鎌倉歴史文化都市の光と影~30年後のたたずまいを見据えて

鎌倉市在住のジャーナリスト高木規矩郎による公式ブログ。世界遺産登録挫折に続く鎌倉の歴史まちづくりの真実を探る。

ツタンカーメンの至宝修復保全プロジェクトにかかわって(大エジプト博物館シンポジウム❶)

(12月10日)日本政府はエジプト政府からの要請を受け、ギザのピラミッド近くに古代エジプト文明の至宝を集めた「大エジプト博物館」の建設にあたり、有償資金援助(円借款)とともに、付属保存修復センターに対して、博物館の運営や展示品となる文化財の保存修復等に関する技術協力を行ってきました。2016年11月から日本とエジプトの専門家が取り組む「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」を開始、19年11月までツタンカーメン王墓から出土した至宝をはじめとして文化財の現状調査、移送、保存修復を進めています。日本人関係者の現地報告です。
工事が進む大エジプト博物館1(JICA提供)
     2020年の完成をめざして工事が進む大エジプト博物館(JICA提供)
≪東京藝大でシンポジウム≫
 一般財団法人日本国際協力センター(JICE)と東京藝術大学は、ジョイントベンチャー(共同企業体)を結成し、独立行政法人国際協力機構(JICA)が実施するプロジェクトの業務を実施しています。11月はじめ上野の東京藝大ホールで、シンポジウム「ファラオの至宝をまもる2018」がJICA・JICE・東京藝大3者の主催で開かれ、プロジェクトに加わっている6人がそれぞれの体験を報告しました。

 シンポジウムに参加した6人の顔ぶれです。 
 中村三樹男(大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト総括)
 北松祐香(JICA社会基盤・平和構築部都市・地域開発グループ第二チーム調査役)
 河合望(金沢大学新学術創成研究機構 准教授)
 谷口陽子(筑波大学人文社会系 准教授)
 石井美恵(佐賀大学芸術地域デザイン学部 准教授)
 岡田靖(一般社団法人木文研代表理事)

≪日本には世界で一番古い博物館がある≫
 まずはプロジェクト総括中村三樹男さん(元JICAエジプト事務所長)講演(要旨)です。
 ――このプロジェクトで2008年にエジプトに行きました。エジプトラジオから呼び出されて、双方向の番組でいきなり市民から「エジプトでも一番大きな国家プロジェクトだけれども日本はこのプロジェクトに参加する資格はあるのか」と質問が出ました。私も大分あせって、「日本には世界で一番古い1300年前の正倉院という博物館があります。イタリアのウフィッチ博物館、ルーブル、大英博物館などよりも1000年以上前のものですが、きちんと修復されて続いています。その中にはエジプトから伝わったとみられる文化財もあります。どうか心配しないでほしい。我々も一生懸命やるから」という話をしました――

――実際に工事が始まって、外国人には実物の宝物には指一本触れさせないということまで言われましたたが、専門家の方たちがレプリカを使って、石材とか木材といった材質にもとづいて延100回以上、先方の修復士2200人以上で7年間にわたって行ってきました。税関では資材を何カ月も据え置かれたこともあります。こうしたやりとりをする間にお互いの気心が知れて、日本から若い人40人を連れてプロジェクトに参加しました。16年11月から19年11月までの予定で、20年開館に向けて修復に取り組み、日本の技術をもって同じ喜びを味わってもらってやっていきたいと思っています――
      ◇               ◇               ◇
 プロジェクトではツタンカーメン王墓出土遺物をはじめ古代エジプトの至宝72点を大エジプト博物館に展示するため、カイロ・エジプト考古学博物館より移送、保存修復、科学分析、調査研究を実施しています。このうち10点はリード遺物として日本人、エジプト人専門家が合同で一連の保存修復活動をすることになっており、ツタンカーメンの関連では古代軽戦車、儀式用寝台、染織品等が対象の遺物です。次回ブログでは早稲田大学古代エジプト調査隊の一員として長く発掘調査にかかわっていた河合望さん(金沢大学准教授)の基調報告「対象とする古代エジプトの至宝の魅力」全文を紹介します。

市庁舎移転「住民の乱」あえなく頓挫

(11月28日)市庁舎の移転に反対して住民組織「住民投票の会」が8270人の署名を添えて出した住民投票条例案(鎌倉市本庁舎整備に関する住民投票条例案)(議案第52)が27日の鎌倉市議会本会議で採決され、事前に総務常任委員会で修正された条例案、住民から提出された条例案原案ともに否決されました。予想以上の署名を集め一時は鎌倉で初の住民投票実現の期待を持たせた「市民の乱」最終ステージでの攻防を振り返ってみました。
報告会住民投票結果の≪常任委員会で議会修正案を可決≫ 
 27日の本会議に先立って22日に開かれた市議会の総務常任委員会は、市民が直接請求で制定を求めた「住民投票条例案」に関して、議会が出した修正案を賛成多数で可決しました。同日午前中の本会議では市民側は請求代表者6人が意見陳述をすることになっていましたが、市民の抗議運動のきっかけとなった「広報かまくら5月1日号紙面」「柏尾川洪水浸水想定図」のパネル、並びに「分断」「危険」など紙に大きく書いた文字をダンボールに貼ったボードを、各自が手に持って議場で掲示したい旨を議長に申し入れました。

 本会議は開会後、すぐに休憩に入り、議会運営委員会で取り扱いを協議することになりました。結局、「傍聴席にスローガン等を持ち込まないとなっている議会運営規則に照らして、『広報かまくら』と『洪水浸水想定図』のパネルだけ議場に持ち込んでもよいが、他はダメ」との結論が出て、本会議は再開されました。私たち請求代表者は傍聴人ではなく、意見陳述人として議会に出席する形なのに、傍聴人規則が適用されるとは納得できないとしながらも、住民側は時間がもったいないと考えて応じることにしました。

