2015年10月18日

〈怪談〉あおしま君 その5

お偉方、というのは方便だった。だが、まんざらデタラメでもない。

以前、警察の偽装事故処理事件の追跡取材をしていた頃、被害者の家族とその弁護団の方々とは面識があった。

あおしま君の父親の親友が、車で不審死体で発見され、睡魔による事故死と断定されたのだが、事故報告に多数の矛盾点が弁護団により暴かれていたのだ。

この事件を世に公表したのが、小生の記事だった。
被害者は、意識を失い、パトロール中の警官に発見されたのだが、眠っていると勝手に判断されたのだろう。
そのまま放置され死亡に至ったのだが、それを隠蔽する為に車両を移動までして偽装工作を行ったことが明るみにでた事件だ。

その後、全国の警察不祥事の被害者による連絡会が、弁護団により結成された訳だった。

今回の集団パニックに関しては、被害も少なく、実際に救急車が現場に到着する頃には全員意識が戻っていたため、事件性も事故にも当たらない、原因不明の集団パニックとして処理された。

しかし、後日あおしま君の父親と小生は、警察署に参考人として事情聴取に出向く事になった。

店は暫く休業状態、その間にじっくりとあおしま君について、御両親と話すことができたのは、幸いといっていいのだろうか。

「息子は前の学校では、酷いイジメにあっていたんですよ。なまじ正義感の強い奴なんで、ひとりでイジメと対決したらしいんです。親友をかばってね」

意外だった。彼は魔力を発揮するでもなく、不本意ながら担任教師の勧めで転校を余儀なくされていたという。

しかも今回の学校内呟き事件?については何も知らず、息子が不祥事を起こした風な小生の意味不明な質問にイラつく場面さえ有り、取りなしに苦労した。

何か急に背筋が凍る気配を感じた。
その場に本人が現れたのだ。しかも我が息子も一緒だ。

「おじさん、警告したよね、僕…」


つづく


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2015年10月16日

〈怪談〉あおしま君 その4

ああああ、ううう、
だ、れ、か、きゅ、う、きゅ、う、し…

そのラーメン店に並ぶ行列は、修羅場と化した。
スマホを落として、自らも倒れ込む者、震える手を上空にかざして奇声を上げている者。
失神している者も数名いた。

その光景に背筋を凍らせて、固まる者。小生もそのひとりだった。
異変に気付いた通行人が通報したのだろう、自転車で警官が一名駆けつけた。

若い警官は、状況が判らず困っていたが、失神している人を救護しつつ、救急車の手配を無線で要請したようだ。
小生はその困っていた様子を見かねて、警官に状況を説明した。だが自分自身、何を言ってるのか、なにしろ不自然過ぎて説明がしどろもどろだ。

「ともかくあなたは大丈夫なんですね。申し訳ありませんが上司が到着したらもう一度、お話をゆっくり聴かせて下さい」

その丁寧な言葉とは裏腹に、警官は小生の手首を確保して、手錠をはめようとした。
どうやらこの騒動の犯人にされてしまったようだ。流石に小生も怒鳴った。

「おい、若造、状況もわからずに無闇に手錠なんかするもんじゃないよ。そう警察学校で教わったか?」

しどろもどろの説明が、明らかに挙動不審と判断されたのだろう。しかし、青年は小生の目を改めて確認して、ハッとしたのか

「大変失礼致しました。ご協力お願いします」

と言いつつ、手錠はしまい込んだが、手首はしっかり確保したまま離さない。
そう簡単に不審者は逃がすな、と学校で教わったのだろう。最早この若者を諌める方法がないと、諦めかけた。

すると、騒ぎを知って店から出てきた〈あおしま君〉の父親が助け舟を出してくれたのだ。

「この方は、おたくらの仕事振りを監視する市民団体のお偉いさんだよ。兄ちゃん対応誤ると始末書じゃ済まなくなるけど、大丈夫かい?」

その若い警官は、一瞬考えた末、ようやく手首を解放した。

つづく

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2015年10月11日

〈怪談〉あおしま君 その3

あおしま君の魔力のせいなのかどうか、説明に困るところだが
あれ以来、スマホを持つと手が震えだしてしまう。

心理学の先生なら多分、自己暗示とかそんな類いの診断をくだすところかもしれない。
ただし、このままでは仕事にも影響しそうだ。怖いが、真相に迫るしか治療法は無い気がする。

我が子の身も心配で眠れない。
何よりも恐ろしいのは、仮に彼が本物の怪物であるならば、その怪物の手に現代の兵器であるところの〈スマホ〉を持たせたら、この世はどうなってしまうか。

