つれづれ夜想曲(エッセイ)

2015年08月07日

「言葉の力」続きー仕事は人を育てるよ。

もうひとつ、言葉の力についての10年前の記事です。
今思えば、仕事に限らず、社会に関わり物事を遂行する上すべてで必要なことだと思います。

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 以前勤めていた事務所のボスは、私たちスタッフに向って機会ある毎に「仕事は、人を育てるよ」といっていました。中でも特に、結婚して仕事を続けることに親の理解が得られなくて、ことあるごとに止めようかどうしようかと思い悩んでいた私には、「今は辛くても、設計ができるようになりたいのなら、やめてはダメ」「自分達が納得して暮らせるようになることが、結果的には親を幸せにすることだからね」と、めげそうになる度に「喝」を入れてもらっていました。今では、ほんとうに感謝、感謝です。

 下記4項目は、仕事道楽の仕事論です。参考になります。
 ・仕事は、課題を遂行する精神力、行動力、創造力、感情コントロール力を育てる。
 ・仕事は、時間管理力、廻りへの気配りやマネジメント力を育てる。
 ・仕事は、情報収集と発信、編集、時代のキャッチアップなど、
      営業力、マーケティング力、コミュニケーション力を育てる。
 ・仕事は、心理、社会、歴史、科学、経営など多岐にわたる学問への興味洞察を促す。

「仕事は、人を育てるよ」とは、ちょっと大袈裟に言えば、こういうことなのですよね。
気が付いてみたら、言われてきたようなことを私が若い人達に話してもおかしくない年令になっています。歳月は恐ろしい・・。でも、是非にも伝えていきたい「言葉」です。

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2015年08月05日

10年前の今頃のブログー「言葉の力」について

 2005年3月から始めたこの木村建築研究室_Blog、なんと!10年が経ちました。
 10年前、私は何を思っていたのだろう。。と、ちょっと振り返ってみました。

 状況はあまり変わっていないけれど、文体から視ると多少は大人になったかな。。と思いたい(笑)つまらないことには動じなくなったような。。

 ともあれ、父の口癖、「自分の頭で考えろ。自分の言葉で話せ」「人のせいにするな。自分に責任(の持てる仕事)を持て」「挨拶ができない、姿勢が悪いは人間まで悪くする」は骨の髄まで叩き込まれているらしく、事ある毎に頭に浮かびます。
 やはり、「言葉の力」は偉大ですね。

 下記、2005年8月1日の記事です。

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「がんばってやってりゃーしゃあ、そのうち良うなっていくわね。」「そりゃあ、いい時も悪い時もあるわね。」は、祖母の口癖。
 おかげさまで、前向きでお気楽人間に育ちました。

「自分の頭で考えろ。自分の言葉で話せ。」「人のせいにするな。自分に責任(の持てる仕事)を持て。」「挨拶ができない、姿勢が悪いは人間まで悪くする。」「長所は短所、短所は長所」などは、父の口癖。
 さてさて・・。
 まあ、多少の潔さと本質に立ち返って考えようとする習慣は、身に付いたように思います。

「○○ちゃんはえらいわね。」「そんなことでどうするの」「だから、あなたはダメなのよ」は、母の口癖。
 それを受けて、「山椒は小粒でピリリと辛い」「うちの子だからあんたはできるよ。」は、叔母の口癖。「小言なんか、いいかげんに(適当に)聞いとくだわね。」(笑)は、祖母の口癖。
 おかげで、支離滅裂。
 そういえば、以前勤めていた事務所のボスからは、「自分を安売りしないように。もっと自分に自信を持ちなさい。」とよく言われました。

neko
  言葉の力って偉大ですね。
 小さな一言が、人を楽しくも悲しくもさせるし、勇気を持たせたりも絶望させたりもする。
 時には、大きな影響を与えて人生さえも左右する。
 自分自身がいつも使う言葉に、いつの間にか自分が洗脳されているということもある。

  だから、日頃から意識して、自分だけでなく廻りのみんなにとっても良いように、前向きで楽しくなるような言葉を使っていきたいと思います。脳にセロトニンをいっぱい出して元気がでるように。みんなで暗示を掛け合っていきましょう。
 これも『循環』ですねえ。

