講座の企画段階で、昨日記した主旨のセミナーを行うには、湯浅先生のお力を借りるほかないと痛感していました。しかし同時に、湯浅先生にお願いすれば、参加者全員が満足する完璧なプログラムを実現するため、ご準備に膨大な時間を費やしてくださることははじめからわかっていました。加えて昨年12月6日にお引受けいただいた学生提案企画のプログラム「日本茶・中国茶文化の魅力と愉しみ方」(昨年12月6日の記事もご参照ください)で時間的にも経済的にも大きなご負担をかけてしまったので、立て続けにお願いするのは申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。それでも湯浅先生は、準備に必要な気の遠くなるような手間を全く厭わず、「受講生のみなさんに喜んでいただけるのなら」と、即答で担当してくださることになりました。昨年末のことでした。本当に嬉しく思いました。
 今ふりかえってみると、私は先生にかなり無理な注文をしてしまいました。「受講生のみなさんに、究極のお茶を淹れてほしい」、「受講生を盧同の茶歌の境地に導いてほしい」。これは世界一難しい要望と言っても過言ではありません。
 年が明けてから、湯浅先生の壮絶な日々が始まったのは想像に難くありません。「究極のお茶」の決定要因は、茶葉の種類、茶葉の量、湯の量、湯の温度、抽出時間だとします。仮にそれぞれ10通りの方法で試していただいたとしたら、10の5乗=10万回、20通りとしたら20の5乗=320万回の実験が必要です。微妙な違いも見逃さず、繰り返し繰り返しあらゆるパターンを研究し、ようやくたどりついたのが、今回みなさんに味わっていただいた、世界にただひとつしかない湯浅先生特製のお茶だったのです。
 湯浅先生のご配慮はお茶だけにとどまりませんでした。近江の餅米と阿波の和三盆糖の蜜という厳選素材を用いた別注の干菓子、大粒の立派な栗が丸ごと入った栗饅頭までご用意してくださいました。このおいしく気の利いた和菓子が、両脇に清風が感じられるお茶と見事にマッチして、私は最高に幸福な気分に浸っていました。
 湯浅先生のセミナーは毎回私に大きな感動を与えてくれます。格別のお茶と和菓子が味わえたことに加え、当日のために計り知れないエネルギーを投入し、奈良から自動車いっぱいに道具を積み込んでお越しくださり、全力投球で企画を進めてくださる先生の姿が重なるからです。
 校務に忙殺され、論文の督促がこないか怯えながら過ごす日々は、ストレスとの闘いの毎日でもあります。ほっと安らげる時間がなければ体がもちません。今回のセミナーで私は、これまで蓄積されていたプレッシャーが一掃され、またがんばらなければという元気を授けられました。お茶の研究をしてよかった、湯浅先生との出会いがあってよかったと、しみじみ感じた1日でした。