2006年06月02日

昭和天皇(裕仁天皇)の戦争責任

以前に宮台真司氏が、昭和天皇には戦争責任がないということを話していたことを記憶している。その時にちょっと違和感を感じたので記憶に残っているのだが、宮台氏は昭和天皇に対しては個人的な好感の感情を抱いているということも言っていた。そう言うことも影響しているのかな、と漠然とは思っていたが、その時にはこのことを論理的に考えてみようとは思わなかった。

国家の最高権力者であった昭和天皇が、戦争という国家の行為に対して責任がないということは、論理的にはあり得ないこととしか僕には思えなかったからだ。その言葉が、宮台氏ではなく、右翼的な立場にいる人が語ったものなら、公平な第三者的な主張ではなく、立場から来る主張だから仕方がないなという受け取り方をしていただろう。

宮台氏が語ったことなので、客観的にそう主張出来る要素もあるのかなとは思ったが、深く考えてみようという意欲はわかなかった。しかし、この問題を指導者の影響や、指導者の影響で行動した人々の行為に、指導者はどのように責任を負うかという一般論として立て直してみると、今までは当然だと思っていたことも、もしかしたら他の考えも出来るかもしれないと思うようになった。
戦争責任というものを我々はあまりにも大雑把に捉えすぎているかも知れないと感じるようになった。責任というのは、抽象的に捉えるのではなく、具体的な行為において考えなければならないものではないかと思った。戦争責任についても、抽象的に戦争が行われた全般に関しての責任というものを考えてしまうと、それは頂点に立っていた人間に責任があるのが当然という、抽象的な結論が出てきてしまう。

昭和天皇が亡くなったときに、アンケートの調査で「昭和天皇に戦争責任があったと思うか」という質問があったというのを記憶している。仮説実験授業研究会で板倉さんが語っていたのを思い出す。その時の話では、若い世代(戦争を知らない世代)ほど、天皇に戦争責任があると思う人が多いという結果が出ていたと語っていた。

このアンケートの結果を、僕は、論理的に考えればそうなるのだから、若い世代ほど直接の感情に影響されずに論理的な判断をしているのだと受け取っていた。しかし、戦争を知らない世代ほどそう判断するということは、実は具体的な戦争を知らないほど、抽象的な戦争責任を論理的に導きやすいということを意味しているのではないかとも考えられる。

天皇の戦争責任について、抽象的に考えた方が正しいのか、具体的に考えた方が正しいのかは、簡単に結論出来ないことだと思う。具体的に考えると、末梢的な部分を取り上げて本質を見落とすという間違いの可能性もある。しかし、抽象性が高すぎると、条件を無視して適用範囲を広げるという、普遍性と特殊性の混同の間違いを犯す可能性もある。

どちらも間違いを犯す可能性がある難しい考察だと思うが、どちらか一方の思考しかしていないとすれば、間違いを犯す可能性がより高まるのではないかと思う。間違えないためにも、今まで考えてこなかった方を、フィージビリティ・スタディとして考えてみる価値はあるのではないかと思う。

もしかしたらこの面においては昭和天皇には責任がないと言える部分があるかも知れない、という発想で戦争責任について考えてみようかと思う。これは、全体として昭和天皇に戦争責任が無いという主張ではなく、昭和天皇の戦争責任という難しい問題に関して、より正しい方向を求めたいがゆえに行う考察だと考えたい。

まず戦争責任の中でも、その責任を問うのがもっとも難しいのは、日本軍が具体的に行った残虐行為の責任というものだろう。残虐行為に対しては、本質的には直接の実行者が責任を負うべきものであり、その再発防止には、日本の軍国主義が持っていた精神主義という非科学性や、人権を奪われた兵士の抑圧状況、兵士の不満が直接支配権力に及ばないようにするという支配の論理の問題などを考えなければならないだろう。

天皇という地位は、日本軍の最高権力者に位置するものであり、その地位に伴う責任というのは当然発生すると思うが、個人的な行為のすべてに責任を取るということになると、責任の範囲としては広すぎるのではないかと思う。残虐行為に対してもし責任があるとしたら、それを支配の道具として容認していたということが確認されなければならないのではないかと思う。

同じような構造にあるものに、学校における暴力行為の容認というものがある。これはしばしば「体罰」という言葉で呼ばれ、教育としての効果があると考えられて容認されることがある。この暴力行為が容認されると、その影響として、生徒同士の暴力による支配構造というものが生まれる場合が多い。

