2008年11月17日

マレー

マレーシアに行ってみたい。死んだ祖父の言によれば、マレーシアは、『人種のるつぼ』。
「つぶれるまで飲むのは、世界中で、日本人とフランス人しか居ない。」
かつて祖父が自分に向かって発した言葉。それを確かめる上にも、僕はマレーシアに行ってみたい。
 あとは、ヨーロッパ、かつて行ったインド、また、中学時代に憧れていたアンデス山脈。日本にも行きたい所は沢山あるけどね。

kimihiro987 at 00:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2007年02月16日

海流46号 編集後記

 最近、携帯でメールをやりとりしている学生をよく見かけるようになった。本格的な「ユビキタス・コンピューティング」の時代到来もさほど遠い未来ではないだろう。ただ、インターネットの普及に伴って、ホームページやメールといった情報伝達手段が幅を利かせてはいるが、ホームページを自作して情報発信をしているという人は、まだそんなに多くはない。
「ワープロならできるけど、コンピューターはちょっと…。」とか、
「パソコンは持ってるけど、インターネットには繋いでない。」という人は結構多いのだ。
 昨日(一月三十日)NPO活動で、はりまや橋商店街に立って、ブログ(blog)でのホームページ作成を指導した。三時間ほどの間に、お茶や焼き芋をご馳走になりながら、いろんな人といろんな話をし、その合間に自分の新たなホームページを含めて、三つのホームページをアップした。私以外の二人はホームページ制作は初体験で、
「えっ、今できるんですか?」と怪訝そうに言われたが、
「ワープロが打てるなら、誰でもできますよ。」と半ば強引に作ってもらった。
 自動焦点機能付き一眼レフが出現した時に、
「もうこれからは、写真は技術ではなくて感性の時代だ。」と言われたが、同じような言い方をすれば、
「ホームページは、コンテンツ勝負の時代が到来している!」ということだ。今やカメラは、デジカメの技術革新とフィルム無しで撮れることや、結果確認や取り直しが容易なこと等のメリットにより、アナログからデジタルに移行しつつある。音楽の例をとって見ても、デジタル音のCDがアナログのレコードを駆逐してしまったのは、CDにいろんなメリットがあったからである。
 その気があれば、『ワープロならできるけど…』というレベルの人でも、自分でホームページを作って情報発信ができる、つまり、書籍も紙媒体を介さずに内容を公表できる時代になった現在、その善し悪しはともかく、出版業界も何らかの変貌を余儀なくされるだろう。『紙資源のリサイクル』といった他業界に寄りかかるような打開策だけでは凌げない時代が来るかも知れないのだ。 (Feb.1 '04)

kimihiro987 at 16:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

不可思議な出来事…

◎ 『みらくる・らんきんぐ』の1日のアクセス数が300越えをし始めた。
特に、何をした訳でもないので、アクセスの多いサイトの登録があったのだろう。同一サイトで、沢山のカテゴリーに登録していく者が居て、もちろん、登録は削除していってるけど、結構閉口している。複数カテゴリーの同一サイト登録はアダルトサイトが多いけど、アダルトサイトはアクセスが多いみたい。

◎ 『愛の詩』がYahoo!の検索機で2位に出てき始めた。
Googleでは、1位に出ていたけど、Yahoo!の検索では、100位以内にも入ってなくて、
(う〜ん、検索のシステムが違うんだろうな…)って考えてた。未だにYahoo!の検索システムってよく分からないのが上位にきたりしているから、謎。

kimihiro987 at 09:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2005年06月09日

IT稼業と運動不足

IT稼業にもいろいろあるが、概ねPCを前に座っていることの多い職場では、運動不足になりがちだ。(もちろん、IT稼業に限ったことではないが…)

階段はエレベーター等を使わず、なるべく徒歩で上がる用に心掛けている。週一回のバドミントンぐらいでは、なかなか運動不足の解消は難しい…。


kimihiro987 at 09:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2005年02月20日

迷惑メール&詐欺

 スパムメールは相変わらずで、毎日300通以上のものを見ずに削除している毎日です。最近、意味深なタイトル(『ひろみさん自殺』と書かれていて、何か事件性を感じるような気がして…)のスパムメールを受け取り、好奇心からクリックしてしまい、宛先のメールアドレスと共に、「登録完了」の表示を見せられました。    以下、送りつけられた登録完了メールです。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
┏□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□┓

