担がれるエピメテウス

パンドラの箱、というのがある。

エピメテウスが美女パンドラにもらった箱、である。
ご存じのようにギリシャ神話では、エピメテウスが後先考えず開いてしまって(エピ - メテウスとはすなわち、「後で考える人」という意味である)、どえらいことになる。あらゆる災難悪徳が飛び出して、それらは世界中にちらばってしまう。

「決して開いてはいけませんよ」といいつつ箱をくれるパンドラもパンドラだとは思うが、そしてこれは「好奇心は人を滅ぼす(こともある)」という原始キリスト教的な教訓のプロトタイプも含まれているようで興味深くもあるが、さしあたりそのことはどうでもよい。

ある日、パンドラの箱なんてものをまったく了知しないエピメテウスのもとに、眼鏡かけたシワシワの、眼光だけはやたら鋭い初老がやってきたとしようや。
その初老はエピメテウスにこう言うわけだ。

パンドラの箱というのがあってな。
開くとえらいことになる。
これ、パンドラの箱なんだ。
おまえにやるよ。
でも、開けたらいかんよ?


こう問われた時に、効果は4通り考えられる。
1.開けてえらいことになる(パンドラの箱)
2.開けたがえらいことにならない(初老が箱でエピメを担ぐ)
3.開けない(でもパンドラの箱、たぶんいつか誰かが開く)
4.開けない(初老の愉快犯未遂)




海上保安庁の、いわゆる中国漁船衝突ヴィデオが公開されて、ちょっとした騒ぎになった。YouTubeにて広まったこともあって、マス=メディアが国家情報に関して完全に出し抜かれた(翌日の朝日新聞一面には「YouTubeにて流出」と記された)という意味で、それはそれで情報論において象徴的な事件である。

ヴィデオ非公開の時点ですでに非難囂々だった仙谷由人官房長官は、情報を流出させたと自認する保安官が逮捕されたことに関して
「捜査の期間中にそこに身を置く司法警察員の身分を持つ人が、訴訟に関する書類を流出させて『国民に見てもらいたい』などと言うことは想像ができない」と語り、厳しく批判した
http://www.asahi.com/special/senkaku/TKY201011160183.html
そうな。

しかし、捜査情報の漏洩なんて、記者クラブ制度の表と裏でいままで散々やってきたじゃないか。
もちろんそれをやってきたのは自民党政権においてであるが、そうだとすれば民主党政権下では正統な、厳正遵法的国家としてやろうというのだろうか?
スパイ防止法も制定し、他国に対するものも含めた情報漏洩に関しては厳正に対処すると、そういうことを行うつもりはあるんだろうか。

もしそうだとすると、姿勢自体は評価してもいい。
しかしそうでなければ、とんだ情報統制タヌキである。



asahi.comでは国家公務員法に抵触するかどうか字義的法解釈的な判断をしているが、職務上の秘密を公表したのは明らかなんで、この情報を持ち出した行為自体は守秘義務にほぼ間違いなく引っ掛かる(但し今回自首してきた保安官が該当するか、それとも当該保安官は幇助犯扱いで情報元が正犯で引っ掛かるかは状況による)。今回問題なのはそこではない。
そこではなくて、今回の事例に
行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする
と第1条にて謳われた情報公開法が合致するかどうかを審議検討せねばならんだろう。

情報公開法はもちろん、開示情報対象に例外を認めている。
第5条第1項第3号にて、「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」、同第4号にて「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」については開示できない旨、定めている。
第3号は防衛・外交情報、第4号は犯罪捜査情報だが、通説は「行政機関の長による第一次的判断を尊重する」としている。すなわち、実際に司法判断をさせようとすると「高度の政治判断を要する問題」としてハジかれる可能性が高い。
しかしながら、これら尖閣諸島問題の情報は法解釈的に考えると、憲法21条によって保護されている「知る権利」、または情報公開法にて「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」「知る権利」の最たるものである。そして「知る権利」は社会の木鐸を自任するマスメディアにとって金看板、最終防衛線であり絶対的生存圏である筈である。オマエらツマラン政治家のスキャンダルやらロス疑惑の三浦和義の情報呈示にまで「知る権利」を押し立ててこれまでやってきたじゃないか。国家公務員法の字義(児戯)解釈でお茶を濁すのではなく、使える武器全部つかって正面から戦わんかいという思いだ。

そういうことも併せ考えるに、先に述べた「YouTubeで出てきた」という論点も含め、情報inteligenceの流れが明らかに変わっているということを知らしめる事件である。



ところでもし、誰もヴィデオを流出させなかったとして、当該国民感情は、いつものように次第に、かつ加速度的に収束・終息していったのだろうか?
むしろ逆ではなかろうか?

この度、ヴィデオが(これでもまだ一部だそうだが)公開されて「ああ、これは非道い」と思った人間が何人いるだろうか。
「おお、確かにぶつかっとるな」という感じだろう。
もちろん、尖閣列島は現在、日本の領土である。日本の領土領海にて漁船がコースト・ガードの公船に体当たりしてくるというのは違法行為である以上に、敵対的行動である。
しかしながら、人間の想像力は逞しい。
公開しなかったとすると、対中国の国民感情は無駄に、それこそまったく無益に、鬱屈したのではあるまいか。

そうだとすると、このパンドラの箱らしき箱は、開けてみた結果パンドラの箱ではなかったということになる(現状は、という前提つきだが)。
つまりそもそも箱を封印していたことに怒っていたエピメテウスは、初老に担がれたことになお、怒っている。
国益というものがあるとすると、開けなかったことにより損なわれたそれおよび損なわれた政府の信頼は小さくないのではないかと思われるのだが。

その意味では、「パンドラ」の箱ではなかったが、まあそうだな、「sengoku」の箱と呼び称されるには相応しい悪徳が飛び出てきたということは、いっていえないこともない。まあそうねその程度ね。
パンドラの箱には「希望」が残ったが。
我が国の箱にはそれに類するものは、残っているだろうか?



