唐突だけど、僕はそこそこ早めに結婚したので、今年の結婚記念日で7周年(銅婚式というらしい。無理やりだよね。)になる。
で、最近になってようやく自分なりに結婚生活をうまく運ぶコツのようなものをようやくつかめてきた気がするので、文章化してみようと思う。
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【フェアであることを目指さない】
今まで他人だった二人が一緒に生活することになる夫婦生活においては、家事や生活費を始めとした様々な負担をどのように分担するかということは、とても重要なテーマだ。
そして、この分担を考えるとき、僕たちは往々にして互いの負担が”フェア”であることを目指してしまう。
例えば、食事は君が作るから、片付けは僕がするよ、みたいにね。
でも、夫婦の分担をフェアなものにすることは、実際にはとても難しい。
というか、不可能と言ってもいいかもしれない。
極端な話、仮に客観的に完全にフェアな役割分担関係が構築できたとしても、夫婦は互いに「自分の方が大変だ。」という思いを胸に抱えることになるからね。だって、人間ってそういうものでしょ。
そして、この「自分の方が大変だ」という感情は、夫婦関係を徐々に、でも確実に蝕んでいく。
だから僕は、いっそのこと、夫婦間の役割分担を考える時には、フェアであろうとする潜在意識を忘れ去ってしまった方がいいと思うに至った。
僕が片付けをするのは、君が食事を作ったからじゃない。
別に理由はないけど、片づけは僕がする、という具合に。
僕が水道光熱費を出すのは、君が食費を出すからじゃない。
別に理由はないけど、水道光熱費は僕が出す、という具合に。
【アンフェアな状態を受け入れる】
フェアであることを目指すのをやめると、自然に夫婦間の分担のバランスは崩れていくことになるかもしれない。
でも、実は客観的な役割分担のアンバランスは、たいした問題じゃない。
意識しなきゃいけないのは、このアンバランスにあなたが不満を感じるかどうかの方だ。
だから、あなたがフェアであることを目指すのをやめる場合、同時にこの不満との付き合い方を身につける必要がある。
でも、付き合い方といってもそんなに大したことじゃなくて、
(1)何か自分が分担をこなしたあと、「●●したよ。」と報告する。
(2)そして、もし感謝の言葉や、うれしいという返事が返ってきたら、「君が喜んでくれると、僕もうれしい」と言う。
という、たったこれだけのことでいい。
簡単でしょ?
でも、たったこれだけのことで、徐々に世界は変わっていく。
うそだと思う人もいるかもしれないけど、そういう人にこそぜひ試してみてほしい。
【あなたが負担を背負い込む必要はない】
フェアであることを目指さないと言っても、当然ながら1から10まで自分が面倒を背負い込む必要なんて全然ない。
「自分がこれだけやってるんだから」のような、「フェアな分担」を前提とする理由に基づかないのであれば、とりあえずパートナーにお願いをしてみよう。
だけど、このとき、絶対にはずしちゃいけない約束事が2つだけある。
それは、つまり、
(1)パートナーはお願いしたことを当然やってくれるものだとは思わないこと
(2)パートナーが(どんな細かいことであっても)お願いを聞いてくれたら、必ず自分が感じた嬉しい気持ちを言葉に出すこと
の2つだ。
これもとっても簡単でしょ?
あなたがフェアであることを目指していなければ、(1)のようなことを思うことはないだろうし、そう思っていなければ、(2)のような感情は自然に湧き出てくるはずなのだから。
【フェアを目指さないことで得られるもの】
で、あなたがこんな努力をして得られるものは何なのかというと、それは「尽くす喜び」だ。
何それ?と思った方は、あなたがパートナーと出会って間もない頃のことを想い出してほしい。
例えば、プレゼントを贈ってあげたり、食材を買い込んで料理を作ってあげたり、傷ついたと聞いたらそばについていてあげたりと、相手に有形無形のさまざまなサービスをしていたんじゃないだろうか。
そして、そのときあなたは、お互いのサービスのレベルが対等かなんて考えもせず、パートナーの喜ぶ顔を得ることで満足していたはずだ。
これが「尽くす喜び」に他ならない。
そして、この「尽くす喜び」は、取り戻すためにちょっとした努力をするに足るだけの価値は、絶対にある。
分担がフェアかどうかなんていう枝葉末節にこだわって、「好きな人の喜ぶ顔を見たい」という、より本質的なことをおろそかにするのはバカバカしい。
昔は誰だって、「自分はこんなに苦労しているのに、あいつはあんなに楽しやがって」じゃなく、「あいつが喜んでる。苦労した甲斐があったな」って思っていたはずなんだからさ。
フェアかどうかなんて忘れちゃって、出会った頃に日々感じていた「尽くす喜び」を取り戻した方がずっと楽しく毎日を送れるよ。
これが、僕が7年弱の結婚生活で学んだ、とても大切なことです。
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・・・おいこら、誰だ、今「真性のドMだな」って言ったやつ。聞こえたぞ。
で、最近になってようやく自分なりに結婚生活をうまく運ぶコツのようなものをようやくつかめてきた気がするので、文章化してみようと思う。