┃ ORANGE LADY にご登録ありがとうございます。

┗□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□┛   新規ご利用ありがとうございます。
入会手続きが完了致しました。   <入会記録>
■初回利用日時:2005-02-xx xxxxxxxxxx
■登録ID:xxxxxxxxxxxxxxxxxx
■商品名:ORANGE LADYメンバーページコンテンツ利用料金
■期間:90日   あなた専用のメンバーページ
http://www.directs.ws/orange/member/?xxxxxxxxxxxxxxxxxx
次回より上記アドレスよりお入り下さい。   ※この登録メールは会員登録された方に自動配信されております。   <サイトに関するお問合せ先>
080-5129-9046  
◇-◆-◇-◆-◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇-◆-◇-◆-◇   ORANGE LADY
orange@mail2.directs.ws
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 県警ハイテク相談に『不法サイトではないかと思いますが…』とメールをして、問い合わせてみました。
 質問の骨子は以下の通りです。
(1)こんな形の利用規約は、違法ではないのでしょうか?
(2)自宅住所等の情報はまだ知られてはいませんが、そのままにしておいた際、少なくとも送られてきたメールアドレスに対して、スパムメール等の嫌がらせが送られてくるのではないかと少々不安です。


 以下、ハイテク犯罪対策係から頂いた返信です。
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 メール拝見しました。
 いわゆる電子消費者契約法によると、インターネットや携帯電話の契約の際には、誤操作による契約を防ぐため、相手先サイトから申込み意思の確認画面等を再度表示し、利用者が承諾の送信をする手順が法律で定められており、この手順によらない契約は無効を主張できることになっています。
 ご質問(1)の「こんな形の利用規約は、違法では無いでしょうか。」については、消費者契約法第10条で「消費者の利益を一方的に害する条項の無効」として定められていますので、無効な利用規約であることを主張できるでしょう。
 ただ、いずれの場合も罰則規定は無く取締りの対象にはならないのが現状です。
 ご質問(2)のスパムメール等についてですが、これは様子を見ないと判らないと思います。
 もしスパムが来るようになった場合は、あなたのメーラーや、メールサーバー、ファイアウォール等に設定をすればブロックできるばずですので、それで対処をすれば良いと思います。
 インターネットでは、このサイトのように悪質な会員勧誘を行うサイトが無数にあり、ダイレクトメールのリンクや画像をクリックしただけであたかも会員登録が完了し、契約が成立したような返信メールを送りつけてくるものがありますが、契約は無効であることが主張できますので、何もせず無視することが最大の防衛策、対抗策です。
 インターネットを安全に運営するためには、インターネット上で考慮すべき点やリスク、安全対策や被害に遭わないためのポイントなどが多数紹介されていますので、それらも参考にされてください。

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県警察本部生活安全部
 生活安全企画課ハイテク犯罪対策係
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 う〜ん…。無効を主張できるけど、罰則規定が無く、取り締まれないんですね。振り込んで泣き寝入りをされている方もいるかも知れないのに、何も手が出せないということらしいです。 _
   以下、NEC 121wareNEWS 2005.2.9 【206号】よりの引用です。
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ウイルス Sober(ソバー)亜種にご注意ください
コンピュータウイルスSober(ソバー)の新しい亜種『Sober.K』が流行し始めています。
このウイルスは、英語やドイツ語で書かれた電子メールで届き、添付ファイルをダブルクリックすると感染します。感染すると大量のメールを送信して広がります。
このウイルスが付いた電子メールの例は次の通りです。

・差出人: 詐称されたアドレスです。
・件名: I've got YOUR email on my account!!、Ey du DOOF Nase, warum beantw...
・本文: 英文または独文です。
・添付ファイル: EMAIL_TEXT、TEXT   不審なメールの添付ファイルは不用意に開かず、そのメールを削除することをお勧めします。


【インターネット詐欺】

1.詐欺についてのアンケート結果   インターネットでも横行する『詐欺』。
その実態を121wareニュース読者のみなさまにお伺いしました。

●詐欺にあいそうになったことはありますか?
 * 幸いにもない 85%
 * 詐欺にあいそうになったことがある 13%
 * 詐欺にあった 2%
  ●それは、どのような詐欺でしたか?
 ・ クリックしただけで勝手に登録されてしまった。
 ・ サイトを開いたとたんに料金請求が出てきました。
 ・ 自動的に会員に登録されて「入会金1,600円3日以内に指定銀行へ振り込め、それ以降は6万円になりますよ」との内容のメールが来た。
 ・ 覚えのない請求書が来たので、警察に届けた。
 ・ オークションで入金したのに商品が届かなかった。
 ・ サイトオープニングのお知らせで格安のパソコン販売のお知らせでした。当選しましたので代金を振り込んで下さいと連絡があり電話も掛けて確認を取りましたが詐欺に遭いました。金返せ!
 ・ 電機メ−カ−のそっくりなサイトで個人情報を取られそうになった。  

