2011年11月27日
秋の見世物小屋を追う(2011年 新宿 花園神社 酉の市)
前回のブログ更新からだいぶ時間が空いてしまい気がついたらもう年末で、年の初めには「あれもしたい、これもしたい」と思ってたのが、年の暮れには「あれもできなかった、これもできなかった」と思ってる有り様。毎年同じ事とはいえ、年々時間の過ぎるのが早くなってるように感じるのを老化の一種というのが一般的かもしれませんが、単に強欲さが加速しているだけの気もしてます。年末と言えば花園神社の酉の市...ということで、久々に書く事といえば例によって見世物小屋の追っかけ日記です。前回最後に書いたのも見世物小屋の話で「見世物小屋のことしか、書くことねぇのかよ!?」と言う声が聞こえてきそうではありますが、ここしばらくは他人様の悪口や世間へのグチめいたことしか書けなくなってしまっていたので、出すのを控えてたというのが実情でしょうか。
まぁ、今年は身近なところで地震とか深刻な出来事がいろいろありましたし、自分でも意識しない内にストレスが溜まってたのかもしれませんし、お気楽なことダラダラ書いてていいのだろうか?という脅迫観念めいたものがあったのかもしれません。「平静を装う」べく努めることがいつしかストレスになってたような....前置きが長くなったので、本題に入りましょうか。
昔は各地の祭りで興行が行われていたという見世物小屋は時代と共に興行社が減り続け、昨年(2010年)末にはついに新宿花園神社で小屋を出す大寅興行の1社のみとなってしまいました。昨年は、大寅興行のオバケ屋敷と一緒に各地の祭りを廻って見世物の興行をしてきた入方興行の小屋主だった入方勇さんが亡くなってしまった上に、キグレNewサーカスが廃業したという話もあり、何か決してよい意味ではない時代の変化を突きつけられる象徴的な出来事にも思いました。入方勇さんに関しては拙ブログの(この辺)を参照くださればと。
人々の記憶や想像から消え去りつつある見世物小屋ですが、ひょっとしたら既に若い人たちには全くどんなものかイメージできなくなってるのかもしれません。おぼろげに浮かぶイメージの源流には寺山修司の作品(映画『田園に死す』とか)や丸尾末広の劇画(『少女椿』とか)があるような気がするのですが、同時にそれらの作品は人々の集合的無意識の中にある見世物小屋のイメージに1つの形を与えたものなのかもしれません。
人間、必ずしも潔癖さや合理性だけ求めて生きては行けないもので、「あなたはあなたで、これぐらいの能力があって、これぐらいまではできなきゃダメ、もう少し頑張ればあれぐらいできるはず」...こんなことばかり考えさせられていたらウツにでもなるってものです。
怪奇/珍奇なものや、非合理的/不条理な時代への憧憬やロマンを抱いたり精神的に退行/逆行することも、時には有効だったりするものです。見世物小屋を論じる人の中にはやたらとフリークス論だの何とか論とか理屈で武装してるような人もいますが、漠然と「なんだかよくわからないもの」でもいいという気がします。
一の酉、二の酉、三の酉の花園神社の見世物小屋を見物してきました。この数年、見世物小屋の見物をライフワークにしてきてますが、もうそろそろ「毎年観に行けるのが当たり前」ではない状況になりつつあるので、お祭りの人混みをかき分けて小屋を見つけてたどり着いた時に感じるのは「今年も出ててよかった!」という名状しがたい安堵感。呼び込み口上でも「見世物小屋は日本でうちが最後の一軒だけ!」というフレーズが飛び出します。
まずは小屋の外での呼び込み口上をゆっくり聞きましょう。通りすがりのお客を呼び止め、「ヘビはお金の神様だよ」と言いながらシマヘビを木箱から取り出してお客に触らせて「なんと!このヘビを食べちゃう女がいるんだよ!」とヘビ女の説明口上が始まります。小屋の中の芸人さん(小雪さんやピョン子ちゃん)が手を振ってくれたりと、小屋の中に入る前の「間」を楽しむのも一興です。
興行の期間中に私が見た演目は以下ですが、演目はそのときの状況や諸々のコンディションにより異なります。
・お峰太夫 大火炎噴射・小雪太夫 透視術(お峰太夫の十八番だった芸、初披露かも)
・小雪太夫 悪食の実見(ヘビ食い)
・小雪太夫 口中鎖の使い分け(鎖を鼻から口に通したりの荒業)
・ピョン子ちゃん 口中火炎の使い分け(火のついたロウソクでの荒業)
・ワンちゃんの曲芸
・双頭の子牛
・ニシキヘビのお披露目、金運祈願
・空の箱からいろんな物が飛び出す奇術
・ヘビがガラスを通り抜ける奇術
3/11の大地震でニシキヘビの花子ちゃんが死んだり、曲芸担当のワンちゃんにも死んでしまった子がいたりしたのだとか。いろんなところに影響が出ているものですね。リピーターのお客さんも多いようで、小雪さんファンのお客さんが花束を渡す場面も何度か見受けられました。私もいつか花束渡してみようかなぁ...
花園神社での見世物小屋の内部は撮影禁止です。ならば...と今回は勝手に録音させてもらいました(あくまで個人で楽しむ目的のです)。いつか本当に見世物小屋がなくなってしまった時に、かつて小沢昭一さんが昭和の放浪芸の記録を残したのと同じような価値をもつ「お宝」になるかもしれません。もちろん、そんなものが「お宝」になるような日が来てほしいなんて、これっぽちも思っちゃいませんけど。これから人々の記憶や思い出から消え去って行くであろう見世物小屋....せめて見られる間は見ておきたいものです。
来年も彼女たちに会えますように。
【今年の見世物小屋の興行のあった情報】
・6月 北海道札幌市 中島公園 札幌祭り(※)
・7月 東京都千代田区 靖国神社 みたままつり
・9月 福岡県福岡市 筥崎宮 放生会(※)
・11月 東京都新宿 花園神社 一の酉、二の酉、三の酉
※以外は現地に足を運んで興行を確認
5月の府中市くらやみ祭り(大国魂神社)、10月の川越祭り(蓮馨寺)では大寅興行さんのオバケ屋敷が出てます。
【おまけ 小雪さんファンのために秘蔵写真サービス】
その1、その2、その3、その4
2009年の入方興行での1コマです。
2011年07月26日
2011年 夏の見世物小屋を追う (靖国神社みたままつり)
7月13日〜16日は靖国神社みたままつりでした。例によって拙ブログ恒例の見世物小屋の追っかけメモです。いつまで見られるかわからない(絶滅寸前)と言われ続けて久しい見世物小屋が現れるのかどうか、今年は例年以上に心配されていたのでしたが....出てました、とりあえず今年も見ることができてよかったと。少し背景を説明すると、この数年の靖国神社みたままつりでオバケ屋敷(大寅興行)の隣で見世物小屋を行ってきたのは、入方勇さん率いる入方興行でしたが、入方勇さんが昨年(2010年)の秋に亡くなり(拙ブログのこの辺を参照)、入方興行は廃業したという噂を伝え聞きました。
そして昨年末、新宿・花園神社の酉の市で大寅興行の見世物小屋の呼び込み口上でも「日本で見世物興行を行うのはうち1社だけになってしまった」と語られ、今年に入ってからは府中くらやみ祭りでの見世物小屋の興行はありませんでした。
そういう状況なので見世物小屋(ヘビ女・小雪太夫の芸)は年末の花園神社・酉の市でしか見られないと多くのマニアが思っていたであろうところ、今年の6月に札幌祭りの中島公園でデリシャスウィートスと共に見世物小屋が出たという情報があり、そして先日の靖国神社みたままつり....例年通りにそこにあった見世物小屋なのですが、背景を知れば知るほど「あるのが奇跡」に思えてきたりもします。
そして、みたままつりで毎年「当たり前のように」見世物小屋が出続けているその裏では、入方勇さんという人が尽力されてきたことを心に留めておいて頂きたいと切に願うところです。
もはや見世物小屋&小雪太夫の追っかけもここまで続けていると「意地」を通り越して「使命」のようなものと勝手に思い込んでたりもするところですが、能書きは置いて本題に入りましょうか。
そんなわけでいつまで見られるかわからないという脅迫観念(笑)もあって、みたままつり期間中3度も出かけてしまいました。見世物の興行はデリシャスウィートスと小雪太夫の2部構成で演目がエンドレスに回りますが、時間帯や芸人さんのコンディションなどによりその時々で変わります。今回は写真の撮影はOK、動画の撮影はNGという割と現実的にファンの要望に応じる配慮がされた感じでした。
デリシャの皆さんはこれまでも小雪太夫の前座として見世物小屋の舞台に立ってきてるのですが、昨年からは浅草(東洋館)で寄席の舞台にも立って場数をこなして鍛えられているせいか、以前にも増して「この人たち、いったい何者?」な存在感に磨きがかかった感じがします。
デリシャ・パートは歌に踊りに小マジックに曲芸(風船丸呑みもあり)、そして司会進行を務める佐藤梟さんの話術とお客いじり。彼女の喋りやお客いじりは本当に毎度ながら見事なものです。個人的には梟さんの喋りの面白さはラジオでの伊集院光さんレベルだと思ってますけどね。
そして、満を持しての小雪太夫の登場に黄色い歓声も多く上がります。今年も彼女に会いたかったファン、彼女の芸を心待ちにしてたファンが沢山いるんだと実感しました。言葉を話さない小雪さんの代わりに舞台で説明口上を行うのは亡き入方勇さんに代わって妙齢のお姐さんが担当されてました。生のヘビで「あんなこと」や「こんなこと」や「そんなこと」までしちゃいます.....えぇ、まあ簡単に言うと食いちぎって生き血を飲んで食べちゃうのですが。今回も何度か足を運んで、ヘビが生きたままの状態から実演する回に当たりました。ご利益ありそうです。ヘビ喰い(悪食の実見)以外にも鎖を鼻から口に通して「あんなこと」や「こんなこと」する芸(口中、鎖の使い分け)を披露する回もあります。
今や小雪さんが芸を披露する時の見せ方(間の取り方やタメ)〜醸し出す雰囲気も堂に入ったもので、今さら「どうしてこの人はこんなことしちゃうんだろう」と思うのと同時に、「どうして自分は夢中になって観に来ちゃうんだろう」とも思ったりしますよ、我ながら。
一通り見終わって、お代は¥700ポッキリ。木戸銭を集めてたのは大寅興行の大野さんとデリシャのマネージャさんで、ライブハウス的に例えれば大寅興行のハコにデリシャをゲストに呼んで、お抱えの小雪さんと出して興行してるような感じなんでしょうか。まぁ、一部では近年の見世物小屋には昔のそれにあったような「やましさ」が感じられなくなっているということを仰る向きもありますが、「そもそも靖国神社とは何であるか?」という、思想的にも政治的にも面倒くさい話を忘れて祭りに浮かれてうつつを抜かす...これだけでも十二分に「やましい」ってもんじゃありませんか。
