禅定日記

カブと自転車でキャンプを嗜んでおります

August 2017

ときには「ありがたみ」を思い出す

ふぅ。盆明けから忙しかった仕事が今日片付いた。
仕事きらい。ずっと遊んで暮らしたい。

でも、ずっと遊んで暮らせたら最高なのかもしれないが、そうなったらそうなったで慣れてしまって楽しくなくなるような気もする。
どんな事柄でも「ありがたみ」を忘れはいけない。わかってはいるのだけど、ついつい忘れてしまう。
遊べるありがたみもそうだが、働くありがたみなんて完全に忘れている。

ありがたみを忘れないためには、色々な環境で生きてみるといいのかもしれない。
遊べない環境、働けない環境・・・、考えただけでぞっとする。
働かないことには遊べない。もちろんお金をたくさん持っている人は例外だが。
でもお金をたくさん持っているということは、お金に関する全ての事柄のありがたみを忘れてしまうということなのではないだろうか。
世の中は日々便利になっていき、「便利」のほとんどはお金で手に入れることができる。
しかしやがてその便利は当然のものとして認識されるようになり、便利はありがたみと共にどこかへ消えてしまう。
便利も、ありがたみも、お金も失った我々は、より便利をもとめて同じ轍を踏みこもうとする。

カブや自転車でのキャンプ旅はそうした利便性一辺倒の現代生活にそれなりに刺激を与えてくれる行為だ。
二輪のキャンプ旅は持ち物を厳選し、常に心身を外にさらけ出し、目の前に広がるシーンと対峙しなければならない。
あえてリスキーな環境で旅をすることで、色々な「ありがたみ」を再び感じ直すことができるのではないか?と思ったりする。

ふと何かの拍子に「自分の人生、このままでいいのかな?」と思う人も多いのではないだろうか。
そんな時は大概、モノゴトに対するありがたみを忘れている時だ。
だから荷台にテントと寝袋をくくりつけて、どこか知らない土地に赴こう。
暑さや寒さに敏感になって、土地の言葉を聞き、土地の水を飲もう。

きっと帰る頃には正常に「ありがたみ」を感じられる心身に回復しているはずである。


氷結


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いつものように散歩の途中の自販機でビールを買おうと思ったら、違うものが出てきた。

世の中は何が起きるかわからない。
いつ自分が死んでしまうかもわからない。
今のうちにやりたいことをやっておかないと、後悔するヒマもなく死んでしまうかもしれない。

でも氷結は結構おいしかったよ。



動画編集中なう

 
ヤマモトさんめっさ笑顔でワロタ。

カブ屋の釣りツー!?

夏といえばアウトドアーなイメージがあるのですが、やはりカブ乗りたるもの、カブでアウトドアーを楽しまなければならないと思うわけでございます。
で、行ってきましたよ、カブでキャンプツーリングに。いつものストバイの企画ですよ。
海で釣りをしたり、川で泳いだり、露天風呂に浸かったり、キャンプで釣った肴をツマミに酒を呑みながら熱く語り合う、というアウトドアーな楽しみ方を十二分に楽しむという企画ですよ。

行き先は比較的近場ということもあり遅めの出発になったのですが、パンクはするし、道は混んでるしで、大幅に遅れが生じる事態になってしまいました。
しかし、そこで焦るということなど微塵もなく、のんべんだらりとツーリングはコナサレテいきました。
まあ、そのしわ寄せとして、風呂に行く時間がなくなるという事態になってしまったのですが。

解放感のある夏場のツーリング。
ともすれば爽やかなイメージすらある夏場のツーリング。
白いTシャツをなびかせながら、後ろに彼女を乗せ、青い海を横目に見ながら走っていそうな夏場のツーリング。
しかし現実はアスファルトや車からの熱気による融けそうな暑さ、どころではなく、蒸発しそうな暑さ。
日焼けを選ぶか暑さを選ぶかの服装のチョイスの葛藤。
ヘルメット内の異常な蒸れ。身体から発せられる異常な匂い。
Tシャツ一枚で下はスッポンポンのまま扇風機で涼む変態。
とにかく快適で爽やかな要素は皆無な現実。
夏場のツーリングが爽やかなイメージなのはきっと二輪メーカーのプロパガンダか何かに違いないといってもいいでしょう。

