最近、色々な人と話したり、文章を読ませてもらったりして感じることは、語彙の貧しさである。
語彙の貧しい物言いは一見して「わかりやすさ」を伴うことがあるので、プラスに受け取られがちであるが、微妙なニュアンスを伝える必要がある時にはむずかしい問題となる。
もちろん受け取り側の読解力がないと、伝え手の語彙がいくら豊富でもあまり意味はないのだが。
絵文字の影響も大きいのかもしれない。
絵文字さえあれば、小学生並みの文章力でも、ニュアンスはそれなりに伝えることができるのだろう
偉そうに言っている自分自身も語彙はかなり貧しいのだが。
ややこしいことがらを簡単に説明することは、実はとてもむずかしい。
世の「わかりやすさ」をひもといてみると、多くは単なる「単純化」にすぎず、本質にまったく触れられることもなく、偏った視点でまとめられていることがほとんどである。
受け取り側はそんなことにはまったく気が付かずに、それらを鵜呑みにし、脳の片隅にとどめることになる。
しかし語彙をふんだんに使用する場合、短い言葉の中にでも「含み」を持たせることができるので、ある程度のニュアンスぐらいのレベルなら伝えることができる。
政治家が安易なポピュリズムに走るのは、そうした語彙を理解できる人が少ないがためである。
モノゴトを単純化し二者択一にして、どちらかを選ばせる手法に我々は慣れ切り、その裏側の事情を読み取る努力を怠っている。
今の日本の低迷は語彙の貧しさが発端になっているような気がしてならない。