超うさん臭いw

海ゴミ対策に河川調査 3/11 17:30

瀬戸内海の「海ごみ」を調査するため香川県内の川でモニタリング調査が行われました。
このうち高松市ではきょう春日川で調査が行われました。

調査方法は河川敷のゴミを拾いながら分類していくものですが、タバコの吸い殻や使い捨て容器が大半だといいます。

瀬戸内海の海ゴミはおよそ6割が内陸から出ていると言われ、きょうは1日かけて上流、中流、下流の3か所で調査を行いました。

主催した香川県では来年度から本格的に県内の川の調査を行うことにしています。
https://www.rnc.co.jp/news/index.asp?mode=3&nwnbr=2018031101&word=%8Ft%93%FA%90%EC&page=0


情報無し(*゜▽゜*)
 
 なんだかんだ忖度で助成金をたんまり貰ってる人権サッカー(海ごみ拾ッターレ讃岐)が絡む時点でアウトだけどなw
 韓国人や北朝鮮サッカー代表に海ゴミ掃除させたか?



 カネかけて実施した既存調査くらい反映させろよwww
 それに鳥インフルが発生してるんだから野鳥も気にしろよ。うどん県主導でバードウォッチングもやってるぞwww
 もう、PDCAサイクルやってない事が丸わかりやないかいwww
 結論、キムチ利権!
 言い切る(キリッ


あってはならないゴミは?
 春日川は多いんだよw
 複数の動物の死骸(奇形とかw)も有った。医療廃棄物も有った。もちろん工業系も有る。書きたくないゴミがいっぱいw

 テキ屋他、特定可能なゴミが多いから地域コミュニティで河川沿いのゴミ拾い(草刈りも)してるでしょうwww
 最近のオチだと、不発弾が捨てられてました(*゜▽゜)ノ


 池戸駅→三木町池戸。


 県は水質情報を持ってるでしょう。河川の匂いも気にしろよwww
 被せたら怖いぞぉw

↑↓ココです。

 ハゼ釣りで有名な場所ですけど、平成以降に奇形ハゼの報告もあがってるでしょ。ウナギがいるから内臓物を調べて見ろよwww
 ミンスのバイオマス云々に繋がる話だけど、そこは省略。



 といった訳で、裏金は??


↑↓春日川の上流地域

 動物アイゴー忖度センター建設中ニダよ<`∀´*∩


p1
香川県における海ごみ調査研究結果(H25~27年度)の報告
香川県環境森林部環境管理課 水環境・里海グループ
http://www.pref.kagawa.lg.jp/kankyokanri/satoumi/umigomi/pdf/kenkyu/kekka_gaiyou.pdf


 現実を直視出来ていないっていうwww


 オマケ的にw

春日川(かすががわ)は、香川県高松市を流れる新川水系の河川。

高松市西植田町に源を発し、高松低地東部を新川と並行して北流し、屋島西町の河口近くで新川に合流する。指定延長15.1km、流域面積62.9km2。新川はかつて東山崎町付近で当河川に合流していたが、古墳時代に治水のため当河川から分離されたといわれている[1]

六条町で合流する支流の古川は、浅野新池、三郎池の余水を水源としている。上流部には四箇池(神内池、神内上池、松尾池、城池、公渕池、坂瀬池の総称)があり、約1200haの水田を潤すだけでなく、高松市水道事業の水源に一部転用されている[2]

典型的な香川県における河川の特徴として、平時は水量に乏しいものの、降雨時には急激に水かさが増す。そのため下流部周辺ではたびたび洪水に見舞われており、特に2004年(平成16年)10月に上陸した台風23号は、本流の新川も含めて浸水家屋6666戸、浸水面積693haと周辺に甚大な被害を与えた[3]

下流木太町河川敷では毎年5月に、流れ灌頂の供養や植木・農具の販売を起源にもつ川市が開かれ、初夏の風物詩となっている[4]


 平成以降で「流れ灌頂」を流してる人はいるよ。


春日川に川市が立つと、それは初夏の知らせ。

 赤や黄のテントを張った露店が、高松市木太町の春日川の河原を埋める。タコ焼きやイカ焼きの香りに誘われるように、子供や家族連れが集まってくる。

 タコ焼きをほおばる子供たちの大半は、昔は農道具の販売が中心だったことを知らない。ましてや牛の骨の供養が川市の始まりとは思いもよらないだろう。

 「木太町郷土誌」に春日川の川市の縁起がある。

 『一八五〇年ごろ、春日川で遊ぶ子供たちが牛の骨を拾った。子供は縄で数珠をつくって骨を中心に輪となり、念仏を唱える百万遍遊びをした。その夜、親の夢にが現れ、「ありがたい供養のおかげで成仏できる」と礼を言った。驚いた親たちが清光寺の住職に相談し、流れ灌頂(かんじよう)の供養をした。それから毎年、旧暦四月十八日に流れ灌頂を続けた。地域の人が大勢集まるので、市も立つようになった。』

 清光寺(高松市片原町)の長谷慈敞住職(68)は「終戦までは住職が出掛けて流れ灌頂の供養をしていた。幼い私も市を楽しみながらおつとめを手伝っていた」と証言してくれた。

 流れ灌頂は水の浄化力を借りて、死者の霊を供養するための儀礼。長谷住職によると、春日川では六本の卒塔婆(そとば)を流れる川に立て、水の事故などで亡くなった先亡たちの成仏を祈る法要を執り行ったという。

 長く続いた流れ灌頂も第二次世界大戦の終戦が近づくころ、若者が戦地に赴いたり、集会が禁止されて市が中断したのに伴い、戦後は開かれなくなった。川市の起源だった流れ灌頂は姿を消したが、市だけが戦後に復活したわけだ。

 春日川市のもうひとつの顔が農道具市。流れ灌頂は麦刈りと田植えの直前の時期に当たる。そこで、ありとあらゆる農道具が市で取り扱われ、野菜の種苗や植木を販売する露店が立ち並んだ。農繁期を前に骨休めするとともに、必要な道具をそろえる市だった。

 「これまで六十回以上は川市に遊びにいった。地域には大事な年中行事」。地元の木太地区連合自治会会長の河田澄さん(75)は昔の市の光景を懐かしむ。

 かつては芝居小屋やノゾキカラクリ、パチンコなどの興行もあり、それはそれはにぎやかな市だった。木太地区だけでなく、屋島など周辺からも大勢の人が集まった。農道具市は機械化や農家の減少に伴い、一九六〇年ごろを境に色合いが薄くなったという。

 流れ灌頂の灌頂市は、県内では香東川などでも催されてきた。春日川では木太地区を皮切りに市が上流にさかのぼり、五月二十日は元山地区、五月二十五日は川島地区で川市が立つ。

 現在の春日川の川市は、流れ灌頂も農道具市の要素もすっぽり抜け落ち、食べ物やくじなどの露店が立ち並ぶ。河田さんは「世代によって、思い出はずいぶん異なるはず」と指摘する。春日川の表情も護岸工事などで大きく変化した。

 時間の流れとともに形を変えてきた川市だが、初夏のにぎわいだけは、いまも変わっていない。 
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/nokoshitai/gyoji/4/


 

 キムチ寺!

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