そんな汗臭い過酷なツーリングでしたが、個人的には充実した二日間だったと言っていいでしょう。
今回、仕事よりも釣りをしている時間のほうが長そうな人が二人も参加していたこともあり、釣りレクチャーを受けようと、海釣りの準備と川釣りの準備をして参加したのですが、それが見事に功を奏したというかなんというか、海でも川でも魚を釣りあげることに成功したのです。
なんてったって今年一匹も釣れていなかった男ですから、その喜びもひとしおなわけです。
アジとカワムツが釣れたぐらいで、ここまで幸福感を得ることができる私。
幸福感の敷居の低さに驚く人も多いのかもしれませんが、それはそれとして、楽しければなんだっていいではありませんか。

詳しくは次号のストバイ、もしくはいつアップロードされるかわからないプレスモーターサイクルのYouTubeサイトをご覧ください。

つれづれ

本を読んで、ネットでしらべものをして、ギターを弾いて、寝る、ということを一時間ずつぐらいのローテーションで朝から繰り返し、夕方に運動不足解消の為に軽く筋トレしてから、缶ビール片手に京都の町を3時間ぐらいかけて徘徊する。
という生活を六日間続けていました。

夜は何もせずにダラダラと過ごす。
でも夕方から夜まで妻は仕事なので、いざ雑談でも、と思ってもおしゃべりする相手がいない。
なので、このお盆は朝と昼のごはん時以外は誰とも話をしていない。
さすがに人と話がしたい。

朝と昼の一日二回、マンション内のどこかからリコーダーの音が聞こえてくる。
お世辞にもうまいとはいえないが、レパートリーは結構多く、いくつかの曲をローテーションで練習している。
おそらく夏休みの課題として小学生が練習していると思うのだけど、毎日毎日練習しているのに下手なままだ。
僕はリコーダーがそこそこ得意だったので基本を教えてあげたいぐらいなのだが、どの部屋から聞こえているのかが特定できないでいる。
同じ階か上の階あたりから聞こえるのだが、聞こえてくるフロアの住人に小学生がいたような記憶がない。
隣には品のいいおばあさんが犬と暮らしている。まさかこの人が吹いているのかなぁ。たしかに肺が鍛えられそうだし、指先と脳を使わなければならないので、ボケ防止にもよさそうだ。
などど考えてはみるものの、まだ納得できる結論には達していない。
でも謎は謎のままでいいような気もする。

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盆休みの個人的課題図書二冊






テクノロジーの発展はいつも戦争と共にある。核は今のところその究極のものといえる。もちろん最初から軍事利用の為に研究されていたわけではなさそうだ。人類の発展のため、という純粋な名目だっただろう。しかし軍事にも利用できることは誰もがわかっていた。核の発展の歴史は平和利用と軍事利用とのせめぎあいによる歴史ともいえる。
本書を読み進めていくと、核の軍事的使用に対してのスケープゴートをさがしても無駄なことがわかる。そこに悪はいないともいえるし、人類全体が悪だともいえるような気がする。核そのものの危険性以上に、使う人間が一番危険な存在なのは言うまでもない。かと言ってアメリカとソ連に責任を押しつけるだけでは根本の解決にはならない。人の欲望は底を知らない。人類の過剰すぎる好奇心が、時に地球や自分達自身への破壊へと繋がることがある。
だたひとつ言えることは核利用に対して、核で脅すことは意味がないということだ。現にアメリカがどれだけ核を保有していても、戦争が絶えることはない。
この本は核の技術的な歴史を綴るというよりも、核に対するイメージや、捉え方の変遷が主に綴られている。研究者や政治家、市民、それぞれの思惑がぶつかり、絡み合い、混じりあう。
核は人類のエゴイズムの結晶のようなものかもしれない。

