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2019年08月11日 【謎肉県。8月10日はヤドンの日】父母ヶ浜海水浴場で35歳女性が溺死 まだ知らない絶景を求めてインスタ映えが心霊写真スポットに キムジャン久子さまー

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超大型の台風10号 広範囲で荒天の恐れ 警戒期間は 2019年08月12日18:41
https://tenki.jp/forecaster/yosh_ika/2019/08/12/5548.html

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https://weathernews.jp/s/news/typh/


YOUは何しに香川県へ?
 国際組織犯罪の香りしかないwww
 金クレクレ人権屋<`∀´*∩www

ベナン共和国大使 香川県庁訪問
香川2019.08.13 19:06

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西アフリカにあるベナン共和国の駐日特命全権大使が初めて香川県を訪れ、浜田知事を表敬訪問しました。

県庁を訪問したのはベナン共和国のアデチュブ・マカリミ・アビソラ駐日特命全権大使など3人です。

アデチュブ大使は地方視察の一環できのう始まったさぬき高松まつりの視察のため、初めて香川県を訪れたものです。

浜田知事は「これを機に交流が増え、双方のが深まるよう祈念します」と歓迎しました。
これに対しアデチュブ大使は「この初訪問で共通点などを探し関係を深めていきたい」と述べました。

ベナンはバスケットボール日本代表、八村塁選手の父親の出身国で、同じ代表で香川県出身の渡邊雄太選手の活躍も話題に出ていました。

大使らはあす、金刀比羅宮など県内の観光地を視察する予定です。
https://www.rnc.co.jp/nnn/news164114359.html

 バスケットボールの話題www
・2019年08月10日 【大麻に暴力、忖度隠ぺい】人権ヤクザ臭が酷いバスケット「香川ファイブアローズ」に暴力行為で衛藤晃平HC職務停止 テロ組織と交流のある「アイパル香川」で会見(・∀・)
 アイパル香川 (香川県国際交流協会)!不良外国人を養う国際人権バスケットボールwww
 プラスになる事は無いから、早く解散しましょうwww

公開日:2019年8月6日
駐日ベナン共和国 特命全権大使  アデチュブ・マカリミ・アビソラ閣下による知事表敬について
 
2017年12月より着任されている、駐日ベナン共和国 特命全権大使 アデチュブ・マカリミ・アビソラ閣下が、高松まつり視察のため、初めて香川県を訪問し、知事を表敬訪問いたします。  

1 日 時    令和元年(2019年)8月13日(火曜日) 14時00分~14時30分    
2 場 所    第1応接室(本館11階)    
3 表敬者    ベナン共和国  特命全権大使  アデチュブ・マカリミ・アビソラ閣下
                ベナン共和国大使館  第一書記官      モルジャン・アルビーヌ氏
                           職員(通訳)   アイシ・マウティン氏    
4 次 第          1)出席者紹介
                        2)知事挨拶
                        3)大使挨拶
                        4)懇談
                        5)記念品贈呈
                        6)記念撮影
担当課
総務部 知事公室国際課
お問い合わせ
電話:087-832-3029
FAX:087-837-4289
メール:kokusai@pref.kagawa.lg.jp
https://www.pref.kagawa.lg.jp/content/dir5/dir5_6/dir5_6_1/wh1eul190806114140.shtml

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第54回さぬき高松まつり公式ホームページ
更新日:2019年8月14日
台風10号の影響により、8月14日に予定しておりました、総おどり及び中央公園のお祭り広場行事等のすべての行事は中止となりました。

令和元年8月12日(月曜日)
8月12日正午時点では、予定通り実施予定です。

令和元年8月13日(火曜日)
台風10号の影響により、花火大会は中止となりました。
なお、中央公園のお祭り広場行事、及びサンポート周辺でのイベント(屋台、サンセット納涼まつり)については、現時点では予定どおり実施いたします。

