禅定日記

カブと自転車でキャンプを嗜んでおります

December 2019

琵琶湖一周をすることについて


現代人は脳ミソと心ばかりを酷使していて、身体を放置している傾向がある。

たまには身体を酷使して、色々な毒素を放出せねばらならない。

というわけで、ビワイチである。

とりあえず何も考えずに自転車で琵琶湖を一周してみる。
自転車は何だっていい。
手持ちの自転車でいいと思う。

とりあえず行ってみる。
それが一番大切だ。

行けば何かが見つかる。
それがビワイチ。

何も考えずに、この動画を見たら、行ってみてください。

なんなら年越しビワイチなんか最高です。

カブ乗り納め

いたるところで「よいお年を」というやりとりがなされている年末ってなかなか好きだ。
ここ数年、年末はカブでキャンプツーリングにばかり行っていたので、そういう「年末感」みたいなものとは疎遠になっていた。
でもやっぱりいいですねぇ、年末。

そんなわけで、カブの乗り納めを兼ねて、プレスモーターサイクルさんへ年末のご挨拶に行ってきました。

本当はプチ忘年会を兼ねて、缶ビールでも携えて電車で行きたかったのですがね。
しかしカブも長いこと診てもらってないので、点検してもらうためにカブで行くことにしました。

道中はガラガラ。
いつもは1時間半ぐらいのみちのりが、今日は1時間もかからなかった。
そしてどの車も心なしか、のんびり走っている感じ。
これも年末ですねぇ。

s-R0014966

最近、クラシックな自転車のレストア&カスタムに精を出しているプレスモーターサイクルさん。
ここのところ店主は自転車の知識が急激に増えており、会うたびにマニアックな自転車トークに花が咲きます。

自転車はカブと比べてメカ的な知識と経験はそれほど必要ではないのですが、時代による互換性や、時代背景によるカルチャー的な側面を見た場合は、カブを上回る「わかりにくさ」があります。

そして、日本だけではなくて、ヨーロッパの各国で同時多発的に発展したという側面もあるので、とにかく複雑極まりない世界。

さらに自転車はいわゆる「純正部品」とは無縁の世界なので、どういう自転車を組むかは、それぞれのセンス次第なのです。

店主はそういったことがらを本能的に理解しているので、急激なスピードで知識と解釈を深めている感じがします。
まあ、カブでありとあらゆる壁を突破してきたスキルがある店なので、そのあたりは私のような素人思考では理解不能なセンスがあるのでしょうかね。

で、カブの点検をしてもらい、全く問題なし。
「よいお年を!」と挨拶して今年の活動は終了しました。

年末は独り歩き旅で、自分なりに今年の総括をすることにします。
みなさま、よいお年を!














オッサンにはオッサンのビワイチがある


無題54

ようやく先日のビワイチ動画の編集に本腰を入れはじめた。
ひととおりに動画を見ながらイメージを膨らませる。

ビワイチに行ったのは、ちょうど一か月前。
今動画を見直してみると、少し客観的に見ることができる。

平均年齢46歳のオッサン三人での京都市内からのビワイチ。
よくやるな・・・。
アホやな。

しかしビワイチはオッサンでも楽しめるのです。
ロードバイク愛好者や、思い付きでママチャリでビワイチをする大学生だけが楽しめるものじゃないのです。
オッサンにはオッサンのビワイチがあるのです。

そういうのを今回の動画で伝えたいなぁ。






年末は歩き旅


s-DSC_1931

いつのまにか年の瀬である。
年末の予定を考えるのが先延ばしになっていたが、ようやくカタマリつつある。

ここ三年ほどの年末年始はカブでのキャンプツーリングが続いていたのだが、今回は気分を変えて歩き旅をすることにした。

歩き旅。
徒歩旅。
というよりも散歩旅というニュアンスであろうか。

散歩は私にとって、もはやライフワークのようなもので、週に何度かはやや長め(15㎞ぐらい)の散歩をやらないことには、どうにも足がうずく。

足は第二の心臓と言われる。
歩くことによって足を強化し、下半身にたまった血液を心臓に送り返す力を維持することができる。

散歩によってセロトニンも分泌されやすくなる。
セロトニンとは簡単に言うと、気分をコントロールできる物質のことで、こいつが不足すると、鬱になったりイライラしたりする。
セロトニンは太陽に当たったり、15分以上のリズム運動や呼吸法によって分泌されるが、間違っても、歩くことを頑張るような「ウォーキング」をしてはいけない。
その場合、効果は半減する。

散歩のあとは、脳がスッキリする。
カブや自転車での移動と違い、そこまで交通状況に意識を向ける必要もないので、考え事がはかどり、脳内が整理整頓されるのだろう。
言うならば、脳内のデフラグだ。
もっとも、ノーテキンキな私の人生に大した考え事なんぞないのだが。

s-RIMG0004

予断だが、冒険家の植村直己は、徒歩で日本縦断をしたとき、一日平均37㎞も歩いたそうだ。
ちなみに、幕末の探検家の松浦武四郎は一日60㎞歩いていたと言われている。

かつて小浜では「京は遠ても十八里」という言い回しがあった。
十八里は72㎞。
要するに「京都までは遠そうに感じるが実際は72㎞しかない」というニュアンスである。
そして小浜で水揚げされた魚を鯖街道をたどって一晩で京都に運び入れていたという話である。

