September 29, 2014

★秋桜

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 母が亡くなりました。享年85歳でした。

病室に飾っていた秋桜です。毎日、奈良の畑から切り取って持って行きました。
亡くなった日は、朝から詰めて9時間看病していましたが、姉と交代した後家に帰ったため、私だけが母の死に目には会えませんでした。せめてもの救いは、7月の終わりから週末ごとに看病に来ていた東京の弟が、母の死に目に会えたことです。

 訃報は弟からの電話でした。
”お姉ちゃん、お母さんが亡くならはった。心配しんときや、お母さんはお父さんのとこへ行かはっただけなんやから。・・・。” 

 葬儀が終わり、奈良での日常が始まりました。葬儀後は2〜3日寝倒し、ようやく元の生活に戻りつつあります。

 

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この記事へのコメント
御母堂のご冥福お祈り申し上げます

 確かお父さんは小さい頃に亡くなられ、お母さんが頑張って子供たちを育てられたでしたね。

 お母さんは、子供たちに見守られ安心してお父さんの所に行かれたと思いますよ。弟さんの言葉通りではないでしょうか。

 本当に看病お疲れ様でした。しばらくゆっくりして下さい。

 明日から、9年前に娘、息子、家内と4人で旅をしたドイツに家内と10日間ほど旅にでます。

 御母堂のご冥福お祈りします

 合掌
Posted by jo at September 29, 2014 17:11
>Joさま

 お気遣いありがとうございます。

 三月の時点で、余命一年と言われたにもかかわらず、半年で逝ってしまいました。でも、奈良で一ヶ月母を預かることができ、弟が家を出てから22年一人暮らしだった母と家族として生活することができました。

 また落ち着いたらそのときの母の様子を綴っていこうと思います。

 Joさんもお気をつけて、ドイツ旅行を楽しんできてください。
Posted by ほかも at September 29, 2014 17:51
寂しくなりますね

 もう真夏のお盆の妙心寺での草むしりを一緒にできませんね。
いちどお母さんの写真を観たなあと、バックナンバーをたどりました。
2008年に九州旅行をされているのですね。
もう6年前になりますか。

 ご苦労さまでした。
Muさんの一年の喪が明けたので先月でしたか、お家に電話しました。
奥様が出て来られました。
(一年経ってやっとメドが立ちました)
(案外サッパリしているんですよ、後は主人のところへ行くだけですから)

 うらやましいご夫妻だと思いました。
弟さんのおっしゃる通りですね。
Posted by ふうてん at September 30, 2014 11:25
>ふうてんさま

 まだ、母がいないという実感がないのですけどね。

 父のところへ行くまでに、母は38年もかかったんですよ。一人でよくがんばったなと思います。

 本家の長男の嫁として、先祖の仏壇とお墓を守り抜いてきました。
”家に帰りたい”というのが、母の願いでしたから、弟と二人亡くなった後いったん自宅に連れ帰り、仏壇の前で寝かせてやりました。弟は”これでやっとお母さんとの約束が果たせた”と泣いていました。

 翌日、94歳になる父の姉(長女)が足が悪いにもかかわらず、参ってくれました。
”今まで私の父や母の仏さんまで守ってくれて、ありがとさん。”と、自分が小豆島遍路で集めた朱印の押した白衣を「母に着せてやって」と持ってきてくれました。

 初七日の法要の後のおっさんは”こんなにお悪いとは思てしませなんだ。三月までは私、月参りさせてもろてたんですから。・・・私は彼岸を待ってなくならはったんやと思います。・・。”

 八月末まで持つかどうかと言われてたんですけれども、彼岸の入りに亡くなったので、母は彼岸を待っていたのかもしれません。

 淋しくなりますが、めそめそしていると母が心配するので、少しずつ元気出していきます。
Posted by ほかも at September 30, 2014 17:06