令和元年8月14日(水曜日)
台風10号の影響により、8月14日に予定しておりました、総おどり及び中央公園のお祭り広場行事等のすべての行事は中止となりました。
なお、これに伴い、8月14日に予定しておりました、高松市中心部の交通規制及び臨時駐車場については、実施いたしません。

お問い合わせ
このページは観光交流課が担当しています。
〒760-8571 高松市番町一丁目8番15号本庁舎7階
電話:087-839-2416
ファクス:087-839-2440
Eメール:kankou@city.takamatsu.lg.jp
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kanko/takamatsumatsuri/matsuri.html


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高松市創造都市推進局 8月9日 18:38 · 

 とりあえずJICA四国でヒットした。

宮﨑 誠さん「ベナンってどこぞ!?」
職種
コミュニティ開発
派遣国
ベナン
派遣期間
2015年3月〜2017年3月(26年度4次隊)
出身
愛媛県
ベナンという国
ベナン共和国という国は日本人にとって馴染みがない国なので、知らない方も多いかと思いますが、西アフリカにある日本の3分の1程度の大きさしかないアフリカでは比較的小さな国です。私も当初ベナンに派遣と聞いたとき「ベナンってどこぞ!?」と慌てて地図帳で調べたのを覚えています。公用語はフランス語ですが、地域ごとに現地語があり、私が住む町にも少なくとも4つの言語が話の中で飛び交っています。

私は農業・畜産・漁業省に属するアヴランクー村落開発支所という部署に配属されています。私が住むアヴランクーという町は首都ポルトノボから10kmほどしか離れていないですが、住民は大半が農家です。この部署では地域内の農業や畜産の促進と技術支援、監督、管理等を行っています。ここでの私の活動は地域住民の収入向上に結び付く新たな提案や啓蒙活動を行うことです。
https://www.jica.go.jp/shikoku/enterprise/volunteer/news/africa/ben_01.html


TBS「ここがヘンだよ日本人」
 ↑でベナンが有名になったw

ゾマホン・ルフィンは「ここがヘンだよ日本人」で一躍有名に!著作「ゾマホン ...
https://anincline.com/zomahoun-idossou-rufin/
著作「ゾマホンのほん」の印税で「たけし小学校」を開校 ゾマホン・ルフィンはビートたけし司会の「ここがヘンだよ日本人」で一躍有名に! ... ゾマホン・ルフィンは、ちょっと変わったアフリカ人というキャラで人気者になった外国人タレントです。1964年、西アフリカの ...

 「たけし」繋がりで岩屋毅
・2019年6月7日金曜日 首相官邸が制止したにも関わらず日韓防衛相会談に臨んだ岩屋毅防衛相
http://tokumei10.blogspot.com/2019/06/blog-post_58.html

たけしの忙中閑話
ゾマホン氏の祖国
彼の名はゾマホン・ルフィン。西アフリカはベナン共和国出身。ビートたけし氏の主催する人気テレビ番組「ここが変だよ、ニッポン人!」で一躍お茶の間の人気者になった。過般、そのゾマホン氏の祖国であるベナン共和国を外務省の出張で訪れる機会を得た。以下、その時の訪問記である。

出張が決まったとき、諸般の状況からおそらくはこれが外務副大臣としての最後の外遊になるだろうと思った。出張目的は重要なものであったが、ベナンについては失敬ながら地図上でどこにあるのかすら定かでない。「最後の出張がアフリカの小国かぁ・・・」という感じを持たなかったかと言えば、正直、嘘になる。しかし、結果的にはこの旅が思いもよらずこれまでの十回の外遊中、もっとも印象に残る旅となったのである。

冒頭に紹介したゾマホン氏とはテレビで顔は知っていたものの、つい最近まで面識はなかった。しかし、二ヶ月ほど前、そのゾマホン氏がある同僚議員の紹介で外務省に私を訪ねてきたのである。要件は彼の祖国、ベナン共和国で日本が実施している井戸掘削による給水計画に関する陳情だった。