そして最新情報ですが、このデリシャスウィートスと小雪太夫の見世物小屋は9月、福岡県は筥崎宮の放生会(ほうじょうや)でも興行することが決定したそうです(情報源はデリシャのホームページ)。九州地区の見世物ファンの皆さん、良かったですね。
【追伸】
昨年の秋以来、入方勇さんが亡くなったことがまだ信じられなくて(信じたくなくて)、何かのはずみにヒョッコリと姿を現すんじゃないかと心のどこかで思っていたりもしたのですが、現れるはずもなく....改めて遠くへ行ってしまったのだと実感しました。人が死んでいなくなることを受け入れるというのは、案外こんな感じだったりするんだなぁ、と。※写真は2007年の川越祭りでの入方興行の見世物小屋の1コマ
2011年07月09日
カツシン不在の勝新イズム
去る6月21日は勝新太郎さんの命日でした。勝さんが亡くなって今年で14年目、生きていれば80歳....ということを、実は私も忘れかけてたりするのですが、例によって生前の勝さんと親交のあった赤坂・田賀のマスターから「命日は勝さんを偲ぶ日にする」という旨の連絡を頂き、6月21日にお邪魔してきました(※ 赤坂・田賀に関しては拙ブログのここら辺やここら辺を参照)。
当日に行ってみたら、勝さんのマネージャー&付き人を務めてきたアンディさんに、ドラマ『警視K』で共演もされ深い関係にあったミュージシャンのピッピさん(元クールス)をはじめ、生前の勝さんと関係の深かった方々が来られていまして、その呑みの席に恐縮しつつも「勝新愛」ひとつを胸に抱いて同席させて頂きました。
あくまで一勝新ファンがプライベートな呑みの席にたまたま同席させてもらったという話なので、何でもかんでもここに書いていいはずはありませんが「勝新太郎という稀有な天才が残した作品や哲学を語り伝えて行きたい」という人たちがいて、それに深く共鳴している人間(私)がいることを叫ばずにはいられません。
そこら辺の気持ちは追々、拙ブログ&サイトで再びテーマにして取り上げて行こうと思ってますが、そんな気持ちで日々を暮らしていると「勝新太郎の不在」にも関わらず、なぜか「そういえばあの時カツシンを感じたような気がした」という感覚(妄想/錯覚)が起こったりするものです。
それは湯浅学さん(幻の名盤開放同盟)が表現した「勝新は山であり川であり海である。否、道が勝新であり山が勝新であり海が勝新であり・・・(中略)・・・太陽が勝新なのである」という勝新原理主義の境地までに至りはしないものの、アントニオ猪木信者が日常と非日常の境目に「アントニオ猪木的なもの」を見出してしまう性(さが)に近いものかもしれません。
『マチェーテ』 勝新度☆☆
昨年公開されたR・ロドリゲス&E・マニキス監督、ダニー・トレホ主演の『マチェーテ』ですが、劇場に観てる最中になぜか『座頭市('89)』での勝新太郎の印象がよみがえってきてました。『マチェーテ』は豪快にエロス&バイオレンスをフィーチュアした娯楽傑作で、大ナタや刃物でバッサバッサと敵を斬り倒す様や、兇状持ちで組織に追われるアウトローの身でありながら巨悪に立ち向かって行く様は当然、座頭市チックではあるのですが、実は一番勝新イズムを感じるのはジェシカ・アルバ演じるヒロインへの態度なのでした。
ここで、ピッピさんが仰っていた勝さんにまつわる印象的な言葉を紹介させて頂きます。
「最後に撮った座頭市('89)での樋口可南子と共演してるときや、TV(座頭市「冬の海」など)での原田三枝子と共演してるときの市って、相手のことが好きなのに手が触れそうになる寸前で止めるだろ。あれがいいんだよ、あれがオヤジ(勝さん)なんだよ」
本当に大切で愛しい相手には気安く触れない、ワイルドな風貌に似合わずジェントルなマチェーテに勝新〜座頭市的なものを感じながら観てたのですが...ラストシーンで覆されました(笑)。ま、いいか。ハリウッド映画なんだし、座頭市でなくマチェーテなんだし。
『マチェーテ』のラストシーンを観たとき、いっそのこと「このままトレホ叔父貴とジェシカちゃんが結婚してくれないなかぁ」と思いましたよ。そうなれば21世紀版のブロンソン&ジル様のような「男の夢」を感じさせてくれて素敵だよなぁ....(妄想)
『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』 勝新度☆☆☆☆☆
この映画自体、素晴らしすぎて劇場で見終わった後はよくわからなくてボンヤリしてたのですが、後からジワジワと思い出しては泣けてくるという、一撃必殺でない三年殺し的な魅力を放つ作品です(拙ブログのこの辺も参照下されば..)。ジョニー・トー監督の映画の撮り方は一応、アウトラインとなる脚本はありながらも現場で思いつきや成り行きまかせで撮り進めてストーリーを作って行ったり、細かい演技指示やストーリーの背景説明なしに俳優に演技させてそこから出てきたものをストーリーに反映させたりもするという手法を行うそうなんですが、これって伝え聞いてきたところでの映画監督としての勝新太郎の手法に非常に近いです。
それとジョニー・アリディの圧倒的な存在感。フランスでは国民的なロックスターなのだそうですが、日本で言ったら内田裕也さんにショーケンやジュリーを足して、更に3を掛け算したような存在なのかと思います。映画の冒頭で登場したダンディな佇まいは横山剣さんか!勝新か!!という男っぷり。
それとアンソニー・ウォンです。もともと香港俳優の中ではバタくさい顔のウォン様ですが、この作品ではあらゆる矛盾や葛藤、シロクロのつかないアンビバレントさを一身に背負う役どころで、その「顔」がですね....『警視K』や『顔役』での現代劇での勝新太郎に重なって見えて仕方がありません。更に特筆すべきはジョニー・トー監督作品ならではの男同士の友情....誤解を恐れずに言えば精神的なホモ寸前の男同士の絆なのですが、いろんな話を聞いたり読んだりしてきた限り、勝新太郎という人もこの辺の感覚を非常に大事にする人だったと思う。ここでアンディさんが仰っていた勝さんにまつわる印象的な言葉を紹介させて頂きます。
あるとき、勝新太郎が話した言葉。
「男が女にする嫉妬、女が男にする嫉妬、男が男にする嫉妬....いろんな嫉妬があるけれど、一番コワいのはどれだと思う?」
「男が女にする嫉妬でしょうか...」
「....ばかやろう、男が男にする嫉妬だよ」
勝さんという人は上下左右なく誰にでも気さくに接して相手を気遣う人だったのだそうですが、その中でもまた「男と男」の間でしか通じ合えない繊細な感覚も人一倍鋭敏だったのでしょう。『兵隊やくざ』シリーズでの田村高廣さん演じる上等兵殿との絶妙なコンビネーショ&チームワークも、その土台の上に成り立っていたのだ思えば改めて納得。
まぁ、いろんな意味であちらこちらに「勝新イズム」が匂ってくる作品なのでありますが、勝さんが生きていたらジョニー・トーと一緒に映画作ってほしかったと切に思う。80歳の勝新太郎が上海〜香港〜マカオを股にかける映画なんて、想像しただけでたまんないものがあるよなぁ....
2011年06月12日
ヘンリー・ダーガーと「エンジェル・ウォーズ」、狂える老賢者からのメッセージ??
少し前の話になりますが『エンジェル・ウォーズ(原題「Sucker Punch」)』という映画を観た時に面白かったけれどヘンな映画だなぁ..と思ったのが率直な感想で、その塩梅を表現するとマイク水野監督の『シベリア超特急』以来の衝撃(笑)。まぁ、ここでいう"ヘン"というのも決して貶しているわけではありません。無実の罪で更生施設(精神病院)に収容されたヒロイン=ベイビードールには並外れて他人を魅了するダンスの才能があり、そのダンスをしている間に彼女は心の中の別世界にトリップする。その世界では彼女が仲間たちと企てた脱走計画の実行の心象風景のようなものが、剣や銃器を駆使した壮絶な戦いとして繰り広げられる(作戦は老賢者から指示される)...という夢オチのような妄想オチのような話ではありました。
しかし、あのパラレルワールドな妄想はザック・スナイダー監督だけのものでなく、人類(ボンクラ男)が深層意識に共有している原型的なものではないのだろうか?。そもそもベイビードールは女の子じゃなくて、実はパンツ脱いだらチ●コついてるんじゃないだろうか?...なんて言い出したらヘンリー・ダーガーの作品世界になってしまうのですが、脳内で「Sucker Punch」とヘンリー・ダーガーの「ヴィヴィアン・ガールズ」を結びつけた人は意外にいるのではないかと思って。
ヘンリー・ダーガーという人は生前に誰にも見せることもなく人知れず絵画や物語を描いてたという人で、死後にその膨大な作品群が発見されて評価されるようになったということで近年有名になった人です。正規の芸術教育を受けたことがないとか、知的障害の施設に入れられ脱走したりとか(注:知的障害ではなかった説もあり)、ゴミ捨て場からお宝を拾って集めたりしてた逸話故か、アウトサイダー・アート(アントウト・アート)を象徴する存在として知られているようです。平たく言うと「生前には認められなかったアメリカの裸の大将」みたいイメージでしょうか。例によって私がダーガーの存在を知ったのは10数年前に出た「ファビュラス・バーカー・ボーイズの地獄のアメリカ観光」(byウェイン町山&ガース柳下)を読んででした。
ダーガーの描く作品世界は、ヴィヴィアン・ガールズ(たしか7人姉妹)を中心とした少女戦隊が、子供たちを奴隷化する強大な悪の組織に戦いを挑み続ける長編小説とそのイメージを絵巻的に描写した絵画作品群と言われてます。ヴィヴィアン・ガールズたちが森や花畑で遊んでいる様子は一見「きいちのぬりえ」みたいなほのぼのとした世界ですが、闘いにおいて犠牲者が出る場面の描写〜敵に捕まって拷問を受けたり殺されて手足がバラバラになったり内臓が飛び出したりする描写は楳図かずお先生の作品世界のようでもあります。
また、その少女たちの股間にはチンポコがついてたりして、これにも諸説あるようですがダーガーは生涯孤独で女性と関係と持ったことがなく、女体の体の構造を知らなかったというのが定説のようですが、その辺の謎は謎のままでいいとも思ってます。
そんなダーガーの作品は日本でも一部では人気があるようで、時々展覧会が行われてきてるようです。数年前の品川での展覧会も観に行ったことがありましたが、奇しくも今年の5月頃に原宿で「ヘンリー・ダーガー展」が行われているということで観に行ってきました。実際にダーガー作品を見て感じるのは意外にパンク的なDIY精神だったり、拾い集めてきた絵や写真から人物をトレースして描いたキャラクターやコラージュで空間を埋める手法ゆえのある種の「ポップさ」だったりします。
