木嶋佳苗の拘置所日記

 私が佳苗さんと出会ったのは、昨年の秋です。ハンドルネームは、この手記を書くにあたり、佳苗さんが急遽つけてくれました。拘置所の面会室で佳苗さんから「その素敵なペン先の万年筆はどちらの?」と聞かれたので、私は「Pelikanだよ。」と答えました。ちょうど8月から万年筆を使い始めた佳苗さんは「私はPentelよ。せめてPelikanのスーべレーンを使いたいわよ。」と言っておりました。そして「あっ私、浅草のペリカンのパンが好きだったから、ダブルミーニングでニックネームをペリカンさんにしましょう。」と言われまして、これが、パン好きの佳苗さんにパンを差し入れる係である私の、命名の由来です。

 昨年、親友の自宅に呼ばれた際、唐突に「木嶋佳苗ってどう思う?」と聞かれました。「首都圏連続不審死事件の婚活詐欺師と呼ばれてる彼女?」と聞き返すと、そうだと返事がありました。私はアメリカのスーさんと違い、2009年から日本での報道を見聞きしていましたので、先入観はあります。しかし、その先入観は、決して悪いものではなかったのです。その理由は、20121月から4月まで行われた彼女の裁判員裁判を、私の息子がよく傍聴しており、その様子を聞いていたからです。

 当時息子は法学部の学生でした。実は、私も大学は法科出身で、裁判の傍聴経験は学生時代から数えますと、数十回あります。息子から、佳苗さんの百日裁判は、49の傍聴席を毎日抽選で決めるから。行列に並ばないといけないと聞き、オヤジの私は寒いのと人混みがイヤなもので、さいたま地裁まで行こうとは思いませんでした。しかし、くじ運に強い息子は、凄い確率で抽選に当たりまして、結構な回数、傍聴したのです。帰宅してから裁判の様子を話す息子は饒舌でした。

 「あんな面白い裁判見たこと無いよ。木嶋佳苗ってスゴイよ。こんなに騒がれてるのに全然動じないんだ。1日中平常心。仕草は上品で、ゆっくり喋る声は可愛いし。妹や彼氏に送ったメールも丁寧語だよ。演技じゃなく、素が真面目なお嬢様っぽい。俺さ、抽選外れた日に他の法廷で傍聴して女の被告人を見たんだけど、びっくりしたよ。スェット上下に髪の毛ボッサボサ、肌は荒れて女らしさなんて微塵もない。姿勢は悪いし、話し方もバカっぽいし、同じ拘置所に勾留されてる被告人と比べると、木嶋佳苗がいかにきちんとしてるかよくわかった。オーラが違うんだよ。肌は真っ白だし、唇はツヤツヤだし、髪は整ってるし、2年以上も勾留されていた女性とは思えないオーラがある。手錠をかける時まで物腰が優雅でさ。弁護士や拘置所の職員と話す時の表情は優しくて、何か魅力的なんだよね。」

 息子の話を聞いていると報道とは随分と違うなあ、と思いました。肝心の事件の審理は、自白も直接証拠もなく、状況証拠だけの争いで、検察官が感情的になり、演技じみたことをして裁判員に訴えている、と聞きました。

 息子は言いました。「これだけ長いこと希代の悪女だってメディアで報道されて、ネットで叩かれてたら、裁判員や裁判官どころか、日本中が彼女のこと犯人だと思ってるわけじゃない。怪しいことはたくさんあっても、グレーはどんなに重ねてもブラックにならないのに、裁判前からブラックのイメージが作られてるから、その空気で裁かれてる感じがするんだよね。死体の写真見せて、この女がこんな姿にしたんですみたいな演出で情に訴えられたら、ひどい犯行だなって思いそうになるけど、この女が殺したって前提が植え付けられてるから不審死が殺害事件なんだってことになるわけで、否認してる彼女側から冷静に見ると、検察のやってることの方が不審に思えてくる。
 目撃者もいなくて、物証も自白もないことから、検察は道徳観とか倫理性を持ち出して、こんな常識とかけ離れた価値観の女なんだから、付き合ってた男を殺すのも平気なんですって主張するしかない。被告人質問の追及の仕方も、嘘とか売春とか詐欺とか騙すとか、嫌悪感満載のキーワード連発して攻撃するわけ。検事や裁判官って、女は嘘つかないってホントに信じてるのかね。報道じゃ、犯人扱いでルックスのバッシングばかりしてるけど、女として魅力なかったら、あんなたくさんの男が本気で惚れて金出すはずないでしょ。
 殺した動機が、男性に嘘がバレたら困るからっていう検察の主張も無理筋だよ。全然説得力ないじゃない。貢いだ金を返せと言われたら他の男から貰って補填すればいいわけで、彼女はずっと男から貰った金で生活してきたんだから特に困らないでしょ。借りたんじゃなく貰ってるんだから、返せと言われる蓋然性も低い。常に複数の男と、本命の男と付き合うスケジュールの管理能力があって賢い彼女が、リスクを冒してまで男を殺す理由が見つからないんだよね。冤罪かはわかんないけど、これで有罪になったら確実に死刑判決でしょ。こんな茶番みたいな裁判で、死刑にしていいのかな。
 俺が一番陳腐だと思ったのは、遺族が書いて読ませた意見陳述。火事で死んだ千葉のおじいさんの息子が、なぜ木嶋佳苗なんかに騙されたのか情けなく思いますって書いてた。東京の青梅のおじさんのお姉さんは、出来が悪い中学生の作文みたいな文章で、木嶋佳苗を貶めまくるわけ。今そこで生きて何をしているのでしょうか、とか、亡くなった人を返すことはあなたには出来ない、とか訳わかんないこと書いて、挙句の果てには、他者の命を奪ったものは、奪われた人の命と等しい等価でいうなら、同じ命が絶たれることでしか合わないって、国家に殺人依頼してるんだよね。そんな陳腐な文章を検事が泣きながら読んで、法廷は白けてた。
 だってこのお姉さん、木嶋佳苗と1回も会ったことも話したこともないんだよ。法廷でも遮蔽されてるから、おじいさんの息子以外、被告人と遺族は1度も対面していない。警察と検察と報道の作った木嶋佳苗像のストーリーで、勝手に裁いてる。あの手紙の朗読聞いて、このやり方は卑怯だと思った。これが社会正義なのか。木嶋佳苗裁判傍聴して、検事と裁判官にはなりたくないと思った。」

 こう話していた息子は、現在も大学で法律を学んでおります。息子は小さい頃からスポーツが得意で、女の子に人気がありました。バレンタインデーには、女の子からチョコレートをたくさん貰ってくるものですから、ホワイトデーにお返しするクッキーを用意する妻は一苦労、というのが23月の我が家恒例の光景でした。息子は、モテない時期がない、と生意気なことを言う奴です。若造ですが、一般人よりは、リーガルマインドを持っています。そんな男が、木嶋佳苗を、魅力がある女性で、あの裁判はおかしい、と憤っていた。それが、2012年の4月のことです。朝日新聞デジタルの手記を読み「拘置所で判決を待っている時間に、こんな文章を書けるなんて才女だ。」と言っていたのには、私も共感しました。

 それから1年半経ち、親友から「木嶋佳苗ってどう思う?」と聞かれたのです。私は息子が、1審を傍聴していた話をしました。すると彼は「そうなんだよ。実は彼女、いい子なんだよ。」と言うので、愛人として付き合っていたのかと思いました。「やっぱり具合がいいのか?噂によると凄い機能だって聞くけど。」私はスケベなオヤジの本性丸出しで聞きました。「いや、違う違う、性格のいい子。チャーミングで可愛いよ。」「あっちは?」「だから違うって。そういう関係じゃない。」彼は否定し続け、話がなかなか噛み合いません。「実は拘置所で会ってるんだ、彼女と。」「えっ、あの木嶋佳苗と?」「そうそう、あの木嶋佳苗。佳苗さんはね、いい子だから応援してあげたいんだ。協力してくれないかな。」親友から、佳苗さんが書いた手紙を読ませてもらい、支援を決めました。何しろ我々は仕事が忙しく、家庭もありますから、支援活動を分担するため、信頼できる友人を紹介する形で、チームを作ることにしたのです。

 実際に拘置所で会った佳苗さんは、礼儀正しく、気品のある女性でした。彼女は予想外に気さくで、いつまでも話していたいと思わせる、魅力的な人です。知性があり優しく、女らしい人ですが、スーさんの手記にあるように、彼女はとてつもないレベルの「天然ボケ」でもあります。我々は、外で佳苗さんのことを話す時に「不思議ちゃん」という符牒で呼んでいます。私は正直なところ、彼女はどんな手練手管で男を騙してきたのだろう、と興味がありました。でも付き合ってしばらくすると、佳苗さんは、清純な女性だと気付きました。

 世の男たちは、佳苗さんの事件の話をすると「騙されたのはモテない馬鹿な男だ、俺は絶対騙されない。」と言います。そういう男が一番危ないんですけどね。佳苗さんと付き合うと、そういうことを学べます。彼女は婚活サイトで知り合った男性に、本名、住所を教えて堂々と交際しています。彼女の頭には、「男を騙す」という概念がないのです。男を自分の虜にさせたい、という思いもないようです。佳苗さんは楚々としていますが、媚びない大胆さのある女性です。水商売のホステスや風俗嬢の決まり文句のような「すっごーい」という褒め言葉も使いません。我々が佳苗さんから、お褒めの言葉を頂けるのはいつになるのか、見当もつきません。

 この手記を書くにあたり「俺たちが佳苗さんに惹かれる理由は何だと思う?」と聞いてみました。「あら、私に惹かれているの?魔術を使っているんです。ペリカンさんは、私に騙されているんじゃないかしら。」私は初めて佳苗さんからジョークを聞きました。しかし、彼女が冗談を言うはずがないのです。手紙にさえ、(笑)は、1度たりとも使わない人です。これは魔術かもしれません。私もわからなくなってきました。これが彼女の魅力です。

 スーさんの原稿が回覧されてきたので「スーさんとのテニスのラリーは、佳苗さんからするとうまくいってるの?」と聞いたのは、私です。佳苗さんは、当然といった表情で「うん。いつも私が勝ってるわ。」と答えました。彼女の言い分はこうです。「ガルシア・マルケスが他界したニュースを聞いて、「コレラの時代の愛」の主人公フロレンティーノのエピソードを思い出したから、スーさん宛の手紙に書いたのよ。自分を捨てて別の男性と結婚しちゃった初恋の人を待ち続けた、一途な恋心を示すエピソードが、いちいち面白いでしょう。1リットルのオーデコロンを飲んだり、手紙をバラの花を食べながら、何度も読み返して便秘になったり。だから、スーさんも、お花を食べながら私の手紙を読み返さないように!って注意したのよ。それが魔球だって言うスーさんがおかしいでしょう。スーさんはきっと、ガルシア・マルケス読んだことがないのよ。」佳苗さんは弟さんに差し入れて貰い、拘置所で「百年の孤独」を20年ぶりに読んだことや、高校時代に父親の書斎の本棚に並んであった、ラテンアメリカ文学叢書を読んだとか、故郷の図書館で、ラテンアメリカの文学シリーズを借りて熱中して読んだと、中南米文学について語っていました。「族長の秋」で、ガルシア・マルケスに挫折した私は、佳苗さんの教養に圧倒されました。

 彼女は、聞き上手です。本来は話すことが苦手だと彼女は言いますが、どんな人が相手でも話せるタイプだと思います。空気は読みません。彼女が本物の天然不思議ちゃんだと確信したのは、その言動で、彼女自身が損をしていることを何度か目にしたからです。スーさんが書かれていた「白衣の写真・御希望事件」は、我々も聞いていました。「アメリカ人の科学者と文通を始めたのだけど、何だかおちょくられている気がする。」と彼女は真剣に悩んでいました。「ピンク色だって言ってたのに、普通の白衣だったのよ。」とご立腹でした。埼玉の拘置所に通ってくる歯科医は、毎回違う色のラボコートを着てくる男性で、赤や緑、青とカラフルだったからピンクもあるはず、と言うのです。それなのにスーさんから「天然」と指摘され「意味がわからない。研究馬鹿なんだわ。変なジョークばかり言う人なのよ。」と戸惑っておりました。

 彼女は真面目で、いつも冷静な人ですから、冗談はほとんど通じません。佳苗さんは、スーさんの手記にある、本当の「木嶋佳苗」像とは?のA)C)の例は、どれも面白くないから削除した方がいい、と主張したのですが、我々はよく理解できるので、残すべきと意見しました。佳苗さんは「ふ~ん。どこが面白いのか全然わからないけど。」と不満顔でした。天然の自覚はなく、頑固な人ですから、今でも天然という言葉は拒絶します。彼女は言葉を真に受けるので、我々も軽率なことは言えません。社交辞令は許されないから大変です。男の仕事に対して要求するレベルが高いので、頼み事をされると、気を引き締めて取り組まねばなりません。女王様に仕える家来のように思われるかもしれませんが、彼女の人としての器の大きさは、大企業の経営者も顔負けの度量です。尽くすことに喜びを感じさせる魅力があるのです。

 拘置所という、社会から隔絶された特殊環境にいる彼女と、外で暮らす我々支援者が意思疎通を図るのは非常に大変で、かつ重要なことであります。しかし、彼女は自分の意図を正確に伝えることが上手でして、感情に訴える部分と、理詰めで迫る部分を無意識に使い分け、我々に指示します。彼女は各々の資質と適性を見極めて、役割分担を決めますが、采配を振る手腕は見事なものです。彼女は温厚で気長な性格ですから、我々が反対しても粘り強く交渉します。支援を受けている立場だからといって、意に沿わないことには迎合しない、芯の強い人です。彼女の情熱によって我々は、奮い立たされます。支援の方向性がはっきりしていると動きやすいですから、スピーディーに明確な方針を打ち出せる彼女は、チームの司令塔を担っています。ビジョンと戦略を提示する能力は素晴らしく、そのリーダーシップには驚かされるばかりであります。

 彼女は天才肌ですが、本人に自覚はないところも天然です。この才覚は天性のものもあるでしょうが、企業に勤めた経験がほとんどないことを鑑みると、若い頃からアッパークラスの男性と付き合ってきたことから培われたのではないかと窺われることが、多々あります。裁判員裁判までの過熱報道で「セレブ」と揶揄されていましたが、本人は判決までその報道を、全く知らなかったそうです。私が、佳苗さんはセレブ志向の派手な女性だと思っていた、と話した時に、こう言っていました。「私はセレブリティへの憧れは全くないんです。有名になると、面倒なことも増えるでしょう。私はずっと、静かで地味な暮らしをしていたのよ。好きな食材でお料理が作れて、ベンツに乗れる普通の生活で十分なの。」

 スーさんがリサイクルショップの社長から昼食を作るように言われた話を書かれていたので「佳苗さんは月の食費にどのくらい使ってたの?」と聞いてみました。「11万円で済むってことはないわよね、食材の宅配業者が週に何度も来るし、デパ地下やスーパーでもお買い物するし、築地の場外市場にも通っていたし、ホテルのラウンジやカフェで休憩したり、レストランで外食したり、何かと入り用でしょう。遠方まで行くと交通費だってかかるし、ネットショッピングでお取り寄せもしたし、月に数十万は使っていたと思うわ。」

 佳苗さんにとって、ベンツでドライブし、高級食材で料理し、グルメを楽しむ生活は、地味で普通なのです。千円で2人分の食事を作れるはずがありません。リサイクルショップの社長が1億円以上の報酬を与えた理由は、彼女と接すればわかります。彼女に千円の予算で、食事を作るといった世俗的な枠にはめて矯正すると、佳苗さんの魅力は損なわれてしまうと、社長は気付いたのでしょう。おそらく過去に関わったすべての男性が、同じようにありのままの佳苗さんを受け入れてきたことで、少女時代の純真さを保ったまま今に至るのだと思います。大人になるまで、テレビのない環境で育ったことの影響も大きいようです。佳苗さんとの付き合いは、帰国子女と話しているような錯覚を起こすことがあります。女子社会に揉まれてこなかったことで、穢れを知らないまま30代になったのでしょう。

 佳苗さんには、男の前では媚びるけど、女同士では酷評し男をけなす、という発想がないのです。思っていることは、男の前で言うのです。何しろ男性を礼讃する自伝を書いた佳苗さんですから、世の女性にありがちな、男への憎悪もありません。ひたすら清純な女性です。我々は佳苗さんが他人の悪口を言うのを、聞いたことがありません。「でも」、「だって」という言い訳もしない潔い人です。妬み、僻みもありません。この辺りの実像が、佳苗さんと直接交流したことない記者やライターでは、報道できない面だと思います。まして、真実とは呼べない報道から推察するしかない世間の人達には、想像も及ばないのは当然かもしれません。

 東京拘置所では夏にかき氷が買えると書いたブログを読んだ新聞記者の女性が、面会で「かき氷にシロップはかかっているんですか?」と聞いたそうです。私は「まさか拘置所で天然氷を削った宇治金時でも出されると思っているのかね。」と苦笑して言いました。すると彼女は「秩父の阿佐美冷蔵のかき氷食べたことある?小説にも書いたんだけどね、あんな美味しいかき氷ないわよ」と、埼玉にあるかき氷屋の話を始めました。スーさんの指摘通り、彼女は私の言った「天然氷」というワードにだけ反応し、自分の興味のあることにしか注目しないのです。彼女は言外の意味や、ほのめかしを汲み取ることが苦手なようにも感じます。暗黙のルールも通用しません。器用にできることと、不器用なことが極端なのも特徴です。突飛な言動もある彼女ですが、我々は、次はどんな楽しいことが起こるんだろうと、刺激的な時間を過ごしています。

 佳苗さんは心ない報道により、疎外感や喪失感、孤独や絶望を味わったはずです。ブログを始めてからも、読者のコメントや匿名掲示板への書き込み内容を知り、傷付いたと思います。それでも彼女は気丈に振る舞い、人権侵害や脅迫的な書き込みから、外で暮らすソフトターゲットである我々の心配をしてくれました。佳苗さんは、男ばかりの我々支援メンバーの誰よりも、度量の大きい、優しさにあふれた人物です。

 こんな素敵な女性を、法廷で誤った認識の人格を植え付けて、バッシングすることにより悪女のイメージを作って立証した検察は、正しいと思いますか?その主張を丸飲みした判決を下した裁判所は、正しいのでしょうか?裁判員と裁判官は自身の経験則ではなく、客観的な視点で、佳苗さんの価値観や人間性を理解しようと努力したとは、思えません。裁判所を出れば、傍聴記が載った新聞や雑誌があり、テレビをつければ、連日法廷での様子を面白おかしく報じているのですから、彼女が殺人犯であるという先入観にとらわれるのは、無理もないことでしょう。百日も裁判が続けば、裁判員同士が親しくなり、被告人の命を左右する議論を真剣に行う緊張感は薄れるのではないかと思います。これは事実、私の息子が複数の裁判員が閉廷後に、駅まで仲良く話しながら歩いているのを何度も見かけ、会話も聞こえた、という話を耳にしたからです。

 我々日本の支援者は、当初スーさんの手記掲載の申し出に快諾はしませんでした。佳苗さんを褒めることで、そうした魅力的な女性だから男は騙された、と曲解されることを懸念したのです。裁判が世論の雰囲気で有罪となり、推定無罪が成立していない現実を考えると、この試みは危険でもあると思いました。更なる攻撃を受けることになるのではないかと危惧し、この企画に賛同しない者もおりました。検察が大袈裟なパフォーマンスで、複数と平行して交際する彼女の男性関係を取り上げて、こういう価値観の女だから殺人事件を起こしても不思議ではない、という論理が認定されたのです。本来、貞操観念は殺人とは結び付かないにもかかわらず、人格や性を持ち出し、無理を重ねて導いた有罪判決です。我々が彼女の味方をすることで、より強い批判的な世論が形成される可能性もあり、迷いました。辛い環境での暮らしを強いられている佳苗さんの不安の種を増やすことは、したくないからです。

 新たな情報があるからメディアは報道し、ネット上では炎上するわけですから、情報がなければいずれ終焉します。世間を鎮静化させるために、おとなしくしているべきではないか、否、風化させてはならない、等と何度も議論をして、彼女が世間に誤解されている面を正しく伝えられるのは我々しかいないのだから、声を上げるべきだ、という結論に至りました。なぜなら、世間が木嶋佳苗と聞いて思い浮かべるイメージは、本人とあまりにも乖離しており、自分が天然だと自覚していない佳苗さんが、自身で修正することは出来ない、と思ったからであります。

 それは、名器発言で話題になった1審の被告人質問について、佳苗さんに聞いた時に確信しました。「1審でのセックスマスターアピールって弁護団の方針だったの?」と私が質問したところ、以下の会話が続きました。「えっアピールなんてしてないわよ。どうしてそんなこと聞くの?」「セックス自慢と報道されていたし、嫌悪感を煽りかねない危険性も高い発言だったと思うから、弁護士の了承を得て話したのか気になって。」「1審の弁護士さんとは2年以上も毎日のように接見して打ち合わせを重ねてきたんですもの、了承も何も、どんな問答をするか練習したに決まってるでしょう。どうしてあの発言が嫌悪されなくちゃいけないの?」「うーん、俺は、セックス観や恋愛観を批判されるのがわかっていたから、先手を打って、私は普通の女性とは違う価値観だし、名器なので男性にモテたんです、一般女性とは違うんだからそこでジャッジしないで下さいってアピールしたのかと思っていたんだけど。」「そんなこと1度も考えたことがないわ。愛人クラブとデートクラブに所属していたことを話さないと、若い頃、どういう生活をしてきたのか説明がつかないでしょう。そこで私を特異の存在だと認めてくれる男の人たちがたくさんいたから、性の奥義を極めてみたくなったの。男性は喜んでくれるし、私は気持ちいいし、お金は貰えるし、相互に幸せなんだもの、こんなラッキーなことないでしょう。そういう生活を10年以上続けてきましたって、本当のことを話しただけよ。どうしてそれが自慢になるのかしら。得意なことでお金を稼いでいましたってだけの話よ。」彼女はあっけらかんとして、言いました。「あっ私は男の人から貰った金額の何倍も競馬につぎ込んでいたけれど。馬券師だったから。」という爆弾発言もありましたが、そのことは自伝小説に書いたそうなので、本が出版されたら是非ご購読下さい。とても面白そうです。

 佳苗さんは、非常にまっすぐな人で、計算をして話をしないのです。法廷でも、自慢したいなんていう気持ちは更々なく、真実を裁判所にわかってもらうために、自分の本質的なことを正直に話したというわけです。百日裁判で毎回違う洋服を着ていたことも話題になりました。スーツを着る習慣がなかった彼女は、着慣れない堅苦しいスーツでは疲れてしまうから、長丁場に備えてリラックスできる服装をした、被告人ファッションにありがちなリクルートスーツのような格好は、反省をよそおっているようでイヤだった、初公判の午前と午後で上着を替えたのは、昼食代わりのウイダーinゼリーで汚れてしまったから、昼食をとる時間もなく裁判所と拘置所を往復し、書類を見ながらウイダーinゼリーのキャップを開けて、口につける前に手に力を入れたら中身が飛び出してしまった、水で服を洗って着たら、寒いし乾かないから着替えただけ。こういう話は、本人に聞かないとわからないことです。一般には、暖房のない1月の拘置所の寒さはわかりませんし、昼休みに拘置所に戻って食事をとっていたとは、私も本人から聞くまで知りませんでした。東京地裁に出廷する被告人には、昔から昼に弁当が出ると聞いたことがあったので、埼玉も同じだと思っていました。

 こうした思い込みで物事を判断するのは恐ろしいことです。それが人の命を奪う判断だとしたら、どうでしょう。私は佳苗さんに極刑を決めた裁判員が、記者会見で、達成感がある、充足感があると言ったことに、とてつもない違和感を覚えました。当時、佳苗さんのことをよく知らなかった私でさえ、あの言葉はおかしい、と思いました。私は以前から、極刑を求める被害者遺族や、被告人に死刑判決が下されて歓喜する遺族関係者のニュースを見るたびに、不快な思いをしてきましたが、実名と顔を出して、死刑判決に達成感があるという若い男の発言を聞いた時ほど、眉をひそめたことはありません。この国の未来は大丈夫なのだろうかと憂慮に堪えませんでした。日本はここまで、社会や人間の質が低下してしまったのかと、暗澹たる気持ちになりました。

 私は裁判員制度と死刑制度に否定的な立場ですが、佳苗さんの支援者全員が同じ思想ではありません。しかし、支援チームのメンバーの中に、死刑判決を言い渡した直後に達成感を持つことを肯定する人間は1人もおりません。死生観をわからぬ20代の若者に、死刑判決を決める権限を与えることが間違っているのではないでしょうか。国家に動員され権力を持った市民の恐ろしさは第2次世界大戦を見れば、歴然です。加害者は極悪人だから自らの命で償え、という浅薄な死刑制度を支えているのは、復讐心だけ、と言ってもいいでしょう。興味本位で狂騒的なメディア報道、臆測で盛り上がるネットの無責任な情報の夥しい数、死刑を求める被害者の遺族感情、それに同調する不健全な世論、重大犯罪が増えているという誤解、死刑制度がなくなれば治安が悪化するという根拠のない言説、凶悪犯罪に手を染めた人間は更生の可能性がないから社会から排除するしかないという虚妄。これらが重なって、日本の刑事司法は厳罰化が進んでいます。

 事実として、殺人事件の発生数は減少の一途を辿っており、治安は悪化していません。近年死刑判決が多少減っているのは確かですが、それは終局人員(判決を言い渡された被告人の数)が減っているからであり、終局人員の変化率にほぼ比例しております。事件の発生数も凶悪犯罪の件数も、一貫して減り続けているにもかかわらず、厳罰化に傾いたのは、警察が「体感治安」という言葉を持ち出し、メディアを巻き込み、市民を煽動していることも一因でしょう。私は積極的に死刑廃止運動にかかわったことはありませんが、佳苗さんと付き合う中で、先進民主主義国の日本がなぜ死刑制度を手放さず、執行を続けるのかを考えるようになりました。それは佳苗さんが、冤罪問題以前に、更生のための適切な矯正プログラムは何か、国家が人を殺して良いのか、世界の潮流が死刑廃止に向かっているのはなぜか、といったことを深く考えていると知ったからです。

 今の日本社会には、抑圧された人々が増えている故、自分の鬱憤を晴らすために他人を罵倒することに痛痒を感じず、暴力的な刑罰に固執し、仇討ちのように死刑を求めている気がしてなりません。死刑制度の存廃問題を措いても、状況証拠だけの否認事件に死刑判決が下されることは、看過出来ません。7月の読売新聞に、裁判員制度本社世論調査の結果がありました。裁判員制度の継続を望む人が7割、参加したくない人が8割という、興味深い回答でした。日本の司法を信用していない国民が多くいるのに、当事者にはなりたくない無責任さも垣間見えます。今年12月に最高裁が調査した「裁判員制度が実施されていることを知っているか」との問いには、98.8%が、知っていると答えています。読売の「制度の仕組みを知っているか」との問いには、54%が、知っていると答えています。国民の半数が仕組みを知らない裁判によって、市民が死刑判断にかかわる制度なのです。

