2014年04月18日

花をやどにはじめをわりやはつかほど

“はなをやどにはじめおわりやはつかほど”貞享五年 45歳の句

Making blossoms
My lodging for twenty days:
From beginning to end !
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

蕾から、咲き、散るまでを桜と共に過ごしていた、という、
我々からみれば、贅沢な過ごし方だな、と うらやましくもあり。

笈の小文を編む旅の途中。
“旅の途中である”と、芭蕉さんは言い張ってはいますが、
故郷伊賀上野への、“凱旋帰郷”ではありませんか。
きっと、相当のもてなし、アゲアゲっぷりだったはずです。

“静かに桜と共にゆったりと過ごした”とは思えない。
連日、芭蕉さんを囲んでの宴会宴会、句会、宴会宴会…だったのでは。
気がつけば、「もう20日もたってしもうたやんか。桜に付き合わされたなあ。」
と、照れ笑いの芭蕉さん、が浮かびます。

めくるめく享楽のひとときは花の咲き、散るがごとし。
浦島太郎の話なんてその戒めそのものなのですが。
私もそういえば思い出しますよ。あのバブリーな頃。
甘酸っぱい、さくらんぼうのような思い出です。

菓子は煉りきりの「花筏」。
春の思い出を凝縮し、散る花が水面を埋める風情です。
煉りきり花筏Cherry blossoms bloom, 20 days until fall. Basho was spent in Iga Ueno is home. It would be nice to say that it was back to home in just the right opportunity. To spend with friends and family of the home, you would have been 20 days that is substantial. As cherry, it was bittersweet time.




kikyou0123 at 15:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年04月12日

世に盛る花にも念仏申しけり

“よにさかるはなにもねぶつもうしけり”貞享元年 41歳の句

Even to the blossoms,
In full bloom, the aged man repeats
A Buddhist invocation!

There are some people who always chant or repeat Buddhist invocations to whatever they see ,
or at any opportunity. Bsho probably watched them with a smile.

(By TOSHIHARU OSEKO)

ちょうど昨日、仲間と花見の宴を催しました。
先だって急逝してしまった、二人の仲間への、追悼の宴でした。

桜の花は不思議なものです。
時には、子ども達の、未来への門出を祝う華やかな伴奏にもなり、
時には、亡き人に想いを馳せる、過去を覗く万華鏡にもなる。

昨日のそれは、
持参したあかりと、宵月の僅かなあかりに、
深く遠く漂う 思い出の余韻は、
彼の人の功績を偲び、
自分の生き様を振り返り、問い直す機会でもありました。

追悼の宴、といっても、
特別に何があるわけでもありません。
周りから見れば、普通のお花見となんら変わらず映ります。
でもそこにある桜の花びら一枚一枚に、
それぞれの思いが反射するのでした。

歌うのもよし、唱えるのもよし、という、
芭蕉にとっても、それで よし の桜 でしょう。

菓子は薯藷製、コテ書きの桜。合掌…
上用さくらFor the Japanese, cherry blossom is the flower that illuminates the future. At the same time, it is also the symbol consoling the dead. Of cherry blossoms, a short life, you probably have a projected life. This clause, I bear witness for a variety of impression with cherry.



kikyou0123 at 11:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 花見 

2014年01月20日

初雪や水仙のはのたはむまで

“はつゆきやすいせんのはのたはむまで” 貞享三年 四三歳の句

The first snowfall!
Just enough to bend down the leaves
of the narcissus.
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

先日、伊賀上野にも 初雪がありました。
意外にも、伊賀の冬は決して雪深くないものですから、
“明日には初雪が積もるかもしれません”などという、
予報に一日を締めくくる、その夜明け、
窓を開ける 心にすこし急くものを感じます。

たいてい、真っ先に目に飛び込んでくるのは、
庭木の葉、であります。
たっぷりと雪を頂いた葉が、
深々とお辞儀をしているという図が、満足度大、なのですね。

景色に満足すると、次は耳を澄ませる…
漫画だと、シーン〜 と言う字が浮かんでいるような静寂の中に、
遠くで路線バスだか、が、
チェーンを付けて走り去る「チャラチャラ…」と走り去る音だけがかすかに聞こえるという、
これで私の、今年の初雪体験は完了、となります。
雪国でない、地方都市の町なかの、これが恒例の初雪体験なのでありました。

