校長ブログ懐古・・改革の軌跡・・

平成19年度からの校長日記を再掲してまいります。

20.7.26(土)修養ということ

  • 今年も私の「伊勢修養学舎」は終わった。「改革後初めての学舎」であり、「まあ及第点」と思っているが、最近の日記に連続して書いているように「本年度の反省と成果」を明らかにして「来年度の準備」に入らねばならない。

  • 学年主任のK先生、学舎主担のM教諭、講師の身分であるがK先生とY先生」は主担を補佐してよくやってくれたと高く評価したい。又科・類長も「存在感」を示した。今年から学校責任者として「教頭を常時配置」としたが大変良かった。いざいう時に学校代表者が外部や保護者に対して対応できるからだ。

  • 結局こういうところでは「生徒指導が出来るか否か」が教員にも問われている。「生指の力量」もこういう場所でこそ「実力が判明」する。今年4月に来てくれた常勤講師や専任教諭の中には何を勘違いしているのか、何のために来ているのか分からないような先生もいたらしい。しかしそれでは困る。

  • 集合時間に生徒よりも遅れてきたり、何を勘違いしたのか「生徒にお土産を配った教員」がいると言う。今朝報告を聞いて「嘘だろう」と言ったところだ。保護者への連絡は「懇切丁寧」にしなければならない。保護者は「学校からの電話に過剰に反応する」。「スピーディでわかり易い誠意ある言い方」が重要だ。それをそっけない言い方や言葉足らずでは保護者の不満を買うことになりかねない。

  • スカート丈をきっている生徒を見つけた先生がいるらしい。「お手柄だ」。巫女の装束に着替えた時に全生徒のスカートを見ながら見つけたらしいが、立派である。「感性」の成果だ。終業式に示した「校長方針を受けて具体的に行動した結果」である。

  • ここは「修養学舎」である。学校ではないし、普通の授業ではない。「修養する場」である。従ってまず教員がその気になって貰わないと「修養学舎」とはならない。教員が単なる「バスツァーの添乗員」だったり「お母さん」だったりしては修養学舎にはならないだろう。

  • 今はもう「死語」になった感がする「修養の言葉」であるが、我々の世代はこの言葉を大変良く使っていた。「しっかりやれ、修養のためや」とか「お前はまだ修養が足りない」とかである。「修行」とは違う。

  • 竹内先生は「修養とは行いを正しくすることによって心を養っていくことである」と定義されている。「脳ではなくて心を養う」ことが必要だといわれる。「修養論」を考える時に我が国は二人の偉人がいるといわれ、一人は「新渡戸稲造ともう一人は野間清治」だとおっしゃっておられる。特に新渡戸の「修養」は明治44年に刊行され「修養論の原点」らしい。私はまだ読んではいないが。

  • 講談社を起こした野間は「何事も修養であり、何事もまず自分を作ることである。だから雑巾がけをすること、ご飯を食べること、お辞儀をするようなことを誠心誠意勤めることである。そういうことの積み重ねの上に人物が出来上がり、世に出る機会も生まれる。それを今の仕事を抜きにして夢ばかりを空想していれば、ろくなことはない。人間は誰でもその仕事に全身全霊を打ち込んだ時くらい立派で尊いものはない。その顔も態度も一点の隙も無くただ光り輝いて神々しく見える。

  • 「修養」はこのように明治時代の終わり頃から日本人の心に入り込んできたが、元は「江戸時代の心学」に遡るそうだ。「倹約と勤勉」を説き、多くの日本人の基礎となり、その延長線上に「修養」は位置した。

  • それが「心を磨かずして頭は鍛えられず」の言葉となる。頭だけで生きようとはぜず、「頭から曇りを取ってスッキリ」することがより重要であり、この思想が「修養」だという。生徒からはこういうことをいうと古臭いといわれるかも知れないが実は「大変重要な学校教育の根本」がこれらの記述にあるような気がしてならないのだ。特に最近つくづくと思うのである。最近このようなことばかり考えている。

  • 明治から戦前までは今から考えるとはるかに身体を動かさなければ成らなかった筈である。「修養」の概念は頭をどう使うかよりも「辛い仕事を忍耐して続けることが課題」となる。頭の使い方よりも「勤勉とか克己心の養成」のほうが重要な概念である。辛いとか忍耐とか勤勉とか克己心とか今日的生徒が最も苦手の文言ではないか。

  • しかし現実には戦後民主主義の発達の中で「苦労人物語」は分が悪くなり、敬遠されるようになって来た。親もわが子には「自分と同じ苦労はさせたくない」と「ただ一筋に子の教育にかけた」のである。

  • ところが現実には「忍耐とか辛さに耐えるとか、勤勉とか、克己心とか」の概念は遥かかなたに追いやられ、逆に「個性尊重」「辛さに耐え自分を押し殺すのはいけないこと」「厭なものは嫌と言う自己主張こそ美徳」として「おしん物語」は吹っ飛んでいったのである。

  • 伊勢修養学舎」を有する本校は「幸せ者」である。「修養の部分をもっともっと高めねばならない」。私は開講式では決まったように「これは修学旅行や遠足で来ているのではない。学校とは言わず学舎と言っている。修養とは・・・・」と口を切るのだが何処まで生徒に伝わっているのか。

  • 辛さに耐え、何かを掴んでもらうため」にこの学舎を再度見直さねばならないと考えている。又今回「付き添う教員のレベル」の重要さも分かった。教員自体が「この伊勢修養学舎の意味」を正しく捉えていないと意味はない。前述したように、そのような教員も散見されたという。それは「生徒指導の本当の意味が分かっていない教員」だと思う。こういう教員は本校には「不要」である。退場して頂かねばならない。「担任を連れてくる必要もないかなと今感じている。」

  • 修養の意味」をもっとこの学舎の講座に入れなければならない。そのためには「適切な外部講師を招聘」し一部を学校の教師の手を離れて預けることも一案かもしれない。「修養の意味を教えられない教員では逆効果」である。

  • 今、保護者も学校も大金を費やしてカナダにホームステイさせ勉強させているが「英語よりも髪の色に気を取られる生徒」や「ステイ先と合わないとダダをこね、家を変わりたいとか」まったくもって信じられない「個の世界」に落ち込み、誰もそう易々と経験できない外国の地で「自分の家と同じような快楽と快適さ」を主張する生徒もいるが、すべて「修養が足りない」と言いたい気分だ。

  • 日本の美しい心である修養を見捨てた結果、「キレる」「むかつく」「癒し」などの反吐が出るような概念が登場してきて、教育の難しさはますます高まってきている。しかし「浪速は良い教育をしているし更に高める自信」もある。教職員と頑張っていきたい。

20.7.25(金)今日的高校生の側面・・・私語

  • 私語とうつ伏せ

  • 社会教育学者の竹内洋先生はある書物に「大学生の私語」について論考されている。学生の私語が問題となったのは「大学の大衆化と消費社会の始まりの時代」だったといわれる。更に先生は「大学の休講が多い」ことが社会問題化され、大学は「休講を減らし、休講した場合は補講」しなければならなくなった時期と符節すると言われる。

  • 要は休講が多いと「今日はノートにとっておこう」と学生は考えるらしい。当然私語は少なくなる。新学期の最初は休講、酷いのになると5月の連休明けから講義というのもあったらしい。昔は「開講日」として掲示板に載せるくらいだから、「たまの授業には静かに聞こう」となるらしい。先生らしい論考だが、最近の「高校生の私語」はどう考えたらよいのだろうか。