なお、仙谷がとんでもないやり手ならば、ヴィデオを隠しておいて、国民に「非道いものに違いない」と思わせておきながら、これを別ルートにてコソッと公開することによって「なあんだ大したことないじゃん」→ガス抜きウマー、ということを考えたといえなくもないが。
いや、いえないか。

ヒツジの「布石」論

野球はメンタルな部分に非常にウェイトがあるスポーツである。
もちろん他のスポーツもメンタルな部分に小さくない荷重がかかるものであることは疑いない。
しかしながら野球は、サッカーやバスケットボールなどと違い、合間合間に考える時間が山ほどある(「ブタの双六」と蔑称される所以でもある)。ゆえに、その待ち時間にかかる精神的荷重はひとかたならぬものである。

ゆえに、ゲームを展開する上において、指揮者の「布石」というのが大変重要な要素となる。
それはあるいは「形式form」といっても「規則rule」と呼んでもいい。
それらが重要素となる。

重要素となる理由は二つある。
ひとつは、それが指揮者への帰責事由となるからである。
ひとつは、それが行動者(選手)の期待仮説となるからである。

前者をさらに敷衍すると、次のようになる。
基本的な「布石」が明示され、指揮者によって指揮され、行動者はそれに従う。これにより、指揮者が結果責任を負うという基本形態が現れる。結果責任は分散、あるいは指揮者に集中され、それに基づくことにより、行動者は過度の結果責任を負うことなく行動することができる。これは「安心感」とでもいえるものである。

後者をさらに敷衍すると、次のようになる。
「布石」が「規則rule」となることにより、行動する側にとっては強い予測可能性が生まれる。あるいは行動選択が比較的容易な択一問題となり、結果の吉凶問わず、行動者には合理的な期待が生まれる。とりもなおさずこれは行動者にとって、行動中の精神的負担を軽減することになる。

指揮者による指導の「形式form」が重要になるのは、以上の点によるものである。

野球に限らず団体スポーツを行う・行った事があれば、
・結果ではなく、形式を意識する
・次に自分が何をすべきか、その予測ができる
この二つが如何に重要な意味を持っているか、容易にわかることだろう。

逆にいえばこれらの要素がなければ、結果を意識しすぎて必要以上に自分の行動に負荷がかかることは容易に推察できる。

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タイガースは今日も負けた。
今日も今日とて逆転負けである。もはやお家芸になった感がある。

真弓(以下ヒツジ)監督は8回から藤川球児を投入したことを問われ

「調子が悪いのはわかっていたんだけれども、何とかしてくれるのかなあと思って」

という談話を発表した(当日TBSラジオのレポートより)。

「何とかしてくれるのかなあ」というのは言い得て妙である。

「だめかもしれないけれども、選手に任せる」。
9回限定ではなく、
リード場面限定でもなく、
場合によってはいってもらうかもしれない。
でもオレは、オマエに期待しているから。
だから、オマエを出してみるよ。
何とかしてくれるのかなあ?

もちろんこれは選手の自主性を尊重している指揮ではない。
単なる指揮者責任の丸投げといえる。

今年、ヒツジとヒツジの仲間達はこればっかりだった。

歴史を振り返ってみると。
たとえば名将・森祇晶は90年、ぶっちぎりのリーグ優勝・日本一を果たすわけだが、彼は当時の中継ぎエース・潮崎哲也を、いわば酷使した。
6回7回から出して、場合によっては最後まで引っ張る。
90年のシーズンMVPは怪物ルーキー野茂英雄だったが、ライオンズ優勝は潮崎によるものだったと断言できる。
ただしそれができたのも、当時ジャイアンツからきた経験十分のリリーフエース・鹿取義隆が後ろに控えていたからである。

あるいは、横浜ベイスターズで「大魔神」と恐れられた佐々木主浩が1998年、中継ぎエース盛田幸妃のトレードを聞いて「オレを壊す気か」と激怒したというのも、当時の絶対的「守護神」といえども、如何に責任分散が重要かということを例証している。


継投は最も明示的に監督の手腕が表れる場所なので目につきがちだし、我々も論うことが容易なわけだが、以前記したようにヒツジ監督は攻撃指揮でも同様の場当たり的・その場限り的指揮を行う。
それが現場の人間にとって如何ほどの重圧になるか、恐らくヒツジとヒツジの仲間にはわかっておるまい。

ゆえに
「(久保田と藤川の2人は)プレッシャーを背負い込んでると思う。(味方の失策で)大きなプレッシャーを自分に与えてるのかも」と久保投手コーチ。(中略)
CSは07、08年に続く3度目だが、いずれも突破できず。優勝を逃した終盤戦も大事な一戦を取りこぼした。「短期決戦、ここ一番に弱いところがある」と真弓監督。
http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/news/20101018k0000m050061000c.html?link_id=RAH04


