2013年06月15日

キャッチボール

2012年6月、父親が亡くなった。
1年前のことである。

不思議なのだが、父が亡くなったということを自分の中でまだきちんと消化できていないような気がするということである。

「死」ということに対する心の準備がむしろ前々からできていたことからの結果なのか、十分に受け止められずにいるからなのか、それはよく分からない。
ただ、父が亡くなったということに対して感情が追い付いていない感じがするのだ。

一番感情的になったのは2011年2月に、父のがんは末期がんで、しかも数か所転移が見られるという病状を電話で聞いた時だろうか。
俺は出張先である静岡県三島のビジネスホテルで泣いた。ほとんど言葉にはしなかったが電話で姉から状況を聞きながら泣いた。ちょっと飲みに出かけるつもりだったのに、そんな気分になるわけもなく泣いた。

不思議と感情は月日と共に状況に慣れるもので、次第に感情は穏やかになった。最初のうちに感情を処理していたのかもしれない。

ガンが発覚してからというもの、「その時」を少しでも先延ばしする手段を考えながら、一方で少しでも悔いなく「その時」を迎えるための準備をしてきた。

先延ばしする手段についてはなかなか限界もあり、仕方ないかなという部分もある。ただ、悔いなく迎えるという点ではまだ色々できたような気もしている。
父がどの様に思いながら「その時」を迎えたのか、それほどはっきりした言葉は無い。

ただ唯一、亡くなる前日か2日前くらいに病床で「子どもたち(すなわち俺や俺の兄、姉)が3人も揃っている。うちも盤石だな」という言葉を聞いた。
父なりには少なくとも最低限の満足感を得て迎えたのかもしれない。

「その時」を迎える直前、家族親類が声をかける中で、父は黙って目を閉じたままだったがうっすらと右目から涙がにじんたような気がした。危篤状態でも声だけは本人に聞こえているらしいが、それが最後の返答だったのだろう。


昔、父と一緒にやるキャッチボールが好きだった。
日頃、一緒に遊ぶようなことは多くはなかったのだけど、なぜかキャッチボールだけはたまにやっていて、友達とやるのとはまた違った、不思議とワクワクする感覚だったのを覚えている。

俺が進学のために家を出て以降は全くやらなくなった。久しぶりにもう一度やりたいと思っていた矢先にガンが発覚してしまった。
それでもほんの少しならやれないことは無かったかもしれないが、結局やらず終いだった。

俺は父に全く何も返せていない。
返さないまま父は遠くに行った。

俺はボールを受け取ったままなのに、だ。

父から受け取ったままのこのボールは俺が受け継いで、また別の誰かに俺が投げなければいけない。

それでやっと父とのキャッチボールは完結する。

そんなことを想いながら一周忌を迎えます。

kim at 00:30│Comments(1)TrackBack(0)clip!日記 

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この記事へのコメント

1. Posted by マリマリ   2013年10月24日 23:15
お久しぶりです。
あのとき手術の成功を喜んでいましたが、そうですか、お亡くなりになったのですね。
たしかお父様はわたしと同じ世代と聞いていました。
お父様にとって跡を受け継ぐ立派な人が3人もいるということは、本当に安心だったことでしょう。人間はこうして世代を受け継いでいくのです。
喪失感は大きなものだったと思いますが、あなたが生きている限り、お父様も生きているのです。受け取ったボールをぜひ次の世代に渡してあげてください。それが一番の供養です。
親は子どもから何かをしてもらおうなんて思ってないもんですよ。
kimさん、悔いのない毎日、充実した毎日をお過ごしくださいね。

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