彼自身には悪意が無くても、彼を〈兵器〉として利用しようとする有象無象、魑魅魍魎が接近したら?
もはや猶予はない。

ともかくラーメン店を営む両親に会うべきだろう。
行列が出来る評判の店なら不思議は無いのだが、えらく長い行列になっていた。
このぶんだと忙しすぎて、ゆっくり話も聞けそうにない。

今やスマホ片手に行列をなす光景は当たり前。
震える手を抑えながら、小生もその風景に同化した。

突然、前のほうで〈あぁっ!〉といううめき声が聞こえる。
見ると、行列の全員が、そのスマホを持つ手を震わせていた。

つづく

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2015年09月13日

〈怪談〉あおしま君 その2

あおしま君という少年は、どう云うわけか小生の息子と仲がいい。
息子の話を鵜呑みにしたわけではないのだが、興味があったので
我が家に招いてみたのだ。

買ったばかりの、例のスマホも持参してた。
しばらくは、息子と二人でスマホ操作やゲームの話に夢中だった。
どこからみても知能犯や悪魔君には見えない、優しい子供だ。

「君らはLineとかTwitterとか、やってるのかい?」
二人は急に黙って、それは愚問とばかりお互いを見つめあう。
質問がストレート過ぎたかと後悔したが、あおしま君が呟いた。

「おじさん、それやってるの?だったら今のうちにやめときな!」
「どうして?なにか悪いことでも起こるからかい?」
「つうかさあ、ウザいじゃん」

彼の魔力は、小生をウザいおじさんにしてしまったようだ。
息子がしきりに、もうやめてと視線を送って来たので、追求は断念した。
言葉使いは尊敬も遠慮もない普通の小学生だが、底知れぬ不気味さは増した。

気になったから、Twitterだけはチェックしてみた。
すると、ここでは彼の存在はすでに神格化していたのだ。
彼の忠告はきいていたほうが良かったか?

気がつくと、以前のように呟けなくなっている自分に愕然とした。

つづく

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2015年09月03日

〈怪談〉あおしま君

世の中には、けして悪意が無くても人々を混乱に巻き込んでしまう魔力を持つ者がいる。

小生の職場にもトラブルメーカーはいるが、単に頭が回らず不用意な発言で顧客や上司、
同僚を怒らせてトラブルになるだけで、特別珍しくもない。魔力ではなさそうだ。

実は小生の長男が通う5年2組のクラスメートに、それらしい少年が居るらしいのだ。
息子の話によれば、彼が呟くと、必ず実現してしまうという。

運動会で、嫌いな先生が自分の親友に陰湿な説教をしていたとき、
それを見ていた彼は、こう呟いた。
〈教師なんか止めちまえ!〉

数日後、その先生は健康上の理由から、自ら退職したという。
噂だが、極度のノイローゼで、話すこともおぼつかない重症らしい。


そんなケースは多々あって、彼に呟かれたクラスメートも、
すでに3人ほど転校していった事実もあった。
幸い息子にはその災いは及んでいないのだが、近頃怯え始めた。

あおしま君という普通の少年らしく、親がモンスターペアレンツ?
というわけでもなく、有力者の息子でもないのだ。

両親は町でラーメン店を営む実直な人柄だ。
共働きだが、家庭内で問題を抱えているわけでもない。
ただし、あおしま君は事情があって隣まちの学区から越境編入していた経緯はあった。

その事情も気になるところだが、想像出来なくもない。
彼が呟くだけで、彼の希望通りの展開になるからだ。

心配なのは、息子が怯えている理由なのだ。
あおしま君は、最近やっとスマホを買ってもらった、ようなのだ。
親としては、放置できまい。

胸騒ぎがする。


つづく…かもしれない?

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2015年08月09日

〈怪談〉にんげんだもの

都心は、どうやら記録的猛暑が続いているらしい。

この暑さで蝉もなかなか仕事をしてない?
今朝、野川沿いを散歩したら、やっと例年通りの、第一声が聴けた。
都心とはいえ、この美声を聴かずんば盆は来るまい。

ふと、河原の垣根に蝉の脱け殻を見つけた。
妙に他人には思えない親近感を感じた。
〈これはお前の姿だよ!〉
そう語りかけてくる気がした。

幼虫の間は下積み生活を強いられる、蝉。
羽化してやっとのことで日の目を見るのだ。
人生最大の晴れ舞台で、美声を発して観客を魅了するんだ。

そして恋愛を経て子孫を残す。
恋の駆け引きは、おそらく人間以上に激烈な競争を伴うかもしれない。
しかし時間はひと夏しか許されないから、必死で人生を駆け抜ける。

人、ではないから人生、はおかしいな。ともかくも、
やること、成すべき事はやり遂げるのだから、彼らとて
けして短い人生?とは考えない。考える暇もないかもだ。

今の俺様はどうなんだ?
未だにお前は幼虫か?
それとも、この脱け殻?