2.詐欺もいろいろ   『詐欺』とは、 “他人をあざむいて錯誤に陥らせる行為。
 民法上、詐欺による意思表示は取り消すことができ、
 また、詐欺による損害は詐欺者の不法行為として
 賠償させることができる。”
  とあります。インターネットでも横行する『詐欺』。
いくつかのタイプと基本的な対応策をご案内します。

<架空請求詐欺>
突然身に覚えのない請求メールが送られてくる詐欺。債権回収業者を名乗る場合が多くあります。これは全く根拠のない請求メールを無差別に送付しているものです。    無視する。絶対に返信しない。
     ・証拠となるメールは保存しておきましょう。

  <オークション詐欺>
実際に商品が無いのに偽の情報を流して架空口座に代金を振り込ませ、その後連絡を絶つというインターネットの匿名性を利用した詐欺。    業者・取引相手の健全性を確認。
   (電子認証・プライバシーマーク・固定電話など)
     ・取引を行った情報(Webページ)は保存しておきましょう。
  <ワンクリック詐欺>
メールやWebのURLをクリックすると、アクセスしただけであるにもかかわらず「入会ありがとうございます」などと表示され、Webページ、あるいはメールで閲覧料金などを不当に請求する詐欺。    不審なURLをクリックしない。覚えのない料金請求は無視する。

  <フィッシング詐欺>
メールで「個人情報を再登録してください」などと、本物そっくりに見せかけたWebページで個人のクレジットカード情報やID・パスワードなどを入力させる詐欺。
多くは実際に存在する金融機関やオンラインショップの名前をかたっており、会社のロゴやURLも本物と見分けのつかないものを利用しています。    メールで個人情報の入力を求めることはまずありえません。
 情報を入力する前に必ず差出人となっている金融機関に確認する。

  <なりすまし>
他人のIDやメールアドレス・名前を勝手に使って、本人になりすましてメール送信や掲示板への書込み・登録情報の変更などをする詐欺。    IDやパスワードの管理は厳重にしましょう。

  インターネットの中でも多くの犯罪が発生しています。
また、犯罪の手口もどんどん巧妙になってきています。最新情報にご注意ください。

3.やっぱり基本は用心   清く正しく利用していても、巻き込まれてしまうのが“犯罪”です。
「自分だけは大丈夫」と思わず、用心しましょう。

●詐欺にあわないためのアドバイスがあれば、教えてください。(アンケート結果)  
<不審なものに近寄らない>
  ・ とにかくあやしいURLはクリックしない、メールも添付ファイルは開かない。
<うまい話はない>
  ・ 「無料」「お得」などと表示しているものをクリックしない。
  ・ やたらに懸賞に応募しない。自戒もこめて。。
<調べる>
  ・ 詐欺メールに記載されているリンク先を検索エンジンで調べる。
<用心する>
  ・ すぐ反応せずに一時、時間を置くこと
  ・ 常に疑いの目を!おいしい情報は何かあるよ!
<個人情報を出さない>
  ・ 懸賞応募や掲示板へ必要以上に個人情報を書き込まない。
<あわてない>
  ・ あわてないこと。問題について常々考えたり、関連情報を眺めておくこと。
<その他>
  ・ リスクはつきものなので騙されてもあきらめられる程度に楽しむ

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詐欺の手口も、日々巧妙かつ悪質なものになって来ているようです。ご注意下さい。


