校長ブログ懐古・・改革の軌跡・・

平成19年度からの校長日記を再掲してまいります。

20.9.24(水)高松市

  • 私用があって「高松市」に行った。ここには両親のお墓があるし、実の妹夫婦が住んでいる。又親戚が多く言ってみれば私の「第二の故郷」と言える。1年ぶりに会った妹夫婦は元気であった。妹の亭主、即ち義理の弟から「兄貴、何時まで働くの」と標準語と讃岐弁の混じった言葉で聞かれる。とっさのことで返事に窮した。

  • この弟は法政大学を卒業し、そのまま家業である「材木店」を継いで今日に至る。私よりは2歳若いから丁度60歳になる。先祖代々の家業を「社長業、営業マン、何でもかんでも夫婦二人」で頑張ってきたが60歳で「ばっさり家業を整理して」、今後はやりたいように自由にやるというのだ。今は趣味と実益を兼ねて「四国88ヶ所めぐり」の金剛杖を扱っている。「もうぼつぼつ引退したら」と言外に言っているのだ。「その年でそんなに苦労しなくとも・・・」と言ってくれているのだ。

  • 土地、家作、駐車場収入など財産持ちで「食うに困らない」から簡単に言えるのだが、こちらは「働かないと食っていけない」から、働いているのだが、確かに「人生設計」として「何時まで働くか」は考えておかねばならないと思った。

  • 福田総理は今日総辞職されたが、議員の身分まで辞めたわけではない。あんなに簡単に「辞めたッ!」と言えれば楽だがサラリーマンはそうは行かない。「無責任」は「恥」との感覚は我々の世代、即ちプレ団塊、団塊世代には特にそのような気がする。「浪速の礎を磐石」にするまでは辞められない。

  • 前の学校では色々あって結局丸々4年間だから1460日だった。福田さんの365日よりは4倍多い。「おいおい、一国の総理と一学校の校長とは違うよ」と言いたい向きに反論しよう。

  • 物の本には「学校の校長は一国を経営する」とまで言われている職位である。明日の日本を作る人材育成の仕事は内閣総理大臣に匹敵するくらい重要な仕事だと言うことだろう。私はそんなに大層には考えていないが、校長の任期も適切に運用しなければならない。

  • 大阪府の例では過去2年とか3年が最大であったが「これでは短い」という意見が強くなり平成14年頃から4年というのも出てきている。5年と言うのは私は聞いたことがない。個人的にはまあ「4年平均が適切」であると考えている。そうすれば後2年半である。

  • 酷いのになれば3ヶ月とか1年とかというのがある。校長の病気、学校の不祥事での責任更迭、それに「キャリアパス」だ。このキャリアパスというのは「けしからんやり方」で府教委の幹部が現場経験を付与するために1年とか2年校長職を経験させて、又教育委員会に戻すと言うやり方だ。

  • 現場経験は悪いことではないが1年で校長が変わるなど「学校改革の掛け声」と同じ方向とは思えない。要は「人材の払底」ということだろう。3年目の校長の関心事は「次はどこの学校の校長をさせてもらえるか」で頭の中が一杯だろうと思う。

  • 府教委の実態をよくよく見てみると「学校間格差の階段を上がっていく」のが校長人事だ。この意味は「しんどい学校」「テーマの多い学校」「課題のある学校」「歴史の短い学校」から振り出しとなって徐々に階段を上がっていくという意味である。

  • 最初から府立北野高校とか天王寺高校とか高津高校とかの伝統校の校長などさせてもらえない。こういう学校は「ナンバースクール」といって「旧制府立中学のナンバー」を引き継いでいる。北野は一中で高津は七中という具合だ。府内の公立高校はこのようなナンバースクールが牽引していると言ってよい。泉陽高校、清水谷、阿倍野なども旧制女学校の系列で特別な学校なのである。

  • こういう学校への赴任は大体最後の最後、上がりのポストか府教委の幹部が天下る学校である。この点はしっかりと抑えねばならない。余程の実力者か誰もが認める実績を上げたものかでないと「現場たたき上げの校長」ではいわゆる名門校へは行けないのが実態である。

  • こういう校長人事は大分県ではないが教育長とナンバー2の教育監とか審議監がするわけで「訳の分からない部分」が出てきたのが大分県の事件である。とにかく校長人事が商品券で動かされていることが分かった。まあこういうのが実態だと考えておけば良い。

  • さて話を戻そう。何時まで浪速の校長をやるかということであるが「まだ答えはない。」9月16日の理事会では出席者は知っていることであるが名誉理事長と理事長職務代理からは「何時までもお願いします」と席上「肩を抱かれて」までお願いされた。確かに浪速80年の歴史で「神職以外の理事長は私が初めて」である。

  • 名誉理事長は「私は75歳ですよ。それでも頑張っています」と言われるし、職務代理は「とにかく私の健康」だけを心配していただいている。昔は1週間に一度は学校に来られていたが今はもう滅多に来られない。「私のお蔭で寿命が延びた」と喜んで頂いている。

  • 確かにどの私学も理事長・校長あるいは理事長・学園長と名前は色々あるが後期高齢者75歳をはるかに過ぎても頑張っておられる先生は多い。私学は公立とは全然違うし、大体「オーナー学校」が多い。私みたいな「雇われ理事長」はいない。

  • しかし仕事というのは「目標」があってそれに邁進するのが考え方で重要であり、「だらだら」やるべきものではない。今の私の目標は「新経営計画の完遂」で、「新校舎建設のテープカットをする」ことである。そうすれば計画とおりにいったとして「あと6年」となる。

  • エー、後6年もやるの」という教職員の悲鳴が聞こえてくる。しかし教職員もここで落ち着いて考えねばならない。「変なのが来て、学校経営が元の木阿弥になったら」どうしようもない。安定軌道に乗るまで「頑張ってお願いします」ではないか。

  • 別に教職員にお願いされてやるものではなくて理事会総数の過半数の決議で決定されるだけの話だが、浪速で最も重要なことは「ポスト木村」である。「誰が後をやるのか」という問題だ。

  • 組織のリーダーで最も大切なことは「後継者指名」である。特に私は理事長と校長との兼務だから次もそのようにすべきか、あるいは理事長は神社庁にお返しすべきか色々な考えがあろう。

  • 校長は内部昇格で適任者がいるのか、又外部から招聘するのか、これまた色々な考えがあろう。とにかく最大の問題である。折角の学校つくりが一挙にして崩壊することは往々にしてあることだ。「立派な校長」を私の責任で作らねばならない。

 

20.9.23(火)浪速祭最高潮

  • 朝の気温は幾分低く、「絶好の文化祭日和」である。生徒も今日は朝が早い。私も朝の8時前には全ての新聞に目を通し終わった。途中休み無く10日間も勤務が続くと些か疲労感が残る。先生方もさぞお疲れだろう。今日一日無事に済めば二日間は休業だ。

  • 浪曲にご招待した地元「遠里小野町会」から浪速祭と言うことで「お祝い金」を持参されてきたそうだ。申し訳ないことだったが、有り難くお受けした。それにしても「浪曲の評判」が大変良かったとのこと。これだったら生徒が一巡する3年後には又検討できるかも知れない。

  • 朝一に英語科のK教諭が入る。ESSの顧問だ。昨日、中庭の軽音学部の演奏とESSの発表との時間調整に問題があったのだが上手く話がついたらしい。しかし野外ステージの場所は中庭模擬店の傍で途切れなく楽器が鳴り響き、歌声が劈く感じで聞きたい人、聞きたくない人、お構いなしに人の耳に勝手に入ってくるのは不味いなと感じた。来年は時間制限や設置場所も考えねばならないか。でも雰囲気を盛り上げるには丁度よいかもしれないし、難しいところだ。音量の調整で済めばそれにこしたことはない。

  • 今回は私にとって2回目の浪速祭。要領が分かって来たから「作戦」をあらかじめ練っていた。各クラスの催事と各模擬店を回りクラブ活動の場所も覘いてやらねばならない。中学生の体育館でも寸劇やコーラスは見逃せない。順序が大切だ。

