12時間寝た。
ずいぶん疲れがたまっていたようだ。
おかげで今朝は脳がクリアーだ。

昨夜は弱った身体にムチをうち、中京区を歩いた。
排ガスと騒音から逃げるように、細い路地を選びながら。

個人レベルで経営されているような小さな飲食店や服屋、雑貨屋、宿、何かの工場などが、古くからある民家に混在しているのが、京都の路地の特徴だ。
他の土地では、道路を拡張し、住宅街と商業地区をはっきり分けてしまっているところが多い。
すっきりしているけど、どこか味気ない。
町は計画的に開発するものではないような気がする。

時おり、カブが駐車されている。
古い自転車も停められている。
どれも景色に調和している。

この季節、他の大きな街ではクリスマスツリーが煌々とライトアップされていて、華やかな雰囲気だ。
大きなプロジェクト、それに群がるたくさんの人々。
大資本の欲望によってギラギラと輝くツリー。

京都でもそんな場所が目立ちはじめているが、そんな喧騒から何本か道をはずすと、暗い路地にぽわーんと灯る行灯の並ぶ路地がまだたくさん残っている。
薄暗い中にほのかな灯りがある小さな路地は、古いカブやランドナーに通じるような「わび・さび」の価値観が残る。

右肩上がりが絶対条件である資本主義経済社会の行く末が、暗い未来としか思えない現在、京都の小さな路地で営まれるような、ささやかで上質な暮らしが、これから生きていくためのヒントになるのではないか。
そんなことを思いながら、家路についた。