埼玉では20099月から20102月まで取り調べを受けた。逮捕されてから任意の取り調べ要請は全て拒否したが、私は強制取り調べ期間が半年以上あり、1日も欠かさず朝から夜まで取調室に拘束されるのは辛かった。そんな中で、埼玉と千葉の検事の話は有意義だったと思える時間もあった。

 私は基本的に黙秘していたので、円滑なコミュニケーションがとれていたわけではないのだが、2人の検事は思わず身を乗り出してしまう話をしてくれたこともある。

 印象深いエピソードは色々あるが、埼玉の西澤検事と事務官の佐藤君とはよくセックスの話をした。
 当時40歳の検事は、検察庁を退職して弁護士の妻と共にアメリカへ渡り、帰国後に復職したばかりという珍しい経歴の男性だった。ニューヨーカーのスーツを着ていた西澤さんのルックスは、阿部寛に瓜二つ。声まで似ていた。20代の佐藤君はV6の岡田准一そっくりだと警察署内で、主に若い女性警官の間で噂になっていた。

 通常検事の取り調べは検察庁でするのだが、何しろ当時の報道の過熱ぶりは尋常でなかったから、私の検事調べはほとんど勾留先の警察署で行われた。これは千葉も同じだった。検事は事務官を引き連れ週末も休まず日参し、黙秘する私に話しかけてきた。頭の悪い刑事に対して黙秘するのは割に簡単なのだけれど、知的で仕事熱心な検事の話は興味深いことが多く、聞き入ってしまう。そして、つい私も会話に応じてしまう、ということが何度かあった。事件とは全く関係ない話だし、話したことで調書を作れるような内容ではないし、作られても私は署名しないし、検事もそれを承知で話していたと思う。

 私は逮捕直後の1ヶ月は私選弁護人の方針で、取り調べでの調書作成に応じていた。その後、新しい弁護士が2人選任され黙秘を決めたのだが、それを知らない西澤さんが起訴日直前に、検察庁に泊まり込み徹夜で作った調書を私の前に差し出し、私から署名を拒否された時の彼の落胆ぶりといったらなかった。

 翌日、彼は私に恨めしい顔を向け、「昨日はショックで駅のホームから飛び込もうかと思ったよ」と本気とも冗談ともつかない口調で言った。阿部寛似のニヒルな笑みを浮かべて。被疑者から調書をとれないのは検事失格だとも言っていた。

 私の黙秘を翻意するのは無理らしいと悟った頃から、セックスの話題が出るようになった。

 西澤さんは私が10年交際していた男性の事情聴取も担当しており、彼から聞いたことを話題に出してきたのがきっかけだった。私は彼の仕事の休みの日は大抵一緒に過ごしていたし、年間50泊以上も共に旅行をした仲だったから、私のことをよく知っている彼に検事は微に入り細を穿ち話を聞き出していた。

 当時「Sさん」としてメディアの取材攻撃を受けていた関根さんは憔悴していたという。ルックスはペ・ヨンジュンとアサミ美容外科の浅見善康総院長を足して2で割った感じで、私はその容姿が好きだった。なぜ関根さんと結婚する気がなかったのかは、弁護士の先生たちからも、刑事にも検事にも記者からも一般の人からも質問されることなのだが、一言で言うと彼は性格の悪い人だから。そんな男となぜ10年も付き合っていたのかって?気質の悪さを補う長所があったから。

 それはルックスだったりセックスだったりセンスだったり、そこに惹かれたら嫌いになって別れることが出来ない種類の長所があったから仕方ない。

 言っておきますが、彼はセックスが巧い人ではありません。性欲の薄い真性の淡白で、どんな精力剤を飲んだって1日に2回勃起することは絶対ないし、前戯でイカせるテクニックはないし、体位のヴァリエーションは少ないし客観的に見るとセックスにおいて褒めるところはあまりないのだけれど、肌が合うのです。皮膚の質感と、彼のペニスの形と私の膣がフィットする感覚は相性としか言えません。そして私が何より好きだったのは、彼の匂い。男の人って378歳から体臭が変わってくるでしょう。

 私が本命の彼女として付き合うようになった時に彼はちょうどその年齢で、10歳年下の私にはその匂いがたまらなく魅力的だった。
 彼が私の自宅に泊まったり旅行するたびに、彼が脱いだ下着を、洗濯してあげるとか、新しい物を買ってあげると言ってもらうことが何度かあった。実際洗ったり買ったりするのだけど、私の目的は彼の使用済み下着の匂いを嗅ぐことなわけ。そんなこと他の男性にはしたことがなかったから、彼には伝えていたの。くんくんしてますって。私は彼がそんなことまで事情聴取でしゃべったことにびっくりしたんだけど、捜査側は私の性癖にいちゃもんつけるのかと思いきや、それを盗癖に結びつけようとしていたのには唖然とした。