≪市民の意見陳述≫
 総務常任委員会は、市民が直接請求で制定を求めた住民投票条例案に関して、議会が出した修正案を賛成多数で可決しました。「住民の会」代表として議会対策などを行っていた岩田薫さんは、「私たちが提出した条例案に対し、市長は全面否定の意見書を出しています。私たちは市民の立場で、慣れない条例案を作り上げ、議会に提出しました。不備があるならば、議会で修正していただいて一向にかまいません。署名した市民8270名の思いを無駄にしないためにも、是非条例案を成立させていただきたいと願っています」と陳述しました。

≪市長側からの反応≫
 本会議での条例案の採決が迫る中でこれまで沈黙を保ってきた市長側も13日には市議会に「11月臨時会議案集」という形で反論を出しました。市長の「意見書」がこの議案集には添付してありました。条例案が市議会で採択される事態を牽制するため、さまざまな視点から反対であることを記しています。

 意見書では市長は「きちんと手続きを踏んでやってきた。現庁舎は、耐震性に欠ける。津波の浸水も受ける。また、風致地区の高さ制限を受けるため、本庁舎に必要な床面積を確保できない。これらの理由から、『鎌倉市公的不動産利活用推進方針』において、本庁舎の移転先を深沢地域整備事業用地とした。住民投票により、深沢移転に賛成か反対を問うことは、これまで多くの方々と丁寧に議論して築き上げてきた結果と過程をないがしろにするものであり、到底容認できるものではない」と反発姿勢を明確にしました。

≪住民最後の抵抗≫
 住民投票条例案の本会議採決直前の26日、「住民投票の会」代表の岩田さんは「深沢地域整備事業用地内に土地を所有する可能性があること」「住民投票が仮に実施され賛成多数の場合、本庁舎移転により地価の高騰で利益を得る可能性があること」を理由として、2議員の本会議採決の際の除斥を市議会議長、議会運営委員会委員長あてに文書で求めました。採決にあたっての議会工作の一環でしょう。工作が思うように進まないための「除斥」の要求ともみられます。

 さらに本会議で意見陳述をした6人の住民代表連名で同日、採決にあたっての「党議拘束をはずしていただくお願い」を「公明党」、「自由民主党」、「鎌倉みらい」、「鎌倉のヴィジョンを考える会」、「鎌倉夢プロジェクトの会」の会派代表に要請しました。議員が個人の考えで住民投票条例案に賛成、反対の態度の決定ができるよう求めたものです。「8270名の民意を今回は党(会派)の利益よりも優先していただきたい」とその理由に触れています。

≪そして本会議での採決へ≫
 27日の本会議での採決では住民側の意向がどのように影響したのか、市長の牽制がどんな効果があったのか明確ではありませんが、「住民投票条例案」は反対多数(賛成10、反対15)で一蹴されました。本会議終了後に岩田さんにコメントを求めたところ、「住民側の条例案も否決です。これで直接請求の運動は終わりました。2日午後6時から福祉センター二階で報告集会をします」との短いメッセージが送られてきました。「住民の乱―秋の陣」のドラマ幕切れとなりました。
 

松尾崇市長住民投票条例案に反対の意見書

(11月13日)松尾市長が鎌倉市議会に提出した「11月臨時会議案集」が発表されました。市庁舎の移転に反対して住民組織「住民投票の会」が8270人の署名を添えて出した住民投票条例案(鎌倉市本庁舎整備に関する住民投票条例案)(議案第52)に対する、松尾市長の意見書がこの議案集には添付してあります。市議会は20日からの本会議で条例案を審議することになっています。市長の意見書は住民側の条例案が市議会で採択されることを牽制するため、条例案に反対する意向を明確にしています。市長からの意見書の内容を、「住民投票の会」側の反論を付して紹介します。(「住民投票の会」代表の岩田薫さんからの情報により、ブログをまとめたものです)

≪本庁舎整備事業について≫
 (市長意見書)きちんと手続きを踏んでやってきた。現庁舎は耐震性に欠ける。津波の浸水も受ける。また風致地区の高さ制限を受けるため、本庁舎に必要な床面積を確保できない。これらの理由から、『鎌倉市公的不動産利活用推進方針』において、本庁舎の移転先を深沢地域整備事業用地とした。市民への周知はきちんとしており問題ない。公募市民による市民対話や市民シンポジウム、出前講座、パブリックコメントの実施等も行い、市民意見を聞くとともに、学識経験者等で構成される鎌倉市公的不動産利活用推進委員会において議論を重ねて、結論を出した。

 さらに市議会総務常任委員会や全員協議会において報告するとともに、市ホームページや広報かまくらなどで、市民への情報提供と丁寧な説明に努めてきた。したがって住民投票により、深沢移転に賛成か反対を問うことは、これまで多くの方々と丁寧に議論して築き上げてきた結果と過程をないがしろにするものであり、到底容認できるものではない。

 (市民側の反論)議論を重ねてきたというが、洪水浸水地域想定図も津波浸水想定図も神奈川県の最新のデータを開示せず、古い資料や従前の市のハザードマップに基づいて、現庁舎は危険、深沢は安全と決めつけ、あたかも移転ありきで議論を一方的に進めてきたに過ぎない。公募市民による市民対話と市長は書いているが、無作為抽出したわずか30人の市民による対話を重ねてきたに過ぎない。

