川口国際交流クラブニュース

川口市で活動しているNPO法人川口国際交流クラブの情報

年末年始の国際交流コーナーについて

2017年12月28日と2018年1月4日の国際交流コーナーはお休みします。来年最初は1月11日です。お間違えのないようにお願いいたします。

ワッツジャパン(What’s Japan)No.11

十二月田(しわすだ)の由来(ゆらい)とは?

(日本語、日本の文化などを勉強している外国人の方へ、この文章は日本語能力試験2級以上、もしくはその同等程度の読解力、またはそこを目指している方々に是非お読みいただきたい文章です。日本の文化自然などを思いつくままシリーズで掲載しています。読み方、意味の難しいと思われるところはアンダーラインなどを引いて本文の後で解説していますが、それでも解らないという方は担当の先生なり、日本の方にお聞きください。また日本人の方々にも普段何気なく思っていたことについて、“ハハア なるほど”と思わせる話題を提供しています。)

日本語を勉強している外国人の皆さん、日本人の名前の漢字、地名の漢字の読み方で大変苦労していると思います。名前や地名の読み方には特定のルールなどありませんので戸惑(とまど)うことが多いと思います。特に名前を読み間違えたりして困った経験がある方もいるかもしれません。でも恥ずかしがることはありません。私たち日本人でも読めない苗字、読めない地名がたくさんあるのです。
ただ、やたらに難しくなったのではないと思います。それぞれの読み方の難しい名前や地名にはそれなりの
“深〜い”理由があったのかもしれません。実はこの川口国際交流クラブのある川口市にもとても興味深い地名がありました。


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皆さんがこのニュースを読む頃はすでに十二月になっていると思いますが、十二月の別名を師走(しわす)と言います。元々は陰暦の表現でしたが現在の太陽歴でも使用しています。また日本独自の短い詩の文芸、俳句では師走(しわす)と言う言葉は12月を表す季語として使用されています。
なぜ師走(しわす)となったのか色々な説があるようですが、以下の説が有力とされています。師(お坊さん、神主、先生)が走ります。つまり忙しくなることのようです。

昔、お坊さん達は12月に入ると寺の檀家(だんか)を一軒一軒廻りお経(きょう)を唱えてお布施(ふせ)をいただき、年末年始の準備をし、神社でもたくさんのお参りの人が来るのでその準備で忙しかったことが考えられます。また、古い日本の商習慣では大きなお店では取引先に収めた品物の代金は売掛金として十二月に一挙に精算することにしていたようでした。つまり年末は決算期、ですから商人たちは十二月に入ると集金に駆けずり回らなければならなかったようです。つまり全ての売掛金を回収して企業としてその年の総決算をしなければなりません。一般市民も借りたお金は返さなければならない。貸した方も回収しなければならない。でないと、さっぱりして新しい気持ちになって新年を迎えられないからです。そんな訳で皆さん、いそがしく走り回るので師走(しわす)ということのようです。

さてその十二月、師走ですが、埼玉県川口市にも、十二月田(十二月の田んぼ)と漢字で書いて“しわすだ”と読ませるとても珍しい地名が存在していました。このように読ませるのは日本全国当たってもこの地区だけにしかないようです。

現在のこの地名は新住居表示により朝日町(あさひちょう)、末広町と変更されましたが、なんと、この地の小学校と中学校名にその名がしっかりとしかも立派に保存され残されておりました。
つまり、住所が変更されたのに“十二月田”(しわすだ)が学校の正式名として歴史に刻まれているのです。


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さてその名の由来というのは、江戸時代(1,603-1,867)の幕府の学校、昌平坂学問所が編纂した“新篇武蔵風土記稿”に或(あ)る伝説として記載されていたことにあります。それによると江戸時代は十二月田(しわすだ)村と言われていましたが、それは或(あ)る年の十二月晦日(みそか)に、なんと狐(きつね)が田んぼにやってきて来年の豊作を祈るために杉(すぎ)の小枝を稲に見立てて田植(たうえ)の儀式を行った事からきているようなのです。狐(きつね)お稲荷さんとも言われ主に商業の神様として全国の稲荷神社に祀(まつ)られていますが、元々は農業、穀物の神様の使いの者として考えられていたようです。

大晦日(おおみそか)に狐が人々のために稲の刈り終わった田圃(たんぼ)で来年の豊作をお祈りしてくれたというのですから、なんともほのぼのするお話ではありませんか。村人たちも“狐さん、ありがとう”と心から感謝したに違いありません。


十二月田稲荷神社(しわすだいなりじんじゃ)
川口市末広町にある神社。その名(イネ)の通り、穀物、農業の神様である稲荷大明神を祀ってあります。キツネはその神様の使いの者だそうです。稲荷神社は全国にたくさんあり、ご利益はだんだん拡大解釈されてゆき、現在は、商売の神、縁結び、健康の神様として崇められといるようです。神社の境内にある杉の木は御神木(ごしんぼく)と理解されています。


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なお、この地区にある和菓子店、増廼家(ますのや)はこの伝説をモチーフにした“十二月田(しわすだ)きつねのどら焼き“を製造販売しており、全国菓子博覧会で金賞をとったことのある人気商品だそうです。同時に川口市の観光物産協会の川口ブランド選定品でもあります。お店の情報は“増廼家”で検索するか、ホームページ https://masunoya.jimdo.com/ で。


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最後に繰り返しになりますが難解な名前や地名にも各々何かの言われや理由があると思われます。
どうか読めないからと言って無視しないで“どうしてこんな読み方に?”とちょっとばかり疑問に思うと
皆さんの新しい日本語の楽しさが生まれるかもしれません。

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アンダーラインを引いた言葉の説明。
陰暦(いんれき)=月の満ち欠けを基準にしたカレンダー、旧歴とも。
季語(きご)=5、7、5の音を並べる日本文芸、俳句は必ず季節を表す言葉を入れなければならない。
檀家(だんか)=寺に自分の家の墓を持ち、その寺を援助してゆく家庭または一族。
お布施(おふせ)=寺院または僧侶対する謝礼。寄付金。元々は他人に施し与える事。
売掛金(うりかけきん)=商人が代金を後で受け取る約束でお客に商品を渡した未収金(みしゅうきん)。
昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)=江戸時代、1790年に神田に設立した幕府(政府)直轄の
教育施設。
新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふうどきこう)=昌平坂学問所が実地調査した関東一円の自然、歴史、
農地、産業、神社、寺院、名所、人物、習俗など土地、地域についての事を記載した文書。
晦日(みそか)=その月の最終日。大晦日(おおみそか)はその年のの最終日12月31日のこと。


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参考資料:
ウィキペディア、Webio辞書、明解国語辞典、十二月田小学校ホームページ、伏見稲荷大社のホームページ、増廼家ホームページ、増廼家様提供、朝日町町内会保存資料 “十二月田の歴史”など。