こういうことを平気でいう。

「ここ一番に弱い」のはヒツジが「布石」「定石」「形式」「規則」「規範」をもたない、その意味で指揮者責任を何とも思っていないヒツジだからである。

選手のせいではない。

安物買いの業務妨害

 たとえば、クルマが欲しいあっしがネットを渉猟しているとする。
 あっしはアストン・マーチンDB9がほしいわけね。
 前からね。

 で、ある車屋にたどりつきましたと。
 格好いい写真がこう、ついてある。

 「激安特価!
  アストン・マーチンDB9
  円高還元価格!
  乗った途端にIT長者気分!
  あなたも明日からホリエモン!
  驚きの350万!」

 て書いてあったら、「ニコイチだろこれ」とか
 「10日もしたらエアサスがへたって30年前の暴走族みたいになるんだろうなあ」とか
 「もしかしたら乗った途端に暴走して、晴海埠頭から死のダイヴを敢行するような《自動車界のオルロフ》かもわからん」とか
 思うわけやね。

 なお、アストン・マーチンDB9は今現在、中古でも一千万するね。
 いろんなとこに "Handmade in England" と書いてある絶美の、ベンツがベンキに見えるほどの走る芸術品やから、価値に見合う価格がついておるということやね。

 要するに、物の常識的価値と表示価格に大きな差があるときには、眉につばを百回つけてかからねばならんと。
 こういうわけやね。

 それを人は「常識」というわけやが。

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 バリバリ家電という家電量販店がいま、えらいことになっている。

 ネットショップが商品価格を誤表記してお祭り騒ぎ
  高級大型テレビを11,509円と表示


 ネットショップだって人間が手打ちで価格を入れているところがほとんどなわけで、当然表示価格の間違いというのがしばしば発生する。
 高価な方向に間違うならばまだ救いはあるが、安価な方向(とくに一けた落ちるとか)に間違うと、それを奇禍としてハイエナみたいなんが山ほど集まるので、大抵はいわゆる「祭り」、もっといえば「火祭り」、ネットショップ側からみると「血祭り」、われわれ傍観者から見ると「大騒ぎ」に発展することが多い。

 今回に関してもそうである。
 52型のAQUOSが何と驚きの一万円余り。

 これについて少しく考察してみたい。

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 まず、ネットショップにおいて価格表記がなされ、これに対して顧客が注文メールを送付する。注文が成立しているのか、成立するとすると何処で成立するか、ということが問題となる。
 契約は「申し込み」と「承諾」によって成り立っており、売り手の「申し込み」に対して買い手が「承諾」することによって契約が成立する(「成約」)。もしネットショップの価格表記が「申し込み」であれば、買い手のメールによる行為は「承諾」ということになり、売り手の一方的理由で解除する場合、損害賠償責任が発生する可能性がある。
 しかし、たとえば店舗において、品物を展示し、価格を表示することは「申し込み」ではなく「申し込みの誘引」である。ネットショップにおける価格表示も同様のものと考えると、これは「申し込みの誘引」であり、買い手のメールによる行為こそが「申し込み」であると解される。
 したがってこの段階つまり価格表記を見た上で買い手がメールを送付した段階では、売買契約がいまだ成立していないと判断するのが妥当であり、この時点で選択権は店舗側にあるため、店舗側の意図によって契約不成立とすることは問題にはならない。
 尤も、契約がもし何らかの理由で成立した場合に、誤表記であった「申し込みの誘引」を法律要素の錯誤と見て錯誤無効が成立するかどうかが問題となる。
 この場合は、誤表記が民法第95条但書「表意者に重大な過失」に該当すると考えられれば契約が成立し、売り手としては商品を当該価格で引き渡すか、或いは引き渡せない場合、売り手には債務不履行による損害賠償責任が発生する。
 今回の事例に関して更に考察を深めると、当該対象商品はネット最安値で判断しても二十万円以上の商品であり(参考)、それが最安値の二十分の一、卸値から判断しても十分の一前後の価格で表示されている場合、誤表示であるということが容易に類推されるはずであり、買い手すなわち申込者の過失、あるいは悪意もまた、容易に推察できるものである。契約準備段階における双方の注意義務違反を考量し、当該誤表記は重過失ということはできず、もし一時的な契約成立をみたとしても、錯誤無効が主張しうると解する。

 さて、今回の事例に関しては、今述べたように、契約準備段階において売り手バリバリ家電(甲)に価格誤表記という過失があり、いっぽう買い手に関しては、明らかな誤表記を奇貨として申込みを殺到させ、結果的に一時的に業務を停止させた疑いがある。これが刑法第233条に規定されている偽計業務妨害となる可能性があるため、こちらを考察する。
 偽計業務妨害罪における「偽計」とは、人を欺罔し、または他人の錯誤或いは無知を利用し業務を妨害することによって成立する。「業務の妨害」に関しては、実際の侵害をし、結果を発生させたことによる「侵害犯」であるとする説もあるが、実際のところ業務妨害罪は、殺人罪や傷害罪のように行為から明白な結果が発生するものではなく、多用で曖昧な周辺部分を含むものであるため、当該構成要件はややゆるやかに解し、「妨害の結果を発生させる恐れある行為」であれば業務妨害に包含されると考える(判例同旨)。
 今回の事例もまた、小売電子商取引における価格誤表記の例によって、一部の電子掲示板への情報提供によって騒動が拡大、結果的にその原因的過失はあるものの甲を一時的営業停止状態としたものであり、実際に当該価格であると信ずべき理由もしくは過失があった者は格別、背信的悪意をもって申込みを殺到させた者がある場合、当該行為者については構成要件的故意は認められるものと断ずる。

以上

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 いずれにしてもね。

 これを見て祭りに乗った輩はアホやと思うし、乗った上でわあわあ言うとんのは地上げ屋とか当たり屋とかとやっとることはあんまり変わらんということを知ったほうがええね。
 もちろん今回の騒動の「巻き添え」で「一緒くたにキャンセル」された人も居るみたいで(祭り対応で通常処理が追いつかんようだ)、その方々は全然関係なく、道歩いてて大事故の巻き添えになっただけみたいなものだから、ただただお労しいと思うけれども。

 また、もし本当にこの「驚きの価格」で買えると思ってボタンをpushしたひとが万一居るとすると、それは無邪気で大変結構だけれども、その無邪気さは社会的悪意によって削られる可能性があるということを知ったほうがええね。

 変な絵とか脂だけの化粧品とか、
 350万のアストン・マーチンDB9を買わされるね。

羊と公訴時効と親分あるいは江夏

Hi.
Long time no see.