  それで、夫の口癖は?
 「ま、いいんじゃない」「いける、いける」「あなた、よろしくね」でしょうか。
 おかげさまで、わたしはいつも忙しく、能力以上の働きをさせてもらっています。(苦笑)

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2011年04月11日

こんな平和なひとときが誰にも続きますように。。

夜桜 昨日は、都内某所で楽しい内輪の花見ライブコンサートでした。
 こんな平和なひとときが誰にも続きますように。。と思いながらいただくワインが美味しかった。。今この時が愛おしい・・なんて柄にもなく心から思いました。いやホントに。

 今日は、夕方から福島地方で大きな揺れが何度もありました。
 打ち合わせ帰りにお店に寄っていたら、棚からものが落ちる可能性があるので外に出てくださいと言われました。町田は震度3か4でしたが、お店の人もナーバスになっています。

 地震の度に、世界中が福島は原発は大丈夫かと心配しなければならない。。膨大な国費も使って事後処理をしなければならない。今までの生活全てが吹っ飛ぶ人が大勢居る。。まったく迷惑な話です。

 スムースに流れているのが当たり前だと思っていた交通や物流、インフラ、空気や水さえも信頼できないものになるとは。。。震災・津波・原発事故を通して、誰もが今までのままではダメだと感じていると思っていましたが、とりあえず喉元過ぎた気分で、日々の暮らしと仕事の継続に戻っただけの方も多いように思います。また、情報公開が進んだ現在の状況下に於いても、気がつく内容が人によって違うんだなあを実感する日々でもあります。

 「設計者の原点は未来への知見である」と言われてます。
 我々建築に関わっている者は、やはり建築の構造やエネルギー供給のあり方使い方、暮らし方の再点検について、もっと声を挙げて行動する必要を感じます。続きを読む

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2009年06月19日

らしさ、古さを活かした設計

RIMG1266 いわゆる古民家でも歴史的建造物でもなく、市井の普通の建物、ちょっと古くなってはいるけれどもきちんと丁寧につくられた建物を、今の暮らしや社会の需要に併せてどうリニューアルするか。

 安易にレトロ趣味でまとめるのではなく、ナントカ調にスタイルでまとめてしまうのでもなく。。
 建て主の要求にあわせながら、でもただ単に希望をかなえるだけでもなく。。
 建物に新しい価値を見つけ、古いからこそその建物だからこそできること、そんな付加価値や可能性を発見してオリジナルの新たな魅力をつくる。。

 新築とは違う、時を重ねたからこそ醸し出せる新しい味を表現することができたら。。
 そんなことを思う日々です。(それは、建物だけでなく、まちづくりにも当てはまります)
 


 たとえが適切かは判りませんが。。(笑)

 決して美人でもスタイルがいいわけでもなくお金持ちでもないけれど、時を重ねて増えたシミやしわ、その人らしさやその人の持ち味が活きるような、服やアクセサリーや髪型や、、を考え整えるのと似ているのでは。。
 その人が、そんなオリジナルのピッタリを見つけることで、思いもしなかった程魅力的に変身したら。。
 それって、考えただけでもワクワクしませんか。

 そんなを目指してひとりワクワクしているのですから、建築家っておメデタイお仕事です(笑)

 写真は、事務所でのLEDの照明器具の効果を実演しているところ。
 光の色や当て方で、今まで見ていたものの見え方が変わる。。どこか似ています。

 短めですが、久しぶりにエッセイ、アップしました。
 
 

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2008年09月09日

大空晴れて秋風吹き。。まちを魅力的にするために

蛙思うこと 一部の人を除けば、いままで多くの設計者は、建物をデザインするという大きな力を持ちながら、町並みや景観を整えよう、近隣との住みやすい良い関係&コミュニケーションを促そうと言う意識が薄かったのではないか。  経済論理とクライアントの希望を優先せざるを得ない立場にあるとはいえ、また、個々の建物は魅力的で新しい価値や提案に溢れ使い勝手や居心地が良かったとしても、群としてみると返って町並みを崩しているケースは多い。  地域の実情にあった自主規制や協約はもちろん有効だし必要だけれども、それだけでまちが魅力的になるわけではない。続きを読む