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キツネのイラストと文章: 川口国際交流クラブ おおかわら、写真撮影: 伊藤喜勝

後書:毎度の事ですが文は作者自身の無知や思い込みで事実と異なることが有ったり、校正のもれ、誤りがあるかもしれませんが、その点は大目に見ていただくとありがたいです。

11月23日(木)交流コーナー(日本語教室)はお休みします。

11月23日(木)勤労感謝の日は、かわぐち市民パートナーステーション休所日のため、国際交流コーナーはお休みします。お間違えのないようにお願いいたします。

9月21日(木)交流コーナー(日本語教室)はお休みします。

9月21日(木)は、日帰り旅行のため、国際交流コーナーはお休みします。お間違えのないようにお願いいたします。

ワッツジャパン(What’s Japan)No.10

真夏をさわやかに飾る朝顔(あさがお)

(日本語、日本の文化などを勉強している外国の方へ、この文章は日本語能力試験2級以上、もしくはその同等程度の読解力、またはそこを目指している方々に是非お読みいただきたい文章です。日本の文化、自然など思いつくままシリーズで掲載しています。読み方、意味の難しいと思われるところはアンダーラインなどを引いて本文の後で解説していますが、それでも解らないという方は担当の先生なり、日本の方にお聞きください。また日本人の方々にも普段何気なく思っていたことについて、“ははあ、なるほど”と思わせる話題を提供しています。)

皆さん、お元気でしょうか? このシリーズもいつのまにか第10回になりました。お読みいただいている皆様のおかげと感謝しております。

IMG1_0000-2朝顔(あさがお)という花があります。この花の咲く時期は6月頃から9月頃までしょうか。ただ多くの人は真夏(7月後半—8月)の風物詩として理解していると思います。
英語名はMorning glory(朝の栄光)、中国名は牽牛花(日本式発音ですと けんぎゅうか)です。中国では朝顔の種子はもともと大変高価な薬(下剤)であり、牛一頭と同じぐらいの値段で取引されていたと言う事から来ているようです。

この花は、基本的には楽器のラッパのような形なのですが、色も形も多種多様に改良され、庭先やベランダでも楽しめますが、前回No.9のテーマ、紫陽花(アジサイ)とは別の意味で日本人の感性(かんせい)に訴えるものがあります。それは花が咲いている時間です。
ほとんどの朝顔の花は、その名の通り、朝の間(あいだ)元気に咲いていて、日射しが強くなるとクターッと元気なく萎(しお)れてしまいます。そして二度と咲きません。翌日は別の蕾(つぼみ)から別の花が咲き、そしてそれも大概(たいがい)昼までには萎(しお)れてしまいます。

IMG1_0000-1     朝顔に 鶴瓶(つるべ)とられて もらひ水

この俳句(はいく)は江戸時代の女性によって詠(よ)まれたものです。“朝ごはんの用意をするため井戸に水を汲みに行きました。ところが水桶をあげる鶴瓶(つるべ)に朝顔の“つる”がからみつき、なんと綺麗に朝顔が咲いているではありませんか。水を汲むには“つる”をひきちぎらなければなりません。そうすれば“つかの間”に咲くだけの花の命(いのち)を奪い取ることになります。一瞬の間だけれど一生懸命咲いている花にそんな意地悪はできません。井戸はそのままにしておいて、お隣の井戸に水をもらいに行きます。“こんな意味でしょうか? 花に対する愛情が溢れています。

IMG_20170720_062517《富士の青》
熱帯アジア、中国南部原産のこの植物はなんと日本の奈良時代(710—794)遣唐使(けんとうし)によってその種子が薬として日本に持ち込まれました。そうです、前述の漢方薬の下剤(げざい)として。
ところが人々は、夏のさわやかな朝のひととき、みずみずしい花を咲かせ、午後にはしぼんでいってしまうこの植物の刹那(せつな)の輝きに次第に心を揺さぶられ、かつ魅了されていったのでした。


IMG1_0001-3《7月6日 朝顔市》
入谷(いりや、東京都台東区)の朝顔市(あさがおいち、朝顔祭り)出現。
江戸時代(1604—1867)には品種改良が進み、成長のスピードが早く、また交配によって色々変化のある花ができる朝顔は多くの人を楽しませるようになります。朝顔市のホームページによれば最初は江戸末期の下級武士達が御徒町(おかちまち)周辺で朝顔作りを楽しんだとありますが、実際には今で言うアルバイトの可能性大です。

当時、江戸幕府(えどばくふ)、今で言うと日本政府)は地方の藩(はん、今で言うと県庁に当たる)が極端に裕福(ゆうふく)になり財力(ざいりょく)を強めることを嫌いました。不要な力を持つと政府を転覆(てんぷく)させようとする動きが出かねないからです。そのため参勤交代(さんきんこうたい)などの締め付け施策(しさく、せさく)を行いました。この行き過ぎた施策や天候不順による災害、不作などは各藩の財政危機を招きます。

IMG1_0001-2《7月6日 朝顔市》
それを乗り越える経費節減の最終手段は、今で言う役人(武士)のリストラでした。煽(あお)りを食ったのは下級武士で、禄(ろく)を減らされたり、解雇(かいこ)されたケースが少なくなかったようです。その流れは江戸後期にさらに進んで行きました。そのような武士たちは色々な内職(ないしょく)、副業を行い、苦しい家計の補填(ほてん)をしながら、復職再雇用の機会を待ちました。

今で言うならばアルバイトですね。付近の剣術道場を手伝ったり、周囲の一般家庭の子供達に学問を教えたり、傘張り(内職)、鈴虫やコオロギを育てたり(内職)していたようです。その中の一つに、変化に富んだ花を楽しめる朝顔作り(内職)があったようです。
ただ、“武士は食わねど高楊枝(たかようじ)”という言葉があるくらい下級武士と言ってもプライドが高いので直接販売店との取引は行わず必ず間に入った専門の仲買人(なかがいにん、これも武士)がいたようです。

IMG_20170729_061733-1《アントシアニン色素に変化?》
朝顔作りは最初、御徒町(おかちまち)周辺の下級武士の間で盛んに作られましたが、江戸幕府崩壊などがあり御徒町から入谷(いりや)に移転し、今度は植木職人達が作るようになったそうです。
それが現在の入谷朝顔市の前身です。その後、一時は衰退しましたが戦後の復興に世の中に明るい話題を提供するため昭和23年に地元有志と観光連盟が復活させて今日に至るようです。(入谷朝顔市 公式ホームページより一部抜粋)
この入谷朝顔祭りは中国名“牽牛花(けんぎゅうか)”にちなんで毎年七夕(たなばた)の時期 7月6日、7日、8日の三日間開かれています。ご興味ある方は来年にどうぞ。最寄りの駅は山手線の鶯谷(うぐいすだに)駅です。

