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小学生ぐらいの時から、早く年を取りたいと思っていた。
色白でヒョロヒョロで肌が妙にツルツルしている自分の姿が、好きになれなかったからだ。

アンチ、アンチエイジング。
とりあえず年を取れば色白ではなくなると信じていた。
ヘミングウェイの小説に出てくるような、浅黒く日焼けした老漁師のような姿になりたかった。
しかし42歳を目前にした今も色白なままだ。

先日、某カブ屋の店長が、7、8年前に撮ったと思われる店長と私が写っている写真を見つけたらしいのだが、その写真を見て「ヨナさん若すぎてきっしょいわ!(気色悪いということ)」と言っていた。
何も反論できなかった。
私も同じ写真を持っているのだが、感想は全く同じだったからである。

しかし最近、鏡や動画、写真などで自分を見ていると、自分のオヤジ化が随分すすんでいることに気がついた。
シミやシワ、たるみ、髪の量や色、髭、匂い。
おお・・・目の前におっさんがいる。

私はうれしくなった。
肌はまだ青白いが、それ以外は順調にじじい化してきているのだ。
自分の知らないあいだに。

じじい、と言っても、ヨボヨボで頭も身体もいうことをきかない老いぼれになりたいわけではない。
屈強で頭の回転の早い経験豊かなじじいになりたいのだ。
なので、身体もそこそこ鍛え、脳もそれなりに使える状態に保ち、神羅万象に関心をもたねばならない。
理想のじじいへの道はなかなか険しいのである。

そして、じじいになってもカブや自転車に乗って、キャンプに出かける自分であってほしい。
しかし、私はある日突然モノゴトから冷めてしまうタイプだから心配である。
何事も冷めずに続けるには探求心が不可欠だろう。

このブログで何度も書いているのだが、私の座右の銘は、近所の寺の掲示板に書かれていた
「まだやっているのか」と言われてはじめて本物なんだ
である。
今まで星の数ほどの偉人たちの名言を見聞きしてきたが、一番心に響いたのが、近所の寺で見かけた等身大のこの言葉だった。

じじいになっても今とおなじように遊んでいられたら最高だ。
好きなことを探求し続けた結果、気がつけばじじいになっていた、ということになるのだろう。

じじいは一日にして成らず。
理想のじじいになるにはまだまだ色白のままで日々揉まれなければならないようだ。