2012年05月12日

『きみがモテれば、社会は変わる』 3<「エリート」と重なる諸概念>

宮台真司さんは、麻布から東大という典型的なエリートコースを歩んでいるため、宮台さんが「エリート」を語ると、どうしても現行のエリートのイメージが浮かんでしまう。しかし、宮台さんの語るエリートは、そのようなものではなく、僕がずっと慣れ親しんできたもの達と重なるところがある。その自分の経験と関連させてエリートの内容をもう一度詳しく考えてみよう。

僕の尊敬する三浦つとむさんには『指導者の理論』というものがある。三浦さんが語る指導者というのは、何か立派な肩書きがある人間をさすのではなく、指導者としての正しい意識を持っている者を指導者と呼んだ。指導者としての正しい意識というのは、指導される者よりも一歩先を見る視点を持っていることだ。

三浦さんが語る指導者は、人よりもたくさん働くというような実務的な面で立派なわけではない。多くの人が当面の目の前のものしか見ていないときに、その向こうにある、未来を見ることのできる者が指導者だ。未来を正しくとらえる指導者は、多くの人を正しく指導して、望ましい未来へと到達させる。そこに「指導者」と呼ばれる理由がある。

この指導者は宮台さんが語るエリートと重なる感じがする。指導者も、指導者としての意識がなければ指導者にはなれない。エリートも自覚がない人間はエリートになれない。そしていずれの自覚も、エゴではなく、正しい事柄に奉仕するということが基本にある。

板倉聖宣さんは、「先駆者意識」というものを語る。これは、意識としては三浦さんの指導者の意識に似ているが、必ずしも他者を指導するということと結びつく必要はない。自分がやっていることが「先駆的」であるという自覚があればいい。まだ他の誰もやっていないが、それは価値あることであり、自分の成功の後に他者が続いてくるという予想の元に自覚が生まれる。宮台さんの「価値を語る者」に通じる存在だ。
板倉さんはいろいろな人の伝記も書いているが、そのすべては「先駆者」として時代を先んじた人たちだ。勝海舟なども、板倉さんが書いているのはその先見性の面だった。そして先見性がその周りの人々のつきあいから出てきたという、人間関係によって育てられたという視点で書いていた。このあたりは、優れた友人を持つことが学習に開かれることという安冨さんの考え方にも通じるものがある。

多くの人が変化を恐れて思考が停止している状況で、未来を見据えて新しい価値をいち早く受け入れることの出来る「先駆者」は宮台さんが語る「エリート」に通じるのではないかと思う。これらの指導者や先駆者は、学歴や世間の評価とはあまり関係がないところから生まれる。それはどのような資質から生まれるのだろうか。

宮台さんは「ヴァーチュー、リスペクト、そしてミメーシスへ」という言葉でその資質を語っている。このような感覚を持っていることが「エリート」としての意識を持つための前提となる。僕は肩書きとしてのエリートとは全く関係がないが、先駆者意識に関しては、それを持つように努めていたという感覚がある。

人が関心を持たないような所に面白さを発見するというようなことがよくあった。だから僕は普通の感覚で、多くの人が目指しているようなものをほとんど無視していても気にならなかった。空気に縛られることをうまく避けられたと言えるだろうか。

僕は自分が生徒・学生でいた頃にノートを取った経験がない。先生の話を、自分がそれを聞いて理解している間は聞いているのだが、分からなくなってくると勝手に数学の問題を解いて時間を過ごすような子供だった。聞いて分かるような話をノートに取る必要はないし、聞いても分からないようなら、後でノートを読み返しても分かるはずがないと思ったのでノートは取らなかった。

僕は学部を卒業するときに教員採用試験に落ちたので、内部選考で合格していた大学院へ進んだ。そこを卒業するまでノートを取らないという習慣は続いた。本への書き込みはたくさんしていたが、人の話を聞くときは聞くことに集中して、ノートを取ることで気持ちをそらせるのはもったいないと思っていた。

こんな学習の仕方をしていたので、教員になって困ったのはノートの指導が出来なかったことだ。今でも結局ノートの指導はほとんどしていない。自分自身がノートを取ることに価値を見出せないでいるからだ。