もともと日本人は四季(春夏秋冬)が明確なこともあり、季節、気候、またその変わり目にとても敏感でした。

IMG_4455《琉球朝顔 撮影:久保和見氏》
今でも挨拶(あいさつ)するとき大概、“今日は暑いですね”“風が強いですね”“爽(さわ)やかですね”などと必ず季節、気候に関係する言葉を添えます。また、手紙なども書き始めには必ずと言っていいぐらい“寒さの厳しい季節になりました”“桜の花が楽しみな今日この頃です“などと季節の言葉を使います。

余談ですがこれを時候(じこう)の挨拶と言います。さらに文芸では俳句など必ず季節の言葉、”季語“を入れることになっています。例えば、正岡子規(まさおかしき)という有名な俳人が詠んだ“柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺”という日本人なら誰で知っている有名な句の季語は秋を表す柿です。意味は“茶店で柿を食べていたら、法隆寺の鐘の音がゴーンと聞こえて来ました。ああもう秋なんだなあ”、こんな感じでしょうか。



IMG1_0003《ベランダで咲く「琉球朝顔」》
このように季節に敏感な日本人は特にその移り変わり、季節の移ろいにより心を動かされているのです。そして花はその重要なファクターの一つです。四季折々(おりおり)の花が美しくが咲き、そして散ってゆきます。さらにそれらの花の中には美しく咲いている時間がとりわけ短い花や、あっという間に色あせてしまう花がたくさんあります。

朝顔ではありませんが、ナツツバキという花があります。白い可憐な花は朝に咲き夕方にはポトリと落ちてしまいます。平安時代に政権を握った一族、平家(へいけ)の物語を伝えた文の書き出しに、“祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり、沙羅双樹(さらそうじゅ、ナツツバキ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらわす”という部分があります。これは美しい花とその命の儚(はかな)さを、巨大勢力だった平家の滅亡に絡めて、繁栄が永久に続くことはない世の中、人生に重ねて合わせているのです。


IMG1_0002《鉢の中で懸命に咲いてくれた「水色の天」》
そんなわけで日本人は刹那(せつな)に咲き誇り、一瞬の輝きを放(はな)ちそして散る花々に強く心を打たれ、なんとかその儚(はかな)い美しさを記憶にとどめておきたいと思っていたのでしょう。
これらの花は万葉(まんよう)の時代から歌に詠まれ、和服の柄(がら)に残され、多くの絵画の題材に、そしてデザインにと永遠に残され、今後も残され続けて行くことでしょう。

早朝からみずみずしい花を咲かせ、昼にはしおれてしまう朝顔はそれらの花々の代表格のような存在なのでしょうね。最後にもう一首(いっしゅ)紹介します。


  君こずば 誰にみせまし わが宿の垣根に咲ける 朝顔の花


意味は、“あなたが来てくれないんだったら、私の家の垣根(かきね)に咲いている朝顔を一体誰に見せろというのでしょうか?”これは平安時代の“読み人知らず”といって作者不明の和歌ですが、せっかく綺麗に咲かせた朝顔を見に来てくれない恋人を恨(うら)めしく思っている気持ちがとても強く現れています。同時に朝顔への愛情、さらに恋の切なさ、儚(はかな)さも感じられる名歌です。

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アンダーラインを引いた言葉の説明
風物詩(ふうぶつし)=その季節の感じをよくあらわす風習やイベント
感性(かんせい)=外部からの刺激に反応する心の動き。感受性。
鶴瓶(つるべ)=水を汲むためのおけ(桶)とそれをつり上げる縄や綱(つな)
つかの間(ま)=ごく短い時間。ちょっとの間。束の間とも書く。
遣唐使(けんとうし)=奈良、平安時代に日本政府から学問や文化を学ぶため中国の“唐”に派遣された使節。
下剤(げざい)=排便をうながすため一時的に下痢をおこさせる薬。
刹那(せつな)=とても短い時間、一瞬、瞬間。
参勤交代(さんきんこうたい)=江戸幕府(今の政府に当たる)が各藩主(今の県知事に当たる)を一年おきに江戸の屋敷と自分の領地を往復させて住まわせた。藩主が地元にいる一年は妻を人質のような形で江戸に住まわせた。各藩主(大名)を管理、統制する強固なシステムで江戸の屋敷の建築費用、運営費用人件費、往復の移動費用などすべて藩主(大名)持ちのため膨大な出費がかかった。
煽(あお)りを食う=強い風を受け被害がでるから転じて、影響を受ける。予想しない不幸に見舞われる。
禄(ろく)=役人の給料。
内職(ないしょく)=外に出ないで家庭内でできる副業
鈴虫やコオロギ=どちらも秋の羽を震わせ澄んだ綺麗な音を出す昆虫。裕福な家は自分の庭にこれらの
昆虫を放ちその音を楽しんだ。
武士は食わねど高楊枝=侍は貧乏で三度の食事もままならないがそれを表に出さずに悠然としている
事。つまりプライドがあるので“やせがまん”をせざるを得ない事。
移ろい=変化、移動してゆく様子。
とりわけ=他のものに比べて特に。
色あせる=色が濃くはっきりしていたのがだんだん薄くなりぼやけてくる。
祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)=お釈迦様が修行僧たちに説法をしたインドの寺院の一つ。
諸行無常(しょぎょうむじょう)=全ての世の中の事象はいつか必ず変化し、とどまることはない。
現実世界の富や幸せもいつ崩れてしまうかも知れない。その不安を乗り越えるには修行して悟りの世界に入ることが重要であるという仏教思想の根本的な考え方。
盛者必衰(じょうしゃひっすい)=繁栄している人々もいつかは衰退してゆくという意味
儚(はかな)さ=もろくて長続きしない様子。あっという間に消えてゆく様

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参考資料
旅の友、巻頭 日本人の心に触れるひとときの美、クラブツーリズム発行 2017年6月号 
“ウィキペディア”、“入谷朝顔市” 公式ホームページ、 “サイト“江戸時代キャンパス”、
“花と贈り物だより、朝顔の歴史”“明鏡国語辞典”など。
*朝顔、ナツツバキ以外で開花時間が短い花(名前と咲いている時間のみ)の名前(旅行雑誌“旅の友”より)
   露草(月草、ツユクサ、)=色がすぐにあせてしまう、忘れ草(ヤブカンゾウ)=朝から夕方まで
   月見草(マツヨイグサ)=夕方から翌朝まで、月下美人=一晩のみ。
* 露草(ツユクサ)、月草とも表記される。前回のワッツジャパン No.9 紫陽花を参照ください。


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絵と文及び写真 川口国際交流クラブ おおかわら

後書き:毎度のことですが文は作者自身の無知や思い込みで事実と異なる場合もあるかと存じますが大めに
みていただくとありがたいです。

ワッツジャパン(What’s Japan)No.9

梅雨(つゆ、ばいう)の季節、ひそやかに紫陽花(あじさい、アジサイ)の花

(外国の方へ、この文章は日本語検定2級以上、もしくはその同等程度の理解力、またはそこを目指している
方々に是非お読みいただきたい文章です。日本の文化、日本の自然など思いつくままシリーズで掲載しています。読み方、意味の難しいと思われるところはアンダーラインなどを引いて本文のあとで解説しています。
また、日本人の方々にも普段何気なく思っていたことについて、“ははあ、なるほど”と思わせる話題を提供しています。)

IMG1_0001-1この花は6月から7月にかけて、長雨(ながあめ)や曇り空(くもりぞら)が続くことを梅雨(つゆ、ばいう)と言いますが、この頃に咲く花です。
日本原産のこの花のもともとの名前は“あずさあい”(青い花の集まりの意)です。紫陽花という漢字表記は中国の唐の時代(618−907)の白楽天(白居易)という詩人が別の花につけた名前ですが、そそっかしい平安時代の日本人が間違えてそのままになったらしい。紫の花が陽光(ようこう)を浴びているというイメージに心地(ここち)良い印象があったのでしょうか? 

