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真っ青な大空から満面の笑みのような陽射しが煌めいていた、秋深しな十月神無月半ばの三連休明け火曜日だった。

猛暑の今夏だったが、そんな折り1964年創業の野田市内老舗大衆中華食堂のやまとやさんを訪ねたものだ。実はその際にもう一軒だけ、周辺で大変気になっていた中華店があった。

それがこちらなのだがその話しには続きがあって、その後都内店や他方面ばかりに目が向いてしまい、忘却の彼方の一軒に入り訪問の機会を失いかけていたこちらだった。

ここのところブログ更新にも余裕が出て来て、ブログの細かい微調整にも手をかけるようになって来た。今朝もそんな作業をしている内に、ブログ紹介文を更新するかとなって、その入口となる編集ボタンをクリック。

すると今まで気がつかずにいた場所を見つけそこをクリックすると、当ブログ宛てにメッセージが着信していることを知らせる欄に1件のメールが届いていた。

見るともう一ヶ月も前に送って頂いたもので、これは実に失礼なことをしてしまったと思いながらもそれを読ませて頂いた。

すると先述した中華食堂のやまとやさんを訪れたことに対しての感謝のお言葉と共に、こちらが如何に素晴らしい中華店であるかそれが切々と綴られていた内容だった。

今日は松戸駅に出てその周辺で午前中若干の所用があるだけで、ラーメンは常磐線沿線某店を考えていたが、その文章を読み終えた時点で心はもはやこちらにロックオン状態となっていた。

やはりそうだったのかと確信しつつ、有り難いメールを頂いた方に感謝しながらも、これはやはり行かねばとなった。

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そんなわけで所用を軽く済ませた後、常磐線快速電車の上りならぬ下りの方に飛び乗り柏で下車。

先日ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章教授は、東京大学柏キャンバスの宇宙線研究所の所長で、柏は時ならぬノーベル賞に湧いて、駅にはそんなノーベル賞を祝う案内幕が見受けられた。

そんな横断幕を横目に東武アーバンパークラインに乗り換えてまたもや愛宕へやって来た。改札口前の通りを右手へ進んで行き、400mほど先の愛宕神社交差点を左折して県道17号線へ。

流山街道とも呼ばれるその通りを歩いていると、明治六年に開校して昭和初期に建設された校舎が今も利用される野田市立中央小学校の門があり、見ると奥に見えるその建物まで一般家屋が並んでいた。

その通りの三つ目の右路地を入ると、なんとも言えない佇まいのいい石畳の路地が奥まで伸びていた。そこを70mほど歩いた頃だろうか、左手に風情良くこちらの店舗が営業していた。

1954年の昭和29年に創業したこちらのようで、餃子は手打ちらしく麺も自家製を提供しているらしかった。しばらく前まで自宅周辺の本八幡にも同じ店名の中華店があり、レポートしていないがかなり前に何度か入店したものだ。

店舗入口左手に大きなサンプルショーケースがあり、こちらの提供メニューのサンプルが幾つも並んでいた。そして午後2時まで杏仁豆腐が、サービスされることが案内されていた。

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さっそく入店して行くと、それは大変盛況なフロアが広がっていた。二階へ上がる階段が見えて、その手摺りが良き時代を感じさせた。サイン色紙がフロア内に何枚か飾られていていた。

どうやらロケ地として登録されているこちらの店舗らしく、確かにその風情ある店内は打ってつけの雰囲気があった。

また月曜日と水曜日はランチタイムに来店すると、コーヒーのサービスがある案内がなされていた。相席で腰掛けて大きなメニューボードを見ながら、まず予定通りラーメンと小チャーハンをオーダーする。

そしてメニューボードには餃子は五ケで400円と案内されていたが、1ケ80円でバラ売りもしてくれるそうで、やはり餃子の皮が手打ちならばとその餃子を三個でお願いすることに。

現在の店主は、三代目になるそうだ。地元の方々に愛される老舗中華店で、入口ドアが休まる暇がないほどだった。

とは言え途中で落ち着けるこちらの席へどうぞとなって、メニューボードの撮影を終えている後で、違う場所から店内を臨むことが出来てテレビも良く見える場所になった。程なく到着。

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ラーメンはラードがほとんど浮かない鶏清湯醤油で、縁に食紅が付いたチャーシューもあって、自家製麺は白い細ストレートだけに、見るからに往年の横浜中華街の汁そばを想わせた。

横浜勤務時代に横浜中華街の名店にかなり訪れているだけに、そんなことが理解出来た。

それではと行かせて貰えば、口にしてもそのイメージは微塵も変わることがないもので、先述した通り横浜中華街で戦前や戦後まもない頃からから営業している名店の汁そばを彷彿とさせた。

目をつぶれば横浜メリケン波止場から大型客船の汽笛が聞こえ、山下公園に停泊する氷川丸の碇の鎖に並ぶユリカモメのけたたましい鳴き声が聞こえて来そうなほど。

風情のいいチャーシューに中華街らしい白く細い麺が、どうにもこうにも実にたまらないものと言えた。

チャーハンがまたなかなかの持ち味で、手打ち餃子ももっちりした皮にたっぷりの肉餡が詰まっていて、汁そばの大いなる風合いをさらに押し上げていた。

付いて来た黄色いタクワンに細切りされたザーサイも美味しく、サービスで食後に出て来た杏仁豆腐がまたうっとりするほど素晴らしいものだった。

それだけに、気がつけば完食だった。良かったことを告げながら精算を済ませ、ご挨拶してこちらを出て駅へ向かう。

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野田と言うと多くの醸造所が共同出資で設立された亀甲萬(キッコーマン)醤油に代表されるように通称むらさきの郷と呼ばれる醤油の街だ。

こちらの界隈にはそんな共同経営を避けた、キノエネ醤油の大きな醸造工場が鎮座している。また市内にはその他にも規模が小さい、窪田味噌醤油と坂倉味噌醤油も営業している。

駅に戻る途中行きがけに気になっていたそんな一つの醤油と味噌を醸造しながらも漬物にも力を入れて醸造販売する、1717年亨保二年創業の坂倉味噌醤油本店が営業していて思わず入店。

野田醤油の歴史が甲斐信玄公御用達に端を発することから命名された、最上級原料による無添加本醸造の川中島溜醤油や、秘伝のもろみで丸漬けした大根や幾つかのおり漬をそこで購入してから帰途に就いた。

いや、かなりとんでもなく絶大に果てしなく、安らぎに満ちた良き時代の横浜中華街の汁そばと炒飯と餃子で、猛烈に確実に明確に的確に瞭然に遥かなる大空の果てまで、実にとっても素敵で素晴らしかった。

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★自家製麺 正華楼@野田

住所/千葉県野田市野田312 TEL04-7122-2298 定休日/木曜日 営業時間/11:00~19:30LO
※アクセス
東武アーバンパークライン愛宕駅下車。改札口前の通りを右手へ進んで行き、400m弱ほど先の愛宕神社交差点を左折して県道17号線へ。その通りの三つ目の右路地を入り、その野田一番街を70mほど歩いた左側にあり。
 

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