「そもそもどうしてそんな画や物語を描こうとしたのか?」という動機的な部分はむしろ今どきのコンピュータ使ってる人たちなら感覚的にわかるのではないだろうかと思う部分があります。人知れず行う密かな創作という行為はコンピュータの発達した現在、非常に敷居が低くなってきていて、例えば密かにネットで拾ったエロ画像を集めたり、アイコラしてみたり、思いついたネタをテキストに書いておいたりとか、曲作ってみたりとか...まぁ、創作と呼べるかどうかは置いといて、今もこの世界のどこかに未発表/未公表な創作物が無数にあるのでしょう。
生きている人間なら、そうやって出来たものを「ここまでなら他人に見せていい」という作者としての判断や線引きがあると思いますが、なにぶんダーガーの場合は他人に見せる目的がなく書いてきたと言われてるものなので、観る側としてもどこまで観て(覗いて/暴いて)いいのか?、という考えも浮かばなくもありません。観られることを良しとするかどうか、ダーガー本人の意向がわからない以上は想像するしかありませんが、個人的に勝手な想像をさせてもらえば基本的には「わかる人には見てもらいたかった」はずだと思う。晒された故人のプライバシーを覗きみる「やましさ」よりは、作品および世界観そのものの面白さ、一人のクリエイターが発信した創作物を時空を経て受け取った感慨の方が大きかったりします。
もう少し踏み込んで勝手なイタコ妄想するなら「ヴィヴィアン・ガールズたちが見てもらいたがってる/この世界に出てきたがってる」とさえ思う。「そんなこと言うお前は頭がおかしい」と思われるでしょうが、実際にちょっとおかしいのだから仕方がないってもんですよ。常識的な尺度から言えばそれは心理学的な用語で言うところの「退行」とでも言うのでしょう・・・現実がつらいものだから何か夢中になって精神的に幼い未発達な状態(非合理的/非理性的状態)へ戻って精神の防衛を図る、というような。
思えば自分も含めてオタク的な趣味を持つ人たちには、割と「退行」と「現実への復帰」を無意識的にうまく使い分けてやってきてる人が多いと思うのだけれど...30代後半〜40代に差し掛かるとちょっとツラくなってくる。今まで面白く思ってたものや夢中になってたものが「いったい何だったんだろう」みたいに思えてしまう瞬間が(個人差はあるが)やってくる。
日々の現実をやり過ごすための精神的退行をうまく使い分ける感覚は身に着けてるのに、肝心の退行するポイントとすべく対象がないというキツい状態....いきなり明日からAKB48や、ももいろクローバーZの追っかけに走っちゃうかもだぜ(笑)。現実はキビしいことばっかりだし。
2011年04月17日
小江戸川越で、町山智浩さんに、出会ったー(ウルルン滞在記の下条アトムさん風に)
4月9日(土)川越スカラ座にて、「松嶋x町山 未公開映画を観るTV」で紹介されたドキュメンタリー映画の特集上映の初日ということで、アメリカ在住の映画評論家の町山智浩さんを迎えて開催されたトークショー&ディスカッションに行ってきました。川越スカラ座は『仮面ライダー電王』ファンにはおなじみの良太郎(演:左藤健クン)とお姉ちゃんが暮らした喫茶店「ミルクディッパー」の外ロケ地として使われた洋食屋・太陽軒さんのとなりにある昔ながらの小さな映画館で、どこのシネコンでも上映してるメジャー作品とは趣きの異なる良作を選んで上映してる劇場です(こちらのリンクもご参照を)。
ディスカッションのテーマにはコーエン兄弟監督作品の『トゥルー・グリッド』が取上げられ、参加者が事前に観てきている前提での徹底解説と質疑応答が行われました。その模様は有志の方がTwitCastingで中継してくれて、動画サイトなどにもUPされているのをご覧になれるかと思います(この辺やこの辺)
映画作品の解説を一通り聴いて自分の見方が大筋で間違ってなかった確認ができただけでなく、それ以上に南北戦争〜西部開拓時代の歴史的/文化的な背景や、映画の中で具体的に行われている演出からヒロインの心象風景(宗教観)を読み解いたりなど、丁寧に説明して頂いて映画の感動が新たなものになりました。
思えば、町山さんの書いたものをいつ頃から読んできてるか遡ると、自分の世代だとサブカル雑誌の元祖だった頃の「宝島」での編集&ライターをされている頃からになるでしょうか。映画に関する仕事では「宝島30」以降〜「映画秘宝」での、相棒=柳下毅一郎さん(akaガース柳下)とのファビュラス・バーカー・ボーイズでの映画ネタ漫才や、ラジオ番組への出演など拝読/拝聴しておりますが、いろいろと教えてもらうことや気づかせてもらうことが多いです。10年ほど前に映画評論家としての意志表明をした上で出した『<映画の見方>がわかる本』、続刊の『<映画の見方>がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』、そして『トラウマ映画館』と通して読んでみると明確に「映画評論家」としてのスタイルを確立したことが感じられます。もう少し大げさにあえてプロレス的な表現をすると、映画ネタを面白おかしく書いていたウェイン町山と、映画評論家=町山智浩は”別人”であると。
その仕事の誠実さは細かくここに書かなくても読んでもらえばわかるとして(当然、一部には批判等もあるのでしょうが)、「映画の面白さを伝えたい」という熱い思いが伝わってくること、平易な文章に徹して書いている(中学レベルの基礎学力があれば理解できる)ことは特筆すべきことだと思う。
わからない人にわかるように言葉や情報を選んで伝えるという能力は、英語や中国語などの外国語を話せることと同じぐらい重要なスキルであることが、最近は池上彰さんの活躍もあって理解されてきているのかもしれませんが、これまではなぜか低く見られがちだった気がします。
いい映画/悪い映画/好きな映画/嫌いな映画、どれも主観的な判断であって、どんな映画に対してもその時代背景における作る側、観る側のそれぞれのいろいろな立場があるわけですが、「評論家は評論家の立場で」「お金払って観る観客は観客の立場で」語って行けばいいのだと思う。そういう意味で今回のディスカッションは評論家と一般観客の距離(認識の相違)を補間する有意義な企画だったと思います。
川越スカラ座でのディスカッションの動画を改めて見てみましたが、終盤でC・イーストウッドを引き合いに出して何か質問してる、喋りの滑舌が非常に悪いヤツがいますが....実はあれ、恥ずかしながら私です。ゆっくり落ち着いて質問の言葉を出そうと思ったのですが、リスペクトしてる本人を目の前にしてちょっと舞い上がってしまったのと、ずっとオシッコ漏れそうなのを我慢してたのとで、テンパってしまいました。
現代アメリカ社会での開拓時代&西部劇への憧憬や、そのイメージを背負ったアイコン=スター(イーストウッドやマックイーン)に対する世間の認識に関する話を、実際にアメリカ文化の中にいて見つめている町山さんから聞き出したいという意図での質問だったのですが、意図を汲み取って頂いた以上に更に深く掘り下げた話まで聞かせて頂きました。
著書へのサイン会も行うということで、どの著書を持っていこうか考えた末、ここはやっぱり映画評論家としての勝負に出た最初の本=『<映画の見方>がわかる本』にしました。サインを頂く際に「これ初版です」と告げたら、「初版は誤植とかいっぱいあって酷いんだよ(※)..」と仰ってました。読者は初版であることに価値を見出そうとするものですが、書いた側としては修正した方で読んでほしいというギャップがあるもんですね(笑)。
今回の来日では超過密なイベント等のスケジュールをこなしてきた最終日でお疲れのところ、ありがとうございました。
(※ 初版を何度も読んでますが文章の意味がおかしくなるような誤植は見つけられないので、単純な文字の間違いというより、著者として言葉の選び方に不本意な部分があったものと思われます)
2011年04月03日
「金狼の遺言」..プロレスラー上田馬之助さんのこと
上田馬之助さんを説明するのに「昭和の時代を代表する悪役レスラーの一人」という書き方をするのが今の時代における客観的な表現記述だとは思いますが、個人的にこの書き方には何か足りないものを感じます。昭和の時代にブラウン管TVでプロレスを見ていたガキだった自分にとって彼は「悪役」というよりは、まさに「悪」そのものでしたし、竹刀を振り回してタイガー・ジェット・シンと入場する場面なんか、とにかく憎らしかった。
しかし、このように書くとプロレスに対する一般的なイメージでいうところの「ベビーフェイス(善玉)」と「ヒール(悪玉)」の対比で理解されるのかもしれませんが、そういう二元論的な理屈に収まるものではなく、動物的な皮膚感覚で感じ取る「恐れ」を抱かせる存在だったような気がします。
今でこそプロレスには「ベビーフェイス」と「ヒール」がいて...という話は普通に語られますが、そもそも子供の頃の私の感覚ではTVで観ていたプロレスラーは全く「いい人たち」ではなくて「怖い大人の人たち」でした。子供からみた大人はみんな「怖い人たち」でしたが、プロレスラーは更に「得体の知れない異形の人たち」という認識でした。
そのような(私の中での)認識は初代タイガーマスク(佐山聡)が登場する1981年ぐらいまでは続いていたような気がしますが、その後も子供なりにプロレスというものがわかってきてもなお、上田馬之助さんの放つ「悪」のイメージにはブレがありませんでしたし、トップ・ヒールとして君臨するには相応の実力=強さがなければ務まらないわけで、改めてそれはとてつもなく凄いことだったのだと思います。
そんな馬之助さんが交通事故で瀕死の重傷を負い、リハビリに励んでいるということを10年ぐらい前に何かのテレビ番組で知りました。現在も事故の後遺症で体が不自由なのだそうですが、大分県でリサイクルショップを経営している奥様(恵美子さん)に支えられて暮らしているそうです。
現在では世間の表舞台には出てくることのない上田馬之助情報ですが、雑誌などに記事が載っているのを見つけると思わず買ってしまったりしてたのを、いくつか引っ張り出してみました。
(以下、一部敬称略)
●「kamipro 2011 155号」
表紙に登場&最新インタビュー掲載(2010年12月)。現役当事の思い出話が中心に語られてますが、プロレスラーとしての魂と誇りは健在。また”八百長”という偏見と戦い続けてきた昭和のレスラーならではの説得力のある持論が語られていて、相撲で八百長問題が発覚した2011年現在、非常に興味深い言葉となっているので以下に引用。プロレスは"八百長"ではないんだ。八百長というのはどちらが勝つか負けるか、金を賭けて不正をするのが八百長だろ。プロレスに金賭ける人いる?
