校長ブログ懐古・・改革の軌跡・・

平成19年度からの校長日記を再掲してまいります。

21.8.18(火)「米百俵」

8.18

  • 遂に第45回衆院選が「告示」された。先月21日の解散以来事実上の選挙戦に突入しており、与党の自民・公明と「政権奪取を狙う民主党」の攻防はいよいよ「最終局面」である。しかし「選挙ほど面白いものは無い」。「胸が躍る」感じだ。小さい頃から政治家になりたかったから尚更である。何か「うらやましい」のだ。

  • 昨日17日には東京の内幸町の記者クラブで「主要6党の党首討論会」があり経済、安全保障など論戦が交わされたが、何か民主党の鳩山総理を前提にした討論会の様相だったとして各紙が報道している。

  • しかしだ。まったく「教育問題」の議論はなかった。今朝の新聞すべてを見たがどこにも無いのだ。これが「社会の現実の姿」「政治家の姿」なのである。私は憤って言っているのではない。結局「教育は後回し」なのである。

  • 大衆迎合の政治」では目先の「ばら撒き」にどうしてもなり、効果の出るのに時間のかかる教育問題は「票にはならない」のだろう。しかしこれは間違っている。余程の腕力のある政治家なり圧倒的に強い政党で無ければ「無限の教育問題」に税金は使えないのである。

  • もう一つの大きな問題はどの党首も民主党の危うい「教育改革の方向性」を質そうとする人はいなかったのである。しかしこれは後々大きな問題となろう。世界が「社会民主主義的」な流れの中で民主党の教育改革の方向性は大いに議論があってしかるべきであった。

  • 私は今回の「政権選択」の選挙の最大の論点は「教育問題」にあると思う。大体経済も安全保障も生活保護も自民党と民主党で大きな違いはない。80%程度同じではないか。ただ本質的に両党が抱える「教育問題への姿勢が根本的に水と油」で異なると見ている。

  • 自治労、日教組など組合を支援団体に持つ民主党はここ数年進めてきた「教育改革路線」を踏襲するとはとても思えないからである。小泉内閣から安部内閣と進めてきた教育改革の反動として民主党政権でゆり戻されないかとても心配なのである。

  • 教育こそ国家百年の大計」であり、政治家が最も重要視すべきテーマである。英国のサッチャー政権、米国のレーガン政権以来「教育立国」で両国は立ち直った。しかし日本はいまだに先進各国の中で公的助成も少なく最も教育改革に遅れをとっている。

  • 先のブログで越後長岡のことを書いたが長岡と言えばもう一つ「米百俵」のことに触れないわけにはいかない。この米百俵を一躍有名にしたのは元総理大臣であった小泉さんであった。首相就任演説で「改革の痛みを我慢する」と言う例で引用したものだったと思う。

  • 戊辰戦争」で敗れた長岡藩に三根山藩(新潟県巻町)から「百俵の米」が贈られた。激しい窮乏の中で百俵の米は数日でなくなるのでは意味はないと若い藩士「小林虎三郎」はこの百俵を将来の千俵、万俵として「生かすために「学校設立資金」に使ったと言う。

  • 設立された「国漢学校」は後に幾多の人材を育て上げることになった。今の痛みに耐えて明日を良くしようと言う「米百俵の精神」こそ改革に立ち向かう者にとって重要なことである。 小林虎三郎は1928年長岡藩士の三男として生まれ河井継之助より1歳年下。佐久間象山に学び吉田寅次郎(松蔭)と「二トラ」と言われた秀才であったが生来の病弱で明治10年に50歳で生涯を閉じている。

  • しかしこの一事だけで今日に至るまで日本の歴史にその名を刻まれている。どちらかと言うと海外での評価が高い人物と言う。確かに欧米人にはこの種の話は好まれる。上杉鷹山も然りだ。

  • 特に「路傍の石」や「真実一路」で有名な小説家「山本雄三」が尊敬する長岡市の「山本五十六」を調べている時に「河井継之助」を知り小林寅三郎という人物にたどり着いたという。これで「米百俵という戯曲」を書いたことから、この話が広まっていったとものの本にはある。

  • 長岡市のホームページには「国が興るのも町が栄えるのもことごとく人にある。食えないからこそ学校を建て人物を養成する」のだという寅三郎の主張は「目先のことにとらわれず、明日を良くしよう」となっている。

  • これに対して確かに「反対する声」もあるだろう。行政当局の常套手段であるからだ。政治家が「国民に我慢を強いる」ために引用されているが、実際は長岡の藩士は領民に痛みは求めず、学校を作ってなんとこの学校を今までの藩士だけではなくて「町民農民に開放」した。

  • このことが「偉い」と思う。「教育の機会均等」である。反対を押し切りリードした小林寅三郎も立派であるが侍から侍に渡された米百俵を家族に食べさせずに「明日のために使った藩士が偉い」のである。これが武士である。「武士道の精神」である。

  • 長岡藩士は2月の旧正月までは決して新米を食べなかったという。領民の苦しさを知っていたからである。長岡藩は幕末に「禄高の均等化の改革」を行い上士の禄高を大幅に減らし多くの下士の禄高を上げた改革も有名である。

  • 要は「年老いた働かない高給取りの給料を減らして若い世代に配分」したのである。是非これは「本校のネクストテーマ」だと私は思っている。そして改革のために藩主も藩士も多くの資財を処分し先祖伝来の家宝を処分して国漢学校に多額の寄付をした。

  • そして遂に明治2年、国漢学校が設立された。明治3年「米百俵を売った資金」で新天地に移転。洋学と医学局がスタートする。そしてこの学校は明治7年に阪之上小学校、明治5年に長岡洋学校となり、一つには明治6年に長岡病院となる。

  • 幕末の小さな学校がこのように三つの分野に分かれ発展してきているのである。長岡洋学校は明治33年長岡中学校となり、昭和23年「県立長岡高等学校」となる。平成20年には創立137年だから尋常ではない歴史である。

  • 私は思う。今衆議院選挙前だが各党の政策責任者に「米百俵の精神」を理解し「国は教育をもって興す」という根本に具体策をとって欲しいのである。8月1日のブログ「教育は人生前半の社会保障」ということと合わせていまこそ「政治の力で最低限の仕組みを組み立てて欲しい」のである。仕組みさえ出来れば細かいことは「現場でやれる」

  • 現場で頑張る校長や教職員を正当に評価できるような学校改革」をしなければならない。サボりの教職員は排除できる「仕組み」を考えねばならない。頑張る者もサボりの者も1円も給与が変わらないのはおかしいのである。今のままでは「学校間格差」がその内大きな問題となる。学校に「投網」を投げ、「最低限のライン」は敷かねばならない。

  • 私は私の出来る範囲で「米百俵の精神」で頑張っていくつもりである。「明日の浪速のため」に最後の力を振り絞って「新校舎建設」まではなんとしてでも頑張っていく積りなのである。「お盆休みでリフレッシュ」出来た。明日からまた頑張ろうと思う。


21.8.12(水)倭は国のまほろば


8.128.122

  • 教育の目的が健全な国民を育てる」ことにあることは誰しも疑いは持たないだろう。ところがその教育が問題で、事はそう簡単にはいかない。学校で教える教員の側には「厄介なもの」があるからだ。それを「」という。

  • 教育観」「価値観」「社会観」、「歴史観」何でもかんでも「」という言葉を使って自分たちを正当化しようとする勢力がいるのである。数学や理科には「なんとか観」はあまり関係ない。「自然科学の世界」ではそうかもしれない。

