先週の土曜日に真樹先生を偲ぶ会が行われた。何百人なのか、はたまた千人か二千人か分からないけど、とにかく沢山の人が来られていた。
いつからか自分は先生と食事をさせてもらうようになった。
お会いする時はだいたい二人だけだった。
先生から見たらこんな自分みたいな若造を昔からよく一対一で接してくれていたと思う。心地良い距離感を自然と作ってくれる方だった。
なので、交友関係が広いというのは知ってはいながら、いざこれだけの人数を目の前にすると、先生は一体どんな風にみんなとお付き合いされていたのかと不思議に思ったりもする。でも、絶対一人一人に同じだったに違いない。
凄い人なのだ。
改めて自分だけの先生じゃない、本当にみんなの先生だったということを実感する。
代表挨拶として、徳光さんや佐山サトルさんを始め何人かの方々が真樹先生への思いを語られていたが、それを聞いていて、やっぱり先生はみんなにもいつもの先生だった。
時には居酒屋で初めて会った自分の知り合いにまで良くしてくれる。
時には道場開きで初めて会った自分の知り合いに「菊田を頼むぞ」と声をかけてくれる。
相手が誰なんて関係ない。
あんなに思いやりのあるカッコいい人はなかなかいない。お茶目であってそれも素敵で、みんな会ってしまえばすぐに先生のファンになってしまう。
先生にはケンカやワルのイメージを持たれる人が多いが、実際の先生は本質に勝ちも負けもない、上も下もない、それを超越した気持ちの良い人だった。
僕は空手のことも映画のことも詳しくない。最初の頃は失礼な話、先生がどういう方なのかもよく分からないまま食事に連れて行ってもらっていた。
ただ自分は真樹先生という人が好きだった。
いつもお会いすると楽しい話題を提供してくれて、どんな質問でもズバッと答えてくれて、とにかく先生との食事は楽しかった。
道場関係、交友関係、仕事からも分かる通り、かなり多忙だったはずなのに連絡すると必ず時間を取ってくれて約束を絶対に守ってくれる。
GRABAKAライブの時も、ボビーミノワマン戦のプロデュースを快く引き受けて頂き、会見にも「分かったたよ」と一言だけで来て頂いてい た。
昨年は例年よりお会いする機会が多くそれは運が良かった。赤羽の道場開きや逗子マリーナでのことが印象深い。
今先生がいないという現実は本当に寂しい。凄く大切な人がいなくなってしまった。何か実感が湧かない所もある。
でもいなくなられた今、男ならあんな寛大な人に少しでも近づきたいなと思う。
昨年暮れ、「新年会をやろうな」そう優しく言ってくれた先生の姿が最後となった。
写真は、真樹先生の自伝本。
自分の名前も10年前の沖縄でのことが少し出ていた。
ちょっとびっくりした。
でも嬉しかった。
菊田と野地は息子だ。
そう言っていたと人から聞いたことがあった。それが本当なら嬉しいことだ。もう先生から直接聞くことは出来ないが、聞いてみたかった。

















