースと総研サロンのお知らせ

 今週は本当に忙しい週です。会議が集中し、近くですが、出張も重なりました。
 校務だけではなく、これから私の企画も続きます。まず21日は高橋正郎先生の講演会(11月15日のブログに掲載)、28日は吉田泰治先生の講演会(下記のリンク参照)そして、29日は私がオープンセミナーで話します。8日の松田暉先生のお話も含めると、1ヶ月に4回も講演会を開いたことになり、これまでの最高記録といえるかもしれません。
 さて28日の吉田泰治先生の2回目の講義は、「食品の安全性、BSEを中心に」です。最近食品の安全性を脅かす事件が多発しています。事故米の食用への転用に象徴される犯罪行為、残留農薬や異物混入など、製造工程でのミスも多く見受けられます。これらは看過できない問題ですが、基本的には検査体制を強化することによって、防ぐことができます。
 ところが、BSEや遺伝子組み換え作物に関しては、科学的に未解明な部分が残っており、将来どんな深刻な事態が発生するかわかりません。今回の講義では、両者のような食品の安全に関わる本質的な問題に重点を置いて分析していただきます。
 それから4時間目は、第5別館308号教室において、総合教育研究室で私が担当しているプロジェクト「日本史教育の再構築」の関連企画として、講演していただきます。テーマは、「統計データにみるわが国農林水産業の長期推移」です。詳細は下記のリンクをご参照ください。せっかくの機会ですから、ブログをご覧のみなさん、多数ご参加ください。

吉田泰治先生 総研サロンのご案内

黄葉夕陽村舎(廉塾)へ(2)

 昨日はゆっくりできてよかったのですが、今日からは再び試練の毎日が続きます。今月29日にはオープンセミナー、来月4日と16日は公民館の市民大学です。準備が間に合うかどうか、睡眠不足に体がもつかどうか、とても心配になってきました。
 さてブログをご覧のみなさんは、菅茶山(1748〜1827)とはどんな人物か、あまりご存じないかも知れません。ひとことで紹介するならば、江戸時代後期に活躍した著名な儒学者・教育者・漢詩人です。
 私が茶山に関心を持ったのは、頼家と深い交友関係があったからです。煎茶文化の担い手であった頼山陽(1780〜1832)の父春水とは親友であり、1809年には、山陽を塾頭に迎え入れています。また茶山の詩集『黄葉夕陽村舎詩』には、頼家の人々を詠んだものが数多くあるということから、よほど意気投合したのだろうと思い、その生涯や思想について、調べてみたくなったのです。


黄葉夕陽村舎1

黄葉夕陽村舎(廉塾)へ(1)

 今日は1年のうちにほんの数日しかない「楽しい日」になりました。一向に仕事は片付いていないのですが、これ以上研究室にこもって、原稿を書いたり講演の準備をするのは精神衛生上よくないという気がして、かねてから興味を持っていたた菅茶山の私塾、黄葉夕陽村舎を訪ねることにしました。
 今年も、講演や学会などで方々へ行ってはいるのですが、自分で発表したり、学術的な研究報告を聞くためなので、リラックスはできません。また道中ひとりというのも寂しいものです。以前から誰かと楽しく話しながら、気分転換になるような旅行がしたいと思っていました。
 あるとき野沢さんに菅茶山の話をし、広島の福山に黄葉夕陽村舎という私塾の跡が残っていると言ったことがあります。するととても関心を示してくださいました。阪神間のように電車の本数が多くなく、賑やかな観光地でもないので、ひとりで行くのは躊躇していたのですが、野沢さんが快く同行してくださることになったので、思い切って出かけることにした次第です。
 福山には広島県立歴史博物館があるので、以前見学に行ったことがあります。新神戸からだと、「のぞみ」を利用すれば1時間足らずです。黄葉夕陽村舎の最寄り駅神辺(かんなべ)は、福山で福塩線に乗り換えて10分あまりです。接続がよければ、神戸から1時間半程度で到着します。
 下の写真は、JR福山駅の福塩線ホームで撮影したものです。2両編成のワンマン列車です。のんびりとローカル線に乗って旅をするのもいいものですね。