  • ところが国語や英語、なかんずく社会科の科目である「歴史や公民」で「教員が有する個人の価値観や教育観、歴史観」で授業をされては時に「とんでもないこと」が起きる可能性がある。

  • 日本の歴史を否定的に扱い」、「教科書を読むと日本が嫌いに成る」ような教育観で授業を受けた子どもたちは自国を愛する態度を見に付けられなくなって、「自虐的」な国家観を有するようになったら、これ以上の不幸はない。「お仕舞い」である。

  • 従って「学習指導要領」が定められ、「教科書審議会」や「教科書調査研究委員会」などの手続きを経て教科書は採択されるのである。勝手気ままな「教材」を使って授業をされないか教育委員会と私立学校の理事会は注視しているのである。教員に教科書の採択権限がないのはそういうことなのである。

  • 戦後長い間学校現場では「価値観を押し付けてはならない」とする風潮の中にあった。日本教職員組合(日教組)が「教え子をふたたび戦場に送るな」というスローガンを掲げ「戦前の日本の歴史を否定する」が日本の教育会を縛ってきたと私は思う。

  • 国家は悪であり、権威を否定し、愛国心などはとんでもない話で学校の方針は、教職員、自分たちが職員会議において多数決で「民主的」に決めるとしてきた。「校長は教職員に対峙する存在」として基本的に学校は「校長を頂点とする管理され、組織化された」ものとは程遠い状態であったのである。

  • 言ってみれば戦後60年、学校現場は「コミューン化された社会」であったのである。私はそのように思っている。「校長のリーダーシップ」など言葉さえ存在してこなかったが平成12年頃から「卒業式における国歌斉唱国旗の掲揚」問題でようやく教職員団体が社会の批判をあびるようになってきたのである。

  • そのような中に「子どもの権利条約」が更に拍車をかけ、一部の勢力はこの条文を「子どもの自己決定権を尊重」すると捻じ曲げる解釈をするに至り、そこに「ゆとり教育」が覆いかぶさってきたと私は見ている。

  • 子どもを指導し教育するのではなくて子どもが主体的に行う学習を「支援する」という「教育観」がアッと言う間に教育界に広まり定着した。その結果「学力の低下」は勿論、「公共でのマナー」なども目に当てられなくなる生徒の出現と「学級崩壊」などの問題が出て来ているのである。

  • 子どもの野放図な自由を、「個性を尊重する」との美名で認めたことにより、まず「忍耐力のないすぐ切れる」生徒の出現に繋がったという識者も多い。前日のブログ「行き過ぎた子ども中心主義の破綻」である。

  • 子どもがやる気になるまで待つ、教えない、支援するのだ。「今のままが子どもの個性」である、それを尊重するなどの「寝とぼけた教条」は教員に「何もしなくても良いという免罪符」を与えることになったのである。

  • ゆとり教育」などは典型的で、勉強が出来ないのも個性と放任するものだからますます授業が分からなくなり学校がおもしろくなくなるのである。「学校の友達は楽しいが学校の授業は嫌い」と荒れてきたのである。

  • そこに持ってきて「社会科の教科書に大きな問題」があったと私は見ている。日本の歴史教科書なのに「日本の偉人が出てこない」のである。前日のブログで「他律たるべき教科書」と書いたが「子どもの気持ちを豊か」にしていく教科書が必要である。

  • 偉大な先人の話に子どもの目は輝き、「自分もああなりたい」と思うはずだ。公民教科書においても「家族や社会に感謝して生きていく」と言う他律の意義をもっと重要視すべきと私は考える。

  • 歴史は「自分よりも前の時代の人がどういう社会を築いて来たのか」、その「成功と失敗」も含め、それを次の世代に繋いでいくことを教える教科である。ところが日本の歴史教科書には日本の偉人は出てこない。「歴史上大事な人のことを学ばなくて」歴史を学んだとは言えないのではないか。

  • 遣唐使を廃止し「国風文化」が起きるきっかけを作った「菅原道真」や農村復興政策の指導者「二宮尊徳」などの時代の革命家などは我々の時代にはまず絶対的に学ぶ対象であったが今や教科書からは姿を消している。

  • 小学校の学習指導要領で特に取り上げる人物とされている日露戦争の連合艦隊司令長官の「東郷平八郎」も中学校では姿を消している。この東郷平八郎には少し思い出が私にはある。

  • 前の公立高校勤務時代に「東郷平八郎の直筆の扁額」があると古い同窓会報にあったので私は校内の隅から隅まで一生懸命探し、それをようやく見つけ出したのである。綺麗に整備してそれを同窓会館に飾った。恐らく戦争の張本人として遺棄されたものだろう。しかし旧制の中学校には講堂に飾ってあったのである。

  • 聖徳太子」に関する記述もたったの数行であり、「柿本人麻呂や勝海舟」などは多くの教科書に記載がないのである。日本と言う国に生まれてきたわけであるからその「国の伝統と文化の中で育まれた規範やルール、マナー」を系統立ててきちんと教えていくことは家庭では無理である。この部分こそ「学校教育しか担えない部分」ではないか。

  • どうも戦後教育は「根無し草」「無国籍」の教育であったような気がする。生徒たちは市町村という地域に住み日本という国に生きる国民である。多くの公民教科書は「国民とは」「「国家とは」はどういうものかに触れずに一足飛びに「地球に住む地球人」とか強調されているがまず「自国の理解が先」ではないのか。

  • 平成18年12月「教育基本法が60年ぶりに改正」され新しい理念が条文化された。第2条には「豊かな情操と道徳心」「公共の精神」「生命を尊び」「伝統と文化を尊重」「我が国と郷土を愛する」が明記された。

  • 私は今自国への素直な愛と希望の光をもてるような社会科教育を成し遂げるために少しでも「子どもたちの目が輝くような教科書を採択すべき」と考えているのである。清らかで明るく正しく直く平易にして品格ある教科書を望むべく「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」に属して自らが勉強してきた。

  • 私は「多聞尚学館」を開館してから敢えて河内の偉人「楠木正成」」と「後醍醐天皇の建武の中興」を生徒に語り「青葉茂れる桜井の」を何回も生徒の前で歌ってきた。これは「明治時代の小学校唱歌」である。今の中学生、高校生は余りにも我が国の歴史を知らない。全く悲しいことである。

  • 倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 倭しうるわし」この古代史の中でも際立つ国民的英雄である「ヤマトタケルノミコト(日本武尊)」が故郷を偲んで歌った「この国に生まれて良かった」と思えるような生徒を本校で育んで行きたいのである。

  • 古事記」に詳しく記されていることを「古事記に書いてある」と少なくとも教えていかねばならない。「神話」だと馬鹿にしてはいけないのである。「我が国はこのような美しい伝説を神話として後世に伝えてきた」のである。

  • 伊勢神宮」を中枢におく「神社神道の精神を建学の礎」として「校内に学院神社」があり「天照大御神」と「府内各神社の八百万の神々のご加護」を頂いてる本校に相応しい教科書を採択しなければならないと私は今考えているのである。


21.8.11(火)行き過ぎた子ども中心主義?