唯一行っているノート指導は、仮説実験授業の算数指導の専門家の新居信正先生が語った「ノートはノーミソを映す鏡」という発想での指導だった。ノートに書くべきことは、黒板に書かれたものではない。自分の頭の中の、目に見えないノーミソの中身を、目に見えるように書くのがノートだという発想だ。

このような学習をしてきたので、僕は自分の知識のほとんどは独学だと思っていた。そこに、独学の素晴らしい発想を持った学者の三浦つとむさんに出会った。数学での専門が論理学だったということもあったが、三浦さんが語る弁証法論理に魅せられて、激しく感情移入し同一化したいというミメーシスを感じたものだった。

自分は独学で真理をつかんでいるという感覚は先駆者意識を高めた。教えられた知識を暗記するのではなく、独力で真理をつかんでいるのだという感覚を味わっていたからだ。映画「グッドウィルハンティング」ではマット・デイモンが演じる数学の天才青年が登場するが、僕は彼の心情がよく分かり、感情移入できる。数学というのは、理解できてしまえば他者に教えてもらう必要がない。すべて自分で構築できるという感覚をある時期まで持ち続けていた。

後に、本当に困難になったときには援助が必要だと思ったが、直接援助を求めた人間には出会わなかった。僕が援助を求めたのは三浦つとむさんであり、板倉聖宣さんという人たちだった。僕の独学を補佐してくれる人間たちと言えるだろうか。今は、宮台真司さんとか安冨歩さんのアイデアが、新しいことを学ぶのに助けになっている。

他の人と違う感覚で思い出すのは、僕は試験が好きだったということだ。これは試験の結果が良かったというようなものではない。試験というのはかなりの緊張感が伴うのだが、その緊張感が普段は発揮できないほど集中力を高めるのに役立つ。その感覚が好きだった。集中したときに生まれる発想は、思いがけなく自分でも素晴らしいと思えるものがでてきてそれが面白かった。

これは、試験の結果というものにほとんど関心を持っていなかったから、そのような楽しみ方が出来たのだと思う。僕が楽しんでいたのは試験の間であって、それが結果としてどうなろうと関心はなかった。その時間にアイデアが生まれなければそれまでだが、それは大した問題じゃないと思っていた。

たぶん普通の人間は試験の結果が気になって普段通りの力が出せないことがしばしばだっただろう。僕は普段出せないような力が発揮できることがあるのを楽しんでいた。逆に言えば、関心を持たない試験では始めから何もやる気がなかったという弊害もあった。僕は英語に関心がなかったので、受験に必要になると意識するまで、高校3年の夏休みだったが英語を勉強したことがなかった。授業で聞いてはいるので試験で零点にはならなかったが、いつも落第すれすれという感じだった。

受験に必要になっても一生懸命勉強する気はないので、数学と物理で点を取る分で、英語は30点もあれば合格できるところを受験して行こうと考えていた。こういう発想は、今でも生徒によく話すのだが、勉強はとにかく一生懸命やらなければならないと思っている真面目な生徒は、その発想に驚くようだ。勉強は必要な分だけやればいいのであって、一生懸命やる必要はないというのが僕の感覚だ。

大学に行く目的も、そこで勉強しようとか、就職のことを考えようという発想は何もなかった。大学レベルの数学はどの程度のものをやっているのか見に行きたいというのが目的だった。数学はすべて独学でやるつもりでいたので、数学をやるだけなら大学へ行く必要はないと思っていた。ただ、自分でゼロから探すのは大変だと思って、何を勉強するのが順番としていいのかというのを知りたかったので大学へ行ったという感じだ。

仕事に就くときも、論理学の勉強が続けられるような仕事がいいと思って教員になった。途中からこの仕事が気に入って、今までの人生は僕にとってなかなかいいものだと思っている。人との出会いも楽しいものがたくさんあったし。今は、そろそろ人生の黄昏を迎えそうな時期に来ているので、何とかこの「先駆者意識」を他者のために役立てられる機会がないかを探している。遅ればせながら「エリート意識」を持ったという感じだろうか。

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この記事へのコメント
宮台さんのツイートから来ました。随分前にはよく読ませて頂いていたの
ですが、久し振りに来ました。
ここ数年は下記ブログにはまっております。
お時間がございましたらご一読を。

http://www.ashida.info/blog/ 芦田の毎日
Posted by Y at 2012年05月16日 09:33