あぁ、もし神様が居るなら、早く美声を発する、観客を魅了するエンターテイナーにしてくれよ。
もう坊やはウンザリだ。
名声なんか要らない。少しの金と愛する伴侶さえあれば文句なし。

蝉に成りたい。
と、思いきや突然雲行きが怪しいぞ。
帰ってシャワーでも浴びてビールだな。

さっぱりしたところでビール、そしてテレビをつけた。
高校球児の晴れ舞台を、しばし観戦。
外は雨と思いきや、また日差しが強くなっている。

昼まで寝るしかないな。
ふと、思った。
このまま寝込んで、目覚めた時に、木に止まって鳴いていたら…怖いな。

寝るな、ヤバい、睡魔が襲って来た。
体がブルブル震えだした。
喉じゃなくて、背中が痛い。
こんな大声出したら、通報される。


み〜ん、ミンミン、ミンミン、みぃ〜?

〈おしまい〉

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2014年06月13日

呪いの聖人〈その5〉

事件の全貌はこうであった。
犯人の松林静夫も牧師家庭で育ったのだが、キリスト教に馴染めずに家族とはやがて疎遠となった。
しかし新興宗教の教祖となって、いつしか家族を見返してやりたい、と思っていたという。

そんな時、旅先で古寺武士と出会うのだ。似た環境で育った二人は意気投合するのだ。
コイツとなら夢も実現出来るかもしれない。そう考えた松林は、古寺に自分のプランを語りかけた。
ところが古寺はそれを否定する。断る以上に彼を思い止まらせようとさえしたのだ。

それにキレた松林は古寺を殺害する。そして自分と入れ替わり、事故死を偽装した。
同じく息子を訪ねて来た古寺の母親も殺害し、病死として偽装する。

古寺武士になりすました彼は牧師になるために聖書学校で勉強をするのだ。
キリスト教の知識の修得のためだ。まずは既存の教会組織に潜り込んで、自分の信者を確保する目的であった。
その間に、催眠術や心理学を駆使して人心をコントロールするすべを研究したのだ。

彼の放つ呪文は、デタラメである。彼なりの演出効果を狙った猿芝居であった。
その猿芝居に乗っかり、コントロールされているフリをする捜査員達も大変であった。
因みにこの潜入捜査員たちは、キリスト教以外の信仰を持つ正義感あふれる若き警官であった。


逮捕から送検され法廷で判決が下るまでほんの数ヶ月であった。
今、裁判長が第一級殺人の罪で無期懲役の判決を言い渡したところである。
うなだれる松林静夫の背後に長い影が法廷後ろの扉まで伸びている。
その影はやがて扉の外に消えていった。

その黒い影を目撃していたのはトメと古寺の父親の二人だけだった。
意識を失う松林静夫に光がさした。



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呪いの聖人〈その4〉

トメの家での3人の会話は、盗聴されていた。
家の外には一台のバンが停車していた。

バンの車内で盗聴しているのは、古寺武士牧師と数人の若い信者達であった。
古寺は迷いなく言い放った。
「神様に捧げる生け贄3人を捕獲です。抵抗したら殺しても構いません。行きなさい。」

バンから6名の信者が降り、トメの家に侵入した。それを見届けた古寺はニヤリと笑みを浮かべた。
ところが待てどもいっこうに彼らが出てくる気配が無い。不審に思った瞬間、バンの周囲は大勢の信者達で囲まれていた。
間もなく家の中からトメと古寺の父親と大沢刑事が信者達と出てきた。

状況が呑み込めない古寺武士牧師に近づく男性が2名、手錠と警察官身分証を提示した。
「古寺武士こと、松林静夫だな?殺人未遂と詐欺及び偽装殺人2件、その他誘拐で逮捕状が出ている。あなたを逮捕します」

信者と思われていた若者達は、みな公安の私服刑事達であった。
この教会に赴任する以前から、すでにマークされていて、犯行を食い止めるべく大勢が潜入していた、というわけだ。
呪文に操られる者はひとりもおらず、みなマインドコントロールされているフリをしていたのだ。

犯人逮捕の光景を見ていたトメは、呟いた。
「あぁ神様、お守りくださり感謝です。」

つづく

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2014年04月04日

呪いの聖人〈その3〉

目の前で奇妙な言語を操り、周囲の人間をたちどころに支配下にしてしまう。
だが、なぜかトメだけはそこから免れていた。
もしかすると、偉大な力によって守られているのかもしれない。

トメは真剣に神様に祈るのだった。
「尊き天の神様、どうか皆を悪よりお救い下さい」


しばらくすると、トメの自宅に初老の男性二人が訪ねて来た。
ひとりは大沢という刑事で、もう一人は古寺牧師の父親の古寺泰造〈68〉である。
刑事の大沢が用件を切り出した。