  • 伊勢修養学舎」でもそうだが、担当の教諭は叫びまくる。「静かにしなさい」「口を閉じなさい」「なんで喋るんですか、喋ることは何も無いでしょう」「そこ、静かにしなさい!」「どうして皆さんは全員で集まった時にそのように喋るんですか」「みんなに迷惑をかけていますよ」「静かになるまでは始まりません」「後にずれていきます」「早く終わりたいでしょう」「そこ、静かにしろ!」くらいでようやく静かになる。

  • 指導する教員の声は段々と大きくなってくる。そして「一旦静かになった」と思ってもまた直ぐ何かのタイミングで「私語が始まる」のだ。今度は幾分規模は小さくなる。50分の授業の間のことは問題とはしていない。本校は授業が崩壊している学校ではないし、授業妨害は厳しい処分としているので、その事自体は問題ないのだが、とにかく「ドリフターズの全員集合」みたいに全員集合時に私語が飛ぶ。「がやがや、どやどや、ざわざわ」静かになるまで一定の時間がかかるのだ。

  • 中庭で行う一斉参拝とか始終業式など立ったままのときは私語や笑い声だけだが、椅子がある講堂等の場合も基本的に同じである。加えて机がある場合、休憩タイムなどのときは文字通り「グターッ」と机に両腕を投げ出してうつぶせになる。あれは「一体全体なんだ?」と思ってしまう。

  • とにかく今日的生徒の2大特徴は全体集合時の「ペチャクチャ」と「グターッ」だ。どうしてあのようになるのであろうか。前述の竹内先生は私語をする大学生を「透明な存在」と表現され、「今の大学生には世間とか社会とかの感覚などは無い存在」と論破されています。

  • 私は「「ペチャクチャ、グターッ」の高校生と「私語」の大学生は関係があると思っています。だって高校を済んでから大学に行くわけで連続しているわけですよ。「透明人間」とは上手く表現していますが、確かに今日的高校生にとって「自分の世界」が全てなのですね。

  • ジコチュウ」と言って「自己中心人間」は高校生仲間では代表的嫌われ者ですが、全体が実は「ジコチューの世界」なのですね。あくまで自分中心。自己と周辺、社会の中の自分と言う「相対的な見方がどうも苦手」なようです。その中で際立った自己中心に刃を向けて自分の自己中心には意を介さない。まさしく自己中心なのですね。私はこのように観ています。

  • 公共心、公共用事とか公共の場所」と「自己の私的な感情と私物、あるいは自分の居場所」などの概念が対峙して存在するという概念が希薄になってきています。電車内での飲み食い、ポイ捨て、駅や、最近では学校の教室までが「自己の所有物」というか「一線引かれた場所」という概念が無くなってきています。

  • 大人でも電車内ではまず100%携帯を取り出しますし、化粧をする女性は今や普通の光景になってきました。最近少し減りましたがべた座りもまだあります。髪染め、化粧なども「人の迷惑になっていないのだから良いではないか」という屁理屈です。

  • 厳しく叱る」と「ようやく考え始め」、直ぐに「ああ、こういうことはしていけなかった」と反省はします。「反省の天才」ですね。これは重要なポイントで反省せずに「食ってかかる」生徒が多い学校の教員は大変ですよ。まず反省から学習していくようになってきたと思います。反省する前に「これはしてはいけないことだ」と深く考えないようになってきています。

  • 静かにしなさい」と大声で言われて「あれ、自分のことか」と気づけばそこで静かになります。最初からは静かには出来ないのです。そして「ここは静かにする場所」だと分かっているところでは「待ちの間」、先ほどのように「グタ-ッ」としてうつ伏せになって時を待ちます。こういう光景も昔はそう多くはなかったと思いますよ。

  • 彼らは「納得させることが重要」です。特に成長するにつれてこの「納得性」が大きな比重を占めます。納得しないと繰り返しになります。ところが一度の経験で他に応用するということが又不得手ですね。同じことは繰り返しませんが近いことは又やる。そして指導を受けます。

  • 教室単位、即ちホームルーム単位が学校の重要な単位ですが、ここも秩序が全く変質してきています。成績一番で皆の尊敬を受けている生徒、喧嘩にめっぽう強くて番長みたいな生徒、芝居じみたおどけ者、暗らーいネクラなど様々なタイプで教室の秩序は保たれていましたが、携帯電話社会では同じクラスが友達とはなりません。他のクラス、他校の顔を見たことにないメル友、ますます教室と言う共同体が崩壊しつつあるのです。

  • 携帯電話さえあれば自分は孤独ではない」「熱い人間関係は余計に暑苦しい」と思ってしまうのです。完全に「自己中心社会」に浸っているところに「人間関係から学ぶ」側面は薄れてきています。だから全員が揃った時には「大きな社会の突然の出現」に最初のうちはなじめず、「デジタル」から「アナログ」の世界に慣れるまで落ち着かないのだろうと思っています。「学校は完全なアナログ社会」です。「教育はアナログである」は私の造語ですが肝心の生徒はもはやデジタル社会の申し子になっているのです。

  • 彼彼女たちは自ら発信することが好きで「国語の作文は苦手」だが「メールは極めて早く上手く書きます」。ところが「受信はどうも苦手」で「発信」には強い。教師からの発信を上手く受け止められません。難しい世の中になってきました。

  • 今日で「伊勢神宮」での私の出番は終わりです。来年に向けて又作戦を練りましょう。名誉理事長が宮司の「大阪天満宮での天神祭」の日です。本校の生徒が100名以上参加して陸渡御、船渡御に応援参加しています。無事な帰還を祈っています。今日も暑い日でした。

20.7.24(木)学校は静か

  • 学校は「静か」である。極めて静かである。講習やクラブで生徒は結構登校しているのだが、校内は「静か」である。「この感じは嫌いではない」。何か「ゆとり」みたいなものがあって、生徒も先生も「良い顔」をしている。

  • 高温多湿の日本は「夏休み」という制度を作った。先人は本当に賢い。正式には「夏季休業」という。しかしこの制度は日本だけではなくて世界的に実施されているものだ。太平洋高気圧の支配下での暑熱や夏季の伝統的な慣習、例えば自営業者や農家の手伝い、薮入りの習慣の影響、教職員の研修や採用試験などの準備、教職員の休業など色々な理由はあったのだろうが、「夏休みは良い制度」であると私は考えている。

  • 大阪は暑い。大阪だけではない。日本全国今の時期、どこでも暑いこの季節だ。幾らエアコンが完備されているとはいえ、小さな教室に40名の成長盛りの若者の体温で室温はいやがおうにも上がる。設定温度28度Cなどでは、正直汗が吹き出る。

  • 私は当初、エアコンがあるのだから「授業、授業」と叫んでいたが、幾分軌道修正した。一昨年までの本校は夏季休業中しっかりと休業していたが、「お盆明けには授業を入れた。」1学期の終業式の翌日からは2泊3日の「伊勢修養学舎」が1年生には始まる。

  • 2年生の1クラスは「カナダにホームステイ」だ。「校内特別講習が7月一杯」続く。8月上旬には「選抜者強化学習合宿」が京都と大津で計画されている。「インターハイ」があり、多くのクラブは練習試合や「強化合宿」が始まる。生徒も逆に夏休みといっても忙しいのだ。

  • 休みと言っても「実際の休業はほんのわずかの期間」しかないのが実態である。しかし授業とは違った気分的には前述したように「ゆとり」みたいなものがあって「休業期間は生徒を大きく成長させる」ような気がする。それで私は「夏休みを再評価」している。