IMG1_0003(写真:ガクアジサイ 外側の白いのは、花ではありません。「ガク」といって花びらの外側をささえている部分です)
写真や絵のように、小さな花が寄り添うようにたくさん集まって一つの大きな塊(かたまり)のようになって咲いています。今でこそ、鎌倉(かまくら)の建長寺(けんちょうじ)、明月院(めいげついん)、長谷寺(はせでら)など多くのアジサイの名所と花便りがメディアで紹介され、大モテのアジサイですが、実は江戸時代の頃までは人に見向きもされない花だったとされています。

その理由と言うのは、花の色が咲いてから(最初は白から)段々と青や赤に変化してゆくことが原因のようです。他の花は咲いてから散るまでに色が変化することはほとんどありません。しかしアジサイは色が変わっていきます。それが、“移り気”“浮気者”“心変わり”“無節操(むせっそう)”に通じると思われたようです。

大友家持(おおとものやかもち)という奈良時代(710—794)の役人が自分の婚約者の坂上大嬢(さかのうえのおほおとめ)に対して半分冗談に詠(よ)んだ歌があります。

  “言(こと)問(と)わぬ 木(き)すらあじさい、諸弟(もろと)らが練(ね)りのむらとにあざむかえけり“

IMG1_0002(写真:西洋アジサイ 青とピンク 北区飛鳥山公園)
現代の“ひらがな使い”とかなり違います。なにせ今から1300年以上前に使われた古文(こぶん)がベースになっています。日本人ですら専門家以外正確な意味はなかなか解らないでしょう。気にしないでくださいね。だいたいの意味は、“物を言わない木ですらアジサイのように色が変わる花があるのに、ましてやこの私が婚約者の貴女(あなた)の仲人(なこうど)のとても上手な言い方にすっかり、まるめ込まれてしまいました、まいりましたなあ“というような感じでしょうか。

この歌の本音(ほんね)は婚約者の女性をとても素敵な人だと思っていたのに、仲人(なこうど)の人の言葉の巧みさで自分が彼女に対して思っているところを全て言われてしまったので、これでは男の面子(めんつ)が立たないので“アジサイ”を引き合い出して冗談めいて詠(うた)ってしまったものだと考えられます。

でもその後、家持は“アッ いけない、やっちゃった まずい”と思って後悔したのは言うまでもありません。

IMG1_0005(写真:西洋アジサイ 白 北区飛鳥山公園)
案の定(あんのじょう)、相手の女性の坂上大嬢(さかのうえのおほおとめ)は半分冗談だとは取らず“私を移り気な花に例(たと)えるなんてとんでもない”と一時二人は険悪(けんあく)な関係になったようです。
上記のようなエピソードがあるくらい、アジサイは日本人の美徳(びとく)という感性にマイナスイメージだったのです。


さてこの日本人に嫌(きら)われていた花にスポットライトを当ててくれたのはなんと外国人でした。その人の名はドイツ人の*シーボルト。彼は江戸時代(1603−1867)、日本と海外との唯一の交易場所、長崎の港にあるオランダ館の医師として来日し、医師であると同時に植物学の権威でありました。彼はこの花を大変気に入り、オランダに種子を持ち帰りました。




IMG1_0004(写真:西洋アジサイ 赤紫 北区飛鳥山公園)
彼はこの花の名前を自分の愛する日本人妻、“おたき”の名前をとり“オタクサ”と名付けるぐらい気に入っていたらしい。それが、ヨーロッパで品種改良が重ねられ西洋アジサイとして日本に再び帰ってきて、戦後からもてはやされるようになったのです。なによりも花の寿命が極めて長く、色の変化をたっぷり楽しめるというわけである。花が一ヶ月ほどの長期間咲き続けるということは、人生に例えれば長寿に繋(つな)がります。

つまり短所が長所になった。いうならば“災(わざわ)い転じて福(ふく)になる”と言う事でしょうか。こうして紫陽花(アジサイ)は梅雨のシーズンを代表する花になったのであります。このニュースが掲載される頃はまだ紫陽花は咲いています。紫陽花は雨の中静かに、そして穏やかに咲いて私達の心を和(なご)ませてくれるのです。



IMG1_0001-2(絵:ユニークな花の形のツユクサ)
さて、ここで話が少し変わります。前述の大伴家持(おおとものやかもち)に“アジサイ”を引き合いに出した歌を詠まれて怒り狂った坂上大嬢(さかのうえのおほおかみ)はどうしたでしょうか?
普通なら、ここで喧嘩(けんか)別れ The end (おしまい)ですな。ところが“どっこい”違うのです。
聡明(そうめい)な彼女は、本当に家持(やかもち)を愛していたと考えられます。
そこで、痛烈(つうれつ)な反撃(はんげき)に出ます。ボクシングで言えば、いわゆるカウンターパンチです。次のような歌を詠んだのです。

  “月草(つきくさ)の 移ろいやすく 思へかも 我が思ふ人の 言(こと)も告げ来ぬ“

これも現代かなづかいではありませんので気にしないでください。意味は、“あなたは、私をおそらくすぐに色があせでしまう月草(つきくさ)のようにしか思ってくださらないのでしょうか。最近なんの言葉もかけてくれないし、訪ねても来てくれませんね“

NCM_4982(写真:ムラサキツユクサ)
こんな感じです。つまり思いっきりの皮肉(ひにく)で返したのです。
月草(つきくさ)は”露草(つゆくさ)“とも言い、着物の染色に使われていたのですが、光や水に弱く、着古(きふる)して何回も洗濯するとだんだん色が薄くなってしまうらしい。つまり長い間、同じ気持ちでいられない、”心変わりがする“に通じるのです。

そうです。家持(やかもち)のちょっとした悪戯(いたずら)に対して、“悔しい”とか、“悲しい”“憎い”といったような泣き言ひとつ言わず、品のある格調高い、しかも皮肉を込めた歌を見事にお返ししたのです。“おしゃれ”ですね。よほど感受性豊かで頭脳明晰(めいせき)な女性だったのでしょうね。
家持(やかもち)も彼女(さかのうえのおほおかみ)の才能に対して改めて見直したでありましょう。その後二人は結婚したことになっています。

みなさん、いかがでしょうか。 今から1300年以上前に、花に託(たく)してこのような品の良いというか格調高い、しかも激しい恋の“やりとり”があったなんて信じられますか?