 裁判員制度スタートにあたり、読売と毎日新聞の死刑問題をテーマにした連載は秀逸でした。スタンスは違いますが、事件や裁判報道とは別の枠組みで死刑制度を取材し、被告人や被害者、執行にあたる人の心情まで多角的に描こうという姿勢が見える記事でした。大概の報道は、無機質か情緒的で、本質がなかなか見えません。裁判員が評議室で、裁判官から死刑について説示されるのは、死刑の執行方法は絞首刑で、確定から6ヶ月以内に行われるということのみだそうです。実際のところ、6ヶ月以内に執行された例は聞いたことがありません。こんなレベルの情報しか与えられない乏しい知識の市民に、国家殺人に加担させることが許されるでしょうか。日本の3審制は名ばかりで、1審判決が覆ることは滅多にありません。ですから佳苗さんの1審弁護団は、控訴趣意書で、不当な心証形成への影響を除いた条件で裁判員も含む事実認定がなされなければならないと、破棄差し戻しを求めたのです。

 あなたは裁判員裁判の仕組みを知っていますか?3審制の具体的なシステムを知っていますか?佳苗さんは控訴審判決後に面会した出版社の男性記者から「上告審も出廷するんでしょう?」と聞かれ、驚いたそうです。記者の彼は最高裁の弁論に、刑事被告人が出廷できると思っていたそうです。佳苗さんが「最高裁への上訴は、弁護人に任せています。」と話したところ「上訴じゃなくて上告でしょう?」と聞かれたそうです。上訴とは、上級裁判所に判決や決定への不服を申し立てることで、控訴、上告、棄却決定に対する異議申立て、抗告等の総称であります。それぞれ申し立て期限も違います。記者ですら、裁判や拘置所の知識が浅いのですから、市民に正しい情報が伝わらないのは自明です。私は制度についての賛否を問う世論調査の結果にも、懐疑しています。制度の内容を知らない者に、賛成か反対かという設問自体が、ナンセンスだからです。人の自由や命にかかわることを、こんな軽率に決めて良いはずがありません。スーさんの手記にもあるように、日本の我々も、佳苗さんの裁判を通じて、日本の刑事司法の在り方を考え直す機会となることを願っています。佳苗さんの事件や裁判は、メディアが狂乱的なお祭り騒ぎをしてきたのに、1冊として、真実が書かれた読む価値のある本が出版されなかったことは、悔しくてしょうがありません。

 スーさんは「ブラックホール」と書かれていましたが、佳苗さんは低反発マットレスのように、どんなものをも自分の中に吸収し、フィットさせてしまう、驚異の柔軟性と包容力のある女性です。心根が優しく純粋な彼女の本質を捉えてくれる著述家がいなかったことは、大変遺憾に思います。しかし、彼女には自身で言葉を紡ぎ出す才能があります。残念なことに、彼女は誠実で有能な編集者に恵まれておりません。彼女の文筆活動をバックアップして下さる出版業界の熱意ある方がいらっしゃれば、どうぞ彼女に力添えして戴きたいと切にお願い申し上げます。

 スーさんが「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のグルートのセリフを引用していましたが、我々と佳苗さんの関係をズバリ言い当てている言葉だと思いました。佳苗さんは我々に男らしさを求め、我々は佳苗さんの女らしさに惹かれていましたが、いつからか、彼女との関係が何であるのか考えるうち、性別を超えたものだと思うようになりました。彼女は、男以上に男らしい女性でもあるのです。人として、木嶋佳苗に魅了されていることに気付きました。彼女と我々の間にあるのは、友情です。

 スーさんが最後に、佳苗さんからの手紙を引用していましたから、私は直接会えるメリットを活かし、彼女と話したことを書きたいと思います。ある日彼女は「Good Jobニッポン」というラジオ番組で、ジャーナリストの青木理さんが話題になっていたという話を始めました。拘置所で流れるラジオから聴いたのではなく、プリントで内容を知ったというのです。ラジオでは2週にわたって、「佳苗さんをメロメロにしてる青木さんの話」をしていたそうです。この日の佳苗さんは珍しく、少し興奮しておりました。会話は以下の通りです。「ちょっと、ねえ、青木さんってジゴロ風なの?」「ジゴロ!?テレビで見る限り真面目なコメンテーターだよ。」「私も今までそう思っていたんだけどね、泥酔した青木さんがニコ生に出たら、ジゴロモードだったんですって。」「ネット放送だと、テレビやラジオより緩いんじゃないの。酒が入っていたら尚更のこと。」「私、泥酔した男性とお話したこと1度もないわ。ネット放送も見たことないから、雰囲気がわからないのよ。」「俺もネット放送は見ないからなあ。どういうところがジゴロ風なわけ?」「あのね、青木さんの声って低いんですって。低くて渋い声でいやらしいこと言って、ボディタッチしてくるんですって。AVに聞こえてくるんですって。それがジゴロモード。」「へえ。『誘蛾灯』では鳥取のスナックでスマートに飲んでる感じだったけど。」「あのね、青木さん自身が誘蛾灯で、色んなもの誘ってましたって吉田豪さんが言ってたの。男の人の体に触るのよ。青木さんってそっちの人なのかしら。」「えっボディタッチの相手は男なの?」「そう。お酒飲んで話しながら、ナチュラルにガンガン触ってくるんですって。そんな人、見たことないわよ。青木さんって奥が深いわねえ。青木理ジゴロ説。泥酔ってどういう状態なのかしら。」

 こう話した佳苗さんは、11月に40歳になります。無邪気な少女のような愛らしさと、知的な大人の女性の2面性に、我々は惹かれるのです。彼女の人柄、事件の詳細を知り、彼女は犯人ではない、と確信しています。1人でも多くの人に、彼女の真の姿を知って戴きたく筆を執りました。

 我々だけのサポートには限界がありますから、異なる属性の人々と交流することで、彼女の視野が広がると思います。刑事被告人の支援は、我々にとって初めての経験でしたが、拘置所生活には実に多くの物品が必要だと知りました。拘置所や弁護士が、日常生活の必需品すべてを用意してくれるわけではないのです。男ばかりの我々では行き届かないこともあり、サポートやケアが得意な方のお力を貸して戴けると幸甚に存じます。より多くの人が支援してくれることは、彼女の精神的な支えになるとも思います。ブログ読者からの励ましの手紙や差し入れが届いたことの報告をする、彼女の明るい表情を見て、そう感じた次第です。究極の閉鎖的な環境で暮らしている彼女に、思いやりあるサポーターが増えることを願ってやみません。

 文通や面会を通じて、彼女の支持者、理解者が増すことを希望しております。まずは、彼女に手紙を送り、生身の「木嶋佳苗」と接してみてほしいです。きっとあなたの先入観は、ひっくり返ります。そして、切磋琢磨する楽しさを味わえるはずです。ブログ読者の方々の良心に、我々の想いが響くことを祈念いたします。

「木嶋佳苗の拘置所日記」の読者の皆様へ

 はじめまして。私は今年の3月から木嶋佳苗さんの支援をさせて頂いている既婚男性の『スーさん』です(拘置所日記の5月の記事「ゴールデンウィーク明けの幸福」中のニックネームより。今年の『女性自身』715日発売号では「Bさん」として紹介されています)

 皆様もご存知のように今年4月に「年上のおじさま」を名乗る第三者によるブログサイトの乗っ取りがありました。その解決のために、私は佳苗さんからブログの管理人の1人(アメリカ支部長?)に任命されました。この機会に僭越ながら私が佳苗さんの支援者となったいきさつと、支援者を代表して我々の木嶋佳苗さんに対する思いを皆さんへ伝えてみたいと思います。

 それには今年3月に私が佳苗さんに送った最初の手紙からご紹介したいと思います。(一部改変しています)

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木嶋佳苗様

 はじめまして。私はアメリカ在住19年で現在外資系のバイオ関連企業で働いている研究者で、現在はアメリカ市民権を取りこちらで暮らしています。こちらの生活が長く日本にはあまり関心がなかったのですが、たまたま佳苗さん(First Nameでお許し下さい)に関する新聞記事(2014312日付)「木嶋被告『男性に対し嗅覚が鋭い』ブログ始めたわけは」で「死刑判決を受けた女性被告がブログを始める」という記事を読んで、事件内容のその他の記事よりも先に『木嶋佳苗の拘置所日記』を読ませて頂きました。素朴な感情や日常生活も綴ったとても素敵で、メッセージ性のあるブログだと思いました。

 また『木嶋佳苗の真実』という第三者のブログも読みました。「木嶋佳苗は無実である。殺人は警察と検察のでっち上げ」という主張でした。なんとなく事件の内容が見えてきたような気がしました。その後で読んだ、佳苗さんに対する数々の批判記事や暴露本はあまりにも酷いもので、同じ日本人として残念な気持ちでいっぱいです。

 さらに2012年の4月に朝日新聞に載せられた佳苗さんの『手記』も読ませて頂きました。手記からは佳苗さんの素敵で正直な人柄がうかがえ、暖かい気持ちになるとともに、日本人社会(警察、検察、メディア、メディアに踊らされている民間人、「出る杭は打たれる」的な差別感など)に対するさらなる怒りが湧き上がってきました。公平を期すべき裁判官までも確たる証拠もないまま極刑を与えるとはとんでもないことです。

 佳苗さんのブログは私のような事件の全容を知らない人間、もしくはメディアに踊らされている善良な市民に訴える最良の方法だと思います。また佳苗さんに惚れる男の気持ちもよくわかります。佳苗さんを支えてくれる友人や弁護士の方がいて安心ですが私のようなチンピラに、もしできることがあれば何なりとお申し付け下さい。

 勝手に失礼だとは思いましたが、ブログの佳苗さんの生年月日からよく当たると言われる占いもさせて頂きました。私は生物学系の科学者ですが、占いも天文学を織り交ぜた科学だと思っています。(いいことは信じ、悪いことは信じませんが。その辺も科学者です。)結果は私が佳苗さんのブログや手記から読み取る人物像とよく似ていますが、どうでしょうか?

 佳苗さんのような優しいけれど、自由で奔放な女性(アイデンティティーの観点からはこちらのほうが素晴らしい。日本文化の画一性はつまらない。)は日本のような狭くて窮屈な世界は適さないのだと思います。無罪が証明され釈放されたら(きっとそうなります!)ニューヨークで住むことをお奨めします。「英語が話せない」と言われるかもしれませんが、英語があまり話せない日本人もたくさん生活しています。(私も数年間住んでいました。日本人やアメリカ人の友人もまだいます。)

 佳苗さんの無罪が一日も早く証明されることをアメリカから切にお祈りしています。

2014317

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お名前:       木嶋佳苗
生年月日:   19741127
出生地:      北海道
性別:          女性

あなたの魂の色彩とそこからわかる本質
 あなたに宿る魂のカラーは『光沢のあるイエロー』です。まわりに愛される魂カラーを放つあなたです。あなたがいるだけでまわりは、ほのぼのとした気持ちになるでしょう。温かい空気を持つあなたがそばにいると周りの人たちは、自分まで優しい気持ちになれるようです。それだけに短気には気をつけましょう。せっかくの魂カラーが痛んでしまいます。あなたが喜ぶと、まるでラメが渦巻くように魂はキラキラと光ります。その優しい光に皆が魅了されてゆくでしょう。あなたはいつも元気でいるようにしてください。魂のカラーが光沢をちりばめたようにとても美しく輝くからです。柔らかいそのイエローカラーは全ての人々に安心感をあたえるでしょう。

 柔らかく美しい光沢を放つレモンイエローに輝く魂が、あなたの人格に与えた影響は『優しさ』と『包容力』です。あなたはまるで母なる大地のごとくすべてのものを育みます。自分の損得では動かず、愛する人をただ慈しむあなた。優しく包んで育む特徴を持つあなたです。まわりの人々はそんなあなたに大きな安らぎを感じるでしょう。優しさという点では唯一無二の存在です。男性でも女性でも育む意味が強く、独身ならペットをかわいがる人が多いのも特徴です。命あるものに対して差別なく与えるその素晴らしい愛は、皆の心を癒していくでしょう。人に大きな期待はせず、ただ自分が与えることを喜び、人の笑顔を自分へのご褒美に受け取るあなたです。

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 この手紙で書いたように、私は日本にいる皆さんとは異なり、二審の死刑判決後から佳苗さんのことを知ることになりました。私はこの事件の詳しい全容を知る前に(簡単には調べましたが)拘置所日記や2012年の朝日新聞での佳苗さんの『手記』を読みました。特に『手記』は色々と彼女の勾留中の思いも綴られ、自分の内面にも向き合った素晴らしい内容だと思いました。(実際この手記の発表後、色々な出版社から彼女に原稿の依頼があったそうです)

 少なくともこの『手記』を書くような素敵な女性が、男性を3人も殺せるはずがない、というのが私がその時感じた偽らざる感想です。それからは色々な彼女の事件に関する記述も読みましたが、状況証拠だけで死刑判決を受けていること、彼女のバッシングが極めて酷いこと(特に容姿に関すること)などに大変な不快感を覚えました。

 また最初の手紙には、よく当たると言われる占いを、拘置所日記のプロフィールより知った佳苗さんの生年月日を入力して、その結果を添付しましたが、手記から窺える佳苗さんの性格と占いの結果がうまくマッチしている気がしたので、応援のつもりで最初の手紙を出させて頂きました。

 それから2週間して忘れた頃に、佳苗さんから最初の丁重なお返事を頂きました。(この返信も心温まる素敵な内容で、ますます彼女が殺人犯ではない、これは冤罪だと確信するようになりました。また佳苗さんにとって私は、ブログを始めてから返事を書いたブログ読者の第一号になりました)こうして私は、日本にいる他の佳苗さんの支援者の方たちとは異なる、文通のみの支援が始まりました。

1016日現在まで、私からは73通の手紙を出し、佳苗さんからは35通のお手紙を受け取りました。(東京拘置所では、勾留者は平日11通しか発信できません)佳苗さんからのお手紙は少ない時で便箋3枚、多い時には30枚あり、全ての手紙の便箋数を計算すると合計433枚ありました。(一通平均12.4枚)ちなみに私は佳苗さんのブログ原稿「上田美由紀さんへのアンサー」を『文字起こし』しましたが、あれは便箋9枚分です。

 私の手紙はワープロで打って送るのですが、最初に書いた私の佳苗さんへの返信も便箋9枚分の量でした。(拘置所日記「突然グローバル」参照)私は理系の科学者ですので文才などはなく、返事の手紙には写真なども添付しながら面白そうな話・近況、占いなどを書き、とにかく『数』で勝負しました。(全ての私の手紙の字数だけを合計し、佳苗さんが使う便箋の数に換算すると223枚分ありました)

 手紙の中では本当に色々なことを話し合いました。お互いの手紙を読みながら笑ったり、感心したり、呆れたり、泣いたりもしました。
 下の「Q & A」は6月下旬に私が『女性自身』の記者にメールで回答したものです。(女性自身715日発売号にも一部掲載)

A) いつから興味を持って、いつから手紙を書くようになったのか?
 312日の記事を読み、色々彼女の事件を調べた後、317日に手紙を書きました。その時はお返事を頂けるとは思っていませんでした。(佳苗さんのブログに載せてくれるかなぁとは期待してましたが)326日付のお手紙を331日に頂き、それ以降は佳苗さんからの返事を待たずに、マシンガンのように手紙を送り続けました。

B) 手紙の内容はどんな感じのものか?
 私からの手紙の内容は、佳苗さんのメンタル面のサポートになるようなものを心がけていました。(海外からのメディアや情報、人権団体の紹介などもしました)勾留生活ではストレスも溜まるだろうと思い、色々なジョークとかも書きましたが、彼女にはあまり通じませんでした。(ウルトラマン、スーパーマン、ハクション大魔王、桃太郎侍、遠山の金さん、一休さんなどすべて知らないそうです。私は佳苗さんのことを『天然レアもの』と命名しました。)

C) 木嶋さんの印象は?
 すごく『Unique』な女性(英語版:「特別な、独特な」の意味。「Only one」とほぼ同意語)で、また手記(朝日新聞)の通りの女性だと思っています。すごく心のまっすぐな女性ですが、本人も他人の言動をまっすぐに捉えすぎて、しばしば誤解を生んでいるような気がします。(私の手紙で『チンピラ』と書いたところ、私のことを本物のチンピラかもしれないと思ったそうです)過去の男性関係(殺人は全くの冤罪だと思います)では少し常識にはずれたことをしたのかもしれませんが、今は反省して日々更生に励んでいるようです。全体的には彼女は自分の意見を持っていて、いつも筋を通し(頑固なところもあります)、また周りに気を配る心の暖かい女性だと思います。日本に置いておくのはもったいない素敵な女性だと思います。

 上記の「木嶋佳苗さんの印象」については、私は本人に会ったことはありませんが、日本で佳苗さんをサポートしている支援者の方たちとほぼ同じ意見だそうです。

1)本当の「木嶋佳苗」像とは?
 私は彼女との文通を続けるうちに、上記のインタビューにも書いた、あることに気付きました。それは彼女は類まれなる「天然ボケ」だということです。

 よく会話は『テニスのラリー』に例えられる事があります。強いボールを打ったり、ゆるい球を打ち返したり・・・。しかし佳苗さんからは時々私に「これ、どうやって打ち返すの!?」という『魔球』のようなボールが返ってくることがありました。数え上げたらキリがありませんが、前記の「チンピラについての疑問」がそれに当たります。

 最近になって読んだ産経ニュースの判決記(100日裁判)では、佳苗さんがリサイクルショップの社長と出会って援助してもらうようになったくだりでは大笑いしました。その社長が事務の求人広告を月20万円で募集し、その面接に受かった佳苗さんが当日の昼に1000円札を渡され、それで昼食2人分を作るように言われて何を作っていいのかわからなかったこと(得意の手料理は高級食材しか使っていなかったんでしょう)、月20万円の給料なら毎週1回働けばいいと思い、次の日は会社を休んだことなどです。(社長は佳苗さんが現れないので心配で自宅に電話し、彼女が家にいるのでびっくりしたそうです)

 この「天然ボケ」は今も健在で、私は手紙で「佳苗さんとの文通は、宇宙人とコンタクトしているような未知との遭遇感があります。」と書きました。この感覚は他の支援者の方たちも実感しているようで、彼らは拘置所の面会室を「佳苗ワールド」と呼び、佳苗さんに面会することを「宇宙旅行」してきたと支援者同士で伝えるそうです。

 この点に関しては「木嶋佳苗」さんを理解するうえで非常に大切なところですので、私と佳苗さんとの文通のやり取りをいくつか引用して、もう少しご説明したいと思います。拘置所生活は大変でストレスも溜まるだろうと思い、私からの手紙には色々なジョークも混ぜて書かせて頂きました。カッコ内は手紙の日付と、後付けの私の説明・コメントです。読者の皆様は、覗き見的な趣向をお楽しみ下さい。(拘置所日記「上田美由紀さんへのアンサー」参照)

A) 愛すべき『何』?
私:「(佳苗さんからの初めての返信に、私が狂喜乱舞して何度も何度も何度も手紙を読み返したことについて自虐気味に)佳苗さんはもう十分御承知だと思いますが、『男』って馬鹿な生き物なんです。特に理系の男は。」(42日付:佳苗さんの支援者の中で理系は現在私1人です)
佳苗:「男って馬鹿な生き物だと自覚している理系男子は愛すべき馬鹿で、これが文系だと・・・(以下説明略)。」(49日付)
私:「科学者なので『頭』が商売道具です。ですので『愛すべき馬鹿』というニックネームはつらいものがあります。他に素敵なネーミングはないものでしょうか?」(430日付)

B) 白衣の写真・御希望事件
佳苗:「仕事中は白衣ですか?是非白衣姿のスーさんを拝見したいです」(421日付)
私:「佳苗さん、それは相当なコスプレ好きですね!私にナースの格好をしろと!?でも佳苗さんの頼みなら仕方ありません。ピンクの白衣を着て注射器を持った姿の写真をお送りします!」(430日付:もちろん冗談です。普通ならわかりますよね?)
佳苗:「スーさんの仕事着はピンク色なのですか?コスプレには興味ないですが、私の中で科学者は白衣を着て実験しているので、ピンク色とは驚きです。」(57日付)
私:「もう佳苗さん、大好き!(笑)本当に『天然』なんですね!男がピンクの白衣を着るわけがないじゃないですか!?(笑)」(530日付:多くの男性はこうして佳苗さんに惹かれていくのでしょうね。目に浮かびます。合掌)

C) マジックメッセージ・依頼事件
私:「(佳苗さんから私へ、ブログ記事・生原稿の『文字起こし』の依頼について)了解しました!佳苗さんの為なら、『文字起こし』だろうが『町起こし』だろうがなんだってやります!(何町?木嶋町!?)ただし条件があります!佳苗さんの依頼原稿の最後に、次のメッセージを添えて下さい。」
○○さぁーん!オ・ネ・ガ・イ!!
430日付:○○は私の下の名前です。冗談ですが半分本音で、セックスの奥義を極めた女性に言わせて見たかったんです。笑)
佳苗:「急いでほしい時はプライオリティを上げてもらうようなマジックメッセージを書きます。スーさんは奥様にあんな事を言わせてるのか・・・と気になって仕方ないのですが。」(522日付:彼女に冷静に返されたので少し困りました。その後の調査により彼女は凄く『真面目』だということが判明しました。)

 それから2週間後の623日に、佳苗さんと親交のある前述の記者からEメールが送られてきました。佳苗さんから「私が『文字起こし』をした原稿を彼に渡してほしい」という伝言内容でしたが、彼のメールの文中に以下の衝撃的な文章があり、実際私は読んで凍りました。

記者:「メールアドレスは木嶋さんから教えていただきました。『○○さぁーん!オ・ネ・ガ・イ!!』と伝えればわかると言われました。」
私:「・・・困。・・・汗。ここで使うんかーい!?」(623日感想)

 このように佳苗さんとの文通はお互いに「突っ込みどころ満載」で止められません。(笑)私も佳苗さんもお互いに『ボケキャラ』なのですが、私は彼女に勝てる気がしません。実際佳苗さんは、面会時に支援者の1人から「スーさんとの『テニスのラリー』は佳苗さんからするとうまくいってるの?」と訊かれ「うん。いつも私が勝ってる」と答えたそうです。(苦笑)

 彼女は、有名大学の文系猛者も顔負けの、あふれんばかりの教養・知性・文才を持ち、またどんなボケでも完全に吸収してしまう「ブラックホール」並みの「天然ボケ」を備えています。これらを自在に『無意識』に使いこなすだけでなく、暖かい思いやりや気遣い(料理・セックスなどを含む)までも見せる彼女ですから、多くの男性たちを魅了したという彼女の過去に疑いの余地はないでしょう。

 このあいだも私は手紙で「私は生化学(学問)も性科学(セックス関連:同音異義語の冗談のつもりでした)もできる『両刀使い』です」という意味のことを書いたところ、「スーさんはバイセクシャルだったんですね。」と勘違いされました。彼女は勘違いも多く、この場合興味のある『両刀使い』にしか目が行っていないんです。前述の『ピンクの白衣』も同様の例です。心理学ではジョークには50%の真実(本音)が含まれていると言われていますが、彼女は言葉をそのまま100%真実として受け取る傾向があるようです。

 このような素の佳苗さんを知っている我々支援者同士で一致している見解としては、彼女は「(天然ボケではあるけれど)穢れを知らない聖少女のような心を持った素敵な女性」だと思います。皆さんはこの私たちの見解を鼻で笑うかもしれません。彼女は「セックスの奥義を極めたい」や「名器発言」などを裁判の場でコメントしているのですから。ただそれは、彼女の男性に対して感謝し、尽くしたいという「男性礼讃」の気持ちを表したものです。(あまりにもまっすぐ過ぎる興味深い発言ですが・・・さすが『天然レアもの』!笑。)

 彼女のような女性はこの日本社会では、通常「いじめ」や「仲間はずれ」などをされ、強制的に矯正される類の人間ですが、彼女の場合は奇跡的に逮捕の瞬間まで矯正されずに過ごしてきたようです。彼女と関わってきた男性達は、ある意味現代のシーラカンスを見るような、新鮮で興味深い気持ちで彼女と接していたのではないかと推測されます。

2)ブログのコメントについて
 7月にブログの管理人に任命されてから、私は佳苗さんの依頼で21本の記事の生原稿からの「文字起こし」をし、それを含む計31本の記事のアップと、過去記事のフォーマットの訂正、段落分けなどをしました。随分読みやすくなったはずですので、お時間のある方は是非また読んでみてください。また管理人として皆さんの1000件のコメントも読ませて頂きました。(226日~37月まで。1000件以上のコメントはブログには収録できないようです)読むに耐えないものもたくさんありましたが、これらのコメントは大きく分けて以下のように3つに分類できると思います。

A)誹謗中傷の類
 7割以上のコメントがこれにあたりました。容姿、体型を批判する人達、人間を死刑台に送るのを楽しんでいるような人、自分は安全な所にいて、相手をこっぴどく誹謗中傷するというコメントをたくさん見ました。読んでいて悲しくなります。これが同じ日本人なのかと。しかしこのような人達も、もしかしたら昔から連綿と続く日本社会・文化の犠牲者なのかもしれません。

 私は19年間アメリカで生活してきて、この間数回ほど日本に帰国しましたが、帰るたびに日本社会が廃れていくのが見えました。経済は悪化の一途をたどり、倫理は徐々に低下し、世の中は日に日に生活するのが大変になっていって、皆さんのストレスがたまるのもよくわかります。そのはけ口の一つは昔も今も変わりません。

 江戸時代には士農工商という階級制度があり、江戸幕府は大変な納税を強いられていた農民のストレスを支配者ではなく他方に向けるように、「えた・非人」という最下級の階層を作り(現在の部落問題に繋がっていきます)自分たちよりもさらに下級な人達への差別やいじめをすることで、ストレスの軽減を計ってきました。また当時の奉行所や与力、岡っ引きは下手人(犯人)とおぼしき人を捕らえると、証拠が無く違っていても相手が白状するまで(真実かどうかは関係なく)拷問を繰り返し、自白の強要をしていたそうです。

 これは現在でも引き継がれています。奉行所や与力、岡っ引きが裁判官や検事・刑事に代わり、「えた・非人」が「犯罪者や逮捕者(冤罪を含む)」に代わっただけです。皆さんは後者を貶めることで、ストレスの軽減を計っているようですが、これでは社会はよくなりません。司法・検察・警察の体制はなんら変わらないからです。皆さんは高い税金を払って司法・検察・警察を支持し(最高裁長官の年収は5000万円、検事総長は3000万円と言われています。これらはアメリカのオバマ大統領の年収以上です。)、彼らの横暴を許し、冤罪を作る構図をうすうす気付きながらも、自分には関係ないことだとタカをくくって見て見ぬふりをしています。痴漢冤罪事件が良い例です。軽犯罪の冤罪事件にも関わらず、容疑をかけられると人生を台無しにされてしまいます。明日はわが身だということを肝に銘じておいてください。

B)被害者・その遺族の方への謝罪の要求、裁判に関する意見・質問
 約2割弱のコメントは佳苗さんへの意見・質問を含めた批判的なものです。しかし建設的な意見も多かったです。私たち支援者は、殺人事件として起訴された3件のうち2件は自殺、1件は事故だと思っています。この件について佳苗さんは、812日付のブログ記事「孟蘭盆に思う」で、「他界した男性に謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます」と書いております。