教師の「体罰」は、「懲戒行為」であるなら単純な暴力ではなく、秩序維持のために必要な行為にもなるのだが、そのためにはある種の権威を背景にして「懲戒行為」が成り立つということがなければならない。この権威が失われて、暴力の力が「懲戒行為」の背景にあるすべてになってしまうと、生徒の側はしばしば間違ってこの行為を受け止める。

本来なら権威があるからこそ「懲戒」の正しさを認めて、形の上では暴力に見えるようなことでも指導される側が受け入れるということがなければならない。しかし、力による支配が失墜した権威を支えるようなことになれば、力による支配が「懲戒」を支えるということになり、力による支配を肯定するような方向へ行ってしまう。

力による支配を肯定してしまうと、生徒によって行われる力による支配の構造も、秩序維持に役立つということで容認するような方向へ流れる恐れがある。こうなると、一見静かな学校が出来上がるが、見えないところでは陰湿ないじめが横行するという、力による支配の欠陥が出てくるようなことにもなる。力による支配は、その行動の正しさを元に行動するということが難しくなるからだ。支配する側は、その行動の正しさを反省する機会を失っていく。

このような状況にある学校では、秩序維持のために力による支配を容認していれば、それに対して指導する側に責任が生じることになるだろう。力による支配は、それを是正することはたいへん難しく、容認しないという姿勢でいてもなかなか改善は出来ないだろうが、その姿勢を見せなければ、指導する側に責任が生じるものだと思われる。

僕は、昭和天皇が、いわゆる残虐行為を容認していたと言うことは聞いたことがない。直接個人を指導する立場にはいなかったので、それに対して注意をすることもなかったかも知れないが、少なくとも容認していなかったのであれば、残虐行為に関しては責任を問えないのではないかと思う。それは、直接の実行者と、その直接の指導者に責任が帰するものだろうと思う。

次に開戦の責任についてはどうだろうか。これは、日本軍というよりも、日本の権力構造の頂点にいた人間として、国家が開戦したということに対しては何らかの責任が存在するということは自明のように思われる。そうでなければ、最高権力者という地位が不思議なものになってしまう。

しかし、天皇という地位は、実は最高権力者であるということが不思議な感じを抱かせるような地位ではないかと最近は思うようになった。天皇が、自主的に自らが判断するという意志の自由を持っているのなら、その決定に対して責任が生じると思うのだが、果たして天皇はそう言う自己決定権を持っていたのだろうかということに疑問を感じている。

平成天皇である明仁天皇は、すべての判断において、自分の恣意的な気持ちよりも、国家にとってどのような方向が望ましいかということを基準に判断しているように、宮台氏のマル激の議論を聞いているとそう感じる。それがたいへん優れた判断で、リベラリストとして申し分ない判断をしていると感じて僕は尊敬感を抱いているのだが、あまりにも完全すぎて、そこには個人の判断が入っていないのではないかとも感じる。

これは、敗戦の事実を間近に見てきた明仁天皇が、そのような失敗は二度と繰り返してはならないと言う考えから、リベラリストとしての判断をしているようにも感じる。平和な時代の明仁天皇は、自らの意志で国民をリードするというよりも、正しい判断をする姿を示すということで、模範となるという意味で象徴としての自分を表現しているように見える。

平和な時代の天皇はこのように見えるが、戦争の時代の昭和天皇は果たしてどうだったのだろうか。現人神として君臨していた昭和天皇は、神のごとくに、自らの意志を強く示してすべてにおいて指導者として振る舞っていたのだろうか。もしそうであるなら、当然開戦の責任を問われなければならない。

しかし、現人神としての役割を演じるという意識の方が強かったときは、その役割を演じさせた部分に責任の一部が帰属するのではないだろうか。このあたりの事実はどうなのだろうか。宮台氏は、昭和天皇が、戦後の人間宣言によって救われたというのを自らも感じていただろうと語っていた。役割から解放されたというホッとした感じといえばいいだろうか。

日本の天皇という存在は実に特殊な存在であるように思う。ナチスドイツのヒトラーのように、自らの意志で国家権力者となり戦争を指導した人間は、当然開戦の責任を負わなければならないだろうし、ユダヤ人虐殺の行為に対しても、それを容認していた部分が多々あるのを感じる。ヒトラーが直接ユダヤ人を殺していなくとも、その優生思想が、ユダヤ人の虐殺を容認していたと読めるからだ。