kimihiro987 at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2004年07月10日

犹蹲瓩鉢犹讚瓩砲弔い

吟遊詩人と犹蹇覆Δ拭豊
 古来、犹蹲瓩廊牘な賢瓩任△辰燭里任呂覆い世蹐Δ。むろん、牘な犬砲覆蠧世觚生譴用いられている国瓩砲いての話ではあるが…。
 たとえば、ヨーロッパなどでは犇稷兄躾有瓩覆襯椒悒潺▲鵑街角で普通に見られた時代もあるし、少々強引かもしれないが、日本語という言語の特性から言って、狷本古来の七五調も韻文の一種瓩罰搬膕鮗瓩鬚気擦討發蕕┐譴弌⊂照芭蕉などもそうしたボヘミアンの一人と言えなくもない。
 さて、読者諸君は爐Δ伸瓩箸いΩ斥佞ら、どんな漢字を連想するだろうか。普通は、牴劉瓩箸いΔ海箸砲覆襪隼廚Δ、牘喚甅猴忰甅犹蹲甅犹讚疆の漢字を連想する読者も少なくはないだろう。「国語の漢字テストでは、牴劉瓩鉢牘喚甍奮阿論気靴ない」というようなことは別にして、どの漢字にせよ、もとは爐Δ伸瓩噺世┐燭里任呂覆い世蹐Δ。現在の牴劉瓩蓮∀族里琉嫐に使われる時を除けば、西洋音楽の影響が色濃く、犇吻瓩鉢犹讚瓩吠けられるのが普通である。しかし、古来、謡や読経等で見られるように、犹譟覆海箸弌豊瓩鯑匹
狷匹瀛自体瓩爐Δ燭Ν瓩箸い行為であり、その犹讚畆体が爐Δ伸瓩世辰燭里任呂覆ろうか。
 そのように、元々爐海箸亅瓩箸修陵淪箸筌螢坤爐魎泙瓩伸犇吻瓩切り離せない関係であったとはいえ、現在では牴里┐覆せ蹲瓩諒が多い。これは、出版技術の進歩と相まって、西洋音楽が日本で幅を利かせはじめてから、より顕著になってきたのではなかろうか。七五調の語呂の良い詩、耳触りの良い詩が、人々の口伝えに伝わって、流行る必然性がなくなったからである。犹蹲瓩漏荵という伝達手段によって人々に伝えられるようになり、曲がつけられることを前提に書かれる犹讚瓩箸楼貔を画すようになる。活字によって一人歩きをはじめるのである。

芸術と自由度
 詩が一人歩きをはじめること自体はめでたいことであり、語呂という制約が取り払われることも犧酩弊作において自由度が増す瓩箸い辰薪世ら言っても、決して悪いことではない。問題は犹讚瓩箸琉磴い魄媼韻群瓩て、犲分自身で足かせをはめてしまっているような詩人瓩居るということである。『語呂の良いこと、耳触りの良いことが犹讚瓩任狼されても犹蹲瓩任狼されない』とか、これは芸術全般に見受けられる傾向ではあるが、『難解なもの、得体の知れないものほど良い』などというつまらぬ固定観念にとらわれている者たちが、少なからず居るのではないだろうか。
 海流十九号でも述べたように、芸術は基本的に自由であるべきだと思う。どのような手段を用いようが、良いものは良いし、つまらないものはつまらない。芸術の本質は、技を競うものではないのである。芸術作品の評価は、作者の有名無名、作品の具象抽象等に関わらず、その作品と自分の心の判断基準のみで行われるべきである。
 現在、芸術の様々な分野で、科学技術の発達と相まって、作品の制作手段における自由度は、確かに大きくなっている。しかし、芸術家達の狄瓦亮由度瓩蓮果たして大きくなっているのだろうか。

言語と音楽性
 英語等、欧米の言語と比較した日本語の音楽性については、よく言及されており、『日本語は音楽的とは言い難い言語である』という言い回しは、よく耳にするが、正確に言えば、『日本語は西洋音楽には合い易い言語ではない』ということである。日本古来の雅楽(越天楽等)や様々な民謡などのように、長く伸ばすような調子のフレーズの方が日本語向きだし、逆に、日本古来の音楽には、日本語の方が欧米の言語よりもしっくりいくはずである。日本語に限らず、どの国や地域にも爐修海濃箸錣譴討い觚生讚瓩帽腓Σ山擇、その国々、地域特有の音楽として育まれてきたはずあり、西洋音階だけでは表せないような微妙な音律や独特のリズムが、エスニックなどと形容され、異国ムードを醸し出すのに効果をあげている。一つの国あるいは地域で使われている言語とそこで育まれた音楽は、密接な関係があるのが普通である。

日本語と詩
 昭和初期、韻も踏んでない、七五調でもない、しかし何か 爛螢坤爿瓩感じられるといったフレーズを犹蹲瓩噺討咫△修劉狷逝里涼里譴覆ぅ螢坤燹文斥佞楼いが)瓩里海箸髻◆狷盧瀘Лと表現した詩人もいる。詩には確かにリズムがあると思う。そして、爐わめて活字的で口ずさめない詩瓩發爐蹐鵑△辰討睥匹い、表面的なリズム自体が詩の本質ではないにしろ、個人的見解として言わせてもらえれば、口ずさみたくなる詩が少なくなっていくことは寂しいと思うのである。