 ただし失恋のため自殺されたであろう2人の方に「公に謝罪する」という考えは、現段階で木嶋佳苗さんをはじめ、弁護団および支援者には共通してありません。殺人罪で係争中の被告人が、殺人ではなく、被害者が自殺されたことに「謝罪」するというのはおかしな話です。検察がまた、この「謝罪」を逆手に取り裁判を有利に進めようとするかもしれません。佳苗さんは他の理由として私への手紙で「罪を認めている自白事件でも被害者遺族は、謝罪を固辞するケースが多く、現在の日本は遺族が被告人に極刑を求めるのが普通になっています。それをおかしいと思わない、あるいは思っていても言えない風潮があります。(84日付の手紙より)」と述べています。私は佳苗さんとの文通のやり取りから、自殺した方たちへの懺悔の気持ちを汲み取れましたが、現段階で被害者遺族に「公に謝罪する」というのは上記の理由でやはり良策ではないようです。

身分や名目を偽って異性から金銭を貰う行為は詐欺にあたるか(借りるのではなく貰う、恋愛感情があるという前提)ということも深いテーマであり、皆さんからたくさんのコメントを頂きました。この件に関しては、佳苗さんは検事や2審までの弁護士たちと何十時間も議論し、2件に関してだけは詐欺を認めたことになっています。しかし我々支援者はこれすらも詐欺にはならないと思っています。これは恋愛関係においては「振り込め詐欺」のように何のメリットもなく騙し取られるわけではなく、相手に好かれたいという「下心」があり、最終的には自己責任であると思っているからです。貢げば貢ぐほど自己愛が補填されていく充実感や、好きな女性を幸福にできる満足感もあったでしょう。また佳苗さん自身が金銭援助を受ける際に、「騙す意思がなかった」という点も注目すべきです。

 この顕著な例として20124月に詐欺罪で逮捕された栗田守紀氏(33歳)の詐欺事件が挙げられます。会社の経理部係長だった栗田氏は会社の金を横領し、6億円をキャバクラ嬢に貢ぎました。彼女は胃癌、心臓病、脊椎損傷、白血病などありとあらゆる病気を装い、病院では面会謝絶と偽り、この間栗田氏と会うこともなく、メールを通じて入院費や検査費名目で5年間で6億円近く彼から巻き上げました。それにも関わらず逮捕され罪に問われたのは横領した栗田氏だけで、お金を騙し取ったキャバクラ嬢は何の罪にも問われませんでした。

 「なぜキャバクラ嬢が罪に問われなかったのか?」

 これはある弁護士によると、横領した金だと知っていれば盗品等収受罪に問うことができるのですが、この場合彼女は知らなかったため不問に処されたようです。彼女はこのお金を、栗田氏の愛情表現として受け取り、彼女自身は彼を「騙す意思がなかった」のでしょう。

 佳苗さんの弁護団の中にも「男女の付き合いに嘘はあって当然でしょう」など肯定的な(詐欺にはならないという)意見もあり、法律的にも難しい問題のようです。やはりこの件は当人同士の意識の問題というほかないと思います。

 皆さんのコメントの中には「(事実であろうと冤罪であろうと)裁判で真実を証言して欲しい。」という要求も多数ありました。これに対しては、私への手紙の中で佳苗さんはこう述べています。

 「私は一審まで楽観していました。していないことを裁判所が認めるわけがない、裁判で本当のことを言えばわかってくれるに違いない、一般市民の裁判員まで審理に参加するのだから、と思っていたのです。判決後に司法の勉強をして、今までの報道や世論を知って、もう裁判所には期待できないとわかりました。」(623日付の手紙より)

 佳苗さんの無念さが伝わってくる文章で、私は読みながら拘置所日記の以下の1節を合わせて思い出し、不覚にも泣いてしまいました。

 「私は、最低限の人権が保たれる現在の処遇で発言可能な年月を余命と考え、行動しています。最悪のパターンを想定すると、私の余命はあと数年です。その日まで、美しい魂でありたいと思っている。(「私がブログを始めた理由」より)」

 佳苗さんは犯してもいない罪(殺人)の為に、死刑すら受け入れる覚悟をしているんです。

 日本の皆さんは本当にこれが正しい司法のあるべき姿だとお思いですか?これでは日本で冤罪事件がなくならないわけです。私たち支援者の気持ちは一つです。何としても佳苗さんを死刑台に送らせてはいけない、この事件を第二の「飯塚事件」にしてはならないと強く願っています。(現段階では冤罪で死刑が執行された死刑囚はいない、という公式の日本政府の見解がありますが、「飯塚事件」はその例外の可能性の極めて高い事件です)

 私は海外から長く日本を見てきたため、佳苗さんの事件においては私のように「偏見にとらわれない目」で事件を捉え、良識のある皆さん(日本の世論)に強く訴えることが必要だと思っています。

C)佳苗さんへの応援メッセージ等
 ブログのコメント欄に応援などのメッセージを書かれた方は、一割にも満たないかなりの少数派です。ただそういう心の暖かい方は、拘置所の佳苗さん宛に応援のお手紙や支援を申し出る方も多く、実際はさらに多いものと思われます。ありがとうございます。これからもご支援の程宜しくお願い致します。(勾留者に対する誹謗中傷のお手紙は、拘置所の職員による検閲で受信差し止めにより交付されないとのことですから、A)の方にはあらかじめお伝えしておきます)

3)私が殺人ではなく自殺だと思う理由
 私が裁判記や事件を調べて寺田さんと大出さんが自殺ではないかと思う理由を科学的考察により検証したいと思います。(私も25年の研究歴を持つ科学者ですので。)

 私も彼らと同じように女性にモテナイ時期が長かったので、モテナイ男性の気持ちもよくわかります。彼らは随分と長い間女性と付き合うことはほとんどなく、4050代になってようやく佳苗さんのような素晴らしい女性に出会えて、結婚は目前まで迫ったと思い、有頂天になっている様子が目に浮かびます。寺田さんの場合、大金を佳苗さんに渡していますが、そのことも「佳苗さんの支えになっている。結婚は秒読み段階!」と思わせる一因になったことでしょう。

 大出さんが『佳苗さんとの婚前旅行(大出さんのブログより)』の前に書いた記事は本当に楽しそうな内容でした。寺田さんもホテルや互いの自宅で、佳苗さんとの将来のこと(佳苗さんと築く理想の家庭や夫婦生活、佳苗さんが開く料理教室の運営など)を話し合ったと裁判記録にありましたが、彼も夢の様な楽しい時間を過ごしたんだと思います。その彼らが、佳苗さんに振られて人生のどん底に突き落とされ、絶望して衝動的に自殺を選んだのも理解できます。

 私はこれまでの人生で自殺をしようと思ったことはありません。ただ、死んだら楽になれるのに、と思ったことは2回ありました。そのうちの1回は学生時代、好きな女性(彼女とは一度だけ遊園地に行ってデートしたことがありました)に振られたときです。振られた時に雨が降っていて、雨に濡れながら家に帰りましたが、風邪をこじらせて肺炎になり学校を2週間休みました。布団のなかで聞いた「中島みゆき」の曲は失恋ものが多く、その時は死んだほうがましだと思いました。寺田さんや大出さんも、当時の私と同じような気持ちだったんでしょう。

 彼らの遺書がなかったことで殺人の可能性があると検察は主張していますが、突発的な大きな失恋をすると、男性(特に婚活サイトの女性に免疫のない男性)は弱い生き物ですから、ふっと魔が差して自殺を選んでしまうのでしょう。他にも遺書のない理由として、「失恋くらいで大の大人が自殺したなんて思われるのは恥ずかしい」や「失恋による遺書を書くことで、佳苗さんに迷惑が掛かる」などもあったでしょう。(遺書を書かなかったことで逆に親切が裏目に出てしまったとも解釈できます)「自分が死んだら佳苗さんは悲しんでくれるだろうか?」や「自分が死ぬことで佳苗さんにとって、自分が特別な存在になれるだろうか?」などの期待もあったかもしれません。

 自殺の研究をしているNPOの団体などに訊いてみればわかると思いますが、男性が突発性の失恋で遺書を書くことはほぼないと思います。遺書というのは、いじめや生活苦などでじわじわ苦しんでいった人達が、最後に選ぶ手段(自殺)に至るまでの間、自分を振り返る時間があるので書けるのだと思います。

 検察が「状況証拠」を元に主張する大出さんの殺害に関しては産経新聞MSNニュースやその他で詳しく述べられていますのでご参照下さい。

 簡単に説明しますと、事件は平成2185日、埼玉県富士見市の駐車場で駐車中のレンタカーの車内で練炭を燃やし、薬物で眠らせた交際相手の会社員、大出嘉之さんを一酸化炭素中毒で殺害したというものです。大出さんは婚活サイトを通じて佳苗さんと知り合い、仲良くなるうちに結婚を意識し、彼女に金銭の援助をしていた。殺害の動機は佳苗さんが大出さんに借金の返済を迫られたからということになっています。(実際には佳苗さんは大出さんからは金銭は受け取っていません。二人のメールのやり取りで佳苗さんは大出さんに感謝を述べていますが、これは「大出さんが学費を出す資力があり、支えになれる」という彼の気持ちに対してです)

 初めて会ってから犯行に及ぶまでの推理は「名探偵コナン」顔負けです。ただし「大出さんにどのように睡眠薬を飲ませ、どのように車に乗せたのか?」については不明です。また大出さんは『犯行』の直前に小用を足したことになっています。(シャイな男性が佳苗さんとのデート中に「立ちション」でしょうか?)なぜ人目の付く場所(月極駐車場)で殺害を行ったのかも理由は触れられていません。

 弁護側は駐車場及びその付近一帯の状況見分は、事実認定者が正確に把握するための真相解明に必要不可欠の理由で、現場検証を5回請求しましたが、全て却下・異議棄却されました。(この駐車場を当時訪れた報道関係者は「こんな所で殺害するだろうか?」と必ず疑問を抱いたようです。現在その駐車場は13棟の住宅地となっており、現場検証はもう不可能です。

 私がこの同じ「状況証拠」を元に検証する科学的考察は以下のようです。これは色々な裁判記録を元にしたもので、ネット情報だけでは得られないものだと自負しています。

 婚活サイトを通じて、大出さんが佳苗さんに初めてメールを出したのは平成21713日。いくつかメールを交わした後、2人が会ったのはその2日後の15日で、とある喫茶店です。お互いのことを紹介しあい、佳苗さんがフランス料理の学校に通っていること、将来料理教室を開きたいことを話すと、大出さんは「うちのビルで教室を開けばいい、経理は僕がやってあげるから任せて、安心して学校に通ったらいいよ。」と言い、佳苗さんは「私のことを尊重してくれる頼りになる人」だと感じました。ただ大出さんはこの後、まだ一度しか会っていないというのに結婚のことを過剰に意識し「このままゴールインしたいですね」というメールを、18日と22日に佳苗さんに送っています。

 723日に佳苗さんは自宅でフランス料理をご馳走し、その後ラブホテルに移り一緒に過ごしました。(この時、大出さんとの相性の不一致を感じた佳苗さんは、大出さんをラブホテルに残しその日のうちに1人で帰りましたが、大出さんはそのまま「お泊り」しました。これは彼の母親の証言でも得られています)その翌日(24日)に最初に会った同じ喫茶店で、二人は今後のことについて話し合いました。

 それまで女性と正式に付き合ったことのなかった大出さんは、「体を許してくれたのだからゴールイン(結婚)目前!」と勘違いしていました。対照的に佳苗さんは相性の不一致などを感じ、彼との将来に期待を持てないと思い始めました。それからも電話やメールなどで2人は話し合いました。大出さんは結婚への妄想に近い期待が高過ぎて、佳苗さんが考え直したいと言っても受け入れられず、会えば説得できると思い込んでいた節があるようです。83日にも佳苗さんは電話で大出さんに「付き合いを考え直したい」と伝えました。(83日午後425分に大出さんが佳苗さんに電話した記録は残っています)

 85日の事件当日は、佳苗さんに振られた大出さんが「敗者復活戦」に一縷の望みを掛け、(大出さんの母親の証言では、彼は出かける前に母親に「今日が勝負なんだ、また振られるかもしれないけどね」と照れながら恥ずかしそうに笑って言っていた、とあります)『婚前旅行』のために予約していたレンタカーを借りて、佳苗さんに譲り受けた練炭を車に積み(佳苗さんは「天然ボケ」ですので、大出さんが練炭を何に使うかなど考えもしなかったでしょう。)佳苗さんを誘い、ドライブに出かけました。(運転手は佳苗さんです)

 ドライブ中の最後の交渉も決裂し、彼は事件のあった月極駐車場に車を止めるように佳苗さんに頼みました。佳苗さんを降ろしてタクシーで帰らせた後、ペットボトルの水で睡眠薬を飲み、マッチで練炭に火を付けようと何回もトライしましたがうまくいかず、何回目かにようやく火を付けることができました。(自殺を前に生気がなく思考能力が低下していたのでしょうか?それは睡眠薬のせいかもしれません)

 煙が車内に充満し、また睡眠薬が効き始めるまでの間、彼は人生最後の仕事に取りかかりました。佳苗さんとの思い出を捨てる作業です。その中にはひょっとしたら彼女に渡す予定だった婚約指輪やプロポーズの手紙があったかもしれません。大切にしていた彼女の写真も入っていたでしょう。(手紙や写真などが発見されれば佳苗さんに迷惑が掛かる。捨てなくては!と思ったのでしょう)車内には佳苗さんとの旅行のために買った着替えやトラベルセットなどを入れた紙袋があり(最後の交渉がうまくいった時のために用意していた)、それらをマッチ箱、余分の睡眠薬、ペットボトルの水などのゴミと一緒に同じ袋に入れて捨てに行ったのでしょう。

 死を決意し朦朧とした意識の中で楽しかった彼女とのことを思い出しながらあてどもなく歩きまわり、ある地点で「思い出」を捨てました。(鍵も誤って捨ててしまったようです。えっ?どこに捨てたかって?それは大出さんに聞いてください。彼は朦朧状態だったので普通の人では考えられない場所です)

 大出さんの膀胱に溜まった尿の量が少ないことから、彼は散歩中にどこかのトイレで小用を足して手を洗ったのでしょう。車に戻って来た時は、彼は疲労困憊状態で後部座席に倒れ込むように潜り込みました。車内は既に煙が充満しており、車の鍵を中からかけて完了です。

 彼はなぜ、移動せずに人目の付くそのままの場所(月極駐車場)で自殺をしたのでしょうか?おそらく誰かに見つけてもらいたかったのだと思います。自殺未遂で病院に搬送されれば、佳苗さんが心配して自分のところに戻って来てくれるかもしれない。また死んでから発見されても後処理はしてもらえる、との考えもあったでしょう。

 佳苗さんは715日に初めて大出さんに会った後、85日の事件当日まで4回しか彼に会っていません。この間にどうして佳苗さんは大出さんに殺意が湧くというのでしょうか?検察の推論はあまりにも突飛過ぎます。また検察の主張を信じるマスコミも何を報道しているのでしょうか?彼らに真実を報道する義務はないのでしょうか?

 検察が起訴した3件の殺人(?)事件において全て練炭と睡眠薬が関係していることから、「こんな偶然ありえない」として全て佳苗さんの犯行だと主張しています。刑事司法に確率論を採用しているのですが、これは正しい使用法なのでしょうか?彼らの理屈が正しければ、一生に2度宝くじの特賞を当てる人には「詐欺罪」が適用されます。「こんな偶然ありえない」のですから。3度目を当てれば「同じ犯行を繰り返し、反省の色がない」となりさらに罪は重くなります。これは正しいように聞こえますが実は間違いです。一度も宝くじに当たっていない人も、2度宝くじの特賞を当てた人も、両人が次に宝くじの当たる確率は同じなのですから。幸運な人に3度目が当たっても何の不思議もないのです。

 佳苗さんの事件に関しては、これほどの天文学的な確率論を述べているわけではありません。しかし自殺を決意した寺田さんや大出さんが、奇しくも練炭と睡眠薬を使用したということは、それほどの低い確率なのでしょうか?日本のドラマでは、登場人物が練炭と睡眠薬を使用して自殺するという場面がよく出てきます。自殺による苦痛を伴わない最善の方法なのかもしれません。佳苗さんは料理に日常的に練炭を使っていたのですから、佳苗さんに失恋した彼らがこの自殺方法を思い付くのは何の不思議もないことです。

 裁判では練炭と睡眠薬は全て佳苗さんが用意したものであると結論付けていますが、本当にそうなのでしょうか?練炭の日本での流通量は皆さんが考えている以上の驚くべき量であり、また悩みやストレスなどによる不眠症で、病院から睡眠薬を処方されている方たちも大勢います。実際大出さんは、過去に保険外診療を受けた経験があり(睡眠薬入手の可能性がある)「大出さんは仕事の性質上、定期的に睡眠薬を服用していた」という知人の証言もあります。

 検察は寺田さんが職場で使用していたパソコンに、練炭、コンロの購入記録は確認できなかったことからも、佳苗さんが持ち込んだと主張しています。しかし寺田さんのパソコンの約1800件のアクセス履歴中、約1500件については検察はアクセスできていませんでした。購入記録があるとすればせいぜい23件でしょうから、それをたった17%弱(1800件中300件)のメールになかったからと言って、「無」を証明したことにはなりません。統計学的に見てもこれは「有意」とは言えません。

 寺田さんの遺族の証言では「自宅のノートパソコンが部屋になかった」ことから、佳苗さんがこれを寺田さんのマンションから持ち出したと検察は主張し、この中に購入記録があった可能性もあると推察しています。しかし遺族が述べている『ノートパソコン』とは会社からの個人貸与のもので、自宅への持ち込みは一切禁止されており、事件後会社の彼の机の引き出しから見つかっています。また寺田さんの自宅には私用のタワー型の巨大なデスクトップ・コンピューターしかありませんでした。(会社の同僚の証言では、寺田さんが「タワー型のパソコンを自分で作った」と亡くなる半年前に聞いたとあります。佳苗さんも彼からそう聞きましたが、誰もそのパソコンは見たことがありません。寺田さんは人付き合いの極端に少ない人でしたから)

 住宅街にある寺田さんのマンションから、佳苗さんがそのコンピューターを持ち出す可能性は、住人の人目もあり極めて低いでしょう。このデスクトップ型のコンピューターが部屋になかったのは、自殺前に寺田さんが、大出さんの時と同様の理由で「佳苗さんとの思い出」を捨てたのでしょう。寺田さんはコンピューター関係の仕事をされており(彼の上司・同僚からは「コミュニケーションが苦手で気難しい人だったが、職人気質でソフト開発やメインテナンスは社内ピカイチだった」という証言が得られています)たくさんの佳苗さんとの思い出の写真などが色々と整理されて、そのコンピューターに詰まっていたのだと思います。(2人の交際期間は約1年です)

 寺田さんの事件に関しては、明らかに自殺と認定できる「動機」と「証拠」が揃っており、警察は当初自殺と断定していました。事件現場には黒色の煤っぽいものが付着している炭のような汚れがついた白色の手袋が見つかっています。これは殺人犯が練炭の使用後、置いていったと考えるよりも(指紋やDNA鑑定で犯人が特定されてしまいます)寺田さん自身が使ったと考えるほうが自然です。

 寺田さんの死体検案調書を作成し、自殺と認定した医師は「身辺捜査をした刑事さんから彼女との別れ話を聞き、彼女に振られたことで、咄嗟にやったのかなと感じました。」と証言しています。また彼は「平成21年についてお話しますと、私が扱った検案は、年間210体くらいで、そのうち50体くらいが自殺で、自殺の中の15体くらいが練炭を使った自殺でした。練炭を使った自殺は4~5年前ころから多く見られ、ここ青梅(寺田さんの住所)でも異常な発生件数のようでした。」とも話しています。「練炭を使った自殺は、車の中や室内で行われ、例えばお酒や睡眠薬などを飲んで眠っているうちに一酸化炭素中毒になって死亡しますので、言い方は悪いのですが、硫化水素などに比べて楽に死ねるようです。」とも言いました。

 これらの『状況証拠(証言を含む)』は「推定無罪」を裏付ける重要な『状況証拠』だとも言えるでしょう。検察が「名探偵コナン」なら私は「シャーロック・ホームズ」です。この私の「推定無罪説」を誰が「論破」できるでしょうか?「雪は夜降ったのか?」などという「言葉遊び」ではなく、「論破」です。検察は川端康成風の「文学」まで取り入れていますが、これはとてもプロの論説とは言えません。検察が挙げた「状況証拠」とは所詮この程度のものなのです。

 検察はどうしても殺人事件にしたいようですが(起訴した事件が無罪になると、彼らのキャリアに傷が付きます。それは彼らには死活問題です。)その主張は死者への冒涜だと思います。その主張が正しければ、寺田さんと大出さんは女性を見る目がまるでなく、殺人鬼との結婚を真剣に考え、夢見ていたということですから。それでは彼らが浮かばれません。(彼らの彼女を見る目は正しかった。木嶋佳苗さんは素敵な女性です)お二人のご冥福を心からお祈り申し上げます。

4)私を含む佳苗さんの支援者達について
 日本の皆さんは『Guardians of the Galaxyガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:「宇宙の警備人達」とでも訳すのでしょうか?)』という映画を見られましたか?。これはスーパーヒーローものですが、ジョークも至る所で組み込まれ、見ていて最後まで飽きることがなく、大人も子供も楽しめる内容です。Gardians of the Galaxy-2
 異なる経歴を持つ上の写真の荒くれ者5人が、最後は一つのチームとなり、それぞれの長所を生かし、宇宙の侵略を狙う強大な悪に敢然と立ち向かうというストーリーです。左から登場人物を説明します。

1)グルート:高い知能をもった木の生物です。戦闘能力は非常に高いですが、人には優しいです。いつも「I am Gloot(私はグルートです)」としか言いません。
2)ロケット:狙撃手で戦術家である遺伝子改造されたアライグマ。写真の通り小さいです。
3)スターロード:主人公。ガモラ(右側の緑色の女性)に恋をし彼女の命を助けました。
4)ガモラ:緑色の肌をしたヒューマノイドで、彼女は熟練の暗殺者でもあります。
5)ドラックス:怪力無双の荒くれ者ですが、頭は子供以下。純粋で優しい人でもあります。

 この5人はそれぞれ利己的で一匹狼的なところがありましたが、次第に友情が芽生え、自分の命を犠牲にしてでも皆で力を合わせていく過程は感動しました。
 スターロードが自分の命を投げ出してガモラを助けた後、スターロードが全員死ぬかもしれないというミッションを皆に告げた時、暗殺者だったガモラがこう言います。

I will be grateful to die among friends.(友達に囲まれて死ねるなら幸せね!)」

 また墜落していく宇宙船の中で、グルートは他の4人を助けようと、自らの体を球状にして(木の生物ですから変幻自在です)彼らを包み墜落の衝撃を柔らげました。ロケット(あらいぐま)がグルートに「そんなことをしたらお前は死んでしまうじゃないか?」と言うと、それまで「I am Gloot(私はグルートです)」としか言わなかったグルートが、その時初めて「We are glued」と言いました。「glue」とは糊のことで(「Gloot」と発音は似ています)この意味は「私たちは(糊付けされたように)しっかり繋がっている」と言う意味です。

 この映画を見て、登場人物達はまるで私たち支援者のようだと思いました。個々に様々な分野で能力が高く、独特の相容れない個性を持った頑固な男性達が、最後は一つになって強大な敵(司法・検察)と戦い、自分の命を捨ててでも佳苗さんを守る、というような・・・。木嶋佳苗さんはそれだけの価値のある女性なのだと思います。そうでなければ、日本にいて危険を冒してまで彼女の支援をしようなんて思いません。(一部の「アンチ木嶋佳苗」の人達は、佳苗さんの支援者を特定して制裁を加えようとする動きを見せています。日本も恐ろしい世の中になったものです。)

 佳苗さんは私たち支援者のことを「オトコ」だと言っています。アメリカでは「SAMURAI」と呼びます。日本の「武士道」は海外で畏敬の念を持たれています。日本が世界に誇るべき文化です。惜しむらくは皆が自分のことを「スターロード(主人公)」だと思っていることでしょうか?(笑。皆さんハンサムでエリートで頑固で仕事ができてプライドが高いそうです。私も含めて。やれやれ・・・)皆、佳苗さんにとっては「愛すべき馬鹿」でもあるのでしょう。

5)最後に
 日本の司法・検察は「死刑囚として勾留された最長記録(48年:袴田事件)」としてギネス記録を更新し、その汚名(冤罪死刑事件)を世界中に広めました。(検察はあろうことか、再審請求受理の取り消しを即日求めています。反省の色がありません)また冤罪の可能性の極めて高い「名張毒ぶどう酒事件」では8度の再審請求がなされているにも関わらず、全て受理されていません。

 このように日本の刑事裁判では1度結審して刑が確定してしまうと、再審請求の受理すら難しいのが現状です。司法に携わる人達にとって、「被告人の利益」や「法の正義」よりも、彼らの体裁・キャリア・プライドなどのほうが大事なようです。また袴田死刑囚の無罪判決が決まると、国は約5億円の損害賠償を彼に支払わなければならないと言われています。この支出の財源はもちろん皆さんの税金です。

 皆さんもご承知のように佳苗さんの事件では、全くの『状況証拠』しかなく、自白すらない中で「推定有罪」の裁判が行われました。この『状況証拠』の中には、世間にまったく誤解された「木嶋佳苗像」も多分に含まれています。(サイコパスなど)この誤った人物像をもとに検察は佳苗さんの犯行説を主張してきました。検察は彼女のバッシングをするだけで、犯罪が立証されたという誤った認識を裁判員にも世間にも与えました。

 この誤解を解くために佳苗さんは手記やブログ、自叙伝を通じて、日本の皆さんにメッセージを送ってきましたが、1度『毒婦』の烙印を押された彼女の言うことを信じない人がまだ多数いるのも、ある意味日本文化の特徴だと思います。この辺はアメリカでは「アイデンティティーの尊重」となり日本では「出る杭は打たれる」となります。検察・裁判官レベルでも同様です。なんといっても文化ですから。(苦笑)

 これは科学の世界でも重要な言葉なのですが「『誰』が言ったか、ではなく『何』を言ったかで物事は判断すべきだ。」という考えさせられる名言があります。この言葉の前では、年齢も経験も肩書きも権力も関係ありません。年齢や肩書きなどが上の人の方が正しいことを言う確率は高いです。しかし全て正しいわけではありません。逆もまた然りです。(科学の世界では少なくとも私はそのように生きようと努力しています)

 佳苗さんのこれまでに書いたものも、今回の私の手記も、私たちが『誰』だからではなく、『何』を述べているのかについて、皆さんにお考え頂き判断してもらえないでしょうか?