「実は複数の失踪事件を担当しているんですが、どうやら共通点があなたの通う教会の牧師さんらしいのです。たった今教会を訪ねたところ、牧師さんはご不在でして、で留守番の方に伺いましたらご近所に教会をよく知るご老人がいらっしゃると聞いて訪ねて参りました」

父親の古寺泰造も語り始めた。

「私も甲府で牧師をしております。せがれは貧乏な牧師を続ける私を否定しておったのです。キリスト教を恨んで育ちました。都会のサラリーマンを夢見て家を出ました。大学にも普通に通って企業に就職も決まっておりました。ところが、旅行に出たまま音信が途絶えてしまったのです。知人が沖縄で見かけた、という情報を頼りに私の家内が探しに向かったんです。その家内も旅先で病に倒れ、せがれに会うこともなく亡くなりました。」

その後何年も消息不明のままだったのだが、突然教団の牧師になって現れた、という事だった。
大沢刑事がそのあとを続けた。

「その息子さんですが、古寺さんの息子さんではない可能性があります。つまりなりすましているという疑惑が浮上しました」

トメは黙って二人の話を聞いていた。

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2014年03月16日

呪いの聖人〈その2〉

事件はすでに起きていた。
とある日曜日の礼拝風景。
だがいつもの数名の出席者の礼拝ではなくて、その10倍も多いであろうかと思える満員状態の礼拝堂である。

前々から気になっていたことだが、馴染みの古参の信者たちが、一人また一人と姿を消している。
どうやら周辺の教会に流れて行ってしまったようだ。代わってこの無表情な若き求道者たち。そしておそらくはその親族とおぼしき老若男女が加わっていた。


問題の若き牧師〈31〉は、名前を古寺武士 こでらたけし と名乗っている。自己紹介のとき、人から戦国時代の僧兵みたいだと言われる事を自慢気に話していたようだった。その古寺牧師の説教はいつも通り穏やかなメッセージだった。
ところが、礼拝が終わると、事態は一変する。

若き求道者たちの親族とおぼしき人達が一斉に牧師に詰め寄ったのだ。
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2014年03月12日

怪談「呪いの聖人」

その年、その小さな教会に赴任して来たのは、小柄で柔和な青年の牧師だった。
青年の実家も地方の教会だったが、今はもう無いらしい。

下町にあるその小さな教会は、創立60年を越す伝統のあるプロテスタントのキリスト教会だ。
先代牧師の引退後に伴って、教団から派遣された牧師に成り立ての新人だった。
だから、老人ばかりとなった信者からみると、頼りなさすぎの観は否めないのだ。

それでも持ち前の明るさと根性で、若い層の信者が徐々にだが増えていった。
順風満帆に思えたのだ。信者の誰もがそう感じて疑わなかったのだが。
事態は静かに暗黒化していたのだ。

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2013年11月20日

短編《その奥様も魔女〉

今日、死刑が執行された。もう弁解さえ彼には叶わない。

彼の国選弁護人を引き受けたのはもう12年前になる。
不倫相手の旦那を殺害し、しかも犯行は単独ではないと主張した。
その彼のいう裏付けは、法廷でことごとく否定され検察側の証拠が全面的に採用されたのだ。

彼の言い分というのはこうだった。
飲み仲間に紹介されて付き合い始め、不倫を承知で深い関係になった。
彼はキレやすい性格で、すでにDV離婚の経験があった。
だが根っ子の部分は優しくて単純だった。つまり女に騙され易い男だったのだ。

彼はその不倫奥様から相談を受けた。その奥様の旦那が暴力亭主で、別れたいが
相手には豪腕の弁護士が付いていて、どうしても叶わない。
殺して…

そうすれば自由の身となって、あなたと一緒にいられる。
強盗に入られたことにして、玄関の鍵は開けておくので、
今夜私を縛って、そして夫を一緒に殺しましょう。

私は被害者を装って、強盗にやられた事にするから。
あなたはアリバイを作って捜査をうまくかわせば、大丈夫。
きっとうまく行くわ…

ところがである。
その奥様、なんと警察の厳しい追求に、こう証言したのだ。
交際したのは事実。しつこく付きまとうので怖くて断れなかった。
お前の旦那を殺してやるから俺の言うとおりに証言しろ。
裏切るなよ、もはやお前も共犯者だからな、忘れるな。
と、彼から脅され言うとおりにしただけ。


さて、結果は奥様が無罪、彼が死刑という顛末である。
その後、その元奥様は別の男と暮らしているらしい。
まあ、今さら話を蒸し返す気は全く無いのだが、
彼の元弁護人としては、こんなデタラメが通っていいものか
法律を扱う者としての良心が、時々疼いてしょうがない。