 検察は、ある男性から私が5万円盗んだことにしたくて仕方なかった。私はあの男性から1千万貰いました、その男性からは1億近く頂きましたと認めているのに5万円盗むってどういうことかと不思議でならないんだけど、検察はどうしても私がある男性の財布から勝手に5万円抜き取ったという窃盗罪で起訴したかった。
 彼氏のパンツ盗むんだから、婚活相手の財布からお金盗んでもおかしくないという筋です。そもそも彼のパンツは盗んでいたわけじゃないんですけれども。
 この話、裁判でされるのかと思ったら出てこなかった。私は取調室で、彼氏の穿いたパンツの匂いを嗅いでオナニーするのか、刑務所でもオナニーする女性がいるって聞いたことあるよ、なんてことまで検事から言われていたのですが。

 まぁ、そんなこんなでセックスにどのくらい時間をかけるかという話になった。

 女性器のイラストが描かれた叶恭子さんの本やアダム徳永のセックス指南書を机の上に広げたりと、もう下半身の話題に遠慮がなくなっていた検事は、コンドームメーカーのデュレックス社が26カ国で調査したセックスの年間平均回数とセックス時間の統計資料を持ってきた。

 日本は、セックスの年間平均回数が45回で対象国中最下位だという。棒グラフで見ると歴然で、1位のギリシャは日本より3倍以上棒が長い。日本人の1週間に1度という回数は、平均するとそんなものだろうという数字に思えた。しかし、ブラジル、ポーランドを筆頭にインド、メキシコ、スイス、中国、イタリア、フランス、ドイツといった国々では、年に百回以上しているらしい。西澤・佐藤コンビが注目したのは回数より時間だった。

 事務官の佐藤君は、「木嶋さんに質問があります」と言った。彼は細身の体にタイトなスーツを着て実寸より5cmは長いであろう爪先の尖った革靴を履いている。2日続けて同じ靴は履かないオシャレ君だ。手の爪は短い。髭の剃り残しもない。髪のセットもばっちり。

「僕は彼女がいるんですが、この統計通りセックスは20分かかりません。15分で終わるセックスは短いでしょうか?」
 彼は真面目な顔で、既に被告人であり被疑者でもある私に尋ねた。
15分で何が出来るんですか?」と私は聞き返した。
「前戯から射精まで全部してます」
「・・・それで彼女は満足しているんですか?
「多分、満足しているはずです」
「どうしてそう言えるんですか?佐藤君は射精しても彼女はオーガズムに達していないんじゃないかしら」
「彼女は絶対イッてると思います」彼は自信に満ちた顔で言った。
「本当ですか?」
「はいっ」
「へぇ。15分でねぇ」
「短いですか?」
「そりゃそうでしょう」私が呆れ顔で言うと
「木嶋さんはどのくらい時間かけるの?」と検事も口を挟んだ。
「普通は2時間くらいするんじゃないですか」
 私は一般論として言ったつもりだったが「それは凄いな。木嶋さんはやっぱり強いんだなぁ」と妙に感心して肯かれた。
「彼女が演技しているとは思わないんですか?」私は佐藤君に訊いた。
「演技はしていないと思います。それはわかります」佐藤君はきっぱり言った。
 多分膣の中じゃなく、クリトリスでイッてるだけだろうと思ったが「そうですか。2人がそれで良ければ何分でも構わないんじゃないですか」と私が言ったら
「木嶋さんは15分じゃダメですか」と突っ込んできた。
15分でセックスが出来るなんて考えたこともないですね」と答えたら
「アダムタッチをマスターした方がいいでしょうか」と真剣な眼差しで20代の男の子が言うのだ。

ここは取調室ですよね?
 私を殺人犯として起訴しようとしている検察の人たちですよね?