  • 中学生はいとおしい」からそれだけ時間をとってやりたい。ESSが企画したDVD映画を使って日本語のテロップ付きの英語版を同時進行で会話をESS部員が進めていく「面白い試み」も是非見たいと思って覘いたが面白かった。「知性的な企画」で大変良い。これぞ高校生と言う感じだ。

  • 12時までには戻り、「神輿のお練り」への参加は絶対外せない。「浪速祭のクライマックス」だ。それにしても「訪問客の多さ」は一体どうしたことか。PTAの特製クッキーやPTA絵馬の売れ行きも気にかかっていたがクッキーは早々に完売だ。絵馬は少し残ったみたいで学校に置いて帰るという。

  • そういう中で「嬉しい話」が飛び込んでくる。「硬式野球秋季大会」で本校が関大北陽を4対2で下したというのだ。「これは凄い。強豪の北陽を破ったとなるとこれはいける気」がしてきた。

  • 神輿組はちょうど12時「担ぎ手全員集合」。小さな神輿は中学生3年生、大きなものは高校生運動クラブ員と決めている。全員で神社にお参りして正門を出る。ぐるりと学校の周辺を塀沿いに1周するのである。住吉警察署にはあらかじめ届け出ているから問題ない。

  • もう保護者も外部からの訪問者も驚きだ。特に保護者はカメラ、携帯片手に列に並んで歩かれる。訪問者もさぞ驚いたであろう。小さな町が持っているよりも大きな本格的なお神輿が全員揃いの法被を着た生徒で「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声宜しく練り歩くのだから「これぞ祭り」と思われたに違いない。

  • 特に今年初めての常勤講師の先生方は「度肝」を抜かれたのではないか。それにしても午後は気温が上がってきた。「校長先生、買ってください」「来てください」と頼まれれば「ハイヨ」と行くタイプだからもう3000円も両替しているがこれでも小銭が足らない。心得たもので事務室は多額のコインを両替用に用意しているのだ。

  • 本当は単衣の着物を着て来ようと最後まで迷ったが「着てこなくて良かった」。汗で大変だ。まだ午後から人が続々と入門される。本当に「入り」が良い。これも「学校の勢い」かも知れない。「嬉しいことだ」。

  • こういう時でも「入試広報室は塾説明会」に出かけて行ってくれている。この「分業」が極めて重要で来週「27日の浪速中学校体験入学」の参加希望者がすでに昨年よりは大幅に超えている。入試広報が生徒を集め残った教員でお祭りを世話する。この「呼吸」が学校を活性化させる。

  • 20年度の中学校クラス数は3クラスであるが。出来れば来年も3クラスで抑えたいと思っているが場合によってはクラス増となるか。その場合は教室が不足する。仮設校舎が必要となる。「ウーン」という感じになるが、生徒が来なくて「ウーン」よりは良い。

  • 体育館の催しもの、3年生が良かった。「ソーラン節」の踊りだ、揃いの法被で本当に上手くやってくれた。男子中学校として最後の学年だ。共にこの5月修学旅行に屋久島に行き「縄文杉」を目の前にして「無念の撤退」をした私の仲間(?)、中学3年生だ。特別の思い入れが私にはある。

  • 来訪者には3種類の人間がいる。まず保護者、これにはお祖父ちゃんやお祖母ちゃんが含まれる。そして近隣のお方、模擬店やバザーを楽しむためだ。最後に若い人々である。これは様々で本校生徒のお友達が多い。中学時代の友人だろう。

  • お友達も色々で、「あっと驚く為五郎ーッ」というようなタイプが居た。歌舞伎の役者みたいに目の周りに隈取を入れて下着が見えそうな短い服で神の色はマリリンモンローみたいな金髪だった。スカートの色も違うし、他校の生徒だろう。私は「安心した」のである。

  • スカートとズボンで本校生徒かどうか見分けがつく。学芸の中等学校も居れば桃山、帝塚山、公立では登美丘も居たが、今生指の先生が頑張っておられるが、「変わったスタイルの生徒」は本校のみではないことが今日分かった。慌てることはないなと感じた。まだ本校の方が良い。

  • 皆一律に本校の文化祭の方が「メチャ面白い。うちんところはショボイ」と言う。特に面白かったのは羽衣の中学生で私が校長と知ると「校長先生、浪速に入れて」と来た。驚いたのは「公立」の生徒だ。「あれは何者」だと言いたいような格好をしていた。口では言えないくらいだった。

  • 全教室開放だから「どこへ行っても構わない」のだが私は部屋を出るときは今日だけは鍵をかけた。もしもの対策である。開いている門は正門だけでそこには当番の先生が門立ちして『不審者』を警戒している。

  • バザーの客は2時30分でもまだ行列だ。時間差で部屋にお入れしておりその分少し時間がかかるがお客はゆっくりじっくりと品物選びが出来る。そして保護者は順番に我が子の出番に見にいけるというわけだ。上手いこと考えてくれた。

  • バザー会場の横には大きな喫茶コーナーが設けられ手作りクッキーとお抹茶、コーヒー、紅茶などが200円で振舞われる。カフェテリアでは「芋粥」だ。本校の伝統の出し物らしい。僕も頂いたが旨かった。かゆに乗せてある「塩昆布」が絶妙であった。

  • このようにして時間はゆっくりと過ぎ、3時になっても人混みが変わらない。私は3時で「上がり」だ。このようにして20年度浪速祭は終わったのである。3時50分「蛍の光」が流れ始めて正門が忙しくなる。

  • これから片付けだがこれがまた嬉しいように完璧に綺麗に片づけが生徒の手で始まる。「本当に本校は良い学校である」ことを痛感する一日であった。そして最後に自治会役員と全教職員が「簡単な締めの会」を職員室で行う。

  • 自治会長の挨拶は大変良かった。私は自治会役員への慰労と激励、そして先生方へ「お疲れの出ませんように」と締めくくって挨拶を行い、「3日間のお祭り」は全く事故無く終了を告げたのである。

20.9.22(月)秋季例祭

  • 久しぶりに良い天気となった。今日は「秋季例祭」の日である。「極めて重要な学校行事」である。正式に神職をお呼びして学院神社は完全な装いというか形を決める。周辺には幔幕が張り巡らされ高い幟旗が4つもたなびき、神輿が鳥居の前に飾られ、神聖な空間が作られる。こういう学校は日本全国、本校以外には無いだろう。

  • 従って教職員の服装も「正装」となる。正装と言ってもネクタイと上着着用だ。女性教職員はそれなりの服装となっている。それは神職が正装で「斎行」されるのとご来賓はすべて「略礼服」を召されているからだ。斎主は最近では市内の「坐間神社」神職にお願いしている。その前は「住吉大社」からお出まし頂いていた。ある程度の期間が経てば「ローテーション」で替わってもらうことも一つの考えだ。1社に限れば「ご負担」になる。年末の理事会で図ろうと思う。

  • もう随分と昔のような気がするが「昨年は熱中症事故」で本当に大変だった。今思い出しても汗が出る。着任して半年少し落ち着き始めた頃だったから「先行きの苦難」を感じたものだ。しかし今日は気温が少し低いし、風もさわやかに感じる。それに朝1限からの式典とした。昨年は3限授業して式典としたのが失敗だった。

  • 年に2回の例祭の時くらい授業は無くて良いと思うようになってきた。「少し甘くなってきたのかと自分自身に反省をいれる」のだが2年連続熱中症事故を出すわけにはいなかい。「念には念」というところだ。

  • 例祭の後は「浪速祭の開式宣言」を行い、生徒は明日への準備に入る。祭式の後は必ず「直会」というものがあるが、生徒には「ノート」がプレゼントされる。教職員には昼食用の仕出し弁当を取る。何時もの「寿司弁当」だ。大したものではないがまあ形だ。

  • 手水を使った後、来賓が着座。私は「祭主」として先頭に座る。この時「大太鼓」が鳴り響く。剣道部の部員が太鼓を打ち鳴らす。「報鼓」というらしい。その後「修祓」から正式な斎主の祝詞等本格的に式は進む。