  • 夏休みが数年前、大きな問題とされたのは「生徒の為の夏休みを一部の教員が教員の夏休み」と世間に錯覚せしめるような行為が社会的に糾弾されたからである。元来この時季は「研修」をして教員としての技量を高めるとか、「授業研究」とか、日ごろ出来ない「分掌業務の整理」をするとか、あるところを「研修と言って家族旅行に出かけたり」「学校に顔を出さず、自宅で車を洗っていたり」する「不届き者」がいたのも事実である。

  • 社会の勤労者は暑い中、仕事に出かけている中を「教員も夏休み」と思われ,先生の仕事って良いですねー。休みが多くて」などと思われてきたのだ。これでは一生懸命自分の時間を割いて生徒の部活や学校行事に集中している教員に申し訳ないことだ。

  • したがって本校は昨年から8月7日から17日まで「夏季リフレッシュ休暇」として年間労働時間を設定するときに「特別休暇」を入れた。連続10日の休みである。厚生労働省から表彰されても良いくらいだ。これは教員の正式な休業期間である。これ以外は勤務日だ。全教員、この日を楽しみに頑張ってくれている。

  • 静かな学校」も良いものだ。何時もかつも静かなのは困るがこの暑い中、マイペースで仕事が出来るのだから教員の仕事もはかどるものと考えている。通常は「チャイムが鳴る」と学校は騒がしくなる。緊張の授業が終えて生徒は一挙に教室から飛び出し「歓声」が学校内にこだまする。短い時間でバレーボールなどするグループもいる。特に女生徒の甲高い声が良く聞こえる。

  • そして10分経ち、又「始業のチャイム」がなると汐が引くように「静粛」に急変する。「学校のこのサイクルは誠に持って心地良い」ものだ。しかしチャイムが鳴っても生徒の声一つ聞こえないのは夏休みの特徴であり、校長としては「いささか寂しい気」もする。しかしだ。1年に一回夏のこの時期にこのような静粛な時があっても良いと考えるようになった。

  • 生徒は生徒でそれぞれ、何処かの場所で「頑張っている」筈だ。家で寝ているような者はいない。とにかく事故など無くお盆明けの授業開始を待つのである。夏休みと言っても「様々なことがある」、決してゆっくりというわけではない。逆に校長は忙しい。

  • カナダからはメールが入り、ホームステイ先と合わないと言ったり、迷子になったとか、伊勢では生徒同士のいざこざがあったとか、学校では1学期で起きたことが今頃露見して先生が走り回ったり、結構大変なのであるが、「授業」がない分落ち着いて対応も出来ている。

  • ところで「ノーチャイムの学校」を研究したいという考えもある。思い切って「全校一斉のチャイムをなくする」ことで「生徒が自主的に時間管理」ができないかというわけだ。7月18日の日経は「静かに広がるノーチャイム」の見出しで取り上げていた。

  • 実際実施している学校は増えてきているらしい。教室や廊下に時計を増やし、後は生徒の腕時計で時間を管理しながら行動するというものだ。勿論教師は「ベル着」で教室に入っていかねばならない。時間が来れば授業に入るのだ。そうすれば学校から一切「チャイム」が無くなり、静かになるというより、「生徒の自主性を育てるという狙い」だろう。勿論定期考査の時にはチャイムは必要だ。

  • 元来このチャイムは明治期に現在の学制が決められた時に導入されたもので当時は「鐘を鳴らして」始業時間を知らせたのが始まりという。長い歴史があるのだ。あのメロディーも日本では殆ど一緒だ。町の通りを歩いていて遠くからあの音が聞こえてくると「ああ、この近くに学校があるね」とすぐ分かる。

  • しかし現実は厳しいものがあるらしい。ある校長が導入したが数年後校長が変わった瞬間に「元に戻る」という事例もあるらしい。又生徒の自主性などと言っても一向にそのような気配はなくて「授業に生徒が揃わない」という学校もあるだろう。

  • 本校の学校の力で「ノーチャイムの浪速」はどうなんだろうかと何時も思うのだが「まあ難しいと感じる教員は多い」と感じる。新聞記事にもあったが、中学校や小学校の柔軟授業では意味があるかも知れない。高校生にはどうなんだろう。本校みたいに50クラスもあるマンモス校で一挙に「理想論」を振りかざしても上手くはいかないと言われるだろうな。

  • まあもうしばらく様子をみよう。明日からは最後の3班の「伊勢修養学舎」だがあそこには「チャイム」はない。しかし生徒は時間通りに集まってくる。特に食事時には遅れて来ることは無い。「本校の生徒はチャイムなしでも時間管理が出来る生徒」だと私は踏んでいるのだ。

20.7.23(水)女生徒たちの伊勢修養学舎

  • 女たちの忠臣蔵」とか「女たちの太閤記」とかの表現がある。それにあやかって「女生徒たちの伊勢修養学舎」と行こう。共学に移行した時にこの伊勢学舎をどうするか当時の学校関係者は悩んだことと思う。しかし結果的に良い方向でやってくれていると言える。

  • 私は昨年初めて参加した時に、まだ訳が分からないのに「女性にも禊を」と本気で考えた。それほど「禊の印象が強烈」だったし、神職を志す女性は「禊」をしている筈だから女生徒がしてもおかしくないと考えたからである。

  • 男子生徒に比べ行事内容に「些かインパクトに欠ける」印象を持ったものだから、「何かないか、何かないか、女生徒にも禊を」と考え、学校に帰ってから担当のM教諭と相当議論をしたのである。

  • しかし結局結論は現段階では「女生徒の禊は時期尚早との結論」になったのである。加えて昨年参加して頂いた府内の神社関係の女性の宮司や禰宜さんに本校に来て頂いてご意見を伺う機会も持ち、2回ほど議論をした。色々なアイデアが出てきて、本年度の学舎となったのである。

  • 今でも「女生徒に生涯思い出になるような伊勢修養学舎を」という思いが強い。男子は問題ない。今後とも「五十鈴川の禊」を中心として伊勢修養学舎はこの混迷の時代、生徒指導に難しさを感じる時代ゆえにますます意味はある。絶対にこの行事を止めてはならない。止める時は学校を閉める時だ。

  • 本年度も参加して私は女生徒の禊は完全に諦めた。「無理と感じた」のである。男子生徒でも「大丈夫かな」と心配するような「今日的生徒」であり、更衣室があるとかないとかのとかの問題ではなくて「優先順位」として「女生徒には他に何かある」ような気がしてきたからである。それが「何であるか」はまだ掴めていない。更に突き詰めていかねばならないと思っている。しかし今回の経験で「女生徒を水の中に漬けるよりは他にまだなにかある」と、確実な答えはまだないが「少し見えてきた感じ」がする。

  • 今回の大きな特徴は全女生徒に「襦袢と白の着物、朱の袴の三点セットを用意した。「巫女」さんの装束である。70着分用意した。まず「着物の着付け」を勉強して貰った。金はかかったがそれはどうでも良いことで、着物を着るという行為と巫女と言う通常人には普通経験できないスタイルをさせることで彼女たちは「変わる」ことが分かった。着た瞬間「変化する」のである。

  • 加えて今回のもう一つの特徴は近くの「皇學館大學の祭式教室」というか講堂を借用して「舞や祭式」の勉強をして貰ったことである。とにかく会場が素晴らしい。誰しも身ずまいを正さざるを得なくなるような感じにさせる立派な会場で「神楽舞の練習」などを実際に「」を持ってやる様は絵になっているのだ。とにかく女生徒の目がらんらんと輝いている。たとえ3分程度の舞でも彼女たちに大きなインパクトを与える。