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アンダーラインを引いた言葉の説明
心地(ここち)良(よ)い=気持ちが良い、感じがい。さわやかな感じがする。
メディア=テレビ、ラジオ、新聞、ネットなどの報道機関のこと。
見向きもされない=振り向いてもらえない、無視されている状態
移り気(うつりぎ)=好み、好きなことが長続きしないで次から次へと変わること。
無節操(むせっそう)=その場の状況や気分で考え方が変化し、一貫性がない。
詠(よ)む=和歌、俳句などを作ること。または声を出してとなえたら詠(うた)う。
仲人(なこうど)=二人の間に入って結婚の手助け、なかだちを務める人または使いの人
面子(めんつ)=対面(たいめん)、面目(めんもく)のこと。“面子(めんつ)が立たない”は、名誉や存在が軽んじられること。威厳がたもてない。
案の定(あんのじょう)=予想通りの結果になる様子。
険悪(けんあく)=人間関係がとげとげしく悪化する。
美徳(びとく)=道徳的な立派な考え方や行い。
権威(けんい)=その分野で専門的知識があり信頼性があること。
災(わざわ)い転じて福となる=不幸なことや欠点が、結果的に有利なことに変化するという“ことわざ”
聡明(そうめい)=理解力、判断力が優れている。賢(かしこ)い。利口(りこう)なこと。
カウンターパンチ=ボクシング用語で相手が攻勢に出でてきた瞬間に相手のパンチを避けて、逆にその瞬間に相手にパンチを当てる。相手が攻撃で無防備になっているので、その瞬間のダメージは計り知れない。
格調(かくちょう)=芸術や文学作品に現れる学問や知識があふれている様子、品格や風格
感受性=心が広く、いろいろな事を受け入れる能力
頭脳明晰(ずのうめいせき)=頭が良い事。思考力、記憶力に優れている。

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* シーボルト 江戸時代医師であるシーボルトは西洋医学(当時は蘭学、らんがくと読んだが)を日本の医療に普及させ多大な貢献をした。彼の下で育った医師も多い。ただ伊能忠敬(いのうただたか)が作成した日本地図を国外に持ち出し国外追放処分を受けた。これをシーボルト事件という。その後追放は解除され、最終的には日本政府の外交顧問に就任した。彼の生い立ち、日本での功績などは長崎の“長崎シーボルト館”にあるそうです。長崎に旅行の折にはぜひたち寄りたい箇所です。


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参考
産経新聞 6月9日朝刊“産経抄”、明鏡国語辞典、
サイト “楽しい万葉集AIRnet” ”万葉集遊楽“ ”紫陽花(アジサイ)和歌歳時記“
北区王子 飛鳥山公園 “飛鳥の小道”(写真など)、“読むだけですっきりわかる日本史”宝島社、


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絵、写真と文  川口国際交流クラブ おおかわら
月草(紫露草)の写真提供 Hillary Furukawa 氏

毎度のことですが文は作者自身の無知や思い込みで史実を異なる場合もあるかと存じますが大目(おおめ)にみていただくとありがたいです。

ワッツジャパン(What’s Japan)No.8

5月5日は“こどもの日”、もともとは男の子の?

(外国人の方に、この文章は日本語検定2級以上、もしくはその同等程度のお力、またはそこを目指している方に是非お読みいただきたい文です。日本語、日本の文化、伝統、自然などを思いつくままシリーズで掲載しています。読み方、意味の難しいと思われるところはアンダーラインや*印などで解説しています。日本人の方にも普段何気なく思っていた事について、“ははあ なるほど”と思わせる話題も提供しております。)

日本語を勉強しながら同時に日本の歴史や文化に興味をお持ちの外国人の皆さん、お元気でしょうか?
今回は5月5日の国民の祭日、“こどもの日”についてお勉強しましょう。
日本には昔から子供の成長、健康を願うお祝いの行事がいくつかありました。3月3日の桃の節句(ひな祭り)、5月5日の*端午の節句(たんごのせっく)、昨年の11月にこのシリーズNo. 4でご紹介した11月15日の七五三(しちごさん)のお祝いなどです。

ただ全国民の祝日ではありませんでした。しかし、こどものための祝日をという*気運はもともと存在し、1948年に国会にて「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」という*趣旨で正式に制定されたようです。日にちの選定は、前述のように11月15日の七五三を含めて幾つかの候補があり、どの日に当てるか審議された後に一番要望の多かった5月5日に決められたようです。

この文を書き始める時、こどもの日は子供の日と書かないのに気がつきました。なぜ「子供」という漢字を使わないのか単純に思ったのです。でも決定的な理由はわかりませんでした。一説には、幼い子供でも“ひらがな”ならわかりやすい。また“供”という字は部下とか家来を意味があるので嫌われた。
おそらく、その両方なのかもしれません。さて、5月5日の端午の節句(たんごのせっく)は菖蒲(しょうぶ)の節句を言われ、もともと男の子の健康や成長を祝い願う日でした。そのため正式には女の子を含めた“こどもの日”なのですが、未だに男の子のお祝いというイメージが残っています。それは下記のような祝い方に現れています。

鯉(こい)のぼりを揚げる

画像-05鯉は大型の川魚です。この時期に布で作った鯉を高いところに掲げて風にはためかせます。はためく様(さま)はまるで鯉が元気に泳いでいるように見えます。
“鯉の滝のぼり”という言葉があります。鯉はその力強いパワーで滝さえものぼり、さらに勢いは衰えず天にも昇りやがて龍になるというという言い伝えがあり、男の子に鯉のように力強く成長し、*立身出世してほしいという親の願いが込められています。

残念ながら集合住宅の多い、都心、市街地ではなかなか見られなくなりました。

兜(かぶと)を家に飾る

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兜(かぶと)は昔の戦いの道具の一つで、頭や顔を守る防具(ぼうぐ)です。
戦いで自分の身を守るということから転じて、病気や事故からこどもを守ってほしいという願いが込められています。










菖蒲湯(しょうぶゆ)に入る

画像-03菖蒲は水辺に生える葉っぱの長い植物。これの葉っぱと根をお風呂の中に入れた湯に入ります。
根は血行促進、保湿効果があり、香りの良い葉は気持ちをリラックスさせる作用もあります。
この効果と尚武(しょうぶ)という武道、武芸を*尊(たっと)ぶ意味の言葉との*語呂合わせで強いこどもになってほしいとの願いも込められているようです。
今でも銭湯、スーパー銭湯、温泉地などでこの時期のイベントとして行われているところもあります。