いつものきくいちもんじです。



阪神タイガースの今年一年のペナントレースが、無名投手対手の完封負け、という今年を象徴するゲームで終了した。

名将野村克也は

 勝ちに不思議の勝ち あり
 負けに不思議の負け なし

という。

負ける時は、負けるべくして負けている。

全体最適解が部分最適解とは必ずしもいえないが、しかしそうであることが非常に多いことをよく知っている、つまりは自分が目立ってどうこうするというよりもまずチームが勝つことがさしあたり自分の快を増大させることをよく知っている現今の野球エリートの多くは、数十年前のプロ選手よりもおそらく自然に「チームの勝利」ということを意識している。
勝つために何をするか、を意識している。

そんな選手が揃っていても、首脳陣が莫迦だと如何に悲惨な結果になるか、ということを改めて感じた一年だった。

タイガースは144試合で78の勝ちを収めた。立派なことだ。
しかし63の負けの中、3の引き分けの中には幾つかの勝ちが潜んでいたのは疑いない。それは「不思議の勝ち」から「必然の負け」の方向へ転がった、勝負の賽である。

わたしはいつも引用するが、プロイセンの名将クラウゼヴィッツの言葉に

 百匹のヒツジを率いて戦う獅子は、百匹の獅子を率いて戦うヒツジに勝つ

というものがある。

今年も何試合か観戦して、負けにヒツジの采配が「必然的に」絡んでいたのを一再ならず確認した。先日詳細に分析した一戦なぞ、まさしくその最たるものである。

「今年の阪神は勝負弱い」とか言われているが、勝負弱い、のではない。
厳しい野球をしていない、ということに尽きる。

9回を見通した厳しい野球、シーズンを見通した厳しい野球がまったく、出来ていない。メンツにこだわり、目先の一勝にひきずられ、守りに入って、昨日のやり方と今日のやり方を変え、そしてひとつ勝ってひとつ負ける、ふたつ勝ってふたつ負ける、そんなことを繰り返した。

たまたま、まさしく「不思議の勝ち」が負けに比べて15回多かった。
ただそんな感じである。

ワンシーズン戦えば、優勝チームも必ず60回負ける。
その60の負けを如何に上手く負けるか。
如何に上手くシーズンにはめこむか。
負け戦を如何にうまく撤退するか。
ペナントを制するチームには必ず「勝つ戦略」と「負ける戦術」がある。
真弓阪神にはそういうことが全く感じ取れない。
それはずっとそうである。

阪神球団は愚かにも、来年も獅子の集団をヒツジに率いさせるらしい。
ヒツジも肉の値段が上がっているので大変結構だが、首脳陣(ヒツジ)は今年の「惨敗」から学ばないと来年も同じことになる。
近年まれに見る強大な戦力は近年まれに見るヒツジに使い潰されることになるだろう。

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さて。

平成21年度の重要判例集を見ていると、以下の民事判例が出ていたので、ああそうそうと思い出した。

足立区女性教師殺人事件

非常にかいつまんで述べると、1978年8月、小学校の女教師が同学校の警備員によって殺害された事件である。
特異なのは、発覚したのが事件から26年も経過した2004年で、公訴時効すなわち殺人罪として立件するための時効(当時は15年、現在は25年)が成立した後であったため、人を殺したと自首して出た犯人を公訴することができなかった、というものだ。

刑事事件としては立件できないため、遺族によって民事(不法行為による損害賠償請求)として訴えが提起された。

なお、民法724条には時効および除斥期間(20年)がやはり設けられている。
第724条
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
除斥期間というのは、スイッチ入れないと効力を発揮せずまたスイッチを任意に切ったりできる(つまりは進行と停止が可能な)時効と違って、放っておいても勝手に進んで20年経ったら自動的に消える、スパイ大作戦のテープみたいなものである。殺害者側はこれ、つまり「損害賠償請求権は20年の除斥期間によって消滅している」ことを主張した。
まあ素朴な正義に反している。
そして民事訴訟は素朴な正義の味方であることが多い。

平成21年4月28日最高裁第三小法廷判決にて上告棄却。

最高裁のロジックとしては次の通りである。
被害者が死亡した時から、相続人がその事実(不法行為)を知ることができず、結果的にその権利を援用することができない状態で、原因を作った加害者が損害賠償義務を免れるということは「著しく正義・公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要がある……民法724条後段の効果を制限することは、条理にもかなうというべきである」とし、民法160条 [相続財産に関する時効の停止] を援用しつつ、「相続人が確定した時から6ヶ月内に……損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である」と判断した。
参考:第160条
相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。