8.11

  • いくら反抗期と言っても「親が尊敬できない」というのは問題だ。「親は嫌いではないが余り好きになれない」というのもある。その分おじいちゃんやおばあちゃんは好きだと言う。その理由は「怒らないし、お小遣いを呉れる」からという。

  • どんな先生が好きか」と聞くと「優しい怒らない先生」「友達みたいな先生」という。要は「教師と友達感覚」でおられる先生が「好み」なのである。側に寄っただけで「威厳のある」ようなタイプは「息苦しい」し、一方的にしゃべる教師も「暑苦しい」のである。

  • 教師の中には「生徒と友達で良し」と思っているような者も居たりして酷いのになると「媚を売ったり」して「お母さん教師」を自ら振舞っているようなものもいる。教師がお父さんやお母さんではあってはならない。

  • 立場上「保護者の相談」はよく受けるが、生徒からの直接の相談はほとんどない。校長とはそういうものだ。生徒がどのようなことで悩んでいるのかはまず「担任」や週に2回来て頂いている「心理療養士のカウンセラーの月度報告」で詳細受けている。時に保健室の養護教諭からもの情報もある。

  • 生徒は本当に様々なことで悩んでいる。しかし大体「家庭問題や親との関係」で悩んでいるケースが目に付く。本校の生徒は酷いやんちゃな生徒もいないしほとんどが真面目な生徒である。ご家庭もしっかりしているから学校としては安心なのだがそれでも時に心配する局面はあるのである。

  • 問題行動のある生徒」から事象を論じると時に間違いを起こす。マジョリティである圧倒的多数の生徒の「最大公約数的行動パターンというか物事の考え方を観察」していると「今日的子ども」の群像劇が見えてくる。

  • 一言で言えば「子ども丸投げ主義の失敗」であったことが分かる。教育論議風に言えば「行き過ぎた子ども中心主義」であろう。「口では子どもの為」と言ってはいるが実は「責任回避」の詭弁であり、親も学校の教師も戦後長い間この響きの良い「子どものため」という呪縛に囚われてきたのではないか。

  • 子どものためと言えば「何でも通った」のである。子どものために「私もパートで働く」「子どもの教育費を稼いで私学に通わせる」とか、何か「子ども、子ども」と言いながら、その実態はまず「親と子どもの遊離」が始まったと私は思うがどうだろうか。

  • 親と子どもの遊離による摩擦熱はすべて「学校に向かう」ことになる。「何でもかんでも」と言う感じで学校に矛先が向かう。元来どちらかと言うと「学校教育の純粋な部分」に「社会の複雑な仕組みとかは家庭教育」で行うのが普通であったが「今やすべてが学校に舞い降りてくる」のだ。今や基本的に家庭教育は存在しているのかという疑問もある。

  • 教師とは「オールマイティの力」を有しているわけではない。逆に世間の人々が言うように「教師の常識は社会の非常識、社会の常識は教師の非常識」というように「生き方が不器用」な面があってなんでもかんでも「こなせる力」があるわけではない。

  • 確かに数学や英語や社会や「専門の教科を教えるのはプロ」であるが社会の複雑な絡まった問題を大学を出て10年未満でまだ独身の若い先生が快刀乱麻で処理できると考えてはならないのである。又ベテランと言えども、「学校という塀の中」一筋できた教師にすべてを求めても無理なところはあるのである。

  • それを社会は誤解して学校の先生は「何でも出来る世の中の達人」みたいに思っているとしたら早速改めて貰わねばならない。「学校の教師が教科指導に特化」できるようになったら彼らは今まで以上に教材の研究と指導法にのめりこんでいくだろう。教師とはそういうものだ。

  • 最近教育雑誌で「学校はサービス業」などの表現が出てくるがこの言葉を使ったのは私ではないか。平成14年、今から7年前の話である。公立学校に民間人校長として着任した時に余りにも公立学校の教員の「サービス精神の欠如」に驚き、論文等で使った言葉である。

  • 基本的に「学力向上」に関した言葉である。「学校と言うのは強制力を持ってすべての科目の学力の定着を図るところ」であり、まず此処を外したら学校ではないと言うのが私の信念である。「学力向上へのサービス活動こそ学校の使命」である。

  • しかしこの「サービス」という言葉は独り歩きして、時に曲解されたりしているがサービスというのは「なんでもかんでも奉仕」と言う意味だけはなく「より良いものの提供」であり、その過程で「個別の対応の必要さ」を表したものであった。叱ることも厳しいことをいうのもサービスなのである。

  • とにかく子ども中心主義がどうも教育全体に「大きく重たい霧を降り注いでいる」と私は感じてならないのである。このような傾向は何時から始まったのであろうか。少なくとも私たちの親の時代では全く異なるものであった。まず「親の存在」が最初に来たと思う。「孝養はすべての源」であったはずだ。

  • 1989年バブル景気真っ最中に「国連が採択」し1994年平成6年に日本も批准した「児童の権利条約」の都合の良い解釈もあるだろう。この憲章は元々勉強したくとも勉強できない発展途上国の子ども達の権利を護るために作られたものであるが、時に教職員団体はこれを持ち出してきて自分たちを正当化する。

  • 一部の公民教科書では「子どもの権利条約」と言って原文とは似ても似つかない解釈をしている。又これを受けて全国の自治体では子どもの「自己決定権なる子どもの権利条約」が制定されている。

  • 酷いのになると「ありのままの自分でいる権利」が保障されているが子どもがありのいままでいられるなら教育やしつけは成り立つものではなかろう。「今日は学校に行きたくないから家でゲームをする」というのを認めざるをえないだろう。

  • 昔は朝起きて学校に行かなければ親は「追い出して」学校に行かせたものだ。私の母なども厳しかった。要は「サボり」は許されなかったのである。又「遊ぶ権利」とか「自分のことは自分で決める権利」というようなものもあるのが実態なのである。

  • 元来「子どもと言うのは何も知らない」という原点に立ち返らないといけない。何も知らない純真無垢から「生きていく自律の芽」が芽生えるわけがない。芽生えてもそれは到底社会に受け入れられない、間違った、短兵急の、独りよがりのものになる可能性が高い。

  • これは良い」「これは駄目」「駄目なものは駄目」といってやる「他律の動きが必要」になる。この他律こそ親であり学校の教師である。「正しい自立への自律を養うために他律としての教育が存在する」と言うことではないだろうか。

  • そして学校の他律とは「教科書を通じた教師の指導」なのである。指導とは「指し示して導くことである。」「強制力を有した教え」なのである。「教え育む」ことが教育なのである。そこにおける生徒と教師の関係においては生徒への権利条約など全く関係ない話なのである。


21.8.10(月)学校の教科書


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  • 教育費の公的支援の拡充」は確かに教育の機会均等に効果をもたらす。「親の経済力格差」が罪のない明日の日本を担う子供たちに教育機会を与えると言うより、「失わせないという意味」で大きな意義はある。先進各国の中で日本は最低に近いという現実はまず押さえておきたい。

  • しかし中世以降日本では又世界でも共通の現象であるが、少なからずこのことはあったのである。むしろ「士農工商」とか言って「身分制度」が厳しかった時代よりも現代は「教育を通じて」あらゆるものが改善改革され、「夢の実現に至る可能性の門戸」は格段に広がっているのではないか。ここも押さえておきたい。

  • 何か親の経済力格差がこの数年で発生し拡大しているような論調になっているのを時々感じるが、「高校進学率も大学進学率も伸び続けてきた」のである。この点も押さえておきたい。

  • 選挙区における一人当たりの「一票の持つ重み」が余りにも格差として大きくなり、放置できなくたって衆議院の各選挙区の定員を見直すような感じで親の経済力格差を論じても良いのではないか。「格差は昔からあった」。問題は「程度の問題」ではないのか。