昭和天皇は、神のように自らの全能感によって行動した人間だったのか、それとも、神であるという使命感のゆえに、自らの行動を正しいものとして律することに努力した人だったのか。それを詳しく知らなければ、開戦の責任ということも単純に判断出来ないのではないかと感じるようになった。その地位から責任を引き出すには、日本の天皇という存在はあまりにも特殊でありすぎる感じがする。

敗戦における日本民族や、中国を始めとする侵略したアジア諸国に対しては、戦争によって被害をもたらしたことは明らかだ。だから、あの戦争は大きな失敗であると反省しなければならないだろう。開戦に対して責任があるのなら、その責任を取る何らかの方法を考えなければならないと思う。失敗を失敗として認めるなら、この失敗を繰り返さないための誤謬論が必要だ。

支配者の間違いがそのまま国家の間違いにつながってくるようなら、支配者の間違いがすぐに反映しないような国家権力のシステムというのを作らなければならないだろう。その一つが憲法による国家権力の制限になるだろう。しかし、昭和天皇が、正しい判断をするために努力していたにもかかわらず、開戦し敗戦を迎えるという失敗をしたとしたら、努力したにもかかわらず避けられなかった失敗をどう回避するかという問題を考えなければならない。

昭和天皇が単に一指導者として失敗しただけなら、システムの問題として考えるだけで足りるかも知れないが、努力したにもかかわらず失敗したとなると、これは意志の問題も関わった難しい考察になるだろう。昭和天皇の戦争責任の問題はそのようなことにもつながってくるのではないかと思う。

今までは、一般論として昭和天皇に戦争責任があるのは自明だろうと思っていたが、具体的な責任を考えてみるとなかなか難しいのを感じている。一般論として考える方が正しいのか、具体論として考えた方が正しいのかというのもまた難しい問題として存在する。宮台氏が語っていた「昭和天皇には戦争責任がない」という判断が、客観的に成立するものかどうか、さらに詳しく考えてみたいものだと思う。

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この記事へのコメント
つい最近、天皇と阿片についての記事を読みました。天皇を機関として戦争責任を考えるよりも、独裁者として責任の具体性を検証すべきではないかと考えるようになりました。参謀本部は皇居にあったのですね。
Posted by densan at 2012年03月19日 00:13
天皇責任論を考えるのには、”統帥権独立”を詳しく知る必要があると思います。太平洋戦争の主たる要因は統帥権独立を盾に、軍部が自らの判断で中国を蹂躙することができたことにあります。軍部の動きを制止することができるのは天皇をおいてほかになかったのではないでしょうか。
数学の方程式に”統帥権独立”のパラメータを設定する必要があると思われます。
Posted by がばい正 at 2007年10月30日 12:42
うなづくことの多いコメントです。対極にいる私にとっても非常に大切にすべきものだと思います。

「どっちもどっち」は、本質を隠す大元凶ですね。そしてどっちが悪い、という議論も感情論に走る幼稚な議論に終始するでしょう。では、本質は何かというと、日本は戦前と戦後で大転換が起こりました。一方、中国は文革、チベット、天安門事件と来て、大虐殺を引き起こす共産党が未だ政権を握っているという事実でしょう。これらの事実を鑑み、差し迫る台湾侵攻、法輪功弾圧などを如何に防ぐかを議論するのが「歴史に学ぶ」ことと思います。でもちょっと今回の「昭和天皇」についての議論から脱線なので、中国についてはもう言い出すのはやめます。すんません。

そろそろこのへんにして、「徴兵制の〜」のコラムを読んで見ます。それではさようなら〜。
Posted by ひよこ at 2006年06月10日 13:12
ひよこさんへ

物事は深く知れば知るほど難しさも増してくるということかなと思います。ただ、いろいろ知ることが、末梢的な知識を増やすことになると、本質が分からなくなって間違った判断につながってしまいます。本質を深く知るための知識かどうかというのは気をつけなければならないことだろうと思います。

お互いにひどいことをしていたという知識を知ることも大事だと思いますが、どっちもどっちだという判断になってしまうと間違えると思います。どちらの方が、不当性の原因として重さを持っているかが判断出来るような知識を求めなければならないだろうと思います。

テロリストの犯罪を批判することも大事ですが、テロリストを生み出すような構造を知ることの方がもっと大事なことだと言うことに通じるような知識を求めなければならないだろうと思います。
Posted by 秀 at 2006年06月10日 08:40
そういえばイギリスは立憲君主制ですね。やっぱり戦前の日本と似ている。

