2019年05月23日

最初の天下人?三好長慶ゆかりの飯盛山城址(5/10)

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天下人とはどんな人のことを言うのでしょう?

歴歩くらぶで戦国時代の城址、
東大阪(大東市と四条畷市)の飯盛山城址へ出かけてきました。

ところで戦国時代とはどんな時代なのでしょう?
戦国時代前を治めていた室町幕府とは
足利将軍と有力守護大名による連立政権でした。
今風に言えば足利将軍は内閣総理大臣。
守護大名が国会議員兼県知事。
どちらも選挙ではなく世襲でした。
ちゃんと権力の譲渡ができていたうちは良かったのですが
応仁の乱などで家督争いが起き、力が分散しました。
権力の集中がなければ中央集権はうまく機能しません。
今でいえば東京で国会、内閣、官公庁が機能しないようなもの。
国会は開かれないので議員は地元に帰る。
地方税の交付もないから言うことを聞かなくなる。
もめごとの仲裁もしてく入れないから自前の軍隊を整備する。

数年前に日本の中央政権が乱れていたころに
選挙で勝って橋下大阪府知事が現れたように
戦国時代なら合戦に勝って地方ごとに自慢の英雄が現れる。
英雄のことを戦国武将と呼び、誰が一番強いのかを
戦争ではっきりさせていた時代が戦国時代なのでしょう。

つまり・・・・・
中央政府が一枚岩になれば戦国時代は
起きなかったとも言えます。

三好長慶とはこの家督争いで内輪もめしていた
足利幕府のあった都をある時期武力で制圧した武将です。
都を制することを天下を取ると思われていた時代ですから
畿内(京都を含める近畿地方)を制圧した三好長慶を
織田信長以前の天下人と呼ぶのもおかしくはないわけです。

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その三好長慶が「天下」を治めていた時代のお城跡が
今回訪ねた飯盛山城址です。

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土橋や堀切や石垣が残る楽しいお城です。
山頂からは大阪の眺めが最高。

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これを機会に三好長慶を知ってほしいなと思い企画しましたが
この方の実績を三英傑と比較してしまうのは
さすがにちょっと力不足です。
でも天下とは何かを考えるにはとても良い教材かなと思います。
お城も良いですしねw

飯盛山城_190522_0005


kido2341 at 14:20│Comments(0)

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