★元興寺(がんごうじ)極楽坊の秋(●地図)
数日前、地元では(萩の寺)として知られる元興寺(がんごうじ)極楽坊(ごくらくぼう)を訪れました。
そういえば、昨年も同じ頃に(萩の花が見たい)と秋篠寺を訪ねたことを思い出します。落ち着いた静かな奈良のお寺には、萩の花がよく似合います・・。
拝観受付のおじさんが
(いい気候になりましたねぇ。)と声をかけてくださいました。
(ほんとに・・。自転車で来たんですが、とっても気持ち良かったですよ。)
(どちらからですか?)
(近くなんです、市内から。萩のお花がきれいだと聞いて・・。)
(そうですか。どうぞゆっくりご覧になってください。)
平日だったので、もっと人が少ないのかと思っていましたが、境内に入ると、写生をする人やカメラを構えた人たちがたくさん来ておられました。
萩の花は、お寺全体では(五分咲き)といったところでしょうか。本堂前の萩の花は、まだ咲き始めといったところでしたが、本堂やその後ろにある禅室を囲むようにして、萩の花が咲いていました。
★本堂(曼陀羅堂)南面 ★禅室
ここのお寺で驚いたのは、本堂には、仏さまではなく、曼陀羅図が祀られていたことでした。(智光ちこう曼陀羅)と呼ばれ、奈良時代の終わり頃、このお寺から出た智光(ちこう)というお坊さんが描かせたという曼陀羅図です。智光が住んでいた僧坊に、この曼陀羅図が祀られたことにより、この本堂は(極楽坊)あるいは(曼陀羅堂)と呼ばれるようになりました。板に描かれた曼陀羅図は、今は彩色がはげ落ち、年代を感じさせるものでしたが、この絵を見て、中世の人々が(極楽浄土)を願い信仰を深めていったのも、うなずけるような気がしました。
本堂は、鎌倉時代に再建されたものですが、禅室は奈良時代の僧坊の遺構といわれ、昔ながらの風情を残していました。
境内には、百日紅(さるすべり)や木槿(むくげ)・芙蓉(ふよう)といった花々も、夏の名残りを感じさせるかのように咲いていました。
★木槿(むくげ) ★芙蓉(ふよう)
元興寺は、もともと日本最初のお寺である(飛鳥寺)を、平城遷都に伴ってこの地に移したお寺だそうです。当時は、東大寺に次ぐ大きなお寺で、大伽藍を誇っていました。この(極楽坊)は、その時の元興寺の一坊に過ぎず、元興寺の金堂や五重塔・講堂の跡には、もう一つの(元興寺)があります。(●地図)
中世以降、元興寺は次第に衰え、広大なお寺の敷地には、民家が建ち始めました。そういうお寺の境内の中にできた町では、土の中から御仏がおでましされることも多くあったようで、そういった石仏はこの元興寺に寄せられてきたと言います。
このお寺の南側の庭には、そういう石仏が並べられ、桔梗(ききょう)や彼岸花がお供えの花のように、寄り添って咲いていました。
★石仏・彼岸花・桔梗 ★お地蔵さんと彼岸花
★白花彼岸花
私がよく来る猿沢池の近くに、元興寺極楽坊がありました。夏のJoさんの『元興寺拝観』記事に触発されて行ってきましたが、(近くに、こんないいお寺があったなんて・・。)と新しい発見をしました。(Joさん、ご紹介してくださってありがとうございましたm(_ _)m。)