ただ、筋書き、ストーリーというものはある。でも、それはなんのスポーツでも同じだ。野球なんか「筋書きのないドラマ」と言うけれど、選手は監督が出す指示に従ってバントをしたり、盗塁したりしている。あれは監督が筋書きを作ってるんだ。
野球は監督が指示を出し、あとは選手のアドリブ。プロレスだってそう。プロレスはマッチメイカーが指示を出し、あとはレスラーのアドリブだ。(中略)ストーリーどおりにいかないときは、レスラー同士がお互いに盛り上げ方を考えながら試合を作っていく。そこで「筋書きにないドラマ」が生まれるんだ。ここで出てきた「筋書きにないドラマ」という言葉は、奇しくも私が常々考えてきたのと同じようなこと(この辺参照)が語られていて妙に納得。
●「Number 539.540 (2002/1月)」アントニオ猪木特集号”猪木の惑星”
アントニオ猪木特集ということでかつてライバルの一人としてインタビューが掲載されてますが、ここではいわゆる「日プロ・クーデター未遂事件」について語られてます。
伝え聞くところの「日プロ・クーデター未遂事件」は、力道山亡き後の日本プロレスのずさんな経営をアントニオ猪木(と有志のレスラーたち)が立て直すべく水面下で動いていたのを、上田が密告したことで上層部は反乱分子の懐柔を図り、猪木を孤立させ追放したという事件。
しかし、真相は上田も猪木と一緒に経営を建て直そうとしていた有志のレスラーの一人で、密告などしていないのに上層部に濡れ衣を着せられしまったのだという。それ以来、猪木との友情にヒビが入ったままなのだと。
この事件での上田の裏切り・密告はプロレス史上は定説として流布しているようで、以前たまたまコンビニマンガで見つけた「実録アントニオ猪木伝説」でも、上田馬之助は「裏切り者」として描かれてた..
新日本プロレスとUWFとの抗争勃発時などには、アントニオ猪木と確執を超えてタッグを組んだり、猪木のボディガード的な働きをしていた印象があるので、物理的に2人の距離が近づいたことはあったと思うのですが、現役時代は秘密を墓場まで持って行く覚悟で一定以上の距離をとり続けたのでしょう。
●東スポ連載コラム「金狼の遺言」(2007年 1月〜5月)
東スポ紙上で約半年に渡ってその壮絶な半生を語ったコラムが連載されたことがありました。最初に語られるのは「日プロ・クーデター未遂事件」の真相、そして生い立ちからプロレスラーを志すようになるまで、日本プロレス時代〜海外修行時代と、多岐に渡って語られてます。
この連載で初めて知ったのは、幼い頃に起こしたアクシデントで左耳が聴こえなくなってしまったということ。片耳が聞こえない状態で現役時代にあんな凄いことしてたのか!!と。
そして交通事故に遭ってから、ハードなリハビリに取り組むまでの壮絶な身体的苦痛と心の葛藤が語られ、献身的に支え続けてきている恵美子夫人への感謝の言葉で締め括られてます。
今にして思えば子供の頃に上田馬之助さんに抱いた”憎悪”の感情は、彼が「プロフェッショナルな仕事」に徹し続けた姿勢に対する正当な評価であって、それが今は大きな尊敬・畏敬の念に変わってます。
世の中は思うように運ばない事ばかりですが、自分のいる場所でやるべきことをやり続ける、己の筋を貫き通す...それをわかってくれる他人がたった一人でもいたならば、それでいいじゃないかと。
最近は、なんだか素直にそう思えるようになりました。
2011年02月06日
不惑にして、現実認識が歪む
夢から覚めたら布団の中にいるのだが、それはまだ夢で、その夢から覚めたら(まだ布団の中にいる)、またそれが夢で、そこからやっと現実に目覚めたのだが、しばらく布団の中にいることが夢か現実かわからない状態だったという、まるで映画『インセプション』みたいな感じの多重構造の夢でした(ただし寝てるだけ)。
別にどうでもいい忘れかけてた初夢ですが、2011年時点での個人的な心象風景を暗示する象徴的な夢であったように思えることに1ヶ月経って気づきました。と言うのも、このところ自分自身の「現実認識」を疑ってかかるようになったり、「同じ(はずの)現実」に対して自分と他人との間での認識が違ったりすることを改めて意識するようになったりしてるからですが。
まぁ、屁理屈はさておき...
●あのプリンセス天巧を見た!!
先日、埼玉は川越(の町外れで)で日本を代表するイリュージョニスト=プリンセス天巧のショーがあったのを観てきました。もう凄い!!としか言いようがありませんでした(最前列で観た)。種も仕掛けもある「イリュージョン」とは言いますが、流石は世界のトップレベル(超一流)なだけあって、ここ一番という場面で見せる演目は私には超能力・魔法にしか見えませんでした。「タネも仕掛けもある」と言われながらも想像をはるかに超えるレベルのものを目の当たりにすると、一流のマジシャンが超能力者を装って人を騙すことなんて簡単なことなのかもしれず、そう考えると怖いものがあります。
観客も老若男女と様々で(高齢者が多い気がした)、そりゃ埼玉の田舎ですから酔っ払いもいたりするわけですが、マジックの合間のトークの際に「(喋りは)もういい!次のやれ!!」と野次を飛ばし続けた親父がいました(プロレス会場なら普通の光景)。
しかし、そこは世界3大イリュージョニストのプリンセス天巧ですから全く表情も変えず動揺も見せません。(警戒厳重と思われる)世界のVIPや、北の将軍様の前でも見世物をやってのける凄玉ですから、ガラの悪い親父が野次を飛ばしたって「今日はカラスが騒々しいわ」ぐらいの感覚なんでしょう。というか、常人ならカラスや野良犬にだって内心ビビりますよ。
改めてネットで調べて知ったことですが「プリンセス天巧」と「2代目・引田天巧」として知られる女性マジシャンは別人なのだそうです。これは武藤敬司とグレ-ト・ムタが、DJ・Ozmaと翔やんが、見世物小屋の小雪太夫と元・某劇団の女優さんが別人であるのと同じぐらい「別人」なのでしょう。
彼女がどれだけ世界の広さを見てきているのか、物理的な広さだけでなく、社会の表側~庶民には見えない隠された世界の階層まで考えると、私などには想像も及びません。
●相撲の八百長問題に物申す..気はない
相撲の八百長のニュースが取り沙汰されてますが、世の中全体の八百長(的なこと)のまかり通ってる現実に比べれば小さな問題だとも思う。勝負で魅せる興行の世界で八百長(的なこと)は必要悪として行われるという認識を持ってますが、それでも心のどこかでは相撲やプロレスに梶原一騎先生の劇画のような「勝負のロマン」を求めてたりもします。アンビバレントという言葉はこういう時に使うのでしょうか。しかし、この問題に関して世論として「あるまじきことだ!」「由々しき事態だ!」と声高に叫んでいることの方がいつしか「茶番劇」に思えてきている自分がいて、ここしばらくは狂ってるのが世間なのか自分なのか本当にわからない感覚になってますが、巡り巡って結局「タブーはタブーとして扱われるべき」と思うに至ってます。
例えば、誰でも「大便」や「屁」を出しますが、そんなことは誰だってわかってることだし、人前で出したり、食事中にその話をする必要はない...なんか、例えが変だ。
例えば、自分の付き合ってる相手の浮気が発覚したら、やっぱり「誰でもやる可能性のあることだ」と黙ってるわけにはいかない。一応は問い詰めて謝ってもらうなり、今後どうするかを話し合う(段取り・手続きを踏む)必要がある...少し近づいたか。
そう考える一方で「自分の付き合ってる相手が浮気してないって信じてられたら、それでいいじゃないか」、「これまで相撲で八百長がなかったってことでいいじゃないか」とも言いたい気持ちもどこかにありますが、「八百長(的なこと)」は素人にわからないように行い、玄人だけ勘付いてる程度がプロの仕事として理想なのでしょう。
「ガチの部分はしっかり残して、ガチの勝負はやってくれ」、「誇りをもってプロの仕事をやり抜いてくれ」と、今はただそれだけ言いたい。
「ガチンコ勝負がしっかり行われてこその八百長」、「本流・オリジナルがあってこその亜流・パロディ」だと思う。
2011年01月18日
♪とーもだち100人できるかな♪ (無理!)
デビッド・フィンチャー監督の最新映画『ソーシャル・ネットワーク』観ました。世界最大のSNSサイト「Facebook」創設者マーク・ザッカーバーグを取り巻く人間模様を描いた作品ということで、殆ど興味ない話だったのですが近所のシネコンで上映してたのと、『ファイト・クラブ』とか撮ってきてる監督なので何か(Something)があるだろうと思って。
この映画に対する一般的な見方としては、コンピュータ・オタク青年が成り上がるまでの山あり谷ありの青春物語として、あるいはITバブルの中心人物と周りの踊らされた人たちの群像劇として観られたりするんでしょうが、主人公に感情移入できないと「え!そこで終わり?」という印象を持つかもしれない(ネタばれ自粛で書かないが、あのラストシーンは個人的にいいなと思った)。
実際、あの主人公に感情移入できるタイプの人はむしろ少数だと思うし、観終わった後に漂う空虚な感じはITバブルが弾けた残り香(最後っ屁)のようで、感情移入できすに見終わって「一体何だったんだ?」という感想を持ったとしたら、それはそれで正しい感覚だとも思う。
そういう自分はどうなのかというと、個人的に主人公の心情がすごくよくわかる部分があって、それは感情移入というよりプロファイリング(心理分析)に近いかもしれない。それは私自身が(分野は違うが)食うための仕事としてプログラム技術者をしていて、コンピュータ&プログラムの歴史を(職業上の常識として)知っているからだと思う。
まず、映画をみた第一印象としてはコンピュータ・プログラミングの描写が近年の映画としては非常にリアル(地味)だったこと。ハッキングも大学のコンピュータ・サーバーのセキュリティを破る程度の地味~な感じで。
よく映画やドラマでコンピュータのハッキングを描く場合、サーバーのセキュリティを次々と破ってシステムを乗っ取った上に、いろんな機械をコンピュータで外部から動かしたりするようなのがありますが(『ブラッディ・マンデイ』とか)、ああいうことは世の中の全てのシステムがネットでつながっている前提で、超人的なスキルを持つハッカーなら可能性はゼロでないかもしれませんけど...劇画の世界での「格闘家の熊殺し」のような話です。ロマンですね(笑)。
映画の中でビル・ゲイツ(演:そっくりさん)が学生向けに講演してるのに、聴いてた学生がゲイツ氏の偉業はもとより本人が講演しているのもわからないというのがギャグとして描かれますが(ここは結構重要)、このギャグが通じるのは若い世代ならコンピュータ・オタク、30代後半以上の年代なら電子工作やマイコン・プログラミングに興味を持ってた世代でしょう。
ビル・ゲイツという人は現在ではMicrosoftの会長/世界トップクラスの大富豪として知られてますが、コンピュータ・オタク/マイコン少年だった人にとってはプログラム言語BASICをパソコン上で動くようにした人、パソコン上で動くOSの基礎を作って広く普及させた人なんです。それらの開発も伝え聞くところでは、ゼロから作り上げたのではなく、既存のプログラムをベースによりよいものを作った上で広めて商売にしたとか。
コンピュータ・プログラムの歴史は先人の作ったものをベースに、より良いプログラムを作ることで築かれてきた部分が大きく、「オレだったらもっといいものを作ってみせる」「今まで誰も考えなかったものを作ってみせる」というのが(言葉本来の意味での)ハッカーの心意気。
当然、主人公マークはゲイツ氏の功績はよく知っていて、ゲイツ氏がプログラム開発者として世に出た当時の時代と、今の自分が生きている時代の違いも理解している(大学のプログラムの講義さえ知ってることばかりでつまらないと思ってる)。
その違いとは、ゲイツ氏が出てきた時代はコンピュータ自体が世に出たばかりで動かすプログラムも少なく必要に応じて作らなければならなかったが、現在ではコンピュータは誰にでも買えるものでやりたいことを実現するためのプログラムは大抵は誰かが作ってくれているという状況の違い。
つまり「オレはこんなにコンピュータに詳しくてプログラムの技術もあるのに、作ろうと思ったプログラムは既に誰かが作っている」→「オレがプログラマとして存在する意味はあるのか?」→「オレにしかできないことは何なのか?」と悶々としてたのだろうと思う(実際、若いプログラマにはこういう考えの人は割といる)。「オレがビル・ゲイツと同世代に生まれきてれば」とさえ思っていたかもしれない。
ただでさえ燻ってるしモテないしで、そんなところへ「ソーシャル・ネットワーク」のプログラム作成の依頼を持ちかけられて、「オレの生きる道はこれだ!」「オレなら絶対に誰にも負けないものを作れる!」と思いのめり込ん行く...と。
映画を観る限り、恐らく主人公マークは「友達を100万人つくる」とか「ITで億万長者になる」とかよりも、純粋にコンピュータのプログラムを作ることで「自分の生きている証」を残そうと思ったのだ。他人が作らないものを作って広く知らしめることが自分の使命であると..