(中略)

小生のベナン出張の最大の目的は、来年、横浜で開催予定の日本が主導する「アフリカ開発会議」に関する、言ってみれば「根回し」にあった。同会議には、出来るだけ多くのアフリカ首脳に参加してもらう必要がある。ベナン共和国のヤイ大統領にも是非参加してもらうべく直談判に出向くことになったのだ。こうなれば、嘘かほんとか知らぬが「大統領顧問」たるゾマホン氏の力を借りない手はない。早速に外務省から氏に連絡を取らせたが、氏は最大限の協力を約束してくれた。

参議院選挙開票日の翌日、早速に総理親書を携えて成田からベナンへ向かって出発した。しかしこれが乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎの旅である。まずは成田からアムステルダムへ飛び、そこから今度はケニアのナイロビへ、さらに一休みして目的地たるベナンの商都コトヌへと向かった。飛行機に乗っている時間だけで計25時間、乗り継ぎ時間を含めると丸々一日半かかってようやくたどり着くというハードな行程だ。

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へとへとになってタラップから降り立つと驚いたことにそこには太鼓にラッパに横断幕での大歓迎が待っていた。のちに紹介する「たけし日本語学校」の生徒さんたちである。既に先回りして祖国に戻っていたゾマホン氏が横に立っている。横断幕には「ようこそ岩屋外務副大臣 たけし日本語学校」と書かれてあった。一人の生徒が近づいてきてサッと小生の前に水を撒く。びっくりしているとゾマホン氏が駆け寄ってきて「副大臣、これがここの作法なんです。この水の上を歩いて生徒たちのところへ行って下さい」と言う。ハハァ、映画かなんかで見たことはあったが、ほんとにこんなことするんかいな?と思いつつも指示通りに水を踏んで歩いて歓迎の花束を受け取った。

(中略)

そんなこんなで初日の日程をこなしたのだが、いよいよ二日目は本題の「外交交渉」である。まずは経済大臣、外務大臣との会談を行い、引き続いて大統領との個別会談を行なった。今回の旅の最大の目的であった「アフリカ開発会議」については、大統領が最大限の協力を明言してくれ、ひとまず任務を果たすことができたとほっと胸をなでおろしたのだったが、一方で大統領からは多くの宿題もいただいた。日本がこれまで進めてきた医療、教育の支援に加えて現在進行中の井戸掘削による給水支援を加速して欲しいとのことだった。

大統領は言う。「自分はもともと銀行家であり、政治家ではない。その私がこの席に座っているのはひとえに国民の支持と期待をいただいたからに他ならない。この国にはようやく民主主義が定着しつつある。しかし、成果があがらなくてはそれも元の木阿弥になってしまう。自分はなんとしても成果を挙げたい。それには日本の協力が必要だ。学校も全国津々浦々に作りたい。病院も充実しなければならない。清潔な水を地域にくまなく届けたい。国民を貧困から解放したい。ぜひ力を貸して欲しい。」 国づくりに対する熱い情熱がひしひしと伝わってきた。大統領は給水支援事業を希望している地域名についても具体的に触れた。それまで日本が計画していた地域と多少のずれがあることがわかったが、私は早速に大統領の意向に沿って計画を練り直すことを確約した。

アフリカを支援する国々の中には、大統領宮殿を造ってやったり、スタジアムをまるごと建設したり、政府に大量の車両を寄付したりなどということを好んでやる国もある。しかし、日本の支援はそうではない。国民に直接届く支援、これが基本だ。そのために学校を作り、先生を教育し、井戸を掘り、養殖技術を教え、魚市場に冷凍庫を寄付したりという、決して派手ではないが、着実に国民生活の向上に役立つことをコツコツとやってきている。私はこれからもそうあるべきだと思う。今回、日本が支援して整備した小さな漁港を視察したが、明らかに我が国の支援が現場の労働環境の改善につながっており、想像していた以上に関係者から感謝されていることを実感して、一層、その思いを強くした。