  • いずれにしても「教育費の問題」はこの国の将来を規定するような極めて重要なテーマであることは間違いなく今度の衆議院選挙を経て数回の国政選挙である程度目に見える形で変わっていくだろう。そうでなければならない。

  • しかし教育の抱える問題は「教育費だけの問題ではなかろう」。ここが最も重要である。ここまで上級学校への進学率が上がってもかえって「青少年の抱える問題は深刻化」しているような気がするのだ。

  • 不登校、問題行動、凶悪犯罪、薬物、いじめ、暴力行為、ネットトラブル、無業者、フリーターほか今日的高校生と大学生の問題行動と抱える課題は「一部の生徒・学生の問題」と簡単に片付けるわけには行かないくらい比率的にも内容的にも看過できない状態である。

  • 高等学校教育におけるこのような問題への対処については正直言って「事後対応」に終わっているのが現実と考えたほうが良い。毎日毎日、「人の物を盗ってはいけません」「いじめをしてはいけません」などと教師が伝えるわけにはいかないからである。

  • ましてや大学生にもなって「薬物はいけません」などと教えなければならないことにこの国の教育の問題はあるのではないか。最近の大学生の犯罪は目に余るものがある。しかし大学生を責めても解決にはならない。大学側も困るであろう。「大学生はついこの前まで高校生であった」のである。

  • 高校生とてもついこの前までは中学生であった」のである。「積み重ね」であり、「蓄積」なのである。これらの論考は別途の機会に詳述したいと思っているが、世の教育評論家と言われる人々の中には簡単なこの種の理屈が分からなくて大学ばかりを攻め立てる人がいるのには驚くのだ。

  • 確かに高等学校の担任教師はホームルームの時間に社会の大きな出来事について語りかけたり、あるいはテーマを決めて行動上の指導をしたりする。又生徒生活指導に当たっている教師も厳しい対応をするが基本的には「発生した事態への対応と、今後同じことのないような対策の策定」に終わるのが現場の事態である。

  • 起きないように、発生しないように「次から次と起こりうる事件を予測しながら」考えて「事前予防の授業」をしているのではない。何か大きな事件が起きるたびに「学校は一体何を教えていたのでしょう」などという教育評論家と称する人々がいるのを学校の現場のプロは「冷ややか」な面持ちで受け止めているかも知れない。

  • 生徒生活指導に関係する学校の授業」を考えてみたら一体何があるのだろう。これを考えれば明らかとなる。数学の授業では難しい数学の講義を中心に展開するものでまったく生活指導のこととは関係ないだろう。眠っている生徒が居れば「こら、起きろ」というくらいだと思う。

  • 英語もしかりである。そのように考えたら結局学校の授業において「子供たちに正しく適切に生きていくための判断させる基礎基本のアイテム」に最も近い教科は一体何なんだろうということになろう。ここ数ヶ月私はこのようなことばかり考えている。

  • まず体育の授業は「規律」とか「忍耐」とか「訓練」とかに近そうであるし分かり易い科目であるが、体育の授業で「コンビニの万引きはいけません」と言っているわけではない。

  • 社会科の科目はそれに近い気がする。犯罪を犯せば逮捕され、罪を重ねれば収監されるとか教える場面はある。それに古代以来の日本史、世界史をたどることで「歴史を教訓に子供たちに判断する材料を与えている」ような気もする。

  • それ以外の授業については全くと言って良いくらい「生活パターンとその要因根拠」について学校は事後で知ることになるのが精一杯なのである。結局良く観察してみるとその方面の指導を受け持っているのは「部活動指導」ということになる。

  • 「部活動指導」は「チームを組み」「勝つと言う目的」のために「我を押さえ、一心不乱に練習」し、お互いが良い点悪い点をさらけ出して高校生と言えども「人間社会そのものの様相」の中で「個人が鍛えられる」のである。体験する「初めての公共の世界」と言って良い。

  • 勉学と部活動を両立させるのは大変難しい。しかしこれは出来ない話ではない。本校では勉学も部活動も上手くやっている生徒は多い。部活の指導者に言わせると「スポーツの出来る生徒は勉強も出来る」という。「集中力」なのだと思う。

  • 部活もしない、勉強もしないでは本当に取り柄というか何か不足を感じるのである。しからば部活に熱中してその中から何かを掴んだ方がその後の人生を彩ってくれるだろうし「生きていく力」はいくらかはついている。

  • そのように考えていくと生徒たちへの精神的発達に大きな影響を与えるのはやはり「基礎基本の学力」とベースとなる「教科書」であることが分かる。数学と言えども、英語と言えども「解れば生きていく力」となるのである。

  • 様々な生徒を抱えている学校にとってやはり毎日毎日使う教科書がじわじわと生徒への心に降りかかる「滋養みたいな役目」を有しているのがわかるのである。そういう意味から「しっかりとした教科書」を選択しなければならない。

  • その中でももっとも注意すべきは「社会科」の教科書と言うことがわかるのである。本校は「神社神道の精神を根幹においた私立学校」であり「伊勢修養学舎」など他校にないものもある。

  • 毎週1単位「神道科」の授業があって「古事記日本書紀の世界から神社神道の歴史」を学ぶように教育課程が組まれている。学校改革が大いに進展し、遂に「新校舎建設の道程」が見えていた今、私は「社会科の教科書」について「本校の教育目的に如何に合致させたものにするか」徹底的に勉強しているのである。


21.8.9(日)親の経済力と子どもの学力


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  • 8月5日の読売新聞朝刊である。「親の収入高いほど高得点」の見出しで昨年度の「全国学力調査結果と親の所得との関連性」を記事にしている。文部科学省の委託を受けたお茶の水女子大の教授らが分析いたものだからあながち的外れの分析でもなかろう。スポーツ紙にも記事があったからマスコミの関心が高いことは分かる。

  • こういった分析の場合、いい加減な人だったりすると「都合の良いデータばかり」を使って解析し自分の思うような結論を導き出す輩が多いから気をつけなければならない。一般的には大学人が良いと思う。NPOと組合とか特殊な団体とかは疑問を持つように私はしている。

  • 全国学力調査に参加した小学校6年で「全国5の政令指定都市から100校で合計8000人を抽出」し親と教師を対象に学習環境を調べたものだ。世帯収入と平均正答率を見ると「高所得者ほど点数が高い」ことが分かったという。

  • ただこれだけでは別に驚くことではなくて今まで「親の経済力が子どもの学力」と言われてきたことに過ぎないからだ。敢えて言えば今回の「データの新鮮さ」は具体的な所得数値が出ていることだ。私はこのように見る。

  • もっとも正答率が高かったのは親の収入が1200万円以上1500万未満の世界」だという。200万円未満の世帯と比べると平均正答率で20ポイントの開きがあったという。

  • 出ているデータを見ると「完全に正比例の関係」である。このデータは五つの政令都市だから大都市であり、私が注目するのは「200万円と1500万円の所得格差」である。実に7.5倍の格差である。この格差で20ポイントの正答率格差をどう見るかであろう。大きいと見るかそれほどでもないとみるか。

  • 記事は更に続く。「親が心がけてること」について調べたところ、高学歴層の子どもの親は「小さい頃から絵本を読み聞かせてきた」「博物館や美術館に連れて行く」「ニュースや新聞記事について子どもと話す」といった回答が多かったという。