もう10数年前の、ごく普通の殺害事例となってしまった。

おしまい

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2013年01月13日

(短編)殴られ屋2013





そもそもこの商売を始めた動機は、正直にいうと不純だ。

たまたま喧嘩した相手からハードパンチを喰らい、気を失っている間に見た不思議な夢?が、どうも現実と微妙にリンクしている事に気がついてしまったからだ。その夢がなんとも痛快な夢で、その味をしめたから?なわけである。

無学、無資格なこの俺様が、夢では総理と呼ばれたり院長先生と呼ばれたりする。そしてドラマでも見たことがないような、やりたい放題の展開に必ずなるのだ。しかも、その夢から覚めても、夢で見た展開に世の中が変わってしまっていたりするわけだ。

そんなわけねえだろ、と誰もがいうから、もう説明なんぞしないことに決めて自分だけで密かに楽しんでいたのだ。ところが最近、新しい発見をした。


商店街ですれ違った男と肩がぶつかったのだ。
正面から歩いてくる時点で、すでに何やらブツブツ独り言をいう危ない風体だったのだが、まさか俺様にわざとぶつかってくるとは予想外だった。

しかも男はポケットに小型ナイフを潜ませていたのだ。
ヤバイ、と思った瞬間、たぶん防衛本能が働いたんだろう。俺様はとっさに頭突きで男の額めがけて突っ込んだのだ。

さて、ここからはいつものように痛快な夢を見るはずだったのだが、なんだか様子が違っていた。ドラマのようなスーパースターなどではなくて、俺様は(女に振られて気がおかしくなったストーカー)になっていたのだ。

そう、もう気がつかれたかもしれないが、俺様は商店街ですれ違ったあの小型ナイフ男になっていたのだ。とんでもない事件だ。俺様は女にフラれた位でストーカーになったり殺人犯になど、けしてならない。

まあ、そりゃ若い頃はスレスレの失敗はあったかもしれない。しかしこの年になれば、犯罪で裁かれたりするほど割りにあわないものはない、という理性がはたらく。つまらん女のために、人生を棒に振るほど馬鹿ではない。

だから、夢から覚める前にこの男を更生してしまえばいいんだ。
ただ、事情を知るにつれ、だんだんこの男にも同情の余地があるなぁ、と思いはじめた。相手の女もそうとうな小悪魔ちゃんだったのだ。

だから犯罪ではないが、男のストレスが無くなる程度に、相手の小悪魔ちゃんを退治してしまう事に決めた。もう二度と男を手玉にとって騙すなんて出来ない位に懲らしめてやればいい。

その方法は簡単だった。小悪魔ちゃんの携帯から複数またをかけているとおぼしき男性を割り出し、(君はもしかすると僕たち同様に、この子から騙されているよ!大変な目にあう前に気をつけな!)と、一斉送信。

あとは世間の噂というやつが、彼女を裁く。ここまでだな。


さて、現実に戻った。するとあの男が俺様を抱き起こしてくれていた。
(大丈夫ですか?すみません、よそ見してたもんでごめんなさい。)


なんと顔からはすっかり悪魔は取り払われて、更生?しているではないか。
この男も、もう大丈夫だろう。俺様はなんてよいことをしたんだろう。


もしかすると、世の中の犯罪は、この俺様が未然に食い止めることができるやもしれない。


仕事に生きがいが持てた瞬間だった。めでたし。
ただし、どうやって報酬を請求したもんだか、なぁ・・

(おしまい)



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2012年07月10日

短編(神様の弁解)

あたしだって何も好き好んで崇められてるわけじゃありません。おせっかいで人助けしてるって言われるけれど、あたしらの方面隊がフォローしないと、バカな人間どもは、すぐに諦めて生きる方法を放棄するからなんですよ!

堕落の神って?なるほど否定はしませんよ。でもね、そもそも我ら(神)の存在意義ってもんは、何?人が道を誤まらないように導く道案内でしょ?そこんところを願わくば理解いただきたい。

それにね、あたしらだってもう手が足りなくて、そうたびたび救ってやるわけにもいかんのです。ボランティアで神やってんですからね!モチベーションを維持するだけでも、大変なんだ。だから・・

多少は感謝されたっていいだろ?違いますか?え?
あの、お姉さん!こっちにもコーヒーおかわりね。


おしまい


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2012年07月09日

短編(捨てるほうの神様)