いよいよ最終日。ゾマホン氏から、空港へ向かう前にどうしても「たけし日本語学校」に立ち寄って欲しい、との依頼があった。言うまでもないが、「たけし」というのは自分のことではない。あの「ビートたけし」さんの「たけし」である。ゾマホン氏によればビート氏こそ彼の恩人なのだという。冒頭に紹介したように彼が一躍お茶の間の人気者に躍り出たきっかけを作ったのが、ビート氏の企画したテレビ番組、「ここが変だよ、日本人」だったからだ。独特の民族衣装に身を包み、極めて率直かつ情熱的に日本論を語るゾマホン氏のトークが多くの視聴者の共感を呼んだのだ。彼はまたたく間にレギュラーメンバーとなり、「たけし軍団」の仲間入りをした。本も出版したが(「ゾマホンのほん」というタイトルだが、これはなかなかの名著である)飛ぶように売れた。彼は学生でありながら「タレント」としての副業で高収入を得られるようになったというわけだ。

しかし、そこから先が実に偉い。ゾマホン氏はその収入を決して自分のためには使わなかった。母国の子どもたちのために学校を建設することに使ったのである。彼がテレビ出演料や出版した本の印税で得た収入は祖国のために投入された。できた学校名を「江戸小学校」明治小学校」という。日本の発展の歩みこそが祖国ベナンの今後にとって最大のヒントになるというゾマホン氏の持論に拠るものだ。そしていよいよ念願の「日本語学校」まで作ってしまうのだが、その校名を恩人たるビート氏にちなんで「たけし日本語学校」としたのだという。

(中略)

副大臣、これがベナンの現実なんです。ベナンでは一部のエリートがフランス語を話せるだけ。あとの言葉はバラバラ。大統領がフランス語で演説しても国民の大半は何を言っているのかわからない。これで国が発展しますか? 私は将来、ベナンの共通語を作りたい。きっとフランスは嫌がるでしょう。でも、そうしないと駄目。国、発展しない。そのために日本で博士号を取ったらベナンに帰って大学で仕事をしたい・・・」 憂国の情あふれるゾマホン氏の演説を聞く学生諸君の顔は真剣そのものだった。

(以下略)
http://www.t-iwaya.com/essay_bn/34.html

トマ・ヤイ・ボニフランス語Thomas Yayi Boni1952年7月1日 - )はベナン銀行家、政治家同国大統領(第4代)、アフリカ連合総会議長(第10代)を務めた。ヤイが姓であり、日本外務省ボニ・ヤイ(トーマ・ボニ・ヤイ[1]、トマ=ボニ・ヤイ[2])と表記している。

2013年2月27日に訪日。3月2日にはTBSテレビ系番組「情報7days ニュースキャスター」に駐日ベナン大使ゾマホン・ルフィンと共に生出演し、ベナン共和国を支援している日本国民と北野武に感謝の気持ちを伝えた。

2016年4月6日、10年と9日間の在任を終えて大統領職を退いた。後任には、無所属のパトリス・タロンが就任した。


2019.06.11 16:00  NEWSポストセブン
たけし付き人・ゾマホン「母国で選挙活動中に命を狙われた」

 今年で来日25年を迎えたゾマホン・ルフィン氏。ビートたけし氏の付き人にして元ベナン大使という異色の経歴を持つ。1990年代後半に『ここがヘンだよ日本人』でデビューし、日本のテレビ界を席巻した外国人タレントでもある。

 そんなゾマホン氏が、母国ベナンで日本の国会にあたる国民議会の選挙に出馬しようとしたところ、命が脅かされるほどの事態に直面したという。

 1990年以降、選挙による政権交代が繰り返され、アフリカ諸国のなかでも“民主主義が根付いている”と見られていたベナンで、一体何が起きているのか。命からがら日本に戻ったゾマホン氏に話を聞いた。