なお、ナンデ殺したんだろう?というのは誰しもが引っ掛かる点である。
この点、男の供述書ではこのようになっている。
78年8月14日夕。校舎の巡回中、1階給食室前の廊下で、プール当番の日直だった石川さんとぶつかりそうになった。
 〈「こんなところで何をしているのだ」と近寄ると、バッグの様な物で私の顔を殴ってきた。払うとひっくり返り、大声をあげた〉〈こういう状況を作る目的で罠(わな)をかけてきたのではないか。処分されてたまるかと強い怒りが生じ、夢中で両手で首を押さえた〉

分解するとこういう感じである。

adachi01

一般論だが、こういう供述はよく練られている。
あとで状況の一部が発覚した際に、整合性がとれなくならないように、「状況は見ていないけれども、物音の一部は聞いていた」という証言が出ても問題ないような形で事実が折り込まれている。事実らしきものを抜書してみよう。

adachi02

このままでは意味がわからんので、事実の間を黄土色でブリッジしてみる。

adachi03

何が起こったかわからんといえばわからんし、黄土色の部分をさらに膨らませてみれば、よく分かるといえばよく分かる。

しかし時効や除斥期間の問題は、非常に難しい。
特に公訴時効がある理由としては幾つか理由がある。時間が経つことにより社会的影響(社会的応報感情)が低下し、刑罰権が消滅する(実体法説)、または時間が経過することによって証拠が散逸し、審理が困難になる(訴訟法説)、などがあるにはあるのだが、比較法的にも、重罪に限っては公訴時効をもたない国もあるし、だいいち社会的応報感情というのは何かの契機に唐突に上下降するものであり、最初に漫々とあったものが段々低下してゆくという自転車のチューブに入った空気みたいなものではない。社会的影響でいえば「逃げ得」を許す(ことが知らしめられる)ことによる素朴な正義感覚の毀損のほうがより大きな問題であるように思う。
おれはどうすんのかというと、解釈学的には訴訟法説とるんだけどね。
反論として、量刑の多寡によって時効期間が違うのはおかしい(審理が困難になるのはどの刑罰も同じであるはずなのに)というのがあるが、それはそれこそ重罪の社会的影響との考量を図っているんだから問題ないと考えはするのだが。しかしこれは法解釈学つまり公訴時効が法に組み込まれているということを前提としての立場であって、本当に必要かというと「ううむ」と唸らざるを得ない。
おおっとマニアックになってしまったが。

まあそういうことなどを考えていた。

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ところで押尾先生裁判の第一幕が終わって、一部の有識者たちが「量刑が軽い」と主張している。ヤメ検弁護士の大澤氏とか、刑法学者板倉宏などがサンケイにて異口同音に「思いの外軽い」と述べていた。
第一審は結局2年6ヶ月の実刑判決が出て、押尾側控訴、検察側控訴断念ということになったわけだが、2年6ヶ月というのは妥当でもあり、また極めて絶妙な量刑だと思っていただけに一部の有識者の物言いは意外である。
2年6ヶ月であれば、初犯の場合執行猶予がつくことが多い。押尾はその前に薬物のほうで1年6ヶ月くらいの判決が出ておったので結果的に実刑になったわけだが、それがなければ執行猶予3年だったんだよという「ウナギの匂いだけ嗅がせる量刑」ではないか。押尾先生側とすれば

「くうう薬物さえなければ・゚・(ノД`;)・゚・」

という感覚ではないか。もちろん薬物と女性の死、というのは原因と結果、トンネルの入り口と出口、江夏豊と1981年の日本ハムファイターズ優勝みたいな関係では、あるが、それでもなお、だな。なんかそこはかとない「惜しい」感じを与えるんじゃないかと思うんだよ、押尾先生に。で、そうだとすると刑罰判断としては成功なのではないか?

今なぜ日本ハムファイターズ優勝を出したかというと、大沢啓治親分が死んでしまったからだ。
いまも時々、東北新社製DVD「激闘!日本シリーズ」で1981年の日本シリーズの模様を見たりするが、旧き良き時代の監督、野球がとても面白い時代の監督だった。勝利監督インタビューを毎回、タバコ吸いながらやってんだぜ、ホント時代だなあと思うよ。
二度目の監督生活はリアルで見ていたが、その時も面白かった。「一緒や、打っても!」(by.片岡篤史)の時代やね。

ああ、江夏豊といえば、タイガースの監督か投手コーチ、江夏にやらせろよ。
武闘派のイメージばっか強いけど(そしてそれは間違いじゃないが)すっげえ理論家だぜ、江夏。タイガース愛も強いし。
「バカヤロー!球児潰す気かよ!」とかいって殴ってほしいね、いや真弓をさ。

【追記】
殺人の公訴時効は今年の4月になくなったようだ。
ニューズなんて全く見ないんで知らなかったぜ。渥美東洋の最新版刑事訴訟法にも書いてなかったぞ(←当たり前)。
なんぼコメンテーターに違和感を覚えても、ニューズは見ろということやな。

打線は水物、采配も水物

 スポーツ観戦においてまず忌むべきは、結果論やと思うんよね。

 負けた「から」グダグダいう、という印象論がつきやすいからね。
 さらに、言う方は、負けた「から」言いやすいということもあるわね。

 きょうは、八回表にヤクルトに逆転された際に、再逆転を願った。

 きょうに限っては、勝ったんを見たかったんじゃなくて。
 勝ったときに思いっ切り文句を言いたかったんやね。


 でもまあ、負けた。
 負けたんで、抑え気味に書きたいと思うんやけども。

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 久しぶりに阪神戦中継があったんで、あっしも調べものとか読書とか、勉強とか、やりたいことやらねばならんことがいっぱいあるのをおいておいて、わくわくしながら見た結果が、次の通りやね。