...なんて言い出すと、拙ブログの十八番となりつつある「ボンクラ論」になってしまいますがね。
ところで、映画の中で行われているプログラミングの知識や情報は、今なら誰でもその気になって調べればインターネットなどで得ることができ、開発環境だってコンピュータが安くなった現在ならそれほど金額をかけずに揃えられるものなのです(ソフトウェア開発ツールなら無料のものも数多くある、OSもLinuxなら無料)。
考えようによって、誰でも手に入れることのできるコンピュータはその気になれば「武器」にできるということ(あくまで比喩だが)。コンピュータ・カルチャーの根っこにはそういうラディカル(死語?)な部分があって、アップル創始者のスティーブ・ジョブズがヒッピーとしてインドを放浪してたとか、インターネット黎明期に晩年のティモシー・リアリーがネット文化に接近してきたりとか、コンピュータが「風穴あけるぜ!」「ブレークスルーするぜ」「ターンオンしようぜ」な思想と親和性の高い道具である側面を忘れてはいけないと思う(少なくとも我々のオッサン世代は)。
例によって長々とワケのわからないことを書き立ててしまいましたが、地味なタイプの主人公がDo貞魂やボンクラ魂をこじらせつつもバネにして、(違法/合法紙一重ではあるけれど)己の意思で一大事を成し遂げるという意味において『キック・アス』と並んで2010年代という時代の空気を的確に映し出した作品ということです。
で、オレはライフワークとして競馬予想のためのプログラムを頑張って作り続けようと思う(ボンクラ丸出しだ)。
2010年12月30日
『キック・アス』~オタクとボンクラの境界線、その向こう側
その筋での前評判がよかった割には上映する劇場が少ないせいで、満員の渋谷の映画館で立ち見するハメになりました。立ち見で映画を観る(窓口で「立ち見になりますが」と言われても「今、見ねば!」と思えた)のは個人的には『ファイト・クラブ』以来で、後になって両作品ともブラッド・ピットが関わってる作品であることに気づいたわけですが。
ストーリーはマンガや映画の中のヒーローに憧れる少年が、「正義のヒーローになることをいざ実践してみたら..」という話で、バイオレンス描写とコメディ演出のバランスが絶妙で映画として「巧い作り」になってますが、何よりも理屈抜きに「グっとくる」場面がいくつかありました。まずは映画前半での主人公の少年が自警ヒーロー「キック・アス」になっての初の大仕事の場面。町のチンピラと闘ってボコボコにされながらも「目の前にいる助けが必要な人間を、黙って見過ごすことはオレにはできない!!」と(いう旨の)言葉を叫ぶ場面を観た時、ちょっと涙腺が緩みました。もう、これだけでこの映画は誰がなんと言おうとOK。どんなに貶すヤツや馬鹿にするヤツがいようとオレが擁護する!!と思いましたよ。
そんな感じで、前半は「キック・アス」登場までは明るくポップで心の病み具合が軽度な現代版『タクシー・ドライバー』のような状態ですが、中盤~後半で「ビッグ・ダディ&ヒット・ガール」登場して以降は小池一夫原作劇画の映画化作品(無論「子連れ狼」や「修羅雪姫」)のような展開へなだれ込むカタルシス。
「キック・アス」と「ビッグ・ダディ&ヒット・ガール」の対比は、「誰だってやればできるのDIY精神」と「選ばざるを得ない道を歩み続ける宿命」の対比でもありますが、「誰だってやればできる」というパンク的な心意気は同時に「いつだってすぐやめられる」という脆さ&儚さと背中合わせです。
映画後半において、ボンクラ的な衝動から始まったヒーロー活動がエスカレートした挙句、「いつだってやめられる(もう止めた方がよい)」という状況に迫られながらも、「助けが必要な人間を黙って見過ごすことはできない!」という心の叫びに従って、再び一歩踏み出す場面は不思議な感動を呼び起こすブレない軸であると同時に、特定の世代向けだけではない時代を超えた普遍的なメッセージになっていると思う。
しかし、最近は「オタク(ヲタク)」という言葉も存在も世間に認知されて市民権を得てしまった感があって、コミケのコスプレーヤー&追っかけの人たちとか秋葉原でアイドル追っかけやってる人たちとか、彼らなりに現実をわきまえて楽しくやってるように見える(メディアを通してみた限りの話だが)。映画『キック・アス』には主人公の少年デイブの2人の親友が登場し、映画の中ではギーク (geek)という同じ括りで描かれているが、デイブとの見えない境界線が確かに存在している。その「境界線」とは何なのか?と考えさせられたのですが、日本語の感覚でいうところの「オタクとボンクラの境界線」という言葉しか浮かばなかった。
今さらあえて「そもそもボンクラという言葉の意味は」という話をするつもりはありませんが、ネット上の辞書なんかで意味を調べるより(例えばこういうの)、花くまゆうさくさんのマンガ(『ダメ人間グランプリ』あたり)を読んだ方がよくわかると思う。
周りからはダメ人間の部類に思われているが当然、本人はそう思ってはいない。「世間の尺度ではダメ人間だろうが、オレは別のもっと大きな視点で物事を考えている」→「いつか時がくれば、オレがデカいことを成し遂げたら、世間もオレを理解するだろう」・・・こんな他人には言えない妙なモチベーションをバネに「何か成し遂げ」る人も多少はいるでしょうし、「時も来ず」「何も成し遂げ」られず燻り続ける人・・・の方が圧倒的に多いと思う。どうしてわかるかって?、自分が元々そういうタイプだったから(笑)。
そういう観点で事件のニュースを見ると、時々「あ、またボンクラ魂をこじらせて、おかしな方向に爆発させたヤツが出たのか..」と感じることもあり、他人事とは思えない部分もあったりもしますが、そこには「ボンクラと犯罪者予備軍の境界線(距離)」が確かに存在する。
そのようなボンクラ目線で観ても、この映画はバイオレンスとコメディを絶妙なバランスで共存させているだけでなく、ボンクラ魂という火薬を爆弾にして破壊するのではなく、大きな花火にして打ち上げた稀有な作品であると思う。
まぁ、こんな屁理屈を考えなくても観る目のある人にはストレートに楽しめる作品だと思います。バイオレンス描写に関する賛否はあるでしょうが、恐らくビッグ・ダディは娘のヒット・ガールに「殺していいのは、生かしておいては世のためにならない悪人だけ」と厳しく教え込んでいるはずです。『必殺仕掛人』の元締め=音羽屋半右衛門のように。
2010年12月05日
ゲゲゲの本人
先日、映画版『ゲゲゲの女房』を観てきました。いたずらに泣かせようとするでもなく、無理に笑いと取ろうとするでもない、水木しげる&布枝夫妻へのリスペクトが感じられる良作。公開前から噂に聞いていた貸本時代の水木マンガのペンタッチをアニメ化したシーンも、奥様が水木マンガの世界に心惹かれていく描写として秀逸でした。
この夏に評判だったTVドラマ版も今回の劇場映画版も実話を元にしたフィクションであることに違いはありませんが、個人的な印象としてはTVドラマ版に比べると、これまでマンガや文章で伝え聞いてきた水木しげる先生の自伝的作品や評伝にイメージが近い感じがしました。向井理クンに比べるとクドカンさんの方が「先行き不透明」な感じが漂うし、「屁」も臭そうな感じですし。
そんな「ゲゲゲ」ブームのおかげで私個人的にも水木先生の作品を読み返したり、改めて自伝等の著書を買って読むことが多かったのですが、ドラマ&映画よりも水木サン御本人(とその作品)の方が更に面白いということを再認識しました(2004年に出たDVD『水木サン大全』もお勧め、水木先生が荒俣宏さん相手に語りまくる)。「ゲゲゲ」ブーム以前から、この10年ぐらいの水木先生は愛される好々爺という印象が流布してきた印象があり、どれだけ壮絶な半生を送ってきたかとか、「鬼太郎の原作者」だけでないクリエイターとして凄い仕事をしてきたかということはファンやマニア以外には知られてなかった(忘れられていた)部分もあると思いますが、まぁ、それはアントニオ猪木のプロレスラー/格闘家としての偉業を知らずに「1・2・3、ダー!の人」「元気のおじさん」と思ってる世代の人たちがいるのと同じことなのでしょう。
最近でも公の場に出ると、(たぶん)わざとボケたふりや鼻くそをほじる真似(注:ちゃんと周囲の人が止めるお約束)をする水木先生ですが、本質的には品位のある優しい人なので「苦労自慢」や「若い世代への説教」めいた言葉は一切発しないどころか、「好きなことだけやりなさい」とか「怠け者になりなさい」とか言い続けてるようです。
しかし、ドラマ&映画の原案本である書籍「ゲゲゲの女房」に奥様の布枝さんも書いていることですが、その言葉の真意は「怠け者になれるために、努力できる時はうんと努力しておけ」という意味なのだそうです。何も考えずに天才の真似をしたり、言葉が発せられた背景も考えずに額面通りに受け取ってはいけないという、よい例です。
まぁ、知ったようなことを書いてしまってますが私もそれほど熱心なマニアとかコレクターというわけではなく、昔から本屋などでたまたま作品を見つけると買って読んできた程度のゆるいファンです(それ故に時々、購入&読了済の本を再び買ってしまうこともある)。それこそ水木作品を本気で全部読もうだなんて思ったら、音楽で例えると多作で有名なフランク・ザッパのアルバムを全部集めるより大変なことになってしまうでしょうけど、「興味をもったけれど、どれから読んだらいいかわからない」という方に個人的に入り口として薦めようと思うのは以下でしょうかね。
ちくま文庫から出ている京極夏彦さんによる選集
・「京極夏彦が選ぶ! 水木しげる未収録短編集」
・「京極夏彦が選ぶ! 水木しげるの奇妙な劇画集」
中公文庫から出ている呉智英さんによる選集
・「妖怪傑作選(1)テレビくん」
・「妖怪傑作選(2)ヘンラヘラヘラ」
・「妖怪傑作選(3)怪物マチコミ」
・「妖怪傑作選(4)コケカキイキイ」
異なった角度からの水木作品のファンであり理解者による選集で、読んだ人それぞれにいろんな受け取り方があるとは思いますが、作品の根底にある作家としてのブレのなさを感じてもらえると思います。
TVアニメの鬼太郎だけ知ってる人には、水木作品は妖怪や神秘的な題材を扱ったものと思われがちなのかもしれませんが、実は独自の世界観&歴史観に基づいた風刺的作品での抜群のキレのある作家でもあったことに驚きや再発見があるかもしれません。
「妖怪は見えんけど、おるんです」という水木サン自身が既に妖怪化しているという説もありますが、「人間側からみた妖怪(非人間)の世界」←→「妖怪(非人間)側からみた人間世界」の双方向に行き来するセンスが「ブレのなさ」の本質なのかもしれませんし、もう水木サンの中ではそういう区別や境界すら無くなってきているのかもしれない...
