今日から11月です。今年も残り2ヶ月かと思うと、焦りを感じます。猛暑がウソのようで、朝夕はずいぶん冷え込んできました。乗り物には、ゆるい暖房が入っているようです。少し前までは暑すぎで行動が億劫でしたが、これからは寒すぎて動きづらくなってゆきます。ちょうど過ごしやすい季節は本当に短くなりました。
 さて本日は、単身高齢者の増加が引き起こす社会問題について考えてみます。 現在、ほとんどの日本人は病院で亡くなっています。病院死の比率は2005年には82%、最近はやや下がって75%くらいです。それでも4人のうち3人は病院で亡くなる計算です。こうした状況をふまえ厚生労働省は膨張を続ける医療費削減のため、自宅で亡くなる「在宅死」の比率を高める政策を打ち出しています。それが春学期の「医療をめぐる諸問題」でも取り上げられた地域包括ケアシステムです。これは住み慣れた地域で医療・介護・生活支援を一体的に提供する方式です。ただしこのように「病院や介護施設」から「在宅医療・在宅介護」へのシフトを目指すのであれば、家族の支援は不可欠でしょう。身の回りの世話や買物などを気軽に頼めるのは家族しかいません。家族のいない単身高齢者はたちまち行き詰まってしまいます。
 これまで日本人は人生のエンディングをどのように迎えていたのでしょうか。基本的に家族が介護・看取りの中心的な役割を果たしてきたといえます。高度医療技術がなかった時代でも、家族に見守られて息を引き取り、安らかな死を迎えることができました。
 病院死が一般化した現代社会においては看取り文化が廃れています。地域包括ケアシステムが円滑に機能せず、単身高齢者が急増する時代を迎え、安心して死ぬことが難しくなっているのです。誰にも看取られず、何ヶ月も経ってから死んでいることに気づく「孤独死」の増加も懸念されます。
 単身高齢者であっても元気で動けるうちはいいのですが、介護や看護が必要になったとき誰に頼ればよいのでしょうか。仮に介護、看護はヘルパーさんや看護師さんに来てもらうにしても、亡くなったときに誰が葬儀を行い、誰が墓参りをするのでしょうか。これまで人生の終末期から死後までの手続きや作業は家族や子孫が責任を持つべきとされてきました。しかし伝統的家族形態が崩壊し住宅事情やライフスタイルの多様化が進み、これらを家族や子孫だけでは担えない状況が生まれています。死亡年齢の高齢化とともに、担い手となるはずの子供や兄弟も高齢化し、経済的にも肉体的にも支えきれないという事態が起こっています。
 アベノミクス「3本の矢」でこうした問題は解決できません。社会的に弱い立場にある人々を救う社会政策の実施も重要な課題だと思います。