  • 玉串」は私と高校の自治会長、中学の生徒会会長が続く。今年から時間短縮で来賓は大阪天満宮の宮司、本校名誉理事長を代表として奉奠して頂いた。神社のお供えは昨日から事務室が用意したものである。その他理事長職務代理、同窓会長、PTA会長などが列席される。

  • 五穀豊穣」を祈るため海の幸は「大鯛」、40センチはあるような大きなもので後は野菜果物などが並ぶ。今日はじっくり見たが本当に多くの種類が並んでいた。まさに山海の珍味と言いたいところだ。変わったところでは「ゴーヤ」があったな。勿論お神酒は欠かせない。

  • 司会は神道科主任教諭だが今日は上手く進行できたとは言えない。大体神社前がまったく見えない壇上から掛け声をかけても揃う訳がないではないか。何故そのときには壇上から降りないのか、そこが分からない。もっと「頭を柔らかく」しなければならない。

  • それにしても「雅楽部の演奏」は益々良くなる。部員も増えている。今日は初めて中学生の女子が「鉦鼓」と言うのを演奏していた。借り物だという。いずれ求めることになろうか。澄み渡った空に雅楽の雅な音がこだましていく様子はまさに冷厳な神域を作っていくものだ。

  • 例祭が終わった後は「第42回浪速祭開会式」というのがある。まず私の挨拶に続いてPTA会長がご挨拶される。そして自治会長が高らかに開会を宣言し浪速祭が始まるという具合だ、しかし実際は各教室などの飾り付けや「模擬店」の設えなど明日に向けて準備に入る。

  • 模擬店だけでも凄い数だから今日から電気工事会社が入り「特設の電気工事配線」がなされる。生徒は喜んで準備に入っている。家庭科教室を使いたいと言ってきたそうだがこれは「教務部長」が断固拒絶したそうだ。「見識だ。」

  • 新春拝賀始業式に特別に誂えた舞台が組み立てられていく。ここが「野外のステージ」で明日は軽音学部が終日使うのだろう。崩れてはならないので私が直接組み立て具合を見にいったのである。

  • 名誉理事長、理事長職務代理から玉串料、初穂料を頂いた。それにこれは記録に残しておかねばならないのだが、なんと前理事長で堀川戎で有名な堀川神社のH先生が「ひょこり」とお顔を見せてくれたのである。「驚き、そして感激」の一瞬であった。

  • 予告もなく突然のご訪問で「宮司になって30年となった。節目の時」であり、今日は吉祥の日として「奨学金に使って貰いたいと寄付金」を持参されたのである。嬉しい話だ。2年振りである。お体の不調も快癒されてきたということで、とてもお元気そうであった。私は全教職員にお気持ちをお伝えしますと申し述べたのである。

  • 全て終わって来賓もお帰りになった。静かに余韻を楽しんでいたら浪曲の三原師匠から「大層なギャラ」にびっくりしてお礼の電話があった。PTA会長も涙が出たと言っていましたというと又電話口で喜んでおられた。今後先生のPRに学校の名前を出して良いかと言われるのでまったく問題ないとお答えした。

  • 春野恵子氏と菊池まどか師の「ギャラ」について「それとなくお教えした」がこれまた驚いておられた。このお二人のギャラ交渉は三原先生から学校でして欲しいといわれたので担当のM教諭が当たったのだが、実態は「言値、即ち先方要望」を100%受け入れたものであった。

  • 三原先生は「びっくり」されていた。本当なら座元の私に対して「これこれ頂いたのですか、受け取って宜しいんでしょうか」と聞きにくるくらいあっても良いのではないかと先生は言われる。まだ3年や4年での浪曲師のギャラではない。私など「芸道60年」という気概が電話口から伝わってくるようだ。

  • 怖いなー。「芸の世界の厳しさ」だ。昨夜も先生に気を使って若い浪曲師はおちおち食事も喉を通らなかったのではないだろうか。先輩後輩のこのような厳しさは学校社会には全くない。それでも一昔前までは合った様子だが今は逆に若い方が「偉そうにしている時代」となった。昨日のブログにも書いたが「タクシー券」を頂いて車で宴会場にくるなど「10年早い」ってところだろう。僕はこういう場面が大好きだ。「趣味が悪い」と時々言われるが。

20.9.21(日)芸術芸能鑑賞会

  • 今日は「芸術芸能鑑賞会」の日である。場所は堺市民会館2階の大ホール、収容人員は1350名、本校生徒は1730名、従って「午前午後の完全入れ替え」だ。朝は中学校と高校1年生、午後は高校2年生と3年生となる。

  • 午前の部の生徒は終わった後で学校に戻って明日以降の「文化祭」の準備に入るクラスもある。昨日浪速中学校の生徒会の役員が今日から3日間のプログラムを持参してくれたが高校の自治会よりは良く出来ているのではないか。

  • 今日はとにかく「浪曲」というものが果たして「今日的生徒に受け入れられるかどうかの大きな実験」だった。出演者は3人。すべて女性にした。当初はベテランの三原師匠お一人としていたが途中で急遽2名の若手を投入したのである。

  • 男性の浪曲師は勿論問題はないのだが何か浪曲という「年代ものの古臭い感じと男臭さ」を避ける意味で今回は女性3人としたのである。出し物は事前にお願いして「教育的見地」から出演の先生方に考えて頂いた。

  • それが今日の演目であった。トップバッターは春野恵子師で「神田松五郎」、次席が菊池まどか師の「嫁ぐ日」だ。そしてとりが三原佐知子師匠の映像入り浪曲「母恋アイヤ節」だ。師匠にはその後「私の人生」としてご講演を願った。

  • 結果は「大成功」としか今言葉が浮かばない。あれほど静かに生徒が聞いてくれるとは思っても見なかった。ある生徒は「引き込まれた」と言い、「涙が出た」と言う。すべての出し物が「親子愛」「親子の情愛」で通していただけに訴えるものがあったのだと思う。言うことなし。「企画の大成功」であった。

  • 司会は上がって「頭が真っ白」で、とりの三原佐知子先生を三浦佐和子先生と何回も間違えて遂には三原先生から「三原です。先生は三浦に特別な思いがあるのでしょうかね」とまで言われる始末だ。恥ずかしかったが仕方がない。

  • 普通間違えるのは1回か多くとも2回までだろう。それも芸人さんだから「名前は命」である。先生には申し訳ないことをした。最後に最後、先生が「それではさようなら」といった時にも「三浦先生に拍手」だからここまでくると業としか考えられない。

  • ところがだ。午後の部は「パーフェクト」ときた。やれば出来るのだ。カレーライスの昼飯を食って頭も腹も固まったのだろう。もう一つ面白いと言うか興味ある話がある。午前終了時、K教頭が春野恵子師が演目を午後は「神田松五郎」から「番町皿屋敷」に変えたいと言う。理事長の了解を取って欲しいというのだ。

  • 理由は「親子愛」のテーマでは三原先生の「母恋いアイヤ節」であるから「かぶさるので替えたい」というものだ。私は別にかまわないと思ったが「反対する理由もない」ので「良いですよ」とした。

  • 大先輩が演じる演目とは違うものにするのがこの世界の常識かと瞬間思ったのである。ちなみに春野さんの師匠は三原先生と同世代の春野百合子先生で師匠が違うと言うことは芸能の世界では月と太陽くらいの違いがある。こういうのって「面白いと思いません」。

  • もう一つはお車券だ。普通は「お車代」としてお渡しするのが形であるがタクシーチケット券をお渡しした。春野先生は堺市、菊池先生は駒川中野、三原先生は昭和町でご自宅までのお車、ご自宅からレストランまでのお車のチケットをお渡ししたのだが、三原先生から「そこまで甘えてはなりません」と言われたらしく返しに来られたと教頭が当惑して言ってきた。これも「意味深」で私は面白いと感じた。

  • さて夜は出演していただいた先生方のご接待だ。場所はこういうときは「一流」でなければならない。心斎橋の「ソーニ・ディ・ソーニ」のイタリアンにした。最初は大阪天満宮の宮司に連れて行ってもらった場所で気に入っている。オーナーは郷ひろみだ。まだ一度もお会いしたことは無い。