別に愚痴を言うつもりもないが、やたら拾う方面ばかりが崇め祭られるのは、いい気持ちはしない。

アチキだって良かれと思って懲らしめているだけなんだ。すると人間ちゅうやつらは、大して努力もせずに手だけ合わせて、救ってくれ、なんぞとのたまく。

そこに拾う方面の同業者が余計な世話をしやがる。いったい、どちらが親身に面倒をみてるかってんだ。

アキチは成長の神だっつうのに。愚かなる人間どもには死んでも理解できまい。そうさ、拾う神の正体は堕落の神なのさ。

コーヒー冷めるから、こんぐらいにしとく。捨てる方面の神は今日もせっせと、嫌われ役を買ってでる。

おしまい


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2011年07月14日

殴られ屋

これはどう考えても夢に違いない。
初めの頃は、そう自分に言い聞かせていたのだが、もうどちらでもよくなった。

どこから話せばいいのやら・・

会社帰りの居酒屋で、因縁をつけられて、たまたま喧嘩になったのだ。
俺様は殴りあいは弱いくせに、口喧嘩で言い負かされた経験が無い。
言葉のハードパンチャーの最後は、たいていの場合、罵られた相手の実弾、実際のカウンターを浴びて気を失うケースが多い。

中には、何年も怨恨を蓄積して、どかんとワナに貶められる事さえある。
殴り合いならその場で決着がつくのだが、後者は性質が悪いし怖い。
そんな苦い経験をしつつも、懲りないで、酒が入ると口が悪くなってしまう。

その夜もそうだった。
相撲の話で、好きだった横綱の名を言ったとたん、
隣で飲んでいた体格の良い青年から因縁をつけられた。
どうやら、彼の大嫌いな横綱らしい。

酒が入るともうお互いに譲れない。
若干年の功で、俺様が言葉で青年をねじ伏せた。
と、思った瞬間にカウンターを一発、右頬骨に深く喰らっていた。


だから夢なんだ。
気を失っている間の夢。

サラリーマンの俺様が国会で答弁をしていたのだ。
俺様はいったい何様?
(言葉の端をとらえて、揚げ足ばかりとらないで、おたく達もマトモな法案をだしたらええじゃろ!)


質疑に立っている相手はおそらく野党の議員。
真っ赤な顔で、怒りが収まらずにワナワナしはじめた。
人間、あんまり怒りが度を越すと、かえって噛んだりするものらしい。
その時点で、すでに勝敗は見えていた。

そう、俺様はときの総理大臣(の夢をみている)なのだ。
じつに、気持ちのいい幸せな感覚だった。
その後、低迷していた内閣支持率が急上昇。

新聞事例で、批判を展開しまくっていた大手各紙も、TVも
手を翻したように、内閣支持に回りはじめた。

そうなると、面白いように法案も議会を通過し、ほぼ意中の仕事はかたずいた。
そして、最高支持率のなか、首相会見で辞意表明をする。


得意満面で、目が覚めると、居酒屋の床に寝かされていた。





殴られたせいにほぼ間違いはない。
だが、あの夢を見ている時の幸せな感覚が忘れられず、
とうとう街頭で、殴られ屋を開業してしまった、というわけだ。


今朝、朝刊の見出しにこんな文字が躍っていた。

(辞任後の総理、行方不明。誘拐か・・)

俺様の事かい?


おしまい






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2010年07月08日

(怪談)市民プールにて

平日の昼下がり、ふと泳ぎたくなった。
昨夜は蒸し暑い熱帯夜の七夕だった。このところ休みもなく
仕事漬けだったから、今日はサボリと朝から決めていたのだ。

しかし泳ぐといっても海パンが無い。ともかくスポーツ用品店で調達だ。
もう10年以上、泳ぎなどしなかった。頭すらかすめない。昔の競泳水着のようなビキニタイプの男性用は、今どき流行らないらしく、半ズボンタイプの高級品を買わされてしまった。おかげで、予算の一万円をかるくオーバーした。まあ、いい。

ホテルのプール、というわけにもいかなくなったので、地元の市民プールに向かった。まだガキどもは学校だろうから、空いているに違いない。
10数年ぶりにきた市民プールは、主婦、大学生、定年組初老紳士などの顔ぶれだった。50過ぎの腹の突き出たオヤジは、小生くらいか?

筋肉をストレッチで伸ばし、腕をぐるっと回して、体操修了。
ふと背中に視線を感じ、それとなく振り向くと、窓きわのベンチで美しい女性がこちらを見ている。
(この突き出た腹に興味でもあるのかい?)