福山駅

高橋正郎先生 総合コースとミニ講演会のお知らせ

 それにしても、刻々と日が過ぎてゆき、秋学期の講義も後半にさしかかってきました。総合コースはバラエティに富んだ講義が続き、順調に回を重ねています。
 さて毎年恒例になりましたが、今年も11月21日は、日本フードシステム学会初代会長の高橋正郎先生をお招きし、講義とミニ講演会を開催予定です。
 高橋先生には、お茶の講座以来、ずっと関学で講義を担当していただいていますが、「フードシステム」をキーワードに、毎年新しい視角で分析を加えたり、ホットなトピックスを取り上げたりしていただいています。
 ここで今年のお話を少し予告しておきます。まず3時間目の講義では、最近あとを絶たない食品をめぐる事件や不祥事にスポットを当てていただきます。「食」と「農」との間に大きなブラックボックスが形成されてしまったことに問題があり、これが原因で発生する様々な問題をいかに解決すべきかを検討します。初回の講義で行ったアンケート調査でも、多くの学生が食の安全について関心を持っていました。そういう意味では、受講者のリクエストにぴったりの講義内容です。
 続く4時間目のミニ講演会は、C号館302号室に場所を移動して実施します。テーマは、「食と農をめぐる4つの話題」です。4つの話題というのは、千葉県の「農業・農村づくり計画」策定、国内産米粉の消費促進、汚染米の問題、米政策の転換と食料自給率の向上 です。
 先生は数々の重要な農政に直接的に関与されてきましたので、これらのご経験に基づくお話は、聞き逃すことはできません。4時間目のほうも、多数のご参加をお待ちしています。

現代喫茶人の会で講演 「明治期のヨコハマ茶交易史」

 昨日はとても慌しく、松田先生の講演をお聞きした後、ゼミ発表会に参加し、それが終わると新幹線に飛び乗って横浜に向かいました。現代喫茶人の会からお招きいただき、「明治期のヨコハマ茶交易史」というテーマで講演するためです。
 午後7時過ぎに横浜駅に到着し、エクセルホテルで夕食会に参加させていただき、とても楽しいひとときを過ごさせていただきました。
 そして今日は、中華街を見学し、明治期の商館巡りをした後、午後2時より、横浜情報文化センターで、私の講演ということになりました。
 さて私が日本茶業史の研究を始めたのは、今から20年あまり前の学部時代のことでした。普段何気なく飲んでいるお茶が、戦前の日本経済において、大きな存在価値を持っていたことに意外性を感じ、研究に引き込まれてゆきました。
 日本茶輸出の全盛時代、輸出港として重要な役割を果たしたのが横浜港でした。横浜開港100周年にあたる1958(昭和33)年、横浜市茶商組合が『横浜茶業誌』を刊行し、「温故知新」を強調して製茶貿易を振り返っています。
 それからさらに50年を経た今年、講演の機会をお授けいただいた私は、同じ精神で初期の製茶貿易史を描きたいと考えました。製茶貿易の展開を跡付けることは、「近代日本の経済発展」という歴史研究の重要テーマに対するひとつのアプローチであるし、様々な困難を克服しつつ茶業の発展を導いた先人の歩みをたどることで、競合飲料の台頭や、ライフスタイルの激変に苦戦する現在のリーフ緑茶業界は、活性化のヒントが得られると思ったからです。

松田暉先生のオープンセミナー(1)

 幸福と豊かさを考えるオープンセミナーの2回目は、兵庫医療大学学長の松田暉先生をお招きし、「国際的にみた我が国の医療と福祉」というテーマでご講演いただきました。
 松田先生のお名前は、1999年、臓器移植法に基づいた初の脳死移植が行われたときから存じていました。同年2月28日未明、高知赤十字病院に脳死判定された患者の心臓、肝臓、腎臓、角膜が移植を待つ各地の患者のもとへ搬送されるシーンの報道を、私は息を飲んで見守っていました。その際、大阪大学病院で心臓移植を執刀されたのが、当時同大学教授であった松田暉先生でした。「移植を受けた患者の容体は落ち着き、心配された出血も少なくなっている」と記者会見されておられた先生の姿が、ずっと目に焼きついていました。素人ながら、医学の進歩は目覚しく、すごいことができるようになったものだと驚嘆したのが忘れられません。
 それから10年近くが経過しました。松田先生は昨年ポートアイランドに開学した兵庫医療大学の学長に就任され、私は非常勤講師で経済学を担当させていただくことになりました。今回の企画は、そんな不思議なご縁で実現したのです。テレビの画面でしか拝見できないと思っていた先生が関学へお越しくださり、「医療と幸福」について直々にお話をお伺いできたのは、本当にありがたいことです。