「ゲゲゲ」ブームで、絶版になってた作品が復刻されて読めるようになったり、水木マンガの新しいファンが増えたりすることを素直に嬉しく思うと同時に、アラフォーど真ん中の私は、食うための仕事とかいろいろ頑張ろうと思いましたよ、もう少しだけ。
2010年11月20日
秋の見世物小屋を追う(2010 新宿・花園神社 一の酉/二の酉)
(お詫び..のような前置き)先に拙ブログにて見世物小屋「入方興行」の入方勇さんへの私なりの追悼文を記しましたが、記事のタイトルおよび文章の下手臭さで「見世物小屋の興行が完全に終わってしまった」ような誤解を与えてしまっているかもしれません。
見世物小屋はまだ大寅興行さんがやってます!!
大寅さんが見世物小屋をやってるのは11月の花園神社・酉の市で、この数年の入方興行が見世物小屋を出してきた祭りでではその横でオバケ屋敷をやってきてます。ちなみに大寅さんの見世物小屋は昔から小屋の内部での許可のない撮影は禁止で、現在ネット上に出回っている小雪さんの写真や動画は入方さんが興行時の撮影に制限をかけなかったときのものです。
ちなみにこれ(↑)は昨年(2009年)の花園神社での入り口付近の写真。右隅には入方勇さんの姿が(涙)...
前置きが長くなってしまいましたが、新宿は花園神社の一の酉/二の酉の見世物小屋の見物メモです。先の日記に記した通り、(私の知る限り)2社のみとなっていた興行社の1つであった入方興行は親方=入方勇さんが亡くなってしまい事実上の廃業、残るは各地のお祭りでオバケ屋敷をやってきた大寅興行さん1社のみ。
その大寅興行も舞台に立つお姐さんたちは高齢になってきていて、2年前には昔からの看板スターであるお峰さんが体調を崩して長年やってきている花園神社での興行を休業し、代打として大寅興行の名義で入方興行の小屋が花園神社に建ったこともありました。
そういう事実も踏まえると「あと1社残ってる」からといって毎年見られる保証はありませんし、芸人さんのフィジカル&メンタルなコンディションもあるので今年だって当日近くになるまでは出るか出ないか正直わからなくて、「出ていてよかった、見られてよかった」というのが、何よりも今年の花園神社の見世物小屋の前に立ったときの最初の思いでした。
入り口に懸かってる絵幕はこれまでのお峰さんの若かりし頃の(?)肖像画でなく、小雪さんのイメージ画(入方興行の小屋で懸かってたもの)に変わってました。世代交代の暗示にも見えるし、入方さんへの声なき追悼のようにも見える...
小屋の前での呼び込み口上でも「残り少なくなった見世物興行の1社が最近廃業した」ということも語られたりして、入方勇さんが遠くへ行ってしまった事実を知ってしまった心象風景のせいか、例年に増して哀愁の漂う光景に見えました。小屋の中に入ると司会進行のお姐さんたち(芳子さん、玲子さん)にお峰さん、小雪さん、ピョン子ちゃんで各種演目が進行。今年で2年目のピョン子ちゃんは昨年に増してお年上のお姐さんたちとの掛け合いもこなれてきた感じで、テンション上げ目で頑張ってました。
ゆるーい雰囲気のマジックや、テレビなんかじゃ見られない特殊演芸の披露が行われるわけですが、司会進行の口上や掛け合いの話術も見どころ・聞きどころです。小屋の外での呼び込みタンカを聞きながら、小屋の内部から聞こえてくる拍手や歓声に想像力&妄想力を高めつつ、いざ小屋の中へ。
私の観た時間帯での演目は以下の感じでした。撮影禁止なので画像掲載はできませんが、物好きな方は演目の様子を想像してみて頂ければと。
●双頭の牛(ミイラ)のご披露&解説
●ヘビちゃんがガラスを通り抜けるマジック
この演目に出演している間、ヘビちゃんは小雪さんに食べられずに済む
●空の箱からの物体取り出し
ハイライトはお峰さんが登場するイリュージョン
●大蛇ショー 〜 ニシキヘビ抜け殻(金運お守り)のサービス
●小雪さん:鎖を鼻から口に通してあんなことやこんなことをする荒業
●ピョン子ちゃん:火のついたロウソクであんなことやこんなことをする荒業
●小雪さん:悪食の実演、生きたヘビを生のままで..(後はご想像を..)
●お峰さん:大火炎噴射
演目は時間帯や太夫さんのコンディションなどで毎回同じではありませんが、早目の時間に行った方がお峰さんのシークレット演目や、ワンちゃんの曲芸などが見られる可能性が高いです。
というワケで、入方さんの件もあった心象風景も含めて「もう見世物小屋は一軒しかない」「来年も見られるかわからない」という思いがあったせいで、一の酉〜二の酉で3回も観に行ってきました。小雪さんの笑顔にはいろんな回り道の果てに自分の道を見出した「生きる証」のようなものを垣間見たりもします。見世物小屋の何にそこまで心惹かれてきているのか、今更になって自分でもわからなくなったりもします。しかし、こういった特殊演芸をみてどういうわけなのか、ちょっとだけ元気が出たりワクワクしてたりする自分がいて、そういう受け皿を持つ心ある方々に一人でも多く観てもらいたいという気持ちでこのカテゴリーでブログに定点観測的にメモし続けてきてます。
どうも、見世物小屋をブログなどのネタに取り上げる方々の中には、やたらと悪趣味自慢に走ったりとか、「わかる奴だけわかればいいんだ、バカヤロー」的な面倒くさい感じのがありがちでしてね(笑)。
今の時代の中でやれることの限界はあるでしょうし、今後はどうなって行くにかはわかりませんが、以前に買って読んだ『職業外伝』(秋山真志著 ポプラ社)に載っていた大寅興行の小屋主=大野裕子さんの「座右の銘」を見て心なごみました。
「ま、いいか。何とかなるさ」
来年も彼女たちに会えますように。
【私が知ってる範囲での東京近郊での大寅興行さんの興行】
・5月 東京都府中市 大国魂神社くらやみ祭り おばけ屋敷
・7月 東京都千代田区 靖国神社 みたま祭り おばけ屋敷
・10月 埼玉県川越市 蓮馨寺 川越祭り おばけ屋敷
・11月 東京都新宿 花園神社 一の酉/二の酉 見世物小屋
・12月 埼玉県浦和市 調神社 十二日まち おばけ屋敷
2010年11月06日
さらば見世物小屋 〜 入方勇さん追悼
先日、見世物小屋「入方興行」の入方勇さんが亡くなったという情報を聞いて以来、頭の中が真っ白になってました。私は祭りでの見世物の舞台に立っていた入方さんしか知らない1ファンでしかないので詳細事情はわかりませんが、交流のあった劇団や興行の関係者筋の方々の一部のブログなどに記されていた情報なので真偽は確かのようです(デマや噂であって欲しかった...)。謹んでご冥福をお祈り致します。
見世物小屋「入方興行」...と言っても殆どの人にはわからない話だと思うので背景を説明すると、昔からお祭りなどで興行してきた見世物小屋は時代と共に数が減ってきて、関東を中心に興行しているのは「大寅興行」と「入方興行」の2社。後継者がいないといわれる業界でしたが、大寅興行で修行を積んだ入方勇さんが立ち上げた入方興行は、近年はヘビ女・小雪太夫も現れて一部ではマニアックな人気を得てました。昨年(2009年)の秋以降(川越祭り〜浦和十二日まち)の興行では幾度か「今年で終わりにします」という言葉を発してはいたものの、今年6月は北海道、7月は東京、9月は福岡に出ていたのを見聞きしていたので、10月の川越祭りにも来るだろうかと思っていたら現れず・・・この夏の異常な暑さで小雪さんの食べるヘビが獲れなかったのだろう・・・と思い込もうとしてたところに聞こえてきた訃報でした。
文化論じみた話や気取った物書きみたいな話をするつもりはないのですが、「祭り」というのは日頃は隠されている「非日常」が表に顕れる瞬間で、いつもは自動車が走っている道路が歩行者天国になったり、普段は出会わない日常(堅気)の世界の外側の人々に出会ったりする時間・空間なんだと思う。「お祭りに行けば何かあるかも!」というワクワク感も歳を取るにつれて「別に何もないかもな..」という風にしぼんで行くものですが、何年か前に初めて入方興行の見世物小屋に偶然遭遇したときには長らく忘れていた「お祭り」〜「非日常」への心躍る気持ちが蘇ってきたことを今でも覚えてます。
よくネット上で見世物小屋に関して「昔はよかった」「昔は凄い人がいた」的なことを書いてる人たちがいるのを見かけますが(実際に見たのかね..)、その反面どうしようもなくショボいインチキな小屋も多くあったという話の方を実際にはよく聞きます。「デカい板に赤いペンキがベタっと塗ってあるのを、大イタチと言って銭取ってた小屋があった」のを実際に見てきた人の話を聞いたこともありますし。
今の時代の中でできることの限界はあったとは思いますが、入方さんは祝祭や混沌の背後に潜む「非日常=異界」からの使者としての役割を十分に果たしてきたと思う(ご本人がどう考えていたかよりも、観た側の感じ取り方が重要)。何よりも、鍛え上げた曲芸&話芸でお客から木戸銭を頂くというインディペンダントな精神、こんな生き方もあるんだなぁ...と、安穏とした日常に小さな風穴が空いたような気がしたものでした。しかし、見世物小屋の存在自体に、それを喜んで見てる観客の側にもある種の「やましさ」「哀しさ」はついて回るもので、それはかつての時代の「因果が降りかかってるのは向こう側で、自分じゃなくてよかった」ということよりは、「インディペンダントな精神を日常の外側へ追いやること」への「やましさ」なのかもしれない。
例によって屁理屈をこねくり過ぎましたが、そんな世の中の不条理や割り切れなさを笑い飛ばしてやり過ごすある種のパワー....のようなものを見世物小屋の舞台に立つ入方さんから頂いてきたのは私の中では確かな事実なのです。
終わりに、私が見てきた入方さんが舞台で披露していた演目を思い出せる範囲で振り返ってみます。
【話芸・口上】
・小雪太夫の紹介/口上(言葉を話さない小雪太夫の代わりにヘビ食いや各種芸の解説)
・カッパのミイラのご披露&解説
・シャム双生児のミイラ(?)のご披露&解説
・人体標本のご披露&解説
【手品・奇術】
・口の中へ火のついたロウソクを入れる/舌で火を消す
・ドライアイスを食べる
・鎖を鼻から口へ通し、水の入ったバケツを持ち上げる
・ちぎったティッシュに水をかけてウドンに変える
・長い風船の丸呑み
・膨らませた風船にお客の携帯電話を封じ込める
・白い紙を千円札に変える