 日本で生活している大部分の皆さんが、「状況証拠だけの推定有罪(自白なし)、しかも死刑判決」という驚愕の事実を肯定し、もしくは無関心でいることが海外で生活している私には不思議でなりません。(残念ながら海外でも冤罪判決はあります。しかしそれは被告人の自白を証拠の根幹においています)日本社会が年々悪化の一途をたどっているため、生活苦などの不満が募り、皆さんの考えが麻痺しているのかもしれません。(被告人の死刑判決を受けて、被害者の支援者たちが裁判所の前で万歳三唱していたのを、以前こちらのテレビで見たことがありました。その時は背筋が凍りました)この木嶋佳苗さんの裁判を通じて日本の刑事裁判(冤罪死刑事件を含む)のあり方を、もう一度考え直す機会としても、今回の私の手記を日本の皆様に読んでもらえれば大変嬉しいです。

 これからこの事件の最高裁審理が始まりますが、皆様の木嶋佳苗さんへのご理解とご支援も合わせて強く希望して筆を置きます。アメリカ生活19年でほとんど日本語の文章を書いてこなかったツケが回り、長文のうえ拙文、乱文となりましたことを、皆様に深くお詫び申し上げます。また私の手記の完成に尽力・御助言を頂いた佳苗さんの支援者の皆様にも、この場をお借りして御礼申し上げます。

 最後に佳苗さんからの手紙の一節で、私が心を打たれ、号泣し、私に不退転の覚悟をさせた文章を御紹介して、この手記を終わらせて頂きます。ご拝読ありがとうございました。

20141016日吉日

新ブログ管理人
『スーさん』より

 

木嶋佳苗さんからの818日付の手紙より抜粋   
 死刑事件は、大抵複数の人が亡くなっていますから、自分が殺めたのならば、自分が犯した罪の重さ、被害者や遺族のこと、また執行のことを考えて七転八倒の苦しみに苛まれるであろうことは想像できます。(青木理さんをはじめ日本の大衆が)私に「軽さ」を感じるのは、私が殺人罪において無実であり、スーさんのような心優しく力強い支援者がいるからだと思います。これは両輪が機能していないと明るく元気には生きていけません。この世には、絶対に嘘をつけない相手がいて、それは自分です。真実は、自分自身が一番良く知っているし、どんな時もお天道様は見ています。そう思うようになったのは近年のことですが、真面目に生きている姿を見て、あるいは察して、神様がおじさまやスーさんと出会わせてくれた気がします。

追伸:皆さんは佳苗さんのような素敵な女性を死刑台に送ろうとしているのです。
    『達成感』はありますか?

 ある支援者が、私のブログに自分の手記を掲載してほしいと頼み込んできたのは8月のことでした。他のメンバーとも協議を重ね、支援者のメッセージをここで公開することを決めました。

 1017日から1人ずつ期間を空けて、4人がリレーしていきます。すべての手記をアップ後、3日間限定でコメント欄を開き、読者の皆様が感想や意見を書き込み、閲覧できる状態にする予定です。

 執筆した4人は、「おじさま」、「石神さん」、「ペリカンさん」、「スーさん」です。それぞれ形式が異なり、おじさまとペリカンさんはエッセイ風、石神さんは私との問答、スーさんはレポートのスタイルで書いています。

 原稿は、おじさまはブラックインクの万年筆で原稿用紙に横書き、ペリカンさんはブルーインクの万年筆で手き和紙に縦書き、石神さんはボールペンで縦便箋に、スーさんからはパソコンでタイプした横書き印刷のものを受け取りました。

 スーさんは10月下旬に来日し、面会を予定しています。その体験談は、私のチェックなくこのブログに投稿することを許可しました。
 4人は、年齢、職業、思想、私との関わり方も違う年上の男性です。彼らがどのような思いで私をサポートしているのか、彼ら自身の言葉で語ってもらうことにより、私のことを読者の方たちに正しく理解して頂くきっかけになるのではと思い、この企画を了承しました。

 彼らは、個人情報を公表しても構わないとおっしゃって下さいました。しかし、支援者の個人を特定するプライバシーに関わることは公にすべきではないと判断し、ブログでは本名を伏せています。

 彼らは私にとって大切な存在です。4人の手記により、私と支援者との関係性や彼らの想いが伝わることを願っています。

2014108日記

 411日のことでした。朝日新聞の社説の隣にある「声」欄で「見て見て切手のウサギちゃん」という81歳の女性読者の投書が目に止まりました。12年ぶりに復活した2円切手の話が載っていました。この欄には、年に数回ハッとする投稿があるのです。

 今までで一番印象深かったのは、忘れもしない一審判決前日の12412日。
 東京都港区在住の64歳の男性作家が「客の数だけを比べるのは、ベートーヴェンとAKBを同列にするのと同じだ。」と過去に学ぶ謙虚さを綴ったもの。
 私は当時AKBを見たことがなく、AKB商法も知らず、この作家の憂いを読んで、AKBって何だろう?と思ったのを覚えています。

 さて今回は2円切手のこと。図柄には、北海道に生息するエゾユキウサギが使われています。
 81歳のおばあさまは「きっとウサギちゃんが貼られた手紙が届くと受け取った人も『なんてかわいいの』と癒されるはず。」と書かれていたので、私も早速入手しました。愛らしい真っ白なウサギちゃんにすっかり魅了!

 41日から消費税率の改正に伴い、定形郵便物の最低料金が82円になったというのに、私は82円切手を使わず、80円と2円、あるいは90円と2円切手の組み合わせで送り続けております。ひとえに、ウサギちゃん切手を使いたいから!

 読者の皆様にイメージをお伝えしたく、返信用封筒を同封するという方法で写真をご覧に入れます。宛名は私の直筆です。

 80円切手は近代競馬150周年記念の「オルフェーヴル」。普段は気が利かない出版社の担当者が突然送ってくれたので、一瞬好きになりかけた記念の切手です。

 2円切手は、いつも頭の中にお花が咲いている年下の彼が、私が頼む前に偶然「声」欄の投書を読んで送ってくれたもの。

 記念切手ではない記念の切手というものもあるのです。

2014819日記

封筒2円切手

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 2, 2014.

 この記事は、私の支援者が「鳥取と同じ土俵に上がるな」と言って以前ボツにした原稿を、手紙風に書き直してみました。読者の皆様は、覗き見的な趣向をお楽しみ下さい。

 上田さん、はじめまして。今年5月に「週刊大衆」のGW合併号で、あなたが書いた私への反論手記を読みました。「大人の男性が『本音の部分』で楽しめる娯楽情報誌」の取材を受けるとは、さすがですね。「週刊アサヒ芸能」辺りもアリなのでしょうか。私のところには、大衆とアサ芸は連絡すらきません。
 上田さんは「週刊大衆」がどんな雑誌かわかって取材を受けたのかしら。私なら恥ずかしくってとても無理。

 あなたはテレビ、新聞、雑誌とジャンルを問わずメディア取材を好んで受けているようですが、報道関係で付き合っている人に真の理解者はいるのでしょうか。
 公平中立の原則を破り、あなたの無実を信じ、あなたの人生を憂い取材を続けてくれている人が、ひとりでもいますか?いるのだとしたら、あなたは被告人としてとても幸せです。大抵は利用されて傷つくのが落ちですから、私は余程のことがなければメディア取材は受けません。

 私は「誘蛾灯」を読むまで、あなたの事件や裁判、また上田美由紀という女性にも全く関心がありませんでした。青木理さんが取材されていなければ、今もきっと同じ気持ちだったでしょう。
 ブログの初回であなたのことを書くにあたっては「誘蛾灯」を10回以上読み、あなたに関する資料を集め、よく調べました。ライターの臆測は注意深く排除し、浮かび上がる事実だけを精査しました。あなたと文通や面会をした人から直接聞いた話も参考にしました。
 そこから私は、あなたは今も嘘をつき続けていると確信し、2013年のクリスマスイブに初めてのブログ原稿を書いたのです。

 あなたは東京に来たことがありますか?
 「誘蛾灯」によると、交際中に亡くなった鳥取県警の警察官は、あなたと23回東京に遊びに行ったという証言があります。けれど「週刊朝日」では、毒婦ライターの面会取材の際に「東京へ行ったことありますか?」と訊かれてあなたは「ないです」と答えている記事が載っていました。
 「ディズニーランドも?」「ないです。生きていくのに精いっぱいだったんです」という問答が続いていました。次の面会で、帰りの飛行機の時間を気にするライターに、あなたは「私も東京に行ったことありましたから」と言ったそうですね。

 どれが本当のことなのでしょう?記憶違いは誰にでもありますが、鳥取で5人の子供を育てるシングルマザーのスナックホステスにとって、東京に旅した経験は忘れようがないことじゃないのかしら。

 私の元には、あなたと文通したり面会した人から連絡がたびたびきます。衝撃的だったのは、大阪拘置所で上告中の男性被告から届いた相談事の手紙でした。201210月下旬から136月まで、あなたと文通していた人です。

 あなたから131通の手紙が届いたと知り、上田さんはよっぽど暇なんだなぁ・・・とびっくりしました。驚いたのは手紙の数よりも彼の相談内容です。彼は、あなたから届いた手紙をサンプルとして同封し
 「上田美由紀の手紙を売却したいと考えています。大手の週刊誌や月刊誌に打診を試みたのですが、回答があったのは一誌だけで、その交渉は流れてしまいました。発行部数が少ない雑誌では、私が考えている金額での交渉は難しいと思います。そこであなたに売却の仲介をお願いしたいのですが、マスコミの担当者を紹介して頂けませんか?」と書いた長文の手紙を送ってきたのです。仰天しました。

 彼は「あの女の本性というか、人間性の醜さを垣間見る様なちょっとした出来事があり、私の方から関係を絶ち切りました。上田は本当にひどい女です。」と訴えてきました。
 私は、手紙を売ろうと考えるようなさもしい根性の男にこんな仕打ちをされるあなたを気の毒に思いました。そして、こういうレベルの人間との付き合いに貴重な未決の時間を費やしているあなたを不憫に感じました。これが、私のあなたに対する今春までの印象です。

 さて、「週刊大衆」であなたが告白した「大反論」へのアンサーを記します。
 私が、自身の事件や裁判を取材、報道したライターについて手厳しく批判したことが、あなたは気になるのですね。
 「彼女は無能なフリーライターばかりだったとなげいているが、どこが基準なの?と思う。」とあなたは書かれました。
 私はあなたとは今まで読んできた書物の質と量が違うので、当然ながらあなたの基準とは全然違うでしょう。育ちや教養の問題ですから仕方ありません。下流社会で自分を卑下して生きている人には、見下されたと感じるのかもしれませんが、私が記したことは正当な批評です。

 「ルポライターの人だって、新聞、TV記者だって片手におにぎりを持ちほおばりながら真実を知ろうとしている人もいるんじゃないの?って思う。」という一文は意味がわかりません。記者がおにぎり食べてることと、記事の善し悪しとどういう関連性があるのでしょう?

 私があなたの弁護団について「優秀とは言えず」と書いたのは、法廷で真犯人を名指ししておきながら、その人物への証人尋問が甘く、主張が曖昧なまま尻すぼまりしたところ、被告人質問で突然黙秘に転じた理由を青木さんに問われ、あなたは弁護士に取材を申し込むよう提案し、青木さんから弁護人が取材に応じていないと教えられたこと、弁護人が最終弁論で冒頭陳述とはまったく違うことを話し、それを当たり前だと言い放ったことなど、理由を挙げればきりがありません。
 青木さんが指摘するように「大型刑事裁判の被告弁護にふさわしい技量を備えた弁護団ではなかった」というのは、正鵠を射ていると感じました。

 これに対するあなたの反論が「ハンバーガーで、安く栄養のない食事で、一日中面会を何度もしてくれたの知ってますか?」
 おにぎりの件と同様に、意味不明です。あなたは恐らく、一審の弁護人は安い物で済ませながらも頑張ってくれたと擁護しているつもりなのでしょうが、そんな物しか食べておらず健康管理もできていなかったと恥を晒しているだけですよ。
 そもそも優秀さを論じるのに、ハンバーガーを食べていることが関係ありますか?ファーストフードばかり食べているから優秀ではない、と言うのならわからないでもないですけれど。

 一日中面会して思いついた標語が「しまむらなくしてずぶ濡れなしっ。ずぶ濡れなくして殺害なし!」ってことなんですかね。

 私に対して「敵が違うんじゃない?」とおっしゃっていますが、私はあなたを敵だと思ったこともないし、闘うつもりもありません。
 私と比べられたくないと泣きながら「林さんとか風間さんとくらべられたいな~!!母として」という一文には驚きました。あなたは、林眞須美さんと、風間博子さんのことをよく知らないのでしょう。母としてあなたが2人に勝っているのは、子供の数だけです。死刑囚の子供として生きていく辛さを考えたら、母親としてこのテーマで語るのは避けた方が賢明だと思います。

 「こんな私とくらべられて悔しかったろうと思う。私も悔しかったから・・・・・・。」とありましたが、なぜ?
 私はそんなこと思ったことありませんよ。私はあなたが昨年11月、女性週刊誌の面会取材に対し、子供に関しては「迷惑をかけたくない」とかたくなに話を避けていたと聞き、感心しました。まさか、林さんや風間さんと比較されたいと思うようになっているとは残念です。

 反論の中で最も謎だったのが「私、差し入れは断りまくっているのに、彼女が受けているんだと思うと、スゴイな~って感心する」ってこと。何がスゴイの?なぜ差し入れを断っているの?

 どうして謎に感じたかと言うと、差し入れを受けている私を「うらやましいな」と思っていながら「断りまくっている」という矛盾が理解できないのです。しかも「全然余裕がなくて、本当に毎日がしんどくて、今もあんまり食事を取れなくて」という状態なんでしょ。美味しい物を差し入れてもらって元気つけなくちゃ!

 差し入れって応援だから、心にも体にも温かいエネルギーがチャージされるんです。美味しいな~幸せだな~ありがとうって感謝しながら食べていると、余裕がなくてしんどくても、乗り越えられるから。
 私だって毎日楽しいことばかりじゃないけれど、勾留生活5年で悔し涙を流したのは、初めて「誘蛾灯」を読んだときの1度きり。家族や支援者や記者の思いやりに感動して、嬉しくて泣いたことは何度かあるけれど、あなたのようにしょっちゅう泣きません。

 あなたより年下の私が言うのも何ですが、全然余裕がなくて本当に毎日がしんどいなんていうほど消耗した精神状態の時に取材を受けるのは、危険だと思います。結局取材者は、あなたから搾取しているんですよ。
 取材を受けるより、あなたのことを心から想ってくれる人との面会を大切にして、気持ちにゆとりを持てる生活を整えるのが先。3度の食事をしっかり食べること!まずはそこから。

 私もね、埼玉から東京の拘置所に移って、食が細くなったの。少し痩せたの。ほんのちょっぴりだけど。
 そうしたら、支援者に心配されて「ちゃんとメシ食ってるか?3度のメシをしっかり食わなきゃダメだぞ」って叱られたんです。ご飯食べたらお菓子を差し入れてやるから頑張れって言われたの。だから私は、高校球児になった気持ちで一生懸命ご飯を食べてね
 「ちゃんと朝も昼も夕食もご飯食べたよ~お菓子買って~早く会いに来て~」って電報打ちました。

 そうしたら彼はすぐに駆け付けて、バタークッキーやカスタードケーキ、キットカット、どら焼き、あんパン、マンゴーと桃の缶詰、りんごやみかん、私の好きそうな物をたくさん差し入れてくれたんです。
 感動しました。約束を守ってくれたことが何より嬉しかったのです。私の健康は、支援して下さっている人達が与えてくれたものだと思っています。

 松江はどうなのか知らないけれど、東京は外部の人だけが利用できる売店でしか扱っていない物がたくさんあるんですよ。もし松江が、自弁購入と差入れ品目が同じだとしても、自分で買った物より差入れされた物の方が美味しく感じて心も満たされるものだから、面会に来てくれた親しい人にリクエストすると良いですよ。
 ただし、メディア記者にそういうお願い事はしない方がいいと思います。代償を払う覚悟があれば別ですが、相手に支配されるリスクを伴うことは避けた方がいい、というのが私の考えです。弱みに付け込む人も多いと聞きますからね。

 ところであなたは、青木さんの活動をフォローしていないのでしょうか?私が嫉妬した青木さんとの件に「同じ東京なんだから会えるよ」と呑気なことを言ってるところを見ると、私が青木さんから嫌われていることをご存知ないのですね。
 青木さんは様々なメディアで、堂々と私を振ったんですよッ。私がどれほど傷ついたか、青木さんはわかっていないようです。青木さんが相手にしてくれない、という点で私はあなたに負けています。
 私より青木さんの書いたものを熟読していた日本人はいないと自負していますが、負け惜しみだと思われると悲しいので、最近はフォローしないよう心掛けています・・・。

 私は、上田さんにもブログをお勧めしたいのです。メディア取材を受けても、記事になるのは1割にも満たないでしょう?不本意な書き方をされることもあるんじゃないですか?ブログなら、あなたの思いをそのまま世間に発信できますよ。

 私たちは、支援者の会が紙の交流誌を発行する世代ではありません。インターネット全盛時代に冊子やビラでは、世論に太刀打ちできません。あなたもブログを始めたら、ネット上で私と情報交換することも可能です。同じ立場の女性被告は日本で2人しかいないのですから、私たちが語る意義は大きいと思います。

 あなたの支援体制がわからないのですが、ブログの運営は外部に信頼できる人が2~3人いれば出来ます。私は、現在の磐石な態勢を整えるのに半年かかりました。拘置所から被告人がブログで発信するノウハウはあるので、不明な点は尋ねて下さい。私は拘禁者同士の文通はしないと決めているので回答はブログ上になりますが、私にわかることはお伝えします。

 ブログ自体は、外で動ける支援者が1人いれば可能だけれど、複数いた方が安心です。パソコンに明るい人より、記事の内容に適確なアドバイスをしてくれる人、信用できる人であることの方が大切です。
 サイトの管理人が出張や旅行で留守にしたり、病気になった場合にも、複数いると手分けして更新を続けられますし、支援者の負担も減らせます。

 私はまだ、あなたの本当の姿を知りません。あなたの言葉は断片的なものでしか読んだことがないからです。
 複数の支援者に連携してもらうことで、正直に生きるトレーニングにもなりますから、チームを組んでブログを運営していくのは自分の成長にもつながりますよ。真面目に頑張っていれば、支援者も自ずと増えます。

 話は変わりますが「担当の先生と毎日、バトルしとる」ってところは林眞須美さんを彷彿とさせますが、いったいどんな理由でバトルするんでしょう?
 私は刑務官を先生と呼んだことは一度もありませんが、埼玉時代から担当職員とは円満です。いちばん長く接する現場職員との関係を良好に保つことで、生活の質が向上しますよ。

 あなたを救ってくれるのは、メディア記者ではありません。記者は仕事で動いているだけです。あなたがどうなろうと責任を取ってくれるわけではありません。あなたにも、支援者や友人がいますよね。不完全な心身で取材を受ける暇があるなら、あなたを信じている人たちに窮状を訴えて、サポートしてもらうべきです。
 自分の努力だけでは限界があります。定期的に面会して、あなたの変化を察し、アドバイスしてくれる友人を大切にしたほうが、絶対あなたの為になります。親身になって尽くしてくれる人の存在は宝ですよ。

 拘禁者と傷口を舐め合うような文通や、損得勘定をして付き合う記者との交流に重きを置いていると、きっと後悔する日がくるでしょう。そういう人たちは、いつか離れていきます。その時にあなたが感じる孤独や失望を考えると、同じ判決を受け上告中という立場の私は、あなたに声を掛けずにはいられないのです。
 見下しているとは捉えないで下さい。私もまだまだ成長段階で偉そうなことは言えません。支援者に叱られたり注意を受けることもよくあるし、納得できないことは徹底的に議論します。お互いに相手のことを丸ごと受け入れる心構えと信頼関係があるから、どんなことでも話します。彼らとの交流によって、気付かされること、学ぶことがたくさんあります。私たちのような立場の被告人にとって大切なのは、こういう人の存在だと、私は確信しています。

 もし、あなたに親友がいなければ、現在交流を持っている人の中からブログを開設してくれる協力者を選び、そこから同志を増やせば良いのです。

 あなたは、私のことを「知ってる」とか「気持ちもすごくわかる」と言っていますが、私はあなたのことを知らないし、わかりません。塀の外にいる人よりは多少想像ができるだけです。あなたも私の苦労を知ってるはずがないし、わかるわけがない。
 あなたの言葉は軽く、行動は体当たりで安売りし過ぎです。被告人としてその在り方は、心身をすり減らすだけだろうと案じています。あなたに元気を与えてくれる人、知見を広げてくれる人と仲良くなれたら、余裕と自信がついて冷静に対処できるようになりますよ。

 今は上告趣意書作成の真っ只中ですよね。あなたの弁護人が誰か知りませんが、国選なら、地方で暮らすあなたは2審までのような頻度で弁護士と接見する機会はないでしょう。その状態はとても心細いと思います。
 だからこそ、直接会える真の味方を作るべきなのです。あなたが会いたい、と思った時に駆け付けてくれる人がいるだけで、心穏やかに生活できますよ。その相手を報道関係者に求めるのはとても危ないと思います。無償で友情から尽くしてくれる人を選んだ方が安全です。
 誤解なきよう記しておきますが、私が交流のある2人の女性記者は大変優秀で心やさしく、尊敬に値する人物です。

 あなたのことを心の底から想い、応援してくれる運命の人と、ブログを通じて出会えるかもしれませんよ。私はブログを通じてかけがえのない人と巡り合えたからこそ、お勧めします。
 あなたとブログ仲間になれたら嬉しいです。

201481日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on August 16, 2014.

 3月の控訴審判決から今まで40本近いブログ原稿を書いてきました。すべてが公開されるまでには少し時間がかかりそうなので、近況報告をします。

 これまでは支援者を通じてHP作成業者に報酬を支払い、タイプ(手書き原稿からワープロでの文字起こし)と更新を依頼してきました。これからは、純粋な支援者のみで運営します。業者がタイプした誤入力の多い過去記事も校正しました。

 私は、いくつかの支援チームを持っています。このブログの運営管理と「木嶋佳苗チャンネル」の制作と生活支援は、それぞれ別のチームが行っています。ブログは、刑事事件や死刑制度、人権の諸問題を提起し、塀の中の出来事を記録として残すことが趣旨です。コメント欄を開放するかは検討中ですが、双方向的なものにしたいと思っています。

 現在私は、拘置所の処遇を調べながら、被告人にとって理想の支援体制を模索しています。東京拘置所で生活したことのある方や現在収容されている人の支援をしている方、特に死刑確定者と外部交通権を持ち交流なさっている方から経験談を教えて頂けると嬉しいです。プライバシーに関わる情報は必ず秘匿いたします。
 支援チームに女性が1人もいないことで情報が偏りがちなのと、男性とのエピソードばかりになってしまうことから、女性メンバーもほしいなぁと思っている今日この頃です。

 6月に上告審の弁護人が3名選任され、趣意書を作成中。7月からは冷房が作動し、バニラアイスとかき氷が注文できるようになり、夏気分を満喫しています。
 この4ヶ月間は辛く悲しいことがたくさんありました。そんな時も、私を励まし、勇気づけ、笑わせてくれた支援チームの彼らを、私は敬愛しています。

 塀があっても、ここまで心のつながりを持てることを、その道程を綴っていきたいと思います。彼らの優しい想いに、行動に、私はいつも感動します。そして、たまに泣かされます。明日はきっと今日よりもっと幸せだろうと思える日々を送らせてもらっていることに感謝しています。

20147月21日記

 「年上のおじさま」を名乗る第三者によって、4月に書き込みがなされました。私や管理人が指示したことはなく、ログインすることも出来ず、記事の更新や削除が不可能な事態が続いておりました。
 4月に書き込まれた記事の内容は、事実ではありません。どのような経路でパスワードが漏洩し、誰が何の意図で虚偽の書き込みをしたのかは判明しています。4月の閉鎖告知記事により、読者の皆様に誤解を与え、ご心配をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

 3月の控訴審判決以降もブログ原稿は書き続けており、不正アクセス犯とのやりとりも記しています。
 6月からドワンゴの「木嶋佳苗チャンネル」で自伝小説の連載を始めました。ブログも配信しますので、そちらも読んで頂けると嬉しいです。
 これまでの記事は、読み易く整えてアップデートし直しました。こちらでも近況をお伝えする予定です。これからもどうぞよろしくお願いします。

201478日記

 私がいるフロアの受刑者は、第2・第4木曜日は矯正指導日となっており、作業をしない。その代わり、課題が与えられるのだ。埼玉も同じだった。午前中に作文、午後はワークシートでお勉強。

 この作文には、毎回テーマが決められている。本日は「我慢することについて」。前回は「自分の修正すべきところ」。その前は「出会いについて」。さかのぼると「春の思い出」「卒業について」「人を頼りにすることについて」というタイトルで書くよう指示されていた。なかなか考えさせられるお題である。

 しかし、こんな作文書かせてしんみりさせるより、第4木曜は朝日新聞の論壇時評を読ませた方がよっぽど為になると思うなァ。今日の高橋源一郎さんのお写真も素敵だった。還暦過ぎて、デニムが似合うってカッコイイ!
 ロマンスグレーの無造作ヘアー。メガネの奥の優しい眼差し。木漏れ日と陰影の中で、柔らかいのに存在感のある佇まいでこちらを見つめている高橋さんに癒されます。彼の選ぶ言葉が心に染みます。

 早く来月の第4木曜にならないかなァ。

2014529日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 パパ軍団のチームワークがやたら凄いのはなぜだろうと以前から気になっていた。具体的に実感するのは、差し入れがダブらないこと。おじさま軍団と何が違うのか気になり、支援メンバー間の連絡方法を訊いてみた。

 LINEのグループ機能を利用して、拘置所窓口や郵送で差し入れた物を伝え合っているということを手紙で知った。2009年からスーパーアナログ生活をしている私にとって、TwitterLINEは使ったことも見たこともないものである。
 未だに携帯電話を愛用しているおじさまとスマートフォンのパパとの違いが、初めてあらわになった。何てったって、おじさまの連絡手段はガラケーとFAXだから。時代はデジタル社会、ソーシャルメディア全盛、何事も合理化し効率性重視になっているらしい。勾留の身にある者を支援する人たちも、SNSを上手に利用している方が役立つのが現実です。スマホを板チョコ呼ばわりしていたパパが、LINEを使いこなしているとは意外だった。

 ある日、40代の彼がパパのLINE使いについて「既読の2文字しか打たないんだぜ」と苦笑いして言った。私は「律儀ねぇ」と感心した。
「え!?ここは笑うところだけど・・・」
「え?何が?パパは、メッセージを読みましたよーって返信してくるわけでしょう?」
「いや、そうなんだけど、既読マークって読めば自動的に表示されるわけ」
「えっ!そうなの!?知らなかった・・・『既読』ってメッセージを返信しないと既読スルーって言われると思ってたわ」
「・・・ちなみにずっと気になってたんだけどLINEのイントネーションも間違ってるからね。下がるんじゃなくて上がるの」
「え?英語のアクセントと違うの?」
LINE株式会社って日本の企業だから」
「椿や牡丹じゃなくてスミレや桜ってこと?」
「は?」
「イントネーションよ」
「あぁ、スミレ、サクラ、うんそうだね。佳苗さん、Twitterもアメリカンみたいなイントネーションで言うけど、違うからね」
「え~!?五葉松と一緒じゃないの?正しいツイッター教えて」
「ツイッター」
「サツマイモかぁ」
「サツマイモ・・・まぁそうだね」
「ボールペンと同じだ。ツイッター。ふうん。いいこと教わっちゃった。ありがとう。グループの会話って情報漏洩対策は万全なの?知らない人が覗けないようになってる?」
「うん。大丈夫だよ。心配いらない」
「チームのメンバーが一斉にオンラインで会話できるなんてチャットみたいだね」
LINEって無料チャットアプリだから・・・」彼の顔が引きつっていたのが忘れられません。
 私は、アナログ人間のおじさまを笑えなくなってまいりました。