松田先生2

兵庫医科大学「日本経済」試験を行いました

 今日は兵庫医科大学で「日本経済」の最終試験を行い、下記のような問題を出題しました。
 講義を受講したみなさんは、「100年に1度あるかないか」と言われるほどの、経済の大混乱のさなかに「日本経済」の講義を受講することになったわけですね。腰がぬけそうになるほどの強烈な株価の下落も経験しました。
 色をかえ、プリントのほぼ全文をマーカーでチェックしてある学生、雑談的な話まで、びっしりメモをとって聞いてくれた学生、ルーズリーフに想定問題をしっかりまとめて試験に臨んだ学生など、今回の講座は熱心な受講生に恵まれて、とても気持ちよく終えることができました。

次のAとBの会話を読んで、(1)〜(8)の設問に答えなさい。

A:この1年を振り返ると、経済も政治も大混乱だったね。
B:僕も本当に驚いたよ。(1)今年4−6月期のGDP速報でも、景気の悪化ははっきりあらわれているね
A:夏頃までは、物価上昇が気になった。特に(2)原油価格高騰が目立ったね。7月のCPIは前年同月比2.4%上昇だったけど、(3)体感物価の上昇ははるかに大きいよ。
B:僕もそう感じている。それにしても、世界的な金融危機はすさまじかったね。(4)資本主義は元来不安定であることと、貨幣経済は投機的であるということを思い知らされたよ。株価の大幅な下落は(5)資産デフレを引き起こす。これから先が心配だ。
A:話は変わるけど、政治の将来はどうなるのだろう。僕は(6)福田首相がなぜ辞任したか、理解できるね
B:まあね。でも麻生首相には、早く日本を立て直してもらいたいよ。予算は(7)産業構造の変革のために重点配分すべきだし、(8)道路特定財源の見直しも急いでほしい。
A:そのとおりだ。早く対策を講じないと、日本は大変なことになってしまうよ。

【設問】
(1)下線部(1)に関し、需要項目別に動向(増減およびその理由)を説明しなさい。10点
(2)下線部(2)の理由を説明しなさい。10点
(3)下線部(3)の理由を説明しなさい。10点
(4)下線部(4)について、今回の金融危機の本質は何か、講義で配付した岩井克人教授のインタビュー記事を参考に述べなさい。20点
(5)下線部(5)はどのような現象か説明しなさい。10点
(6)下線部(6)に関し、具体的な出来事を指摘しつつ、福田政権が行き詰まった理由を説明しなさい。15点
(7) 下線部(7)は、どのような可能性が考えられるか、講義内容に即して論じなさい。 10点
(8) 下線部(8)に関し、道路特定財源の暫定税率存続の是非、および望ましい使途について、あなたの意見を述べなさい。15点

いつの時代にもあった投機の失敗(2)

 貴重な3連休も最終日を迎え、明日から再び「平常ダイヤ」に戻ります。四苦八苦の末、9日の講演準備だけは整いました。お茶の貿易史は一番よく知っている分野のはずなのに、資料作成にはずいぶん手間どりました。自分で勉強し、何となく知識を得るだけなら簡単ですが、みなさんの前で所定の時間内で話をまとめるとなると、ある程度文章化された資料を作っておかないと不安になります。それを作るのが、決して楽ではないのです。
 さて今日は文化の日。インターネットでは、文化勲章親授式後の記念撮影の様子が報じられていました。文化勲章はそれぞれの分野の頂点をきわめた方におくられる賞ですから、受賞者の喜びは一入ではないかと思います。
 ところで、受賞者のうちのお一人の益川敏英先生は、ノーベル賞とのダブル受賞です。私の名前は「寺本益英」。益川先生のお名前の最初と最後をくっつけると、「益英」となるんですね。何と4文字中2文字が私の名前と同じです!ということは、画数占い的には50%の確率で、ノーベル賞と文化勲章をもらえるかも?と、ひとり夢の世界に入って、ニヤッとしていました。追い詰められた毎日を送っていると、空想の世界へ逃げるほかないんですよね。
 ついこの間の出来事ですが、親しい事務職員の方が、「先生、名前的にはずいぶんいいところまで来ましたね」と声をかけてくれました。何のことかと思って不思議そうな顔をしていたらこの話でした。私が「親の先見性はすごいでしょう」と答えると、大笑いになりました。
 さてここからはまじめな話に戻り、昨日の続きを書きます。
 株価大暴落後の4月7日、大阪の増田ビルブローカー銀行が手形交換尻決済の不能を暴露し、5月24日には横浜の大貿易商茂木商店が綿糸相場の下落などで多大の損失を蒙ったことが報じられると、その機関銀行である七十四銀行が休業に追い込まれました。一連の銀行動揺は生糸、綿糸等の商品相場の下落、株式市場の混乱を引き起こし、経済に深刻な打撃を与えます。1920(大正9)年中の諸価格の下落率は、生糸69.8%、綿糸60.2%、株価指数54.9%でした。1年以内に大部分の商品市況、株式相場が半値以下に低落したのです。今の状況と酷似していると思いませんか。日本銀行の調査によると、同年4〜7月中に取付を受けた銀行数は169行(うち支店銀行102)、休業を余儀なくされた銀行は21行に達しました。