芭蕉さんにとっちゃあ これが、たわむ水仙の葉、ということでございました。
わかるわかる、その気持ち。

菓子は外郎製で、氷餅をまぶしてあります。
雪水仙In the winter, people will feel impatient for the day when snow piles up for the first time. Local people that are not accustomed to snow, so you should feel more strongly. I think Basho it was so. Landscape that represents the expectations of Basho, it was a leaf, the narcissus.



kikyou0123 at 22:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年01月07日

一とせに一度摘まるる薺かな

“ひととせにいちどつまるるなずなかな” 元禄七年 五一歳の句

Only once a year,
They are picked to be admired:
shepherd's purses!
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

1月7日、今日は七草の節句。
とはいっても、旧暦ではないので、
七草を集めるにはちょっと早いようです。

年に一度だけ、人々の関心を誘うこの日の薺、
普段はただの雑草なのに、この日だけは違うよ、という。

初稿はどうやら「若菜かな」と詠んだところを
あえて「なずなかな」と詠み変えたところに、
年に一度だけ関心を誘う物の、存在感の落差、を、
際だたせたのだろう、と思われます。

ちょっとこの文のオチを付けるのに、
ひととせにいちどだけのアゲアゲのもの、って、
考えてみたのですが、
思いつきませんでした。
なずなに変わるモノは、ない。

芭蕉は、では、なずなに何を投影したことでしょう。
元禄七年は、芭蕉にとって最後のお正月となった年。
その命を終える時まで、あと十一ヶ月となった、その時。
死を予期していたとは思えませんが、なにかこう、
ひっそりと地味に、小さな命を咲かせるなずなの花を、
手のひらでそっとすくうように
慈愛で包んだような味わいがあります。

今までの人生の中で、気づかず取りこぼしてきた素敵なモノはないか、
ちょっと考えて見たくなりました。

菓子はきんとん製の薺 です。

薺There is a flower called the shepherd's purse. I eat this, only once a year, the Japanese, the date of after one week from New Year's Day. , Because they are to be good for health. But, this flower, is only a weed usually. Basho and must have felt regrettable love this flower, I felt. For Basho, and it was with last New Year of life.

kikyou0123 at 20:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年01月02日

幾霜に心ばせをの松かざり

“いくしもにこころばせおのまつかざり” 貞享三年 43歳の句

I lean the heart of
The New Year's pine , endured
Many years of frost!
(Translated by OSEKO TOSHIHARU)

あけましておめでとうございます。

この言い回しが、芭蕉さんの頃には
「新年之御吉慶目出度申納候」
なんていう事になるそうです。

その頃、そう、1644年から数えて、

本年は、芭蕉生誕三百七十年にあたり、
当ブログアイコンが誕生した、生誕三百六十年祭から
はや十年が経ちました。

さて、この句、解釈の仕様により、ですが、

今様に、北島三郎に歌わせるならば、
「船に五色の旗を立て…俺もどんとまた生きてやる」

と、いうところでしょうか。

風雪に負けない松に自らを投射し、自らを鼓舞したこの年の初め。
蕉風開眼と言われる延宝八年頃から六年ほど、
気が高揚するような手応えを感じていたに違いありません。

そしてこの年の春、
名句「古池や…」をリリース。

私も、この句を胸に、新年を迎えたいと思います。

そこで菓子は、焼き皮製緑餡包みの松飾り。
お菓子の神様に、どうかこのデザインを歴史に残して頂きますように。
松飾りIn Japan, I will decorate the pine at the door of the house. , Because they are lucky and good evergreen trees. Basho's, I feel in order to inspire your feelings, to decorate the pine. His poems, is the taste that was indifferent and very soft, but the passion for creation is of very strong. I was also committed to this candy. It is a passion for making sweets.