  • 今回の学舎第1班は男子が141名、女子が63名である。3班ともで大体このバランスとなっている。これに対して引率の教員は男性が12名、女性教員が5名であるが女生徒には外部講師の先生が5名付いている。神職の方々である。生徒一人当たりにすると圧倒的に女子の方に人員が掛かっているのである。これくらい「女生徒指導には手間隙がかかるのが実態」である。今後間違いなく女生徒の数は増えてくるだろう。これを考えただけで私は重たい気持ちになる。中身と女性教師と外部講師の先生の手配である。

  • 男子生徒は持参の水着一つで五十鈴川に禊するのも、無料であるが女生徒にはとにかくお金がかかる。今は致し方ない。それだけの教育効果が上がれば惜しくは無い。それよりも「何を提供するか」である。後メニューとしては「大祓詞」の書写がある。これは中々意味あるもので一生保持してくれれば記念になるものだ。

  • なんやかやで「女生徒たちの伊勢修養学舎」も大夫形が出来てきた。しか正直なところまだ「満足していない」。祭式教室で輝く生徒の顔を見ていて、今日感じたのは「礼儀作法教室と茶道指導」を瞬間思いついたのである。舞を踊るのにあれほど生徒は興奮していた。知らないことを教えて、たとえそれがほんの入り口部分でも「導火線」になれば良いと思ったのである。

  • 日本の母になる女生徒である。こう書けば一部の団体は「女性を母になるべきものと規定する」と騒ぎ立てるが、そんな集団のいい草などに負けるつもりはない。立派な強い母になって欲しいのだ。共学に移行して4年目の女生徒だ。「極めて本校にとって大切な女生徒」だ。しっかりと浪速の教育を展開していかねばならない。

  • 携帯電話しか興味がないのかと思わんばかりの女生徒でも「知らないことには大いに関心」を示すことが今日分かった。それならばそのようにプログラムを組んでやりたい。「小笠原式作法」とか「茶道の入り口」みたいなものも効果があるかも知れない。

  • 昨年の女生徒に比べ、今年の生徒は「良く話を聞いてくれる」と外部の先生は言ってくれたがこれは正直「稚拙」な面があると私は考えている。要は段々と「こども、こども」になっているのだ。まだ中学生みたいなところがあるのだ。幾ら「静かにしなさい」と言っても「私語が止まらない。」大声を張り上げるとようやく止まる。自分に関心があるものは興味を抱くがそれ以外は「関係なーい」と考えてしまうのだ。

  • 女生徒たちの伊勢修養学舎を今後とも追及していきたい。辛いのはこのような指導は本校の女性教員では、限界はある。当然である。従ってどうしても神職を生業としている先生とか「外部の先生方のお力が必要」だ。女性教員が少なすぎる。増やしていかねばならない。今回も初めての先生が2名来て頂いているが、「人材バンク」を用意して人材を集めておかねばならない。

  • 2班の「校長講話」を終えて今帰りの電車の中でパソコンを打っている。明日は終日学校で、25日3班に参加する。その後はカナダだ。宇治山田駅で例の「赤福」を買った。お店の方に「再開後、売り上げは如何ですか?」と余計な事をすぐ聞くのは悪い癖だ。いささか不意を突かれたみたいで「前より上がっています!」と。「本当かな?」。電車の中で食したが「旨かったなー」。やはり賞味期限内のものは新鮮で、使い回しでないのは旨い。赤福復活か?

20.7.22(火)五十鈴川の禊

  • 朝5時30分に生徒は起床する。私は何時もの癖で5時には起きている。1年ぶりの「五十鈴川の禊」だ。心身が緊張する。学校で誂えている「日本手ぬぐい」がすでに生徒には手渡れされ使い方も担当の先生から昨夜説明されている。

  • 学校の校章」と「浪速高等学校伊勢修養学舎の文字」と伊勢の山々と恐らく「五十鈴川をデザイン」したもので4つに折って校章を前面に「鉢巻」にする。「」というそうだ。全校生徒はそれをして神宮会館駐車場に集合する。既にズボンの中には水泳パンツをはいているのだ。

  • 持参するものは「パンツ」と「タオル」だけで会館から2列縦隊で禊の場所に向かう。この間しゃべってはならないことになっている。「高校生の集団が黙々と鉢巻をして歩く」さまは「迫力」はあるだろうが、朝の6時過ぎ、行き交う人は居ないし、車もまばらだ。

  • 川の傍に駐車場がありそこで全員服を脱ぐ。ちゃんとした更衣場所があるわけではない。言ってみれば道端で服を脱ぐようなものだが、男子ばかりにつき、一向に気にならない。この辺が女生徒に「禊指導」が出来ない所以である。

  • 昨夜も練習指導に来て頂いた神宮の神職の先生が2名で既に来られていた。全員河原に勢ぞろいして「禊式」が始まる。すぐに川の中に入るのではなくて準備がある。この「手順が凄い」のである。昨年生まれて初めて経験して「驚愕に近い」ものを感じたが内容についてはまだ完全に理解できていない。

  • 神宮の先生からは簡単な説明は受けているが、それくらいの時間で把握できるものではないが、「何世代にも亘って先輩から後輩へ」、「一字一句変わらず伝承された日本語」が素晴らしい、一つ一つに意味があるのだが、今は分からなくとも良いと思っている。

  • まず「鳥船行事」というのがある。まだ勉強していないので良くは分からないが禊はまずこれから始まる。3段に分かれ大きな掛け声を上げながらまさしく船を漕ぐような格好で歌を歌いながら船を進めるように体を動かす。「朝夕に神の御前にみそぎして、すめらが御代に仕えまつらむ」と「全員で大声」を上げる。これは1段の歌詞だ。

  • 合いの手の掛け声」も「イーエッ エーイッ」が1段で、2段になると「エーイッ ホー」、3段は「エーイッ サー」となる。鳥船の後は「雄健(おたけび)行事」がくる。とにかく持てる声一杯に「生魂 足魂 玉留魂」と叫ぶ。(いくたま たるたま たまたまるたま)と発言する。腹の底から大声を上げる。

  • まだまだ行事は続く。その後「国常 立命」と「雄叫び」をあげるのだ。(くにのとこ たちのみこと)と発言する。その後「気吹行事(いぶき)」というのが来て「ようやく身漱(みそぎ)」となる。身体を漱ぐというのだ。

  • 30分も準備がありようやく入水となる。この字を書いても自殺ではない。川の深いところまで行き、首までつかる。生徒は「水の冷たさでヒャー」という声が上がるが、付き添いの教員は「声を出すな」と厳しい。しかし生徒は観念してるのか、嫌がるものはいない。

  • 大きな体、まだ子供みたいな小さい体格、色々あるが皆並んで川の中央に立ち、川上の「宇治橋」を仰ぎ見るのだ。緑に見える清流に影を落としてかかる高欄つきの和橋で遠くから見ると本当に「神々しく」見える。この橋から境内が「神域」とされており、伊勢が好きだった吉川英治は「ここはこころのふるさとか」と詠った宇治橋である。

  • 道彦という指導員」は全員の目を閉じさせ、「祝詞」を奉唱する。生徒は「早く川から上がりたい」と思っているのだろうが、そうは行かない。結構長い時間15分くらいは入っているのではないか。私は勿論列の先頭で頑張っている。16歳の若々しい体の中に60歳を超えた「腹の突き出たおっさん」も頑張っているのだ。

