2012年03月11日

「技術の使い方」

午後2時46分、国立劇場にての追悼式を見ながら黙祷。

昨日の新聞に「専門家が陥る野蛮性」と題した科学者が社会に向き合う責任についての提言が出ていた。
技術は使い方次第で毒にも薬にもなる。社会的責任を考えられる科学者を育てる必要があると思うと。けれど、シニア研究者から反対されるのだとも。。

25年程前、私がまだ若い頃、幸いにも山本学治を学ぶ事で「技術の使い方」について考えさせられた。
以来、本質に立ち返って物事を判断するクセがついた。

建築について言えば、発注する責任、企画建設する責任、持つ者の責任、それを使い享受する者の責任がなさ過ぎると事あるごとに思わさせられる。大規模開発、超高層、ガラス張りに代表されるメンテナンスや設備に頼りすぎる建築、構造に頼りすぎる奇をてらう建物など、技術への過信が、お金の無駄遣いだけでなく被害を拡大させることになるのではないか?

ほどほどなスケールで、上質なデザインと空間、知恵と節度のある使い方や暮らしの価値をもっと尊重する姿勢が欲しい。

kimura_atelier at 16:21コメント(2)トラックバック(0)つれづれ心模様(日記) | 気になったこと 

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コメント一覧

1. Posted by 渡木信義   2013年07月12日 09:29
同感です。改めて「責任」とはなにか?と考えさせられます。会社の社長が、役員が辞めることで責任をとる形に日本の文化がそうなってきているように感ずる。
責任を「とる」「とれない」は結果であって、その前に技術者としてのプライドでどこまで取り組んでいるかが問題だと思う、建築の場合、創れば、作者が死んでからも残っている。
時代と共に褪せていくものと、「あじ」になっていく部分もあるがその時点でどこまで予測できるか、するか?でしょう、原発も自然界に分散しているものを人間のエゴのため(産業で必要といっているが)濃縮してどうする。限りなくリスクを考えてもゼロにはならないものは創ってはいけない、そこが人間の生き延びていく原点であると思う。

2. Posted by kimu_ma   2013年07月12日 12:36
はい、本当に。
新技術にワクワクするのはよくわかるけれど、節度と良識を忘れないようにしないと。。何かあった時に自分の手に負えないものを造ってはダメですよね。

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