kikyou0123 at 22:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年08月01日

蓮のかを目にかよはすや面の鼻

“はすのかを めにかよわすや めんのはな” 元禄七年 51才の句

The scent of lotus flowers
Is taken through the nose hole of
The mask to the eyes!
(translated by TOSHIHARU OSEKO)

知りませんでした。

蓮の香りって、かなり強いものらしい。

一般には、清楚 な花として、捉えられることが多いようですが、
こと、匂いの印象となると、かなり存在感の強いものとして表現されるようです。

つまり、評価が二分する。
芭蕉の評価は、後者である、と、そんな感じです。

私も先日、城のある堀池に、一面びっしりと咲き乱れる
蓮の花と葉に遭遇しました。
久しぶりに蓮を見て感じたのはまさに“妖気”。
泥中から湖面を突き抜け、なお欲望をもとめ天に向かって手を伸ばす、
そんななまめかさを感じたものですから、
私の印象は、芭蕉さんと近いと思われます。

句は、能役者に向けた挨拶吟とのことですが、
伊賀は観阿弥の故郷。
そんなことも話題になったのかどうか。

菓子は練りきり製。
蓮の花







kikyou0123 at 07:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 夏(summer) 

2013年07月27日

皿鉢もほのかに闇の宵涼み

“さらばちも ほのかにやみの よいすずみ” 元禄七年 51歳の句

The plates and bowls are
Dimly white in the darkness;
- The cool evening air!
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

とてもクールな句、ですね。
夏にしか表現できないクールさ、と言いましょうか。

思えば、(私は)とても 停電 の好きな子どもでありました。

暗いところはオバケがでそうで、夜トイレへ向かうのが怖くて怖くて、
でも、停電は、全部が元に戻るというか、
蝋燭の明かりに映し出される物すべてが普段みられない物として
感じられるというか。

そして妙に落ち着いたり。

久々にそれを思い出したのは、3.11の翌々日、
出張先の湘南で夕方から夜にかけ、3時間の計画停電に見舞われた時。

文明の機能停止の狭間で、あのころの無我、を思い出しました。

芭蕉はこの闇の中で、数人とこの白くボウっとした皿の色を
感じながら懇親を深めているようです。

我々もそんな無我のなかでぼんやりと何かを共有する機会が
あってもよいと思います。大都会の停電の中で、ぶつかるまで人と解らないほど
暗い中で、とても人が恋しかったものですから。

さて、この皿鉢にどんな水菓子を置こうかということで、こちら「蓮の根羊羹」。
蓮根羹は、私がお世話になりました加賀森八の代表銘菓であり、和菓子の
至宝、であります。あちらは小坂蓮根を使い、しゃきっとした味わいは比類ありません。
こちらはその写し、(擬き)で失礼いたします。
蓮根羹People are taking to dinner late that day gave me. Only a white dish that was illuminated in faint light is reflected to the eye. During a hot summer, it is a moment to feel the coolness. We also think in this way, without using electricity, that we should have the opportunity to contact with people in the dim darkness. This is because you feel the nature, to be able to share with everyone the things you do not usually notice. When a large earthquake occurs, many regions has been a power failure in Japan. It was a haiku of Basho leading to experience at that time.




kikyou0123 at 20:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 夏(summer) 

2013年07月07日

合歓の木の葉ごしもいとへ星のかげ

“ねむのきのはごしもいとへほしのかげ” 元禄三年 47歳の句

Even through the leaves
Of a silk tree ,do not look
At the loving stars.
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

新暦の7月7日。お天気は良さそうですが、
逢瀬の星合ですから、 まじまじと見てはいけませぬ、と言う。

情があってよろしいですね。
逢い引きコミュニケーションもデジタル化
の時代ですから、このような情が詩になる時代なのかと、
“逢瀬”で引いてみると、いい句が沢山あるのですよ。

たまさかの逢瀬は、この句のように、背景も手前の風景も
淡く縁取って、すーっと消えていくのがよろしいですね。

昨今は、突如、出産宣言、とかで、逢瀬が白日の下に引きずり出されて、
大騒ぎするのは、野暮、ってもんでしょう。
葉越しに覗くのも厭うものですよ、ね、芭蕉さん。

菓子はういろう製。ういろう星の影
It has become a day to perform the event that Tanabata today. Tanabata, once a year, and the spirit of the star man, star of the spirit of a woman is said to be the day to meet secretly. To be, I'm not supposed to peep the state, Basho, seems to counsel. Is it not a very cool attitude. Candy was expressed of the two people, the spirit of the star.