  • また例え所得が低くとも「本の読み聞かせ」や「ニュースを話題にする」などは学力向上に一定の効果があったという。これは「当たり前」である。ここのところが重要である。貧乏だから勉強が出来ないとはならない。

  • 昔は今ほど豊かな家庭は少なかっただろう。しかし親は子どもとの会話やしつけ、すなわち「日常生活習慣に厳しい目」を持っていたのである。それが学力向上に結びつくのである。昔は逆に「金持ちのぼんくら息子」と良く言われたものである。

  • 貧乏な家に育った子どもほど「何時かは偉くなって一杯稼いでお母ちゃんを楽にさせる」「お母ちゃんに家を作ってあげるんだ」などと言って、一生懸命勉強したものである。ところがどうだ。今は金持ちが更に金持ちになり「貧困は連鎖するという。」

  • 低所得の家庭はそのような「子どもと話す」時間さえ持てず、「稼ぎ」に走り回っているのが実態で食事は冷凍物を「チン」すれば食べられるだけにして親は家にはいないのである。「本の読み聞かせ」や「ニュースを話題」にする時間などはないのである。

  • 調査では学校の取り組みも調べたという。「児童に挨拶を徹底」したり「教員研修」を積極的に行っている学校20校のデータは学力向上に効果があったとしている。これも当たり前である。即ち「日常生活態度がしっかり」していればある程度の学力は担保されると言うことなのか。

  • 一方7月31日の朝日は大きな取り扱いで「大学進学 際立つ年収差」と出ていた。とにかく最近は親の年収と学力進学の関連性ばかりが記事になる。「年収200万円未満の家庭の高校生の4年生大学への進学率は28%で一方1200万円を超える家庭では倍以上の62%が大学進学」するという。

  • 東大の経営政策研究センターが05年度に全国の高校3年生から4千人を抽出して3年間追跡調査したデータという。「追跡」というのがすごい。一過性のデータではなくて「追いかけて調べる」ということが立派である。

  • 進学先を見ると「国公立大学は年収600万円未満はどの層も10%強,1200万円以上でも12%強と大きな差異はない」。しかし「私大進学の差は顕著」である。200万円未満は17.6%で1200万円以上では50.5%で2.9倍の格差である。

  • しかしこのデータは注意を要する。「国公立の場合は年収に関係ない」ことは当然で誰もが最初に目指すのであってだから「親の年収差には関係ない」のである。しかし私立大学は当然違ってくる。貧乏な家の子どもは私立大学への進学はしんどいということをこのデータは示している。

  • しかし最初から私立と決めている場合と国公立に行きたくとも学力的に行けない高校3年生の場合、親の年収が大きく影響はしてくるのは当たり前であろう。国立大学の年間授業料は平均で54万円、私立大学では約85万円であり、入学料とか色々あるから私大への進学は確かに大きな関門である。

  • すなわち収入の低い家庭は最初から「大学進学」を諦めているのであり、高校3年生の就職率を見ると「200万円未満では35.9%が就職し、1200万円以上では5.4%」という。

  • 大学教育」は別格な物だとして国家レベルでの支援が必要である。今のように「猫も杓子も大学へ」というのはボツボツ限界に来ていると私は思う。「大学への公的支援は欧米の大学のようにもっと手厚くしていくべき」である。

  • 親の格差で大学進学に差があるようでは「将来の国力に問題」となる。「社会全体の大きな損失」である。優秀であるなら大学進学は公的に支援していくべきである。大体「基本的に大学において国公立も私立もあるまい」。大学は大学なのである。

  • しかしこれらのデータに「本当に優秀だが家庭が貧乏だからと言って大学進学を諦めた生徒が何名いるのか」と言った疑問が私にはある。貧乏だから大学にいけないのではなくて行ける様な本人と保護者の関係、家庭環境ではないということもあるのではないか。




21.8.8(土)教育に空前の巨費を投入

8.8

  • 結局この国の問題は「正しく現状を分析している人」と「それを政策に反映いている人」のギャップだと思う。あらゆる社会の問題を様々な人がその人の立場で分析解析して意見を物申すが彼らには「言うだけ」であって、それが政策になって初めて解決に進む。

  • その政策にするというのが「政治家の仕事」であるのだが、この世界は必ずしも正しことが正しいとはならない」世界である。そこには「思惑」がうごめき、「権力闘争」が主体であって時に打ち出される政策は現場の実態から大きく離れることになる。

  • 今衆議院が解散され「政権選択選挙」として与党の自民・公明と野党の民主がすさまじい「権力奪取闘争」を繰り広げているが、我々は彼らの「マニフェスト(政権公約)」に注目しなければならないと私は前のブログにおいて強調した。

  • 特に今回の大きな特徴は「教育」について現れている。合わせて「子ども手当て」も両サイドで打ち出されてきた。さも「教育・子ども対応選挙」の様相を示している。そこには核問題や北朝鮮対応な国の安全保障の議論や「雇用の安定策」などのものは吹っ飛んでおり、まさに「大衆迎合的」なポピュリズム政策に政党は走り回っている感じだ。

  • 確かに「教育を言えば」、一応誰もが「振り向いてくれる」が大切なことはそれで「根本問題の解決」にならなければ意味はないのである。8月5日の読売新聞は「教育に空前の巨費投入」、民主は「公立高校の授業料無償化」自民は「給付型の奨学金」と明確に分かれてきた。

  • 中高等教育の現場にかってない巨費が投じられようとしているが本当に授業料の無償化と奨学金で今日本の抱えている教育問題は解決に向かうのであろうか。「教育は国の根幹」「教育は国家百年の大計」であることは間違いない。

  • 経済協力開発機構(OECD)が2005年のGDPを土台に各国の公的財政教育支出の割合を比較したデータから見ればわが国は3.4%で28か国中最下位で平均5.0%を大きく下回っている。

  • このデータからどの教育評論家も「5%。5%」と叫んでいるのだが文部科学省によればGDP5%というのは約25兆円となり、今の支出に加えて「更に7兆円の上積み」が必要である。言い換えれば後7兆円しか投入の余裕はないと言い換えることも出来る。

  • 民主党は「子育て支援」で中学まで年に31万2000円を至急する「子ども手当て」を至急すると息巻いているがこれを教育費とみなせば「5.3兆円」となりあらかた残りを食ってしまう。本当にこれで良いのか。

  • 更に民主党の柱である「高校の授業料無償化」では現在定時制を含む高校生は全国で約330万人おりこれだけで4500億円、これに奨学金の拡充で「希望者全員が文句なく受けれる制度」を加えると9000億円となるから7兆になるのである。

  • 財源があるのか、財源をどうするのかとの批判は自民党であるが確かに子ども手当てと高校授業料の無償化だけでGDP5%に届くのは正しい政策かという疑問が消えないのだ。この点自民党は「低所得者への支援」に限っていることは適切な判断ではないか。

  • 親の年収が800万円や1000万円を超える世帯まで無償化してどうする。高校は「義務教育」ではない。親の経済状態から中学で終えた子どもたちには「税の公平性」の観点から問題は多い。

  • さすれば「高校の義務教育化」に踏み切るのかといえばそこの議論はまったくないのである。いずれにしても民主党の施策は「首を傾げる」ものがある。「私学を経営する立場から言えば無償化は歓迎」すべきことだと言わねばならないのだろうが、教育の問題は授業料の無償化で済む話ではない。

  • もう一つの大きな問題は民主党は「保護者に直接支給する」としている。これは根本的に間違っている。「親がちゃんとしていれば良いが食費や遊興費に消える」可能性を指摘する声もある。

