senbikiyaike06

★ 新春特別編 喜劇らーめん管理人が千疋屋を語る!

本日も昨日同様に好天となって、初春の碧空から冬らしい目映ゆい陽光が街をその色に染めていた、そんな本日も休日の平成29年松の内二日の月曜日だった。

昨日は先祖の墓参りと神田明神の初詣に出掛け、本日は予定通り嫁さんの十条実家に挨拶へ出掛けることに。

途中でいつものように手土産をと言うことで池袋で途中下車したものの、何処で何を購入するか考えてはいなかった。

実は新宿で乗り換える時に高野フルーツのケーキ辺りを考えていたが、以前にもそのパターンだったこともあって池袋にするかとなった。ともあれ、とりあえず池袋東武のデパ地下へ行けば、何か見つかるだろうと改札口を抜けてそこへ入店。

senbikiyaike07

すると思いの外に大混雑しているフロアで、その人の波を掻き分けるようにしながらケーキを探すことに。しばらくそのフロアを歩いている内に、ふと一度通り過ぎた千疋屋のショップに、そう言えばとなってそこで購入するかとなった。

そこでホールタイプのマスクメロンババロアと、さらにロングサイズのチョコバナナケーキを一つずつ購入。かくてそれを手土産に嫁さんの実家を訪れ、お義母さんに喜んで頂きここにして良かったと思うしかなかった。

senbikiyaike08

その昔に丸の内で勤めていたお義母さんで、それだけに千疋屋ブランドならばとした次第だった。

武蔵国千疋郷(現越谷東町)大島流槍田術指南の大島弁蔵氏が道場の庭で栽培した果物等を、日本橋葺屋町(現人形町三丁目)の地で1834年の天保5年から千疋屋弁蔵と名乗り販売した店に端を発する千疋屋らしい。

senbikiyaike09

庶民的な商いをして来た初代弁蔵から二代目の文蔵に引き継がれ、浅草鰹節大店大清を商う店主の娘を妻に迎えていたことから、浅草料亭八百善に上がるようになり、幕末の著名人にご愛顧を頂くようになったそうだ。

それにより高級指向が高まって徳川家御用商としての信頼を得て繁盛して行き、三代目代次郎の際に本店を現在の日本橋室町に移転させ、マスクメロン等の自家栽培を始めて国内初の果物専門店として成長を続けたと言う。

senbikiyaike10

現社長祖父の四代目では、都内に大規模な店舗を開業させて、国内初のフルーツパーラーの前身となる果物食堂の営業も手掛けている。

その千疋屋総本店は、日本橋本店・新宿高島屋店・新宿伊勢丹店・銀座三越店・池袋西武店など首都圏に現在計17店舗を運営している。なお今回購入した店舗の運営は、京橋千疋屋となる。

senbikiyaike11

三代目代次郎の妹キヨが当時腕を振るっていた番頭の谷治郎吉氏と結ばれ、それをきっかけにして代次郎は暖簾分けを妹夫婦に許し、1881年の明治14年都内中橋(現京橋)の地に開業したのが京橋千疋屋らしい。

京橋本店・丸ビル店・東京駅一番街店など都内を中心に、東武池袋地下1階店も含めて現在計26店舗を運営している京橋千疋屋だ。

senbikiyaike01

ちなみに千疋屋グループには、もう1社の銀座千疋屋が営業している。1894年の明治27年に初代齋藤義政が総本店より暖簾分けを許され、新橋千疋屋を開業させその後に銀座千疋屋と社名を改称させた。

senbikiyaike02

その運営店は銀座本店フルーツショップと銀座本店フルーツパーラーの現在2店舗ながら、昭和6年より宮内庁御用達を拝命したのもこの暖簾分け店の銀座千疋屋のようだ。

senbikiyaike03

また銀座千疋屋二代目社長齋藤義政は、1913年にフルーツパーラーと言う造語を作り上げ銀座松屋内にそれを開業させている。そこでフルーツポンチと言う、それまでなかった新しいデザートも開発している。

senbikiyaike04

高野フルーツも1900年創業の老舗果物店でブランド力ある企業だが、千疋屋は3企業のその力強いグループ力で圧倒している。いや、それにしてもかなり美味しいケーキだった。

senbikiyaike05

★ 京橋千疋屋 東武池袋地下1階店

※公式サイト~http://www.senbikiya.co.jp/
住所/東京都豊島区西池袋1-1-25 東武百貨店池袋店地下1階店4番地 TEL03-3590-6655 定休日/池袋東武店舗に準じる 基本営業時間/10:00~20:00 ※日祝~21:00



ラーメン ブログランキングへ   
👆1click 頂けると嬉しいです