粽(ちまき)柏餅(かしわもち)を食べる

画像-01ちまき(粽)はもち米を三角形や円錐形(えんすいけい)にして笹(ささ)の葉などで包み、細い植物の糸で縛り固め、それを蒸した食品でもともと中国が起源。病気などの災(わざわい)を避けると言われています。
また、柏餅は餡(あん)をはさんだ餅を柏の葉で包んだものです。柏の木は*落葉樹なのに秋に葉が枯れても春に新芽が出るまで落ちない性質で、それは生命のつながりを思わせる、つまり家族、家系が絶えないというイメージになり*縁起がいいとされたようです。



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こどもの日は主に以上のような祝い方をしますが、どうも制定時の“母に感謝する”という部分がなんとなく薄いような気がします。一般的にはあまり浸透していないようです。
もっとも国民の祝日ではありませんが、この日の約10日後、5月の第二日曜日には“母の日”があります。この日に思いっきり母に感謝すれば良いと言う事なのかも。

さて、お子様のいらっしゃる外国の皆さんも、これを機会にお風呂を菖蒲湯にして、粽、柏餅を食べて日本式にお子様の健康や成長を祝ってみたらいかがでしょうか。いずれもデパ地下やスーパーの食品売り場で手に入ります。お子様が喜ぶこと請け合いです。

ところで、皆さんの母国では子供の健康や成長を願ったり祝ったりする日はどんな祭りやイベントが行われるのでしょうか。
最後にこどもの日の歌の中の二つの歌の詞を紹介しましょう。この時期どこかで聞くことがあるでしょう。

タイトル “こいのぼり”(一番のみ)
やねよりたかいこいのぼり おおきいまごいはおとうさん
ちいさいひごいはこどもたち おもしろそうにおよいでる

タイトル “せいくらべ”(一番のみ)
はしらのきずはおととしの ごがついつかのせいくらべ
ちまきたべたべにいさんが はかってくれたせいのたけ
きのうくらべりゃなんのこと やっとはおりのひものたけ


*端午の節句(たんごのせっく)
節句とは季節の変わり目に朝廷(ちょうてい)で開かれていたお祭りイベントで、それが江戸時代(1603-1868)に庶民に定着したと言われています。節句は年5回あり、“端(たん)”は最初の意、“午(ご)は中国を起源とする一年を12の動物に当てた十二支(じゅうにし)という暦法の”馬“で5月を表し、5月の始めが覚えやすい5月5日になったようです。男の子の健康、成長を願い、そして祝うイベントでした。
*機運(きうん)
物事がある状態になろうとする傾向、世の中の成り行きやムード
*趣旨(趣旨)
物事の中心になる考え、目的。話や文で伝えようとする主な狙い。
*立身出世(りっしんしゅっせ)
社会的に高い地位について名声を得ること。えらくなって有名になること。
*尊(たっと)ぶ
尊重、尊敬の動詞形、つまり尊敬する、尊重する、重要視すること。
*語呂合わせ(ごろあわせ)
言葉にリズムや音感を与えて馴染み深くすること。
*落葉樹(らくようじゅ)
一年中緑の葉をつけている常緑樹(じょうりょくじゅ)に対して、秋になると変色して枯れて葉が樹から落ちる種類の木。つまりモミジやカエデ、イチョウなど紅葉する木のこと。
*縁起(えんぎ)が良い
良いことが起こりそうな感じがある。


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参考にさせていただいた資料、サイト。
フリー百科事典 Wikipedia  こどもの日、菖蒲湯、粽、鯉のぼり、カシワなど
日本人形協会ホームページ、日本文化いろは辞典、キッズGoo, 毎日雑学、ニュース365、コトバンク、ニュース豆知識、 など

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文と絵: 川口国際交流クラブ おおかわら

文は日本語を勉強している方にできるだけわかりやすく書いたつもりですが、専門家ではない私の無知や思い違いにより史実や実態と異なる記述があるかもしれません。あらかじめその点はご容赦願います。ではまた、次回のワッツジャパンを楽しみにしてください。


5月4日(木)交流コーナー(日本語教室)はお休みします。

5月4日(木)みどりの日は、かわぐち市民パートナーステーション休所日のため、国際交流コーナーはお休みします。お間違えのないようにお願いいたします。

ワッツジャパン(What’s Japan)No.7

お相撲(おすもう)ってどんなスポーツですか?

(外国の方に、この文章は日本語検定2級、もしくはその同等程度の実力、またはそこを目指している方々にぜひお読みいただきたい文です。日本語、日本文化、日本の自然など思いつくままシリーズで掲載しています。読み方、意味の難しいと思われるところはアンダーラインなどを引いて解説をしております。

また、日本人の方々にも普段何気なく思っていた事について、“ははあ、なるほど”と思わせる話題を提供しています。)

日本語を勉強しているまたは日本の文化や伝統に興味のある外国人の皆さん。お元気でしょうか? いつものように難(むずか)しいと思われる日本語や言い回しを説明しながら、今回はお相撲のことを一緒に勉強していきますね。実のところ筆者も特別お相撲に詳しい訳ではありませんので“一緒にお勉強”です。よろしくお願いします。


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のど輪で攻める力士(りきし)と必死に守る力士、それを真剣に見つめる行司

平成29年(2017)一月場所千秋楽(せんしゅうらく)結(むす)びの一番(いちばん)にて、大関(おおぜき)“稀勢の里(きせのさと)”が横綱(よこづな)の“白鵬(はくほう)”を破りました。
なんと19年ぶりに日本人の横綱の誕生の瞬間でした。2000年3月に“若乃花(わかのはな)”が引退してから、横綱は全て外国人だったのです。
お相撲は海外にも普及している国際的格闘技、スポーツですからなんの不思議もないのですが、同時に日本の国技(こくぎ)として定められていますから、日本人の新しい横綱誕生で相撲界のみならず日本中が大いに湧いたのであります。

ここまででアンダーラインの言葉が連続して出てきました。それはある特別な理由があるのですがその事情は後ほど説明しますのでとりあえず意味だけ解説しておきます。

一月場所(いちがつばしょ)=一月に行われる相撲の大きな大会の開催時期、初場所
千秋楽(せんしゅうらく)=その大会の最終日のこと。
結びの一番(むすびのいちばん)=その最終日の最後の試合。
大関(おおぜき)、横綱(よこずな)=選手というか競技者のランク。地位
国技(こくぎ)=その国を代表する武芸、スポーツ。中国では卓球、米国は野球など。
のみならず= 〜だけでなく、〜ばかりでなく、〜そればかりでなく の意味。
湧いた=お湯が沸くという意味から転じて興奮する、大いに喜ぶこと。