現代人はもっと歩かねばならない。
というわけで、年末は脳内デフラグを兼ねて、散歩旅にいざ行かん。


テキトーキャンプ忘年会

テキトーキャンプ vol.14

s-EMTKfDDU8AIU243

やれやれ。
今年もなんとか一年を終えることができそうだ。
そんな感じで、今年最後のテキトーキャンプへ。

s-R0014959

いつもはカブですが、今回は車。
当たり前だが、車は荷物はいくらでも積めるし、寒くもないので、快適すぎてやばい。

二日ぐらい前から風邪が悪化したので、仕事帰りに風邪薬を買いに行き、キャンプ前日はすぐに寝た。
12時間寝たら、かなりマシになっていた。

近場なので昼過ぎに出発。
買い出しやらなんやらして、いつもの野営地に着いたのは夕暮ちょっと前。
テントを設営し、薪を割り、焚き火の仕度。
缶ビールをプシュっとやるとようやく人心地ついた。
遠くの街の灯りがポツポツと灯りだすのを見ながらくつろぐこの時間は最高である。

今年一年を振り返る、わけでもなく、べちゃくちゃとテキトーに駄弁りながら、テキトーな料理もどきを作る。
とても料理とは言えないような得体のしれない物体でも、外で食べるとうまい。
ってのはウソで、やはりマズイものはマズイ。

まあ、今年も楽しく過ごせたことに感謝をしつつ、来年もそれなりに楽しい日々にしたいなぁ、などと思う。
楽しいことってのは、自分が見つけ出すしかないし、待っているだけでは永遠にやってこないのだ。

とりあえず来年はカブでうんと遠くへ行きたい。
北陸はほとんど行ったことがないので、ぜひ行ってみたい。

来年も無事故無違反で走ります。









この世界の行く末は

とある東南アジアの翻訳家の人に会ったという話を妻から聞く。

その翻訳家は日本語の美しい響きに魅了されて、日本語を学んでいる。
そして日本語を自国語に訳す仕事についている。

ある日、寅さんシリーズの映画を見ているときに、自国で失われつつある「何か」について気が付いたらしい。
その「何か」は日本にもすでになくなってしまっていると感じているが、その翻訳家の国にはまだかろうじて残っているようだ。

それは言うまでもなく義理とか人情だとかのことだ。
そしてその翻訳家は義理や人情の大切さを忘れないために、寅さんシリーズを全て翻訳して、自国で上映しているとのことである。

義理も人情もメンドーなものとしか思えない自分は、もちろん寅さんシリーズは全く見たことがない。
寅さんシリーズの好きな友人が、カブでロケ地巡りをしていることぐらいでしか、寅さんの知識はない。
だから、この映画については何ら語る手段を持ち得ないのだが、今の日本では寅さん的な人は存在しないだろうし、生きていくこともできないことぐらいは、なんとなくはわかる。

先日、村上龍の「五分後の世界」を読んだ。
仕事が暇だったので、一日で読み終えた。
敗戦を受け入れなかった別次元の日本が舞台。

読む前は、ある種のディストピア的な小説なのだろう、と思いながら読み始めた。
しかし読み進むにつれて、そんな「くくり」の内容ではなくなってきた。

我々は純粋に今の世界が当たり前に理想の方向に進んでいると盲目的に思っているのか、あきらめきっているのか、どちらにしろ、まったく考えることすら拒否しているが、この小説ではそんな人間は全て死んでしまう。
プライドと勇気だけが、生きるための原動力だという世界。

どちらの世界がユートピアなのかディストピアなのかという二元論的なことを言いたいのではない。

我々はプライドも勇気も失っているし、義理も人情もメンドーなものとしてフタをしてしまう生き方を選択している。

ネットでは幼稚な正義や狭い視野での正論、他人からの見栄えだけを意識した行動が散乱しているし、路上を見渡せば、顔のない人々が、うつむいて小さな画面に見入って、他人を監視している。

そうしてお互いに縛りあいながら、不寛容で他人行儀な世界は築かれていく。

そんな時代にある種の抵抗を試みることはできないだろうか。
順応しているように見せかけた静かな反乱とでもいうのか。

何度も書いているが、テクノロジーや世相に関しての知識はあったほうがいいとは思う。
しかしそれらを無批判に受け入れていくことには違和感がある。
便利だとか、皆やってるだとか。
楽な方に流されると、必ず脳や身体、思考、感情は退化していく。

気が付けば、操り人形になりかねない。
このままでは古代ローマの「パンとサーカス」と同じ轍を踏むことになるだろう。













ビワイチ断片的レポ



s-無題45

先日のビワイチでのヒトコマ。
たしかマキノのあたり。
出発から140㎞ぐらいだろうか。
時刻は22時ちょっと前。
ゴールまであと80㎞ほど。

以前、カブで同じぐらいの時間帯に友人とこの辺りを走っていたことがある。
その時、信号待ちの時に、ふと友人が、
「自転車でビワイチしていて、もしこの時間でこのあたりやったら、絶望的やな(笑)」
と言ってきた。
私「絶望的なんてもんじゃないですよね(笑)」

s-無題5

蓬莱駅。
ここまで180㎞ほど。
残り40㎞弱。
この時点で午前1時過ぎ。

s-456 (2)

疲労による強烈な睡魔。
ここからが本当のビワイチのおもしろさがある。


ギャラリー
  • 寒いので、あったかい部屋で過去を振り返る
  • レモンの木
  • サドルカバー、二週間ぶりに無事見つかる
  • テキトーキャンプ
  • テキトーキャンプ
  • テキトーキャンプ
プロフィール

YONA