  • 中には「支給されたら塾代に当てる」という保護者もいると新聞は報じていた。「国立大学でなくとも私学でも良い」とかこの政策は様々な反響を呼んでいるのが実態である。自民党は賢くて支払い方法をマニフェストには明記していない。

  • 文科省の有識者会議「児童生徒の修学支援に関する検討会議」の座長である小川放送大学教授(教育行政)は「本来は学校に対して無償化するような費用を出すのが筋、何に使っても良い現金給付だと授業料という支出目的が形骸化する恐れがある。遊びに使われない対策はもとより個人給付が国の財政支出として適切か議論する必要がある」。

  • 確かに民主党の今回の思い切った「打ち出し」は大きな反響を与えていることは評価すべきことではある。今までの自民党や文科省がこれに準じた政策を打ち出すチャンスは幾らでもあったろうに結局何もして来なかったから、こういう事態を招いている。

  • これくらい現状路線に「あぐら」を書いていると「新しい発想」は出てこないのが「人間の悲しさと限界」である。民主党の高速道路無償化などは素晴らしい政策である。しかし授業料の無償化は外堀内堀を埋めて生きた施策に衣替えする必要がある。

  • 公益法人として「私立学校は利益を出す企業ではない」。ぎりぎりのバランスで収支を見ながら学校を経営していくのは「並大抵のこと」ではない。公立学校に比べて公的支援が5倍も少ない中で新校舎建設などすべて自分で賄っていかねばならないのである。

  • 橋下知事は就任して最初にした仕事が「私学の助成削減」であった。「ある日突然」に中学で25%、高校で10%削減されたら「目の前が真っ暗」になるようなことなのである。

  • 私は保護者に「授業料の値上げ」をお願いした。苦しい選択であったが浪速の現状から仕方がなかった。論理的整合性のある私学支援のための「新たな国家レベルの私学助成のあるべき姿を確立」してもらうために今後とも機会を得ながら「意見の発信」をしていくつもりである。学校は公立だけではない。私学も有意義な存在として厳然としてあるのである。


21.8.7(金)高等教育の複線化

8.7

  • 中央教育審議会のキャリア教育・職業教育特別部会」がこの7月にまとめた審議経過報告で高等教育段階で職業実践的な教育に特化できる「新種の学校制度の創設」を提言する運びとなったとの記事が日経にあった。興味深い記事である。この「新種」という字句が面白い。

  • 基本的に前のブログで書いたことであり「出来ればすごい」が事はそう簡単なことではない。「血が流れる」ような教育界を震撼させ、揺るがすような話だからである。中教審の答申などがすんなりと行くはずもなく「政治の豪腕」でもなければどうしようもないだろう。

  • 要は従来の一般大学に「新たな大学的な制度」を作るというものだ。この「的」というのは私が勝手につけた物で従来の大学とは異なるという意味である。何処が異なるかと言えば「新たな大学は学位を出さない」という。

  • しかしこれでは大学ではあるまい。「非大学」である。答申は2種類の大学制度を作ると言い、この新学校種は「従来の大学や短大とは別の学校種として整備」すとまで言って「学位を出さない非大学扱い」では少し理解に苦しむ。

  • 恐らく一般の既存の大学群からの抵抗というか勢力を慮ってのことだと思うが、「学位」の有無で「差別化」されれば「格の違い」の優越さは保たれるがこれは学生への視点が完全に抜け落ちている。

  • 一方「非大学」とされる新しい学校は「社会的評価が適切に下されない」可能性がある。「XX学士」という学位が出ないようなところでは「単なる専門学校」ではないかといわれるのが「落ち」だ。

  • 幾ら「専門大学」「専門教育院」「専門教科院」とか名乗っても受験生や保護者、社会一般の人々は「まあその程度の学校」としか思ってくれない。これは気分的に極めて感じが悪い話と彼らには受け止められるのではないか。

  • 確かに「職業教育」に特化し研究などをしない学校を大学の一部と認めたら「大学の概念がさらに多様化」し大学の根幹が揺るぐとの声は分かるが、「実態として大学生はすでに多様化している」のではないかというのが私の視点だ。

  • 新学校種が持つ大きな意味は専門学校の「一条校化」だ。これは彼らの悲願だったから、もしなされれば町の専門学校は1条校となりいわゆる「一般の学校と同列」となる。学校教育法第1条は「学校とは幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学および高等専門学校」と定めるとされている。

  • この枠組みに何としても入りたかった専門学校はかえって「非大学」のほうが厳しい規制がない分楽だと言って1条校になれるのであれば非大学を受け入れるかも知れない。

  • しかし場合によっては現在の機動性がある専門学校の特性が失われてしまう危険性もあるだろう。理容、医療、歯科技工士、料理、会計、経理、美容、語学、自動車整備等々とにかく町には専門学校が溢れかえっている。その意味は「根強い力」があるということだろう。

  • しかし今議論されているのは職業教育に特化した高等教育機関の必要性であってそれぞれの既存勢力のバランスの利害調整だけでは目的は達し得ない。「学校教育全体の職業教育充実化の視点は大賛成」である。

  • また「新しい学校種は高校卒業者が対象との意見にも大賛成」である。若しこれが実現したら浪速高校は「カリキュラム」を一部改変して新しい大学向けに整備し直すことになろう。すべてが一般の大学に行く必要はない。

  • 自分がつきたい職業との関連性を重視し、実践的創造的な職業人を育てることに一役も二役も買っていきたい」と思っている。教育課程に社会や企業の意見を取り入れ、又実務経験や知識の豊富な教員を揃えるつもりだ。

  • 実は「戦前の日本の教育は完全に複線型」であった。「教師を養成する高等師範学校」などはその典型だ。「教師になりたい者を徹底的に鍛えた学校」であった。今のように普通の学部から「教師にでもなるか」「教師にしかなれない」などの先生はいなかったのである。

  • 大きな教育の転換につながる可能性が高いだけに私はこれらの動きを注目して眺めている。大体大学の半分が定員割れしている中で同じような大学がいくつも出来ても意味はない。

  • 今日本に求められているのは「キャリア教育」という柱を打ち立てることだと信じて疑わない。目的意識もなく都会の大学にファッションとして在籍し、ろくに勉強もせずアルバイトとコンパに明け暮れている一部の学生、行きたくもない高校に親の見栄から行かされている「高校生を再生」する新しい学校種が是非とも必要である。


21.8.6(木)企業内教育「教習所」

8.6

  • 大阪商工会議所会頭で大阪ガス相談役の野村昭雄氏がいつぞや産経新聞の「教育想論」欄に投稿されていたのだが、この記事の内容に私も「思うところ」がある。野村氏が若い頃に「先生」と呼ばれた時期があったというところから文章は始まっている。

  • その昔大阪ガスは「各地の中学を卒業」して大阪ガスに「就職」した少年たちを預かる人事部所管の「教習所」というのがあって野村氏は1年間クラス担任を務めたことがあるらしい。文章はその時の思い出と教育に関するご意見を述べたものである。

  • 実は私もクラス担任はしていないが住友金属において本社の能力開発室長を務めた時に当時和歌山製鉄所にあった「教習所」を所管する立場から足しげく和歌山に通ったり、とにかく「教習所と深いかかわり」があったのである。

  • この「教習所」と言うのは自動車教習所ではなくて当時大手の企業が現場の社員採用・育成のうち「中学卒業生」を「囲い込んで」徹底して教え込む「一般の学校ではない企業内教育訓練機関」として存在していたものだった。生徒の普遍的呼び方は「養成工」であった。読んで字の如く工員さんを養成する機関だったのである。