  • 当初は3人の師だと思っていたが曲師や補助のお方も対象とするのがこの世界の常識だと後日連絡が担当教諭のところにあったというのでそのようにした。「まあ、どうでもよいや」と言う感じである。当方は担当のM教諭と総合司会のK教諭を連れていった。

  • お土産は近くの「大丸」で揃えていった。こういうときは私のスタイルは「高級果物」か「高級洋菓子」と決めている。大体喜ばれる。高級と言うのがミソだ。日ごろ簡単に手に入らないものでなければならない。今日はフランス菓子にした。

  • 手に入らないと言うのは高価というのではなくてその辺のお店にあるようなものではないということだ。わざわざ忙しい中を買いには行かないと思うから、代わりに買って来てあげるという感覚だ。「接待」ということはこういうことだと企業時代に上司から徹底的に教えられた。そのようにしているだけのことである。

  • 勿論「お車」の用意も大切で差し向けるわけにはいかないから「チケット」をお出しするのだ。要は徹底的に「誠意を示し」、感謝の気持ちを伝えることが重要だ。「一期一会」である。もうこれで本校では今後無いかも知れない。

  • 本校での実践で若い浪曲師の先生には他の学校でも成功して欲しいと思っている。そうであるならば本校での経験を豊かなものにして差し上げなければならない。「若くして浪曲界に出てきた人を応援するのも私の世代の仕事」だ。

  • それにしても総合司会をしたK教諭の人気はすごい。「失敗しても人気は絶対」である。今日の宴席はK教諭のお蔭で大変盛り上がった。長い間では課題が残るが短い間ではこの先生、人から少なくとも「嫌われない」。ここが素晴らしいところだ。完全に主役であった。浪曲師はお酒は飲まない。喉を大切にするためにそのようにされているのであろうか。

  • 6時に始まって20時15分に終了。3人の先生方に本校の気持ちをお示しする夕食懇談会は無事予想以上の効果で終了した。三原先生が「今日ほど笑ったことはありません」と言われていた。理事長やM教諭など吹っ飛ばすようなK教諭の存在感を示した会合であった。忙しい一日であったが、このようにして終わる。家に帰った時は篤姫と和宮が火花を散らしているところであった。些か疲労感を感じすぐに寝る。

 

 

20.9.20(土)その2:体罰考「懲戒規定」

  • 私の観察によれば「体罰は愛の鞭」ですというのは「嘘」である。100%と嘘とは言わないが「冷静にここで一発張らないと、こいつには分からない、こいつの為だ」と愛情を持って体罰に出る教師は居ないと思うが果たしてどうだろうか。

  • 昔「体罰全盛時代」には逆にそのようなケースもあったかもしれないが、今や「体罰は駄目」とほとんどの教師が知っており、「鼓膜が破れるかも知れないがここで一発・・・」とか「唇が切れるかも知れないがここで一発・・・」とか覚悟してする先生は居ないのではないか。

  • 平成7年福岡地裁の判例では以下のようにある。「法はもとより当時の校長も体罰を禁止していたが、被告は「建前に過ぎない」と考えて安易に力に頼る指導をしていた。動機は被害者の態度に誘発された私的で短絡的な怒りの感情で、我を忘れ・・・」とある。大体この判例のような状態が一般の体罰の状況ではないか。私はそう思う。

  • しかし上記判例には続いて以下のような文言がある。「しかし、熱心な教師として被告を慕う卒業生もおり、酌むべき事情もある。・・・。」とこの死亡体罰事件には卒業生まで繰り出して「情状酌量の作戦」で臨んだのであろうが、体罰で生徒が死んだことには変わらない。

  • 大体体罰を起こすのは「真摯で熱心な教師」であるか、あるいは「教室を自分の王国と考え、完全に君臨し生徒はとにかく言うことを聞かせるために押さえつけるか、熱心さとは幾分異なる偏狭な偏屈な幅の極めて狭い人間性で引き起こす教師」と二つのタイプがあるのではないか。今日では大体後者が多いと私は考えている。

  • 体罰を考えるときに「素晴らしい論文」があり、弘前大学教育学部の安藤氏と埼玉大学大学院の小菅氏の考察であるがこれから我々は多くの知見を得ることが出来る。学生の体罰体験の時期は「中学生時代」が34.7%、ついで小学校高学年が32.7%、「小学校低学年」「高校」の順になっている。

  • 体罰を受けた場所は「教室」が最も多く、43.8%、ついで体育館、「廊下」「職員室」「運動場」とあるし、その他には「修学旅行先」「遠足先」「生徒指導室」とある。体罰をした教師では全体の80%が「男の先生」となる。

  • ついで年令では男女を問わず「40代が40.7%」と最も多く、ついで「30代が34.8%」、「20代」「50代」となる。又「担任の先生」が最も多く、その他「部活やクラブの先生」「体育以外の教科の先生」「体育の先生」「生指の先生」と続く。頭で想像するものとこれらのデータは大体一致する。

  • 体罰を受けた時に「どのように思ったか」については全体では「頭にきた、悔しかった」が最も多く、ついで「悪かったと反省した」が14.4%、「恥ずかしかった」が12%、「先生が嫌いになった」が10.4%と続いている。中には「自殺をしようと考えた」とか「殺してやろうと思った」というのもある。最も多いのは「痛かった」というものである。しかし問題は「精神的苦痛」を引きずるか、後になって出てくることである。体罰で「先生の愛情を感じた」とかいうのは全くない

  • 本校は長い間「男子校」で諸先輩から伺う話は「体罰などの言葉などなかった。「目に余ればバーンと口より先に手が出た」とか「部活の道具でお尻をどつく」とか今では「伝説みたいな話」はよく聞いた。

  • しかし今の浪速にはそのようなことはない。ただ共学になって4年、「女生徒の指導はどうも難しい」と感じている教員は多いみたいだ。「女生徒指導のノウハウ」も積み上がっていないし、微妙な時に対応してくれる女性教諭も数が少ない。それで昨年は女性の常勤講師を増やしたし10月1日で教諭に採用する先生3人のうち2人は女性だ。

  • 私の方針として「生指ができないような先生は不要」と広言しており、教科指導の前提として「日常生活習慣」が極めて重要であるとの認識に揺らぎはない。大体今まで教科指導だけで生きてきている先生など見たことがない。「出来る先生は両方出来る」のだ。

  • 教え方の上手い先生の授業では生徒は静かに聞いているもので、大体運動部、文化部部活動を熱心にしている生徒は「めちゃくちゃな行動」をとる生徒はいない。確かに体罰必要論者の意見には聞いてみる価値もあるのだが、それでも「体罰を許すまでには行かない」というのが私の考えであり、今の社会の通念だと思う。

  • 本校の例ではないが電車や街で私でも時に「頭にくるような生徒のけしからん態度」に出くわすことがあり、「何ーッ」と思うことがあり、日夜生徒に接している教員の気持ちは分からぬではないがやはり「手を出してはいけない」。

  • しからば「どうせよと言うのか」であるが、「心と言葉と懲戒規定」しかない。義務教育の先生方と話をすると「高校は良いですよ。伝家の宝刀があるではないですか」「義務教育は退学には出来ません」そこが根本的に違いますと言われる。

  • 要は「懲戒規定」を「抑止力」として使えるというのだ。ある面において的を得ている。高校にでもなれば「自己責任」くらいは概念として持っており、「単位が取れねば落第」「規則を破れば懲戒」になることは高校生は知っている。

  • 体罰ではなくてまず口で言って聞かせ、限界を超えたときに「懲戒」がある。懲戒にも様々な段階があり、この運用で大きく変わってくるものである。本校では今その実践をしている。「服装、茶髪、化粧等」他の」校則違反だ。

  • 授業中ピアスをしていようが、イヤホンをつけて授業に出ようがまず口で指導し、駄目なら生指補導会議にかければ良い。一挙にびんたを張るなどは「考えられない行為」である。問い詰めたときに「はい、申し訳ありません」とすぐ謝る生徒と「頑強にしていないと言い張る生徒」と「嘘を言って抵抗する生徒」と3種類に分かれる。まず事実を確認してから「どう処分するか」はその後の話だ。

