禅定日記

スーパーカブ・自転車・徒歩・釣り

言葉を忘れるとき


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西日に照らされた草原の、あまりにも美しい緑色に心が満たされた瞬間。
なんてことを書くと、陳腐で安っぽいな。

普段から言葉や文字にまみれていると、そこから離れたくなる瞬間がある。
街にはたくさんの文字が溢れている。社会は常にあらゆるモノゴトを言語化しようとしているし、自分の頭の中もたくさんの言葉で埋め尽くされていて、いつのまにか自分というものが言葉や文字によって支えられていることに気がつく。
そこから脱したくなる時がたまにある。

どうやって脱すればいいのだろう。
今日みたいに美しい夕日に照らされた草原を見に行くのもいいかもしれない。でも必ずしも場所が大切ってわけじゃない。
たとえばカブで気持ちのいいカーブを曲がっている瞬間、自転車で峠の頂上が見えた瞬間、魚が餌をくわえた瞬間、缶ビールのタブを引いた瞬間。
それらの瞬間、言葉や文字なんてものはどこか遠くに飛んでいって、完全に歓喜の中に埋没している。
それはありのままの自然を美しいと感じる瞬間と似ているような気がする。

歓喜を味わうには自分の身体をオープンにする必要がある。
雑念というフィルターを取り除いて、ただ「その時」に向き合う。
フィルターを取り除くには、とりあえず外に出て行動することしかボクには思いつかない。
カブに乗ってひたすら遠くまで行けばわかる。自転車で県境を越えてみたら?釣竿片手に川を歩いてみよう。

言葉を忘れるとき、歓喜がそこにある。

安い自転車は匂いでわかるようになった



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前回のつづき。
それにしても、あらゆるパーツが汚い。とゆーか、汚いのかボロいだけなのかの判別ができない。
とりあえずチェーンは会社に持っていって徹底的に洗浄。
ブレーキもひどい。汚いまま付けるなんて我慢できないので、掃除。
リヤメカはバラそうかと思ったけど、今回はパス。


これらのパーツが付いていた自転車を、友人は、「自転車に詳しい友人」の友人(ややこしい)から「めっちゃええ自転車らしいで」と、譲り受けたらしいけど、どこをどう評価して「いい自転車」という太鼓判を押したのか理解に苦しむ。
私はどちらかと言えば「いい自転車」という評価の敷居が他の自転車乗りよりも低い方だと思いますが、それでもこの自転車からはママチャリと同じ匂いがする。比喩的な表現じゃなくて、実際にママチャリと同じ匂いがするのですよ。
まあ、普通に走れるからいいと言えばいいのだけれど。

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マディフォックスにはブレーキの台座ボルトすら付いていなかった。

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昔、リジット化する時に間違って買ってしまったクソ重いフロントフォークから、台座ボルトを流用としようとしたのですが、なかなか抜けない。
こうなったら!と万力に挟んで力一杯まわしたら台座ボルトは見事にねじ切れてしまいました(涙)

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仕方ないので新品を購入。
さっきから「台座ボルト」と当然のように呼んでいますが、お恥ずかしい話この部品がなんという名称かがなかなかわからず、「ブレーキ 取り付ける棒」という極めて恥ずかしいキーワードで見つけ出しました。
勉強になりますなぁ。

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牛歩のスピードで。
とりあえず今はこんな感じっすー。


カタチになってきた


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マディフォックスRTAの組み立て
前後のタイヤをつけて、BBとクランクを取り付け。
うん、一気に自転車らしくなってきました。

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以前ルック車のBBを取り付ける時に左ワンを破壊してしまったので、今回はしっかりと対策しました。
工具の入りが浅くてナメやすいので、外れないようにBBのシャフトにボルトをねじ込んでワッシャーで挟みこみました。

今の時点でパナソニックのMTBよりも余裕で軽い。
まあ、まだまだここから重くなるので、最終的には12kg台ぐらいになるのかな。
それなりに頑張れば10kg台も可能なフレームとフォークなので、今後の頑張りを期待したいところですな。

一気に終わらせたいところですが、まだ部品がそろっていないので、ゆっくりと作業を進めます。

知識と未知のバランス

何かをする上で、どの程度まで知識を得るべきなのか。
たとえば自転車で琵琶湖を一周する場合、どの道を走ればいいのかを調べつくし、先人のアドバイスを参考にし、それなりの自転車で事前にしっかり走りこんだ上で挑むのであれば、わりとあっさりと一周することができるだろう。
しかしある日突然「あ、自転車で琵琶湖一周しよう」と思い立ち、そこらの買い物自転車に乗って、いつもの普段着で琵琶湖一周することも可能ではある。
どちらの楽しみ方でもいいのだけれど、どちらが「面白い旅」になるかと言われたら、断然後者の方になるだろう。
でもほとんどの人は前者の方法で琵琶湖を一周するほうを選ぶだろう。もちろん自分も。