  • 上がった後又最初と同じ行事をこなす。入る前は体を温め、入った後も体を温める効果はある。終わる頃には体が乾いてくるのだ。その後「着装」となり一連の行事が終わる。しかしこれからが本番で宇治橋を渡り「天照皇大御神」をお祭りする「内宮」すなわち、「皇大神宮」にお参りする。禊の済んだ後ということになる。

  • 列は4人で横一列とし200名の生徒は並んで宇治橋を渡る様は「形になっている」のだ。全員鉢巻すなわち「冠」はつけたままだ。生徒は制服で、全員が日本てぬぐいの鉢巻だから、おそらくこれを見る他人は「一種異様な集団」「右翼少年隊」みたいに見えるのではないか。先頭を歩く私などはさしずめ「右翼の巨魁」だろう。いかようにも思えば、思えだ。

  • 一同打ち揃って「二拝二拍一拝」が今日は良く揃った。何処となしに生徒は声も立てず「静粛」そのもので、聞こえるのは踏みしめる玉砂利の音だけである。帰りも黙々と歩きだけで神宮会館に到着する。時刻は7時45分頃で予定通りだ。約2時間弱の時程で生徒は「空腹」だろう。朝8時全員揃って朝食となる。「手を合わせ合唱して頂きますの声が食堂に木魂する」風景は大好きだ。

  • 生徒代表が前に出て「本居宣長の歌」を先導しながら「頂きます」というのは神宮会館でお世話いただく皆さんには好感を持って評価されているらしい。「先生、素晴らしい生徒さんですねー」と言われるのだ。

  • このようにして「一日目の禊」は終わった。明日の朝も2回目がある。「2回やって本当」というのが神道の精神にあるのかも知れない。もし雨が降ったりしたらの予備というが根本には「2回やる」というのがあるのかも知れない。

  • 確かに神道行事では「国歌の斉唱でも2回詠う」のが普通だ。生徒にとってはもう一生このような経験は無いと思う。貴重な機会と経験だ。「浪速高校1年生の夏に五十鈴川に禊で2回もつかった経験は決して人生で無駄にはならない」だろう。これは間違いない。

  • 気にしていたが常勤講師の先生方も一緒になって頑張っておられた。立派であるし嬉しい。一昨年はある常勤講師の先生が裸になるのは厭だと言って、結局「首になった」と聞いた。最初は水着を忘れたと言い、それでは「ふんどし」があると言ったら、「川の水アレルギー」と言ってどうしても川に入らなかったらしい。禊は本校の生命線だから、「ちゃぷちゃぷ」でも入れば良かったのに。

20.7.21(月)伊勢修養学舎

  • 第1班生徒数204名、付き添いの教員18名が学校正門前からバス5台に分乗して伊勢神宮に向かう。2泊3日の「伊勢修養学舎」だ。3日後には2班、25日には3班が始まる。生徒数が多いから3分割だ。「嬉しい悲鳴」である。

  • 今年から「大型バス」にした。昨年までは鶴橋から近鉄であったが、伊勢での動きを考えるとこの方が便利と初めて採用したものだ。確かに便利である。11時30分予定通り「神宮会館」に到着。

  • ここで持参の昼食を摂らせ、まずバスで「外宮」にお参りだ。私と生徒代表が御垣内に入れて代表参拝だ。全生徒との二拝二拍一拝が揃って境内にこだまする。良いものだ。その後「猿田彦神社」の参拝する。本殿の中で有り難い宮司のお話を頂く。

  • 15時神宮会館に戻って「開講式」となる。神宮司庁ご代表のご頂き、会館の館長さんから歓迎の祝辞を頂く。「55回目だから相当の歴史」で今や有名な行事になっているものだ。会館もこの1週間全館貸し切り満員で「笑いの止まらない有り難い」筈だ。館長さんとももう顔なじみになっている。

  • 女生徒も増えているため、「祭式指導や着物着付け」などの指導には府内の女性神職にお願いしているが今年は5名の数だ。わざわざ大阪から来て頂いた。有り難いことである。16時30分から自由時間とし入浴、そして夕食だ。

  • その後も男子は明日の「禊指導」、女子は「着付けと礼儀作法」の指導会となる。遠足や修学旅行ではない。夜10時まで寝かせない。生徒はなかなか良いが中には「子供っぽい」生徒がいるのも事実だ。「集中できない」にである。すぐおしゃべりする。黙っておれないのだ。付き添いの教員が根気良く指導している。

  • 私は「今、この時を大切にする」というテーマで50分一コマの「校長授業」だ。姿勢正しく一生懸命に聞いてくれていた。難しかったかも分からないが何か一つでも頭に残ってくれていたら本望である。「教育とは諦めずに粘り強く伝えること」だ。一回言って分かるようなら教師ほど楽な商売はあるまい。何回も何回も手を変え品を変えしゃべることだ。

  • ただ200人もいると生徒は様々で伝える方法、対象、内容については「難しい」。「教師の仕事の難しさ」は実はここだ。能力、生い立ち、現在の環境一人ひとりの生徒は違ったものを有しており、そこを把握しながらやることが重要だが、「言うは易く」だ。

 
  • 今日の私はレジュメとして以下のようなものを用意して一生懸命しゃべったが・・・。
    平成20年度伊勢修養学舎                              平成20年7月18日作成
    1年生への校長講話要旨              
                       「
    今、こ の 時 を 大 切 に す る
                                                        浪速高等学校長
                                                            木村 智彦
    1. 感激の入学式から3ヶ月強が経過して
    ・ 自分の想像していた高校生活と実際の生活との違いについて考える。「人間は自ら考えることの出来ること」が大きな特徴。正しく考える。
    ・ この「自分の頭で考える」ことから全ては始まる。「忙しい」「勉強する時間がない」「部活動で忙しい」「考える暇がない」等々は「起点の喪失で方向を見失う」。考えるための道具が「
    基礎基本の学力」「人から学ぶ」「書物から学ぶ」「他から学ぶ」
    ・ 考えることは一つの「訓練」、「考えた次に何をすべきか、すべきでないか」が「判断力」と言われるもの。社会の中で生き抜いていく為にはこの「判断力が重要」。努力と訓練で身に付くもの。「目ではなく、頭で学ぶ」「頭を使う」
    ・ 今後とも皆さんは高校生活の進行で自分の考えなども変化していくでしょう。「
    変化」を感じることは素晴らしいことです。それは自分自身が「成長」しているからです。即ち「現状を見る判断力が成長している」のです。1年生と3年生では大きな変化が見えます。
    2. 「
    決意、心構え、覚悟」ということ
    ・ これからの3年間を「完走する」ことがまずもって重要、「卒業証書を手にするまでは!」という気持で頑張る「強い意思」が重要
    ・ 社会に出ても簡単に職を変えたりすることは常にリスクのあるもの、「初志貫徹」の「心構え」が必要です。これは「覚悟」です。「覚悟」は自分を強くします。
    3.  これからの高校3年間をどのように「
    時間管理」するか
    (1) 1年生の時    基礎基本を徹底すること
    (2) 2年生の時    基礎基本と応用に進む
    (3) 3年生になって  「仕上げ」と「進路の決定」
         要はこの高校3年間は終りの3年間ではなくて新たな「始まりの3年間」です。
         この3年間は将来設計の為の極めて重要な期間ということ。勉強について言えば:
    ・ まず授業を大切に、予習復習がもっとも大切、加えて「特別講習」など
    ・ 元々は「自学自習」が本当に身につくやり方、もっともいけないのは「だらだら」と意味のない時間を使う、時間の浪費を避ける。「
    高校生だということを自覚する
    ・ 大学進学も「学びの期間」、「
    大学を出て何をするか?そのために大学で何を学ぶか?」
    3. 実は「時間の使い方は一生の課題」というか人生のテーマ、全世界の人類共通の
        問題      時間管理のできる人間が強い!
    人生はこれから先、色々なことがあるが、「
    かけた時間だけ返り」がある。
    (1) 大学進学、そしてその後の社会進出  今から7年後あるいは9年後が勝負
    (2) 就職、あるいは自立、いずれにしても時間との戦い
    結局「時間はコスト」「自分の時間は限られている」「Time is Money
     