お相撲の原点 〜神に感謝する、神事(しんじ)〜

神道(しんとう)という日本固有の宗教の儀式や祭りが始まりと言われています。簡単に言うと“神様、今年も農作物がたくさん採れ、大きな災害もなく穏やかな年でした。これも神様のおかげです。つきましては健康で力強い男達の活力(かつりょく)に溢(あふ)れた姿を神様にお見せしてお礼に変えさせていただきます。”このように神様の前で行う儀式を神事(しんじ)と言います。言うまでもなく礼儀はとても大切です。
それがいつしか興行(こうぎょう)と言って入場料をいただいて観客に見せるイベントとなり、そして現在のようなプロ化に進化して行ったのです。プロ化になっても相撲の礼儀、作法は脈々(みゃくみゃく)と受け継がれてきました。それは“所作(しょさ)”とも言われていますが、とても細かく丁寧に決められているようです。また昔から使われている言葉、用語も独特で深い意味があり、大切にされ、守り続けられているのです。相撲の用語に耳慣れない言葉、用語が多くあるのはそのような特別な事情がありました。それらの用語は文中でその都度(つど=そのたびごとに)説明していきます。

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明治神宮に横綱の土俵入りを奉納(ほうのう)する

相撲のルール、規則 〜とても簡単でわかりやすい〜

各々の試合のことを相撲用語で“取組(とりくみ)と言います。ルールはとても
簡単です。道具を使わず、“廻し(まわし)”と言って下半身を防護するベルト以外は
裸(はだか)で戦い“土俵(どひょう)”と言われる直径4,55メートルの円の外に出てしまうか、足の裏以外が地面についたら負け。勝ちを決めた技を“決まり手(て)”と言いますが正式には82種類あるそうです。その多くは投げたり、押し倒したり、土俵の外に突き出したり、押し出したりです。殴る、頭髪をつかむ、喉をつかむ、目を突く、など汚いもしくは危険なプレーは反則です。“前たてみつ”と言って廻しで男子の大切な部分を覆(おお)っている部分に手を入れたり、つかむのも反則です。当然ですな。

試合開始までのながれと勝負の判定 〜汚れや不正はあってはならない〜

1. “呼出(よびだし)”という役目の人が“(力士、りきし)”という競技者二人の名前を呼び土俵上によびだします。  この名前は“四股名(しこな)”と言って本名ではなく相撲をするための職業上の名前で、多くは本人の出身地  や先輩の力士または当人のイメージにあった文字が入れられていることが多いようです。
2. “行司(ぎょうじ)”という審判の役目をする人が土俵に上がった取組する二人を再度紹介します。行司は相撲という儀式の進行役でもあります。
3. 力士は土俵に上がると神に感謝する柏手(かしわで)と言う一拍手を打ちます。
さらに“四股(しこ)”と行って片足ずつ高く上げて土俵を踏みつけます。これは土俵上の邪気(じゃき)を払う、つまり悪いものを追い払う意味があります。
続いて“手水(ちょうず)”と行って前の試合で勝った力士から柄杓(ひしゃく)で渡された神聖な水を口に含みます。自分の体を清めるのです。ほら、神社におまいりする前に水場があり、柄杓(ひしゃく)が置いてありますね。そうです、あの水です。さらに土俵に塩をまいて土俵も清めていきます。これは同時に土俵上で怪我などした時に消毒の意味もありますね。              
4. 古代から伝わる目上の人に敬意を払う“蹲踞(そんきょ)”と言う両膝を曲げ、つま先を立てる姿勢をとります。そこでもう一回柏手(かしわで)を打ち、両手を大きく開き手のひらを返して、手に武器を持っていないことを示します。
5. 行司(ぎょうじ)の合図で腰をかがめ両手を地面につき、お互いの気持ちが一致した瞬間(呼吸があうと言います)が試合開始です。
6. 勝負が終わると勝った力士は行司に四股名(しこな)を呼び上げてもらいます。
勝負に*懸賞金がかかっている場合は行司から清浄(せいじょう)な右手で受け取ります。*勝利者に与える賞金。

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呼び出し                立会い                勝負が決まった瞬間

勝負の判定 〜行司は主審ではない〜

通常は行司が行うが、他に土俵下に5人の審判員がいて、紛(まぎ)らわしい判定に対して一人でも*異議(いぎ)を唱える人がいた場合は5人による協議で決定します。
* 意見や判定に対して不満に思い賛成しないこと。

プロの試合(大相撲)は年6回、大会開催時期 〜主要都市で〜

日本相撲協会が主催する大会を大相撲(おおずもう)と言い。その中で一番大きな大会を“本場所(ほんばしょ)”と言って年間5回開かれます。各々の大会は15日間で行われ日曜日に始まり(初日、“しょにち”と言いますが)、2週間後の日曜日が最終日で“千秋楽(せんしゅうらく)”とも言います。ちなみに今年 2017年の本場所は下記の通りです。
一月場所 東京両国国技館 1/08 – 1/22 (初場所)
三月場所 大阪府立体育館 3/12 – 3/26 (春場所)
五月場所 東京両国国技館 5/14 – 5/28 (夏場所)
七月場所 愛知県体育館  7/09 – 7/23   (名古屋場所)
九月場所 東京両国国技館 9/10 – 9/24   (秋場所)
十一月場所 福岡国際センター 11/12 – 11/26  (九州場所)

本場所(ほんばしょ)以外の大会 〜地方巡業(じゅんぎょう)と言います〜

本場所が開催される合間に他の地域でも行われる大会を地方巡業と言います。
本場所が完全なる真剣勝負だとすると地方巡業はどちらかというと、相撲の*普及(ふきゅう)や地域活性化(その地方のみなさんを元気付ける)ために行われます。
ここでは来場した子供達に力士が直接相撲を教えるなど、稽古(けいこ)をつけると言いますが、色々なファンサービスが行われています。
また災害にあった地域に出向き、被災者にお相撲を楽しんでいただく慈善活動のような事も行います。2011年の東日本大震災後、*慰問(いもん)で訪れた巡業で横綱の“白鵬”は津波を起こした海の神に向かって怒りを鎮めるための四股(しこ)を踏んだようです。
*普及(ふきゅう)=世の中に広がってゆくこと。
*慰問(いもん)=不幸なことに会った人達を慰め元気付けること。