ホテルのプールならば、ナンパもありかもしれないが、もっともすでにチャラい年代ではないから・・それにしても綺麗だ。スピードの競泳水着を着た20代?か30前半?じつにそそられる。

そんな雑念と戦いつつ、視線を振り切ってプールに入った。
25メートルのコースを2往復したところで、息がきれた。
休憩しよう。プールサイドの窓のベンチには、あの女性がまだ座っていた。
なので迷い無く隣のベンチに腰掛けた。男の性というものだ。

息が苦しくて、なかなか話かけられなかった。
暫くすると、なんとその女性が話しかけてきたのだ。
(クロール、素敵なストロークでしたね、水泳はお得意なんですか?)
(えっ?お恥ずかしい。学生時代に少しね、でも泳ぐのは10年振りかな)
(体がちゃんと覚えていらっしゃるんですね)
(そんなもんでしょうか・・貴女は泳がないんですか?)
(ええ、私はいつも見てるだけ・・)

そう言って、にこっと笑って見せた。
笑みの中にも、どことなく影があって、魅力的だ。
なんならお酒でも誘ってみようか・・

(もったいないですね、見てるだけですか?どこか体の具合でも?)
(ふふふ・・)

それ以上彼女は何も話さなくなってしまった。
やはり鼻の下が長く映ったのかもしれない。
あきらめて・・
(それじゃ、もう少し泳いできますね、腹をひっこませないといけないので)

(いってらっしゃい!)

背中に気持ちの良い掛け声を貰った。
もうひと泳ぎしたら、もう一押ししてみるかな・・

さらに4往復泳いだ。さすがに疲れた。力の抜き方が思い出せない。
筋肉もパンパンだ。休憩休憩。

すると、もう窓きわのベンチにその女性の姿は無かった。
どうやら帰ってしまったようだ。

見てるだけ?そんなの冗談だろう。すでにもう泳いだあとだったに違いない。
まんまとからかわれたのだな、たぶん。

悔しいがしょうがない。もうひと泳ぎして、帰ろう。
再び4往復、だが最後のターンをしたあと、いくらクロールで泳いでも壁にたどり着かなかった。やがて息が苦しくなる。気が遠くなりはじめた。まずい、無理したか?

そのとき、プール底から、キャップをした彼女が潜水しながら小生の顔の前に現れた。笑顔の彼女は、何か水中で話している。聞き取れなかったが、その言葉がだんだん頭の中に響いてきた。

(わたしと遊んでくれる?)

動揺した小生、たぶんすでに意識は薄れていたんだろう。


気がつくと、救護室で寝かされていた。どうやら溺れたらしい。
恥ずかしい。スタッフの男性に、それとなく聞いてみた。
(もしかして、あの若い女性が助けてくれたんですか?)
(は?女性?いらっしゃいませんでしたけど・・)

いや、いただろう、競泳水着を着た若いピチピチした女性がぁ・・

(お客様は、お一人でしたよね、確かお連れ様はいらっしゃらなかったかと・・)


そうかい、わかったよ、どうせ俺は幽霊をナンパしてたんだよ。
そんでもってたぶん、以前ココで水死して自爆霊になったんだろうよ、あの子は。
へ〜んだ。バカ丸出し・・

むなしい。そして、少しだけ寒くなってきた。


おしまい





kiminobu0408 at 21:12|PermalinkComments(0) 短編ホラー | 小説

2010年03月11日

(怪談)免許更新の条件

仕事の合間を縫って、免許の書き換えに試験場にむかう。
ゴールド免許だったから、5年ぶりの更新だ。
この5年の間に、時代は変わり、ICチップなるものが装着された。

個人データ保護の措置というが、50を超えて記憶力も萎えてきたこの頃。はたして暗証番号を2つも記憶しておくことが出来るだろうか・・
技術の発達は、余計な仕事を煩雑に増やしているだけではないのか?


この5年無事故ではあったが、時間指定通行禁止交差点で、2度ほど検問に引っかかる。なので2時間の違反者講習だった。
睡魔との闘いに勝ち、スタンプをもらった。

(アレ、なんで僕だけ青スタンプくれないの?)
(あ〜、あなたはICチップは初めてですね?)
(はい、5年ぶりなもので・・)

どうやら、100人中まだ2〜3人の割合で、ICチップ初という者がいるようだ。

(別室でお待ちください)

案内のまま、うんざりしながらもその部屋で待っていた。
面倒な手続きがあるのだろうか、前の男性が呼ばれてから
もう15分経過したが、後続が呼ばれない。

たかが免許の更新にどんだけ時間を浪費させるつもりだろう・・
イライラのピーク寸前だった。ドアがあき、やっと自分の名前が呼ばれ
暗い部屋に案内された。最後に覚えているのは、鼻にツンという臭いがした記憶だ。

左耳の後ろに痛みを感じて、手で触ると、なにか硬いものが皮膚の下にあるようだ。

(おいおい、ICチップ、どこに埋めてんだぁ〜)



以来、なぜかアクセルを床まで踏み込めなくなった気がするが、
気のせいだろうか?