詩と詞の分類についての私見
 私にとっては、犹蹲瓩皚犹讚瓩癲基本的には同じものである。曲をつけるか否かでその作品自体の呼び名が変わるというのであれば、それは仕方のないことだが、同じ作品を、「これは詩であり、これは詞である」などと分類しても大した意味はないのではないか。少なくとも、そのような退屈な作業は、批評家連中がやればよいことであり、作家(詩人)のすべきことではないように思う。
 もちろん、制作における目的が違うから、曲がつけにくい詞は、猯匹ない詞瓩箸いι床舛下されるかもしれない。それでも、その作品が猯匹せ蹲瓩任呂△蠧世襪呂困澄そういった意味で、『犹蹲瓩諒が犹讚瓩茲蠅盍峺が広く、自由度が大きい』と言える。
 そんな自由度の高い犹蹲瓩鮴作する詩人の狄瓦亮由度瓩低いとすれば、論外である。詩であれ、詞であれ、良い作品は「良い」、つまらないものは「つまらない」と言えるしっかりした感性と勇気を持ちたいものである。続きを読む

kimihiro987 at 12:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 芸術アラカルト 

2004年07月05日

言葉(メディアとしての日本語)についての私見 [日本語をメディアとするアーティストたちへ]

 まず犒歃僉淵◆璽函豊瓩鬮犂尭阿鯏舛┐襪發劉瓩板蟲舛靴茲Α犒歃儔函淵◆璽謄スト)瓩呂修侶歃兀酩覆寮作者であることは言うまでもない。(個人的には犒歃儔鉢瓩噺世Χ舛はあまり好きではないが…)たとえば、画家は基本的に色や形などをメディア(伝達手段)として自分の中で生まれてきた感動を鑑賞者に伝えようとし、音楽家は基本的に音をメディアとして鑑賞者(リスナー)に伝えようとする。詩人が使う基本的なメディアは、むろん犖斥姚瓩任△蝓鑑賞者は普通狷票圻瓩噺討个譴襦

 芸術作品のメディア自体は、多かれ少なかれ象徴的に使われるという意味で抽象的なもの(光や音、言葉などといったメディアは猜瓩箸聾世て颪い)ではあるが、少なくともそれ自体が意志を持ち得ないと言う意味においては、無機的な素材である。芸術におけるメディアとは感動を伝えるための単なる媒体であり、それ以上のものでも以下のものでもないことを制作者は知っておくべきである。メディアやツールを粗末に扱わないという心はもちろん大切ではあるが、それらに頼りすぎると危険である。(たとえば、人間は古来から狷逝里涼里譴覆い發劉瓩紡个靴董畏怖の念を抱くようで、高度に情報化された現代社会において、爛灰鵐團紂璽拭漆仰瓩、まかり通っている。しかし、基本的にはコンピューターは狠韻覆詁散餃瓩任△襪箸いΔ海箸髻我々はしっかり認識しておくべきであり、そうでなければ爛灰鵐團紂璽拭爾某祐屬使われる瓩箸い状況が出て来かねない。−−最近は至る所でそういうことも起こっているようだが…)ツールを身体の一部のように使いこなせるのは素晴らしいことであるが、それができれば感動を鑑賞者に伝えられる(感動を生じさせることができる)ということにはならない。ぎこちない技法によっても感動が伝わることはあり得るし、洗練された技法によっても何の感動ももたらされないことも十分考えられる。

 とりわけ、言葉をメディアとする芸術の場合、『言葉は生きている』というような認識が、一般的にされているためか、ジャンルに関わらず、作者自身が自分の使う言葉の意味が曖昧なまま、安易に使っている場合がしばしば見受けられる。具体的、あるいは抽象的概念を象徴する記号である言葉(単語)は、確かに、『時代によって表す意味が変化していく』と言う意味では『生きている』と言えなくもない。しかし、本当の意味で言葉が生きてくるのは、言葉(単語)が有機的な結合を果たしたときであろう。単語一つ一つが持つ意味の犹間による変化瓩任呂覆て、一つ一つでは猝亀‥な単語瓩任癲△修譴蕕侶觜腓砲茲辰董△發辰醗磴辰伸爐茲蠖爾ぐ嫐を表せるように組み立てて行く瓩箸い辰森坩戮、人(生きているもの)によってなされたとき(言葉が使われたとき)、初めて、犖斥佞生きている瓩噺世┐襪里任呂覆い世蹐Δ。(そういった有機的に結合された言葉によって、様々な感情が表現され、喜怒哀楽がもたらされるのである)