「4月28日はベナンの国民議会選挙の投票日でした。それまでの数か月、私は野党FCBEの候補者として出馬するため、ポスターやパンフレットを作り、自分の選挙区に加えてベナン各地を遊説して回りました。ところが投票日の3週間前になって、野党は政党としての資格を剥奪され、選挙に参加できなくなったのです。選挙に出たのはタロン大統領を支持する2つの政党の党員だけでした」

 日本でアルバイトをしながら上智大学大学院で学んだ1990年代当時から、「日本とベナンの架け橋になりたい」との志を持ち続けていたゾマホン氏。タレント活動を始めてからも、私費を投じ、募金を集めてベナン各地に小学校を設立したり、貧しい村々に井戸を作るなどの教育支援人道支援を続けてきた。

 それらの功績が認められ、2002年にはベナン国民栄誉賞を受賞。2004年には大統領特別顧問に就任し、2012年には駐日ベナン大使に任命され2016年まで務めた。今や母国でゾマホン氏を知らぬ人はいないほど、国民的人気を集めている。そんなゾマホン氏の動向は、野党支持者だけでなく、与党支持者からも注視されていたという。

野党FCBEを率いるヤイ・ボニ前大統領から国民議会選挙への出馬の打診があったのは昨年のこと。師匠であるビートたけしさんのOKをもらって決意を固めました。

 ベナンでは昨年11月頃から私が選挙に出馬するとの噂が立ち、国中に知られることに。今年1月29日に帰国するまで、私の携帯電話に知らない相手からも『いつ帰ってくるのか』『いまどこにいるのか』との電話がひっきりなしでした」

 ベナンで待ち受けていたのは、ゾマホン氏の支持者ばかりではなかった。帰国当日の深夜、事件は起きた。

「私の自宅は首都コトヌーから北へ車で数時間行ったところにあります。そこに向かう間も、知らない番号からの電話は続きました。私が自宅に着く前の深夜11時過ぎ、敷地内に怪しい人影が複数いることに近所の親戚が気付き、警察に通報しました。その後駆け付けた警察との間で、銃撃戦が起きたそうです。彼らは警察により、その場で射殺されました

 ゾマホン氏の自宅にいた“銃を持った男たち”の素性や目的などは不明だが、ゾマホン氏がもしその場にいたら、命が危険に晒されたであろうことは容易に想像できる。

 そうした事件のほかにも、「政権交代」の引き金になりかねないゾマホン氏や野党候補者の出馬を、何としてもやめさせようとする“力”が働いていたようだ。

「野党を選挙から締め出す4月以前から、政権側は信じられないような立候補の条件を課していました。選挙に出馬するための供託金として、立候補者それぞれに2億4900万CFAフラン(日本円で4980万円)を払うよう求めたのです。こんな大金、ベナンで用意できる人は誰もいません(編注:ベナンの国民1人あたりの年間所得は約9万円)。それでも私は何とかそのお金をかき集めて立候補しました。

 全国で選挙活動をしている間も、政権側の嫌がらせは続きました。私がベナンに設立した『たけし日本語学校』周辺に自動小銃を持った30人以上の軍人が現われ、3月からの1か月間、24時間の監視体制が敷かれたほどでした」

 選挙から野党が排除された後は、ヤイ・ボニ前大統領と共に有権者に「選挙のボイコット」を呼び掛けたゾマホン氏。その間、地方の田舎の村々にまで軍が派遣された。これはベナンの国政選挙で初めてのことだという。

「投票日の数日前には、ベナンで一番大きい市場に出向き、現政権による選挙制度の改悪に反対する演説を始めました。大きな人だかりができたところで、見張っていた軍の部隊が我々を取り囲んだ群衆に向けて催涙弾攻撃を始めたのです。私とヤイ・ボニ前大統領らはボディガードと共に車に乗り込み、その場を離れざるを得ませんでした」