おしまい

kiminobu0408 at 21:20|PermalinkComments(0) 短編ホラー | 小説

2010年01月02日

(怪談)夢食い婆

独り者の正月なんて、くだらないものはない。
家族とも長年音信不通、もはや顔も思い出せない有様だ。

そもそもこの俺自身が、事業失敗し、夜逃げしたところから
この奈落の展開が止まらない。

親もまだ生きていることやら・・
娘は無事出産しただろうか・・

孫の顔もとうとう見ずにここまで来てしまった。


初夢は?と聞かれると、答えようがない位、真っ暗な夢ばかり見る。
いや、今の現実ほど暗いものなど、ありようがないじゃないか。


神も仏も、いつの頃からだろうか・・
まったく信じなくなった。
もはやすがる神も仏も我を見放す、か・・



TVのお笑い番組にうす笑いを浮かべてみたが、
すぐに侘しくなり、街へ飲みに出かけた。

馴染みのバーには、得体の知れないセールスマンが居て
客に(タァ〜)とか大声をあげているし・・

気味悪いから隣のスナックに入った。


この店は初めてだと思う。
なのに懐かしいのは、どうして?

カウンターには、お袋と同じ年頃のママが迎えてくれた。
(いらっしゃ〜い)

客はほかには誰もいない。
(何にします?ビール?それとも・・・占い?)

え?占い?いったい何を占うというのだ?
これ以上奈落などない、この俺様の何を占う?


(お客さん、ラーメン作った夢、見なかったかい?)

え?なぜ、知ってるんだ?
確かに、喜多方ラーメンの極上スープを自慢している夢だった。
ところが、家族の誰もが美味いとは言わない。
頭にきて、ひとりで全部やけ食いする・・という夢。

このババア、カマかけてるだけだろう・・
正確に言い当てたら、信じてやってもいいだろう。


(初めは誰でもそんな胡散臭い顔、するんだよ)
(で、やけ食いしたあと、胃薬が無かったんだろ、アンタ)


やばい、このババア本気でヤバイ・・

(いいんだ、心配すな、あたしがあんたの夢、買い取ろうじゃないか)

買う?何いってんだ、もしかして隣に居たセールスマンと同業か?


(コレ、飲みなさい。楽になるから・・)
(薬なんて入ってないから大丈夫)
(眠らせて、サイフを頂こうなんてケチな店じゃないよ)
(どうせあんた金、たいして無いだろ?)

もう怖いものも、この先あるまい、と自分でも思ったので
(好きにしろよ)

と、言ってみた。
バアァさん、にかっと笑って・・

(じゃあ、3秒間、目を閉じて)
(痛くしないからな!)

痛いのか?まあいい。

(タァ〜)

なんだ、やっぱり、同業じゃないの・・

目をあけると、カウンターには万札が一束、皿に乗っていた。

(この金額じゃ、不満かい?お客さん)



人生、何があるかわからんな。
悪いことばかりじゃない。
婆様が神様に見えた。
思わず手を合わせる。





・・・そこで、目が覚めてしまった。
へへ、そんなもんさ、現実は。
とても人には、自慢できない(初夢)となった。



おしまい



kiminobu0408 at 13:40|PermalinkComments(0) 短編ホラー | 小説

2009年08月07日

(怪談)サンバのリズムは鳴り止まない

アパートに戻る手前に、小さなライブハウスができた。
気にはなっていたのだが、いつも入る勇気がなくて
通りすぎていた。

今夜は地元の祭りだったので、そのせいか中では太鼓やら歓声が聞えていた。
ちと覗いてみる気になった。

中では、5,6人の客とマスターと女性歌手が、賑やかにサンバを楽しんでいた。
しばらく、じっと様子を見ていたが、やがて店の隅に寸胴の太鼓のような楽器が目に入り、皆と同じように自然に太鼓に体をあずけたのだった。

太鼓など、小学校の大太鼓以来、はじめてなのに・・
案外、才能があるんだ、俺様は。

次第にサンバのリズムに陶酔していく自分を感じていた。


拍手とともにサンバの演奏が終わった。
すると今まで楽しそうだった客やマスターや女性歌手の顔から
一斉に笑顔が消えていた。

(もしや俺のせい?)

ここは素直に謝るしかあるまい、そう思った瞬間、
今まで俺様が調子こいて叩いていた寸胴の太鼓が

ひとりで勝手に、サンバのリズムを刻んでいたのだった。


事情を聞くと、その太鼓はかつてココでライブ中に心臓麻痺で亡くなったお客の遺品だったらしい。

それにしても、いったいいつ、終わるんだろう、このサンバのリズム・・


         おしまい

kiminobu0408 at 04:08|PermalinkComments(0) 短編ホラー | 小説