2014528日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 1月の給食アンケート調査と新聞閲覧に関するアンケート調査に続き、ラジオ放送のアンケート用紙が配布された。今までのアンケートは希望者のみ用紙をもらうスタイルだったが、今回は全員に配っていた。
 新聞アンケートは、購入新聞紙の選定の参考とするための調査で、日刊通常新聞は5紙(読売・朝日・日本経済・毎日・産経)、日刊特別新聞も5紙(日刊スポーツ・スポーツニッポン・サンケイスポーツ・スポーツ報知・デイリースポーツ)から選ぶというものだった。結果的に現在東京拘置所では、読売・朝日・日経・日刊スポーツ・スポニチから購読できる。

 ラジオのアンケートには、「今後のラジオ放送の番組表作成の参考とするための調査です。放送している38番組の中から聴きたい番組について○(まる)を、3番組以内で選び記入してください。」と書かれてあった。漢字のすべてにルビが振ってある。この文章に振り仮名が必要ということは、被収容者の識字率が低いのだろうか・・・
 それはともかく、私は東京拘置所のラジオ放送には常々不満を抱いていた。1週間に38番組って多過ぎでしょうよ。埼玉は9割方NHK1と地元密着のFMNACK5。毎日同じ時間に同じ帯番組が放送されていた。録音は一切なし。すべて生。私の裁判報道もそのまま流れた。

 東拘は、ワイド番組を最初から最後まで聴かせない。2時間のワイド番組を1時間ずつ別の局の番組に切り替えるっておかしいでしょ。しかも毎日違う帯番組を放送するという奇妙な構成。
 昼の1150分~1210分までは、録音・検閲された朝7時のNHKニュースが流れ、夜650分~75分には正午のニュースが突然流される。これも気に入らない。

 午前10時から30分間、NHKの歌謡スクランブルが流れる。これは前日の1時から放送された録音で、1時間番組の前半だけが流されるのだ。私はこれが鬱陶しくてたまらず、日中はラジオのヴォリュームコントローラーをOFFにしています。拘置所ではラジオで時間を確認する人が多いけれど、私は時計が見れるので、その点はラジオを切っても不自由しないのです。

 午後3時にも突然30分だけ、なぜかここは生放送が流れる。もちろん帯のワイド番組だ。夜の7時のいま、昼のニュースが流れておる。5分からTOKYO FMの「タイムライン」に切り替わる。最初の5分が聴けない。8時になると、ロックミュージックの「AOR」。この枠は先日までJ-WAVEの「ジャムザワールド」だった。1時間50分の番組なのに、9時には就寝の音楽に切り替わり、もやもやした。

 夏場所で白鵬が29度目の優勝を飾った。昨日までは5時~6時まで大相撲中継だった。場所中は毎日放送される。埼玉は開幕から14日間5時半~6時まで、千秋楽だけ5時から放送された。今日のアンケートで「大相撲の放送時間について、1つ選んでください」という設問に①午後5時から午後6時まで②午後5時半から午後6時まで③特になし、と選択肢があったので、埼玉では②の人が多かったのかもしれない。東京は①が多いのだろう。
 「週に何回プロ野球放送を聴きたいですか」という問いもあった。「何時から何時まで聴きたいですか」「好きな球団名を1つ記入してください」なんて細やかに尋ねてきた。「スポーツに関する主要な大会の放送で聴きたい番組を選択してください」というのもあった。オリンピック、ワールドカップ、日本シリーズ、マラソンなんてラジオで聴きたいかしらねぇ。試合途中で切り替わるのに。
 スポーツ番組に関して、特に女子は「全く聴きたくない」にチェックする人が多いのだけど、なにせ男子が9割の施設だからその意見が反映されることはないんだな。

 「現在放送している『番組予告』は必要ですか」という質問もあった。埼玉は番組表が紙で配布されていた。通常と大相撲とプロ野球シーズンの3パターン。ラジオ局の番組改編がない限り年中同じ。東拘は、毎日若い男性職員の声で「この後の放送番組をお知らせします」とアナウンスがあるのです。それほど放送内容がコロコロ変わるわけ。
 アンケート用紙には「現在、電波状況等の都合により、当所において放送しているラジオ局は、AM局:NHK1TBSラジオ、文化放送、FM局:NHK FM、東京FMJ-WAVEbay FMFM横浜、NACK5Inter FM10局となっています。」と書かれていたけれど、本当に満遍なく10局の番組が放送されるのです。落ち着かないよ!音楽中心のFMばかりじゃ疲れるわよ。

 放送全般についての要望、意見、感想、番組のリクエストなどを記入する自由筆記欄があった。ここは私と同じ不満を持っている小菅ヒルズの住人が記載してくれることを願いつつ、私はTBSラジオのお気に入り番組に3つ○(まる)をつけて提出した。しかし、TBSラジオって何でこうも面白いんだろう。

2014526日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 死刑廃止国際条約の批准を求める「FORUM90」の会報誌VOL.13512日に拘置所に届き、閲覧に支障があると認められた部分について抹消又は削除することの同意を求められ、了承したものが23日に交付された。
 何の記事が抹消されたのか気になってページを繰ると、それはこのところ黒塗り続きの画像と同じものらしいとわかった。

 その画像が初めて抹消されたのは、1年前から講談社のサラリーマン向け週刊誌の「死ぬまでセックス」に競うごとく「死ぬほどSEX」と特集合戦している小学館の雑誌の314日号に掲載された記事だった。セックス描写じゃありませんよ。人権団体の会報誌にも載っているんですから。
 それは、大阪弁護士会のプロジェクトチームが1月に製作した2459秒のDVD。法律監修・永田憲史、法医学監修・ヴァルテル・ラブル。このDVDは大手マスコミの司法担当者や弁護士を対象に1度上映されたのだが、一般市民が自由に閲覧できる状態にはなっていなかった。ところが、フォーラム90主催で524日、文京区民センターにて初公開されるという告知が載っていた。その内容が黒塗りされての交付となった。このDVD画像は、どの資料でも抹消されるので検閲の要注意リストに入っていると思われます。

 さて本題に入りましょう。「死刑に直面する人たちとの交流を考えている皆さんへ。
 面会・文通を希望されている方(未決囚)を紹介します」という記事が気になっている。3月に福島みずほ参議院議員が、死刑判決が確定していない人たち20数名(12審で死刑判決を受け上訴中の方、2審で無期に減刑となりながら、なお検察により死刑を求め上告されている人を含む)にアンケートを取ったという。

 あっ!私にも届いた記憶がある。この極めて少ない母数に自分が入っているとは感慨深いが、国会議員宛のアンケートも一般の発信枠に入るので私は送る余裕がなかった。
 このアンケートで「被収容者の皆さんとの面会や文通などのボランティア活動を志す方々との交流について希望しますか」という問いに「希望します」と答えた人が何人もいたという。そこで「こうした交流の活動に参加を希望される方はいませんか。未決囚の方をご紹介したいと思います。」と、面会や文通相手の募集をしているわけです。

 「相手の方々は、まさに命のかかった裁判中なわけですから、事件についての立ち入った質問や、交流の内容をマスコミやブログなどに流すようなことは控えるなど、良識の範囲内で責任を負っていただかねばなりません」とあり、これは難しいよなぁと思った。

 死刑判決を下される裁判は、メディアで報道され、ネットでも話題になった事件ばかりである。その当事者の被告人との交流を内緒でするって結構な覚悟がいりますよ。家族や友人、支援者に恵まれている被告人はボランティアとの交流は希望しないだろうから、要するに孤独で暇な人が付き合ってくれる相手を求めているわけでしょう。

 私が懸念するのは、刺激のない寂しい日々を送っている被告人が、外部との交流によって傷つくことも増えるのではないかということ。勾留されている人間は、外部の人との接触や情報やモノに一喜一憂するものです。外部から入ってくるものが増えるほど、心を揺さぶられるのです。喜びや嬉しさにつながるものなら良いですが、困惑や不安、辛さや悲しみで心が乱されることもあります。

 そうした心理をわかった上で責任を持って関われる人がどれだけいるだろう。立ち入った質問ができない制約の中で交わす会話は虚しくないのだろうか。友情でも契約でもない関係で、どこまで深く長く付き合えるのだろう。その交流は楽しく実りあるものになるのだろうか。

 個人的に関心や好意のある人としか交流していない私でさえ、面倒なことがたびたび起こる。返信や面会の頻度だったり、些細な行き違いだったり・・・相手が好意を持ってくれている支援者だから私は甘えてしまうけれど、これがボランティア相手なら遠慮して言えないことも多いだろうなと思う。レンタルフレンドのような刹那的なものじゃなく、ぬくもりのある間柄になれたら、きっと被告人は生きる勇気が湧くでしょうし、ボランティアの人が被告人から学ぶこと、気付かされることも多いはず。死刑問題を考える契機にもなるでしょう。

 文通相手の方は、是非手紙に記念切手を同封してあげてほしい。美しい切手の効用は絶大です。東京拘置所に限って言えば、差入屋で扱っている便箋は自弁購入品より質が高いので封筒と一緒に差し入れてあげると喜ばれます。書き心地が全然違うから。ペンの滑りが良いので、手が疲れにくい。見た目も手触りも高級感があって気分が上がります。

 手紙に励まされることは事実ですが、可能であれば是非にも拘置所まで足を運んであげてほしい。面会より元気を与えられるものはありません。直接会わないとわからないことがきっとあるはず。拘置所の雰囲気、職員の活動、被告人の顔色、服装、話し方、佇まい。会わなければ決して感じることのできないものが得られます。被告人にとっても長文の手紙より、たった15分の面会で幸福な世界へさらってゆかれることがあるものです。手紙のフォローがあってのことですが、向かい合って話す時間はとても大切。
 拘置所まで来たなら、あなたが寄るべきは差入屋。相手が喜びそうなものを見繕ってあげましょう。2人の距離がぐっと縮まります。あなたのセンスや想いも伝わります。

 今日、季節限定の果物「甘夏みかん」の最終交付日だった。来週からはオレンジになるらしい。季節感のある差し入れは記憶に残ります。年下の彼に、「今の季節は甘夏なんだよ~」って伝えたら、郵便局のふるさと小包のパンフレットが1枚送られてきました。香川県産甘夏みかん、贈答用10 kg7900円。意図がわかりません。

 そして彼は面会に来て、私から「まさかゆうパックのギフトで甘夏の差し入れができるなんて思ってないわよね?あのパンフレットはどういうつもりなの?」と詰問され、それに気が動転したのか売店で甘夏を買い忘れて帰った。そのことを私からこてんぱんにとっちめられ、お気の毒でした。
 「私が今年甘夏を手に入れるチャンスは23日が最後だったのよッ。外で自由にお買い物できる人にはこの切なさがわからないのねッ。甘夏の差し入れを忘れるなんてひどいわッ」と散々文句を言ったわけです。まぁ、このくらい気心の知れた関係になるのが理想では、と書いたところで、彼と全然気心が通じ合っていないことに気付いてしまいました。

 これほど、塀の中と外にいる人とのコミュニケーションは難しいのです!

2014523日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 ブログを始めてから、サポートスタッフになりたいという申し出が増えました。私はまだ、そういう人を支援チームに加えたことがありません。
 4月の不正アクセスによる書き込み被害を受けて、選考基準を明確にすべきだと思うようになりました。私の直感で選んだ人から広がっていったチームなので、改めて言葉にするのは案外難しいものです。

 私はメンバーと個別に手紙や面会で交流を深め、その人の得意分野を活かし、他の人に弱みを補ってもらうよう複数の人たちでサポート体制を組み立てている。それぞれの得手不得手を分析し、仕事や私生活の予定を聞き、スケジュールを立てるのも私の役目。面会スケジュールの打ち合わせは、主に電報でやりとりしてます。

 現在私の支援チームは30代から60代の男性のみで構成されています。彼らは多様な価値観を持っており、利害調整は結構大変です。彼らは私への関心と理解と共感を持ち、私を支えるという1点の理念でつながっています。チームのパフォーマンスを上げるために、女性メンバーもほしいのですが今のところ残念ながら適格者が見当たりません。

 有名事件の被告人や確定者には支援会があり、一人でも多くの方に入ってほしいと求めているようですが、私は自分が直接交流できる範囲の人たちで構成することにこだわっています。ですから必然的に、拘置所での面会が可能な平日の日中に小菅まで来訪できることが条件になります。
 少数精鋭なので一人にかかる負担は、他の支援会に比べると大きいでしょう。約束を守れる人、責任感のある人、私の表現活動に賛同し力添えしてくださる人であれば、年齢や性別は問いません。
 誰でも歓迎するわけではありませんが、条件を満たし、私と相性が良ければ、いつでも受け入れます。私は、裁判員裁判と死刑制度を含む日本の刑事司法の在り方と拘置所の処遇、そして理想的な支援について塀の中から世間の人たちに向けて発信したいと思っております。

 高飛車なようですが、チーム内の秘密保持と結束の堅さを第一に考えていますので、支援者を選抜することについてはご了承ください。Eメールでの申し出には応じません。正式なメンバーと認められるまでには、いくつかの関門があります。
 必要なのは、想像力と熱意とコミュニケーション能力です。現メンバーがそれらをすべて兼ね備えているかって?そうじゃないから私は困っているんですッ!けれど「運は一瞬、ご縁は一生」って聞きますからね。コミュ障気味の彼らとのんびりやってます。
 こうして私が愚痴を書いても、誰ひとり、俺のことじゃないと思っているのだろうとわかってしまうのが悲しいところですが、読者の皆様とも、ご縁を大切にさせて頂けますと喜びます。(島根風)

2014520日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 留置場では「植物物語」という固形石鹸しか売っていなかった。埼玉の拘置所に移り、薬用石鹸ミューズと牛乳石鹸の無添加せっけんも買えるようになった。東京では「牛乳石鹸、よい石鹸」でおなじみ昭和3年発売の赤箱と青箱しか売っていない。赤が108円、青が86円なので、私は赤箱を買っている。なぜか知らないが、東拘では箱から出して交付されるので、説明書きが読めないのです。赤と青の違いは未だに謎。

 私の場合、下着とタオルハンカチを洗うのは香りの良い化粧石鹸を使っているが、洗濯用として埼玉ではミヨシマルセル、東京ではカネヨの「あおかく」という植物性、無香料、純石けん分98%の固形石鹸が売られている。私はこのあおかくを掃除と食器洗い用に買っている。拘置所が支給する液体洗剤は薄過ぎて役に立たないんです。しかも埼玉はなくなれば補充してくれたのに、東京は月末に1度だけと決まっている。この洗剤の質と量で、13度の食器洗いがきちんと出来るとは思えません。

 差し入れではラックスの化粧石けんが売っている。その名も「ビューティーソープ」。フレッシュフローラルの香り。成分に「ラベンダー花エキス」と書かれてあるこの石鹸の芳香は、アロマセラピーになってます。男女問わず、石鹸の差し入れは喜ばれると思うなぁ。

 そう言えば佐藤優さんは「化粧石鹸については、市販の石鹸よりも泡立ちがよく、手に優しい。使い残しを保釈のさいに持ち帰ろうとしたが、官給品なので認められないということで、あきらめた。」と書いていた。ん~これはどうかなぁ。拘置所で支給する石鹸は刑務所製なのだけど、御世辞にも質は良くない。

 刑務所の文化祭では、粉石けんが人気商品だと埼玉で聞いたことがある。埼玉では横浜刑務所製が使われていたけれど、麗子さんは「刑務所で作る物なんて安いだけよ」と言っていた。私は埼玉で掃除用に官給品の化粧石鹸を貰っていたけれど、これで顔や体を洗っていたら肌はボロボロになるに違いない、と思ったものです。
 麗子さんが私に官物の石鹸をくれるようになったのは、私が大量に石鹸を消費するのを見兼ねて「あなた、よくお掃除しているからこれ使っていいわよ」と言い、白い化粧石鹸を渡してくれたのがきっかけ。東京にいる今よりいっぱい使っていたからびっくりしたみたい。私が申し訳なく思っていたら「釈放や移送になった人が使っていた残り物がたくさんあるんだけど、これを使ってくれると助かるわ。遠慮しなくていいのよ、刑務所で作ってる物なんだから」と言われ、色んな形の石鹸をたくさんもらうことになったのです。
 こういう事は職員の胸三寸で決まるから、快適な拘置所ライフを送るには、職員との良好な関係の構築と維持にかかっていると言っても過言ではありません。仲良くなり過ぎると事故に繋がるので、適切な距離感を保つ匙加減が大切です。
 よく考えると、12年の11月に差し入れ請け負い業者が矯正協会から民間企業になり、ミヨシマルセルから東邦ウタマロ石鹸に変更されたことを思い出した。ウタマロは買う必要がなかったので値段は記録してないが、ミヨシマルセルは150円だった。あおかくは143円也。

 東京拘置所では、私物のない人に対し2週間ごとに半分の石鹸が支給されている。1個を半分に割るのはケーリさんの仕事。新聞紙を広げて、廊下で石鹸を切っている姿を見てびっくりしたことがある。結構な力仕事です。生のカボチャを包丁で切る感じで力を込めて大変そうだった。グレーの洗濯用石鹸と白い化粧石鹸を半分ずつ渡され、たとえ使い切っても2週間経過しないと新しい物は渡されない。私はこれを人権問題だと思っている。1ヶ月に1個の石鹸で清潔に保てるだろうか。官給品が市販の物より良質と感じるかはともかく、男性だって手や体を石鹸で洗うでしょう。月に1個じゃ足りないわよね?

 ちなみに自弁だと化粧石鹸は月に8個、洗濯石鹸は4個まで買える。差し入れは1度に2個まで。月に10個の石鹸を使う私はおかしいのだろうか。巷では、石鹸やシャンプーを使わないタモリ式が注目されているらしいけど、毎日ゆっくり入浴できるとしても手足や陰部には石鹸が必要ですよ。

 液体洗剤や液体ソープを使っている世間の人には、生活の全てを固形石鹸で取り計らうことが想像しにくいのかもしれない。拘置所の処遇を、こうした細かい事から改善していこうと考える人はいないのでしょうか。石鹸、ちり紙、寝具。まずはそこから。

2014514日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 東京拘置所には給湯サービスがある。佐藤優さんの「獄中記」にはコーヒーの匂いが漂っているのだが、彼の時代はUCCザ・ブレンド117というカップが2つ付いたインスタントコーヒーが売られていたらしい。現在は40本入りのスティックタイプのものが660円で売られている。私は1度も買ったことはないが、よく売れている。クリープスティックは254円、スティックシュガーは113円、パルスイートが540円の別売り。

 私が愛飲しているのは、ココア。週に1度、10個まで注文できる。1個に紙カップが2つ付いているので、1週間に20杯飲める。けれど、給湯サービスは平日に10時と3時の2回、土日は10時だけ、いずれも一杯分と決まっているので温かいココアはMAXで週に12杯しか飲めないのだ。8杯分は牛乳を買って濃厚な冷たいココアを作っている。
 牛乳は週に30本まで買うことができる。牛乳券というチケットが交付され、朝にチケットを提出すると2日後の昼に冷蔵庫から出したての冷えた牛乳が届けられるというシステムです。明治の北海道牛乳。生乳100%使用成分無調整の常温保存可能品。1200 ml139 kcal51日に届いた牛乳の賞味期限は66日だった。

 ココアは森永ミルクココア。24gのココアパウダー2袋とマドラー2本付きで162円。1杯95 kcal。「120 ml熱湯を注ぎ、よくかき混ぜてください。」と書かれている。「おいしい飲み方」として「カップに1袋をいれ点線を目安に熱湯を注ぎ、よくかき混ぜてください。」とも書いてある。
 しかし、ケーリさんは明らかに点線を超えた量の熱湯を電気ポットから注ぐのだ。120 mlどころか180 mlは入れてるね。この紙カップに200 mlの牛乳が余裕で入ることから容量は大体わかる。

 薄いココアってまずいでしょう。そもそもお湯でココアを作るということ自体信じられないのだが、それはともかく自分で買った物なんだから美味しく飲みたいのに、ケーリさんに文句言うのも気が引けて、我慢しているこのストレスが悩みだった。ところが追い討ちをかけてココアの悩みが増えてしまった。森永ミルクココアが生産中止になり、UCC泡立つミルクココアに商品変更が決まったのだ。

 消費税増税でどの商品も軒並み値上がりする中で、131円という今までより30円以上安い価格設定。嫌な予感はしたけれど初回受付の57日に注文したものが今日12日に届いた。何と1袋17g入り。森永より7gも少ないよ。
 もうおわかりかと思いますが、ケーリさんは24gの時と同じ勢いで熱湯を注ぐものだから、薄くて薄くて。規定量より多過ぎるから、付属の紙スプーンが沈没してかき混ぜられないし。
 これはもう全て牛乳で作るべきか・・・勇気を出して「お湯少なめで」って言うべきか・・・というのが今の悩み。しかしお湯で飲むことを前提に作られた調整ココアだから、牛乳で溶かすとくどいんですよね。温かい飲み物の方がほっとするし。

 給湯の仕方は、高さ6 cmの幅広な黄色いプラスティックのコップを差し出され、その中に私がココアの紙コップを入れると、ケーリさんがお湯を注いでくれる。後ろから職員が「熱いので気をつけてくださ~い」と言う。私がお礼を言い、そっと紙カップをプラスティックのコップから取り出す。そしてマドラーでよくかき混ぜて、飲む。
 森永のカップは高さ9 cmで湯量の目安は6.5 cmに対し、UCC8 cmのカップに5 cmが適量ラインとなっています。ちなみに白湯を飲みたい、と言ってコップを差し出すのはNG。給湯は、インスタントコーヒーかココアパウダーか紅茶のティーバッグを買っている人だけが対象のサービスです。

 1杯の温かいコーヒーがいかに囚人の心情を左右するか、佐藤優さんの獄中記を読むとわかるはず。「土、日はコーヒータイムが1回になってしまうのが残念である。」「午後、気分転換のリズムをうまく作ることができない。」って深く共感します。私はココアか紅茶ですが。

 佐藤さんはコーヒーを飲むたび「ほんとうにおいしい。気分が落ち着く。」「コーヒーが心身を本当にリラックスさせました。」「至福のひとときです。」「幸せでした。」「コーヒーは本当によい気分転換になります。」「コーヒーを飲むことができるだけで十分幸せである。」とおっしゃっている。
 「これもいつでも自由に飲めるのであればこれ程有り難く感じないと思います。」とわかっているところに、佐藤さんの賢く冷静な面がよく出ている。

 自弁購入する商品より差し入れ売店で扱っている物の方が良質なのだから、もしやショコラティエが売ってるレベルのココアが差入屋にあるかも!と思い、私は数人にお願いした。手紙に「今度面会に来た時、お湯に溶かして作る飲み物の粉を差し入れて。」とリクエストした。「そういうのは見当たらなかったよ」「置いとらんね」「ないみたい」などと、残念な回答が続いている。

 年下のカントリーマアム君に面会室で「忘れないでね!」と確認したら「あっ、ジュースだよね。うん、わかってる」と言われた。彼にとってココアや紅茶はジュースなのかなぁ・・・と思いつつ「じゃ、またね」とお別れした。

 届いた差し入れは「ふりかけ」。全然わかってないし。ふりかけは飲み物じゃないでしょ!

2014512日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 東京拘置所では、食事にパンが出るのは大抵土曜日の昼と決まっている。平成26年に初めてパン食が出たのは111日の昼だった。拘置所はどんな書類にも元号で記すことを強要するので、プライベートな文章では西暦を使うようにしているのだが、つい習慣で平成と書いてしまった・・・私はどんな原稿も一筆書きと決めているのでこのまま進めます。

 平成25年はブログの構想がなかったから記録していない。私は日記にも献立は書いていないので定かではないけれど、パン食は概ね土曜の昼だった。

 26年は510日現在、パン食が出たのは17回。そのうち、土曜の昼食だったのは15回。222日は、土曜の夕食にパンが出たのを今日まで忘れていた。確か去年の10月に、土曜ではなく日曜の昼食で11月には何度か日曜の夕食にパンが出てびっくりした記憶がある。その時の、土曜の昼のがっかり感といったらなかった。コッペパンを期待していた時に出された丼いっぱいのご飯に全く食欲が湧かずどんよりした。この気持ち、東拘収容者ならわかるんじゃないかナァ。

 510日の昼食に米飯が出た。この原稿、10日の夜に書いているのだが、ショックでどんなおかずが出たか覚えていない。あぁ、パンは明日の昼か夕に出るんだな、この暗い気持ちをアゲよう!と3時に石神さんの紅ずわいかに缶を開けてもらい、ジップロックコンテナに移して夕食を待った。カニの混ぜご飯を作ろうと思ったわけです。

 16時に夕食の配当が始まった。何とパン!カニご飯の予定を変更し、クリームシチューに一缶分のずわい蟹の身を投入。まぁ、美味しかったけれども。脳内イメージはカニの釜飯だったから、何か複雑な心境です。埼玉のように献立表を配布してくれると、こんなモヤモヤしなくて済むのにナァ。

 土曜の昼に「パンじゃないんですか?」って質問していた人が多数いた。やっぱり同じ不満を抱いているんだ。職員は「たまにズレることがあるのよ~」って答えていたけれども。

 東京拘置所の献立を作っている人に、この問題について是非考えて頂きたい。土曜の昼食にパンが出ない切なさについて。ついでにパン食の頻度の少なさについても考えて!改善して!熱望しています。

2014510日記

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 石神さんが出張帰りに面会に来てくれた。GW前から約束していた予定だったので、待ち遠しくてたまらなかった。石神さんは、支援チームメンバーの中で私が唯一異性として意識している人です。とても好き。心から信頼しています。
 彼は一審の裁判員裁判を傍聴し、その後の成り行きをずっと気に掛けて下さっていました。支援者に対し異性としての感情を持ってしまったのは、私の弱さです。そのことで、チームの輪を乱すことになり自己嫌悪に陥りましたが、呆れつつもサポートし続けてくれる彼らに感謝しています。

 「石神さん」はニックネームです。東野圭吾さんの小説に登場する数学教師の名前。2年前、「貴女の石神になります」と言う手紙が届いた。私は新興宗教の勧誘だろうと思っていた。東京高裁の待合室で偶然手にした「容疑者Xの献身」を読み、震えた。

 「人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。」

 こういうこと、現実にあるんです・・・「関われるだけでも幸せ」と思ってくれる人がいるんです・・・勿論、私の石神さんは正当な手段で関わっております、念の為。控訴棄却後、「本当に、身代わりが可能ならば、男性の私が代わってあげたい」と言って下さり、じーんと胸に迫りましてね。青木理さんに冷たくあしらわれ、支援者たちからもお説教され、落ち込んでいた時だったから余計に石神さんの言葉が嬉しくて。

 ブログの移行は彼が尽力してくれました。ちなみに「GENIUS」を買ってくれた年上の彼は石神さんです。ライブドアブログ読者に私から連絡したのは、アメリカ人のスー(*仮名)さんただ1人。彼も、こちらのブログ制作に協力して下さることになりました。東京とアメリカ在住の支援者が連携して発信する新バージョンの拘置所日記は、完成度の高いものになると思います。

 カントリーマアム君がチョコパイとキットカットを差し入れてくれた。キットカットが「カカオ感アップ!」したらしいけど、わからないなぁ。憲法記念日の特食にチョコパイが1個出たのですが、差し入れだと9個入りのParty Packが届くので、凄く贅沢な気分になります。みどりの日には白玉入りのお汁粉、こどもの日には柏餅、振り替え休日にはさつまいもと栗のタルトが出て、祝祭日は甘い物で寂しさを紛らわせろという官の魂胆がうかがわれます。
 石神さんが買ってくれた金色に輝く牛肉大和煮缶と蟹缶がやけに豪華で拝みたくなる美しさ。缶詰と言えば、カントリーマアム君、相変わらずサンヨーのパインアップル缶を買ってくれたよ。

 私はスーさんにまで「カントリーマアムの差し入れを佳苗さんが断るときの表現がオブラートに包み過ぎて非常にわかりにくいです。優しい年下の彼はきっと『佳苗さんは色々な理由でカントリーマアムが好きだけれども、他のも一緒に食べてみたいんだ!』と解釈します。当然でしょう。」と海の向こうから駄目出しされました。何とライブドアブログでコメント数が一番多かった記事が「カントリーマアム」でして、まさか読者にこんな曲解をされるとは思ってもみませんで。びっくりしました。カントリーマアム君の差し入れについては文句言わないよう努力しています。パインも美味しいし、チョコレートのお菓子も好きだし。

 そうそう、石神さんが変わったものを選んでくれた。小麦のパフを水飴ときな粉ともち米の衣で包み砂糖をまぶした「手づくり五家宝」という和菓子。熱いお茶にぴったり。石神さんは、ビスケット好きの私にオレオを買って下さり好感度が更にアップ!オレオにストロベリークリームバージョンがあるなんて知らなかった。オレオと言えば、ビターなチョコ風味のクッキーに白いクリームが挟んであるものとばかり思っておりました。オレオって去年の春に発売から100年を迎えた20世紀で1番売れたクッキーで、日本では発売から26年。あれは私が中学時代のことでした。当時私が毎日OREOを食べて太ったのはアメリカのせいだとスーさん宛の手紙に書いていたら、スーさんからのエアメールが届いた。消印の違う4通が同時に交付。何このオーバーペースは。

 「佳苗さんにとって私が運命の人かどうか、佳苗さんの心の中を覗く深層心理テストを行って占ってみましょう。」手紙で勝手に占い出しちゃったよ。この人、なにせ科学者だからちょっと変わってる。
 「佳苗さんは、私から初めて手紙を受け取った時のことを覚えていますか?その時佳苗さんは、私の姿が瞼にパッと浮かんできたはずです。ある素敵な音楽と共に・・・その音楽を覚えていますか?」いや~姿も音楽も全然心当たりないんですけど。

 「心に響く素敵な音楽です!よーく考えて思い出してください。えっ?ベートーベンの第九!? 違います!もっと素敵な心暖まる音楽です。目をつむって瞑想し、心を落ち着けて、よーく思い出してください(大事です!!)。佳苗さんの心に響いた運命の音楽とは如何に!?」もう何が何だかわかりません。

 「呼ばれて飛び出て、ジャ・ジャ・ジャ・ジャ-ン!!