 『広報かまくら』に経緯を書いたと言うが、それすら見ていない市民が多く、本年5月1日の『広報かまくら』の『深沢に移転します』の記事はあまりに唐突だった。「住民投票により丁寧に築き上げてきた結果と過程がないがしろにされると市長は主張するが、民意を問うのは民主主義の基本である。民意が移転反対なら、素直にその声に耳を傾けるのが為政者の責務であると考える。」
≪条例の中味について≫
 ❶場所に関して
 (市長意見書)条例案は深沢移転に賛成か反対かに○をつけてもらうとしているが、深沢の定義がないため、深沢地域全体を指すのか、行政施設用地のみを指すのか不明。大船地域や腰越地域でもいいのかも不明。
 (市民側の反論)深沢と書けば市が計画する市有地を指すのは明らか。議論になっていない。今回は深沢への移転に賛成か反対かを問うものであり、移転反対の票が過半数の場合、もう一度市庁舎をどうしたらいいか、じっくり立ち止まって考えて見ようという民意を示す投票行動になると考える。

 ❷資料の公平な提供
 (市長意見書)条例案には、市側が市庁舎移転に関する資料を市民にも公平に提供すること、と定めているが、深沢移転に反対の資料を公平かつ公正に提供することは極めて困難である。
 (市民側の反論)反対の資料とは言っていない。津波浸水想定図や洪水浸水地域想定図など最新の資料を市民にも見せて、移転先と現在地とどちらがより安全か、判断の根拠にしたい、そう主張しているに過ぎない。要は市にとって都合の悪い資料も出しなさいということである。

 ❸投票の成立条件
 (市長意見書)住民投票の結果が民意を充分に反映したものであると言おうとするのならば、少なくとも、本条例において住民投票が成立したと認めるために必要な要件を定める必要がある。投票の成立要件は、投票資格者総数の2分の1以上の投票数とすることが望ましいと考える。
 (市民側の反論)市長自らが当選した過去の市長選挙の投票率は、37%とか40%台のものだった。市議会議員の選挙でも50%を欠けていた例が多々ある。この市長の意見を飲むとなれば、市長の当選も無効となってしまう。50%を超えないと民意と認めないという論理は、あまりに乱暴である。

 ❹結果に拘束されるとの規定について
 (市長意見書)結果に拘束されるとの定めは、位置を定める条例がうたう出席議員の3分の2以上の賛同という特別多数議決の定めより重く、市議会の権限を無にするものである。総務省においても、『拘束的住民投票』については、法律に根拠がある場合にのみ可能と解されている。法律で執行する長の権限の特例を定める必要があり、法律より下位にある条例により形式的効力の定めはできないと考える。つまり地方自治法の規定に違反すると思料する。

 (市民側の反論)結果を尊重する、との条文に修正する案が出ても良いと考える。鳥取市で住民投票の結果を市長が無視し、市庁舎の移転を強行した事例があり、裁判で住民敗訴に終わったため、あえて『拘束的住民投票』の条文にしたのであり、この条文を評価する意見を述べた弁護士もいることを付け加えておきたい。

 ❺投票の経費について
 (市長意見書)条例には投票資格者名簿の調整の要否、投票所及び期日前投票所の設置箇所数、設置期間、不在者投票制度の要否等住民投票執行上、基本となる事項が定められておらず、住民投票のあり様が読み取れない。そのため住民投票の執行に要する経費の積算も困難である。資格者名簿の調整について規定されないことは投票の資格を有する者が特定されないことを意味するため、住民投票制度の根幹に係る重要な規定が欠落していると言える。
(市民側の反論)条例案の最後に『この条例に定めるものの他、住民投票の執行に関し必要な事項は、委任を受けた選挙管理委員会が規則を定めるものとする』との条文があり、市長が意見書で述べた事項は別途規定を細則で定めれば良いと考える。積算費用が出ないから条例は不十分との論理はおかしい。民意を問うために税金を使うのは必要なこと。これをおかしいとは考えない。

市庁舎移転来年1月にも住民投票へ

(11月8日)市庁舎の移転をめぐる住民投票に向けての最終ステージの取り組みが始まりました。市民組織「住民投票の会」は6日朝、鎌倉市選挙管理委員会から返却された有効署名総数8270人の署名簿を松尾崇・市長に届け、地方自治法第74条に定める条例制定の直接請求を行うことになっていましたが、市長は多忙で時間が取れなかったため、小磯一彦・副市長に本請求を提起しました。市長は本請求から20日以内(期限は11月26日)に議会を招集、臨時議会で採決され、過半数の賛成で住民投票条例が成立します。議会事務局によると神奈川県で住民投票が行われるのは、地方自治法制定以来初めてのケースとなります。
最終ステージ2
     小磯副市長に署名簿を手渡す住民(18.11.06 「住民投票の会」提供)

≪最終ステージ「住民投票の会」の対応≫
  本請求というのは地方自治法第74条の第1項に規定がある条例制定の市長への請求のことです。第74条の2第6項に、「選挙管理委員会が署名の総数を告示し、請求の代表者に返付しなければならない」との規定があり、これに基づき返付された署名簿を正式に市長に出すことを言います。同法の施行令では返付を受けた請求の代表者は、「5日以内に本請求を提出しなければならない」と規定されています。

 「住民投票の会」請求代表者6人は、11月6日の朝に選挙管理委員会から署名簿の返付を受け、その足で市長に本請求する段取りを決めました。市役所の総務課を介して秘書課と連絡をとってもらったところ、松尾市長のスケジュールがいっぱいで、署名簿を受け取る時間が取れないというのです。そこで日時の幅を広げて5日、6日、7日の中で、市長が受け取れる時間を是非さいてほしいと要求しました。

 ところが3日間に枠を広げても「市長の時間が全く取れない」という連絡が総務課並びに秘書課から入りました。結局「小磯副市長が対応するので、なんとかお願いします」というのが市からの正式な回答でした。地方自治法第74条第1項には「普通地方公共団体の選挙権を有する者は、その50分の1以上の者の連署をもって、その代表者から地方公共団体の長に対し、条例の制定又は改廃の請求をすることができる」と記載されています。あくまで本請求する相手は、地方公共団体の長なのです。