いつの時代にもあった投機の失敗(1)

 ちょうど一週間後に、横浜で初期の製茶貿易史について講演があるので、このところずっとお茶の輸出史関係の文献に一生懸命目を通しています。特に『日本茶貿易概観』とか『横浜茶業誌』は穴が開くほど繰り返し読んだ本なので、懐かしいです。(どちらも文生書院で復刻版を出版してもらっています。関学の図書館にもあります。みなさんも機会があれば是非ご覧ください。)さらに29日は泣いても笑ってもオープンセミナーで自分の順番がまわってきます。そのことを考えると枕を高くして眠れず、近頃大量に買い占めた近代史の本も並列的に読み進めています。大学祭の休暇のおかけで辛うじて時間をひねり出していますが、そうでなければ大ピンチです。
 3月末に研究室をかわった時、「本の数はできるだけ増やさない。新しく購入した場合は、同数を自宅へ持ち帰る」という奇特なガイドラインを定めたのですが、1ヶ月もしないうちに破綻し、夏休み頃から状況は一段と悪化して、今ではもはや手の施しようがなくなっています。机の上に何重にも本を広げると「地表」が見えなくなり、下のほうの本をとる場合は、上に重なっている本をソファーに移動して「発掘」しなければいけません。そのため、3人かけられるはずのソファーが、いつの間にか本置き場に変貌してしまいました。しかも無造作に置いた本は、たびたび山崩れを起こし、その都度復旧作業が必要です。4日の午後から講義が再開され、お客さんが来るようになると、ソファーに置いた本は、床の上に直接積み上げるしかないでしょう。通路が極端に狭くなり、歩くと足に引っかかりそうです。それでも何とかおさまりきればよいのですが、おさまらなくなったらどうするか、今のところ解決策が浮かびません。
 さてオープンセミナーの準備で近代史を調べていると、いつの時代にも投機とその失敗はあったんだなと、あらためて痛感します。最も深刻だったのは、1920(大正9)年恐慌でしょう。同年初頭、資金需要の増大に加え、第一次世界大戦中抑えられていた輸入にも増勢の傾向がみられ、次第に金融逼迫が顕在化します。そして3月15日、東京株式市場において、株価が大暴落したのです。これにともない市中銀行は貸出警戒を強め、金融は円滑さを欠いてゆきます。

「明治期のヨコハマ茶交易史」講演準備

 急に肌寒くなったかと思うと、今日から11月です。学内の配付物や街の光景を見ていると、クリスマスやお正月が近づいているのを実感します。今年もあと2ヶ月で終わりです。経済が大変なことになっていますが、少しはよくなって、新年を迎えることができるのでしょうか。
 私の毎日も相変わらず厳しい状況です。今月2つ、来月2つと、講演があと4つ残っていて、やはりその準備が気になります。もちろんそればかりではなく、学内の業務や学会の仕事など、複数の案件を抱えていると、どのように時間をひねり出せばよいかばかり思案しています。
 さていよいよ目前に迫ってきたのですが、9日は「現代喫茶人の会」からお招きいただき、横浜情報文化センターで「明治期のヨコハマ茶交易史」というテーマで講演することになっています。(下記のリンクでイベント案内をご参照ください。)みなさんもご存知だと思いますが、いわゆる安政の5ヶ国条約により、横浜が開港したのは1859(安政6)年のことです。つまり、来年2009年は横浜港開港150周年。それを記念して横浜では様々なイベントが開催されています。(下記の2つめのリンクをご覧ください。)
 最近は日本経済をテーマにした講演が多かったのですが、久しぶりでお茶に戻ります。しかも私の研究生活の出発点となった幕末・明治初期における茶貿易史なので、とても懐かしいです。昔必死に集めた資料を引っ張り出してきて、原稿を作成中です。赤線を引いた箇所や書き込みを見ると、当時どんなことを考えていたかが思い出されます。気づいてみると、修士課程入学から、早くも20年が経過していました。

現代喫茶人の会
横浜開港150周年
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