 「佳苗さんが聴いたのはこの音楽でしたよね?この後私が現れたんですよね?心暖まる音楽ですねぇ!って言われても・・・私は拘置所でこんなアメリカ人に絡まれて幸福に過ごしています。

201457日記

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 年下の彼と年上の彼が2人で面会に来た2日の夜、アナウンスが流れた。「冬季処遇として実施していた毛布の膝掛けについては、57日から使用できなくなりますので注意してください」
 東京拘置所の冬季処遇期間長過ぎじゃない?空調のある施設で春に膝掛けなんて必要ないのに。ところが5月になっても毛布を膝掛けに使っている人がいるのだ。なぜわかるのかと言うと、職員から「食事中は膝掛けはずしてね~」「毛布は体に巻いちゃダメよ~、膝に掛けるだけにしてね~」と注意されているのが聞こえるから。
食事するときに寝具の毛布を膝に掛けるって不衛生だと思うんだけど、毎日必ず何人も注意されている。埼玉でも同じことを注意されている人がたくさんいた。暖房のない埼玉ならわからないでもないけれど、拘置所の規則として食事の時間は膝掛け禁止になっている。これは、貸与している毛布を汚されると困るという理由によるもので、私物の毛布を使っている人には関係ない。ところが、私物の寝具を使っている人は食事中に毛布を使わないんだなぁ。

 拘置所が貸与する毛布は製造年度が書いてあり、何年も洗わないで使い回されるんです。麻袋と安物のカーペットを重ねたようなゴワゴワした茶色い毛布は、とても使う気になれません。寝具は、埼玉と東京拘置所で貸与されている物が全く同じ刑務所製。
 私は留置場から拘置所に移った時、寝具の汚なさに驚愕し、弁護士さんに「先生!母にッ母にすぐ連絡して布団と毛布を差し入れしてほしいと伝えて下さいッ」とお願いしたもの。
 母はすぐに羽毛布団と毛布に、枕と座布団まで送ってくれた。母が女神に思えました。真新しく暖かな布団にくるまって「お母さん、ありがとう」って唱えてました。接見禁止で自分から連絡できなかったから、感謝の念を送ってました。2009年に初めて留置場で冬を迎えた折に弁護士さんから面会室で「お母さんが留置場は寒くないかと心配されてました」と言われた時も感動した。あ~母親の存在って大きいなと思いました。

 埼玉では、毎年410日前後に冬季処遇が終わった。暖房のない埼玉が東京より冬季処遇の始まりが遅く終わりが早いってどういうことだろう。東京は、1年中毛布が3枚居室にあるけれど、埼玉は季節によって13枚と増減する。天候によって毛布の引き上げ時期は変わり、2011年は59日と23日、2012年は57日と64日、2013年は57日と63日に1枚ずつ減った。それ以降、11月上旬まで毛布の所持枚数は1枚になる。私は春になると毛布は全てクリーニングに出し、タオルケットを使っていた。

 東拘は、私物でも必ず毛布かタオルケットを3枚所持しなくてはならず、立夏を目前にどうしようか検討中。真夏に毛布は視界に入るだけで暑苦しいですからね。
 しかし東拘の寝具管理はひどい。これは人権侵害になると思う。私は2013730日から東京拘置所で生活しているのだが敷布団乾燥は920日と今年の317日の2度のみ。毛布の洗濯と掛布団干しは1度もない。信じられます?9ヶ月で2回だけですよ!
 埼玉は年間通して、天気の良い日は天日に干していた。庭の鉄棒に自分で干すの。太陽の日差しでふっかふかになった布団で寝る心地よさと言ったらもう。拘置所にいること忘れちゃうくらい気持ちが良かった。あの快感から遠ざかって10ヶ月目。

 私物は一切洗濯してくれないのは仕方ないとしても、布団乾燥って留置場でさえ月に1度は必ずあったよ。警察署では、業者が電気乾燥機でするから一応清潔に保たれている。拘置所の布団の何が不潔かって、カバーがないこと。官が貸与するシーツを使っている人は、2週間に1度しか洗ってもらえないし。それなのに皆、これに甘んじている。
2年半過ごした埼玉の女区で私物の布団を使っていたのは私1人だった。担当の麗子さんに訊いたら、布団を差し入れてもらった人は記憶にない、毛布やタオルケットをクリーニングに出すのはあなただけよ、と言われた。私の感覚がおかしいの?

 東拘では布団干しをするのはケーリさんで、各居室から集めた布団を台車に重ねて運んでいるのを見ると、官物しかないんです。私物の布団は1枚もなかった。カバーもつけず年に2度しか干さず、使い古されたどう考えても不衛生な布団を使わせるって人権問題じゃありませんか?経済的な事情や差し入れを頼めない人のことを考えると、これは拘置所サイドが改善すべき問題だと思います。

 埼玉の女区での布団干しの頻度は、天候より麗子さんの気分次第でした。「毎日干してあげたいのは山々なんだけど忙しくって~」と言ってました。すっごく晴天の日に「布団干し日和ですよ」って言ったら、私の布団だけ干してくれたこともあった。私が自分で担いで庭まで運ぶんですけどね。東拘はそんなサービス精神ゼロだから、布団を買い替えるしかなくてとても不経済。
 人権団体って色々あるけど、寝具問題に取り組んでいるという話は聞いたことがない。仮就寝を含めると、平日でも14時間は布団を敷いて過ごす拘置所において、寝具の質は重要です。暖房のない埼玉は布団で暖を取るため、冬季処遇に入ると平日は17時間、休日は23時間近く布団を敷いていることが出来るのです。
 東京拘置所でもほとんどの人が、夕方の5時になると布団を敷いています。寝具問題は改善されるべきと思うのですが。

 勾留されている人間は思考力が弱ってしまうので、何が正しいことなのか、何を求めるべきかわからないことが多い。あなたの身近な人が勾留されたら、まず寝具と衣類を差し入れてあげてほしい。清潔で質の良い物を身につけることで、心身が安定します。暑さや寒さに考慮して、機能性の高い物を選んであげてほしい。

 私は否認事件の被告人でありますが、拘置所生活で人間が更生するにはどのような支援が必要か、という観点から考え、塀の外の人たちに伝えていきたいと思っています。

201452日記

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 東京拘置所で自弁購入できるパンは、全て山崎製パンのもの。食パンは「超芳醇」湯捏仕込み6枚入り。一枚163 kcal。埼玉では消費期限の4日前、東京では5日前の超芳醇が届く。3月までは205円だったが、消費税8 %の影響により4月から210円になった。栗入り高級つぶあんパンは115円から118円に、メロンパンは110円から113円、ジャム&マーガリンがサンドされたコッペパンの値段はあんパンと同じ。ソントンのジャムは一律に163円から167円に値上がりした。

 私が初めて山崎の菓子パンを食べたのは、千葉の留置場で。201012月のことだった。自弁で注文すると、週に2回近くのファミリーマートから届けられた。拘置所と違うのは食べる時間が一日30分と決められていたことだったけど、千葉ではリプトンのミルクティーも一緒に注文出来たので、この点では埼玉よりずっと良かった。

 千葉の留置管理下の女性職員たちはやけにフレンドリーで、連日朝から晩まで続く取り調べに「かわいそうねぇ。何もこんな時間まで呼び出さなくてもいいじゃないの。パンの消費期限は短いから食事のときにおやつを食べていいわよ。課長の許可はとってあるから大丈夫」と言って、居室にほとんどいない私に朝からミルクティーとメロンパンを食べるという贅沢をさせてくれました。留置場で食後にチョコレートやビスケットを食べられるなんて、まずないと思います。まぁ、警官が同情するほど苛酷な取り調べだったからですが。

 私が千葉の留置場で驚いたのは、女性警官が全員ヤマザキのパンを日常的に食べているということ。姦しい女警たちは、「そのコッペパンは超ロングセラー商品よ」「ランチパックやナイススティックも知らないの?5個入りの薄皮粒あんパンも?」「食パンと言えば山崎のダブルソフトですね」「パスコの超熟もいいけどやっぱり山崎の超芳醇よ」「山崎と言えばサンロイヤルよねぇ」という会話を私の部屋の前で延々としておった。
春のパン祭りで集めた白い皿を何枚持っているかという話に至っては、私には何のことかさっぱりわからなかった。

 流通パンに疎い私は、山崎製パンが大手メーカーという認識もなく30余年生きてきたわけですが、そんなに有名なのでしょうか。超芳醇は開封後1日しか美味しさが持ちません。2日目の味の落ち方が半端じゃないのです。これは普通なのかしら。
 塀の中ではトースターなんて利器はありませんから、焼かずに食べます。自由に物を買える人が好んで選ぶ食品を塀の中で購入できることはある意味幸せですが、トーストしないで食べられる期間は1日って短くない?

2014428日記

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 私が朝日新聞を購読している理由の半分は、毎週日曜2面に掲載されるコラム「日曜に想う」と毎月最終木曜掲載の論壇時評を読むためです。
 論壇時評を書いている高橋源一郎さんの近影をとても楽しみにしています。記事で取り上げられた本やネット情報も参考にしています。筆者が高橋さんでなくなったら読まなくなる気がするほどのお気に入り。

 それに輪をかけて気に入っているのが「日曜に想う」。このコラムは4月まで4人の記者が交代で書いていた。特別編集委員と論説主幹という肩書きの男性たちだ。私はこの中の1人、山中季広さんの大ファンです。初めて彼を知ったのは、東京社会部長として書いていた「ザ・コラム」だった。それ以来、新聞が届くとまずは彼の署名記事を探すようになった。彼の書く記事は、とてつもなく面白い。必ず私の知らないことが書かれている。題材は毎回異なり、色んな国に出張して集めた情報は、今まで読んだことのないニュースばかりでいつも驚かされるのだ。ソーシャルメディア全盛の時代に新聞が存在する意味は、彼のような記者が支えているのだと思う。

 香港赴任中の特別編集委員である彼は「特派員メモ」を書くこともあるのだが、必ず載るのは「日曜に想う」。このコラムが4月からリニューアルした。今月から「3人が担当します。」と告知があった4月の1週目、トップバッターは山中さんだった。ということは、4月の4週目も彼の記事が読める。朗報、のはずだった。「コラムの装いも少し変えました。」という一文がなければ。
 何と「装い」の変化で記者の写真が消えたのだ。1月のコラムで山中さんは話題のグーグルグラスを一足お先に米国で試してきたことを取り上げ「着けた雰囲気は当欄右上の写真をご覧ください。」と書いていた。そうなんです。このコラムの右上にはいつも記者の写真が載っていたのです。

 山中さんは、特にハンサムだとか私の好きなタイプのルックスというわけじゃないけれど、写真があるとないのじゃ大違い。高橋源一郎さんの近影同様、眺めるだけで幸せな気持ちになる。筆者の写真はそういう感情を読者に与えていることを朝日新聞の偉い人はわかっていないんじゃなかろうか。

 「日曜に想う」のリニューアルを残念に思いつつ、波立つ南シナ海を機内から見下ろしドラえもんの姿を探し続けた山中さんのお顔を想像してポーッとなった日曜の午前10時。ケーリさんがお湯を注いでくれたミルクココアを飲みながら、「日曜に想う」を5回読みました。

2014427日記

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 私がブログで「雑役さん」と書いている懲役女性は、「衛生係」という役目の人たちです。堀江貴文さんや鈴木宗男さんが刑務所でついていたお仕事としても有名になりましたよね。
 拘置所では、食事を配ったり、受刑者の洗濯物を管理したり、懲役判決が確定して刑務所への移送を内職しながら待っている受刑者に作業の材料を用意したり、出来高を集計したり、自弁購入品を配る手伝いをしたり、掃除やバリカン散髪、給湯、開缶もする。13回配る熱い番茶を淹れるのも彼女たちの仕事。

 ラーメンスープを作るような巨大な銀色の寸胴鍋にお茶パックを入れて用意するのですが、ヤケドしそうな熱いお茶を長い木の柄がついたひしゃくで、プラスティック容器に数十室も注いで回るのは大変な作業です。お茶は食事の前に配られるのですが、東京拘置所は真夏でも熱いお茶を出すので暑い時期はきつそう。
 「お茶用タッパーポット」と呼ばれる容器を満たすまでひしゃくで注ぐ回数と部屋数に3を掛けると数百回になるわけで、刑務官に見張られ、巨大鍋を2つ載せた台車を押しながら迅速かつ丁寧な作業を求められるお茶の配当は、結構過酷だと思います。

 現場では彼女たちのことを「ケーリさん」と呼ぶことを東拘に来て初めて知りました。埼玉の担当だった麗子さんは「昭和の東拘では衛生係なんて呼んでいなかったわ。雑役よ」と言っていたので、私もブログで気軽に雑役と書いてきたのですが、これからは「ケーリさん」と呼ぶことにします。
 小説の校正でゲラに出版社からのチェックが入った多くが、差別的表現なので違う言葉にしてください、という指摘だったことで、もしかして「雑役」もその類に入るのかも?と思った次第です。
 ケーリさんは桃色の作業服を着て、腰には鮮やかな黄色のエプロン、頭には共布のスカーフを三角に折って髪を束ね、きびきび働きます。正直言って、罪を犯した人とは思えない、普通より真面目な人ばかり。今月は大幅にメンバーチェンジがあり、新ケーリさんが増えました。
 初対面の時には必ず「あっ木嶋佳苗だっ!」という顔をされますが、私と直接会話はできません。視線を合わせることも禁止されているように感じます。例えば、私が居室から面会室まで歩いている途中でケーリさんに会うと、彼女たちはサッと壁を向きます。私が廊下を通り過ぎるまで直立不動の姿勢を崩しません。

 ケーリさんは朝の7時過ぎには我が棟に出勤し、445分に夕食の空下げと廊下のモップ掛けが終わると「今日も一日ありがとうございました。おやすみなさい。失礼します。」と言って、自分たちの居室がある棟に戻って行く。一日中監視されながら、強制的に「ありがとうございました」「すみません」と言い続けて働くのって物凄いストレスだろうけど、我が棟のケーリさんたちは、本当にいい笑顔を見せるんです。
 私のヘアカットをしてくれた天海祐希似の長身ケーリさんに、ありがとうってお礼を言ったらにっこり笑ってくれて、私はなぜか泣きそうになった。あのケーリさんがいなくなってとても寂しい。埼玉の麗子さんのことを思い出す時と同じ気持ちになっている自分に驚いている。

2014425日記

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 文春新書の「サバイバル宗教論」を呼んだ。佐藤優さんの著作である。
 このところ多忙でして、送ってくださった方にお礼状も出せず失礼しています。
 読みました。お心遣いありがとうございます。

 禅宗寺院として有名な京都・相国寺派の僧侶100人を前に語り下した講義録なのだが、同志社大の神学部で学んだプロテスタントのクリスチャンである佐藤さんがお寺で話をすること自体画期的でしょ。

「前科一犯の佐藤優です。よろしくお願いします」という挨拶から始まるのですが、お坊さんたち、クスリとも笑わなかったと思う。佐藤先生のお話は無茶苦茶面白いんですよ。しかし、一般人が聞いたら爆笑するところでも、厳しい修行を積んだお坊さんはぴくりともしないんでしょうね。そういう空気感のある講義です。
 質疑応答でお坊さんが問う内容に驚きました。宗教の自立に自覚的で国際情勢や現実問題にも意識が高い宗派らしい。論壇誌をしっかり読む習慣がある匂いがします。
 既成宗教を今日学ぶ意味を、現代の様々な危機は第一次大戦以来の啓蒙主義の危機の反復であると考えた時、既成宗教の内側と外側の世界の橋渡しとして役立つ一冊。

 神様の話はともかく、この本で何と、東京拘置所の食事の話題が出ていました。
「実は、拘置所の食べ物はおいしいのです」と禅僧に話してる。脱税で捕まった野村沙知代さんと「なかなかおいしいわね」とか「食べ物は悪くないわね」という話で盛り上がるというのです。
 民間企業が運営に参加している栃木の喜連川社会復帰促進センターで服役していた鈴木宗男さんも「東京拘置所のほうが食い物うまいぞ」と言うんですって。

 佐藤さんが「土日は、面会などの時間がないので囚人のストレスがたまりますから、甘いものとかおかずが一つ多い。そうすると、土日はなんとなく楽しい」とおっしゃっていた。

 私はそんな風に考えたことがなくて、ちょうど日曜の午後にこれを書いているのでこの2日間の食事を振り返ると確かに、プリン、冷製りんごのシロップ煮、さつま芋の甘煮、温かいスープのような甘い金時豆、ピーナツペースト、ホイップクリームと苺ジャム入りオムレットケーキといった甘い物が出たし、おかずも1品多かった。

 この献立は、本当に面会が出来ないストレスを考慮してのことなのだろうか。埼玉の拘置所にそういう配慮はなかったけれど。パン食は平日しか出なかったし。東拘では平日にも甘い物はよく出るし、1品多い日は週末に限ったことではない。この10年で進化しているということだろうか。

 府中刑務所に服役していた人が手紙で、パン食は週4回、夕食に出たと教えてくれた。それでも受刑者アンケートではパン食が少ないという意見の方が多かったという。規模は東京拘置所とほぼ同じなのに、この差はなんなのだ。
 私は週4で府中のコッペパンが出されたら食事の不満はなくなるね。

 佐藤さんが連載している雑誌を一通り集めたら、袋とじには「伝説の裏ビデオ50選 無修整AVの禁断シーンを全て見せます!」、紙面の半分は風俗とAV情報という1冊があり、私は「ニッポン有事!」を読みたいだけなんです・・・と心の中で言い訳しながら袋とじを定規で開けました。
 そんな頁は見てない素振りで阪神タイガースファンの彼に「我が心のプレイヤーアンケートで最強助っ人の1位がランディー・バースだったんだけど、助っ人部門にランクインしてる外国人選手って皆太ってるわよね」と言ったら、神様に何てこと言うんだ、バース様に失礼だと叱られた・・・。

 思わぬところに神様が。

2014420日記

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 事の発端は、青木理さんの言動だった。

 支援チームの彼らは、青木さんが様々なメディアで私に対し興味がない、全く食指が動かない、面会の提案はその気になれないと発言していることにいきり立っていた。
 そもそも私は「誘蛾灯」で青木さんに「全く興味をそそられない」と書かれた人間ですから、ブログも彼のアンテナに引っ掛かるとは思っていなかった。

 私は、日本の刑事司法の報道において彼がジャーナリストとして堅持している姿勢と著書の面白さを素晴らしいと評価しただけなのに、私が異性だからか予想もしなかった方向でマスコミを賑わせる形となってしまった。
 私は熱いラブコールを送り、猛アプローチしたが、青木さんに断られ失恋したことになっているらしい。実際のところ、私は彼に手紙を送ろうと思ったことはないし、誰かに面会のセッテイングを依頼したこともないのだけれども。

 控訴審判決後、私の支援者たちは激怒した。青木さんが傍聴に来たことに、である。

 興味がないという事件の裁判をなぜ傍聴するのか。

 被告人が自分に好意を持っていることはマスコミでも話題になっており、自分が姿を見せれば取材されるであろうことがわかっているのに、のこのこ現れ、否認事件で極刑を下された被告人を貶めるようなコメントをすることが信じ難い。

 拘置所に勾留されている被告人の心情を全く理解していない。

 青木氏のコメントを知った佳苗さんが自殺したらどうしてくれるんだッ!許せんッ!

 と声を荒げる人もいて、私は控訴棄却からの1ヶ月以上、彼らとの諍いに疲弊した。

 上告審の弁護団をどうすべきかという重大なテーマと共に青木さん問題にケリがつくまで1ヶ月以上かかってしまった。

 2審判決前にも、ちょっとしたいざこざはあった。私がブログで青木さんのことを「褒め過ぎ」だと注意されたのだ。
 ブログのパソコン入力は外部に委託しているが、編集は一切頼んでいない。タイプミスはもどかしい問題だが、文責はすべて私にある。
 彼らはまだ世間にブログの存在を知られていない時期に、削除した方が良いと思われる箇所をいくつか私に指摘した。私はある一文だけ削除に応じた。

 この一文を削除したことを青木さんが気付いていたと、ある出版社経由で教わり削除の意図を尋ねられ驚いた。興味がない人のブログを2度も見る?

 それはともかく、彼らは私の心情に差し障りがあるからと青木さんがコラムを書いている雑誌やインタビュー記事のプリントなどの差し入れを止めてしまった。
 これが諍いのきっかけで

「そんな制限をされたら私は正しい視座を持てなくなる」
「あんな三流ジャーナリストのことは考えない方がいい」
「彼が三流かどうか判断する材料を与えてほしい」
「見聞きする価値のない情報もある」
「このブログを開設するきっかけになった青木さんの情報は今後もフォローしたい」
「青木氏は佳苗さんが思ってるほど男前じゃないよ」
「は?私は青木さんのことをカッコイイとは思ってませんけど」
「そうなの?テレビや週刊誌じゃ佳苗さんはイケメンジャーナリストに恋してることになってるよ」
「はぁ・・・私は容姿だけで好きになったりしませんよ」

 と大議論。

 トップの判断で青木さん情報を差し止められたのに年下の彼に頼み内緒で雑誌を郵送してもらったことがバレて、もう大変な事態に。ブログの更新までストップして一悶着ありました。
 私はもう「嘘をつくための特別な独立器官」が退化したので、隠し事も下手になってしまった。

 誤解をとく為に、私が青木さんを知った経緯を話した。

 「12年の初夏のことなんですけど、知り合いが、死刑事件を多く請け負う弁護士のドキュメンタリー映画のパンフレットを送ってくれたんです。そこに『抵抗の土嚢』っていうタイトルで寄稿されていた文章で初めて青木さんを知ったんですよ。本当に読ませる文章で、こんな考えを持ったジャーナリストがいるのかとびっくりした。今でも覚えているんですけど

 『うんざりするような事件報道の洪水の前に少しでも抵抗の土嚢が積まれることを望む』

 と書いてあったんです。私がブログを書くのは、抵抗の土嚢を積む行為だと思っていることを理解してほしい」

 彼らは一応納得してくれた。

 それから届いた青木さんのコラムに「ブログに綴られた軽口の文章」と書いてあるのを読み、パパの懸念も一理あるな、と思ったね。泣きそうになったもの。
 土嚢のつもりが軽口扱いされているなんて。こうして書くことも未練がましいと思われるんでしょうな。パパの言うこと、正しかったよ~。私、青木さんの言葉に落ち込んじゃったよ~。

 揉め事の真っ只中に知り合ったアメリカ人から「Dear Miss. Kanae Kijima,」から始まり「Your friend,」と手書きサインで終わるエアメールが届くたび、癒された。
 英和辞典の差し入れを頼んだ年上の彼が「和英辞典も必要でしょう」と言ってくれた優しさにも感動した。何と彼はロサンゼルスでの勤務経験があるというではないか。

 やっぱり男性は複数キープしておくべき!

2014417日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 ちょうど2年前に知り合った出版社の彼に手紙を書いた。

 彼が「女性自身」で私について書いた記事が「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の話題賞を受賞したのです。

 控訴審判決翌週号の「女性自身」の記事で、私が送った手紙の束を並べた机の前に座っている男性の写真が載っていた。私の知らない人だった。

 「あの写真の男の人は誰?」と彼に尋ねた。

 私、あんな感じのルックスの人が好き。
 カッコイイなぁ。
 すっごく気になる。
 体つきが華奢だよね。
 出版社に勤める人の雰囲気がする。
 光文社ってルックスで採用してるんじゃない?
 私の記事に私が会ったことのない人の写真を使うってマズイんじゃないのかしら。
 彼は何歳なの?

 といったことを書き連ね、写真の男性に興味津々、下心満々の手紙を送った。次回の面会はその彼を連れて来てほしいと思っていることを察してッと念を込め、ウルトラマンの切手を貼って送った。

 返事がきた。

 「女性自身の木嶋さんの記事に載っていた写真は、私の写真です。小さく載せました」

 えーーーーッ!?