≪最後のハードルは市議会の対応≫
 いずれにしても有効署名が鎌倉市の有権者の50分の1である3005名を超えた数で確定する運びになり、11月中に臨時市議会が開催されることが確実になりました。「住民投票の会」では市議会での対応に関して、❶原案通り「鎌倉市本庁舎整備に関する住民投票条例」が可決、❷条例案第12条「市長及び市議会は、住民投票の結果に拘束されねばならない」を「結果を尊重しなければならない」に代えた修正案が可決――という2通りのケースを想定しています。

 「住民投票の会」請求代表者6人の代表として自治会長でもある岩田薫さんは、市長への条例制定請求によって住民投票を実現し、市庁舎移転を押しとどめようとしてきました。ただ岩田さんは過去2回の市長選で現市長の対抗馬として出馬しており、再出馬の意味も込めて住民投票を利用しているのではないかと支援を躊躇する市民がいることも事実です。でも署名収集から住民投票準備に至るまでに発揮された実力は確かなものがあります。

 岩田さんがブログで流してきた住民投票の情報は、客観的な情勢分析にも有効で、私も活用しています。最新の情勢について岩田さんに送った質問にも即刻回答が寄せられました。
❶(住民投票の見通しはどうなのか。現状では住民投票が開かれる可能性は何%ぐらいか)市議会では13対12で可決しそうです。住民投票が開かれる可能性は95%と見ています。
❷(住民投票までに取り組まねばならないことは何か。順調にいけば投票日はいつごろになるのか)投票日は1月中旬か下旬の日曜日になりそうです。われわれの取り組みは、移転に反対の票を一人でも多く確保することです。旧鎌倉地区のお年寄りに反対者がたくさんいます。お年寄りになるべくたくさん投票に行ってもらうよう対策をとる必要があります。足の確保も課題です。期日前投票に行ってもらうよう働きかけたいと思います。期日前なら投票所は市役所なので、車で行けます。市長は賛成派の動員を考えています。
❸(今後の住民投票に向けてのハードルはどんなことが考えられるか)投票率が50%を超えるよう働きかけること。過半数が反対票になることが課題です。低い投票率では民意を聞いたことになりません。他市の条例のように投票率50%以下なら開票しない規定は私たちの条例にはありませんが、それなりの投票率が求められます。
❹(中でも議会対策が重要だと思うが、どのように考えているのか)各会派ごとにいま会いに行っています。住民投票条例に反対しないように説得しています。
❺(最終ステージでどんな作戦を取り入れているのか)ミニ集会を各地でやる予定です。街頭宣伝もします。市長との対話集会も再度やります。

市役所移転をめぐる住民投票に向けて最終ステージに突入

(11月4日)5月に市広報で「移転決定」を報じたあと市民の反発で、「市役所移転を問う住民投票の会」が作られ、署名活動を経て住民投票の準備が進み、松尾市長に署名簿と住民条例案を提出することになりました。市議会で条例案が可決されれば、いよいよ住民投票に向けての最終ステージにはいります。市長側は住民投票について沈黙していますが、投票の結果では市長のリコール運動にもつなげていく構えです。最終ステージ直前の住民投票の現状です。
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 鎌倉市選挙管理委員会に署名簿を提出した「住民投票の会」の市民たち(手前うしろ向き、2018.10.05 「住民投票の会」提供)
≪市民組織発足までのいきさつ≫
「住民投票の会」事務所で作成した投票までのいきさつです。
❶『広報かまくら』5月1日号「本庁舎は深沢地域整備事業用地に移転します」との見出しの記事掲載。
❷自治会長や町内会長、市民の有志が集まり、住民投票条例制定の直接請求を起こす運動の決定。
❸6月23日、鎌倉市福祉センターに100人近い市民が集まり、『市役所移転を問う住民投票の会』の発足集会を開催。

(署名収集開始後)
❹市内10か所で、住民投票条例制定の署名収集について説明会を開催。署名収集の受任者を募集。
❺8月24日、請求代表者6人の連名で、「鎌倉市本庁舎整備に関する住民投票条例制定請求代表者証明書交付申請書」を市役所総務課に提出。
❻8月29日、鎌倉商工会議所ホールで、「住民投票の会」主催の市長対話集会を開催。190人近い市民で満席となる。市長が神奈川県作成の柏尾川の洪水浸水想定区域図に関し、『広報かまくら』8月1日号に掲載しなかったことについて、「神奈川県が出しては困ると言ったので載せなかった」と発言。これが全くの嘘の発言だとわかり、のちに問題となる。
❼8月31日、鎌倉市長より「鎌倉市条例制定請求代表者証明書」が交付される。
❽9月1日、地方自治法第74条に基づく住民投票条例制定の直接請求について、市が掲示板に告示。
❾9月1日から10月1日まで、署名活動を展開。当初の署名収集の受任者は270人。途中で63人追加し、最終的に333人となる。
❿街頭での署名収集活動は、大雨の日以外毎日展開。朝と昼、夕方と1日3回街頭にメンバーが立った日もあり、駅頭での署名収集活動はのべ35回にのぼる。街頭で集めた署名は2000人を超える。
⓫9月29日、鎌倉福祉センターで、「市役所移転を問う住民投票条例制定の署名収集活動集約の市民大決起集会」を開催。50人あまりの市民が参加。会場で署名簿を回収。
⓬『広報かまくら』10月1日号に、市長の「お詫びと訂正」とうたった謝罪文掲載。