    ・・・・成功する人は時間の使い方の上手い人・・・・
    (3)社会で最も問題視されること、「人の時間を無駄にする行為」「人に迷惑を欠ける行為」「無為な時間を過ごさない」人は誰も一日24時間、「優先順位を付ける」
    5. 時間を上手く使うこつは?
     (1)「
    」を持つこと  これが軸である。これさえあれば行動がぶれない。めげない。
     (2) けじめをつける 遊んでも良い、遊んだ後は学習するというけじめ
        言い換えれば自分なりの「
    生活習慣ライフサイクル」を持つということ
     (3)「
    時間の積み重ね」という感覚を身につけること。一挙に何事も出来ない。少しずつ、一つずつ進む。取り戻せないものは過ぎ去った時間、急には何事もならない、「時間の積み重ね」が必要、従ってこの時間の積み重ねをどのようにするかで結果は違ったものになってくる。「かけた時間は結果で返る」「間違った時間は失敗で返る」

    6.結論   浪高生は、「時間を上手く使う達人になる
      そのためには「
    今、この時を大切にする」  
      
    7.
    社会で生き抜く力とは
    変革・混迷の時代を読み解くキーワードを頭に入れる
    ・個性化と自己責任 ・規制緩和と結果責任 ・多様化、流動化、・格差
    ・公開, 説明責任、透明性   ・グローバルスタンダードの人権と共生
    ・地球環境問題 ・小さな政府、地方分権、・物つくり立国、知的創造立国
    人材および雇用流動化・多様化の時代
    終身雇用スタイルの変化
    人材流動化   力さえあればどこでも通用する時代
        専門家集団の集まり
    ジェネラルマネージャーからスペシャリストへ
    学歴ではなくて学修歴 、職務歴 「
    何が出来るか?」「何で貢献できるか?」
      そして今  「共生の時代」「男女共同参画の時代」「地球規模のネットワークの時代」「IT」と「地球環境」を「
    生き抜いていく力
      そうした時代に社会が求める人材
    ・ 遵法精神 「
    正しく生きる」「真面目に生きる」「仕事を通じて社会に貢献する
    何よりも全人間的魅力・・・「豊かな人間性と専門性
    明るさ  積極性  責任感  品性品格  正しい歴史観  専門性
    コミュニケーション能力  課題設定能力  英語力  その他 以上

 

20.7.20(日)ブログ

  • 国内ブログ単行本

  • インターネット上で公開されている「国内のブログ」が08年1月末現在で「約1690万件」あるそうだ。「私の校長日記」もそのうちの一つである。「記事総数は約13億5000万件」というから、実に「単行本約2700万冊分のデータ」に相当する。

  • 総務省の情報通信政策研究所の調査結果が7月10日に発表された。それによれば日本語のブログサービスサイトを使って開設されたブログを国内ブログと定義されているようだが、私も「無料のサイトサービス:ブロッガー」というのを使わせて貰っている。

  • 調査によればブログの総数は04年以降急激に増え、06年1月には1000万件を突破したという。「一ヶ月に一回以上更新されるブログは約300万件で全体の2割弱」である。毎月40万件から50万件が新設されているから今後とも増えるかもしれない。

  • 私のようにほぼ「毎日更新」しているのは珍しいのかもしれない。意地でやっているのではないし、約束の1年が過ぎたのでこの6月1日から止めても良かったのだが、「裏を返す」と言う言葉があるように何事も面と裏、2年やって「一応の区切り」とする積りだ。

  • 記事によればブログを開いた動機として最も多いのは日々出来事を伝えたい「自己表現型」が30.9%、情報のやりとりを重視しする「コミュニティ型」が25.7%、趣味に関する情報の整理の「アーカイブ型」が25%、「収益目的型」が10.1%、知識を発信する「社会貢献型」が8.4%だという。

  • 果たして私のブログが一体どれなんだろうと考えてしまう。まず間違いなくコミュニティ型ではないし、アーカイブ型ではない。自己表現型の部分もあるし、収益目的型でもある。生徒を集めるという行為を収益型というならこれにも当たる?

  • 小さな私学の一介の校長ではあるが一般に広く「学校内部の実態」を知らしめると言うことであれば社会貢献型にも相当しよう。でも大体本校の教職員とPTA向けが頭にある。「個人攻撃ではない。状況を問題」としているのだ。先般のブログでも書いているが結構一般の保護者も学校選択の判断に「公式ホームページ」を利用している。結構影響力はあるのだ。

  • 本校のサイトを空ければいやおうなく私の顔が出てきて、「木村智彦の言葉」なるものが目に付く筈だ。ここをクリックして「嫌になるほど長い日記」を読まされるほうも大変だが書く方も大変と言いたいところだが、そこは全く大変ではないのだ。

  • 時間が有り余っている暇人ではないが、夜はどなたも時間があるはずだ。私は「一日の締めくくり」をこの日記のアップを持って「区切り」としているから一向に苦にならないのだ。書きたいことは山ほどある。学校は社会と連動している。社会の動きに合わせて「木村智彦が何を発信するか」がないと読者の期待を裏切ることにもなろう。タイミングを重視している。

  • ブログの面白さは携帯で更新すれば更に面白くなるという人が多いが、私のスタイルとは違う。モデルさんや芸人さんがやっているブログは「簡単な日記風の代物」で「朝ご飯、ゆで卵と卵焼きどっちにする?」などを携帯で時間にあるとき書き込めば返信が数百件、来たりするのが面白いのだろうが、こういうのを日記というのであろうか。疑問だ。

  • 私は「双方向」としていない。目指すは一方的な「硬派の日記」の形である。どちらかと言えば「新たな思索論考の場の一方的な提供」と考えている。これを読んだ人が「何かを感じてくれれば、それで良い」と満足する。「ウェブ上で議論する気はないし、議論は相手の顔が見えないといけない。」

  • 誰かが私のブログ内容で「意見」があればその意見を私に届ける方法は多く考えられるものだ。最近お会いした公立中学校の現職の先生は私のブログに対して「このブログは日々の旬な話題に浪速の現状を織り交ぜながら毎日更新され、世間へのインパクトは非常に大きいと思われます。加えてそこまで言って良いのかと思うぐらい学校の現状が公開されています。(中略)貴校のこの公開度の高さが保護者から厚く信頼される要因になっているのでしょう。又教職員を意識した内容が数多く見られます。例えば教職員の服務・授業の様子・保護者からの匿名の手紙などについて厳しいコメントつきでこれを読む教職員にとってはかなりの刺激になっていることでしょう。しかしその中で若手(特に講師)をほめて励ましている場面が多いことにとても好感が持てます。(後略)」とあった。