  • 仮にその場で「バーン」と張り、怒り納まらず職員室に連れてきて、そこでも「バーン」と一発するのは「私的な怒りに満ちた行為で教育活動とは一切認めない」と私は断言する。そういう教員は「首」にするしかない。大体やる人間は何回もやるものだ。

  • 学校教育法第11条を知らないという教員が半数いるそうだが「まさか」と思う。本校の教員は本日のブログ2編を徹底的に頭に入れなければならない。

 

20.9.20(土)その1:体罰考「体罰は教育の敗北」

  • 学校における体罰の禁止」の歴史は結構古い。明治12年の教育令にも記載されており現在は有名な「学校教育法第11条」には「校長および教員は教育上必要があると認めた時は監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に対して懲戒を加えることができる。ただし体罰を加えることは出来ない。」と明確に規定されている。

  • 体罰とは一般的に児童生徒の身体を殴打することや長時間にわたり肉体的な苦痛を与えるような行為とされており、昨今では「子どもの人権」という概念も前面に出てきて「理由の如何を問わず体罰は厳禁」とされ逆に「教師側の処分」につながっている。

  • 教育問題で新聞紙上を飾るのは今でも「教員の破廉恥行為と体罰」である。どこそこの学校の野球部で監督がびんたを張り、監督を首になったとか、保護者が損害賠償請求に走ったとか、学校管理職が教員の体罰を隠蔽しようとしたとか」枚挙に暇がない。

  • 私は日本の学校において『体罰が増えているか、増えつつある』という懸念が頭の中から消えない。それは間違いなく「今日的生徒の実像」が教師をそのようにさせているという見方も出来ないかという問題提起でもある。

  • 文献によれば70年代の後半から我が国では体罰が増え、「厳しい校則で生徒を統制しようとする学校の姿勢が教師の体罰を容認」したのが始まりとしている。80年代には教師の半数が「体罰を容認」し、数多くの教師が「言っても分からない生徒たち」を殴り、一方では「暴力教師」「やくざ教師」という言葉さえ出た時代であった。

  • この文化は「管理教育」と呼ばれ、その反動から「個性尊重とか生徒の個人の自由の尊厳」とかが出始め、80年代後半から90年代の中頃までが体罰のピークで一挙に「体罰はいけないこと、処分の対象」となってきて、学校においての体罰は減少してきたと思う。

  • ところがここに来て「問題行動を取る、ふてくされる、反抗的態度を取る、何回も繰り返す、他の生徒にいじめや暴力を振るう、為口を聞く、」ような生徒が目に付き始め、我慢が出来なくなった教員が「つい手を出す」場面が多くなったと感じるのは私だけであろうか。

  • 従って今でも「口で言っても分からない生徒に手を出すのは構わない」という「教員の深層心理」は奥深いところで生き続けて、維持されてきており、それが抑えきれなくなって「体罰が思わず出る」ということかと言えば、必ずしもそうではない面もある。結局人間によるのだろうか。

  • 先ほど宮崎県の「東国原知事は体罰条例があっても良い」という発言が物議をかもしたが教育に一家言を持つ人でも「体罰は必要」と言う人は結構いるのである。年配者に多いと感じる。

  • 保護者の中にも「先生、言うことを聞かない時にはガーンと一発ぶん殴ってください」という人は多くはいないが、居ないわけではない。しかしこれには注意が必要で「総論賛成、各論反対」である。

  • よその子は殴っても良いがうちの子は困る」という代物で自分のこととなると話は別で真に受けてやろうものなら「訴訟」に発展するケースもある。そうでなくとも今の時代「直ぐ訴えてやる!」というテレビではないが訴訟行為が簡単に行える時代なのである。スーパーに買い物に行くくらい簡単に訴訟にうって出る。

  • 体罰事件で必ず引き合いに出される事件が「砂浜生き埋め事件」である。1990年7月12日、恐喝事件を起こしたと警察から通報された中学生2名を生徒指導の教師7名で海岸に連れ出し、砂浜にクビだけ出して生徒を生き埋めにした事件だ。「恐喝しただろう」「やってません」「しただろう、やっている。」と20分間にわたって詰問し、10メートル離れたところで見守っていたが押し寄せる波に恐怖を感じ「やりましたと白状させた事件」だ。

  • 平成8年福岡地裁は「砂埋めの生徒の屈辱感など精神的苦痛は相当なものであった。・・・・教諭らは生徒指導で体罰が必要だと考えているふしもあり、深刻な反省を求める。」と手厳しい判決であった。

  • 上記の事件に遡ること1週間前の1990年7月6日、女子高生が走って校門に入ろうとしてレール式鉄製扉に頭を挟まれて死亡した事件である。これも社会を震撼させた悲惨な事件であった。最近でも駒大苫小牧高校での野球部長による鉄拳制裁事件、岡山山陽高校での野球部員全裸ランニング事件など数えられないくらい発生している。

  • いずれも「訴訟事件」に発展しており「教師側が勝訴」となるケースはない。体罰は犯罪である。前述したように学校教育法第11条において明確に禁止されており、「行政上、刑事上、民事上の個人責任」を負う可能性がある。

  • 公立の教員は地方公務員法で「職務義務違反での懲戒処分」刑事上は「傷害罪」「暴行罪」「逮捕及び監禁罪」が適用され、民事は「治療費や慰謝料などの損害賠償責任」を負うことになる。公務員の場合国家賠償法で国の責任を問われることもあるのである。

  • 分かりやすく言えば「体罰をして良いことは一つもない」と心得るべきである。体罰をした教師も受けた生徒も大きな傷を受ける。特に児童生徒への精神的苦痛や残る心の傷はその後の学校生活に大きな影響を与える。

  • 又地域や保護者、中学校などに「あの学校は体罰学校やで」などとのうわさが出たら「お終い」であるし、社会は「学校は隠蔽体質」として見ており、体罰を積極的に「隠蔽」するような行為は「自殺的行為」と考えなければならない。隠蔽だけは絶対にしてはならない。今や我々隠蔽で一挙に組織が消滅した例を幾度となく見てきた。

  • 未だに古い感覚の教師の中には「体罰で教師が処分でもされたら、生徒はかさにかかって言うことを聞かなくなる」とか言う主張をする向きもあるが、私はこれらの意見に全く同感の余地はない。体罰はしてはならないし、起きたことを隠すことではないのである。

  • 学校管理者がやるべきことは「事実を可及的速やかに調査し、当該教員の処分を行い、体罰を受けた生徒への謝罪である。」これが最も大切なことである。今日では「公益通報者保護法」に基づき告発告訴し易い環境が整備されたり、最近では「弁護士会」が子ども専門の相談窓口を設置していたりするので、「怪我でもさせれば勝ち目は無い」と心得なければならない。

  • 本校においては体罰は就業規則と内容により厳正に処分し、隠蔽をする気は全くない。勿論積極的に処分を受けた教員の名前を公表などはしない。しかし事実は事実として教職員には公開し指導するのは学校長の責務である。「このことが教職員を守ることだと認識」しなければならない。体罰の隠蔽はその学校の風土となり結局は教員が「辛く悲しい思い」をすることになるのである。体罰教師を守るような方向には動かない。

 

20.9.19(金)近づく浪速祭

  • 台風」が近づいて来たが「浪速祭」も近づいてきた。徐々に雰囲気が盛り上がってきている。自治会会長以下役員が頑張ってくれている。朝、自治会長がポスターとプログラムを持参してくれた。生徒というのは「大人を超える才を見せる」ものでポスターなどプロはだしの素晴らしいものだ。

  • 今年のテーマは「NANIWA FESTIVAL 神道 REVOLUTION 2008」である。ここで神社神道の精神を再確認しようと自治会も「神道革命2008」の表現に行き着いたのだろうが、立派な話だ。学校が強制しているわけではない。生徒が考えたものだ。

  • 又わざわざ自治会役員が着る「お揃いのTシャツ」を持ってきてくれた。当日これを着てくれという。真っ黒のシャツに白字で神道革命2008と染め抜かれたもので、いささか恥ずかしい感じもあるが、この上に「祭り法被」を着て「神輿の先頭」に立とうと思う。