(署名簿提出まで)
⓭10月2日から4日、スタッフが署名簿を回収に回る。また、署名簿にナンバーを付ける作業を事務所で行う。
⓮5日、選挙管理委員会(北村智生委員長)に署名簿を提出。

≪選挙管理委員会による署名者の審査≫
 地方自治法では署名簿提出から20日以内に審査を行うと定められていて、有効、無効の判定が下ります。有効署名(効力のある署名数)が、9月3日現在の最新の有権者数の50分の1にあたる3005人以上ならば直接請求の権利が成立します。署名簿が市役所で公告され、縦覧に付されます。異議申し立てを受け付け、異議が申し立てられた場合、選挙管理委員会は14日以内に認否の決定を下します。

 審査は10月25日に終了しました。結果は署名総数(8552人)、有効署名(8270人)、無効署名(282人)でした。一旦選挙管理委員会から署名簿が請求人に返却され、代表らで市長に改めて署名簿を正式に提出します。市長は請求を受理した日から、20日以内に議会を召集しなければなりません。その場合、意見を付すことができます。議会で審議する際に、代表者に意見を述べる機会が与えられます。議会で条例案が可決された場合、70日以内に住民投票が実施されます。


三者三様の思惑込めた三者協議会(由比ガ浜開発97)

(11月1日)開発許可がおりないまま長い間、手続きや発掘調査がストップした由比ガ浜の開発計画については、行政と事業者は前からまちづくりの枠組みの中で、話し合ってきました。ところが事業者から十分な対応が得られず、行政としては地元住民を入れて三者で話し合おうという「三者協議会(三者協)」という新たな方式を提示してきました。10月21日には住民への現状説明会が行われ、三者協の真意は何か、住民はどのようにかかわっていったらいいのかといった三者協の実態が住民の関心を集め、活発な議論が行われました。
由比ガ浜開発予定地で試掘❷昨年7月に行われた由比ガ浜開発予定地での埋蔵文化財試掘調査。以降1年以上経過したが本調査はまだ開かれていない(昨年10月の市民主催シンポジウムのパンフレットより)

≪住民側の意向を代弁する住民組織≫
 住民集会を開いたのは、住民組織THINK YUIGAHAMA(TY)(産形靖彦・原正己=共同代表)です。由比ガ浜西自治会と共に由比ガ浜開発の現状に反対して、開発計画再考を求めて直筆署名数で5800人を越える署名活動を展開したり、昨年10月には「第1回市民主催シンポジウム由比ガ浜の大規模開発を考える」を開催するなど活発な活動を住民の先頭に立って、行ってきました。

 今回の住民説明会でもチラシに「交通問題、環境問題に甚大な悪影響を及ぼすであろう現計画をこのまま進めさせては絶対になりません。『鎌倉らしさ』を破壊する無謀な大規模開発からこの街を守りましょう」と書き込み、住民や市民に呼びかけ参加者は40人を越えました。由比ガ浜大規模開発の三者協ができたことを広く認知してもらって、年内にも開かれる予定の次回三者協への住民のバックアップ体制を固めようという思惑が感じ取れました。

≪第1回三者協議事録≫
 第1回の三者協は9月15日に市役所の会議室で行われ、住民側から自治会とTYの幹部に加え地元住民7人が参加しました。鎌倉市からは開発案件を担う都市調整課の職員2人、事業者側からは商業センター建設を計画している(株)大和情報サービスの2人、共同住宅建設を進めようとしている(株)NTT都市開発のマネージャーと建築士事務所の各1人が顔をそろえました。しかし住民に接してきた事業者や市職員が大半で、市長や会社幹部の姿は見られませんでした。

 第1回と銘打っての開催で、都市調整課が三者協の模様をまとめた議事録によると、「由比ガ浜四丁目開発事業による、主に交通問題の対策について協議する」と協議会の目的は決まりました。実際には今後の三者協という新しい枠組みの方向を探る試運転の意味もあったようです。右折レーン設営をはじめ交通問題とともに三者協の本質を探る議論が交わされました。

 例えば議事録では「(右折レーン設置のために)公園を削ることの是非を三者協議で扱うことは適当ではないのではないか」という鎌倉市の考えが記録されており、TY関係者も議事録の客観性に首を傾げていました。「そもそも協定締結・開発許可には、右折レーンの設置は必要要件ではなく、また許認可に住民の同意は必要とされていない」と市の説明が続きました。

 このあと「しかし大店立地法においても、この規模の店舗であれば、右折レーン設置が求められるのではないか」との住民の発言に対して、「大店立地法は、許可ではなく届出であることから、右折レーン設置の求めはあるとは思うが、それが出来ないから規模を縮小せよという強制力はない」との市の説明が議事録として残されていました。この事例を見る限り、三者協は住民側の疑問や不満に対する市の説明の場として使われており、公式記録としての意味をなしていないといえます。

≪住民集会で三者協に厳しい指摘も≫
 10月の住民集会でも三者協の本質にかかわる議論が続きました。会場で地元住民から「三者協の現状説明の資料に『三方良し』という言葉が出ているが、どんな意識で使っているのかきちんと説明してほしい」との声があがりました。「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三者の商売にからむ言葉ですが、三者協の本質をついた鋭い指摘です。三者協に批判的な指摘をした住民は実態について持論を述べました。

 「三者協は事業者にとっては停止状態の現状突破の一つである。由比ガ浜西自治合の中ではどういうショッピングセンターを作るかということで、提案をしているようだ。『三方良し』はこのような意味なのではないのだろうが、その辺をきちんとしておかないと三者協に賛同していいのか、協力していいのか、戸惑う住民もおられると思う。あるいは勘違いしておられる住民もいるかも知れない。三者協に迷わされることなく、地域協定の締結を考えるとか、松並木のビジョンなどで市や事業者を揺さぶっていくべき時なのではないか」