  • もう一つ嬉しかったのはブログにある「教師を待たせない」ということらしい。「ちゃんと見る人は見ている」のだと感じた。私は教師を待たせない。幾ら重要来客があっても部屋に来た教師の決済はすぐするように心がけてきた。そのために会議が中断しても教師を優先させている。

  • 忙しい教員は「生徒との対応でタイミング」というものがある。その場で決済してなるべく仕事を引きずらないようにしているのだ。これを読みきっている外部の人間がいるとは驚きだ。

  • 生徒は夏休みとなったが学校はある。今日はゆっくりだが明日から「伊勢神宮での修養学舎」だ。「五十鈴川において禊」を行い、1年のお礼と来る1年の学校と生徒の安全を祈念する。

20.7.19(土)1学期終業式

  • 1学期が終わった。「大きな問題もなく順調に経過」した。教職員が頑張ってくれたからこそだ。部活動表彰をし、2学期まで事故の無い様に、3年生は「頑張りどころ」と激励して終わった。しかし暑い日だった。

  • 今日は何時もと違って場所を中庭学院神社前から「体育館」に移した。目的は終業式の後の「全校集会」である。2学期から「生徒生活指導強化作戦」を展開することを生徒に校長の声で直接伝達するためだ。少し何時もより時間が長くなるので配慮したのである。

  • 体育館にはエアコンが無いので中学生は新館ピロティの椅子席とし、ビデオモニターで実況中継し、高校生だけ体育館に集める。密度を薄くしたのである。保健体育部長のアイデアだ。彼は良くやる。風通しを良くするために会場内の幔幕はなしとし、窓を開けっぱなしにして風を取り入れる。時間短縮のために一部を合理化し、生徒は床に座らせることにした。すべて「熱中症防止」のためだ。

  • 昨日、臨時職員会議を開き、「職員の意思結集」を図った。今日のホームルームで各クラス担任には「保護者宛の私の手紙」も生徒には手渡した。今日「ホームページの保護者通信欄には全文をアップ」することになっている。

  • このようにして準備は整った。「全ては生徒の為」である。本年本校は多くの生徒が入学してくれた。現在来年に向かって「広報活動」を展開しているが「塾関係者の情報」では「浪速人気」は依然として高いと言う。

  • 去る13日は初めて中学校の入試説明会でも昨年の25%多い保護者が参加してくれた。高校はボツボツと中学3年生が高校訪問で本校に来てくれている。明日は本校で初めて「クラブ体験入学」を行う予定で予想を超える多くの中学生が来て呉れそうだ。本校の部活人気は高い。昨日のブログではないがやはり「クラブ投資」は必要だ。第二グラウンドの評判が高いと聞く。

  • このようなときに一番最初に目に付くのは「在校生の姿」である。「在校生の姿が美しい」と「学校の品格」が評価される。ところが、ところがだ。99%以上の生徒は立派であるが正直中には「クビを傾げる生徒」が出始めてきているのも事実である。数が多いとどうしてもそのような生徒は出てくる。入学式当初から徐々に服装が乱れてきている。

  • 決して無茶苦茶に悪いわけではないが明らかに「校則違反」だ。違反だ、違反だと言い立てる積りはない。可愛い生徒ばかりだが、どうもその数が増えてきつつあるような気がするし、真面目にしている生徒や保護者から「うちの子は真面目に云々しているのに学校はどうして・・・」という声が出始めてきたからでは遅い。ボツボツ,舵を切るときと校長として決断した。

  • それが「生徒生活指導強化作戦の展開」だ。髪染め、スカート丈、化粧、男子のずり下げズボンについて「指導を強化」することにした。内部で相当議論をした。生指を強くして「嫌がる保護者はいません、入試広報活動には影響はありません」との意見も出た。

  • ただ「総論賛成、各論反対」が世の常で保護者も「わが子のこととなると口を開く」だろう。「あの子も髪を染めているではありませんか、どうしてうちの子だけが・・・」となるものだ。

  • しかし私は「退かない」。度重なる違反には「進路変更」を勧める覚悟は出来ている。私は「学校を守らねばならない。」ただしだ、ただしだ。「喧嘩を売っているわけではない」「粘り強い教師の指導」がやはり決め手になる。そのことは分かっている。

  • 教員の温度差こそ問題」であり、これがあれば一挙に崩壊する。「あの先生は厳しくて、あの先生は優しい」では生指は出来ない。極力教師間の温度差をなくするように今日の職員会議で徹底した。

  • しかし「言っても、言っても出来ない生徒」に言い続けることは教師を疲れさせる。「生指に関わる教師の消耗感は我々の想定以上」であり、教師を追い込むことになる。生徒を追い込むなら良いが教師が追い込まれては意味がない。

  • そういう意味で全員が対応する「織田祐二の踊る大捜査線」としたのだ。生徒からは「キターッ」との声が聞こえる。勿論この程度のことで、ある日を境に「全面的に好転」など期待はしていないが、「些かでも押し戻す」ことが出来よう。それで良いと考えている。「生徒のエネルギーと学校のエネルギーの綱引き」である。

  • 一方、「スカートの丈」については腰のところで生徒が勝手にくるくる巻いて短くならないように新しい商品があると聞き、早速見本を取り寄せたが、これはダメだった。小さなプラスチックが2箇所ほど入っているのだが「外せばそれまでよ」だし、ウエストが「痛くなる」と間違いなくクレームが付く代物だ。しかし笑ってしまった。「各校も苦労している」のだなと。

  • 次に考えているのが、ジャンバースカートと言われているものだ。ワンピースである。これだと清楚に見えて又ウエストをくるくるして丈を短くすることは出来ないだろうという意見が出た。すぐ飛び付いたのであるが「すこぶる女生徒の評判は悪い」と制服屋さんは言う。入学者が減るとまでいうのだ。

  • 生指の浪速」を標榜するが実力を見せなければならない。今カナダでホームステイしている2年生のクラスにもメールで知らせ生徒には徹底した。果たしてこの作戦、どのようになっていくのか、想像が付かないが教職員一致協力して「数歩、前に出る」ことにしたのである。

  • 今日は私も制服のズボンをはいて壇上で「づり下げズボンの実演」をして「いかに格好悪いか」を示してやったのだが生徒は「拍手で大喝采」大きな笑いを取ったが、笑うのではなくてちゃんとしてもらわねば困る。しかし「ウーン、生指は本当に難しいなー」と思う。しかし諦めずにとにかく少し「押し戻そう」と思う。

20.7.18(金)部活動後援会

  • 部活動後援会

  • 一昨日重要な会議が持たれた。「浪速中学校高等学校部活動後援会の役員会」である。本校はこのような名前の後援会を有している。この後援会は「平成3年の選抜高校野球大会出場時に組織された後援会」を起源としている。

  • 当初、選抜出場を祝って多くのOBから浄財が集められたと聞く。その「残預金」を部活動後援会と言うしっかりとした組織を作って母校の生徒が部活動で立派な成績を上げた時に「激励金」として手渡すことを主な事業としたものだ。

  • 数千万円のファンドがあり、実に「17年の長き」にわたって母校のクラブ活動の振興に大きく寄与された。誠にありがたいことである。昨年着任したとき、財政がアップアップの状態であっただけに「誠にあり難かった」。感謝申し上げている。

  • しかしこのファンドは新たな収入策があるわけではなく、「支出一方の会計」であり、残預金も大分少なくなってきた。心配した私はPTAにお願いして新たな高校部門の教育後援会を組織して貰ったのである。中学校には従前からあった。