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2007年11月15日

仕事は人を育てるよ。

 建築家で師匠の村田靖夫氏が亡くなった。
 かねて具合が良くないとは耳にしていたけれど、まさか亡くなるなんて。しかもまだ62歳。これから集大成に向けての仕事が待っている筈なのに、とても残念です。

 村田さんに鍛えられなければ、私がこうして建築設計の仕事に携わっていることはなかっただろうと思う。
 事務所を卒業してもう20年以上も経つけれど、折に触れて思い浮かぶのが、ニッと笑って「仕事は人を育てるからね。」とのフレーズ。
 新米スタッフにとっては、ひとつ課題をクリアすれば、またもうひとつと毎日次々課題が待ち構えていて胃が痛くなる事の連続のような仕事ゆえ、なだめの気持ちだったのかもしれないけれど、つくづく的を得た言葉だと思う。

 何かに打ち込むといろいろなことが見えてくる。。時間に追われると事の本質と優先順位に敏感になる。。様々な課題がおもしろくなってこそ、次の展開や展望がある。。
 そんな事を思い知らされた、原点のひとつになる言葉です。
 

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2007年07月22日

ほぐす

 たまには違ったアクセサリーを着けようと、アクセサリー用の小さな引き出しを開けるのだが、中のネックレスやらがこんがらがっていて、時間切れで今日もまたいつものになる。
 こんどの日曜には絶対ほどいておこう、ほぐしておこうと何度思ったことか。でも、なにかと後回しになって今日に至っている。そのうち他に興味関心が行ったり、替わりを買ってしまったりして結局こんがらがったままだ。 
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2006年06月18日

少子化、わかってないなあ。

「少子化いよいよ待ったなし」と様々な議論が、新聞や雑誌の記事を賑わせているけれども、どれもこれも本質が判ってない気がして歯ぎしり感を味わっているのは私だけかしらん。
 子育ての金銭負担が大変だ。だから助成する,,。男性の育児参加が足らないから子供を産む気にならない。だから就業時間を限って残業を減らす..。もっと地域で子供を見守らないと..。もちろん、これらが満たされていないことは、出産を躊躇う大きな要因で、改善は当然ではあるけれど、果たしてそれらが満たされて、出生率はどの程度アップするのか。
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2006年02月21日

いつまでも充実して生きるための条件ー村上龍vs上野千鶴子

 村上龍は『人生における成功者の定義と条件』という著書の中で、成功者とは、「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」だと定義していました。
 また、上野千鶴子は『老いる準備』などで、家族や住まい、地域やコミュニティについて、関係をひとつの集団や集住の範囲で完結する必要はない、他に多面的な選択肢を持てばいいのだと述べていました。そして選択縁を持つのに必要なことは、「貨幣資源、時間資源、私源=コミュニケーションスキル」だと。
 両者の視点は全く違うのに、小さな共同体と多面的なコミュニティというコミュニティ意識の違いはあれ、同じようなところに行きつく。当然といえば当然ですが..。

 結局、『いつまでも充実して生きるための必要条件』とは、「生活に困らない程度のお金と納得できる仕事と時間的余裕、そして信頼できる共同体を築ける能力を持つこと」なのでしょうかね。

 私の廻りを見渡してみても、ほとんどがこの「いつまでも充実して生きるための必要条件」を持った人ばかりのように見えます。でも、必要条件だけでは充分満足ではないこともまた確かなわけで、十分条件が欲しくなる。では、十分条件とは、いったい何なのでしょう。

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2006年01月31日

「フリーター」感覚は、仕事観の原点

 月例の社会教育委員会。そのつど、帰り際にいろいろ思うことになるのです。(良い癖か悪い癖か..)