  • 昭和30年代の日本はまだ貧しく、地方には高校に行きたくとも行けない世帯は多く、「集団就職列車」があった時代に日本の企業は「中卒社員として採用し」給料を支払いながら、徹底して「一般教養や学力教科指導を寮生活」をさせながら行った「企業内職業訓練、企業内学校」であったのである。言わば「現場の直参旗本、子飼の郎党」の育成であるとも言える。

  • しかしこの教習所はその後厳しい運命を辿っていくことになる。日本が豊かになり「高校進学率」が高まってくるにつれて「希望者が減少」し始め、開設当初の「家庭の事情で高校には行けない、学習好きで聡明な子ども達」が集まらなくなったのである。

  • 平成に入って徐々に各企業はその教習所を閉じ始め「一般の高校卒業生の採用にシフト」し始めてくるようになり、住友金属でも遂に「教習所の終焉」を宣告したのであるがその時の社内の責任者は私であった。

  • 若くして就職した少年たちは丸坊主で目が輝き漫然と高校に進学した生徒たちとは明らかに異なり何より「自立心が旺盛で人生や職業に対する真剣な気持ち」が明らかに見てとれ、当初の教習所の卒業生はまず間違いなく「職場の中心、幹部となって豊かな人生」を送ったと私は思う。

  • 私は理系出身のエンジニアであったから現場経験も長かったがこの教習所出身者の技能の力量や何より愛社精神などは比べようもなく高く、どれほど未熟な学卒のエンジニアが助けられてきたことか。

  • 戦後経済成長を歩んできた日本の製造業の現場ではこのような中学卒の企業内訓練学校卒業生の力に負うところは極めて大きかった。しかしこのことを知っている人も少ない。今や姿を消したこのような「教習所の存在」を今私は改めて思い起こしているのである。

  • 又昭和40年代に高校を卒業して企業に就職してきた若い社員も「金の卵」などといわれる時代もあって、総じて「質の高い労働力」として戦後の復興、特に製造業現場でその働き振りが賞賛されてきたことはどの企業でも口に出すことであった。

  • ところが昭和40年代後半から50年代にかけて一般高校への進学率、大学への進学率が高まって「中学卒業生の97%が高校の行く時代」となってきたことが「労働市場に大きな質的変換」を迫るようになってきた。

  • 頼むから、高校くらいは出ておきなさい」というような風潮から猫も杓子も高校に進学し「ファッションとして大学に進学」するとしか思えないような一部の現実を目の当たりにすると私は野村昭雄氏と同じく昔の「企業内教育施設」を思い出すのである。

  • 目的意識もなくただ漫然と高校に行き、大学に進み、その高校も「普通科」として、大学も一般大学として日本の学校教育は子供たちの「職業観」や「勤労観」に真正面に向かって来なかったという反省につながるのである。

  • 私は前から思っているのであるが教育改革・学校改革の中心の一つにこの「職業教育」を据えて国民的議論が必要だと思っている。しかしこれは相当腕力が必要であり、その理由は「関係者の利害得失が大きい」からである。

  • しかし今の枠組みでは若年の無労働者、フリーター、高校中退者の行き先など社会問題であるが、その解決策は容易には見当たらないのも現実ではないだろうか。特に問題は「大学」である。高校は「牛のよだれ」的にポタポタした遅い歩みではあるが「総合学科」とか「単位制高校」とか「特色ある高校作り」が進みつつある。

  • 高校に97%も進学する時代であるがゆえに高校卒業を一般の「教養教育の終了」と考え、その後を「複線化」する「新しい大学の出現」を考えざるを得ないのではないだろうか。それはまさしく「キャリア教育」を旗印にしたものであるべきと私は考える。


21.8.5(水)貧困の連鎖

8.51

  • 世帯所得が過去19年間で最低」、先月の大阪日日の記事である。「国民生活基礎調査」によると「07年度の所得平均が556万円」とある。厚生労働省の発表である。これは平成に年号が変わった1989年以来での19年間で最低だったという。

  • 世帯あたりのピークはまだバブルの余韻が残っていた「94年の664万2千円を山」としてほぼ一貫して下がっているという。556万円と言う数値は1988年並みの水準と言う。1988年というと私は働き盛りの42歳の頃だから随分と前の話しとなる。

  • 厚労省は「働き手の稼ぐ額の減少や収入の少ない高齢者所帯の増加が背景にある」と言っているが大幅な賃金増が見込めない非正規労働者が若者を中心に増えるなど「雇用情勢の変化が影響」を与えているのは間違いない。

  • 生活が苦しい」と答えた世帯の割合は過去最高だった07年調査と同じ「57.2%」で11年連続で50%超えとなった。また「所得が平均を下回った世帯の割合は60.9%」に上り、4年連続で6割超え。多くの世帯の実感に近いとされる「中央値は448万円」である。

  • 所得が400万円未満の層は44.4%」を占め、65歳以上の高齢者世帯の平均所得は298万9千円で04年以降遂に300万円を割り込んだという。ここで言う世帯数とは「08年6月時点での全国の推定世帯数4795万7千」で「世帯当たりの人数」は過去最少だった07年と同じ推計の「2.63人」である。

  • 本当に「厳しい世の中」になった。しかし私はまだまだこの傾向は続いていくと思う。ある経済学者か評論家かテレビタレントか知らないが森永さんというお方が「年収300万円で暮らす方法」とかの本を書いておられたが、それに向かって下がっているような感じだ。

  • 一方「2008年に全国で32000人の人が自殺した」という。これは警察庁が「自殺統計」で発表したものだが「11年連続で3万人超え」だ。自殺の原因・動機を特定した23,000人のうち多いもので言えばまず「負債(多重債務)原因」が一番に来る。

  • 亡くなった母などもそうであったが日本人は「借金を恥とする」文化が強く、借金で「にっちもさっち」もいかなくなり、自殺に至ったのだと思うが痛ましい話だ。確かに「借りた金は返さなければならない」が、死ぬことは無い。

  • 次が「生活苦」である。そして「事業不振」「失業」「就職失敗」と続く。年代別ではなんと「30代の自殺者が最も多く」、統計を取り始めた1978年以降で最多になった。20代も3.9%増えたという。「人口比でも20代、30代の自殺者増加が目立つ」と国立精神・神経センターの竹島自殺予防総合対策センター長は指摘する。

  • NPOの「自殺対策支援センター」の清水代表は「不況が影響している」とし、同時に「自殺の原因は生活苦や健康問題などいくつかの要因が複合したケースが大半」とも述べている。随分前の日経新聞記事にあった。

  • 親の生活難」は当然「貧困の中の子ども」を生み出す。親の経済情勢悪化は子どもの将来に具体的に「暗い影」を落とすのだ。「貧困の連鎖」である。毎日新聞は昨年から「キャンペーン」を展開しているがまず「無保険の子ども」が出てきている。

  • 日本の耀く社会保障制度とされた「国民皆保健」制度がおかしくなってきているのである。自営業者や非正規労働者が加入する「国民健康保険」において保険料滞納者が続いた家では「保険証」を取り上げられる。子どもが病院に行けなくなる「無保険の子どもたちの出現」である。

  • 昨年の厚労省の調査でこういった子どもの数(中学生)が全国3万人を超えたという。慌てた政府は昨年12月の臨時国会で「改正国民健康保険法」を成立させなんとか救済したもののまだ18歳以下の高校生世代は残っている。