 果たしてこれは冗談なのだろうか。
 彼はいつも一人称が「僕」なのに、なぜか「私」になってるし。

 どうしよう。
 何て返信したら良いんだろうか。
 本当だったら会いにくいんですけど・・・。

2014414日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 ブログ開設以来、初めて読者に手紙を出したのは先月のこと。名刺に「Principal Scientist, Research」と書かれていた。「PH. D」とも。表も裏も全てアルファベット。
 そうなんです。彼はアメリカ人の科学者。USA在住。
 エアメールでの交流です。とっても楽しいです。「外国語使用願」の許可を得れば、手紙を英語でも書けます。
 年上の彼に、大修館書店の英和辞典「GENIUS」の差し入れを頼みました。ジーニアスは、私が高校時代愛用していた辞書。

 ブログを始めてから検閲が厳しくなり、都内へ速達で送っても4日かかることもあるというのに、アメリカに5日で届きます。理系男子というだけで私は胸が高鳴るのですが、こんな幸せな気持ちになってどうしましょうってくらい、彼の手紙にキュンとしてます。

 これほど同じ手紙を何度も何度も繰り返し読むなんて初めてです。言葉のチカラって凄いなぁ。私からの返信が届く前にまた送ってくれる情熱にキュン、写真を見てはキュン、手紙を読んではキュン、延々と大興奮。ちなみに彼は妻子がいる40代です。
 彼の個人情報については、自宅の住所以外全て公表してもらって構わない、一人の女性の生死にかかわる問題に匿名で答えるというのは自由の国アメリカに住んでいる私のとるべき道ではない、とおしゃって下さった。感動です。

 彼は私からの手紙を読んで嬉しさのあまりその晩はほとんど眠れなかったと書いてあったが、私はA4サイズ6枚の手紙を読み疲れて、拘置所生活で初めて9時前に寝てしまった。目覚めたら日が昇っていて枕の横に手紙があった。こんなこと人生初だよ!いやぁ~手紙っていいね!

 日本人の支援チームは、手紙を頂いた人から私が核になる人を選び、その人からの紹介で繋がっているネットワーク。
 「おじさま」軍団と「パパ」軍団。おじさまはこのブログを開設して下さった人で引き続きこのブログを管理し、パパは新体制の軸になって物心両面で支えてくれている。
 私は愛人男性をパパと呼んだことはなく、私の父は子供に絶対パパと呼ばせぬ教育方針の人だったから、パパという響きは私にとって新鮮です。実際は名字をさん付けして呼んでいます。パパはあくまでブログ上の表記で、おじさまと区別する為のもの。
 パパはお父さんの意味ではなく、彼がPAPASの広告に出てる中村吉右衛門さんに似ているので、そこからつけました。多分今度面会に来る時は、フランス産リネンのブルーデニムジャケットにマドラスチェックのシャツを着てくると思います。

 パパは知り合った直後に失踪。いきなりルーマニアから絵葉書が届き「若返って会いに行きます」と。
 そして今、彼は九州に旅行中。「ななつ星」とかいう寝台列車の抽選に当たったと喜んで出掛けて行った。34日と聞いていたのに、1週間経っても戻ってきません。
 やけに豪華な列車内で撮った写真を熊本から送ってきた。封筒に純金くまモンシールを貼って。シールは剥がさないと交付されないのに。金ピカのシールを廃棄することに同意して受け取りましたよ。
 パパのお金と時間、私の為に使ってくれないと意味ないですから。どうやら私は、おじさまと同じ匂いがする男性を引き当ててしまったらしい。

 「スマートフォン持ってます?」
 「あぁ、持たされとるけどワシはあんなもん使わんよ。何の理屈であんな板チョコみたいなもんを四六時中いじってるのか訳がわからんね。街中どこに行っても同じ顔して板チョコ見てる輩ばかりだよ」
 あぁ、おじさま2号だ・・・と悲観したのは言うまでもありません。パパは直接対話を重んじる人でして、手紙より面会、何より体感を大事に思っているようです。私の頼み事は秘書が処理。
 差入屋の写真を撮ってと頼んだら、店の前に黒塗りの大型CENTURYを横付けし、運転手の後ろ姿とナンバープレートがばっちり見える写真を送ってきたおじさまと重なります。そんな個人情報入り写真、私のブログで使えるわけないでしょうが。嗚呼!

 「チーム佳苗」は分裂したわけではなく、運営上、グループを作り責任と権限を明確にしました。当然序列もあります。
 2年前の今日、私は裁判員裁判で死刑判決を下されました。2年後にこんな幸せで充実した時を過ごしているとは、当時想像もできませんでした。
 まさかアメリカ人と文通したり、出張や旅行で国内外を飛び回っている社長さんや年下の超多忙ビジネスマンと仲良くなるとはね、思ってもみなかった。支援してくださっている人達に深く感謝しています。グローバルになった私の交際事情も今後お伝えしていきます。
 しかし、私が目をつけた人は皆さん多忙。暇で優秀な人はいないのかね。

2014413日記

This article was updated in the United States on September 22, 2014.

 支援チームのメンバーが増えました。

 体制を固め、生活のリズムが整うまでにあと1ヵ月はかかると思います。

 最大で週に5通の手紙と5回の面会と早朝の電報しか連絡手段のない環境では、外界とのコミュニケーションに時間がかかるのです。その相手が複数となれば尚更です。

 今までのメンバーは紹介によっての繋がりでしたが、3月に初めてブログ読者へ手紙を出しました。とても素敵な出会いに喜んでいます。

 私は郵送で手紙を下さった人にしか返信していません。Eメールは、私が読む価値のあると管理者が判断したものだけプリントで届きます。多分に恣意的な選択 がされていますし、Eメールから受ける印象で判断することはできない為、面識のない人から届いたEメールに返信することはありません。
 内容が批判的なものであれ、正しい指摘をして下さる人には感謝しています。
 私が返信をするのは、有意義な情報を継続的に与えてくれる人、私の気持ちを楽しいところへ連れて行ってくれそうな人です。

 控訴審判決後はチーム内に軋轢が生じ、そのことは私にとって何より辛い出来事でした。
 一審と同じ判決が下されたにも関わらず弁護団を信じる私に、それはおかしいと言うメンバーがいたことがきっかけでした。

 捜査機関の発表を一方的に報道するメディアによって世論が作られ、検察が推論で事実らしきものを再構成したストーリーを裁判所はすんなり認め、冤罪が作られてしまう日本の刑事事件の仕組みを理解してもらえないことが悲しかった。

 桜の便りも訊かれる3月の最終日、髪を切った。
 例のバリカンで。
 件の雑役さん、腕を上げました。

 部屋に戻ると嬉しい手紙がいくつか届いた。今日の昼食にちくわの天ぷらが出てご機嫌だったところに良いニュースが重なった。

 何と講談社で「誘蛾灯」を担当した男性から、伊東屋製の素敵な便箋にブラックインクの万年筆で丁寧なお便りが!
 佐野眞一氏の著書で遺恨がある講談社とは関わりたくなかったのだが、嬉しいニュースだったのでご報告を。

 佐野氏の本を送り付けた編集者は無礼者だったが「誘蛾灯」を担当した「g2」編集長だった方から直々にご連絡頂けるとは光栄です。
 私がブログの初回で指摘した「誘蛾灯」の記述の誤りを訂正したという。そしてその2刷りを送って下さった。ありがとうございます。
 指摘したと言っても私の年齢だけなのだが、ノンフィクションでは1箇所でも数字の誤りがあると、他の記述の信憑性に関わると思ったのでお伝えしたのです。

 私は「誘蛾灯」を読むまで「g2」はノンフィクション誌なのに当事者取材せず、取材記者が上げたデータをジャーナリストに一人称で書かせる「エア取材」の執筆手法を推奨している雑誌だとばかり思っていました。

 「誘蛾灯」は文庫化し、長く読み継がれるべき本です。

 この本がノンフィクションとして真実を記してあることは、出版後に上田美由紀さんが著者へ手紙を送っており、それが控訴審の最中、私はどうしたらよいかという相談であったことが何よりの証左でしょう。

 私の判決公判を傍聴した青木さんのお姿を写真で拝見しました。

 髪の毛、短く切り過ぎです。
 もう少し長い方が似合います。

 私が青木さんのルックスを褒めたことの報道で一番面白かったのは、東京新聞のコラムに「そっちかよ(笑)」と書かれたこと。

 そっちでもあっちでもいい。

 私は青木理さんが好きです。

 上田さんより私を取材した方が楽しかったと思うわよ。本当だもの。

2014331日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 控訴審判決後に取材を受けた「女性自身」の41日号が今日交付された。

 いつもより検閲に随分日数がかかった。
 発売日から9日後やっと目にしたその記事の冒頭は私が記者に答えた言葉が載っていた。

 「予想どおりの判決で特段の考えはありません」

 えッ!?

 あの記者、2年も私と付き合って、何十回となく会ってきて、私が2度も死刑判決受けて何も考えていないと思ったわけ?

 私は「特段の感慨はありません」と言ったのだ。

 「かんがい」と「かんがえ」。聞き間違えますか?

 まぁ、百歩譲って私の滑舌かイントネーションが悪いとしよう。
 その後原稿を書く時点で、面会時に「かんがえ」と書いた速記は間違いで「かんがい」って言ってたんだな、と気付くでしょうよ。プロの記者なんだから気付いてよ。あいつぅ・・・なっとらん。
 しかも、私が控訴審に出廷できたのは、出版社と新聞社の2人の記者のおかげだと感謝していることを伝えたら「取材期間はもうすぐ2年になるが、彼女の口から初めて感謝の言葉を聞いた」って書かれたし。
 いつも文句ばっかり言っているのを根に持っているのだろうか。すみません。

 確かに彼は、とても礼儀正しい記者なのです。どんなに親しくなろうと、こちらが恐縮するほど深々とお辞儀をして挨拶をする人だ。
 ルックスはゲイのバーテンダーにしか見えないが、真面目な男性です。短気でブラックな一面が垣間見えるのも面白い。

 私は彼に300通以上手紙を送ったらしいと記事で知った。

 私のあんな事もそんな事も知ってるはずの彼に「考えていない」と思われている私って・・・。

 年下の男性と通じ合える気がしない度合いが深まってまいりました。

 私は一応色々考えているんですけど。

 「女性自身」記者の君、察してッ!どこまでうっかり屋さんなんですかッ!

 私はこういう彼と組んで小説を書きました。お楽しみに。

2014327日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 面会に来る男性たちに仮性包茎について尋ねている今日この頃。

 私は何が知りたくて拘置所の面会室で包茎を連呼していたかと言うと、自分が真性はおろか仮性包茎のペニスを一度も見たことがないというのは本当なのか確認したかったのだ。

 どうやら私は包茎ペニスを1本も知らないらしい。

 彼らの話はなかなか興味深かった。これは究極のプライバシーなので他言はできないが面白かった。
 私は高校野球漫画が好きなのだが「おおきく振りかぶって」で、西浦高校の3塁手、田島悠一郎君がプールで三橋廉君の水泳パンツをズルッと下げて「おっとなチンコだぞ!」と言い、周囲がソレを見て驚くという意味がずっとわからなかった。
 三橋家の男子は割礼があるという話だった。チームメイトは、三橋君がお風呂で前を執拗に隠すのはそのせいなのか、情けなんかいらねーよ、いっそ自慢してくれりゃいーんだと口々に言う意味もさっぱりわからなかった。

「そーか」
「ムケてる=デカいではないんだ!」

 という会話に、高校男子の性知識ってこんな程度なのかと驚きはしたが、じゃあいつムケるのだろうという疑問は残ったままだった。

 「三橋ってさチンコでいじめられたことあんのかね」というセリフも気になっていた。

 これは年下の彼が「赤ん坊の頃、病院で割礼するか医者に訊かれて、大きくなってからいじめられたら困るからしなかったとかあちゃんから聞いたことがある」と教えてくれたことで、どうやら男の子はムケてるチンコを持っているといじめられることがあると知ったのだ。
 私は彼が母親のことを「かあちゃん」と呼ぶのが意外だった。しかし、赤ちゃん時代に割礼することも、子供の頃はいじめの対象になり得ることが高校生になると羨ましがられるなんて私は初めて知りましたよ。

 そして年上の彼が「仮性包茎は風呂で見たらすぐわかる」と言ってたことで謎が深まってしまった。私には普通のペニスとどう違うのかわからない。仮性包茎だとどういう不便があるのか、なぜビートたけしさんは手術しないのかを話していたら面会時間が終わり、プロ野球選手名鑑を頼むのを忘れてしまったではないか。場所をとるからポケット判にしてと言っておいたのにA4判を送ってくるってどういうこと。今の私にはムケてる彼より私のリクエストをちゃんと聞いてくれる人の方がありがたい。切実です。

 18日に1階の売店で差し入れてもらった週刊誌がやっと今日届いた。18日の新聞に主婦と生活社が発行している女性週刊誌の広告が載っていた。

「木嶋佳苗被告獄中片思いフリー記者が独占激白」

 実際の記事の見出しは

「今度はジャーナリストに夢中に!?『会いたいアピール』するも獄中失恋」

 あぁ・・・青木理さんがまた私の心を傷つける発言をしている・・・。

 「興味がないんです」とキッパリ断言。

 私が青木さんの書いたものをどれほど真剣に読んでいるか知らないくせに。
 「髪の毛がサラサラなんて記述は茶化されているのかな」って言われてるし。

 私が青木さんを茶化すと思われていることが悲しい。

 この雑誌を買ってくれた彼は面会室に「週刊新潮」を持ってきて、ある頁を開き「佳苗さんのことを褒めてあるよ」と言っていた。

 15分の面会でその記事を読むのは勿体ないので「それは差し入れて」と頼んだ新潮が今日届いた。

 第138回芥川賞を受賞した女性作家のコラム。

 イラストと題字が汚くていつも読み飛ばしていたコラム。

 案の定、私の似顔絵らしきイラストもド下手。

 そして肝心のコラムは、クラブホステスだったとかミュージシャンという経歴が作品以上に注目されていたこの作家のバイアスのかかり具合が半端じゃない。

 なんと毒婦ライターの本を読んで私のことをわかったつもりになっている。芥川賞作家を思考停止させる毒婦ライターの罪は大きいよ。

 私は読む人のことを考えて、行書や草書ではなく楷書で書くことにしているのだが、この作家にはものすごくきれいな字を書いている気合しか感じられないらしい。
 私は自分の書く字が美しいと思ったことはない。幼い頃からピアノを習っていたおかげで、腕や肩に力を入れず指を動かす訓練をしてきたから、脱力して物凄いスピードで端正な文字を乱れず書くことは得意である。ただそれだけ。
 特に綺麗な文字を書けるわけじゃない。はっきり言って、私はこの作家にけなされたとしか思えないのだが、年上の彼は褒めていたという。

 全く褒められてないんですけど。

 女性誌で青木さんが私のことを「知的な女性ですよね」って言ってくれてたことには、ムケてる彼らの誰一人気付かない。

 一言でも青木さんに褒めてもらえたから、もういいか・・・。

2014324日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 春分の日からの3連休は「憂国のラスプーチン」と佐藤優氏の「獄中記」の考察をしようと決めていた。「憂国のラスプーチン」は佐藤さんにとって、私が書いた公式には小説だが自伝である刊行予定の本と同じ位置付けになると思う。かなり面白かった。

 私は留置場で暑さ寒さを2度体験し、拘置所では春夏秋冬を3度、現在4度目の春を迎えようとしています。勾留生活を語るにはふた夏ふた冬過ぎてやっと真実が見えると思っている。
 拘置所には在所数十年という大先輩もいらっしゃるが、警察の留置場で2年近く生活した人は珍しいだろう。しかも私は12県を股にかけている。この経験が私が拘置所日記を綴る上での土壌であり、かなり肥沃なものだと自負している。

 佐藤さんは512日間勾留されていたのだが、東京拘置所だけだし、この点においても2ヶ所の経験がある私に分があるだろうと思っていたのだが甘かった。

 彼は物凄いタイミングで逮捕されているのだ。

 20025月から0310月まで東拘で暮らしていたということは、1945年、小菅刑務所に併設されていた東京拘置所の旧獄舎と2003年に完成した新棟の両方での生活体験を持っていることになる。
 これは強い武器だ。東拘の四季を体感し、新旧獄舎を知っている職業作家は他にいるまい。
 私が埼玉でお世話になった担当の麗子さんは若い頃、東京拘置所に勤めていた人で昔の東拘話をよく聞かせてくれた。

 後のブログに記すが、埼玉時代の私は職員と個室で会話する機会に恵まれていた。平日はほぼ毎日数十分個人的な話をする時間があり、それは面接でも取り調べでもなく純粋な雑談だった。こういう時間を持てたのは有名人の特権である。

 埼玉には東拘での勤務経験がある人や、親も刑務官で小菅の官舎育ちという人もいた。だから私は東拘の旧獄舎の話は埼玉の職員から伝え聞いて多少の知識は持っている。
 当時の様子は、現在の埼玉の拘置所とほぼ同じという印象を持っていた。佐藤さんの獄中記を読み確信を得た。
 佐藤さんは新旧獄舎の独房を較べ「保健所の檻と『ペットホテル』の違いくらいがある」と記してあった。「憂国のラスプーチン」のイラストを見ると2002年の居室に新獄舎の描写が混じっているようにも感じる。綺麗過ぎるのだ。

 この漫画の描写がリアルだとすると、東拘旧獄舎より埼玉の方が古く汚い。

 報知器が手動で、コトンと札が落ちるタイプなのは同じ。現在の東拘は電動ボタンで、それを押すと廊下側の扉の上にあるライトが青く点灯し、看守台のパネルにも何室が報知器を押した状態かわかる仕組みになっている。

 埼玉は職員に頼まないとラジオのスイッチを切り替えてもらえず、ONOFFしか選択できなかったが、東拘は室内にOFF、1、2、3と4段階のヴォリュームコントローラがあり自分で音量を調節できる。

 食事の描写で気になったのは、ご飯がカフェオレボウルのような器に入っていること。
 私は麗子さんや数年前に東拘に勤務していた職員から、昔の東拘は埼玉のように丼ではなく四角いアルマイトの弁当箱だと聞いたことがあり、2002年にご飯茶碗が出されていたとは考えにくい。
 現在は、廊下の床に落とすと割れそうな素材の蓋付き巨大丼に麦ご飯が入り、2つに仕切られた深さ2cm強のプラスチックプレートと大碗と小碗が使われている。色は淡いピンク色。この食器の色は、女子受刑者の作業着と同じ色である。男子の食器は違うのだろうか。埼玉の器は淡いブルーとイエローだった。

 散髪室の描写で、鋏でチョキチョキ切ってもらっている様子も意外だった。私はこのブログを始めてから、東拘で暮らす男子たちに、男子もバリカンだと、○舎○階の理髪係を担当している人はバリカンを鋏のように扱い指定した髪型にしてくれる、○棟の○階には上手な人がいるけど女性は希望できないのか、といった情報を手紙で教えてもらった。少なくとも現在は男子もバリカンしか使えないのではないかと思う。
 私のブログプリントが小菅ヒルズの住民に差し入れられているのは何とも感慨深い。

 外廊下にゴムの木とモミの木の観葉植物が各部屋に1鉢置かれている描写も、女区とは違う。鉢をベランダの地面に置く構造にはなっていないし、各部屋の窓から必ずグリーンが見えることはなく、等間隔に配置されているわけでもない。

 細かいことを言えば、佐藤さんがモデルの憂木衛さんが食パンに塗っているジャムの容器が瓶詰めということも気になった。
 埼玉はプラスティックで現在の東拘は紙パックだ。埼玉では本物のピーナツバターとチョコスプレッドが売っており食パン1斤分よりずっと高価だったが、東拘ではソントンの安物しか入手できません。差入店でさえ種類が多いとは言えソントンの紙パックジャムしか売っていないのだ。
 しっとりふわふわの食パンにピーナツバターをたっぷり塗って食べるのが埼玉時代の楽しみだったのに、東拘ではそれがかなわない。

 漫画は必ずしも細部までリアルに描いているわけではないだろうから「獄中記」で佐藤さんの拘置所生活を考察した。

 一番驚いたのは彼はほとんど運動場に出ていなかったことだ。
 その出不精ぶりが尋常ではないのです。

 房外運動をしたのは3ヶ月ぶりだとか204日ぶりという記述があり度肝を抜かれた。

 勾留生活では居室外の運動場でしか爪切りを使えないので、私も爪を切るためにしか運動場に行かない。正確に言うと私は爪を整えるためにヤスリしか使わない。埼玉にいる時から週に一度と決めている。他の収容者は外での運動が楽しみらしく、週に1度しか出ない私は職員から変わり者だと思われていた。

 それからすると34ヶ月に1回、足の爪を切るために渋々運動場に出るという佐藤さんは超変人であろう。

 足より伸びるのが早い手の爪はどうしていたのか気になるでしょ。

 何と「手の爪は歯で噛み切ることができる」

 !

 変態だ。

 彼は誇張するタイプではないと思うので、本当に手の爪は歯で噛み切って過ごしていたのだろう。りんごを丸齧りできるのだから歯が丈夫なのでしょうね。
 私は埼玉で、りんごを買ったけれど歯が弱くて食べるのを断念した女性を何人も見た。そういう人は歯より頭が弱いので、りんごをむくための果物ナイフを拘置所が貸してくれると思っていた。

 しかし、歯で噛み切った手の爪はガタガタではなかろうか。

 その手を取り調べ官や弁護士、刑務官らに見られることに恥ずかしさはないのだろうか。
 ペンを持ったり、本や書類を捲ったりするのにガタガタな爪は支障がないのだろうか。
 その手でマッサージや指圧をすると肌にダメージを与えるのではなかろうか。
 そんなケアはしないのだろうか。

 「獄中記」を読むに、勾留中の彼の体はかなり衰えていたように感じた。極端な運動不足のため疲れやすくなったとか、ふくらはぎがつった、脚がしびれる、腹部に鈍い痛みがある、足がむくむ、10回くらい縄跳びをしただけで息切れがしたなどおじいさんみたいなことを書いている。
 その一方でカロリーブロックを持ち、摂取カロリーを18001000キロカロリーに抑えたり、缶詰や菓子類を段ボール箱1つ分買いためたりしているのだ。
 ソ連時代からロシアにいた人だから北国の備蓄習慣が身についているのだろうが、彼の健康管理はかなり変わっている。

 私は外の運動場に出る機会は少ないが、居室では意識的に体を動かしている。

 習慣にすると、フィジカルとメンタルな作用が結びついているのがわかり、健康と精神的安定の維持に体を動かすことの重要性を感じているからです。
 私は留置場時代に東洋医学の本を入手し、気・血・水の流れをスムーズにすることを第一に考えて、ツボを結ぶ線である経絡マッサージをしています。
 骨盤が歪まないよう、骨格を支える筋肉がたるまないよう、ストレッチングとスクワットも毎日欠かさない。一審まではヨガと瞑想に力点を置いていたけれど、12年の春から執筆中心の生活になったことで体のケアや鍛え方も変わってきました。
 体の柔軟性を保ち、痛みや疲れを出さないことを心掛けて、小まめに休憩とメンテナンスをしています。
 足とふくらはぎを揉むことにかなりの時間を使っている。勾留された身では歩くことが少ないので、足の爪が丸まらないよう立て膝の姿勢で足裏に体重をかけたり、足指を丹念に揉んだりしているのだが、爪が長かったり、ヤスリで整えていないと危ないと思う。

 私が写真で知っている佐藤さんは熊のようないかついルックスなのだけれど、毎日千キロカロリー以下の食生活を守っていたとしたらかなり痩せてしまうように思うが、獄中記に体重は一切書かれていない。拘置所の食事を楽しみ、ジャムを塗ったパンや果物やお菓子も食べて、砂糖とクリーム入りコーヒーを常飲し、夏期はアイスクリームを食して千キロカロリー以下は可能だろうか。
 アイスクリームは150キロカロリー、コーヒー140キロカロリーと書かれていた。勾留中の佐藤さんはかなりスリムな方だったのだろうか。

 「憂国のラスプーチン」の主人公もひょろりとした少年のよう。私は作家デビュー後の姿しか知らないのでしっくりこなかった。

 処遇面での驚きは、房内で所持できる書籍・雑誌は3冊以内で、宗教経典、辞書、学習書については特別の許可をとれば追加的に7冊まで所持できる、しかも1ヶ月の期限が設けられているという規則があったこと。
 今は冊数制限も所持期限もない。

 「人は易きに流れるので、私は拘置所の中では小説や実用書を遠ざけています。」
 という言葉にグサッときた。

 小説は無論、雑誌や漫画に浸っている私は易きに流れっぱなしである。
 直定規は男性誌の袋とじを開くことにしか使わない私です。アラーキーこと荒木経惟さんの応募人妻モデル撮り下ろしのとじ込みアートグラビアを開くと、凄いものが出てきてびっくりします。

 一応佐藤さんが読んでいたハーバーマスとヘーゲルとフスの本を取り寄せてみました。
 自分の能力の限界がわかりました。

 佐藤さんが拘置所で読んだ獄中読書リストの中で私が読んだことのある本は1冊しかなかった・・・彼とは頭の構造と出来が丸っきり違うんだな。
 私は勾留生活ではあえて宗教書と哲学書を遠ざけているのもあると思うけれど、いざ読むと、む、難しいよ。

 ユルゲン・ハーバーマスが言うには、理性は私たちの日常的なコミュニケーションの中核に位置し、社会はそれ自身の伝統の批判に依拠している。

 ふむふむ。

 ゲオルク・ヘーゲルの弁証法は興味深いが、こういう観念論にはまると危険な方向に思考がいってしまいそう。前史のカントや後史のマルクスとエンゲルス、サルトル辺りまで調べることになってしまうでしょ。
 ヤン・フスは神学への興味と知識がないと無理。佐藤さんはフスの著書を訳し出版することが夢だというのだから、まったく凄い人である。拘置所で学術書を精読し内容を再構成した読書ノートを作ったり、ドイツ語やラテン語の勉強をしたり、「岩波国語辞典」では対応できず「広辞苑」を差し入れてもらったりしてたんだよ。知的好奇心の鬼ですね。

 留置場と拘置所では国語辞典を借りれるのだけど、版が古くていつも貸し出し中。留置場時代に弁護人経由で家族が差し入れてくれた私の辞書は書き込みがあり不許可になった。
 後にその書き込みは名前だったと知った。

 拘置所で辞書を借りたことは一度もない。
 私は漢字に強いので本の執筆をするまでは不自由しなかった。

 これは春分の日から書いているのだが、佐藤さんは2003年の321日に新獄舎へ引っ越し、22日に書いた弁護団への手紙に「現時点で暖房は稼働しておらず、かなり寒いです。昨日は夕方4時には吐息が白くなりました」とある。

 私の体感では、今、暖かいです。

 「夜は寒さで目が覚めました。」ともある。

 寒さで目が覚めたことは埼玉時代もなかった。
 埼玉では冬になると霜焼けの症状を訴え凍傷薬を処方される人が多かったけれど、靴下選びが悪いのとケアの方法を知らないのが原因でしょう。化学繊維の靴下を重ね履きして水虫と霜焼けを併発していた人もたくさんいた。
 エアコンのある東拘でも医務の回診で霜焼けと診断されている声を聞くので、寒さ暑さの感じ方や対処は人それぞれの模様。3月に入ってからも凍傷や乾燥肌の塗り薬を処方されている人が存在する。

 私は冬でも布団に入ると暑くて足だけ外に出している。胸から上に布団は掛けない。首や胸元に布が当たるのが嫌なのだ。

 佐藤さんは「まだ毛布が貸与されていない」と書いていたので私物の寝具を使っていなかったのだろう。衣類の差し入れの要望も「1日あたり、パンツ、シャツ、各11週間あたり、長そで上着、ジャージ・ズボン各1を差し入れて頂ければ十分です」と伝えている。
 服にも頓着しないらしい。昼と夜で同じ服を着ている、しかも1週間同じ服って衛生的にどうかと思うし、私なら連日同じ服で面会するのは恥ずかしいと感じるのだが、まぁ彼は気にしないんだろうな。3ヶ月爪切らなくて平気な人だもの。

 彼は土曜の昼食に焼きたてのコッペパンと熱いシチューと汁粉がでるので、食事に関しては最も楽しい日だと書いている。
 コッペパン、ピーナツバター、クリームシチュー、煮豆のメニューが「たいへんにおいしかった」とも言っている。

 本当だろうか!