・未開封のペットボトルからお客がマーキングしたカードを取り出す
・金属の輪を落としてネックレスチェーンに通す
今でもどこかのお祭りに行けば入方さんの見世物小屋があるような気がして...もう出ないことはわかっていても、露天の豚バラ肉が焼ける匂い〜煙の向こう側に異界からの使者が手招きしているような気がする..しかし、この気持ちも時間が経つにつれて落ち着いていって「別に何もないだろうな..」という風になっていくのでしょうね....人の夢や思い出なんて儚いものです。
2010年10月03日
黒いプレイボーイの系譜2010
最近は若い頃のようにナニ覚えたサルがアレするがの如く、音楽を四六時中聞いているということはめっきり少なくなりましたが、クレイジーケンバンドの今年の最新アルバム『MINT CONDITION』は聴いております。昨年はメジャーなレーベルに移籍し、最新作で通算12枚目。相変わらず雑多でバラエティに飛んだ楽曲構成は「音楽の雑居ビル」状態ではありますが、最新作に至ってはアルバムの1曲目からいきなりシングル曲(「1107」)で始まるというメジャーぶりで、2曲以降もひたすらスムーズに耳に入ってくる曲が続く。
怪しげな「雑居ビル」が、改装されて1階入り口はコスメ&ジュエリーを売るきれいなデパートになってしまったのか?、CKBもついに洗練されてしまったか?と思いつつ、アルバム後半に「仮病」〜「漢江ツイスト」〜「無条件」の流れでドロりと重いズルむけ感を匂わす曲があって一安心。剣さんはずっと変わらず剣さんのまんま。
正直な話、聴き始めた頃はここまでメジャーな人気が出るとは思ってなくて、露天商から商売を始めた社長が成り上がってデパート建てたみたいな感慨がありますが、メジャーになってより多くの人に聴かれるようになったことは素直に喜んでおります。そもそもCKBを聴き始めるようになったキッカケは...という話をするたびにネタだと思われがちなのですが、ライブ盤『青山246深夜族の夜』を「野坂昭如ライブ」だと思って買い、そのバックバンドを努めるイカす人たちがCKBだった.....正確にいうとCKBのライブ盤『青山246〜』に野坂昭如さんがゲストで参加したわけですが、当時の私はこれを「野坂昭如ライブ」だと思って買った....
さらに、そもそも歌手・野坂昭如を聴き始めるようになったキッカケは...10年ぐらい前のある時期「もう音楽も歌も何も聴きたくない」と思っていた時期があって、どうしてそんな状態になっていたかというと、当時大ファンでライブにも通ってたフィッシュマンズの左藤伸治さんが亡くなってしまったことが発端でした。今思えばちょっとした鬱状態にでもなっていたんでしょう。
この当時の心境とフィッシュマンズ&左藤伸治さんへの想いは一言二言で書けるようなものではなく、書くなら書くで面倒くさいことになってしまうので割愛しますが、「何も聴かない時期」を経た後に、どういうわけかリハビリのように野坂さんのアルバムばかり聴いていたのでした(当時「幻の名盤解放同盟」などで野坂作品の再発売/再評価の動きもあった)。当時の野坂さんは、再開した歌手活動や「野坂塾」などの活動も旺盛な頃で(ダニアースなどのTVCMにも出ていた)、永六輔さんのラジオ番組「土曜ワイド」には幾度にわたって「乱入」し、いろいろ好き勝手に喋っては帰って行くという時期があったのですが、その言葉を聞いているうちに「この人の言葉には聴くべきものがあるかもしれない」と改めて感じ、著書やCDを買いに探し歩いていたのでした。
「歌手・野坂昭如の魅力」とは何なのか?と考え始めると、これがまた言語化がむずかしくて、万人受けするものではありませんが一部の人々の心を確実に捉えるのは事実のようで、とにかく第一印象は胡散臭くてインチキ臭い感じ(笑)でしょうか。
そしてどの歌の歌詞も「野坂昭如の言葉」に聞こえること、これは凄いことです。歌の殆どの歌詞は野坂さんではなく、桜井順(a.k.a能吉利人)氏によるものですが「野坂昭如の言葉」に聞こえる...これはソロになって以後の永ちゃんが自ら作詞をしてないにも関わらず歌う歌が「矢沢の言葉」に聞こえるのと同等か、それ以上に凄いことです。むずかしい話はよくわかりませんが個人的な印象で言うと、野坂さんの言葉や作品の根底に流れてるのは意外とシンプルで「人間は食べて/排泄して/生殖して/子孫を残して/死んでいくものだ」ということを見据えていて、それ(人生)を殊更大げさに美化したりすることの滑稽さや如何わしさを見破っているような..(勝手な解釈なんで間違ってたらすみません)。
書籍「黒いカナリヤ 野坂昭如の世界」に収録されている淡谷のり子さんとの対談に、印象深い言葉があったので以下に引用。
ぼくは歌は花だと思ってるんです。花であるからには、茎や葉が醜くとも、たとえ朝咲き、夕方しぼんでしまっても一発屋でも、咲くべくして咲いた花なら、十五で咲いてウヌボレて、それでおしまいで、後は哀れな人生を送っても、それはそれなりにいいんではないかと思うんですがね。
野坂昭如さんの最近の言葉はTBSラジオの永六輔さんの番組『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』で毎週「野坂昭如さんからの手紙」のコーナー(9:30〜10:00ごろ)にて外山惠理アナの代読で聴くことができます。
「花」はまだ枯れていない。
2010年09月05日
現代の錬金術と「悪魔くん」
このように書くと「ギャンブルにのめり込んでいる」ような印象を与えるかもしれませんが、むしろそういう一般的なイメージからはほど遠い感じできわめて冷静。自らの理論の有効性を実証する目的で馬券を買ってみることもありますが「データ収集と考察に徹する」「買わずにやり過ごすだけ」のことの方が多かったのです。
FXやら株式やらいろんな投資手段があると聞こえてはくるものの、一から勉強するのもなんだか難しそうで、自分の場合は昔からやってきた競馬しか考えられなかったということなのですが、そこに有効な手段や方法があるのか?といえば自分なりの方法は見つけました。しかし、これまた「必勝法」とか「一攫千金」とかいうギャンブルに付き纏う世間的なイメージからはほど遠いものです。10年ぐらい前から考えてきた理論・手法を、コンピュータの発達や自身のスキル向上でようやく形に出来つつあるところで、実際には全体の約8割のレースで上位入着する馬を5頭以内に絞り込むところまできましたが、それが即ち儲けに直結するわけではない。仮に的中率が6割だとしたら、当たりの6割で高額配当が出るのはラッキー、あとは外れの4割を如何に買わないようにするか、ということを肝に銘じる必要がありますし、最後の最後は引き際の見極めや勝負勘というメンタルな部分も大事。
恐らく投資やギャンブルの世界での一攫千金というマンガみたいな話はインサイダー情報でも握ってない限りあり得ない話で、フェアでガチな勝負するなら具体的な戦略理論を打ち立てることと、その戦略の有効性(裏返せばリスク)を定量的に把握できてなければなりません。
まぁ、どうしてそこまで大真面目にやってるのかというと、詳細は諸事情により書けませんが近しい人間が金銭トラブルに巻き込まれて損害を被ってしまい、私自身も相当のトバッチリを受けてしまうという...ちょっと大変なことになっていて、もはや私利私欲を越えた人助けが目的とでも言いましょうか(あくまで本人はそのつもり)。
そんな人知れず血のにじむような(笑)思いをして編み出した「業」なのでこれ以上は詳しく書けませんし、書いたところで理解してくれる人はいないでしょう。
しかし、相変わらず本屋に行くといろんな投資やギャンブルに関する本が売ってるもので、時おり「投資・ギャンブルは現代の錬金術なのか?」と考えてしまうことがあります。虚実入り乱れた膨大な情報の中にある一握りの真実...と書けば響きはよいが、要は殆どが誇大広告と弱者に付け込む煽り文句。人間の心に付け入る悪魔は本屋にいるのかもしれません(否、人間の心の中)。「こうすれば儲かる」というマニュアル通りにやってみんなが儲けられるはずなどなく、大多数はいわばカモにされてるわけですよ。そうやって「現代の錬金術」を探求してるうちに、いつしか心のどこかで自分を水木しげる先生の名作『悪魔くん』になぞらえてることに気づきました。悪魔くん(=松下一郎)のように世界平和や人類全体の幸福のためとまでは言わないものの、周囲に理解されず変人扱いされても研究に打ち込む様や、秘儀研究の末にようやく命がけで悪魔を召還したら、それがあまり役に立たないヤツだったとか(注:貸本版での描写)、なんだか他人事とは思えなくて。
『悪魔くん』の結末は、世界平和と人類の幸福を実現するための革命を起こすべく闘うも、仲間の裏切りによってあっけなく命を落としてしまうという不条理きわまりないものです。しかし、不思議と不条理に立ち向かう勇気のようなものが湧いてくるのは水木先生の筆力と独自のマンガならではの表現によるものではありますが、当時の貸本漫画業界(=社会の底辺)の不条理な世界で折れずに戦い続けた水木先生の魂の痕跡を読み取っているからでしょう(でも、やるんだよ)。貸本版『悪魔くん』は何度か復刻発売されてきていて、10年ほど前に太田出版から、数年前にチクマ秀版社から出たのを最後に現在は再び絶版になってるようですが、ドラマ『ゲゲゲの女房』を見て初めて知って興味を持ったファンもいると思うので、現在の人気と勢いでどこかで再び復刊くれて不条理にも立ち向かう「魂」を伝えて欲しい。
それにしても、水木先生の作品と人柄がコアなサブカル方面(ガロ〜根本敬さん周辺のファン層)から、お茶の間の主婦層まで人気・支持を得ているという事実は本当に凄いことになってると思います。
水木しげる先生と野坂昭如先生にはいつまでもお元気で長生きして頂きたいです。
2010年07月19日
2010夏の見世物小屋を追う 〜 帰ってきた入方興行
気がつけば梅雨も明けてもう7月も半ばを過ぎて...このブログの更新頻度が遅いのはネタが浮かばないとか、月一更新に決めてるとかじゃなくて単に(食うための仕事とかで)忙しいからですが。というわけで久々の更新ネタは先の7/13〜7/16に東京は靖国神社の「みたままつり」、ハイ。例によって見世物小屋(ヘビ女・小雪太夫)の追っかけメモです。