 ベナンの混乱は選挙後の現在も続いている。

「5月2日には選挙の無効を訴えるデモ隊に向けて軍が発砲し、11名の死者が出ました」

 身の危険を感じたゾマホン氏は5月11日にベナンを出国。翌12日に日本へ帰り着いた。

「ヤイ・ボニ前大統領は現在、政権により拘束されたままです。弁護士や医師の面会も許されていない。ベナンの民主主義は、タロン大統領の強権的な政治姿勢のために危機を迎えています。こうした現状に対し、日本の政府やマスコミには、ぜひ行動を起こしてほしいのです

 長年、日本とベナンの友好のために尽力し続けたゾマホン氏の悲痛な叫びが、ベナン国内を変えるのはいつになるのだろうか。

https://www.news-postseven.com/archives/20190611_1389970.html
https://www.news-postseven.com/archives/20190611_1389970.html/2
https://www.news-postseven.com/archives/20190611_1389970.html/3

SEALDs「民主主義ってなんだ?  これだ!!」
 安保法案に反対してたでしょうwwwwwww
 殺し合いやぁん。ある意味、増えすぎたアフリカ人口減少は超エコだけどなーw
 
>浜田知事は「これを機に交流が増え、双方の絆が深まるよう祈念します」と歓迎しました。
 テロ資金は香川県から捻出されるんですねwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 憚りながら先例が有ります( ー`дー´)キリッ
・2015年12月10日 【憚りながらTOC】米財務省、国際的な犯罪組織との積極的な闘い!カンボジア在住の元山口組系・旧後藤組の後藤忠政を金融制裁
 教育利権、行列のできる法律相談所、学校建設、島田紳助w

・2015年12月12日 憚りながらもSEALDsと田中優から後藤忠政@TOCのカンボジアで活動するTEAM GOGO!2007は香川県です
 民主党応援団w

・2019年05月23日 【日中韓「100万本の植林活動」地球キラリ】玉木雄一郎さん!「日中青年交流協会」の鈴木英司理事長が実刑判決を受けましたよ!! メモw
 うどん県スクラム!


その他φ(*-.-*) メモメモ

ゾマホン・イドゥス・ルフィンZomahoun Idossou Rufin1964年6月15日 - )は、西アフリカベナン共和国出身の外交官(駐日本国ベナン共和国特命全権大使[1]タレント

1998年、TBS系列のバラエティ番組『ここがヘンだよ日本人』にレギュラー出演して一躍その名を知られるようになり、特命全権大使になるまではオフィス北野に所属し、タレント活動をしていた。21世紀になってからはNPO法人の設立および運営、ベナン共和国第4代大統領ヤイ・ボニのアジア・オセアニア関連大統領特別顧問、駐日特命全権大使を兼務していた[2][3]。2016年、ベナンの大統領がパトリス・タロンに交代したことに伴って年内いっぱいで駐日大使を退任した[4]

幼少時にカトリックの洗礼を受けているカトリック信者(クリスチャン)でもあり、本名のルフィンは洗礼名である。


ゾマホンが日本に興味を持つようになったきっかけは、中学時代に授業で日本人は、アジアで最も野蛮で恐ろしい民族だ。1938年に、南京で大勢の中国人を虐殺した(南京事件)」[6]と、非常に野蛮な国だと教えられたことであった。しかし、同時に日本がベナンとは比べものにならない程の先進国であることから、やがて日本へ行ってみたいという気持ちにつながっていった。

大学在学中に漢字に興味を持ったことから、1987年中華人民共和国の北京語言学院(現 北京語言大学)に国費留学した。学業の傍ら、アフリカ諸国の特命全権大使の専属通訳や、大使たちの車の清掃などのアルバイトをして得たお金を、母国の親族に送金していた。大学では、中国文化と中国語を専攻し、孫文孔子の思想を学んだ。