 ここで、芸術家をTVの送信機(通常の鑑賞者の数から言えば、発信器と言った方が良いかも知れない)にたとえてみれば、メディアは電波で、鑑賞者は受信機である。芸術においては、それら送信機、電波、受信機のどれか一つでも異常があれば、おそらく感動の受け渡しは正常には行えない。たとえば、音楽家が音楽という作品を通じて、彼の作り出した感動を正常に発信したとしても、聾唖者にとっては音というメディアは意味をなさず、まず感動は伝えられない。盲人にとっての絵画も、聾唖者にとっての音楽と同等の関係になる。

 もっと問題になるのは、発信器側が爐いげ淡困吻畩豺腓任△襦少なくとも、『あまり明確ではないけど、まあ発信してみよう』と言うような発信の仕方はフェアな姿勢とは言えない。具象であれ抽象であれ、発信者が明確な意図なしに『向こうで良いようにとってくれるだろう』といった受信者におんぶした形の伝達姿勢は、私は避けるべきだと思う。芸術には『そうでなければならない!』といった牋嫂淌な必然性瓩存在するべきであり、それが芸術的なセンスといったものではないだろうか。発信者自身が訳の分からない画像を送り、受信機の側の何らかのファクターによって、受信者に発信者の意図しなかった感動が伝わったとしても、少なくともそれは発信者の行為(芸術作品の意図的な制作行為)によってもたらされたものではないし、確率的に言ってもそのようなことが起こるのは、低いはずである。(送信者自身が読みとりにくい文字をファックスで送り、『受信機側では、もしかしたら読みとれるかも知れない』と期待しているようなものである)

 芸術作品の制作過程における偶然性というファクターを否定する訳ではない。制作者のそれに頼る姿勢が問題なのである。絵の具のボールを画布にぶつけて、抽象絵画あるいは前衛芸術と称するといった類は、私はあまり好きではない。もちろん、絵の具の色の選択や分量の加減、溶き油の選択等といった制作者の意図が入っているであろうことは予測できるが、完成作品の絵柄も限定されるはずだし、何よりも偶然性に頼る割合が大きい。(ボールの初速度、画布までの距離、画布の鉛直方向との傾斜角、ボールが画布に当たる際の反発係数、絵の具と溶き油の粘性係数等綿密に計算され、制作者の意図するものと寸分違わぬ作品ができるというのであれば、話は別だが…)

 『自然は偉大な芸術家』という言葉がある。冒頭で述べたような定義で芸術家を定義する限り(狎己であること瓩鬮犒歃儔箸任△襪海鉢瓩良要条件にしない限り)、私もそれは否定しない。自然は常に、最もエネルギーが低い状態に落ちつくために様々な様相を呈するのである。たとえば、最も低い場所を見つけるためには水を流してみればよいが、これを計算で求めようとすれば、膨大な時間がかかることが普通である。いわば、自然は合理性の権化であり、計算し尽くされた必然性で、様々なものを動かして行ける天才科学者兼天才芸術家なのである。(ただし、自然は生物とは見なせないので、牋嫂洵瓩存在しているとは言い難いが…)

 前述したように、詩や小説、歌などは有機的な単語の結合の妙を手段として感動を読者に伝えようとするものである。特に、詩は牋嫐を表す言葉を使って、物事や状況などを説明すること瓩茲蠅癲∧犬畔犬寮擇貶、行間の取り方なども工夫することによって、犂尭阿鯑票圓謀舛┐襪海鉢瓩鰺ダ茲気擦襪戮である。断っておくが、詩では言葉の意味はどうでも良いと行っているのではない。私自身は詩に限らず、言葉は正しい日本語として使われるべきであると思っている。少なくとも、単なる単語の羅列や記号と行間だけの作品、文法的に破格の作品などは、作者が必然性に駆られて使用する場合に限られるべきである。ものわかりの良い読者が勝手に解釈してくれることを期待して、いい加減な言葉を使うといったファジーな姿勢は、どこかの政治家に委せておけば良い。

 正しい日本語は、表現も豊かで、美しい。英語をはじめとする様々な外国語との比較で、伝達されうる情報量だけが優先され勝ちな現代において、少々引けを取っている感のある日本語ではあるが、この表現力の強さ、包容力の大きさ(外来語も拒まず、カタカナという文字で表現できてしまう)こそ、我々にとって最強の武器になり得る。日本語は感情の機微を表すために、ひいては感動を読者に伝えるために、最も適した言語の一つであるはずだ。(英語などのように、話し手が大袈裟なジェスチャーをしないでも、聞き手に感情が伝えられる)しかしながら、メディアとしての日本語に、過大な負荷を負わせるのは如何なものかと思う。確かに、素晴らしいメディアではあるが、あくまでもメディア、譲ってもツール(道具)の域は出ていないのである。道具は使い方を間違えば、使用者に手痛いしっぺ返しが来ることが往々にしてある。強力なツールほど、しっぺ返しも強力なのが普通なのである。