HONDA スーパーカブ復活術
スタジオタッククリエイティブ
2014-02-05


僕が乗っているC70と同年式だと思われるカブのレストア本。
当時のステッカーを全て剥がして再塗装、再メッキ。発売当時の新品レベルっぽいところにまで再生している。でも完成した車両を見てもなぜかのっぺらぼうに見えてならない。そこに年月と共に変化してきた味わいはなく、ただ塗装して当時のものに似させているだけに見える。もちろん本書によればレストアは外見まで美しく再生すること、とあるので、再塗装について一読者がタラタラと文句をつけることに対しては、単に好みの問題ともいえるのだけど、時間が生んだヤレ感は実用上問題がなければそのまま生かしたほうがいいのではないか、と個人的には思う。もちろんちゃんと走ることが大前提なので、調子の悪い箇所は躊躇なく新品パーツに替えるべきだし、やたらめったら当時の純正パーツを探し集めるようなこともどうかと思うけれど。40年や50年という歳月で培われた風貌は、それこそ他に替えが利かない貴重なものだ。
少し話が逸れるけど、自転車のレストア本にも言えることだが、レストア本ってとにかく当時の新車レベルにまで再生することに重きを置きすぎていて、完成したらほとんど乗らずに飾っておくだけ、というイメージなのがどこかひっかかる。カブも自転車もヴィンテージだろうがなんだろうが乗ってなんぼだと思う。というか乗らないともったいないでしょ、そんな素晴らしい車両なら。博物館に飾ることも大切だけど、使い続けることの大切さもこういったレストア本では伝えていってほしい。でもそういった思想的な面に全く触れられていないのは残念なことだ。


帰省からツーリングまでのこと


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会社を昼に早退してカブで実家へ。

途中プレスモーターサイクルへ寄ってカブをひととおり点検してもらう。
ウィンカー切れとバッテリー液の低下、その他いくつかの消耗品を交換。
調子がいいので全く何も気にせず走っているから、ついつい乗りっぱなしになってしまうけど、乗車前点検ぐらいはしなければいけないな。

夕方、リフレッシュしたカブで気持ちよく店を後にしたまではよかったけど、実家手前でゲリラ豪雨にやられてしまった。

最後の最後でビショビショになったけど、着替えなんて持ってきていないのでそのままビール片手に実家周辺を散歩する。
何軒かのコンビニで缶ビールを買い足して飲み継ぎながら歩く。
実家には半年に一度ぐらいは帰っているが、帰るたびに町の風景が変化しているように思う。何度も通った道のはずなのに、知らない町を歩いているみたいだ。
楽しすぎてついつい歩きすぎてしまった。僕の散歩は歩く距離に比例してビールを飲む量が増える。これって健康的なのか不健康なのかよくわからないな。

戻ってもテレビを見るぐらいしかやることがない。
普段は全くテレビを見ることがない。たまに見ていて思うのは、久しぶりに見ても番組の内容に全く目新しさを感じないということだ。ニュースもバラエティーも過去の焼き直しのように、同じような出来事を写し出しているように見えてしまう。
ある経済ニュースで京都市内の会社の社長がこんなことを言っていた。
「建築物の高さ規制や広告の看板規制なんてやっているようではダメですね。そんなことをしているうちは、私は京都には投資はしない」

ほとんど眠った実感のないまま、深夜3時に布団からでる。
この日は友人と淡路島へツーリングに行く。集合場所は実家から5分ほど。5時までに行けばいいので、それまでシャワーを浴びたり朝食を食べたりして過ごした。祖母も両親も毎日朝4時に起きているらしく、朝っぱらからなかなかにぎやかだった。

家から少し離れたところでエンジンをかけ、あっという間に集合場所に着いた。既に友人はきていた。お互い寝不足なようで、口数は少ない。
雑談もほどほどに、カブに跨り薄明るくなった中を走りだす。まだ涼しい神戸市内を抜けて、海が見えてくると、気分はいつしか夏モードへ切り替わり、まだ見ぬ風景を思い胸が高鳴る。

一瞬の夏がはじまったのだ。



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