1997年2月、上智大学大学院博士前期課程(修士課程)に入学した。修士論文のテーマは、「母国ベナンにおける初等教育普及問題点〜日本と中国を比較して〜[5]であった。

1998年に東京都杉並区高円寺ラーメン屋にて、稲川素子事務所に所属するアメリカ人のスカウトマンからスカウトを受け、TBS系列ビートたけし司会の『たけし×世界バトルIIここがヘンだよ日本人』という2時間スペシャルの特番に出演する。その際のゾマホンのコメントが好評を博し、「変なアフリカ人」という事で、以降は稲川素子事務所所属の外国人タレントとして同テレビ局でレギュラー化された『ここがヘンだよ日本人』に出演するようになる。また、フジテレビ系人気バラエティ番組『笑っていいとも!』にも出演したことがある。

稲川素子事務所(いながわもとこじむしょ)は、日本の芸能事務所外国人タレントのマネージメント・文化事業・企画制作・各種企業への人材派遣などを主な業務としている。

小桜 セレナ(こざくら セレナ、1969年昭和44年)8月23日 - )は、日本の元女優東京都出身、血液型A型乙女座
サンズエンタテイメント所属。

虚偽告訴と無罪判決

  • 2006年11月18日に、稲川素子事務所の共同玄関を破壊したという器物損壊を理由で、告訴された。2008年3月3日に、東京高等裁判所で逆転無罪を勝ち取り、無実を証明した[1]
  • 原告側の証言を元に記事を作成した週刊誌「FLASH」(光文社)に、傷害事件の誤報が載せられた。のちに傷害事件の被害者だったことが判明し、2008年5月にFLASH側が全面的に間違いを認め謝罪。光文社との和解が成立する。
  • この事件のことを彼女のブログでは「稲川素子事務所の関係者に暴行を加えられていた。それなのに…」と書かれていて「罠にはめられた」と書かれている。ブログによるとまだ会社関係者に嫌がらせを受けていたり事件のトラウマが残っているように書かれている。


駐日ベナン共和国大使館 - the Embassy of Benin to Japan
日本の関西地域とベナンの絆を深めた視察ツアー
Posted on Published on 2018-12-03 - (Updated on 2018-12-03)
インターメディアジャパンは、2018年10月8日から10日にかけて、駐日ベナン共和国大使館へ向けた関西地域の視察ツアーを開催した。ツアーの狙いは、ベナンをさらなる発展へ導く手がかりを得ることだった。

成功裏に終わったこの3日間のツアーには、駐日ベナン共和国特命全権大使であるアデチュブ・マカリミ・アビソラ閣下、領事のアラベ・ポゴド・ヤバヴィ氏、公式通訳のマウティ氏にくわえ、株式会社ケセラセラの共同創設者さのけいいち氏、インターメディアジャパンからは創設者ピア・フォンワルダウが参加した。ベナンと日本が、農業、健康、デジタル経済の3分野で関係を深化させることが、このプログラムの目的である。

この類まれなツアーの初日は、大阪のケセラセラ本社から始まった。まず近畿経済産業局の局長、森清氏よりごあいさつを頂き、その後、大阪府知事の事務所に移動して松井一郎知事と会談を行った。また、視察の予定には大阪イノベーションハブも組み込まれていた。ベナン政府には、自国を西アフリカ地域におけるテクノロジーの拠点とし、デジタル産業のリーダーとしていきたい考えがあるためだ。大阪イノベーションハブは、新たなアイディアをより持続可能なものへと発展させる役割を担う施設である。ベナン政府は以前より、テクノロジーとイノベーションこそが、国家に持続可能性と成長をもたらすと提唱し続けている。その後一行は奈良県知事の荒井正吾氏を訪ね、ツアー初日は終了となった。真のヒューマニストとして知られる荒井知事は、ベナンの人々の美しさと優しさに感銘を受けた様子だった。