  • 本校の浪速祭というのは完全に「お祭」である。神社神道の第一義は「やしろとまつり」であり、「本校にはやしろが二つ」あり、「学院神社と祖霊社」である。この2社の祭典即ちまつりは「春季例祭」「秋季例祭」「月次祭」「奉告祭」「合祀祭」というもので構成されている。このうち月次祭は毎月の一日の日に感謝と決意を込めてお社にお参りするものである。「一斉参拝」と称している。

  • 奉告祭は入学式、卒業式、始業式、終業式の「開始前に神に奉告」し、「祈願と感謝と決意を表明」するもので、今年から1月の始業式は「新春拝賀始業式」として単なる奉告祭から格上げした。

  • 合祀祭は4月新年度に入ってすぐ行われるもので前年度の本校関係者の物故者の御霊を祖霊社に納め祀るもので「霊璽簿」というものにお名前を記帳する「御霊鎮めの儀」である。

  • 私はこのような「祭り、祀りをとても大切」にしている。「遥かなる尊厳」「偉大なる絶対的なもの」「神」「畏敬の対象」「心の安らぎ」、ふっと生徒が立ち止まり神社の前で頭を垂れて「2拝2拍1拝の拍手を打つ形」は絶対に生徒に何かを与えていると信じて疑わない。

  • そして最後の祭りが「浪速祭」である。これは「完全なお祭り」である。今年は9月21日の芸術鑑賞会、22日の秋季例祭、23日の文化祭と3日間続く。その後は24,25日と振り替え休業となる。徐々に気分が盛り上がっているのである。自治会にとっては1年に一度の大仕事ということになる。

  • まず21日の芸術鑑賞会「浪曲」の準備は怠り無く進んでいる。NHK紅白歌合戦ではないが「総合司会は体育科のK教諭」だ。彼しかいない。さぞ盛り上げてくれるだろう。司会進行の要領を聞いたが良い原稿が出来つつある。

  • 地域のお方が午前、午後それぞれ50人以上来てくれるそうだ。「大変良かった。」地域のご年配の方には喜んで貰えるだろう。府会議員の先生方や理事、評議員の方たちも見えられる。どうも保護者はバザーの準備があり今ひとつだが、こればかりは仕方がない。

  • 自治会から最後に演者に対する花束やお帰りの車の手配、入れ替え制の2部構成だから昼食の手配もある。学校総出で対応し、生徒の無事な往復と会の成功を期さねばならない。

  • 22日の例祭は「今から、びくびく」だ。昨年は酷い目にあった。油断したのである。今年も「熱中症事故」を起こすわけには行かない。相当対策を取ったので今年はあるまいと期待しているのだが油断は出来ない。とにかく温度の低い朝一番にやることに決めた。

  • 1限目から行い、その後は翌日の第42回浪速祭の準備に備えることにした。式次第も短縮版を用意した。弱い子はあらかじめ教室で例祭に参加することも決めた。幔幕を外し風の通り道を確保することも考えた。それでも心配である。

  • そして23日は『本番の浪速祭』となる。生徒はもう顔色を変えて準備に入っている。クラス数が45クラスと多いから、もう場所の取り合いで出し物の順番と時間割に自治会が大変だったそうだ。

  • 全教室が埋まり、中庭も体育館も野外ステージもすべて占有される。本校の特徴は「模擬店が多い」ことだ。定番の「たこ焼き」、「うどん」「フランクフルト」「ねぎ焼き」『キャベツ焼き』「串焼き」「ポップコーン」まだまだある。「カルメ焼き」とか「チキン」とか、良く分からない「たけまさ焼き」とか「テニそば」と言うのもあるらしい。

  • 今年1月新春拝賀始業式で「雅楽と舞の舞台として作成したステージ」は「軽音学部」が占有で十チーム以上が出るらしい。どうして若者はあの軽音が好きなのか私には分からない。正直「うるさい」だけだ。「音楽は演歌」に限るが仕方がない。

  • 今年は長い歴史で初めて同窓会が「ブース」も持ち、活動をすることになっている。同窓会活動の認知度アップを図る目的だそうで「グッズ」の無料配布などもあるらしい。又写真の展示や、OBによるライブコンサートとしてデュオによるボーカルギター演奏なども入っている。

  • そしてPTAのバザーだ。これは副会長が大きなケーキ製造会社を経営されているので「浪速特製クッキー」を焼いて販売したり、「PTA絵馬」の販売とかアイデア満載らしい。「どういうことになるのか楽しみだ。」売り上げはすべて学校に頂けるのでこちらは「宜しくお願いします」という訳である。

  • 今日は11時から「大阪府神社庁の秋季例祭」があり、来賓として出席した。名誉理事長が本校の例祭に出席して頂けるそうだ。学校が良くなったから、頻度多く学校にお顔を出して頂いている。嬉しい限りだ。

  • 台風13号」が気になるのでトンボ帰りで学校に戻った。用心をして6限終了後速やかに全校生徒を退校させることを決定。こういう場合本校は3つの駅、「我孫子前」「我孫子」「杉本町」に教員を配置して指導することにしている。1700人が殺到するので「時間差退校」をさせてホームの混雑を避けるのが目的である。「浪速の面倒見の良い面」ではないか。

 

20.9.18(木)テレビコマーシャル

  • 「得スマ」という番組があり、入試広報室が探してきた番組だ。要は「宣伝番組」である。私は見た事も聞いたこともない。何か作成値段は安くて結構長い時間の録画だという。長いと言っても6分弱らしいが、とにかく「テレビコマーシャルを本校が初めて流す」と言うから「画期的」だ。入試広報室を褒めてやりたい。

  • メディアXという広告代理店が表で株映像社が撮影にきた。過日下見に来たらしい。慣れたもので昨日脚本と言うかシナリオが送られてきて、場面と言うのか「カット」というのか、本校の沿革に始まって様々なシーンなどを挿入して「1篇のコマーシャルフィルムを作成」するのだ。

  • 撮影は今日から始まり、本日は学校全体、クラブ活動、生徒へのインタビュー、9月22日は秋の例祭、その後授業風景など撮って9月28日(日)サンテレビ「得ナビ」で朝の9時45分から放送される予定だそうだ。絶対私のブログの読者は見て欲しい。そうすれば「視聴率が上がる。」

  • 私は「衝動買い」の常習者で、上手い宣伝にはとても弱い。テレビショッピングでは私はカモだ。鍋、食材など直ぐ買ってしまう。この前は「電子レンジ」で煮炊きが出来る鍋を買ったが一度それを使って「餃子」を焼いただけで、もう鍋はどこにあるか分からない。フライパンの方が早いし、上手く焼ける。なぜこのようなものを買ってしまったのか、今でも理由が分からないのだ。

  • サントリーから「健康サプリメント」の宣伝があり、早速買ったが3日続けて呑んでみて今は飲んでいない。面倒だし、忘れてしまう。薬などを毎日欠かさず、決められた時間に取っている人を見ると「尊敬」してしまう。

  • 「鯨の缶詰」も買った。大和煮という代物だが、においが鼻についてきたのでしばらく休止している。しかしあのテレビショッピングは本当に上手い誘い方で、最近は有名人や俳優などが出て「宣伝」しているから、ついつい誘われるのだろう。この前はあわや大型の健康器具を買いそうだった。冷静になり止めた。部屋が狭くなるからだ。

  • この「得ナビ」をみて中学生が浪速に来てくれれば目的は達成するのであるが、そう簡単な話ではないだろう。テレビのコマーシャルで学校は決めまい。しかし興味を持って一度学校を見ようかと言う気になるかもしれない。そこを入試広報室は期待しているのだろう。

  • それに「映像権利」は本校にあるとかで「他に流用」しても構わないそうだ。これは有利であり、今後色々な場面で使えるかも知れないし、私が今考えているのは先の「学ナビ」と併せてDVDにして関係者に配ることも可能だ。