 三者協の開設によって由比ガ浜開発計画はどうなるのか。市や事業者にしてみれば、住民の結束に一石を投ずることができるのではないかという秘かな期待があるのかも知れません。住民の中には便利なショッピングセンターができることへの期待の声も聞かれました。それだけに三者協の実態をしっかり把握して住民に伝えていく自治会やTYの役割は、一段と重要なものになったといえます。住民も三者協の実態をしっかり見守っていくべきではないでしょうか。

揺れる歴史まちづくり行政の実態を見据えて

(10月25日)大倉幕府跡のマンション建設にからむ松尾市長への提言は、「市長がリーダーシップを発揮して、公民協働・全国連携による大倉幕府地解明タスクフォースを組成」しようという理念を中核にした内容です。提言ができあがる過程で、私たちがかかわっていた分科会は何を考え、どんな議論を続けてきたのか。揺れるまちづくり行政の実態を記憶にとどめておく必要があるでしょう。

≪分科会活動を通して提言に取り組み≫
 三日会では育児・教育、歴史まちづくり、交通、文化の4つのテーマに基づく分科会で調査研究を進め、提言として完成させることを目指しました。現状では約20人の理事が中心となって、どれか1つの分科会に所属して活動し、節目ごとに成果を理事会や年2回の総会で報告してきました。

 でも理事だけではせっかくの活動にも限界が生じかねません。私が編集長をしている1月、5月、9月の年3回刊行の会報「三日会 鎌倉」では「分科会報告」で活動報告を掲載して現状報告としています。ホームぺージを活性化することによって、分科会活動には属していない会員との日常的なコンタクトを取っていくことも必要なのではないでしょうか。

≪歴史まちづくり行政をウオッチ≫
 歴史まちづくりの観点で私たちの分科会は、世界遺産登録の挫折後、鎌倉市が取り組んでいた歴史的風致維持向上計画の認定(2016年1月)、日本遺産の認定(2016年4月)に伴う文化財行政の変貌に焦点をあてて見守ってきました。歴史的風致関連では鎌倉歴史文化交流館が開館(2017年5月)し、社寺境内公衆トイレの改修・整備事業が妙本寺などで行われました。日本遺産関連では文化庁からの補助金でパンフレットやブックレットが発行されました。でも市民には文化財行政の動きはほとんど知らされておりません。

  今も枠組みが残っている4県市(神奈川県・横浜・逗子・鎌倉市)世界遺産登録推進委員会が主体となって、禅宗様寺院、大仏、やぐらについて比較研究を続けてきました。国内での現地調査では鎌倉の文化圏である房総半島や仙台の瑞巌寺や北陸、九州も含め、やぐらに類するものはほぼすべて調査しつくしました。これまでの比較研究の結果をとりまとめて、世界遺産再挑戦のコンセプト作りに取り組みたいとの意向ですが、こうした動きも市民不在のまま進んでいる現状です。

 ここで 大倉幕府跡のマンション建設計画が登場しました。私たちの分科会では幕府跡のマンション建設予定地で2月に行われた確認調査(試掘)の「鎌倉時代初期から室町時代までの遺構や建物が、各トレンチの未調査部分に存在する可能性は高い」との報告書に注目し、「古代エジプトの発掘では早稲田大学などが最新技術を活かして、大きな成果をあげている。中長期的な展望として提言に組み込むこともできるのではないか」と地下透視技術の活用にも触れた提言案を造りました。

≪統合分科会で幕府跡について提言≫
 幕府跡の遺跡の解明のため「タスクフォースの組成」を掲げて、独自に提言づくりに取り組んできた分科会との合流構想が浮上し、5月末に統合分科会として一緒に行動していくことが決まりました。こうしたいきさつを経て最終的に提言がまとまり、8月24日に松尾市長に提出しました。

大倉幕府跡の危機感を共有した分科会(鎌倉三日会・提言の夏❹)

(10月12日)大倉幕府跡の保全に関する提言では、鎌倉三日会は「2018年提言に至った道」としてタスクフォース組成に至った経緯を記すペーパーをまとめて提出しました。三日会では「子育て・教育」、「交通問題」など4分科会がテーマに沿って活動しており、残る文化財保存で共通する2分科会が一本化して、「統合分科会」として提言に取り組んできました。代表の山崎一眞さんがペーパーで統合のいきさつにも触れております。
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提言を市長に手渡した三日会理事
            提言を松尾市長に手渡した三日会理事(20018.08.24)
≪「歴史と共生するまちづくり」の政策検証に取り組んだ第2分科会≫ 
 今回の提言は、「雪ノ下地域の県埋蔵文化財包蔵地「官衙跡・鎌倉市重要遺跡」大倉幕府跡で、相当規模のマンション建設計画が予定されている。」ことへの危機感、それを本会理事会が共有したことから始まった。危機感を共有すれば即座に提言に至れるのか。事はそれ程容易ではない。情報を集め分析し鎌倉にとっての価値や三日会らしさなどを備えた方法を考案し、具体的でわかり易く説明する。

 複雑で洗練されたプロセスが必要とされるのである。幸いにもここ数年来、第2分科会では鎌倉市の「歴史と共生するまちづくり」の政策検証と提言に取り組み、第4分科会では文化活動の充実をテーマに2016年「中世の鎌倉再発見構想」提言とその推進活動に取り組んできた。この延長線上に、今回の提言の基軸を置くことによって、比較的短い時間で、不偏中立の鎌倉三日会らしい提言に至ることができたのである。今少し詳しく2018年提言に至った道程について記述する。