 石倉洋子さん(一橋大大学院教授)は、大卒後希望の就職が叶わず通訳(フリーター)になり、大企業の社長からエルトンジョンまで一流、大物と評される人たちに会って来て、プロは親切で偉ぶらず、誰に対しても対等。そして完成度の高い仕事をすること、いい加減な仕事では明日から路頭に迷うフリーの厳しさというものを20代で学んだそうだ。
 だから、若い人にはっぱをかける。「やらない理由はいくらでも見つかるが、やらなければ始まらない。行動すれば面白い人々に出会うし世界が広がる。集中してとことんやれば達成感は大きいし、たとえうまくいかなくても自信は残るが未練は残らない。」
「フリーター」感覚は、仕事観の原点と。日経/キャリアの軌跡から

 なるほどね。納得の仕事観です。
 思いきり面白いと思える仕事をしていれば、きっと充実して楽しく生きていかれる。大きな会社で安定した生活をするだけ、会社で偉くなるだけが幸せじゃない。フリーターでは下流だの、若い人はすぐやめるだのと言われる昨今だけれど、フリーター諸君、フリーターでもがんばって。とことんやればいつかはプロです。

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2006年01月07日

新年つれづれ夜想曲その5ー家族のゆがみ

 こころのゆくえー今、子供たちは1999 多摩市教育研究所相談員から
 心に痛みを持つ子供が増えた気がする。原因の一つは親子関係。親が子を条件付きでしか愛せない。成績やモノ、おカネなど数値化できるものを介在した関係になっている。
大人たちも疲れているが、それが子供たちに反映されている。「あしたがくるのが楽しくて仕方ない」と思える子供がどれだけいるか、大人たちは真剣に考えて欲しい。

 ココロジー荒れる子供 日経記事1999から
 あんな良い子だったのにどうして荒れるようになったのか。家族は家族を治せないのである。家族は、心の結びつきが強く相互依存の関係がありお互いを冷静客観的に判断できないからだ。子供には「ひとつ叱って三つ褒め、あとの六つはほっておけ」とは昔から言われることだか、今の親は愛情という美名のもとに子供をスポイルしている。
 戦後大家族から核家族に急激に変化したため、現代の家族意識は「和」と「個」が2重構造になって家族意識を混乱させている。また、家族には「慈母観音」のような子供を受け入れ育てる肯定的側面と、「山うば」のような子供を捕らえて離さず飲み込んでしまう否定的側面がある。

 1999年の記事になると、もはや古い感じ。すでに家族意識も政策も個人単位になってきているし、拝金主義物質主義脱出の動きはあちこち出てきているし。時代は急速に流れているのですね。
 

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新年つれづれ夜想曲その4ー親の役目

 子供にとって親が家庭でできること 汐見稔幸さんの講演記録から

 親の役目5か条・・・
1、子供の絶対の味方になる。
2、親が親の人生を一生懸命生きて子供にモデルを示す。
3、いろいろな体験の場やチャンスをつくってあげる。そこから先は子供の問題。
4、いい思い出をつくる。親は子育てしながらもう一度子供時代を生きている。
5、子供を信頼して見守る。比較や差別は論外。

 おまけ
 子供の問題は、その子をきちんとしつけなかった大人の問題。しつけは、子供にとって行動規準となり安全をもたらすもの、親の愛情の表現でもある。なぜなら、しつけとは大人になってから経験する試練に備えるためのものであるから。



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新年つれづれ夜想曲その3ー家と土地 

俺の家と土地 篠田節子寄り道ビアホール1999から

 経済再生の大義名分の下、また森が剥がれ宅地ができていく。その一方で40年前に驚くべき規模で丘陵の緑を潰してつくったニュータウンはゴーストタウン化している。・・・・・・中略略・・・・・・・
 家族は固定的なものではない。その規模はダイナミックに膨らみ萎む。家はその器だ。家に要求される内容はどんどん変わるのだ。
 一生賃貸に住むというのが合理的に違いはないが、老後住むところがなくなるかもしれない不安もあるし、土地が信用を計る物差しにされたりするし、人との関係を含めて自分の落ち着き場所になる。さらに家と土地が個人のアイデンティティーに置き換えられて心のよりどころとなる。
しかし冷静に考えれば、家はやはり器だ。家族構成や生活にみあった快適な空間を求め、同じ地域で節目ごとに住まいを取り替えていけるのが理想ではないか。
 「知り合いのモンゴル人がさ、今度里帰りするんだけど、おばさんに会えるかどうか解らないんだって。その一家、遊牧してるから。」いい話だねえ。そこには俺の土地どころか国家概念さえ無縁だ。俺の土地は大事だが、他人の土地などどうなろうとかまわないという発想はそこからは生まれないだろうから。