  • 問題は「校長インタビュー」の場面があるから「出て欲しい」と入試広報室が言う。私は「ノー、副校長に出演(?)してもらうように」と言うのだが、ダメだという。60才から、私は生き方としてもう「全面に出ないよう」にしてきた。

  • 浪速に来て「新聞の取材申し込みや講演依頼」などもすべて断ってきた。理由は「露出を避ける」ことと「黒幕」として背後にいる方が「心地よく」なってきたからだ。関連する団体の会議にも一切出ていない。すべて二人の副校長と事務長にお願いしている。

  • とにかく本人は意識していないのだが小さい頃から「目立つ子ども」だった。大人になっても目立つらしい。これで得をした思いはない。損ばかりだ。とにかく「学校と言うのは目立つことを嫌う社会」だ。本校でも正直僕より目立つのは誰一人いない。今一人ひとり顔を思い出しているのだが誰もいない。K教頭がその気配があるが私の相手ではない。だから私もそのように振舞っているのである。

  • 朝は7時に学校に来て電子決済をし、新聞数紙に目を通し、その日の仕事を考え、ストーリーを組み立てる。そして次から次と教員を呼び込み報告を受けたり、相談にのったりしている。

  • これらの時間はもう完全に「至福の時」で「体全体に快感」が走る。必要以外は学校の外に出ない。昼食も弁当持参か事務の女性秘書が段取りしてくれる。学校長は学校にいなければならない。公立の時は何時も学校を留守にする校長がいたがこれは良くない。「何時も校長室に校長がドーンと据わっている」という感覚が大切だ。

  • しかし自らの言葉で『内外に説明する』ことは重要だから、ホームページのブログでは発信している。言ってみれば「ネット露出」だけで説明責任は果たしていると考えている積りだ。勿論外部の方からの訪問は退きも切らないし、逆にお誘いしている。「先生、一度校長室にコーヒーでも飲みに来てくださいよ」と。「エー、ええんですか」「イヤー待ってますよ」という具合だ。

  • PTA,同窓会、大学関係者、中学校関係者、塾、神社界等々電話や応接は結構忙しいのである。表に出てあれこれ喋るのはもう疲れを感じる。「楽しいのは教職員と飲み食べながら人のうわさ話」をすることだけだ。

  • しかし「校長が出ない学校案内はない」と入試広報室がしつこくいうので仕方なく「受けた」。やる以上は変わったところを見せると言うのも木村のスタイルだ。「着物を着る」ことも考えたが結局「学校の制服を着ることにした」。

  • 私は1年前に自分用に生徒と同じ制服を一着作った。式などのときはこれを着ている。今日の撮影にはこれを着て出た。担当のO副室長には「とにかく面白い編集にするように」言った。堅苦しいものなど面白くも無い。出来れば「吉本の売れてない芸人さん」に依頼してナビゲーターとして雇ったらとまで言ったのである。

  • ところが今日来たナビゲーターは女性3人組でわざわざ吉本さんに頼まなくとも良かったという感じだ。テレビを見てもらえば分かる。録画はたった2分、やり直しは1回のみ。「見事修了」。ディレクターには「慣れていますね」と言われてしまった。果たしてどのようなものになっているのか。大体僕は写真映りは良くない。従って映りの方はあまり期待していない。本物を見てほしい。

  • ところで今日は夕方16時から「指定校内定式」というのがあった。第一次の指定大學推薦の内定が決まった生徒とその保護者に対して「内定を通知し卒業までの注意」などを伝達する日であるが、予定にはなかったが急遽、撮影クルーに頼んでワンシーン入れてもらうようお願いした。真剣な生徒と保護者のお顔が伝えられるのと「本校は指定校としての大学数が極めて多い」という宣伝にはなると考えたからである。

20.9.17(水)教師の給料

  • 毎年この時期に楽しみにしている雑誌がある。「週間ダイヤモンド」である。ダイヤモンド社発行の些か硬派の「ビジネス週刊誌」である。本は好きでよく読むほうであるが、加齢と共に分厚い本は段々と億劫になってくる。週刊誌程度の厚さが「丁度良い感じ」となってきている。

  • この週刊誌の良いのは旬でタイムリーなニュースや話題を集中的にまとめて情報発信してくれているところである。又表やグラフがふんだんに使われておりとても読みやすいのが気に入っている。

  • ただし年間定期購読するほどではない。新聞を読みながら「気になる特集」が出たときには書店にて求めることで良い。最近では8月9日号の「老後地獄」や8月30日号の「格差世襲・・・下流の子は下流?」が良かった。

  • さて9月13日号は「給料全比較・・年齢別賃金、社内格差、残業時間」特大号だ。実は昨年の10月6日号も今手元にあるのだが、このようなものは例年同じように発行するのだろう。昨年は職業別、会社別、官民別、規模別と整理されていた。

  • 校長の責務の一つに「教職員の意識に迫り、時に意識や知識を変えてもらう」という業務と言うか責務がある。これをやっている校長は立派であるが、言うほど簡単な話ではない。特に公立の校長など、見ているとどうも限界があるように感じてならない。

  • その理由は「やりにくい、言い出しにくい気分」があるのだと私は想像している。同じ学校と言う狭い閉じられた社会でキャリアパスしてきた校長や教頭は「ついこの間まで平の教員」であった。それがある日、「突然に管理職」になる。管理職としての訓練は何も受けていない。

  • 中には管理職になる前に、組合活動を精力的にやって、職員会議などで「校長を追い詰める、糾弾する、イデオロギー的なことを叫ぶ、卒業式の国旗掲揚に反対する、国歌は歌わせない」と言ったことをしてきた教員が校長になることは公立では普通のことなのである。

  • 特に大阪府にはその手の校長が多いと見ている。前の学校でも教員から良く聞いた話があるが、それは「あの校長、よく言うよ!教員の時には今と180度違うことを言っていたくせに」というものだ。そういう校長は必然,教員に対しては「引け目」もあろうし「まだ心底では管理職になり切っていない」面もあろう。

  • 話が脱線した。言いたいことは私は落下傘で降りてきた異星人、エイリアンであり、「しがらみ」も全く無い。従って上記のような遠慮みたいなものは全く保持していないし、根っからの「プロの仕事師を自負」しているから何でも遠慮なしにやれる。遠慮と言うのではなくて「前向きに親切に教員に情報が発信できる」と言いたいのだ。

  • さて今回の特集「給料全比較」は又又大変興味深い。まずパート1では「多様な仕事の待遇」としてプロ野球選手から農家林業までの100職種の「推定年収をランキング」して出している。毎年の定番メニューだ。

  • トッププロ野球選手3553万円、2位Jリーガー2667万円、3位国会議員2193万円、4位競艇選手1827万円となる。ボトムからいけば農家123万円、ミシン縫製工192万円、ビル清掃員222万円、給仕従事者266万円というところだ。

  • さて「公立学校の高校教員はトップ17位で44.4歳768万円、私立の高校教員はトップ20位で43.9歳736万円とある」。100番中20位だから低くは無いぞ。上の下か中の上だろう。

  • データの元となっているのは厚生労働省「賃金構造基本統計調査」などを使っているから信頼性はある。又私なりに「検証して」、これらの数値が大きくはずれていないことを確認している。

  • 今回35ページに「教師の欄」がわざわざ設けられており、あの『大分県の事件』との関連だろうが「大分の汚職事件に潜む地方の官民格差の厳しい現実」として「大分の教師の給料は民間の1.4倍」と調査している。

  • それによれば大分県の民間企業の年収は478万円、これに対し大分県教育委員会の教師の給料は673万(推定平均年齢40歳未満)として、大分県では教師と言えば「誰もがうらやむ高給取り」なのである。だから腐食の温床となりやすいと記事にはある。

  • 更に興味あるのは燃料高と低賃金にあえぐ運転手の給料のレベルだ。タクシー運転手55.9歳で342万円、バス運転手46.5歳で420万円、大型トラック運転手44.9歳で444万円だと言う。

  • ところが西日本高速道路公団の従業員は41歳で809万円というから官の給料は跳ね上がるのだ。眠たい思いをして車を走らせてる運転手よりも高速道路でチケットをチェックしている職員の方が2倍近く高いのだ。府の施設に派遣されている職員とプロパーの職員との給料が4倍も違うと言って橋下知事は怒ったが、これは間違いない「官民格差」である。