 パンを溺愛し、趣味で料理学校に通いフランス人シェフにパン作りを習っていた私としても、パンが出る食事は何より嬉しいのだが、私は東京拘置所のコッペパンよりマズいパンを食べたことがない。
 土曜の昼は憂鬱で複雑な心境になる程だ。
 決して焼き立てではない。前日、もしくは前々日に焼いて乾燥室で保管してたんじゃないの?って思うようなコッペパンが出る。

 私は煮豆もお汁粉も大好きだけど、パンと一緒に出すっておかしいでしょ。

 東拘のパン食献立は絶対おかしい。

 22日、土曜の昼食は長さ27cmのコッペパンにモロズミのいちごジャム25g、フレッシュマーガリン8g、クリームシチューはベーコン、玉葱、人参、じゃが芋、コーン入り、そして金時豆の甘煮だった。
 埼玉のコッペパンはプレーンの他、角切りプロセスチーズ入り、胚芽入りとバリエーションがあり、クリームシチューかビーフシチューかコーンスープ、コーヒーか紅茶かココア、フルーツの缶詰とジャムかマーガリンは必ず添えられ、フランクフルトにミックスベジタブル、スパゲティーサラダ、ソース焼そば、マカロニのカレーソテー、ポテトサラダ、フィッシュフライ、ハッシュドポテトなどのおかずが盛られた1皿が出た。

 毎月1回ずつイモ金時と呼ばれる粒餡も出て、その日が待ち遠しかったものである。
 東拘のメインディッシュは煮豆だよ。

 あり得ない。

 パンがパッサパサだから、ちぎってシチューに埋めて食べてます。
 ジャムやマーガリンは使わない。

 埼玉の幹部に、府中刑務所のコッペパンは美味しくて有名だと教えてもらったことがある。
 府中刑務所の文化祭で受刑者謹製コッペパンが2100円で売られ、行列ができる人気だと言うのだ。
 その話を聞いていたから同じ東京にある小菅の東京拘置所で作られているコッペパンもさぞ美味なのだろうと期待したのだが大間違い。
 埼玉は月に6回パン食があったのに、東拘は月4回というのも大きな不満。毎朝パンが出る刑事施設もあると聞くから法務省が回数を決めているわけじゃなさそう。

 東拘はなぜパン食が週1なの?
 そして、なぜこんなにパンがマズイの?

 もうひとつ謎として残るのは、20023年の東拘で出されていたコッペパンが焼きたてでおいしいという佐藤さんの味覚は正しいのかということ。
 彼は外交官として海外の一流ホテルや日本の一流料亭や高級レストランで食事をする機会も多かっただろうから、美食を知っている人だと理解している。
 彼は未決者だったから勾留中に一般業者が作った物を自由に口にしていた点で、堀江さんの服役中の味覚とは違う。より正しい判断が出来ていたはずなのだ。
 その佐藤さんが東拘のコッペパンがおいしいという事をどう解釈すべきか迷う。
 当時の佐藤さんの味覚がおかしかったか、当時東拘で供されていたコッペパンは現在と違う材料と製法でつくっていたかどちらかだろうが、多分後者だと思う。
 今のコッペパン、本当に信じられないマズさだから。
 クリスチャン精神を持ち出されるとややこしくなるが、彼は自己を突き放し冷静に客観的な判断をしていたと思うので、10年前と現在のコッペパンは別物だという結論にする。

 春分の日の夕食には善哉が出た。
 丼いっぱい。
 ご飯とおかずは一口も食べられないヴォリューム感。
 善哉が出る日はスープしか飲めません。

 お汁粉じゃなくて、もったりした粒餡に近い善哉を丼ご飯と同量出すっておかしいよ。白玉も餅も入っていない甘い餡こを丼いっぱい食べるって大変ですよ。食べたけど。

 「獄中記」の中で気になったのは「2-3ヵ月の勾留生活を経ると聴覚と触覚が研ぎ澄まされる。足音、鍵束の音で、どの看守がどの独房を開けようとするかを正確に予測できるようになる」という記述。

 私に関して言うと、これは全くわからない。埼玉では2年半滞在したのに、職員から用があって声をかけられるたび「わっ」「キャッ」と飛び上がって驚いていた。
 最終日も部屋の前に職員が迎えに来たのを気付かず「キャッ あぁ~びっくりした。また心臓がぎゅんってなったわぁ~」と言って担当の麗子さんに「ごめんねぇ」と謝らせてしまった。
 彼女は若い頃、足音を立てず歩くよう指導されたと言っていた。

 麗子さんによると、私は集中力が高くて周りのことが見えない聞こえない自分の世界に入っているらしい。だからか、ラジオはほとんど耳に入ってこない。鍵束や足音がきになる人は読書や書き物の効率が悪いのではないだろうか。

 東拘に移ってからも私の習性は変わらず、声を掛けられるとびっくりする。

 私が埼玉より東拘の居室が気に入っている理由のひとつに畳がビニール製で衛生的なことがある。
 佐藤さんも掃除が楽になり、ダニやハウスダストに悩まされることはないと思うと書かれていた。
 しかし堀江貴文さんは「刑務所なう。」で、東拘より長野刑務所の部屋の方が居心地がよい理由に、本物のい草の畳が使われていることを挙げているのだ。
 刑務所で15万円以上する備後地方の手織り高級畳が使われているはずはないし、他人が素足で歩いた畳の上で生活するなんて私には抵抗がある。
 だが堀江さんはこともあろうに実録マンガで刑務所の畳に頬擦りしてる・・・。

 私は埼玉時代10帖の畳を1人で掃除するのが大変で大変で、狭い単独室に移してほしいとお願いしたことがあったほど掃除が大変だった。
 東拘ではビニール畳3帖にフローリングが1帖弱の適度な広さで外からの汚れも入らず掃除が簡単。

 「獄中記」でたびたび出てくる岩波書店の「世界」は、父が愛読していたのをよく覚えている。
 白地の表紙に黒文字で「世界」と書かれた分厚い雑誌と新聞の切り抜きスクラップブックを資料に私は子供時代、父の書斎で政治経済の解説を受けていた。小学生の頃からの習慣だった。

 佐藤さんは「ある意味で拘置所内の生活は、夏目漱石の『それから』における先生のような『高等遊民』の世界に似ていると思います」と書いている。
 私は自伝の私小説に、小学生の頃に漱石の小説を読み、父に「大人になったら高等遊民になりたい」と言ったエピソードを書いた。

 私は自分の人生で、専門的な高等教育を受けなかった事と、志を共にする知的集団の中で過ごす期間を持たなかった事だけは後悔しているが、今の生活に案外満足しているのは、高等遊民の世界に近い環境にあるからかもしれないと佐藤さんの分析で気付かされた。

 折しも今日の朝日新聞の1面に、19144月から掲載していた漱石の「こころ」についての記事があった。
 連載開始のちょうど100年後にあたる420日から、当時と同じ全110回に分けて再掲するという。朝日新聞のちびまる子ちゃん記者から手紙が届いたばかり。ちゃんと350円分の切手を貼って赤字で速達と書かれていた。

 私は毎日こうした物事の繋がりを感じながら過ごしている。

 「憂国のラスプーチン」5巻の裏表紙のイラストにアントニオ猪木が赤いマフラーを首から下げているのには笑ってしまった・・・何このタイミング。

2014322日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 先日おじさまが面会室で「バターつけて食べるなら塩ビスケットがいいだろうと思って差し入れておいたから」と言っていた。

 塩ビスケットってどんな物だろう。

 マリーより美味しいのかなぁ。

 ワクワクしながら待っていたら、届いたのはナビスコのリッツクラッカーだった。原材料名に小麦粉の次が植物油脂のクラッカーはバターに合わない。ジャムとコンビーフは相性良し。

 今週面会に来た年上の彼に、売店にあるビスケット全種類買ってとお願いした。この際、手に入るビスケットを徹底研究しようかと思ったのだ。
 勿論きっかけはバターとマリービスケットのハーモニーに感動したからであるが、もうひとつ気になることがあった。

 東京拘置所のウィキペディアに

 「一般雑居房で『ビスケット』の購入願箋を提出すると、愛知県にある松永製菓の『しるこサンド』が届けられる。関東でなぜ愛知県の菓子なのかは未だに不明」

 という記述を見つけたからである。

 まず、食料品の購入において独居と雑居でメニューの違いはない。埼玉も同じだったし、東拘で担当のよしみさんに尋ねても同じだという回答を得た。
 そして現在、正しく言えば私が入所した時から「しるこサンド」という商品は売っていない。日用品においては、独居では許可されているが、雑居にいる被収容者は購入できない物品があるのは本当です。しかし「一般雑居房で」という記述は食品においては正しくないと言える。

 これ以外にも特に構造についての記述は間違いが多い。新舎房での入退場は看守、施設職員のセキュリティカード認証システムと指紋認証システムが採用されており、2つが一致しないと開錠されない、というのも事実ではない。
 詳しくは書けないが、私が入所した2013年夏の時点でウィキペディアに記されているシステムではなかったし、今年になってからセキュリティ機器が新しい物に付け替えられた。

 それはともかく、ビスケットのお話。関東で愛知県の菓子が売られているのが謎という発想はおかしくないですか。東拘では北海道から九州まで全国津々浦々で製造された商品が売っていますよ。
 佐藤優氏が「獄中記」の文庫版あとがきに平成13年の自弁物品購入価格表を掲載していたので確認したら、何と「ビスケット(しるこサンド)156円」を発見。ウィキペディアは矯正協会が納入していた時代の古い情報を載せていると思われます。
 賞味期限の短い食品は首都圏の製造者が多いです。私が好物のカステラは東京都足立区花畑、どら焼きは中央区湊、ワッフルは中央区築地、大福と餡ドーナツは埼玉県八潮市のお店で作られている。
 ちなみに賞味期限の長いどら焼きや大福もありますが、街の和菓子屋ではなく工場製です。こちらはマズい。来年まで日持ちする羊羹は愛知県豊橋市。しょうゆは千葉県銚子市。練乳は北海道の雪印興部工場。さんまの蒲焼きは、根室と釧路の道東産秋刀魚を北海道厚岸町で加工し、たれと山椒が別添えされた本格的なもの。さんま1.5枚に、たれ17g、山椒0.1g付きでかなり豪華なさんま丼が部屋で作れてしまうのだ。

 ビスケットを差し入れてくれた彼は、今月写真を送ってくれた。27枚の写真を同封したという手紙だけが3日に届いた。
 写真が私に交付されたのは19日。21枚だけ。6枚は禁止領置。2週間以上、拘置所の検閲で審査をされていたことになる。私が彼に頼んだのは、愛犬の写真を撮影して送ってほしいということだけである。

 「犬の顔を掴んで自分で撮りました。結構難しいなァ~。」と書かれた手紙は3日に読んでいた。座っている犬に遠くからカメラを向ければ済むことの何が難しいのかわからず、写真が届くのを待っていた。
 彼から、愛犬はやたら力が強い、しかも吠える、牙がすごい、散歩してたら子供はビビる、警察犬の学校に入れようと思っているなどと聞いていたので大型犬に縁のない私には想像がつかず、写真を見たいと所望したのだった。
 果たしてその犬は松嶋菜々子にとっては小動物という犬で、去年新聞の全面カラーで見た6頭の番犬とカップルの写真と共に「もっと簡単に、大切なパートナーの未来を守れます」というコピーがついたチューリッヒ生命の広告を彷彿とさせた。

 なにゆえ審査に時間がかかったのか。私は色々考えた。

 彼は左腕に愛犬を抱え込み、左手で犬の首を鷲掴みにし、右にカメラを持ち自分と犬をフレームに入れてシャッターを押したらしい。彼は黒いジャケットを着てサングラスをかけていた。マフィアのようである。正直言って堅気には見えない。拘置所から反社会的勢力だと疑われた可能性もあるだろう。職業欄に経営者と書く彼を、何とか組や何とか会の長だと思い身元調査をされたのかもしれない。確かにインテリヤクザ的な風貌をしていることは紛れもない事実であるが、疚しいことはない。
 彼のプライベートはともかく、私は彼に写真の撮り直しを命じた。自然光の下で、引きで撮ってと。

 彼は私に言ったのだ。「俺のことは犬のように使ってもらっていい」と。

だから私は「犬のように可愛がって使わせて頂きます。覚悟して下さいね」と言った。私と彼とはそういう仲である。

2014321日記

This article was updated in the United States on September 9, 2014.

 私は先週会った女性が差し入れてくれた林檎を齧りながら、佐藤優氏の著書「獄中記」を読んでいた。何と佐藤さんが東京拘置所で暮らしていた20023年当時も、りんごは自弁購入できず、差し入れてもらうしか手段がなかったという。そして彼もりんごが好物だと知った。私は「ビックコミック」の連載で断片的に読んでいた「憂国のラスプーチン」も取り寄せて全6巻読みました。

「検事とのやりとりばっかりでおもろないやろ?」
「いや、私は佐藤さんの取り調べをした検事と話したことがあるから妙な親近感があるのよね。実物の検事は、漫画みたいにシュッとした面長な顔じゃない普通のおじさんだったけど、話のわかる人でコミックも面白かったわよ。」
「へえ」
 という会話を差し入れてくれた彼としたこの漫画の中でも、佐藤さんが弁護人に「僕、リンゴが大好きなんです。夜食用にリンゴを差し入れていただけませんか?」と面会室で依頼するシーンがあった。「獄中記」の中でも、年末年始の休庁体制によるマイナス面に「差し入れがなくなる(具体的にはリンゴが食べられなくなる)」ことを挙げている程だから、相当なりんご好きである。

 ビックコミックシリーズの漫画は面白いなぁ、小学館の漫画部門には辣腕編集者が揃っているんだろうなぁと思っていたら、小学館の編集者から手紙と本が届いた。

「トラオ 徳田虎雄 不随の病院王」
 著者は青木理さん!この編集者、本の中でも「ともに取材に取りかかった」人として名前が出てくる。ALSで闘病中のトラオさんに取材すべく鎌倉市の病院まで青木さんと通ったのか。車かなぁ。電車かなぁ。病室の窓からキラキラと輝く相模湾を青木さんと一緒に眺めたのかなぁ。仕事とはいえ羨ましいなっ。ちなみにこの編集者は男性です。

 この人、私と青木さんを引き合わせたいと考えて下さっているのだけれど、ちょっと軽率な気がする。青木さんの気持ちを確認したのだろうか。青木さんが、法務省と拘置所サイドからどのような捉え方をされているかご存知なのだろうか。この点をクリアしてから改めて連絡を頂きたい。献本ありがとうございます。私がここに記すということは好印象を持ったという意味です。私が手紙に返信するのもブログで話題にするのも、採用率は朝日新聞の歌壇欄より低いです。

 しかしこの編集者、私の勘では頭の中にお花が咲いているカントリーマアム君の匂いがする。女のことはわからないが、男性に対しての嗅覚が鋭い私が思うに、礼儀正しく実直だがおっちょこちょいで押しが弱い人ではなかろうか。ベテランではあるまい。まだ男として成熟していない匂いがする。おじさんだったらびっくりだよ。もし私より年上だとしたら会ってみたいものです。世の穢れに染まっていない純朴なあなたに。

 私は色んなメディアで、青木さんに片思いしている乙女扱いされているようですから、そのうち青木さんへの思いを改めて書きます。徳田虎雄さんと布団を差し入れてくれた彼が同じ大学の出身だとわかり、奇遇だなぁと思いながら「トラオ」を読みました。

 久々におじさまと会った。3月に入ってすぐ、おじさまは風邪を引いて寝込んでいたのだ。「体調はだいぶ良くなったよ。小生ちょっとの熱で倒れるんです。熱に弱い。おぼっちゃまだから。ワハハー」って言ってた。
 面会室に私と同時に入ったおじさまはいきなり「それ似合うじゃん」と私が着ていたバーバリーチェックのベージュのニットを指さして言った。私はおじさまの襟付きシャツに目が釘付け。ターンブルー&アッサーのようなピンク地に青いピンストライプの品があるシャツにブラウンのセーターを重ね着したおじさま、素敵!

 私はピンク色のシャツが似合う男性に弱いのです。この弱点は内緒にしてきたのだが、まさかおじさまにやられるとは。今回の面会で、おじさまが中高一貫の有名男子校出身の本物の御坊ちゃんであることが判明。
 佐藤さんの本を読み無性にりんごが食べたくなった私は、おじさまにりんごの差し入れをリクエスト。おじさまはもう慣れたもので、「お菓子は?」なんてぼんやりしたことは訊かなくなった。

「のど飴は?便箋と封筒はまだあるか?石鹸とちり紙は?」
「あのね、りんごが食べたい」
「りんご?10個くらい買っとこうか」
「いや、そんなにいらない。便箋はまだある。大きい茶封筒買って」
「わかった」

 部屋に戻った私は、りんごが描かれた本を持っていることを思い出し手に取った。シェル・シルヴァスタインの「おおきな木」。母から誕生日に贈られた絵本である。本田錦一郎のあとがきにエーリッヒ・フロムがかつて愛を論じたとき、「愛とは第一に与えることであって、受けることではない」と主張したことこそ、この物語に貫流する中心的な思想なのだと記してある。「与えることは人間の能力の最高の表現なのであり、与えるという行為においてこそ、人は自分の生命の力や富や喜びを経験することになる」と。

 1本のりんごの木は、ひとりの友だちに自分の肉体をけずって、木の葉を与え、果実を与え、枝を与え、幹を与え、すべてを与える。りんごの木は、この与える行為に悲劇的な感情の犠牲はなく、ただひたすら喜びだけを見出している。私にりんごを与えてくれる彼に、私は人間の愛を見出した。

 年下の彼にこの本の話をしたら、村上春樹さんが新訳を出しており「And tree was happy・・・but not really.」の訳が、読者への問いかけから否定に変わったのが一番の違いだと教えてくれた。
 「きはそれでうれしかった・・・だけどそれはほんとかな」から「それで木はしあわせに・・・なんてなれませんよね」と変わったという。

 差し入れでしか手に入らない貴重なりんごを眺めながら、色々なことに思いを巡らせた一日でした。

2014320日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 このところ私宛に届いた手紙が交付されない事例が続いている。その都度受信を差し止める旨の告知をされるのだ。理由は「信書の内容に威迫や侮辱する記述がある」又は「規律及び秩序を害する結果を生ずる恐れがある」という説明を受けた。

 私を不安にさせたり心情を乱すような手紙は交付されないことになっていますので、無駄なことはしない方が賢明です。文章を書く時間や、紙や切手代も勿体ないですよ。
 私は嫌われることを恐れていてはクリエイティブな表現はできないと思っているけれど、人生の最優先課題が世間への発信とは考えていません。

 私は控訴審判決前に支援チームの彼らに伝えました。もしあなた達が私の文筆活動に反対するならばやめる、あなた達に迷惑を掛けたり不愉快な思いをさせることならばやめる、私は気の合うあなた達との関係を最も大切に思っている、と。
 私には商業ベースで執筆する道もあるけれど今はインターネットでの発信を優先したい、という考えを彼らは尊重してくれた。
 当初このブログのタイトルは「佳苗の拘置所日記」だった。だから、グーグル検索でもヒットしにくく、しばらく世間に発見されることはなかった。彼らにとって私はただの「佳苗さん」なのだ。折角ブログを開設し、記事を投稿しているのだから、1人でも多くの人に読んでもらうためにタイトルをフルネームにし、メディア取材も受けた。

 私は、既存の獄中記にありがちな重苦しい内容で雪冤を訴えるのではなく、明るく朗らかな文体から拘置所生活の辛さや悲しみを読み取ってもらいたいと思っている意向を伝え、ブログ開設を依頼しました。
 反響は大きかった。しかし、私が伝えたい真意を察してくれる人、想像できる人、考え抜いて結論を出す人は少ないように感じています。

 現時点で私の声が世論の偏見を拭い去るには至っていません。
 私は弁護人に対しても、有名事件にありがちな支援者の会を作る気持ちはないことを伝えています。現在の支援チームの規模を大きくしたいとも思っていません。ただ、時間に余裕があり、情報選別できるキュレーター役をしてくれる人がいると助かるなぁとは感じています。そういう人を求めていますが、能力とお金のある人は仕事が忙しいのが現実で、なかなか難しいものです。

 拘置所では差し入れられた本や書類に検閲があり、私の手元に届くまで大体1週間程度かかります。3月3日に拘置所に届いている写真とプリントが、2週間以上経った今も審査中ということもあります。ですから、報道やネット情報を私が目にして、ブログの原稿を書き、その記事がアップされるまで最低数週間かかるわけです。
 私はこのブログを開設してから、新たに連絡を取った人はおりません。ビビッとくる人がいないから。特に困ることがない現状で、私が連絡をすることがあるとすれば私から頭を下げて、お付き合いをお願いします!と言いたくなるような人物が出現した時でしょう。そういう人、いるかなぁ。

 一昨日マリービスケットが届いた。面会の約束をしていた彼と会う前日に私の元に届いた。こんなことは初めてだったから、面会室で彼に、「昨日ビスケットが届いたんだけど、どういうこと?」と訊いた。
「あぁ、六本木に来たついでに寄って差し入れたんや。布団も届いたやろ?」
「えッ!布団はまだ届いていないけど・・・」六本木へ仕事に来たついでに小菅に寄る。差し入れのためだけに!この情熱!私が求めているのはこういう人です。

 大阪の言葉を話す彼と会った日に、カントリーマアム君が餡ドーナツとフルーツ缶詰を差し入れてくれた。サンヨー堂のパインアップル、ヘビーシラップづけ。輪切り10枚、565g入り。彼は本気。成長の兆しが見えるのは、パイン缶と共に桃缶も入っていたこと。彼のことは好きだけど、カントリーマアム君のような人はこれ以上いりません。

 ブログ更新の手伝いの申し出は幾人かあるにはある。私は性別や年齢、職業やルックスで決めることはありませんが、立場や思想がわからない人は選びようがありません。インターネットブログというメディアの特性上、遠方からの連絡も多いですが、私は直接会える人としか付き合いません。物理的な距離は相手を選ぶ上でほとんど気になりません。飛行機や新幹線に乗って会いに来てくださる人も現にいるからです。

 女性からの手紙に多い「私も毒婦ライターが嫌いです」という言葉も引っ掛かる。私は、人の悪口を言い合って繋がる人達が嫌いです。私のチームのメンバーには、他人を口汚く罵るような悪口を言う人はいません。侠気のある信義を守れる人達です。

 私が彼らとどんな話をしてるかって?昨日面会に着た彼に「週刊ポストでビートたけしさんが連載してる21世紀毒談でね、仮性包茎のオイラは自信持っちゃダメなのかって言ってたのよ。私、仮性包茎ってよくわからないんだけど、勃起していない状態でも違うものなの?」と私は訊いた。
 この彼は、私が会いたいと言った日に病院の予約をしているからその日はダメだと断ったことがあり、どこか悪いのかと心配して尋ねると、美容クリニックでシミ取りのレーザー治療を受けるのだと答えた人である。彼は高須克弥さん張りに実年齢と見た目が違う若々しい顔の持ち主で、ゴルフ好きで日焼けをしているのに肌にはシミひとつありません。私が肌の美しさを褒めたら「これからもシミ取りにいそしみます。こんなのに金かけてアホやろ」って言ってました。

 そんな人なので包茎手術事情にもやたら詳しい。カリだの竿だの連発する仮性包茎の講義を受けて面会終了。こんな話でいいんです。面会は。

2014319日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.

 先週年下の彼がやって来て、彼が得意な和菓子3点セットを差し入れてくれた。私は、「ねえねえ、カントリーマアム君って誰のことかわかってる?」と訊いてみた。
「僕のことでしょ」
「あっわかってるんだ」
「知ってるよ」
「この前かっぱえびせんとポテトチップス買ってくれたでしょ。あれ冗談?笑わせようと思ったの?」
「えッ!いいかなぁと思って」
「ふうん」
 カントリーマアム君は、このブログをちゃんと読んでいないらしい。

 私は彼への御礼状に「辛いものが苦手な私にバッチリチリ味のポテトチップスの差し入れありがとうございます。意外なおいしさにびっくりしました。」と書いて送った。気に入ったと勘違いされては困るので「また食べたいという意味ではありません。」とも書き添えた。
 カルビーのポテトチップスに「バッチリチリ味」なんてものがあるとは知らなかった。「うまいぜ!辛いぜ!やみつきだぜ!ヒ~ハー!!うま辛ポテト」って書かれたパッケージ。雑役さんに見られないようハンカチで包んでしばらく放置しておいた。

 ある女性が岩塚製菓の「海老黒胡椒」というピリッとしたブラックペッパーがきいたエビ風味の揚げ煎餅を差し入れて下さり、これがとても美味しくて、私辛いの食べれるかも、と思いバッチリチリ味を開封。意外に辛くなかった。
 ちょっと抜けてるカントリーマアム君は、桃缶まで買ってくれた。彼は私が桃缶を好きだとこのブログで知ったと思う。これまで彼が買ってくれた缶詰と言えば、みかんとパインとメロン!なぜか私の好物をはずしまくっていた。サンヨーのパイン缶は輪切りのパイナップルが10枚も入っているものだから、それだけでおなかいっぱいになってご飯が食べられないと伝えたら、ご飯より美味しいと解釈したのか、またパインの缶詰を差し入れてくれたのだ。

 カントリーマアム君はそういう人。通じないの。彼は誠実で優しい愛すべき人です。ちょっと足りないところはあるけれど、一流大学のロースクール出身。学歴は当てになりませんね・・・
 私は、彼の年齢も経歴も知らずに連絡をした。たまたま高学歴、たまたまイケメン、たまたまオシャレ、たまたまカントリーマアム君。天然キャラの自覚ナシ。チャラい外見と真面目な性格のギャップにキュンとします。私は彼がずっと2審を傍聴していたなんて知らなかったよ。ありがとう。彼のおかげで、2審の判決公判から戻ったら私の部屋はカステラの香りが充満し、幸せな気持ちになりました。

 カステラの賞味期限は320日、大福は18日、どら焼きは16日。しかし、カステラが一番早く劣化する。ラップに包まれているのに匂いが漏れるということは、風味や柔らかさを左右する水分も揮発しているのではないかと思う。この3点は散々口にしており味も単調で半分食べ終えた頃に飽きてしまい、最近は一手間加えて食べている。どら焼きにはバターを挟み、大福には餡こに胡麻塩を振り、カステラには羊羹をサンドしシベリア風にして楽しんでいます。

 何と大福は冬期限定商品でして、自弁購入は325日が最終注文受付とのアナウンス。時節柄入手が困難になったとのことで、温州みかんは13日で終了し、19日からは甘夏みかんが発売されます。季節を感じる商品が時価で買えること、その告知がプリント回覧ではなくスピーカーからアナウンスされることは埼玉との大きな違いです。ちなみに埼玉は告知放送とプリントの回覧と担当さんからの口頭通知がありとても親切だった。

 差入屋の大福は5個入りなので、もう一生分大福を食べたと思える冬を過ごしました。幸福な冬でした。カントリーマアム君が差し入れてくれたカステラとどら焼きと大福のこと、私は一生忘れないだろうな。

2014318日記

This article was typed through the original manuscript of Miss Kanae Kijima, and updated in the United States on September 9, 2014.