 当時もおかしいと思っていたが、いま考えても相当おかしい会話だった。

「アダム徳永は、前戯15分、交接5分のセックスはジャンクセックスだと言ってるんですよ」佐藤君はまだ時間にこだわっていた。

「時間を気にする必要はないと思うけれど、徳永さんのスローセックスは商業的なものですからね。あれを忠実に守っている男性ってそういないでしょうし、毎回同じことをされたら女性はつまらないですよ。実際のセックスで丁寧に愛撫してくれる上手な男性が少ないから、欲求不満の女性がアダルトグッズを買うわけでしょう。バイブレーターを使うとものの数分でイケるんですから、セックスの時間とオーガズムと満足度を数字で判断するのは難しいですよ。15分は論外だと思いますけど、長ければ良いというものでもないですし。徳永さんのスローセックスは、ポリネシアンセックスとは全然違いますよね」と私が言った直後

「ポリネシアンセックス?」と西澤・佐藤コンビの声が重なった。

 その後も延々とセックス談義が続き、西澤さんは「俺は昔、セックスの最中に肩をかじりつかれたことがあるんだけど、あれはどういうことなんだろう」と言い出し、過去の性体験告白大会になっていった。

 検事は「こういう話って誰も傷つかないから楽しいよね」と笑福亭鶴光みたいなことを言っていた。セックス話で傷つく人は案外多いと私は思うけれども。廊下で待機していた警官にも「セックス」という言葉が聞こえたらしく、取調室を出てから「際どい話してたよね」「あれはセクハラだよ」と心配された。

 検事の取り調べには逮捕した署の留置管理課の警官が付き添うことになっているのだが、私の場合、埼玉と千葉の検事は取調室に警察官を入れなかった。これは検事の裁量に委ねられているようで、この決定には刑事も口を挟めなかった。基本的に警察と検察は仲が悪いし、検事が取り調べを望めば刑事は速やかに席を譲るしかない関係だ。完黙している私に、怒鳴り、脅し、けなし、時には宥めるように褒めそやす刑事は、私が検事と何を話しているか知らなかった。留置場から検事がいる取調室まで私を護送する留管職員は刑事と立ち位置が違うから、警察官で私の敵ではあるけれど私の心配をしてくれることもある少し奇妙な存在です。

「あの変態検事のやってること、限度を超えてるよ。完璧にセクハラだって。弁護士に相談した方がいいよ」と真顔で忠告してくれた男性巡査長もいた。

 私が「セクハラとは思わないけど、日本人のセックスの平均所要時間って15分くらいらしいんですよ」と待合室で護送職員に言ったら「えーっそんな話してたの!?」と若い女性巡査は驚き顔を赤らめた。

 20代の男性巡査長は「そんなもんだよ。15分ありゃ充分でしょ」と15分セックスに同意した。よく護送車の運転席に乗っている映像が報道に出ていた眼鏡をかけた50代の巡査部長は「俺の年になったらもっとゆっくりしたいなぁ」としみじみ言った。

 埼玉の検事調べではよくセックスの話をしたよなぁという印象が強いのだが、これについて私は特段不快な思いを抱かなかった。検事の取り調べに関して弁護人が検察に抗議し申込書を送ったことがあったけれど、セックス話とは無関係な事情だった。その件で登場したのが、佐藤優さんを取り調べた西村検事です。

 千葉の小西検事と事務官の藤原君は、埼玉コンビより双方少し年下だった。

 取り調べ中に「実は、今日は僕の誕生日なんですよ。何歳になったかは秘密ですが」と言い、小西さんはなぜか最後まで年齢を明らかにしなかったが、私より年上で西澤検事より年下だと思う。

「男になら言えるけど女性だと難しいよね」と、何かにつけて私が異性ということを意識していたナイーブでシャイな側面がある小西さんの口からは、セックスという単語は一度も出てこなかった。

「埼玉の西澤さんはよくセックスの話をしていましたよ」と私が言ったら「う~ん」としばらく考え込み、「以前電車内で痴漢をした男の裁判で再現することになって、被告に体格が似ているということで僕が選ばれたことがあります。僕が話せるのはこのくらいですね」と言って照れるような人だった。

 小西さんは「これが僕の気持ちです」と言い、バッハの「マタイ受難曲」を流したことがある。シュミーダー番号BWV244のあの曲。西澤さんも何度か音楽を聴かせてくれた。取調室に花や絵が飾られていたりBGMが流れているって普通じゃないらしいけど、これは私が女性だからこそのサービスなのかしら。

 小西さんは、ハスキーヴォイスで讃美歌を熱唱してくれたこともあったし、西澤さんは絵本を読んでくれた。これらは取り調べの全面可視化で録音・録画されるようになったら、決して出来ないことでしょう。
 検事の取り調べは思い出深いエピソードがたくさんある。裁判員裁判過渡期の大型事件の取調室ではこんなことが起きていた!という内緒話も、こちらのブログでは書いていこうと思っています。