 英語や仏語、中国語などと比較して、言語の特性により、韻文となり難い日本語は、狠参里簀亢腓箸い辰晋渕慶瓦妊螢坤爐鮗茲襪、しりとりをするかしか細工ができないと言えるのかも知れない。しかし、日本語はそれを補っても余りある程の可能性を秘めている。正しい日本語の使用だけに限定しても、使い方次第で無限の可能性があり、多分、私は一生かかっても使いこなせないはずである。したがって、現在のところ、私については破格の日本語を使用する必然性は全く感じていない。

 繰り返しになるが、言葉をメディアとして作品を作成している者が、破格の日本語を使用することが許されるのは、自分自身の制作過程における必然性が生じた場合(爐匹Δ靴討發修Δ靴覆韻譴弌∈酩覆できないし、他の表現では代用できない瓩箸い場合)に限られるべきである。そして、少なくとも自分は『ここはこうだから、この表現しかできなかった』という言い訳ができなければならない。

 安易に、『他人が分かろうが分かるまいが、知ったことじゃない。これが俺の芸術だ!』と居直る無責任な姿勢が、徒に犒歃儉瓩鬮狷餡鬚つ詰まらないもの瓩砲掘↓犒歃儔鉢瓩箸いΩ斥佞法↓猜僂縫廛薀ぅ匹高く意固地な変人瓩箸い辰新みなニュアンスを加味している元凶なのではないか。そして、人間の狷逝里涼里譴覆い發里紡个垢覦敝櫃稜悪瓩鰺用し、的確に価値判断できない人々の存在を良いことに、芸術の不当な権威を作り上げ、金儲けに奔走している輩、築き上げられた権威に居座って安閑とマンネリ化した作品を発表し続ける連中の多いこと!一般人、とりわけ作品を制作している者は爐修Δい辰燭海箸魑さない瓩箸いΠ媚嵒充┐鬚垢戮である。自分の心に正直な価値判断をすることである。具象であれ、抽象であれ、感動を作品から受ければ、文句なしに、その作品はその鑑賞者にとって芸術作品であり、逆に、何億円しようが、どんな高名な作家が作ろうが、何の感動も受けないようなものは、その者にとってはクズである。周りが何と言おうが、恐れず、『猴腓硫ν有瓩砲覆蕕覆ねΦい鮖つこと』が大切なことなのだ。

 詩人は、特に読者を想定して、それに迎合する必要はない。しかし、特に、犹蹲瓩畔垢い燭世韻如↓狷餡鬮瓩箸いΕぅ瓠璽犬任箸蕕┐訖諭垢多く存在するという事実は知っておくべきである。『詩は読む者の自由で、どう解釈しても良い』ということをよく聞く。それ自体は犹蹲瓩鬮犒歃儉瓩肪屬換えても成り立つ命題だと思う。その方便を使って、安易に『まあ、好きなようにとってくれるだろう』と、本人が訳の分からないものを作品としてしまうことに大きな問題がある。自分が理解してない数学の証明を、他人にしても説得力があるはずはないのと同じで、他人が好きに曲解してくれるのを期待する姿勢は間違っている。何よりも、詩を観賞する者は一部の物分かりの良い者達だけであってはならないはずだ。様々な詩誌が、マニアックな連中の間だけでしか読まれないことは、そのような詩人の姿勢、またそういったことを許す土壌があることが無関係であるとは思えない。

 普段日常で何気なく使っているようなさりげない狎犬た言葉瓩濃蹐禄颪れたいのではないだろうか。死語やよそ行きの言葉、独善的な定義をされた言葉で作られた詩が、生きた人間に生々しい感動を伝えるために最適だとは、どうしても考え難い。少なくとも詩人は、本人自身が概念や意味を確定した言葉で、作品を作成して行くべきで、それが、日本語という言葉を伝達手段とするアーティストのとるべき正常な姿勢ではないだろうか。続きを読む

kimihiro987 at 01:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 芸術アラカルト 

2004年06月14日

大学入試 あ・ら・かると

 私は15年間進学校の進路に居ました。大学入試というのは『猫の目』的に変化していくもので、特に最近のPCシステムの発達に伴い、様々な大学の様々な学部で、大学独自の特色を出そうと、いろんな形での入試が行われるようになってきています。進路の担当教諭の間では、『3年進路を離れたら、入試は分からなくなる』とよく言われるほど、現在の大学入試は多様化してきています。

