第16話【憧憬と、逃避と。】
■ 憧憬と、逃避と。
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※前号までのあらすじ
サラの巧妙な罠にかかる、アイナと新藤。
新藤は激しく怒り、アイナを糾弾した。しかし、その糾弾が
新藤自身にも災いを呼び起こしていたのだった・・・
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新藤は、A県の片田舎に生まれた。
母子家庭に生まれ、貧困にあえぎながら育った。
生まれたときには既に父はいなかった。
その父を徹底的に憎む母。
そして、
母が、夫を憎んだために、自分が父を奪われたのだ。
母も憎しみの対象となった。
早く家を出たい。貧乏なんてまっぴら。
医学の道を志した。
高校生になった新藤は、
死に物狂いで勉強、そして学費をかせいだ。
しかし、受験に失敗する。
これ以上、この家に居たくない気持ちが勝ち、
看護婦の道を選んだ。学生寮が魅力だった。
医者になんか負けるものか。
医者になっていれば、今頃きっと・・・
歪んだ思いを仕事のパワーへと変えた。
真面目で熱心な彼女は、新人の頃から同僚や
医師たちからの評価も高かった。
彼女はますます仕事に励むこととなる。
しかし、数年経過してみると、
彼女にはあるレッテルが貼られてしまう。
真面目で頼りになるが、人間的な魅力に欠ける
これまで友人らしい友人を作ってこなかったせいで、
新藤は協調性に重きをおかないところがあった。
もっといえば、怖かったのだ。
人間関係を作るのが怖かった。
患者とは、いくらでも話すことができるし、
優しい声だってかけられる。
それは、同等に見ていなかったから。
同僚はライバルであり、
医師も、彼女からすれば対等におきたがった。
彼らから、嫌われることを恐怖したが故に
より孤立していった。
そしてあるとき、気づいてしまった。
このまま走っても、私は、たどり着くことができない、と。
私は、何になりたかったの
私は、何から逃げているの
私は、何を失っていたというの
彼女は全て、全てを理解した刹那、
医師である和田を欲してしまったのだった。
和田は、あまりにも新藤の脳裏に描いてきた父と
重なったからだった。
こうして新藤は、まだ見ぬ自分の父親を思い
幾度となく果てるのであった。
それは、
憧憬と逃避の近親相姦であった。