結局知識がそうさせているのだ。知識が行為を慎重にさせている。つまり、考えようによっては知識は行為を詰まらなくさせていると言える。
かと言って、全く知識がない場合は単に無謀なだけになる。

今の世の中、気になることがあればすぐに調べることができる。本当に便利になったもんだ。
で、ツーリングをする場合もついつい行き先のことを調べすぎてしまい、未知のものを見るはずが、調べたことを確認する為だけにそこに行くことになってしまいがちである。
もちろん知識によって景色の見え方に深みが増すことはあるだろう。明日香村などは、ただの空き地のような場所が、実は歴史的に重要な場所だったりすることもある(明日香村は他の観光地のように、何から何まで至れり尽くせりではないので、自分で調べておかないとわからないことが多々ある)。
ただ、あまりにも知りすぎると、目的のものだけに目が行ってしまい、その途中の魅力的な出来事や風景を見逃しがちになってしまう。

私は先日実家までの60㎞を歩いて帰った。
徒歩の達人からすれば大した距離ではないだろう。でも私にとっては思い出深い旅になった。
何も知らずに突発的に始めたことが、この旅が深いものになったと考える。
事前に専用のシューズを購入した上でしっかりと歩きこみ、グーグルマップで歩きやすそうな道を調べ、いざ本番、となれば、おそらくあっけない旅になったはずだ。そして今ならそうするだろう。ちゃんとした靴をまずは買うと思う。足のマメがつぶれることもなく、膝が痛むこともなく、快適な徒歩旅が約束されるだろう。しかし、快適さと引き換えに、失うものもあるような気がするのだ。
公園のベンチで裸足になって寝転がって見た空、コンビニおにぎりの身に染みるようなうまさ、親や友人からの何気ないメールが妙に励みになったこと、自分の身体が生きているというリアルすぎる実感。
あのような徒歩旅はもう二度と味わうことができない。それは実際に歩いたことによって経験から知識がついた結果であるから仕方がないと言える。

大人が子どもの頃のような、何もかもが面白くて仕方がない体験をするには、常に新しいことに挑戦し続けるしかないのだろうか。

ちなみに徒歩旅系のサイトはいくつもあるが、私的に断然面白いのはこちら⇒東海道歩いてひとり旅
それと、自転車での旅はコチラ⇒冒険しようぜ!

両者に共通しているのは、とりあえずそこそこの準備ではじめているということ。
道具にこだわりすぎると、誰の為の旅なのかが見えにくくなる。旅は道具がするのではなく、自分がするもの。
道具好きの自分としては、耳が痛いが、これは紛れもない事実だ。

と、ここで前回のツーリングレポートの続きにつなげるつもりだったが、長くなりすぎたので次回に持ち越そう。



朝から自転車掃除


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日曜の奈良カブミーティングに参加した友人から、昨夜興奮のメールが届いていたので、その返信をしつつ、自転車を掃除する。
先日のツーリングでダートを走ったこともあり、結構な汚れ具合。こいつもぼちぼちオーバーホールした方がいいな。マディフォックスが組みあがったら順に整備していかねば。

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いつもの道と少し違う道をフラフラ徘徊していたら、SURLYの取扱店があった。

シートポストのサイズに頭を悩ませる


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ヘッドパーツの圧入は無事終了。
フォークのネジ切り部分が1ミリ足りないというアクシンデントに見舞われましたが、古い下玉押しを挟み込んでクリアランスを確保することで無理やり対処。
とりあえずは大丈夫そうです。

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シートポスト径がイマイチわからない、と友人に相談したところ、同じフレームを所有している「厄年ペダルMk.2」さんに質問してくれたようなのですが、どうもこのフレームよりも細い感じ。
う~ん。シートポストなんて交換したことのない僕にはさっぱりわからない。
一応ノギスで測ったのですが、合っているのだろうか・・・。

自転車の規格は色々ありすぎていつも頭を悩ましますが、それが楽しい側面ともいえるので、なんともかんとも・・・。

知らないということから楽しみを見出す


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地図で目星を付けた池へツーリングを兼ねた釣りへ。


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ネットで検索しても、グーグルマップを見ても詳細は不明だったので、直接確かめに行くことに。
道はひたすら上り坂、途中からはダートになり、最後はほとんど担ぐような感じで現場に着く。

時間的な問題もあり(言い訳)魚を釣ることはできなかったけれど、情報のない池を見つけ出して、探りながら釣りをするのは、アプローチも含めてなかなか面白い。
釣具屋に行けば、釣りポイントが掲載されたパンフレットがたくさんあるし、ネットでもたくさんの釣りポイントの書きこみがあるけれど、そういったものに頼らずに自力でさがすことも釣りの楽しさの一つだということがわかった。
何が釣れるかわからない、というドキドキ感。
とは言っても、釣れないことには釣りはなかなか上達しないので、情報の大切さも同時に痛感したのだが。

ここの池は魚影も確認できたので、また行く予定。

調子に乗ってもう一か所探しに行ったのですが、それについては次回。

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