 でも、進路指導部の担当教諭(少なくとも、当時の私)は、何万通りもある大学入試の全てを知っている訳ではありません。最低、生徒や父兄に聞かれたときに『ここをこう調べると分かる』という方法を知っているのです。一度進路検討会(毎年、年末に夜中までかかって、やってました)で、
「森先生と**先生は、なんでそんなに知ってるの?」と、他の進路の先生に言われたことがあります。二人とも笑って特に何も答えなかったと思いますが、取り立てて言うなら『勉強したから』と言ってしまうか、『経験やね』としか言えないですよね。その先生は、高3を持つのは2回目の方だったので、『もっと勉強して、経験を積んでもらったら』と在り来たりのことを言うしかなかったし、卒業や大学入試を控えた高3のクラス主任(期末テストももちろんだけど、大学に提出する調査書なんかを作らなければいけないので、高3の主任は『殺人的に』忙しくなります)には、そんな何の励ましにもならない言葉は掛けられなかったですね。

 実は私の経験というのは、高3生のクラス主任をしたときに、その進路指導をやったことに基づいたものです。それは、私自身がいろんな資料に目を通して、
(ああ、こんな方式もあるのか。)と記憶にとどめていったものよりも、実際に生徒が受験するために、私自身が色々と調べて、
「おまえの今の力やったらここは良いけど、ここはやめて、こっちを受けた方がいい。」と指導した大学(指導するために自分が一生懸命調べたデータ)の方が、はるかに記憶に残るんです。実際、自分が受験した大学の入試データが、一番記憶に残るのはもちろんですが、次は自分が何らかの形で携わった大学のデータなんです。

 こんなこともあります。
「先生、ここ受けたいんですけど、調査書書いてくれますか?」
「ここは、理科が2科目要るから、ダメやろう?」
「いや、先生、**学科でも**学部だけは、理科1つだけで良いって書いてありました。」
「へー。どれ?」
生徒自身は自分のことだから、結構日本中から、いろんなタイプの入試を探してきたりします。
「う〜ん、これは知らんかった…。よう探したな。これやったら、まあ出しても良いけど、科目数が少ないということは、出願者が増えて合格最低点が高くなるということやから、もっと勉強せなーいかんぞ。もう探すのはええから!」
「ハイ!」

 受験生も自分のことだから、結構必死なんですね。受験生の本分を考慮すれば、
「そんな間が、あったら勉強せえ!」と一蹴するのもアリなのかも知れないですが、生徒に教えられるのもアリですよね。こういった情報も、自分の記憶にはしっかり留まっていたりします。

kimihiro987 at 21:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2004年02月17日

講習に来ていただいた皆さんに

 土曜日はお疲れさまでした。また、講習を受けていただきありがとうございました。

 実は先日はBlogのほんの取っ掛かりの部分しか説明できていませんが、HPはいろんなスキルよりもコンテンツ(内容)部分が重要だと思います。(少なくともそんな時代になってきています。)

 とは言っても、まだまだ技術的なことも、HPの表現力を高める上で侮れないことも事実ですので、質問等ありましたら、連絡してください。(便利なシステムは使わなければ損ですよね。)

 機会があれば、またお会いしましょう!今後もよろしくお願いします。 

                 m(_ _)m

kimihiro987 at 14:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

不正請求(その2)

 昨日、情報垂れ流し不正請求を3通受けましたが、今日も届いています。(今日は『件名』も書くのが億劫だったようです。)

 ちなみに宛先のname3@mirai-net.jp(架空)は、HPにのみ掲載している着信専用のアドレスで、こちらからこのアドレスからメール配信をしたことは一切ありません。(このアカウントから発信できるように設定しているPCは1台もないからです。ただ、このアドレスを登録している方が、なんらかのウイルスに感染して居る場合、このアドレスを使ってメールが発信されることはあり得ますが…)

 このことからも、送信者がHPでメアドを取得したであろうことは、まず間違いないと思います。このアドレスを改竄無しに全てHP上に公開したらまずいですよね?昨日から同じようなことをされているという気がしてならないんですが…。

 私の接続環境は、広域の無線LANで電話回線を経由していません。ということで、自動的に国際回線や、ダイアルQ2に繋がることはありません。(『有料サイト未納料金が生じる道理はない!』ということです)

【以下のようなベタ打ちメールです(送信先メアド等は省略)】続きを読む

kimihiro987 at 14:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記