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2013年07月03日

七夕の逢はぬ心や雨中天

“たなばたのあわぬこころやうちゅうてん” 寛文七年 二四才の句

On Tanabata,
If their date is rained off,
Their hearts will be sad!
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

七夕は、旧暦の7月7日、今の暦では2013年次8月13日です。
和菓子作りは、旧暦に沿うべきだと日頃思っておりますが、
この七夕はその最たるもの、行事です。

調べてみると、そもそもは棚幡(たなばた)という精霊棚と飾り幡
が語源で、お盆の行事に、女性が針仕事の上達を願う乞巧奠(きっこうでん)とう行事が
合わさったものであり、織女手習い上達の願掛け行事であったといいます。

当店、桔梗屋織居が、創業以来の和菓子屋でありながら、「織」の
字をなぜ含ませたのか、よく分かりません。

しかし、不思議な巡り合わせで、
母の出が老舗の組紐問屋であったため、
静かな伊賀上野の城下町にカタコト響く、紐組の音、
織機のシャカシャカまわる音、生糸の匂い、
すべてが私の体に染みついているように思います。

七夕を迎える毎、糸を織るように和菓子を“織る”という
そんな戒めかと。だとしたら当家のご先祖様は大変な
センスをおもちでいらっしゃったのだな。

さて、今年の旧暦7月7日は、晴れます事やら。
お菓子は織女の糸巻き。煉りきり製です。

煉りきり糸巻き

I there will be a event called "Tanabata" in Japan. There across the galaxy once a year, spirits star of two human men and women, is to resume, is a legend and very romantic. Person of the woman, is the spirit of the fabric. People, probably committed to this event, the heart of love and respect for the delicate handwork of women. Sweets, represents the spirit of the fabric.

kikyou0123 at 15:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 夏(summer) 

2013年07月01日

おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな

“おもしろうてやがてかなしきうぶねかな” 貞享五年 四五才の句
 
Exciting while watching,
But soon after. sadness follows,
The boat of cormorant fishing!
(Translated by TOSHIHARU OSEKO)

長良川の鵜飼い、見ましたねぇ。舟にも乗ったこと、ありますねぇ。
基本、狩り、ですから、なにかこう、高揚感があるわけです。
イザ、出陣!っていう感じで始まるのですよ。

鵜匠達の動きも、観客の高揚感を見事に
コントロールしちゃってます。彼らに捌かれてるのは
鵜なのか観客なのか。

鮎に料理に舌鼓をうち、ひとしきりの興奮を味わい終えたら、舟は着岸し、
はい、お疲れさんでした、では解散、と。

芭蕉さんの頃にもすでに人気の沸騰していた鵜飼い、
現代の我々と全く同じように楽しんだはずですが、
それが、「やがてかなしき…」という。
この時の句会の前後のコメントや、連句の流れから、
どうやら
なにかこう、殺生を楽しむ人間界の業、に対する
自戒、のような余韻をぽっかりと残しているのですよ。

四〇〇年近く前に生きた人々の、もののあはれ、に対する感性に、
当時からは進化していると勘違いしている現代人が、
はっとさせられる、そんな句です。

菓子は葛饅頭。かがり火に見立てております。
かがり火
Place called Nagara River in Gifu Prefecture, is famous river that cormorant fishing is carried out. People look forward to, enjoy cooking, and still, it is an event that is very popular. Basho's, says to see the cormorant fishing, after enjoying enough, all was over, and felt sorrow. Apparently, I felt the reason, and if that was not in feelings toward animals is controlled in humans. I think it's important sensibility. Well, candy represents the bonfire. I attract fish in the light of this fire.




kikyou0123 at 14:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 夏(summer)