▼阪 神−ヤクルト 22回戦(阪神13勝9敗、甲子園)

ヤクルトス  000 000 030  3
阪神タイガ  000 020 000  2


【投手】
(ヤ)館山、増渕、李恵践、松岡、林昌勇−相川
(神)メッセンジャー、藤川球、久保田−城島

【責任投手】
(勝)館山17試合9勝6敗
(S)林昌勇47試合1勝2敗29S
(敗)藤川球49試合3勝3敗24S

【本塁打】
(ヤ)ホワイトセル14号2ラン(8回、藤川球)
(神)


 接戦になるんはしようがないよね。
 相性の悪い投手・館山に、相性の悪いデーゲームやからね。

 それから、負けたからいうんやない。
 気分のええ負け、って、あるからね。

 「ああ、負けたけど、ええ野球をみた」

 っていうのが、必ずあるんよね。

 むしろ暗黒時代と呼ばれた89年から(野村克也監督時代が「暗黒時代」言われてるけど、あれ全く違ってて、あの頃は若い奴らばっか出て来て、野村も継投で勝つしかないから一生懸命継投して、ポンコツひろてきてそこそこ活躍させて、おもしろく勝つ要素があったからね、オレらなんかにいわせると、村山好きやけど、暗黒時代は村山監督時代やね)、90年代ずっと、ほそぼそと阪神を見てきた人間からいわせると、「負けたからオレはいう」みたいの、ないんよね。

 いっつも負けてたからね。
 特に中継がある巨人戦はね。

 やから、自分の好きなチームのええとこ、見つけるの、得意なんよね。


 でも今日は本当に非道かった。
 リアルタイムで気分が悪くなった。


 逆転されたからいうんやない。
 球児で負けたからいうんでもない。

 本当に采配が非道すぎる。



 まずオレはね、思いつきで采配してもええと思うんよね。

 思いつきで選手起用しても、「このオッサン、思いつきでやっとんな」と思わせなければ、全然問題ないと思うんよね。もちろん勝つと雰囲気がよくなるし、負けても長嶋采配みたいに「それも味」と思わせれば、それはそれでええと思うんじゃ。

 今日は、というより多分「今日も」やと思うんやが、最近は余り野球を見んので今日はという表現にしておこう、今日は、思いつきで選手起用やったんがバレバレやね。


 今日は打線が全然打てんでね。

 でも「打線は水物」とよういうけど、どうしても不安定やから、打線で勝つチームって、余りないんよね。
 4番打者が打っても5番が打たない試合なんて、ざらやからね。
 3番打者だけで勝てる試合とか、
 6番打者だけで勝てる試合とか、
 そうそうはないわけね。

 そこへもってきてそれぞれの調子があるからね。
 打線だけで勝つチームって、余りないね。
 1985年の阪神タイガースとか、1999年のダイエーホークスとか、リーグ優勝チームでいうとそれに当てはまるけれども、85年の阪神だって、中継ぎエースに福間納が居て、山本和行と中西清起のダブルストッパーが居て(尤も山本和はシーズン途中怪我でリタイヤ)、優勝したわけやね。99年のホークスは篠原貴行が中継ぎで14勝、それからペドラザがリリーフエースで居ったね。

 打線がボコッと点を取る試合は投手陣どうでもいいんよね。
 点が取れんときがあるから、僅差で終盤勝ってるのを如何に落とさないか、それが大事なわけで、打線で勝つチームは、先発はグダグダやけどリリーフが充実しとるわけね。

 やから打てん日があるんは、首脳陣は大きく計算に入れとかんといかんし、入れとると信じたいところなんよね。リリーフエースだけでなくて中継ぎエースも必要なんは、グダグダの先発が落としかけた星を拾うのに、一人だけだと余りに負担が大きいから、ということなんよね。つまりは、中継ぎの相互信頼がどうしても必要になるんよね。



 今日の大敗(ダメージ的にはとんでもない大敗)には伏線があってね、昨日の試合、好投してた先発・久保投手を、《大事を取って》六回いっぱいで降板・継投して逆転負けしとるわけね。

 (sanspoより:真弓監督“無茶苦茶”サイ配で虎首位陥落 (1/2ページ)

 昨日、試合終わった直後からなんか非難轟々なわけ。
 投手コーチは「私のミス」とか認めちゃってるし。
 各巨大掲示板は荒れ放題、そんな感じやったね。


 でもわし、昨日の試合、必ずしも悪いとは思わんのよ。
 先発は基本六回、あとはリリーフに託す、という一念があるのならば、あるいはチーム規範があるのならば、それでいいと思うわけ。

 ただその場合、役割分担をしっかりしておかんといかん。
 また、とにかく先発が好投しても完投しない、ということならば、勝ちそうな試合は全部ストッパーが用意することになるわけだから、ストッパー(阪神の場合いうまでもなく藤川球児)は一回限定にしておかないと、なんぼ球児でも超人やないんやからいつか壊れるか調子を落とすと思うね。

 今週だって、中1日で一昨日も、三日前も2イニングを投げさせとる。

 最後の星を拾う覚悟のスクランブル登板は悪いと思わんけどね。
 球児もスタルヒンとか稲尾じゃないんだから、休める日を作らんと、まずいわね。壊れるか大きく調子を落とすか、するわね。