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【フェアであることを目指さない】
今まで他人だった二人が一緒に生活することになる夫婦生活においては、家事や生活費を始めとした様々な負担をどのように分担するかということは、とても重要なテーマだ。
そして、この分担を考えるとき、僕たちは往々にして互いの負担が”フェア”であることを目指してしまう。
例えば、食事は君が作るから、片付けは僕がするよ、みたいにね。
でも、夫婦の分担をフェアなものにすることは、実際にはとても難しい。
というか、不可能と言ってもいいかもしれない。
極端な話、仮に客観的に完全にフェアな役割分担関係が構築できたとしても、夫婦は互いに「自分の方が大変だ。」という思いを胸に抱えることになるからね。だって、人間ってそういうものでしょ。
そして、この「自分の方が大変だ」という感情は、夫婦関係を徐々に、でも確実に蝕んでいく。
だから僕は、いっそのこと、夫婦間の役割分担を考える時には、フェアであろうとする潜在意識を忘れ去ってしまった方がいいと思うに至った。
僕が片付けをするのは、君が食事を作ったからじゃない。
別に理由はないけど、片づけは僕がする、という具合に。
僕が水道光熱費を出すのは、君が食費を出すからじゃない。
別に理由はないけど、水道光熱費は僕が出す、という具合に。
【アンフェアな状態を受け入れる】
フェアであることを目指すのをやめると、自然に夫婦間の分担のバランスは崩れていくことになるかもしれない。
でも、実は客観的な役割分担のアンバランスは、たいした問題じゃない。
意識しなきゃいけないのは、このアンバランスにあなたが不満を感じるかどうかの方だ。
だから、あなたがフェアであることを目指すのをやめる場合、同時にこの不満との付き合い方を身につける必要がある。
でも、付き合い方といってもそんなに大したことじゃなくて、
(1)何か自分が分担をこなしたあと、「●●したよ。」と報告する。
(2)そして、もし感謝の言葉や、うれしいという返事が返ってきたら、「君が喜んでくれると、僕もうれしい」と言う。
という、たったこれだけのことでいい。
簡単でしょ?
でも、たったこれだけのことで、徐々に世界は変わっていく。
うそだと思う人もいるかもしれないけど、そういう人にこそぜひ試してみてほしい。
【あなたが負担を背負い込む必要はない】
フェアであることを目指さないと言っても、当然ながら1から10まで自分が面倒を背負い込む必要なんて全然ない。
「自分がこれだけやってるんだから」のような、「フェアな分担」を前提とする理由に基づかないのであれば、とりあえずパートナーにお願いをしてみよう。
だけど、このとき、絶対にはずしちゃいけない約束事が2つだけある。
それは、つまり、
(1)パートナーはお願いしたことを当然やってくれるものだとは思わないこと
(2)パートナーが(どんな細かいことであっても)お願いを聞いてくれたら、必ず自分が感じた嬉しい気持ちを言葉に出すこと
の2つだ。
これもとっても簡単でしょ?
あなたがフェアであることを目指していなければ、(1)のようなことを思うことはないだろうし、そう思っていなければ、(2)のような感情は自然に湧き出てくるはずなのだから。
【フェアを目指さないことで得られるもの】
で、あなたがこんな努力をして得られるものは何なのかというと、それは「尽くす喜び」だ。
何それ?と思った方は、あなたがパートナーと出会って間もない頃のことを想い出してほしい。
例えば、プレゼントを贈ってあげたり、食材を買い込んで料理を作ってあげたり、傷ついたと聞いたらそばについていてあげたりと、相手に有形無形のさまざまなサービスをしていたんじゃないだろうか。
そして、そのときあなたは、お互いのサービスのレベルが対等かなんて考えもせず、パートナーの喜ぶ顔を得ることで満足していたはずだ。
これが「尽くす喜び」に他ならない。
そして、この「尽くす喜び」は、取り戻すためにちょっとした努力をするに足るだけの価値は、絶対にある。
分担がフェアかどうかなんていう枝葉末節にこだわって、「好きな人の喜ぶ顔を見たい」という、より本質的なことをおろそかにするのはバカバカしい。
昔は誰だって、「自分はこんなに苦労しているのに、あいつはあんなに楽しやがって」じゃなく、「あいつが喜んでる。苦労した甲斐があったな」って思っていたはずなんだからさ。
フェアかどうかなんて忘れちゃって、出会った頃に日々感じていた「尽くす喜び」を取り戻した方がずっと楽しく毎日を送れるよ。
これが、僕が7年弱の結婚生活で学んだ、とても大切なことです。
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・・・おいこら、誰だ、今「真性のドMだな」って言ったやつ。聞こえたぞ。
まだ結婚一年目の不束者の旦那ですが、
私も常々「過剰なフェアネスの危うさ」は感じていて、
結婚に限らず、そのほとんどの妄想のフェアネスを求めて、
不満を募らせるという状況をよく目にする気がします。
我が家はどう考えても私のほうが妻より数倍キャパが大きいので、たとえ私が仕事や家事において8割負担でも「ま、そんなもんだろ」と考えています。
喜んでもらえますしね。