”見世物小屋の追っかけメモです”とサラっと書いてはいますが、見世物小屋そのものが今年も出るのか?出ないのか?は祭りが始まるまで一切わからず「今年はもう見られないかもしれない」という心配・懸念があったため、興行の演目を見た後のありがたさも倍増。なんだかご利益があるような気分となっております。
実際に小雪さんの持つヘビに触ると(そこらの神社や仏閣よりは遥かに)ご利益があると本気で信じてますからね。
少し背景を説明しますと、「いつまで見られるかわからない」と言われ続けてきている見世物小屋ですが、昨年の秋(川越祭り)以降に入方興行の親方(入方さん)がいつになく「今年で最後」という廃業する旨の言葉を連発し、興行の目玉の一つであった「カッパのミイラ」のTV番組での科学調査を許可したり、雑誌やムックへの掲載も行い、そうした理由・背景に関しても「もう見世物小屋は終わりにします」という言葉があったので昨年(2009年)末は本当に今年で最後かもしれないというムードが漂っていたのです。今年に入ってからは、例年であれば興行を行ってきた5月の府中市くらやみ祭りに来なかった(大寅興行さんのお化け屋敷のみだった)ので「入方興行は本当に廃業してしまったのか?」...と思っていたら、6月に北海道にてデリシャスウィートスを従えて興行したという情報あり。
そんなこんなで完全廃業してなくてよかったと胸を撫で下ろしつつも、関東地区で再び興行することがあるのだろうか?、と思っていた矢先に靖国神社みたままつりに出現しました。例年通りそこにあった見世物小屋ではありましたが、私の心象風景においては「帰ってきた見世物小屋」だったのです。
さて興行の方はと言いますと、今年はサソリ使いの姐さんに、手品師、サーカスレベルの高度な曲芸を前座にトリを小雪さんが務める感じでローテーションしてました。今回は小屋の中での撮影禁止ということでしたが、そのフォローをするかの如く小雪さんが小屋の外に立ってヘビと戯れながら(無言で)呼び込み営業されてたので「ここぞ!」とばかりに撮影させて頂きました。まぁ、個人的には「撮影禁止」などどは言わず、「オプション料金払うから生ポラ撮らせてくれ」というぐらいの気持ちなんですけどね(笑)。
7/14(水)の20時〜21時ごろの演目は以下の感じでした。小雪さんのファンも多く来ている様子でなかなか賑わっておりました。
●摩訶ダミアンの魔術ショー
本を開いたらハトが飛び出したりと流石!!プロの手品師の業。
●空中回転少女アゲハちゃんの曲芸
天井から吊り下げた布や、リングを使ったサーカスレベルの高度な技術の曲芸。
●銀子姐さんの時間
大サソリを素手で手なづけたり太ももに這わせたりするいけないお姐さん。
霊が宿って涙を流すといういわく付きの市松人形を披露したりと、、、
因果な物のコレクターらしいです。
●小雪太夫 悪食の実演(MC:入方さん)
鼻から口に鎖を通す口中鎖の使い分けから、その状態で水の入ったバケツ
を持ち上げる人間クレーンの荒業。
そしてハイライトは、ヘビ喰い。
今回は運良く生きたままのヘビを食いちぎって食べる回に当りました。
2回木戸銭払って暑い中、辛抱して待ったかいがあったというものです。
見世物小屋は帰ってきました..当の興行主である入方さんも、本当に止めようと思っていたのが心変わりしたのか、TV出演も含めて注意を引くためのギミック・狂言だったのかは今となっては定かではありません。しかし、それはそれでプロレス的でいいんじゃないかと思ってます。
今や、どんなことでもネット検索すれば知ることができると思い込まれているような風潮が世間全般に漂っている感じがありますが、見世物小屋に関してはオフィシャル情報は一切なく、実際に現地に足を運んで行って、目で見て確認したきた積み重ねしかありません。
ここまで追っかけ続けてきてるのだから、そろそろ興行主にも顔を覚えてもらって話しかけて情報を頂いたりはできないか?などと考えたりもするのですが、その辺はファンであるが故に逆に距離を置いていたいような微妙かつ複雑な心境だったりもします(当事者に聞いたからといってこの先のハッキリとした予定が聞けるわけでもないだろうし)。
その辺の心情は「撮影禁止」にも関わらずコッソリ撮影したのが見つかって、「お客さん、困りますよ!」と怒られるぐらいの関係のままでいたい、とでも言いましょうか。
次回、関東地区で出現するのは10月の川越まつりでしょうか。もちろん私の追っかけは続きますが、ご興味の沸いた方は見られるうちに現地に観に行ってみるのも一興かと思いますよ。
追伸:昨年に火吹き芸でデビューしたアマゾネス・ピョン子ちゃんにもまた会いたい。
火気使用禁止でない会場の興行であの芸が見られることを祈ってます。
【2009年まで見世物小屋の興行があった情報 (※以外は現地に足を運んで興行を確認)】
・5月 東京都府中市 大国魂神社くらやみ祭り 2010年度は興行なし
・6月 北海道札幌市 中島公園 札幌祭り(※) 2010年度の興行あり
・7月 東京都千代田区 靖国神社 みたま祭り 2010年度の興行あり
・9月 福岡県福岡市 筥崎宮 放生会(※)
・10月 埼玉県川越市 蓮馨寺 川越祭り
・11月 東京都新宿 花園神社 一の酉/二の酉
・12月 埼玉県浦和市 調神社 十二日まち
2010年06月19日
『座頭市 THE LAST』、終わりというより始まり以前
勝新&座頭市マニアを名乗ってきている私ですが、かつて北野武監督版『座頭市』の公開時には観に行く前に10日前ぐらいかけて「心の準備」をしました。あの作品に関しては「座頭市と呼ばれたもう一人の男の話」「たびたび出現したニセモノの座頭市の中で最強の部類」という見方をしています。
それにはちゃんと根拠がありまして、DVD等で観る機会があったら確認して欲しいのですが、あの映画の劇中でビートたけし演じる「座頭市」は一言も「私は市です」とか「オレが座頭市だ」とは発してなくて、「盲目」で「居合の達人」である彼をみて回りの人間が、「座頭市だ!」と騒いでいるだけなのです。劇場公開時に「おや?」と思い、TV放映時に再確認したので間違いありません。
その辺は恐らく「本家・勝新版」には絶対に敵わないことを悟りきった北野監督の確信犯的な戦法で、わかる人にはわかるようにサインを送っていたのだ...私の妄想かもしれませんがそのように確信しています。
今回の慎吾ちゃんにしても、『ICHI』での綾瀬はるかちゃんにしても、アイドル俳優を起用して「座頭市」を演じさせること自体に否定的な見方があると思いますが、個人的にはそういう部分はむしろ好意的に見てます。
プロレスで例えるなら、長州小力に対して今どき「長州力をナメるな!プロレスをバカにするな!」と怒るプロレスファン(&元ファン)は少なく、むしろ「長州力が、プロレスが好きなんだなぁ」「もっと世間に発信してくれ。頼む!」と思う人の方が多いだろうことに似ています。
そういう意味ではむしろ『〜THE LAST』と題してシリーズ(?)を終わらせることの方に疑問を感じていて、オマージュでもパロディでも「もっとやってくれ!」と思っているぐらいです。その辺の気持ちは梶原一騎・原作劇画で例えると、「あしたのジョー」や「巨人の星」が今の時代においてはアナクロなギャグとして取り上げられたりしながらも、作品として語り継がれてジョーや飛雄馬の「魂」が人々の心を震わしているように「伝えてくれ」と。
しかし、今回の『座頭市』で映像作品化を「終わり」にしてほしいと望んだのは原作者の遺族サイドの要望らしいのですが、(情報源はたまたま買った「映画芸術 No.431」の阪本順治監督のインタビュー)実はこのことが今回もっとも「なんだかなぁ..」と思っていることだったりします。なにか嫌なことでもあったのでしょうか。
例によって長い前置きをしてしまいましたが本題、『座頭市 THE LAST』。慎吾ちゃんの一生懸命さや、作品全体に漂うある種の真摯さに押されて、いいところを探そうと頑張ってみましたが「リアルな座頭市の話」を通り越して、「座頭市になれなかった男の話」にしか思えないのが今現在の正直な感想です。
ヒーローものをリメイクする場合の方向性としては、継承〜継続/再構築/脱構築(否定)/原点回帰...と、いろいろな選択肢があり得るわけですが原点(原作)に回帰し過ぎてしまい、「ヒーロー未満」=「限りなく普通の人」に近い話だったとでもいいましょうか。もちろん、その描き方ならではのいいところもあります。
しかし、普通の人に近いからといって必ずしも共感できるということではないのですよ。座頭市をお約束的なヒーローとして描かなかったのは明らかに阪本監督の意図したことのようですし...確かに「この手で来たか」「この方向性があったか」とは思いましたけど。
この作品でも市は大変な試練に遭うわけですが、試練を乗り越えられませんでした(私にはそう見える)...乗り越える力はあったと思うんだけどなぁ。何がしかの思いを遂げて(あるいは遂げられずに)死んで行く主人公の登場する映画は過去にもいろいろありますが、この作品に関しては「堅気のコミュニティに属することのできないはぐれ者には孤独な死があるだけだった」という後味の悪さの方が日増しに大きくなってくる感じです。その辺を確信犯的に狙ったのだとしたら逆に凄い人ですよ、阪本順治監督という人は。
しかし今にして思えば、あのような試練/修羅場を乗り越えて生き延びてもなお、笑顔で他人に優しくできるのが本家・勝新版の最大の魅力でもあり、その境地に至るまで(冥府魔道の住人になる以前)が大映「座頭市」シリーズの初期四部作だったわけで、シリーズ第四作『座頭市 兇状旅』のラストシーンの勝先生の演技が不思議な感動を呼び起こすのは、そういうものを全て一人で背負う覚悟が表れていたからだったと...
改めて勝先生がいかに天才であったかを思い出させてもらったので、そこらへんはまた旧作品を見直して考察してみようと思います。だって、もう新作映画なんかしばらく見たくないし(笑)。
追伸:
実は慎吾ちゃんは大好きなんですよ。あんな弟がいたら頼もしいというか、あんな息子がいたら自慢したいというぐらいの感じには。心からお疲れ様、と言いたいです。
それと、三池崇史監督&哀川翔さん主演の舞台版『座頭市』は限りなくナチュラルな角度で大映「座頭市」シリーズに向き合っていたのだなぁ...と。松平健サマの舞台版『座頭市』は残念ならが未見。