 で、今日よ。
 メッセンジャーがあっつい中よう投げて、7回無失点で切り抜けたわけね。昨日の試合がなかったらこれ6回に替えてるんやろなあ、とか思いながら、でもよう我慢したなあ、とか思いながら見とったわけ。
 昨日の様子やと、真弓はこれから残り試合、投手を継いで継いで勝つつもりなんかなあ、でも昨日の今日やから、今日は中継ぎを信用しよらんのやろなあ、今日中継ぎ我慢して出せたらええけどなあ、アホやから出しよらんかなあ、とか思っとったら、まあやっぱりアホやから中継ぎなんざ出さんわな。

 ここで中継ぎ、久保田とか渡辺とか西村とか出さんかったら、どう思う?
 中継ぎ陣は「やっぱり信用されとらへんのやな」と思うやん。「昨日あかんかったから、監督またブレよったんや」と思うやん。おれが久保田やったら、1点差でギリギリの勝負ならばともかく、2点あるんやで、オレ出したらええやん、思うね。意味分からん8回にオレ出さんなら、ブルペンで投げさすなよ(西村と久保田は6回以前からブルペン入りしていた)、球児しか信用してへんのか、と思うね。

 で、ご苦労なことで球児がまた8回アタマからリリーフに立つわけ。
 で、出て来て一球目投げるわねえ。

 下半身が前に出んから、真っ直ぐが指に引っ掛かり過ぎよる。
 叩いてしもて、左バッターのかかとにデッドボールやね。

 一球目みたとき、うわー球児、下半身めっちゃ疲れとるなあ、と思った。

 ピッチャーて、新幹線に乗った状態で進行方向に弾を撃ち出すような構造やからね。新幹線が下半身ね。新幹線のスピードが違うたら弾着場所が全然ずれるのと同じで、下半身のスピードと、踏み出した足への上体の進み方が違うたら、コントロールが全然狂うんよね。

 で、下半身が全然ダメなときって、上でどうにかしようとするから、コントロールが伴わんのは無論のこと、また球威が落ちるのもいわずもがな、ようないのはフォームが狂うたり、いつもと全然違うとこに力入れて投げるから、故障する危険があるんよね。

 で、デッドボールからヒット、送りバント、セカンドゴロで1点、その後ホワイト何とかいう、大きな外人にホームラン打たれるんやけど、まあそれもしようがないわな。もうグダグダに疲れきっとるんやから。

 でも言いたいんはそこやない。
 涙出そうになったんは、そこやない。

 8回表、ヤクルトの攻撃を再確認しょうや。

8回表 ヤクルトの攻撃
1:ピッチャーメッセンジャーに代わって藤川球がマウンドにあがる
2:館山→代打:福地
3:福地 デッドボールを受ける 1塁
4:青木 レフトへのヒットで出塁 1,2塁
5:田中 見事送りバントを決める 1アウト2,3塁
6:飯原 セカンドゴロの間にヤクルト1点をあげる 神2-1ヤ 2アウト3塁
7:ホワイトセル ランナー3塁の1-0からレフトスタンドへの2ランホームランでヤクルト逆転! 神2-3ヤ
 5:田中 見事送りバントを決める 1アウト2,3塁
 ↑ここやね。
 この5の時点で、ワンアウト2,3塁なわけね。
 ここで、阪神内野陣は通常守備位置で飯原を迎えるわけ。

 これは別に鳥谷とかがボサッとしていたのではなくて、げんに映像を見る限りセカンドの平野なんかは一度前に出て来かかってるわけね。つまり前進守備、バックホーム体制で守る段取りをしたんね。1塁ランナー居ないわけやから、ダブルプレーは取れないわけやからね。

 でも、いっぺん前に出たのに戻るわけ。

 つまり、ベンチの指示で「通常守備で」というのが出たんやろ。


 これおかしない?

 球児出したんは、1点もやらん野球をするためやろ?
 それやったら前進守備やん。
 げんに平野はいっかい前いってるわけやし。
 1点やってもええんなら、もうちょっと違う采配があるやろ。

 しかも1塁ランナーおらんのやから、ダブルプレー体制でもないわけで、通常守備で守るメリットは、「少し後ろで打球を処理できる」という極小型確率論でしか、ないわな。

 一貫するんなら、前進守備バックホーム体制やろ。
 げんに、平野は当然のように前に出た。当然やね。

 それを後退させる阪神ベンチ首脳陣。

 なんやこれ。
 ベンチより平野のほうがよっぽど野球しっとるがな。

 それでまあ、通常守備やから、

 6:飯原 セカンドゴロの間にヤクルト1点をあげる 神2-1ヤ 2アウト3塁
 ↑こうなるわけやね。

 つまりホームラン打たれる前に、もう、布石が負けとるわけや。
 1点取られたんが悪いいうんやない、布石が負けとる。



 まあでもこれでもしようがないわ。
 「でも今年の阪神は打線がひと味違う!きっとやってくれる!」
 めげることを知らない阪神ファンは、そう信じる。

 でもそんなハトみたいに健気なファンは、残念ながら味方から豆鉄砲を喰らうんやね。
 そのすぐ裏の阪神の攻撃。

8回裏 阪神の攻撃
1:ピッチャー館山に代わって増渕がマウンドにあがる 守備交代:ファースト武内 守備変更:福地→レフト
2:マートン センターへのヒットで出塁 1塁
3:ピッチャー増渕に代わって李恵践がマウンドにあがる
4:平野 見事送りバントを成功させる 1アウト2塁
5:鳥谷 鬼崎(遊)のファンブルにより出塁する 1,2塁
6:ピッチャー李恵践に代わって松岡がマウンドにあがる
7:新井 ファウルフライを武内(一)が捕球してバッターアウト 2アウト
8:ブラゼル 一打同点の場面でど真ん中のストレートを打つもセカンドゴロ 3アウトチェンジ
 どこがびっくりするか。
 4:平野 見事送りバントを成功させる 1アウト2塁
 ↑ここやね。

 某巨大掲示板の阪神スレッドでは「首位打者にバントさせて、調子悪いクリンアップ勝負って!」とか言われとったけど、問題はそこやない。
 もっといえば平野は2番バッターで、2番は送るのが仕事なんやから、1点を追う場合は、ナンボ2番の打率が高くて3番の打率が低くても、バントでええ。これは確率論的な話やない。チーム編成の話や。打順編成の話や。やからこれで問題ない。

 でも、やね。

 ここで1点とりにいくって、一体何?とおもわへん?
 同点なったらどうすんねん、
 同点にしにいってどうすんねん、
 そうおもわへん?