≪考古学者の講演から伝えられた大倉幕府跡の危機≫
 昨年(2017年)9月の当会例会で、鎌倉を研究対象とする考古学者に『景観の中の中世―歴史都市鎌倉と文化財―』と題して講演をお願いした。本会2016提言に関して考古学の立場から見た評価を聞き、賛同の場合、推進に向けた示唆を得たいがためであった。中世を拓いた古都鎌倉にとって本会提言は本流の考えだと高く評価され、重要な推進策として幕府発祥の地である大倉幕府跡の史跡化の可能性について言及された。その上で「この大倉幕府跡で、相当規模のマンション建設計画が予定されている」という一報が伝えられた。これを聞いた多くの会員は、取り返しのつかないことにならなければよいがという複雑な気持に見舞われたのである。

 歴史まちづくりをテーマとする第2分科会は、テーマに応じて緻密に取材することによって、事案に係る人の動きやステイクホルダーの関連性を具体的に把握し、分析するところに特徴がある。早速この特徴が本事案にも適用され、本年(2018年)4月に発行された三日会広報紙に「揺れる鎌倉幕府跡の埋蔵文化財」というタイトルで記事が掲載され、第2分科会で議論を開始すると表明した。つまり第2分科会から本事案を見過ごせないという問題提起がなされた。

≪エコミュージアムの視点での第4分科会からの問題提起≫
 鎌倉三日会第4分科会は、文化活動の充実をテーマにした提言「中世の鎌倉再発見構想」を2016年に出し、その普及と推進活動を進めている。その考え方は「地下にそっくり眠っている中世の都市鎌倉」を、エコミュージアム概念を援用して見える化し、一段と魅力的で文化的な都市鎌倉に進化しようとするものである。
 
 その際、現場のサテライト博物館が重要になるが、幕府発祥地である本事案は特段に重要である。また、鎌倉の場合、ほとんどのサテライト対象地が民有地で占められていることを考えると、特別の工夫が必要とされる。それは皆で共有できる考え方に裏打ちされた鎌倉の歴史文化基本構想を策定することである。行政・神社仏閣・歴史考古学者・民間組織などが集まり、研究知見を学び、議論し、軸になる方向を描くべきである。歴史文化基本構想のない現段階で本事案を進めることは問題があると、第4分科会からも指摘された。

≪理事会からの諮問と統合分科会での提言案作成≫
 7月の理事会において、第2・4分科会は本事案を見過ごせないという問題提起を行い、審議の結果、理事会から第2・4分科会に対して提言案作成の諮問が行われた。提言案作成を機会に、第2・4分科会は統合することになり、統合分科会と呼ぶことになった。両分科会の視点やアプローチを尊重しつつ、情報の共有を図り、より深い洞察を加えるという目的からである。

 提言案作成に関しては、それぞれの案を持ち寄り、お互いの案の理解に立って、より説得力があり魅力に富んだ案を議論し作成した。その際、前回提言との関連性を持たせる、鎌倉三日会の提言意義を明確にする、将来の行政施策の発展を可能にする、などの視点を重視した。8月の理事会において提言案を答申した。概ねの了解を得たが、市議会での議論を確認する、特定の団体に利することのないような表現にする、などの指摘があった。二度ほど文言調整の会合を経た上で、理事会で正式な提言として決定された。

文化財行政一本化に強いアレルギー(鎌倉三日会・提言の夏❸)

(10月8日)鎌倉三日会が提出した大倉幕府跡の保全に関する提言について松尾崇市長は、市長と教育長で権限が分かれている文化財行政の現状に触れました。市長の発言を受けて提言取りまとめの中核である三日会理事の山崎一眞さんが「タスクフォースへの市長の参画」を呼びかけて、提言提出の日程を終了しました。市長スピーチの内容(要旨)です。
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提言の夏❸
               提言を手渡した後、市長のスピーチを聞く三日会の理事たち
≪文化財行政めぐる教育長との権限一本化に強いアレルギー≫        
 (松尾市長)(大倉幕府跡でのマンション建設計画に関する提言について)鎌倉三日会のみなさんの思いが、文面でもよく理解できます。ここで私の方からみなさんに知っておいていただきたいことが一点ございます。現状では教育長が権限を持っていますが、まちづくりと文化財とは一体で考えていくべきことだという思いから、文化財行政を市長部局に移すことを市議会に持ちかけました。ところが議会の反対で引っ込めざるを得ないことになりました。

 中世鎌倉再発見の意義というのは、私たちとしても非常に重要だという意味で、発掘調査については、教育長にもつねに慎重にやるべきだと申し入れています。教育長もこれを受けて6月の議会答弁につながっているというところはあります。

 より慎重にやっていくべきだという姿勢については、変わらずにやっていきたいと思っているところです。文化財行政のトップである教育長とは、うまく連携しながらやっていく必要があるので、どのように整理していくかは、少し考えさせていただきたいと思っています。ただ今まで教育委員会がやっていることについて、市長部局に移すというアレルギーは非常に強いと感じています。

 (山崎理事)われわれとしては市長も教育長もタスクフォースに入っていただきたいと考えています。そういう判断でお願いしたいところです。何と言っても選挙で選ばれた市長の存在が大きいと考えています。教育長の権限を取り上げるということではなく、一緒にやりましょうというのが、提言の重要なファクターです。ぜひ実現化をはかってもらいたいところです。教育委員会・市長・三日会幹部とで話し合う機会をぜひ設けてほしいと思います。

提言(山本市長の文浅井保存画像)≪市長スピーチについて≫
 鎌倉三日会では第二回提言の説明資料として、「古都保存法成立に係る主な新聞記事」を引用しています。その1つは昭和40年1月27日付けで、「文化財、風致地区守れ」「手を結んだ古都三市(鎌倉・京都・奈良)」「山本(鎌倉)市長が呼びかけ」「政府へ立法措置働きかける」という記事です。公民協働・全国連携に向けた市長のリーダーシップ、これが社会的紛争を解決に導くという好例を、かつての鎌倉市長が示しています。