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新年つれづれ夜想曲その2ー文化と国づくり

 戦後60年どこに向かいますか 日経コラムから
 国づくり・・・
 あの夏から60年、豊かになること以外生き甲斐も生きる目標もなくひたすら豊かさを求めてきた。しかし、気が付けば虚脱感と褒め言葉の奥に潜む国際社会の冷笑。
 子供たちにいま必要な環境は貧しさを知ることのできる環境なのだ。全てに満ち足りた環境で育った子供は、砂漠で知るわずかな水のありがたさのように分け与えられる喜びを知らない。だから人に分け与えようとしない。思いきり抱きしめられたことのない子供は、人を正しく愛せない。摩擦を避け曖昧になし崩しで重要な決定がされていく環境では、国際社会でもはっきりとした意思表示ができる子供に育つことはない。国も個人もひとりよがりでは生きていけない。悪いのは先方だと言う内弁慶な対応では嫌われるだけだ。
 次代に引き継ぐ日本には、国家も個人ももっと教養と文化が必要だ。

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新年つれづれ夜想曲その1ー文化と街づくり

 暮れに過去3年間分(いえ、もっとかも)の片づけをしていたら、古い新聞の切り抜きから興味深い記事がいくつかでてきました。そのまま捨てるのももったいないので、新年のご挨拶代わりにブログに要点をアップしてから捨てることにします。ちょっと長くお固いですが・・・、おつきあい下さい。

ふるさとづくりシンポ2004ジェームス三木氏の基調講演から

 街づくり・・・
 街は人がつくるもの。街づくりの過程では様々な場面で誰もが主役を演じていくことになる。例えばドラマの主役には絶対条件が2つある。トラブル解決能力と人生を持っていること。これは、街づくりも同じ。
 人生・・・
 では人生とは。人生とは好みやこだわりの積み量ね、個人の文化の集積だ。かつての日本人は如何に生き如何に死ぬべきかを熾烈に考えていたので、潔さ、奥ゆかしさ、気品が生まれたが、今は学問が金儲けの手段となり生活の向上ばかりを考えている。
 主役は生活を語るだけではだめ。生活は人生の一部にすぎない。
 文化・・・
 人生にどんな理想を持つか。いづれにせよそれが文化の原点だ。
 政治や経済は文化を支える手段に過ぎない。街づくりも100年後の子孫に胸を張って残せる文化に立脚した考え方が必要だ。



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2005年08月05日

仕事は、人を育てるよ。

 以前勤めていた事務所のボスは、私たちスタッフに向って機会ある毎に「仕事は、人を育てるよ」といっていました。中でも特に、結婚して仕事を続けることに理解が得られなくて、ことあるごとに止めようかどうしようかと思い悩んでいた私には、「今は辛くても、設計ができるようになりたいのなら、やめてはダメ。」「自分達が納得して暮らせるようになることが、結果的には親を幸せにすることだからね。」と、めげそうになる度に「喝」を入れてもらっていました。今では、ほんとうに感謝、感謝です。

 下記4項目は、仕事道楽の仕事論です。参考になります。
 ・仕事は、課題を遂行する精神力、行動力、創造力、感情コントロール力を育てる。
 ・仕事は、時間管理力、廻りへの気配りやマネジメント力を育てる。
 ・仕事は、情報収集と発信、編集、時代のキャッチアップなど、
      営業力、マーケティング力、コミュニケーション力を育てる。
 ・仕事は、心理、社会、歴史、科学、経営など多岐にわたる学問への興味洞察を促す。

「仕事は、人を育てるよ」とは、ちょっと大袈裟に言えば、こういうことなのですよね。
気が付いてみたら、言われてきたようなことを私が若い人達に話してもおかしくない年令になっています。歳月は恐ろしい・・。でも、是非にも伝えていきたい「言葉」です。

 



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2005年08月01日

言葉の力

「がんばってやってりゃーしゃあ、そのうち良うなっていくわね。」「そりゃあ、いい時も悪い時もあるわね。」は、祖母の口癖。
 おかげさまで、前向きでお気楽人間に育ちました。

