2005年03月12日

『少年と少女のポルカ』(藤野千夜、ベネッセ、1100円)

 岡崎京子の可愛いイラストが描かれた、小説の新刊本が売っていた。帯にある文句はこうだ。「オトコが好きな男、オンナになろうとする男、電車に乗れない女の子の物語」−手に取って、パラパラと中身を眺めて、そのままレジへと向かう自分に、この本の一体どこに惹かれたのかと、自分自身で問いかけてみる。

 「岡崎京子が好きだから」「ホモだから」「MALE TO FEMALEに興味があるから」「電車に乗れなくなったことがあるから」。幾つも用意した答えの中で、一番真実に近いのは何かと聞かれても、心の中で曖昧に笑って、やり過ごすことにする。どれも間違っているような気もするし、どれも正しいような気もする。卑怯な答え方だな。ただし「作者の藤野千夜のファンだから」と答えれば、絶対に嘘だと断言できる。なぜなら藤野千夜の名前を初めて知ったのは、たまたま入った本屋の店頭で、「少年と少女のポルカ」(ベネッセ、1100円)を見つけた時だったからだ。

 第14回「海燕」賞を、予備校に通う女の子を主人公にした「午後の時間割」で受賞した藤野千夜が、この受賞作と、今年2月号の「海燕」に掲載された「少年と少女のポルカ」を合わせて、1冊にまとめたのが、この本になる。表紙に描かれているのは、卵を持った少年、ヘソ出しTシャツにミニスカートの女の子(に見える男の子)、レーンコートを着込んで口を真一文字に結び、自転車のハンドルをぎゅっと握ったお下げの女の子の3人。帯の文句を当てはめながら、ああこいつが、へえこの子が、そうかこの子はと考える。

 90年に発表された、比留間久夫の「ハッピー・バースデー」には、女性になりたくて仕方がない男の子が主人公で出てきて、確かタマを抜く決心をするところで話が終わっていたけれど、それからたった6年で、タマを抜いてホルモン注射を打ってスカートを穿いて、男子校に通う男の子が出てくるようになった。おまけにこんなシチューションが、とりたてて際だっているとは感じられないところに、世間の価値観の変化を感じる。何せ今は、ニューハーフがテレビのゴールデン・タイムに、何10人も揃って登場する時代だ。

 大きく変わった価値観の中では、「少年と少女のポルカ」のような作品は、もはやセンセーショナルな話題にはなりえないし、したくない。無論、作者の属性と共通する部分を作品に見出して、はやしたてることもしない。いわゆる興味本位の部分を除外して、小説として見ていった時に、魅力的なキャラクターたちが、ストーリーの上を縦横無尽に動き回っていないような気がして、ちょっと物足りなかった。気になる終わり方もしていて、読めるのだったら続編が読みたいと思った。それだけキャラクターの造形が素晴らしかった。

 どのキャラクターに感情移入したかで、自分の属性を推し量れそうな気がしている。一種のリトマス試験紙ともいえる。お前は誰に感情移入したかって? やーねえ、それは言わぬが花ってものよ。

 「少年と少女のポルカ」はそれから講談社文庫から再刊されたけど、表紙はつまらない卵パックの写真だかイラストにかわってた。壊れやすいって意味ではマッチしてても、内容をより現していたのはベネッセの、岡崎京子の表紙だった。古本屋で見つけたらそっちを手に入れること。ぜったいに面白くて、美しいから。

Posted by kha02604 at 21:15│TrackBack(0)

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