 提言とりまとめの中心となった三日会理事の山崎一眞さんは、説明資料の中で提言の実現に当たって、「市長の存在」の意義を強調しました。提言提出後のスピーチではとくに介在についての言及は見られなかったものの、山崎さんはあえて古都保存法成立期における当時の山本市長の貢献に触れて、松尾市長の奮起を促したものといえます。今後も折に触れて「選挙で選ばれた市長の役割」を問い続けていくことが大事だと思います。

広報かまくらに市長の「おわび」

(10月5日)8月末の市役所本庁舎の深沢移転に関する鎌倉市長の対話集会で市民の質問により、「広報かまくら」8月1日号に鎌倉市作成の古い洪水・内水ハザードマップを掲載していたことが判明しました。これだと移転先(深沢地域整備事業用地)は西側の柏尾川の周りだけ浸水する内容で、再開発事業用地はほとんど浸水の想定区域に入っていません。3か月前に「移転決定」を報じたあとにできた「市役所移転を問う住民投票の会」の住民に広報発行にかかわる市職員が直接謝罪、さらに松尾市長は10月1日号の広報に「おわびと訂正」を掲載して、事態の鎮静化を図りました。でも住民投票への影響は避けられない見通しです。
広報かまくら「市長のおわびと訂正」
≪おわびと訂正≫
 10月1日の広報は1面で、市庁舎予定地周辺も3m~5㍍の浸水を想定している「柏尾川周辺の洪水浸水想定区域」(今年1月26日に神奈川県告示)を改めて掲載、左下に市長の「おわび」を載せています。そこで市長はなぜ市が以前発行した古いハザードマップを掲載したのかとの質問に対して、「県に問い合わせたが、市の広報紙で使用することについて了解を得ることはできなかった」と答えました。

 ついで「市役所内での意思疎通が悪く、実際には県に問い合わせをした事実はございませんでした。皆さまに誤解を与えてしまい、申し訳ございませんでした。おわびし、発言を訂正いたします」としています。十分な市民への説得もなく、5月1日号広報1面で「災害に強いまちを目指して深沢地域整備用地として本庁舎は移転します」と通告し、「市役所移転を問う住民投票の会」が発足しただけに住民の思いも複雑です。

≪住民投票への反応≫
 「住民投票の会」発起人の1人である岩田薫さんは、「市役所内の意思疎通が悪くて・・・という市長のおわびの表現は、『意思疎通が悪い→問い合わせていないのに問い合わせたと誤解してしまった →県を欺いて断られたと発言してしまった』という図式を描いて検証できます。いずれにしても、広報かまくら10月1日号の1面記事に関しては、今後様々な反応が出ると思われます」と言っています。
 
  ハザードマップは市町村が作成するもので県はつくりません。県の洪水浸水想定図をもとに鎌倉市がつくることになります。まだ鎌倉市は新しいハザードマップをつくっていません。古いままのものを使っています。今回の対話集会での混乱を契機に、はからずも柏尾川の洪水浸水問題が市庁舎移転の最大の争点として浮上してきたと言えそうです。

≪想定上回る市民の署名≫  
 鎌倉市役所移転を問う住民投票条例制定の署名収集活動は9月1日から10月1日まで行われました。自治会長や町内会長を中心に、署名活動は順調に進みました。9月3日現在の鎌倉市の有権者数(選挙人名簿登録者数)は、15万201人。その50分の1は3004人となります。つまり3005人以上の署名を確保しなければなりません。これをどれだけ越える署名が集まるかが住民投票の勝負と言えます。

 なお住民投票条例制定の署名収集の結果は5日午後、「住民投票の会」が行った記者会見で明らかにされました。署名総数は8521人、署名簿は563冊と予測を大きく上回りました。10月1日の広報での市長の「おわび」が影響をおよぼしたとは時間的に無理がありますが、一連のハザードマップのごたごたが移転をストップさせる方向で住民に影響を与えたことは考えられます。

 このあと選挙管理委員会の20日間の審査を経て、7日間の縦覧に付されます。その後有効署名が確定したあと、市長に条例制定の本請求を署名簿を添えて提起します。市長は20日以内に市議会を召集します。そして市議会で条例案が審議されます。可決されれば、住民投票の実施となります。いよいよ市役所移転問題は正念場を迎えます。


プロフィール

高木規矩郎

昭和16年、神奈川県三浦三崎生まれ。読売新聞海外特派員としてレバノン、イタリア、エジプト、編集委員としてニューヨークに駐在。4年間の長期連載企画「20世紀どんな時代だったのか」の企画編集に携わる。のち日本イコモスに参加、早稲田大学客員教授として危機遺産の調査研究に参加。鎌倉ペンクラブ、鎌倉世界遺産登録推進協議会に参加、サイバー大学の客員教授として「現代社会と世界遺産」の講義を行う。

【著書】
「日本赤軍を追え」(現代評論社)
「パレスチナの蜂起」(読売新聞社)
「世紀末の中東を読む」(講談社)
「砂漠の聖戦」(編書)(講談社)
「パンナム機爆破指令」(翻訳)(読売新聞社)
「ニューヨーク事件簿」(現代書館)
「20世紀どんな時代だったのか」全8巻(編集企画)(読売新聞社)
「20世紀」全12巻(編集企画)(中央公論新社)
「湘南20世紀物語」(有隣堂)
「死にざまの昭和史」(中央公論新社)

《写真撮影と景観からの視点》
写真は妻の高木治恵が担当します。特派員時代からアシスタントとしてインタビュー写真などを撮ってきました。現在は「鎌倉景観研究会」で活動しています。

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