「自分の頭で考えろ。自分の言葉で話せ。」「人のせいにするな。自分に責任(の持てる仕事)を持て。」「挨拶ができない、姿勢が悪いは人間まで悪くする。」「長所は短所、短所は長所」などは、父の口癖。
 さてさて・・。
 まあ、多少の潔さと本質に立ち返って考えようとする習慣は、身に付いたように思います。

「○○ちゃんはえらいわね。」「そんなことでどうするの」「だから、あなたはダメなのよ」は、母の口癖。
 それを受けて、「山椒は小粒でピリリと辛い」「うちの子だからあんたはできるよ。」は、叔母の口癖。「小言なんか、いいかげんに(適当に)聞いとくだわね。」(笑)は、祖母の口癖。
 おかげで、支離滅裂。
 そういえば、以前勤めていた事務所のボスからは、「自分を安売りしないように。もっと自分に自信を持ちなさい。」とよく言われました。

neko
  言葉の力って偉大ですね。
 小さな一言が、人を楽しくも悲しくもさせるし、勇気を持たせたりも絶望させたりもする。
 時には、大きな影響を与えて人生さえも左右する。
 自分自身がいつも使う言葉に、いつの間にか自分が洗脳されているということもある。

  だから、日頃から意識して、自分だけでなく廻りのみんなにとっても良いように、前向きで楽しくなるような言葉を使っていきたいと思います。脳にセロトニンをいっぱい出して元気がでるように。みんなで暗示を掛け合っていきましょう。
 これも『循環』ですねえ。

  それで、夫の口癖は?
 「ま、いいんじゃない」「いける、いける」「あなた、よろしくね」でしょうか。
 おかげさまで、わたしはいつも忙しく、能力以上の働きをさせてもらっています。(苦笑)
 

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2004年03月23日

あたりまえについて

ドングリ1個 養老孟司氏によると、普通の顔をたくさん集めて、コンピューターでどんどん重ねて画像処理していくと、スゴイ美人になるのだそうだ。そして、ノーベル賞級の研究やら業績やらというものも、あたりまえのことをどんどん突き詰めていった、あたりまえの究極なのだそうだ。
 つまり、とてつもなく特別なことなど実際には決してなくて、当然あるべきあたりまえを追求すること、真に判るということがいかに難しいかということらしい。いかに、私たちは、真理を見つめることから遠のいて暮らしているかということである。

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2004年01月04日

動物として生きることの自覚

ネコ「どういう人に惹かれる?」と聞かれて思い浮かぶのは、やっぱり姿形のかっこいい人。俊敏でタフな人。走るのが速かったり、目や鼻やカンが良かったり・・。つまり、肉体的に優れた人だ。優れた精神は優れた肉体に宿るともいうし・・。人格とか知性、品性、何かに特別に秀でているとかというものは、その人の置かれた環境によることの方が多いから。「どういう人と居たい?」なら話は別。
 で、「面食いねえ」と常に言われることになるのだが、よくよく考えてみると、肉体的に優れているということは、動物として種を残すのに優れているということだ。人は無意識のうちに種の保存発展を望んでいるのではないかと思う。そういえば、若いうちは肉体的に優れた人を好み、歳ゆくにつれて人格を求めるのも、だんだん種の保存発展から遠のくからではないかしらん。
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2003年08月03日

祖母というひと

カーネーション 百歳の誕生日を二日後に控えた日の午後、静かに祖母が逝った。
6年に及ぶベッド生活もいかにも祖母らしく淡々と過ごしていた。2週間くらい前から、今度はもうダメかも知れないと言うことを母から知らされていたが、目の前の仕事に追われて動けずにいた。妹が一度戻っているし、見舞っても祖母にはもう判らないから無理をしなくていいと母は言っていたのだが、ふと思い立って帰ることにした。
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木村建築研究室(木村真理子)のウェブサイトがメインアプローチとするなら、このblogは、日常出入りする通用口です。
設計や活動、催しや旅行、住まいや暮らしについて日頃感じた事など、当事務所の設計のベースになっていることや設計者の日常をまるごとお伝えできたらと思います。
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