 だってマウンドに球児上げてるんやで。
 同点で球児延長まで引っ張るつもりか?
 違うやろ?

 同点でもし延長になったら、真弓は中継ぎ出すわけや。

 中継ぎ信用してなかったんちゃうんかい !!!!!!!!

 って思うやん。

 オレやったら思うで。
 いや中継ぎ投手やなくてもやね、ベンチ入りしとったら思うわ。

 同点狙いて!

 同点狙いでいくくらい中継ぎ信用しとったら、8回に出すやん。
 8回出さずに、結果的に疲れ切ってた球児が打たれたらその裏同点狙うんか?狙い通りに同点なったら、信用しとらん中継ぎ出すんか?

 そう思うやん。
 オレやったら思うで。

 で、まあちぐはぐの布石でやな。
 結局同点にもならんわけや。

 そうすると次の回、
9回表 ヤクルトの攻撃
1:投手交代:藤川球→久保田
 これや。


 なにこれ。

 何このコワレモノ野球。

 何この、「無邪気さを抜いた長嶋采配」みたいな野球。

 久保田、9回表を抑えて憮然としてベンチ戻ったけど、当然やろ。


 久保田、で、優勝争い、この時期、というと、5年前の9月7日を思いだすね。

 スポニチ プロ野球名場面100選

 リリーフの久保田は、不運な本塁クロスプレー判定もあって、9回同点まで追い上げられ、なおもワンアウト満塁、サヨナラ負けの絶体絶命のピンチを迎えるんやけども、岡田監督はマウンド行って、言うわけやね。

 「めちゃめちゃしたれ!責任はオレがとる」

 不安定だった久保田は何が覚醒したんか、切れ切れのフォークで連続三振をとるんよね。結果的に控えの中村豊が何故かホームラン打って勝つ、という試合やったね。ほぼリアルタイムでネット実況を見ていたけれども、面白い試合やった。


 なお今日、真弓は試合後、記者からの「球児は疲れがたまってきている?」という質問に対して

 「考えんといかんね

 と答えたらしいけど、もし考えるんならもっと早めに考えんといかんよね。

 さらにいえば今考えんといかんのは、球児の使い方ではなくて

 ご自分の責任問題

 であるような気も、するけどね。


 とにかく、昨日から今日という単位でもそうやし、
 試合中に、という単位でもそうやし、
 真弓の指揮がまったく首尾一貫せんね。

 でもそれは今年に限らんからね。
 もう今さらいうてもしようがないけどね。


 もう絶対監督せんやろけどね、
 これ、森祇晶やったらどうするかなあ、とか、
 思うたね。空しいけどね。

 野村克也やったらどうするかなあ、とか、
 上田利治やったらどうするかなあ、とか、
 藤田元司やったらどうするかなあ、とか、
 岡田彰布やったらどうするかなあ、とか、
 星野仙一やったらどうするかなあ、とか、

 思うたね。

 空しいけどね。


 ひとつひとつの失敗がどうこうというんじゃなくて、
 首尾一貫していないという意味でね。


 本当に、考えられうるほぼ最悪の指揮やなあ、と、思うたね。

 逆に考えると、こんなルンバ采配を一年やってもこれだけ勝ってるんやからね。俄には信じがたいよね。
 それから、選手時代も監督時代もずっと悲運のヒーローであり続けた村さん、村山実さんにこういう、手放しで強い時代に阪神の監督をやらせてあげたかったなあ、みたいなこともね。

 少し、思うよね。



 なんか、いろいろ大変やなあ、阪神の選手。
 これでは全然乗っていけんやん。

 中継ぎ投手も、球児も、先発も、全員でなんかがっかりするやん。
 「明日からがんばろう」て気持ちにならんやん?
 打者も「打ちまくらんと勝てんのかよ」と思うやん。

 やられても、信用せんといかんよね。
 一回きめたらね。
 やられても、やられてもね。
 やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、
 それでもだめなら、そのひとはプロ野球向いてないんやからね。
 で、それを選んだ自分の目が節穴やったわけやからね。
 しようがないんやけど。

 そういやさっきの村山監督は、やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、やられても、野田浩司を先発で使うたね。

 野田は結局トレード先のオリックスで大成したけどね。


 とにかく、ふらふらと一貫せんのはとてもまずいね。
 目先の一勝に目が眩んで相互信用を少しずつ落とすと、
 将来にも禍根を残すと思うんよね。


 とりあえず今日は、どう思とこうかね。
 球児が怪我せんでよかった、とでも思うかね。
 久保田がワンイニング無失点で抑えた!やったぁ!とでも思うかね。

 久保田はしかしこれで、少し真弓が信用するから、また少しずつ使われるよね。
 そういうブレた使い方は、いたずらに久保田を腐らすと思うけどね。
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きくいちもんじ


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