  • 4月22日の政府の経済諮問会議では「25歳未満と50代において所得格差が拡大傾向」にあるとし、小学校中学校では親の経済的困窮から「学校の給食費」が払えない家庭がますます増えていると言う。以上は親の経済的困窮が貧困の中の子どもを作り出している代表例だ。

  • 労働政策研究・研修機構は大都市東京の「若者の学歴とキャリアを調査」しこれを発表した。2,006年東京在住の18歳から29歳の、学生でもなければ、専業主婦でもない「若者を対象」にこれまでの働き方(雇用形態)を尋ねる調査である。滅多に見ない「貴重なデータ」だと私は評価する。

  • その結果は「大学卒就職してそのまま仕事が定着している者が30%」、「卒業直後は違ったが後に正社員になった者が10%、」「今も非正規社員と言う者が30%」「残りの30%は失業中や自営・家業あるいは正社員から非正規社員になった者」だという。

  • 特に厳しいのは「中卒と高校の中退者」と「大学の中退者」は悲惨で、最初から「正社員になるケースはごくまれ」で非正規社員のままの比率が最も高いということである。

  • 即ち中退すると「後がしんどい」というデータである。最初からハンディを背負ってその後も潜り抜けることは難しいということらしい。とにかく定期採用、新卒採用の枠を外れると「正社員へのハードルは非常に高い」という証明である。

  • 又データは高卒は非正規のままの者が多く、後から正社員に変わる比率は4人に1人、女性なら14人に1人と、大卒者に較べて高卒者の雇用不利益もデータが示している。しかしショックなのは「高校中退者の辿る道」である。希望が見えない。

  • 私は思った。「本校に入学してくれた生徒は何としても卒業だけはさせてやらねばならない」。高等学校の場合は現場的には「進路変更」という言葉を使って「高等学校を変わる」ということが一般的である。

  • 転校」というと一般的には公立から公立で親の転勤でやむなくと言う形が多いが「進路変更」というのは微妙な言い回しなのである。高校の進路変更はまず「不登校」「病気」「生徒生活指導上の問題」等様々な理由があるが、いずれにしてもその学校での継続を「自主的進路変更」の名目で強制的に絶たれた場合がまず多い。

  • この場合生徒はどうするかというと一般的には「通信制の単位制の高校」に「転校」して「高校卒業認定」を得ることになる。そこでも継続出来なかった場合に「中退」となる。折角本校に入学してくれた生徒だ。私は簡単には「首を切らない」ようにしたいと思うのである。

  • 前に書いたブログ「ゼロトレランス」で中学の対応を厳しく責めたが新型インフルエンスではないが「新型ゼロトレランス」でいかねばならない。簡単にクビを切ることは「教育の敗北」だ。中退者を中学も高校も減らさねばならない。


21.8.4(火)天地人と火炎土器

8.41


 

  • NHKテレビ「天地人」も佳境に入った感じである。6月7日のブログに私なりの評論を書いたものだが、これが結構「面白かった」と言ってくださる人は多かったのである。このときに皮肉交じりに「戦国大名青春涙物語」として良く泣くドラマだと書いたら早速同じようなことをいう有名人が居た。

  • 作家で東京都副知事の猪瀬直樹氏だ。彼はこういう書き出しだ。それにしてもNHKの大河ドラマ「天地人」の登場人物はなぜ「毎回泣いてばかりいるのだろうか。」だ。大笑いしてしまった。同じように感じる人はいる。

  • 互いをじっと見つめ合い、分かってくださいと懇願する顔をすれば「うむ、分かった」と応じる。言葉で状況や心境を説明しないで泣いている場面が展開する。猪瀬氏はいう。「実際の世の中ではそうはいかない。」

  • 会社に勤めていて「涙を流しながら」上司に向かって「分かってください」と訴えても仕事は進まない。店に来た客の目をじっと見つめて「これを買って下さい」と言う顔をしても話は進まない。どうすれば相手にわかってもらうかそのことが重要だと氏はいうのである。

  • さらに猪瀬氏は続ける。「じゃないですか」という言い方に「鉄槌」を下す。「私って神経質ではないですか」「私って一人っ子じゃないですか」「私ってxxじゃないですか」のオンパレードだという。

  • 耳障りでうるさい」と言う。この「ですか」は同意を求めているらしいのだが、それも賛成とか反対とかではなくて軽い「相槌」を求めているだけのことで強い共感を得る努力をしているのではないと続ける。

  • すべて「独りよがり」だと断定し、涙ばかりの大河ドラマと同じで共通しているのは「他者の不在」であり、何時の間にか「なあなあ」の「もたれあいの時代」になってしまったと嘆息されているのである。

  • そして最後は「私って泣き虫じゃないですか」と実在の上杉家の家老直江兼続は絶対に言ってないと断言されていた。猪瀬氏の論理はともかく今年の大河ドラマの女性は強いし泣かない。「男は泣いて女は泣かない」のである。

  • 今週からさも「女天地人」のように変わっていっていたがあの兼続の奥方「お船の方」は賢妻でつとに知られた歴史上の人物である。山内一豊の妻「千代」と「お船」が両巨頭で一豊も兼続も生涯側室を持たなかったという。いや恐ろしくて「持てなかった」という歴史家もいる。

  • 特に兼続は直江家に「婿入り」しており、変なことをしたら奥さんが激怒して「追い出した」だろうというのである。そのときも兼続は「涙を流して許しをこう」のであろうか。

  • ところでテレビによく出る知名が「与板」であり、兼続を支えた「与板衆」は上杉家の中枢武士団で留守勝ちの与板城を守ったのは年上女房お船であったのである。与板城は現在の新潟県長岡市与板町で今与板の人々はドラマ「天地人」で沸きに沸いているだろうが、お船は良いとしてもあの泣き虫兼続はどうにかならんかとでも言ってるかも知れない。

  • しかし長岡というところは「魅力ある町」だと思う。偉大な人物を排出している。幕末戊辰戦争での指導者「河井継之助」米百票の「小林虎三郎」、日米開戦時の「山本五十六」などである。

  • 人は彼らに共通するものは戦争に反対し平和を求める姿勢だと書いておられるが確かにこれらに共通するものはベースには「」というより「」であり、我が意と異なるが「」に生きた姿だと思う。

  • ところで加えてもう一つ、長岡は「火炎土器」で超有名である。昭和11年12月31日に長岡市の近藤篤三郎氏によって長岡の「馬高古墳」で発見された「縄文土器」はその形状が燃え上がる焔に似ていることから「火炎土器」と称されるようになった。

  • この馬高遺跡で発見された火炎土器が今「和泉市」の「大阪府立弥生文化博物館」に展示されている。「火炎土器の国 5000年前のメッセージ」として驚くような力強い縄文式土器が間見られると思って先週の日曜日に出かけたのである。

  • どうして「信濃川沿い」だけにこのような「火炎土器」が生まれたのであろうか。長岡から十日町、津南町に沿った街道はまさしく「火炎街道」であり、特に新潟十日町で出土した笹山遺跡での928点は独創性や芸術性から初めて「縄文土器として初の国宝」に指定されている。

  • 8月30日までだったと思うので見に行かれたらどうですか?「天地人の舞台である与板には5000年前にこのような力強い土器を作る先人」が居たのだ。私にはこの火炎土器を作った人の末裔である天地人の人々の「愛と涙」がどうしても結びつかないのである。


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