  • これは「浪速高等学校教育後援会」として昨秋のPTA総会で正式に機関決定され名実共に動き始めた。ここに従来から積み立ててあった「バザー収益金」を原資として会計がスタートしたのである。又20年度4月の新入学生の「有志保護者から寄付金」も戴き、良いスタートがきれたと大変喜んでいる。

  • 新たな後援会が出来たこともあり、この部活動後援会の行く末を実は議論してもらうべく集まって戴き、方針が確認された。まず「この部活動後援会はファンドがなくなった時点で自然消滅とし、新たな収益策は考えない」、「組織をスリム化する」の2点が正式に決まった。

  • 従来14名もの役員がいたが20年度からは5名とした。会長、副会長も「タイミング」としてこのたび交代した。本校卒業生で企業の立派な経営者で実に人品卑しからず尊敬に値する会長であったが、もう6年の長きにわたって勤められて来られたお方であったが、今回でご放免となった。

  • 新たな会長は現PTA会長であり、別途の高等学校教育後援会とこの部活動後援会の両方に近いところでのポジションであるから「うまくやっていただけるだろう」と皆で推挙されたものだ。

  • 会計監査は同窓会長で本校の理事者のM氏にお願いしたのは、元々がOBの拠出金であり、「使い途に目を光らせて」いただければとの思いからである。理事長の私は法人会計の責任者であり、役員から外れ、その代わり、「筆頭副校長が執行の実務責任者」として入った。会計は事務長が担当する。

  • これで本校の財布は理事長所管の法人会計、部活動後援会、高校教育後援会、中学校教育後援会の4部門に明確に別れ、「目的別にファイナンス支援」を行うことになる。ここまでしっかりと組織が整備されている学校もそう多くはないのではないか。最も私の財布が最も大きく、元来はこの財布だけで賄わなければならないのだが、難しい場合には臨機応変に他のファンドが対応してくれれば「生徒のため」になる。

  • 部活動後援会の財布の底が見えて来たので「支出基準を少し下げて延命させますか」という議論には今回の役員会では「大反対」で今まで通り「出してやって欲しい」ということであった。ちなみに平成19年度は「4286619円」使っている。大きな額である。

  • 激励金が95万円、公式戦出場の生徒旅費等の支援265万円、創部支援69万円だ。バスケット他多くのクラブに支援をした。個人的には少し使いすぎかもしれないと思っているが、昨年は特別だ。そのおかげで「立派な部活動成績」を上げてくれたし、なにより「学校が元気一杯」だ。元は十分取れている。

  • しかも昨年は法人会計も部活動支援には大きなお金を使った。弓道場の床張り更新、体育館リフレッシュ、テニスコート3面化、中庭人口芝、ブラスバンド部楽器購入、雅楽部楽器購入、バスケットユニフォーム新調、「とにかく遣いに遣った」。額は「1億円を軽く超える」。教職員の持ち時間増など「合理化のお陰」だ。これで一段落したと考えている。

  • 物品購入だけではない。「人的支援」も大きかった。ブラスバンド部、雅楽部、今度柔道部と弓道部には「外部の指導者」を高い金額で招聘している。こちらの費用も馬鹿にならないが、要るものは要る。しかしやはり「強くなる、上手くなる、部活動を通じて生徒が成長している」ことが大切だ。

  • 19年度の部活動支援のお陰で校長の私は生徒からは「神様、仏様」みたいに見られているみたいだ。特に中学生は素直で体全体に喜びが溢れている。この姿をみれば「やって良かった」とつくづく感じる。「部活動の声がこだまする学校は良い学校」だ。今後とも少しブレーキをかけるかも知れないが、支援はしていってやりたい。

20.7.17(木)その2:浪速の公用車

  • 本校の公用車

  • 本校には公用車はない」が、持てるような学校でもなければ、私もそのような身分でもない。電車通勤で十分だ。時に必要時はタクシーを使わせてもらう。時間がもったいないからだ。それに「PTAが寄贈してくれた学校車ホンダオデッセイ」がある。

  • 本校にもかっては公用車があったらしい。着任したときに正門の右手の小屋みたいなものがあったが「車庫」だったという。そういえば私が浪速にお世話になる前に相談する人も居たのだがその人がしみじみと言っていた。

  • 浪速の某校長が黒塗りの公用車で府庁に乗りつけ」、当時「大きな話題」になったと。校長風情で公用車とは浪速は大したものだと皮肉に見られていたのだ。昭和59年、浪速は「大物校長を大阪市から招聘」したらしい。私に言わせれば「小物に過ぎない」のだが、当時あるトラブルで困っておりその方面の対応策で役所から来て貰ったらしい。

  • 頼まれたこの校長の最初の仕事は「270万円でクラウンを買い」、車庫を建てたという。そして年収800万円の「専任の運転手」を雇い入れ、かって気ままに使い始めたという。理事者は誰も止められなかったと後でお聞きした。理事長ではない、一介の校長だよ、信じられない。2回の車検後、古くなったといって平成元年、新車に買い換える。このときも黒のクラウン。

  • 平成6年1月更にグレードアップし3000CCのクラウンを417万円で購入したが、この年3月、病死されたと言う。校長在位12年だ。「待ってました」とばかりにたった2ヶ月で「車は売却」、専任の運転手も解雇されたという。「車庫だけがつわものどもの夢の跡」で残っていたとうわけだ。これを私が着任後2週間でぶっ壊したのである。

  • 多くの私学の理事長校長、特にオーナー系学校の理事長は専用車をお持ちであるみたいだが、それは蓄積があるからだが、どう考えても「メリット」はない。必要時には「タクシー使用」で済む。大体教職員に我慢を強いている時に専用車に踏ん反りかえるような理事長や校長では教職員に物は言えまい。学校を放り出して校長が何処へ行くのか?「校長は学校にいなければならない」。

  • 浪速は未来永劫、「専用車は持たない」ことを「新たな学校を創設した理事長校長として宣言」する。本校の「理事会内規」としたい。本校のような小規模の学校はまず理事長校長が朝、しっかりと学校に来ると言うことが大切だ。

  • 電車の中、歩いている生徒の観察から「アイデアは浮かぶ」。学校に殆どいなく何処にいっているか分からないようなトップでは学校改革は推進できない。「トップの方針を具現化し実行に移すのが管理職の仕事」だ。私は私で学校全体を見ながら「次の一手」のために考える。

  • 私が教職員と同じ発想だったら学校進化なんど進む筈がなかろう」。「私は私」だ。私と教職員の間に「5名もの管理職」を置いている。元来本校の規模では5名は多い。一昨年までは校長を除けば3名であったのを2名も増強している。

  • 本校で働いている人間は「4グループ」に分かれる。経営者は一人私だ。専務理事も校長も兼務している。そして管理職は5名、そして類科長・主任分掌長が16名、そして一般教職員だ。それで「ピラミッドを構築」している。これを「組織化」という。

  • みんなよく頑張ってくれている」。私には古くて時に蚊が出る部屋が与えられ、エアコンの音が大きいが気に入った部屋と良く気が付く秘書さんがいる。公用車はないが素晴らしい仲間がいる。それで十分だ。「エコ浪速」で行きたい。

  • しかしこういうことを考えていたら、本日前からのお約束で某大学の理事長が新型の黒塗りのクラウンを横付けして本校を訪問だ。「素晴らしい車」だったが「私の発想はこの車の維持費と運転手の人件費で専任教員が一人賄える」と直ぐ考えることで、これは悪い癖だ。
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