ベナンの農業は、途方もなく大きな可能性を秘めていることで知られている。しかし、農業従事者の技術と知識の不足から、国民の需要に供給が追い付いていない。最終日の10月10日、アビソラ大使率いる代表団は、奈良県農業大学校で農業分野の最新技術を視察した。

ベナン政府はこの視察から、自国の農業の膨大な可能性を引きだし、発展させるために、日本の技術がいかに重要な構成要素となり得るか、知ることができた。ベナン政府には、国民に十分に行きわたる食料を生産し、さらに近隣の国々へ食料を供給するという目標がある。候補の一つである隣国のナイジェリアは、その国だけで2億近い人口を抱える一大マーケットだ。

農業分野におけるビジネスチャンスもまた話題の中心となった。大和農園をビジネスとして成功させた奈良経済同友会の代表幹事、吉田裕氏は、植物の優良な種子を生産し、アジア全域に供給している人物だ。吉田氏は現在、今年12月にベナンを訪れる計画を立てている。

さらに、ベナン政府は、国民に質の高い医療サービスを提供することを最優先課題としている。奈良県立医科大学を訪問した一行は、理事長・学長である細井裕司氏に温かく迎えられた。常にイノベーションを重要視してきた奈良医科大学は、今年創立70周年を迎え、現在は日本における最高水準の医療英語学習プログラムの開発に力を注いている。ベナンの代表団は、細井学長が始めた医学を基礎とするまちづくり構想に強い関心を示した。

最後に、一行は長谷寺を訪ね、真言宗豊山派管長の田代弘興化主と共に、信仰について考えるひとときを持った。ベナンはブードゥー教発祥の地である。田代化主とアビソラ大使は、精神的存在の重要性や、平和で平等な世界に向けて貢献する方法について語り合った。

ベナン大使館の代表団にとって、このツアーは、関西地域の可能性をこれまで以上に理解し、東京以外の中小企業が果たす重要な役割について学ぶ良い機会となった。同様に、インターメディアジャパンが紹介した政界や経済界のリーダーたちは、誰もがベナンについて好印象を抱き、ベナンについてもっと知りたい、さらには現在のベナン政府に協力したいという積極的な姿勢をみせた。

ベナンと関西地域の要人との新たな関係をさらに発展させるため、引き続き、2019年もいくつかのビジネスセミナーや文化イベントを開催していく予定である。

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http://www.beninembassy.jp/news/the-development-of-fruitful-relations-between-benin-and-the-kansai-region/?lang=ja

 d(≧◇≦;) アウト!wwwwwwwwwwwwww

※大和農園@天理市w


 もしかしなくても、ベナン共和国軍の攻撃対象w
NPO法人IFE: アフリカ・ベナンと国際協力
npo-ife.jp/
NPO法人IFEは、たけし日本語学校の建設やアフリカ・ベナンの人々との技術協力などの国際協力活動を通じて、日本の文化や技術を学べる環境を作り、現地の人々の人材育成に取り組んでいます。
法人・団体基本情報
法人番号 1010105001486
認証日 平成22年3月24日
法人・団体名称 IFE  【認証】
法人・団体名称カナ イフェ
主たる事務所の所在地
東京都八王子市台町二丁目12番16号
従たる事務所の所在地
代表者氏名
山道 昌幸
定款に記載された目的
この法人は、日本とその他のアジア諸国、アフリカ諸国との間の教育・文化・技術・医療の協力提携、並びに日本とアジア、アフリカ諸国との相互理解の推進に寄与する事を目的とする。
活動分野
保健・医療・福祉
社会教育
国際協力
職能開発・雇用拡充
電話番号
0426-57-7220
事業年度
平成31年4月1日~令和2年3月31日
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/houjin/npo_houjin/list/ledger/0008369.html
p1
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/houjin/npo_houjin/list/ledger/0008369/8369-TK-I1343280519609.pdf

 あっぶねぇなぁwww
 金刀比羅宮でブードゥーやってても信じますw


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