確かに”右翼性の立場から「天皇の戦争責任がない」という帰結が来るようには感じられない”ですね〜。私もどちらかといえばそうですし。でも、秀さんの今回の天皇責任についての考察は必要であると思います。「天皇の責任がないためには」、という前提で議論を進めてはいけないと思います。

WWIIではマスコミも大本営も誰も真実を知らせず、日本の敗戦を後押ししたわけですし、多角的に見ないといけない問題なのかもしれませんね。

最近中国共産党の抗日戦線長征のときに、粛清という名の虐殺で10万人ほど殺していた事実が明るみになってきたようで、ホットな話題ですよ。日本軍の中国での犯罪を考察するなら、中共と比較しながら進めないと公平じゃありません。
Posted by ひよこ at 2006年06月07日 10:09
隅田さんへ

書き込みをありがとうございます。ここで考えていることは、今まで単純に考えていた責任論を、もう少し細かいところにも考察を巡らせてみようかなと考えたもので、責任論の難しさを改めて確認してみようかというようなものです。ご指摘の内容も重要なものだと思いますので、これから考えていこうと思います。

宮台氏も小室氏も自覚的な右翼性を持っているとは思いますが、それはイデオロギー的な右翼性とは違い、ある種の方便としての右翼性のような気がします。だから、その右翼性の立場から「天皇の戦争責任がない」という帰結が来るようには感じられないのです。立場からそう言っているのではなく、ある種の理論の帰結としてそう考えているような気がします。それを明確に述べている文章はまだ見ていないので、それが言えるとしたらどういう論理になるだろうかというのを考えているところだという感じでしょうか。
Posted by 秀 at 2006年06月06日 09:02
ひよこさんへ

板倉聖宣さんも、自分自身の感覚としても、戦争当時の国民的な気分は、戦争を煽るものがあったと語っていました。これはおそらく本当だろうと思います。

それに乗って突っ走ってしまったことに、指導者はどれだけの責任があるのかというのは難しい問題かなと思います。今同じことを繰り返せば、それは過去に学ばないことであり、大きな責任があることは明らかだろうと思います。

しかし初めての経験の時には、どれだけ未来を見通せるかというのは難しい問題で、その賢明さが無かったことに責任があるかどうかも難しい問題だと思います。結果を解釈して後からなら何でも言えるけれど、その渦中にいるときに正しい判断が出来るかどうかは難しいからです。初めての経験は、責任論を展開するよりも、誤謬論の対象にした方がいいのではないかと思っています。
Posted by 秀 at 2006年06月06日 08:51
初めまして、瀬戸智子さんのところから時々お邪魔しています。
責任論を仰るなら、神云々よりもまず、大日本帝国憲法とその運用について書かれた方がいいと思います。昭和天皇は絶対王政君主ではなく立憲君主として君臨していたのですから。
責任論は個人の信条・思想より、立場・状況で何をしたか、何ができなかったかで問う方が楽だと思います。
私は個人としての責任論と、組織制度としての天皇という存在の責任や象徴として悪用された言葉としての天皇を分けて考えています。その上で追求すべきは後者と思っています。
あと、宮台氏が小室ゼミ出身であることはご存じですよね。左翼右翼という区別にどれだけ意味があるかは知りませんが、右翼的な立場の一人だと思いますよ。
Posted by 隅田 at 2006年06月03日 21:45
こんにちは。最近かなり注意深いですね。善か悪かの二元論に走るのも幼稚ですから、こういう論調のほうがすきです。天皇が特殊な存在だった、とするのは賛成です。イギリスの立憲君主制に似ていた、と考えられなくもないですが。

戦争に突入したのは天皇の意思よりも、むしろ国民がマスコミに踊らされて軍部の暴走を応援してしまったことにあると私は捉えています。またここでイデオロギーの衝突が起きそうですが。よって天皇責任論については、私はあまり乗り気ではありません。日本国民の一部は、自分達の失敗を「権力が私達をだました」というすり替えによって責任逃れしようとしていてずるいと思います。世論が開戦を後押ししたのに。そこら辺はこのブログの住民のみなさんどう考えてらっしゃるのかな、と興味があります。

ところでWWII前は開戦しても国際法的に罪ではない、と聞きました。うろ覚え。
Posted by ひよこ at 2006年06月03日 10:15