  • ところがどっこい教師の世界では「官民格差」はない。これは積年の先輩の努力の成果と日本の政治の産物であろうか。大阪府の公立私立教員の給料比較を現在徹底的に行っている。完成したら職員会議で「皆に開示」してやりたいと思う。

  • 決して教職員にデータを隠す必要はない。隠すものさえないのが「私立学校 学校会計基準」の精神である。私は時々、預貯金はこれだけ、借金はこれだけと「開示」している。このことが重要だと思っている。

  • 教職員の給料が「低いレベル」であってはならない。「当たり前だ」。生活を安定して貰って「教育と言う営為」に全精力を注いで欲しいからだ。教師は「一般労働者ではない」。だからと言って「聖職者」だとも言う気もない。 私は個人的には「労働者と聖職者の中間の職位」と考えている。

  • 国家百年の体系」をこつこつと刻んでいく職業は「教職」であることに間違いは無い。「責任感」と「あくなき研究心」「生徒への愛情」、なにより「教員と言う職業に誇りと矜持」を持つことが大切だ。

  • 昨日3名の常勤講師を本校の正職員に採用内定した。「初心忘れるべからず」である。給料は後から付いてくる。社会から尊敬され学校管理者から「評価が上がれば給料は上がっていく」。ダメなら駄目な分だけ給料は上がらない。そういう時代になったのだ。教師であるからと言って誰もが同じ給料の時代はとうに過ぎ去った。「教育界が外からこじ開けられるよう」にされてきているのである。橋下知事などはハンマーで壊そうと思えるまで激しくやっている。私はもう少しスマートにやってきた。

20.9.16(火)秋の理事会

  • 今日は秋の理事会である。7名の理事と33名の評議員の先生方がお忙しい中を来校された。昔に比べて参加率が劇的に増えて、90%以上の出席となっている。これも寺井名誉理事長の言葉ではないが「出ても仕方がないような理事会・評議員会から質的に変わってきた」ことの証明だろう。

  • 意見を頂くためには「学校としてしっかりとした説明責任を果たす」ことが必要だ。大阪府の教育委員は橋下知事から「お飾りとかクソ教育委員会」と言われて、今回も2名の委員が継続を拒否された。朝日にはこれら2名の委員が知事に「反撃」を加えていたが、これは「任命権者の専権事項」で仕方がなかろう。

  • 私学においては「理事会が教育委員会に相当」する。理事会は最高の議決機関で厳密に言えば人事権、予算権、設備管理権、学則、教科書選択権、その他殆ど全ての権限を有している。それらを「総理するのが理事長」で、理事長は重要事項については評議員会に意見を聞くことが決められている。

  • 昨年11月12日に当時の太田房江知事に「寄附行為の改正」を申請し、認可され、有効とされた日からの現在の理事会体制であり、又評議員にとっては今年4月から評議員の人と数の入れ替えを行って今日に至っている。時期のねじれについては時機を見て「修正」し、元来の理事と評議員の任期を揃えなければならないと思っている。

  • 今日の理事会での欠席理事はこの15日の開票で見事に摂津市長に2期目当選された森山市長を除いて全員の出席であり、評議員も多くの先生方のご出席を頂いた。評議員は新メンバーで2回目の会合となるが皆さん大変熱心で助かっている。

  • この理事会・評議員会は企業でいうところの「取締役会」に相当し、最も重要な会議であり、私立学校の経営の根幹を成す組織とされており、議長は理事長が執行する。議事録については詳細をまとめ、理事の印鑑を捺印して必要なものは「大阪府に届ける」ことが定められている。

  • 今日は「盛りだくさんのテーマ」となった。この方が良い。上っ面だけの良いことだけを報告しても意味はない。良いことも悪いことも表に出さなければならない。この方針で私はやっている。だから「会議が面白くなる」。その代わり理事も評議員も「真摯に向き合う」必要がある。

  • 思いつきのちゃらんぽらんの意見など本校の評議員の先生からは一切ない。何の会議でもそうであるが、会議においては「見識が疑われる」ような意見は不味い。したがって重要事項のテーマについては事前に資料を送付している。そしてしっかりと考え、考察された意見には「傾聴し、真面目に受けとめ、真摯に検討する」ことが学校側にも必要な姿勢である。

  • 報告者もしっかりと準備し、分かりやすく報告することが重要である。時間がふんだんにあるわけではない。短い時間をどう使うかだ。式次第はまず理事長から「経営と運営の全般の概要説明」を行う。本日のメイン議題は「私学助成削減」と「授業料の見直し」「教職員の時間外勤務の管理」「関西大学との連携」である。いずれも他校に先じて対応を進めており、本日の理事会でのオーソライズとなった。

  • 特記事項は多くあり、順不同であるが「生徒生活指導部の活動状況」「新たな収入策としての施設使用料の徴収」「神道科の教科書再編作業の中間報告」「SSコース・類の学力報告」「国学院栃木との比較」「浪中全国学力調査の結果開示」「広報情報委員会活動」がある。それぞれの担当の先生が資料を用意して説明してくれた。

  • 各担当の先生方の説明はそれは立派で、上手いものだった。彼らは聞くことが出来なかったが最後の名誉理事長の講評は開口一番以下のようなことを言われた。「昨年1月29日の職員集会に出たときのことを思えば感無量だ。」今日の各先生方の立ち振舞いや内容を考えた時に「これがあの学校か」と思うようなものだった。

  • ポロシャツを着ている先生や斜に構えた先生など、目に付いて「これが学校の先生?」と驚いたが「かくも劇的に変わるものか。今日の先生方の立派さと内容に驚くばかりで今の浪速の底力を今日も見ました。」と褒めて頂いた。

  • 校長として何が嬉しいと言っても学外の方からの「本校の教員に対する賞賛の声」を聞くことほど嬉しいことは無い。「先生方、ご苦労様でした」。このようにして一般の教員を理事会に出てもらって雰囲気になれてもらうことも私の仕事だ。勿論『常ではない』。教師はあくまで「生徒に向き合う」ことが仕事である。

  • 理事会に先立ち、理事長職代理から10月1日付けで「専任教諭として採用が内定している3名の常勤講師」の先生との面談があった。名誉理事長は急遽ご親戚にご不幸があって欠席されたが「思いを込めた職務代理のお話」を先生方はしっかりと「受け止めた」ことと思う。

  • 私からは一昨日のブログ「帰り修行」を忘れてはならない。人生で自己実現するには「浪速でしっかりとした教育活動をして、立派な先生になること」であり、そして人生を『豊かに彩る』ために初心を忘れず「謙虚に、特に人との交際」について気をつけるよう話した。「採用人事は理事会で正式に承認」され、今日で手続き的には「完了」したことになる。

  • 副校長から朝方他の常勤講師の先生方の「来年度の本校での勤務意向調査結果」の報告があったが、ほぼ全員『来年度も本校で働いても良い』とのご意向らしい。これは「嬉しい話」で若い先生方から「本校は魅力ある職場」として映っているのかも知れない。

  • 朝一にそれぞれの学年の主任が揃って部屋に入り、「10月の学年集会の要領」について少し議論した。これは重要につき、「心して準備するよう」お願いした。ポイントは「かゆいところに手の届く」、「行かねばならないと思わせるような内容」だと強調した。

  • 理事会が終わり私の執務室でまだ他聞をはばかる2点の内容で「極秘会談」を行う。13時に始まった会議は16時30分、終わりを告げた。今日はその後の予定もあるが、順調に進んでいる。後は「浪速祭と芸術鑑賞会」の成功を祈るばかりだ。今日から7限カットで週末の「浪速祭」の準備に生徒たちは入る。どの顔を見ても生徒は嬉しそうだ。

  • 18時40分から市内某所で「懇談会」となる。楽しいひと時であった。教員と時間をともにするのは「楽しい」。「皆、良い男ばかりだ。」「浪速に悪い奴はいない。」そして「皆、仲良くしなければならない。」

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