選手(力士)の階級(上位から) 〜十両(じゅうりょう)は昔の年収だった〜

相撲のプロのことを“力士(りきし)”と言いますが、力士は下記のように細かくピラミッド型にランク付けされています。
横綱 “よこづな”(ゼロから数人) 頂点の位でただ強いばかりでなく品格(ひんかく)と言ってその人の人格も優れていなければならない。不浄なもの、災いなどをシャットアウトする意味の“しめ縄”をつけることが許されます。
大関 “おおぜき”(一人から数人) 江戸時代に横綱と地位ができるまでは最高位でした。偉大な関取(せきとり)という意味からという説があるようです。
関脇 “せきわけ”(二人から数人)  大関の脇(わき)をかためるという意味か?
小結 “こむすび”(二人から数人) 由来は諸説あり不明
前頭 “まえがしら”(36人以下) 上位力士の人数により変動します。
以上を幕内(まくうち)と言い、昔は会場の幕の内側で準備をしたからという説です。
さらにその下を幕下と言い、十両(じゅうりょう)、三段目(さんだんめ)、序二段(じょにだん)、序の口(じょのくち)と続きます。なお幕内力士、及び十両は“関取”と呼ばれ、別格扱いになり手形を記録に残すことができます。
面白いのは、この十両という位の力士は江戸時代に年間十両のお給料をいただいていたとこから来ているようです。当時の一両は今のお金に直すと約8万から10万円ぐらいだそうです。ですから年間100万弱ですね。
幕下以下は出場した大会の参加料と勝ち星による奨励金のみで普段は無給のようです。
幕内になりますと、月給が支給され、本場所では勝ち数の合計による*褒賞金(ほうしょうきん)が払われ、優勝したり、15日間で勝ち越しなど好成績を残したり、目覚ましい活躍をした場合など色々なボーナスのような手当がつきます。ここでは全てご紹介することは文の都合上はぶきます。もちろん横綱で優勝すれば大きな金額になります。ちなみに幕内最低力士の十両で基本になる月収は100万円ちょっとらしいです。ですからそれ以上の力士の総収入は押して知るべきです。
* 褒賞(ほうしょう)=ほめたたえること。“ほうび”をあげること。

番付表(ばんづけひょう) 〜場所が始まるまえに発表〜

力士の階級は先場所の成績が反映され本場所まえに番付表として正式発表されます。
番付表は行司が独特の書体の毛筆で、東西に分かれて参加する力士名が階級ごとに上から下に書いていきます。下に行くほど力士名は小さくなっています。行司、呼び出しなどの関係者の名前も入ります。

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番付表

お相撲の観戦 〜独特の観戦席と平均150キロの巨体がぶつかる迫力〜

相撲を実際に観るとそのド迫力に圧倒されます。時には200キロ近い体重の力士同士が立会い(相撲開始)で陸上競技のスタートダッシュのように体をぶつけあいます。
顔面はあっという間に紅潮し、白い巨体はみるみるピンク色に染まり、その巨体が土俵に叩きつけられたり、土俵に下まで飛んでいきます。勝った力士は*悠然(ゆうぜん)と行司より*“勝ち名乗り”を受けます。また番付表の格下の力士が上位の力士に勝つと“番狂わせ”、特に番付表で大きな差をある力士を下位の力士が勝った場合を金星(きんぼし)と言い場内は興奮のうずになります。“番狂わせ”は他のスポーツでも予想しない結果が出た時使いますが、この番付表に由来(ゆらい)しているのです。
*悠然(ゆうぜん)=ゆったりと落ち着いて、しかも誇らしく。
*勝った力士の四股名(しこな)を呼ぶこと。

観戦の席は主に3種類あります。
“溜席(たまり席)” “砂かぶり”とも言います。土俵に一番近く土俵の砂が試合中に飛んでくることもあるのでこの名が。座布団(ざぶとん)に座っての観戦になります。
飲食と写真撮影は禁止。子供は6歳以上で保護者同伴のみ。                         
相撲を間近で観られますが、土俵下の席では200キロ近い力士が落ちてくることもあります。それによって怪我をした場合、協会は緊急処置などの最低限の事は
してくれますがあくまでも席を選んだ人の自己責任のようです。
“枡席(ますせき)” 1.3メートル四方の鉄パイプで囲まれ、四枚の座布団が敷かれています。お酒を含めて飲み食い自由です。皆さん、“お茶屋さん”というお店から届けられるお酒、焼き鳥、おつまみ、お弁当などを楽しみながら観戦を楽しみます。
家族やグループが気兼ねなくお相撲と料理とおしゃべりを満喫できます。
この席は企業などがセールス用に大口の顧客を招待することも多いと聞いています。
“椅子席(いすせき)” 溜席(たまりせき)と枡席(ますせき)は座布団に座って観なければなりませんが、ここは座るのが苦手な人向きの椅子です。テーブルと肘掛(ひじかけ)のついた座り心地の良い席もあり、初めて相撲観戦する人にもいいかも知れません。

最後に 〜奥が深い相撲〜 裏方たち〜

今まで述べて来たことは、日本語を勉強しながら、同時に日本の伝統に興味のある外国の方にお相撲をできるだけ簡単に説明をしたつもりです。
これ以外にもお相撲には多くの*裏方(うらかた)、脇役(わきやく)が居り相撲界を支えています。
力士は相撲部屋というチームに所属しています。十両以下の若手力士達は相撲部屋で寝食を共にして稽古(トレーニング)をします。チームの総監督は“親方”と言われます。そして、親方を支えて部屋に抱えた若者達の面倒を見たり、親方とともに公式行事に参加したりして*八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をする“おかみさん”
すでに説明した行司の前に力士を土俵に呼ぶ“呼出(よびだし)”彼らは土俵を作ったり、土俵を整備したり、懸賞金がかかった取組の前に懸賞旗を持って土俵を回ったりします。この仕事も行司と同じように階級制です。
また“床山(とこやま)”と言って、力士の“まげ”という髪型をつくる仕事の人、いわば力士の為の美容師のような人です。力士は本場所中でなくてもけいこ(トレーニング)が終わると毎日“まげ”を結うので非常にハードな仕事のようです。
奥が深い相撲はまだまだ説明しなければならないことがたくさんあります。また筆者も当初申し上げたように特に詳しい訳ではありません。勉強中です。でもこれを機会に皆さんがお相撲にちょっとでも興味を抱いいていただければ嬉(うれ)しい限りです。
*裏方(うらかた)=おもてに出ないでイベントを影で支える人達。
*八面六臂(はちめんろっぴ)=一人で何人ぶりの仕事をすること。

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参考にさせていただいた資料、サイト。
“大相撲ぴあ” ぴあ株式会社発行
“大相撲の解剖図鑑”伊藤勝治 監修 株式会社エスクナレッジ
“カワイイ大相撲”どすこい花子著 メディアファクトリー
相撲、相撲の決まり手一覧 フリー百科事典 ウィキペディア
大相撲. Com,  Yahoo知恵袋,  matome never jp,
いまさら聞けない大相撲番付の順番 http://sportvilogger.com/oozumou-924
日本相撲協会公式サイト など、など、大変お世話になりました。

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文と絵: 川口国際交流クラブ おおかわら

”第8回川口市外国人による日本語スピーチコンテスト” 結果発表

2月12日(日)に開催されました、「第8回川口市外国人による日本語スピーチコンテスト」は、以下の結果になりました。
金賞 グェン ヴァン リンさん ベトナム
銀賞 グェン タイン アンさん ベトナム
銅賞 サカモト ポーンヌブパンさん タイ
オーディエンス賞 孫 宇(ソン ウ)さん 中国
受賞された皆さま、おめでとうございます。

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